TROY
第九章:冷戦 |
それは紀元前3000年… 古代ギリシャとトロイで起こった愛の物語… 夜が白々明けてきた頃、へクトルは丘の上に兵を配置してギリシャ軍を見ていた。 夜中の奇襲も成功し、ギリシャ軍は今、戦えるものなどいない。 ただ…アキレスの軍が出てきさえしなければ… 「よし!兵を前へ!」 へクトルの号令で一斉に兵士達が前へ出る。 それを確認するとへクトルは右手を大きく翳し、合図を送った。 その瞬間、トロイ軍が一斉に丘を馬で降りていく。 へクトルは、その先頭を走って行った。 「トロイ軍だーーー!逃げろぉぉー!」 夕べの奇襲で、まだ陣形が整っていないギリシャ軍が逃げ惑う姿が見える。 このまま行けば…勝てる… ただ… その時、大きな歓声が巻き起こった。 「うおぉぉおお…っ!」 その場にいたギリシャ兵、全員が両手を上げ叫び、そして、その者の名を呼ぶ。 「アキレス!アキレス!アキレス!」 怪我をして倒れていた者でさえ起き上がり、遠くから走って来るアキレスの軍へ歓声を送っているのが見えた。 「やはり来たか…。アキレス…!」 そう呟くとへクトルは馬の足を速め、一気に、アキレスの軍へと向かって行った。 アキレスの軍は鎧を纏い、一斉にトロイ軍へと走って来る。 へクトルは途中で馬を飛び降り、そのまま走って、アキレスの軍とぶつかった。 キーンッガンッ 「殺せーーっ!!」 「ひるむなーーっ!」 怒号、罵声、そして剣と盾がぶつかる音が、そこ、ここで聞こえてくる。 へクトルはギリシャ兵を次々に切り倒し、どんどん前へと進んで行った。 「アキレス…!」 前方にアキレスの兜が見え、へクトルは叫んだ。 すると、その声が届いたのかアキレスがへクトルの方へと兵を切り倒しながら進んでくる。 ヵキーンッ!! へクトルの剣とアキレスの剣がぶつかり甲高い音を上げる。 一度お互いを突き飛ばすような形で離れ、もう一度剣を交えた。 それを何度かくり返していると次第に二人の周りを取り囲むように空いて、ギリシャ兵もトロイ兵も固唾を飲んで見守っていた。 その中にはオデッセウスの姿もある。 「アキレス…あんなに戦わないと言っていたのに…何故、今頃…?」 そう呟きながらも、二人の戦いから目が離せない。 その時、均衡が崩れへクトルの剣がアキレスの肩先をかすめた。 「う…っ」 肩を押え、へクトルから一時、離れると、またすぐに剣を振りかざし飛び掛っていく。 その姿にオデッセウスは少し違和感を覚えた。 何だ…?いつものアキレスらしくない… 確かに…剣の使い方はアキレスそのものなのに…何かが引っかかる… オデッセウスは、もっと前で見ようと二人の方へ進んで行った。 その時、へクトルに飛びかかったアキレスの隙を突いてへクトルが横に剣を振った。 「あ…っ」 オデッセウスは思わず声を上げていた。 へクトルの剣先はアキレスの喉元を切り裂いていたのだ。 その場は、いつの間にかシーンとなり誰もが信じられないといった表情でへクトルの足元に倒れているアキレスを見ている。 聞こえるのは、「はぁはぁはぁ…」と肩を動かし荒いへクトルの息遣いだけ。 倒れているアキレスの喉からは大量の血が溢れ出している。 「アキレス…」 へクトルは倒れているアキレスの元へ膝をつき、ジっと兜の奥に見える瞳を見ていた。 そして何を思ったのか、その兜を一気に外す。 「――――ッ?!」 「う…はぁ…はぁ…」 その場に倒れているのはアキレスではなかった。 その若者は喉から血を流し涙を浮かべ、息も荒い。胸が上下に激しく動いていて、 誰もが、残り僅かの命と悟っていた。 