僕に天使が舞い降りた......Love is to for you...










そぉっとドアを開け、薄暗い部屋の中を覗いた。

するとベッドの上でスヤスヤと眠っているの姿。

僕はその寝顔を見て自然に笑顔になりつつ、


「行って来ます。


と、小さな声で、そう呟いて静かにドアを閉めた―――














運命だと思う?






「はい、休憩!!20分後に再開だ!」

脚本兼監督のジェーコムズがパンパンっと手を叩いてそう言えば皆は喜びの声を上げつつ一気に散らばり始める。
僕もステージから下りて自分の荷物がある椅子まで行くとタオルを取って顔を拭いた。
そして、そのままドサっと腰を下ろすと腕時計に目をやる。

今日は予定通りに進んでるし、この分だと午前中だけで終わりそうだな・・・
そしたら午後にはと一緒に出かけられる。

そんな事を考えつつ、顔がニヤケそうになるのを何とか堪えていると後ろからバシっと頭を殴られた。

「ぃてっ」
「なーにニヤケてんだよ、オーリーくん!」
「痛いな、マット!」(バレバレかよ)

殴られた後頭部を擦りつつ、隣に座った悪友を睨む。
だがマットは呑気に欠伸をしつつ、

「夕べのパーティ、最高だったぞぉ?オーリー好みのブロンドちゃんがわんさか来てたのになぁ?」

なんて嫌味をタラタラ言ってくる。
僕は顔を反らしつつ、台本に目を通しながら、「今朝も聞いたよ・・・」と呆れたように呟いた。

「ぬ。何だよーノリが悪いなぁ!それに付き合いまで悪くなりやがって!」
「ぃででっ。やぁめろよ、マット・・・っ」

マットは突然、僕の首に腕を回し頭を固定すると拳で旋毛をグリグリしてきた!
その痛さにジタバタ暴れるとグリグリは止まったものの、首に回した腕に力を入れ、

「じゃあ今夜のパーティに来るか?ん?」

と悪魔の囁きの如く耳元でそう言いながら首をぎゅぅっと絞めてくる。(殺人未遂)

「ぐぇ・・・こ・・・今夜・・・も・・・無理・・・っっ」
「何ぉう?!何でだ、このやろう!」
「きょ・・・今日は・・・約束・・・約束がある・・・んだ・・・」

首を絞められながらも何とか訴えると、ふっと腕の力が弱まり首を解放された。

「ゲホ・・・!お、お前、俺を殺す気かぁ!」


ごいんっ!


「っで・・・!」


僕は首を擦りつつ思い切りマットの頭をグーで殴ってやった。当然の報いだ。
だがマットは頭を擦りつつジロっと睨んでくる。

「ぃってぇなぁ・・・ってか約束って誰と?!セシーか?」
「違うよ。彼女は怒らせたしもう無理だろ?」

そう言って肩を竦めつつバッグに入ってるミネラルウォーターを取り出し口に運ぶ。

「何だよ、もう一回口説けばいいだろぉう?セシーみたいないい女逃しちゃもったいないぞ?」
「ならマットが口説けば?俺はいいっすよ」

そう言いながら再び台本を手にすると、いきなりそれをバっと奪われた。

「ちょ・・・返せよ・・・っ」
「お前・・・熱でもあるのか?」
「は?」
「どう考えてもおかしいぞ?昨日から」
「何がだよ?」
「だからお前が、だよ!三度の飯よりパーティ好きだったお前が昨日は断ってさっさと帰っちまうしどっか体の具合でも悪いのか?ん?」
「・・・・・・・・」

マットのふざけた言葉にさすがの僕もピキピキくる。

「別にどこも悪くないよ」

そう言ってマットの手から台本を奪い返す。
だが、またしてもそれをサっと取り上げられた。

「おい、マット・・・・」
「まさか・・・原因は、あの子か?」
「え?」
「ほら、お前が子守りしてる、あの子だよっ」
「・・・・・・っ」

の事を言われドキっとしたがそれは顔には出さない。

「まさか。違うよ」
「ほんとかぁ?実はお前ロリコンに目覚めたんじゃないだろなぁ?」
「バ、バカなこと言うなよ!」

マットのアホな失言に僕の顔が一気に赤くなる。
だがマットは呆れたように肩を竦めると、

「お前、オーランド・ブルームの名が泣くぞ?あんな子供の面倒ばっか見てたらさぁ・・・」

と本気で溜息をついている。
それには僕も恥ずかしくなり少しムキになってしまった。

「仕方ないだろ?!面倒みなくちゃ仕送り止められるんだからさ!」
「あ〜?そうなの〜?」
「ああ、そうだよっ」
「なーんだ、そういう事か!おかしいと思ったんだよなぁ?オーランドがあんな子供を本気で相手してるのか?って」
「そ、そんなはずないだろ?うちの母さん、やると言ったら本気でやるし仕方なく言うこと聞いてんだよ・・・」
「あはは、そっか!オーリーの母ちゃん怖いって言ってたもんなぁ?なーんだ。安心したよ」
「・・・・・・」