へクトルは思い切り顔を歪め、喉から溢れてくる血を手で押えるも無理だと分かった。 涙を浮かべ剣を手にすると、その涙を流して倒れている若者の胸に思い切り剣を突き刺した。 「う…っ」 苦しそうな顔で目を見開き、その若者は絶命した。 それを辛そうな顔で見て剣を抜いたへクトルに、オデッセウスが近寄る。 「…そいつは…アキレスの従兄弟だ…」 「―――ッ?!」 驚きオデッセウスの方を見たへクトルに、オデッセウスの表情は暗い。 「今日は…もう終わりにしよう…」 へクトルが、そう呟くと、オデッセウスも、「ああ…」と頷き、ギリシャ兵に、「今日はもう終わりだ!退くぞ!」と怒鳴った。 兵の何人かがアキレスの従兄弟、パトロクロスの遺体を運んでいく。 それをへクトルは苦々しい顔で見ていた― トロイ城内―― 「もうお食べにならないのですか?お二人とも…」 レイアが不満そうに呟く。 「ああ…そんな食欲がなくて…。は…?もういいの?」 パリスがの顔を覗き込みながら微笑んだ。 「う、うん…。もうお腹一杯…。ごめんね?レイア」 「いえ…。そうなら仕方ないですけど…。でもパリス様には体力をつけて早く怪我を治して頂かないと! ―じゃないといつまで経ってもできないわ…っ」 「え?!」 「いえ、何でも御座いません!では、この後は、お二人で仲良くお庭を散歩されたら如何ですか?」 レイアは澄ました顔でニッコリと微笑んだ。 「そうだね…。そうしようか?」 「ええ…そうね?」 二人は何となく微笑みあいながら立ち上がって互いの手を自然に繋いだ。 それを見ていたレイアは、すでに踊りたいくらいの気分だった。 いい!いいわぁ~!前よりも、お二人のお心が通い合ってるって感じ…!! 戦は、まだ終ってないけど・…でもきっとトロイ軍が勝つに決まってる! そしたら、その後は、お二人の結婚の儀が見られるかもしれないわね! 様も、もうギリシャには帰らないわよね? 想い人のことも・…きっと忘れてくださるわ!パリス様の愛に包まれてたら、きっと… レイアは二人の後ろ姿を見送りながら、鼻歌を歌いつつ、食事の後片付けを始めた。 そう言えば…サルベードンったら今朝から姿が見えないけど… へクトル様の軍に参加したのかしらね… まあ、彼も兵士の一人なんだし…戦ってる仲間がいて自分だけ城には留まれないか… いたらいたで説教がうるさいけど…いないと何だか寂しいわね… レイアは、いつもサルベードンが立っている場所を眺めて、ふと、そんな事を思っていた―― パリスとは中庭に出て、ゆっくり散歩を始めた。 パリスは時折、の方を愛おしそうに見つめ、頬にそっとキスをする。 は少し恥ずかしいのか、すぐに俯いては顔を赤くしていた。 「もう…すぐ俯いちゃうんだからさ」 「だ、だって…」 は胸がドキっとして顔を上げた。 するとパリスの優しい瞳と目が合う。 ただ、唇は少し尖っていてスネているんだと分った。 そんな事を言われても… 夕べの今日で、何だか恥ずかしい…。 まだ自分の気持ちだって分ったばかりなのに。 それに…まだ他にも考えなければいけない事がある。 "必ず戻って来いよ?" アキレスは、あの夜、そう言って私を送り出してくれた… なのに…私は帰るかどうか迷ってしまってる。 (私は…どうしたらいいんだろう…?) 「?」 「え?」 ふいに名を呼ばれ慌てて顔を上げた。 するとパリスが心配そうに見ている。 「どうしたの?疲れた?」 「ううん…寝すぎて眠いのよ」 「アハハ、、ほんと、よく寝てたからね?」 「え?パリス、寝なかったの?」 は驚いて聞き返すと、パリスはの手を引いてその場に座った。 「が寝ちゃってから…暫く寝顔見てたんだ」 「え…っ?!」 座ってから軽くの肩を抱き寄せ、そう言うパリスに、は驚いた。 「な、何で…?見ないでよ…」 「何でって…だって可愛いからさ?」 パリスに、そう言われては顔が熱くなった。 「…好きだよ?」 パリスはそう言うとの頬にキスをして、ちょっと見上げたの唇を優しく塞いだ。 そしてすぐ離すとギュっとを抱きしめる。 その腕の強さに、は胸が苦しくなった。 パリスを…悲しませるなんて出来ない… こんなにも愛してくれるパリスを一人になんて… はアキレスへの想いとパリスへの想いで潰されそうになっていた。 その時、遠くで大きな歓声が聞こえてきた。 「あ…兄上が戻って来たんだ」 パリスが顔を上げて嬉しそうに言った。 「行こう?。兄上を出迎えたい」 「ええ」 が頷くとパリスは立ち上がって、の手を引っ張った。 そして二人で急いで城の扉の前まで行くと、前方からへクトルが歩いてくるのが見えた。 その後ろにアイネイアスとサルベードンの姿も見える。 「兄上!お帰り!無事で良かった!」 「おぉ、パリス!怪我の具合は?」 へクトルは抱きついてきたパリスを軽く抱きしめると、そう聞いた。 「うん、もう腕も動くし平気だよ?医師もあと三日ほどで肩の傷も塞がるってさ」 「そうか!それは良かった…っ」 へクトルは、少し微笑んでパリスの頭にポンと手を乗せた。 そしての方を見ると、「よっぽどの看病が利いたんだな?」 と優しく微笑む。 「そ、そんなことは…」 もちょっと恥ずかしそうに微笑んで、へクトルを見上げた。 「それより…兄上…少し顔色が良くないよ?奇襲は上手く行ったんだろ?」 「ん?ああ…。まぁな…」 へクトルは少し表情を曇らせると、パリスの肩を掴んで、少しから離れた。 それに気付き、サルベードンが、の傍に行くと城の中へと促す。 は少し心配そうな顔で見ていたが、素直にサルベードンについていった。 「何だよ、兄上…」 「実は…さっきギリシャ軍と直接ぶつかった時、アキレスの軍がやってきた」 「え?」 「俺はてっきり…アキレスだと思った。あいつの鎧を身に付けて戦い方も似ていたからな?」 「うん…」 「俺は、そいつと一騎打ちになり…奴を切った。アキレスに勝ったと思ったんだ…。だが…」 「何…?」 「兜を取ってみて驚いたよ…。そいつはアキレスじゃなかった…。まだ…若い…少年だったんだよ…」 「何だって?いったい…誰なの?そのアキレスの格好をしていた奴って…」 パリスの問いに、へクトルは、そっと息をつくと、 「アキレスの…従兄弟だそうだ…」 「え?従兄弟?」 「ああ…」 そこでへクトルは軽く頭を振った。 「あんな子供を…俺は殺してしまった…。胸が痛いよ…」 「兄上…!だってやらなきゃ兄上が…。それに、そいつだって戦場だって分って来てたんだろ?仕方ないよ…っ」 「ああ…。そうなんだが…どうも割り切れなくてな…。それに…」 「それに?」 「アキレスの従兄弟なら…きっとアキレスも黙っちゃいない」 「―――っ」 へクトルの言葉に、パリスも息を呑んだ。 「アキレスは…どうしてか最近は戦場にも顔を出していないし戦にも参加をしていなかった。 だからこそ、我が軍も勝利を収めることができたんだ…。だが…もし今回の件でアキレスが出て来るとなると…」 「何?戦に参加するってこと?」 「いや…」 へクトルは意味ありげな顔でパリスを見た。 「戦にも参戦するかもしれないが…。まずは俺を殺しに来るだろう…」 「…そんな…っ」 パリスはへクトルの言葉に唖然とした。 まだ見た事もないが話に聞くだけでも、かなりの武将ときいた。 