マットは笑いながら僕の肩をポンポンっと叩くと椅子から立ち上がった。

「じゃ、子守りの契約が切れたら、またパーティ誘うよ」
「・・・・・・ああ」

マットの言葉に僕は何だか嫌な気分になりつつ、顔も向けず返事だけした。
だがマットは気にもしないように台本を僕に返すとそのままジョン達の方に歩いて行く。

「はぁ・・・・・・バカか、俺は・・・」

何だか自分の言った事に対してもイライラした。
の事を仕方なく面倒見てる・・・なんて今は全く思っていない。
なのにマットにからかわれただけで、あんな下らない嘘をついてしまった。
凄く嫌な気分だった。
罪悪感・・・・・・
それが僕の心にどんどん広がって行く。


別にに聞かれたわけでもないのに、凄く憂鬱な気分だった。














「えっと・・・ここを右だったはず・・・あ、あった・・・!」

嬉しそうな声を上げ、大きな門の前に、トコトコと駆けて行く。

「ちゃんと来れた・・・」


嬉しそうにそう呟いたのはオーランドが唯一、見返りも求めず可愛がっている存在、
本来なら今頃、家でお留守番をしてたはずのだった。
昨日のシャンパンが効いたのかちょっとだけ寝坊をしてしまい、起きてみれば誰もいないリビングのテーブルに一枚のメモ。


"へ。午前中までリハなので劇団に行って来ます。昼頃には戻って来れるので待っててね。オーランド"


それを見た時、ちょっぴり寂しくなった。
やはり目覚めた時にいるはずの相手がいないと言うのは寂しさが倍増するものだ。
も例外に洩れず、いると思っていたオーランドがいなかった事で凄く寂しくなってしまった。
そのままメモをテーブルに戻すと急いでバスルームへ走り、簡単にシャワーを浴びた。
そしてすぐに出て来ると今度は部屋に戻って出かける用意を始める。
自分なりにお気に入りのワンピースを着て、髪も簡単に乾かし可愛らしいベレー帽を被ると鏡の前で確認してみた。
そこで納得してふわふわのファーのついたコートを羽織るとバッグを持ってすぐにエントランスへと駆けて行く。
だがドアを開けてどんよりとした空に悲しげな視線を向けた。

「せっかくオーリーと、お出かけするのに・・・」

そう呟かれた唇はむぅっとして少しだけ尖っている。
きっとこの場にオーランドがいれば、すぐに顔が緩むこと間違いない。
だがは思い切って外へ出ると万が一何かあった時の為に、とオーランドが貸してくれた合鍵で鍵をしっかりと閉めた。
そして不安そうな顔ながらも階段を下りて行く。
階段を下りれば細い廊下がありその向こうには大きな通りが見える。
そこまで行った時、は昨日オーランドと歩いた劇団までの道のりを思い出し、ゆっくりと歩き出した。
オーランドが一緒だった時は安心して歩いていた知らない道も、こうして一人で歩くと怖く感じてしまう。
だがこの先にオーランドがいると思えば何とか歩いて行くことが出来た。
そしてちゃんと無事にオーリーのいると思われる劇団前まで来れたのである。

大きな門を潜り、は昨日のように中へと入った。
そしてオーランド達がリハをしていたホールの場所まで覚えている廊下を歩いて進んで行く。
途中、数人の劇団員と擦れ違ったが誰もの事を気にも止めなかった。


「えっと・・・ここを左・・・」

記憶を辿り、廊下を曲ってみれば、すぐに"第一ホール"という文字が目に飛び込んで来た。

「あ・・・あった・・・っ」

それを確認するとは今日一番の笑顔になり、廊下を小走りにホールへと向う。
やっと入り口前に到着して軽く深呼吸をした。
この中にオーランドがいる、と思うとも自然に笑顔になる。
もしリハの最中だったら・・・と思い、そぉっとドアを開けて顔だけ出してみた。
だがステージ上に数人の団員は見えるもののリハをやってる様子はない。
もうすでに終わっているようだ。
は安心して中へと入り、椅子と椅子の間を通りながらキョロキョロとオーランドを探す。
その時、"オーランド"・・・という名前が耳に入り、ふと顔を向けた。
その先には数人の男女が固まって雑談をしているものの、オーランドの姿はなくもガッカリする。
そこへ再びオーランド・・・という名前を言う声が聞こえて来て再び足を止めた。