最強で不死身の戦士、アキレス… そして…の想い人…。 その男が兄上を殺しに来る… 「兄上…!戦えば…兄上が勝つだろ?!そんな男に負けるものかっ」 「パリス、アキレスと一騎打ちしたら…勝てる可能性は少ないだろう…」 「…嘘だ!」 「パリス…!いいから聞け。もし…俺に何かあれば…近い将来、お前がこの国の王になる。 その為に、するべき事をきちんとするんだ。その気構えだけはしていて欲しい…」 「兄上…そんな話は聞きたくない!」 「パリス!お前だって、このトロイの王子だろう?戦が起きれば、誰がいつ死んだっておかしくはないんだ…。 いいか?覚悟だけはしておけ…。それと…にはアキレスの従兄弟の事は言うなよ?悲しませるだけだ…」 ヘルトルは、そう言って城の方へと戻って行った。 パリスは暫く、その場に立ちすくし、兄へクトルの言った言葉を一つ一つ思い出して胸が痛くなるのを感じていた― ギリシャ陣営― テントの外で人の気配を感じ、アキレスは寝台から起き上がった。 いつの間にか眠っていたらしい… すると外から、「アキレス様…」 と自分を呼ぶ声が聞こえ、アキレスは夜着を纏い、テントの外へと出た。 そこには忠実な部下、エウドロスが傅いていた。 「何だ…どうした?」 アキレスは笑顔すら見せて、エウドロスに近づいた。 だが普段とは違う彼の表情と、その後ろに自分の軍の兵士が鎧を着こんで項垂れてる姿が見え、途端に眉間を寄せた。 「戦に参加したのか…。出ないと行っただろう!勝手なことを…!」 アキレスが、そう言い捨てると、エウドロスが神妙な面持ちで顔を上げた。 「いえ…。私達は…命令されたのです。アキレス様…」 「何?!誰にだ?」 「てっきり貴方だと思って…貴方の鎧を着ていたから…」 エウドロスは、そこで言葉を切った。 アキレスは少し怪訝そうな顔で考え込んでいたが、急に何かを思いついたかのように怖い顔になる。 「おい…!パトロクロスはどこだ?! おい!パトロクロース!!どこだ?!」 パトロクロスの名を呼びながら、歩いて行こうとするアキレスを、エウドロスが慌てて追いかけた。 「私達も他の兵士も…彼を貴方だと・…」 「うるさい!黙れ!!」 アキレスは、そう怒鳴ってエウドロスを殴った。 「何で…!何で、こんな…パトロクロスはどこだ!」 「アキレス様…!彼は…あそこに…」 アキレスに殴られても、エウドロスは黙って耐え、そしてパトロクロスの遺体を運んできた兵士達の方を指さした。 アキレスは呆然とした顔で、ふらふらと、そっちの方へ歩いて行く。 それを見て運んで来た兵士達が左右に離れた。 「パトロクロス…」 アキレスは、その場に跪き、そっとかけてある布を捲った。 そこには青ざめた顔で横たわる自分が大事にしてきた従兄弟の顔ある。 アキレスは両手で顔を覆って、言葉にならない声を出した。 「地上での戦いになり…そこで…へクトルと一騎打ちに…」 エウドロスは、そう呟くと静かに、その場から去って行く。 アキレスは、静かに顔を上げると、その表情は怒りのものへと変貌していた。 「へクトル…」 その名を呟き、アキレスはゆっくりと立ち上がった― トロイ城内―― その日の夜中、へクトルは自分の妻、アンドロマケを連れて城の裏手にある秘密の通路へと入って行った。 「ここまでの道のりを覚えたか?」 「ええ…」 「じゃあ、万が一の時は…城の者をなるべく多く連れ出し、ここへ来い。いいな?」 「あなた…そんな事は…」 「聞いてくれ…。今のこの状態じゃ…いつ城塞を破られても不思議じゃない…。頼む…。 もしもの時には…逃げると誓ってくれないか?君に何かあったら…と思うと…私は安心して戦えない…」 へクトルの言葉にアンドロマケは涙が浮かんできた。 「あなた…そんな…。一緒に…逃げる時は一緒に行きましょう?」 アンドロマケの言葉に、へクトルは静かに首を振った。 「行けない…。私は…この国の総指揮官だ…。兵士達を置いて…私だけ逃げ出すわけにはいかない…」 「そんな…」 アンドロマケはへクトルの胸に顔を埋めて体を振るわせた。 それを優しく抱きしめながら、 「きっと…ここに来るんだぞ…?私も…やるべき事を終えたとき、必ず後を追うから…」 と呟き、アンドロマケの額にそっと口付けた…。 「では、パリス様の包帯を外すのを宜しくお願いしますね?」 レイアは、に、そう告げると部屋を出て行った。 「ふぅ~。今日も一日、仕事完了っと!」 独り言を呟き、自分の部屋へと戻ろうとした時、前方からサルベードンが歩いて来た。 「あら、サルベードン」 「ああ、レイア。もう仕事は終わりかい?」 「ええ。今終ったとこよ?サルベードンは?今日は戦に出てたんだから疲れたでしょう?」 「ああ…そうなんだが…。寝る前に一目…会いたくてね?」 「え?誰に?あ、パリス様?」 レイアが、そう言うとサルベードンは顔を赤くして、 「ま、まさか!何で私がパリス様に、お休みを言わないといけないのだ…っ」 「え?じゃ…まさか!様に?!ダ、ダメよ!お二人の邪魔しちゃ!今夜はパリス様の包帯も取れて、 もしかしたら初夜になるかもしれないんだから!そ、そりゃ様はあんなにお奇麗だから眠る前に一目…と思うのも分るけど…」 「お、おいおい!一人で勝手に暴走するな!君の悪いクセだぞ?」 サルベードンは慌てて、レイアの腕を掴んだ。 「え?じゃあ、何?誰に…?」 レイアの問いにサルベードンは少し顔を赤くして、ゴホン…っと咳払いをした。 「サルベードン?どうしたの?何だか変だけど…」 「あ、い、いや…だから、その…わ、私が会いにきたのは…き、君だよ…レイア」 「は?」 サルベードンの突然の言葉にレイアの頭が追いつかなかった。 しかし暫く考えると、やっとその意味を理解し、そして急に顔が真っ赤になる。 「な、な、何、言って…っ」 「いや、だから…君に、おやすみを言おうと…」 「ど、どうして?」 「どうしてって…す、好きだからに決まってるだろう?!」 「…………っ!!」 サルベードンの突然の告白にレイアは顔が真っ赤になった。 「す、す、好きって…!わ、私はあなたの遊びの相手をする気は…っ」 「失礼だな!私はパリス様じゃないぞ?(!)気軽に口説いてるわけではない!本気だから…その…」 顔を真っ赤にしながら必死に、そう言ったサルベードンを見てレイアは胸がドキドキしていた。 するとサルベードンは優しく微笑んで、 「私は…君の一生懸命なところが好きなんだ…。もちろん本気だよ…?」 と言ってレイアの頭にポンっと手を置いた。 「サルベードン…私…」 「ああ、別に返事を貰いたくて言ったわけじゃない」 「え…?」 レイアガ驚くと、サルベードンは少し寂しげな笑顔を見せた。 「今は…戦の真っ最中だ。今朝…へクトル様の軍に久々に合流して…戦に出たんだが… 壮絶だった…。いつ死んでもおかしくないと思ったほどにね…?そんな時、君の元気な笑顔を思い出したんだ…。 もし…このまま、ここで死んだら…この気持ちを伝えられないままなんだ…って思ったら…怖くなってね?」 サルベードンは、そう言うと軽く息を吐き出した。 「私は…このトロイと民を守れれば、それでいいと思っていた。だが…私にも守りたい人が出来たんだ。 