「でもさぁ、オーランドと言えば付き合い悪くなったと思わない?」
「ほーんと。夕べも顔出さなかったし今夜もダメだって」


「・・・・・・」



オーランドの話題が出ていて、は自然に耳を傾ける。
そのまま近くの椅子に腰をかけた。
見れば彼らはオーランドの友達っぽいし、ここにいればオーランドもそのうちやってきそうな気がしたのだ。
だが彼らはに気付くことなく話を続ける。

「あ〜でもさ、それには理由があんだよなぁ?」
「え〜何よ、マット。その理由って」
「いや、あいつ今、女の子預かってるんだよ」
「あ〜そんなこと言ってたっけ?でも、それが?」
「その子がさ。オーランドの母ちゃんの友達の娘で、ここに入りたいからって昨日のオーディションを受けに来たんだけど、
その子がロンドンにいる間の面倒をオーランドが任されたってわけ」
「へーそうなの?でも、そんな事でパーティ来ないわけ?そんな子、家に置いて来たらいいじゃない?」
「いや、それがさ。その子の面倒を怠ったら母ちゃんからの仕送り止められるんだと!」
「えぇー?嘘!それはキツイわよ!」
「だろぅ?だからオーランドの奴も嫌だけど仕方なく面倒見てるって、さっき言ってたよ。
だからその子守りから解放されたらまたパーティに顔出す――」



ガタン・・・・・・ッ



「――――っ?!」

「ぁ・・・ぁの・・・・・・」


思わず椅子から勢いよく立ち上がってしまったにその場にいた全員の視線が集中する。

「何、あの子・・・」
「・・・・あっ!!き、君・・・」

を見て今まで雄弁を振るっていたマットも一気に青ざめた。

「ゎ、私・・・オ、オーリー探しに・・・」

消え入りそうな声で呟くの顔も心なしか青ざめ、今にも泣き出しそうな雰囲気。
それにはマットもさすがに慌てての方に走って行った。

「あ、あのオーリーの奴なら今・・・か、監督と台詞の直しをしてて・・・もう戻ってくると思うよっ?」

今の話を聞かれた気まずさと本当に泣いてしまいそうなを見て、マットは必死に笑顔を見せた。
だがは何も答えないまま、ゆっくりと後ろに下がるとパっと走り出しホールから飛び出して行ってしまった。

「あ、ちょ・・・君・・・!!」

それにはマットも慌てて追いかけようとしたが、後ろから、

「おい、マット〜今の子、誰ぇ?まさか、あんな子供に手をつけたんじゃ・・・!」
「キャ〜最低〜」

なんて仲間の呑気な声が聞こえて来て足を止め、ゆっくり振り向いた。

「何だよ、マット!顔色、悪いぞぉ?」
「やだ、ほんとに手出した子だったりして!」
「バ、バカ!!!そんなこと言ってる場合かよっ。今の子、あれだよ!オーランドが子守りしてるって言ってた子・・・!」
「・・・・嘘・・・」
「マジで?」
「って事は・・・さっきの話・・・」

皆で顔を見合わせ、戸惑っている。
そんな仲間に向ってマットは髪を掻き毟ると、「そう!聞かれちゃったんだよ!」と泣きそうな顔で叫んだ。
すると皆は一斉に声を上げる。

「それ、やばくない?」
「だよねー?」
「あの子が親にチクったら、オーリー仕送り止められるんじゃないの?」
「うわ、俺、知ーらないっと!マット、お前、何か言い訳でも考えておいた方が・・・げ・・・戻って来た・・・っ」

最後の一人が不意に言葉を切りマットの後ろへと視線を向けている。
それにマットも恐る恐る振り返れば、今まさにオーランドが戻って来たところだった。

「あれぇ?皆、まだ残ってたの?」
「あ、う、うん・・・まあ・・・」
「あ〜も、もう、こんな時間?!か、帰らないと〜」
「俺も〜」

一斉に帰り支度を始める仲間にオーランドは首を傾げた。

「何?何か様子変だよ?どうかしたのか?マット」

オーランドは皆のとこまで歩いて来て変な空気が流れている事に気付き、マットへ声をかけた。
だがマットはビクっとしてオーランドから視線を反らしている。

「おい・・・マット・・・?」
「ぅ・・・あ、あの・・・俺さ・・・知らなかったんだ・・・!」
「は?」
「ま、まさか、あの子がここへ来てるなんて・・・」
「・・・あの子って・・・何の事だよ・・・?」

マットの様子がおかしい事に気付き、オーランドは皆の方へも視線を向けた。
だが皆でサっと視線を反らしてしまい何だか嫌な予感がする。

「おい、マット・・・?」
「ご、ごめん、オーランド・・・!」
「―――ッ?」


そこでマットは青い顔のままオーランドに頭を下げ、さっきの出来事を素直に話したのだった―














「俺は義務感で面倒を見てたわけじゃないし渋々でもない!が大事だからだ!」




バン・・・!!!