それが…君だよ…レイア」 「サルベードン…そんな…すぐ死ぬみたいなこと言わないで…?」 「人間…いつかは死ぬ…。だが…最後をどうやって迎えるか…だ」 サルベードンはそう言うとレイアの頬に手を添えて、「君には…いつも笑顔でいてもらいたい…」と呟いた。 そして、 「じゃ…そろそろ部屋に戻るよ…。おやすみ、レイ…ぅあ…っ」 そう言いかけた時、レイアに抱きつかれて、サルベードンは驚いた。 「な、ど、どうした?」 「勝手なこと言わないでよ…っ!そんな…死ぬとか、最後とか…そんなものより、もっと確かなものを信じて生きて!」 レイアはそこまで言うと、涙を溜めた目でサルベードンを見上げた。 「私は…笑ってるから…貴方のために…いつも笑顔でいるから…必ず生き残って…?お願い…」 「レイア…」 彼女の気持ちが嬉しくてサルベードンはレイアをギュっと抱きしめた。 明日、起こるかも知れない戦いの事は…今だけは忘れていたかった― はパリスの包帯を外しながら、ちょっと息をついた。 「傷が、殆ど塞がってるわ?もう痛くない?」 の言葉に、パリスは笑顔で振り向く。 「うん、もう全然…」 「そう…。良かった。これならすぐ馬にも乗れるわね?」 「その時はも乗せてあげるよ?」 「え?」 「、馬、怖い?」 「い、いえ…あの…乗った事がないから…」 「そうなんだ。じゃ、僕がを初めての馬に乗せてあげるね?」 パリスは、そう言うとの方を向いて優しく抱きしめた。 「あ、あの…」 「ん?」 「ふ、服…着ないと…」 はパリスの裸の胸に顔を押し付けてる状態に顔が赤くなった。 パリスはちょっと笑うと、そっと体を離し、の額に口付ける。 そして次に頬に口付け、「愛してる…」 と呟いた。 はドキっとして顔を上げると、真剣な顔のパリスと目が合う。 「ずっと僕の傍にいて欲しいんだ…」 「パリス…私…」 パリスの真剣な言葉に、は何て答えていいのか分らなかった。 アキレスの事も大切に想っている自分が、まだいる… なのに…こうしてパリスの腕の中で安心している自分も… パリスの傷は癒えて、私は帰らなければいけないと思いながら… それを言い出せずにいる。 パリスもまた…その事を気づいているのかもしれない。。 「…?」 「え…?」 ふいに呼ばれて、は、ハっとした。 「何…んぅ…っ」 突然、唇を塞がれ、は驚いたが優しく触れてくるパリスの唇の温もりに次第に体の力が抜けていくのを感じた。 そのまま寝台に寝かされ、深く口付けられる。 僅かな隙間からパリスの熱い舌が入って来て少しづつ口内を愛撫されると、はパリスの事意外考えられなくなり、 彼の体の重みを愛しく感じた。 パリスは優しくの頬を撫でると、そのまま胸元へ手を下ろし夜着のリボンをするっと解いた。 その瞬間、の体がピクっと動くも、パリスの唇がの首筋を降りていくと、かすかに甘い声が洩れる。 パリスは少しづつ夜着の前を開いて、の白い胸元に唇を這わせた。 「ん…っ」 初めて感じる刺激に、は体がビクッと反応するのを感じ、恥ずかしくて目を瞑った。 それに気付いたパリスは顔を上げ、もう一度の唇を優しく塞ぐと、ゆっくりと夜着を脱がしていった。 はパリスの体温を感じながら、初めて知る深い愛情を、この夜受け取った。 未来は今は考えられない… そう思いながら―― アキレスはパトロクロスの遺体を見つめながら、そっと冷たくなった頬を撫でた。 そして死者を導く鎮魂の金貨をパトロクロスの瞼に置くと、その場を静かに離れる。 そして火のついた松明を手に取ると、パトロクロスの遺体の下に放り投げた。 一瞬で藁に火が燃え移り、パトロクロスは炎に包まれる。 その明かりをアキレスはいつまでも見ていた…。 その姿を遠くで眺めていたアガメムノンは酒をぐいっと呷ると薄ら笑いを浮かべた。 「ふん、本当に、お前の言う通り役にたったな?」 「は…思い通りに動いてくれて…」 「これでアキレスもへクトルに戦いを挑まねばらななくなった。あの従兄弟に感謝だな。八ッハッハ! しかし、アキレスの統率力が欲しいから、お前がアキレスに扮してへクトルに挑んでくれと言ったら ほんとにやるとはな?いくらアキレスに稽古をつけてもらってようと、あの若さではへクトルに敵うはずもないものを…」 「きっと戦いたくて、ウズウズしてたんでしょう?その心の弱みにつけこめて良かったです」 アガメムノンは側近の言葉に、ニヤリとすると、 「アキレスはきっと明日にでも、すぐ動くだろう。あいつの性格からしてへクトルとは一対一の戦いになるな?」 「はあ。きっと一人でトロイに乗り込むことかと…」 「どうせなら…そのまま相打ちでもしれくれればいいのだが…」 アガメムノンはそう言いながら、また視線を戻すと、赤い炎が暗闇に更に大きく揺らめいていた。 「アキレスも死ねば…あのパリスが妃に、と熱望しているを奪ってやろう。もちろん…プリアモス王もパリスも殺した後でな?」 その言葉に、側近も怪しく微笑んだ― 「ん…」 は唇に暖かいものを感じて目を開いた。 「…起きた?」 「ん…パリス…?」 は自分を愛しそうに見つめているパリスを見て少し頬を赤らめた。 パリスはを抱きしめながら、優しく髪を撫でると、白い肩に唇を寄せ、チュっと口付ける。 その感触すら恥ずかしくて、はパリスの胸に顔を埋めた。 「どうしたの?…」 「…恥ずかしい…」 「え?」 「あの…何か着てもいい…?」 小さな声で、そう言うが可愛くて、パリスは思わず笑顔になった。 「ダーメ!せっかくの肌を手に感じてるのに…このまま寝よう…?」 「だ、だって…」 「いいから…凄く奇麗だよ…?」 パリスの言葉に、ますます顔が赤くなり、は顔を上げられなくなった。 子供のように自分の胸に顔を埋めてくるに、パリスは愛しさで胸がいっぱいになるのを感じ、 そっとの顔を上げさせると、 「…もう…僕は君を手放せないよ…?こうして…抱いてしまったから…」 と呟き優しく口付けると、の瞳に涙が浮かんだ。 「パリス…私…」 「何も聞きたくない…今は…こうして二人で静かに眠りたい…」 パリスの言葉に、は胸が痛くなる。 私だって…もう…離れることなんて出来ない… なのに…何故かアキレスが気にかかる… 嫌な予感がずっと消えない… このままで…終わるはずがないと…不安になる。 は真っ暗な外を見つめ、このまま夜明けがこなければいいのに…と思う。 ずっと夜の闇に包まれて…こうしてパリスと二人…静かに眠っていたいと… その時、パリスがの額に口付け、呟いた。 「の…心が欲しい・…もっと…もっと…」 そして求めるように唇を塞ぐと、の上に覆い被さり、優しく頭を撫でながら更に口付けを深くしていく。 パリスは、この温もりを守りたいと心から思った。 どうか…どうか…僕から彼女を奪わないで下さい… その願いだけを…心で何度も何度も祈りつづけていた―
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うひょv とうとうレイアの願いが届きました(笑) そしてレイア&サルちゃんもいい感じでね(笑) ジジィだけが、やな感じでね(笑) 少し映画と絡ませてみたり… あ~辛いね…悲恋だね…^^; ちょと繋ぎ方の問題で今回は少々短めかな? |