「お、おいオーランド・・・!!」

マットの声を振り切るように僕はホールから飛び出した。
よりによって、がここへ来たなんて・・・!
しかもマットの心ない言葉を聞いてしまったなんて・・・!
最悪だ――――!

事情を聞いた時、僕はカっとなってマットに怒鳴ってしまった。
でも本当は自分に一番、怒っていた。
何故、さっき素直に"と一緒にいたいからだ"って言えなかったんだろうって・・・
そんな仲間にどう思われようと別に良かったのに・・・恥ずべき事じゃないのに・・・!

「くそ・・・っ」

後悔に襲われながらも劇団内を探し回った。
だがの姿はどこにも見つからない。

(もしかして・・・家に帰ったのかも・・・)

そう思って、すぐに家に向う。
そこから走れば20分ほどでフラットにつく。
鍵を開けるのすら、もどかしくて何度も落としそうになりながら何とか開けて中へと飛び込んだ。

・・・!帰ってる?!」

大きな声で呼びながらの寝ていた部屋を見るが誰もいない。
一応、自分のベッドルームやバスルーム、あらゆるところを見るが帰って来てる気配はなかった。

・・・どこ行ったんだ・・・」

ふとテーブルに視線を向ければそこには今朝、出掛けに宛てに書いたメモが、ちゃんと置かれている。
はこれを見てくれたんだろうか。

(どうして・・・ここで待っててくれなかったんだ・・・)

僕はそのメモを手にしてクシャっと握りつぶし、再び外に飛び出した。

探さないと・・・!は、この辺の地理には詳しくないはずだ。
もし何かあったら・・・

もう一度劇団前に戻りそこからの行きそうなとこを探す。
気付けば鼓動がドクンドクンと早くなる一方で息苦しささえ感じる。
だけど走るのを止めず、必死にの姿を探した。
その辺の店の人に一回一回聞いてまわり、カフェの中にまで入っては探すという事のくり返し。
だが、どこにも彼女の姿はなかった。



「Shit....!どこだ・・・?・・・」

そう呟いた時、顔に冷たい粒が当たって顔を上げた。
すると、どんよりしていた空から小さな雨粒がポツポツと落ちてくる。

「雨・・・・・・」

最悪なことは重なるものでその雨はすぐに激しい音と共に一気に降り出した。

・・・・」

僕はそれでも彼女を探すのにまた走り出す。


雨の冷たさが今の血の気の引いた体を更に冷たく濡らしていった―――














『はぁ?!ちゃんが行方不明ですって?!』

想像通り、耳を劈くような母さんの怒鳴り声。

『ど、どういう事なの?オーランド!!!』

動揺している母さんに簡単にさっきの事を説明した。
そしてこの雨でもしかしたらフラットに帰って来てるかもしれないと、また戻って来たところだということも。

『そ、それで部屋には、まだ帰って来てなかったのね・・・っ?』
「ぅん・・・。帰って来た様子もない・・・・。でも荷物はあるから、もしかしたら迷子に―」
『冗談じゃないわよ、オーランド!言ったでしょ?ちゃんを泣かしたりしたらダメよって!!』
「うん・・・ごめん・・・」

久々に母さんの本気の怒り声を聞いた。
だけど何も反論できるわけもなく黙ってその怒りを受け止める。

(そうだ・・・僕が悪いんだ・・・きっとは傷ついたはずだ・・・あんな事を聞いて・・・・)

「母さん・・・俺、また探しに行って来るよ・・・」
『当たり前よ!見つかるまで探しなさいっ』
「分かってる・・・。じゃ・・・・・・」

僕はそう言ってとりあえず電話を切ろうとした、その時――

『あ、オーランド・・・・っ』
「・・・・え?」

母さんの声が聞こえて来て僕は急いで受話器を耳へと戻した。
すると母さんは軽く溜息をついてから口を開く。、

『・・・あんたには・・・言ってなかったけど・・・・。ちゃんね・・・』


「――えッ?」


突然、静かな口調で語られた母さんの話に僕は固まってしまった。
その話を聞いた後、僕は受話器を放り投げ、またフラットを飛び出すと雨の中を走り出す。




(今すぐを抱きしめたい・・・・・)


そう思いながら必死に走った。
そしての言ってた事を思い出しハっとして足を止める。

「そうだ・・・もしかしたら・・・・」

くるっと方向転換して、ある場所へと走って行く。
そう。まだ探してない場所がある。
が行きたいと言ってたので、今日まず最初に連れて行ってあげようと思っていた、あの場所。
リージェンツ・パーク内にあるロンドン動物園だ。
昨日、劇団からの帰りに"ここを真っ直ぐ行けばあるよ"と行き方は教えていた。
もしかしたら・・・そこにいるのかもしれない・・・っ

そこに気付き、僕は急いでリージェンツ・パークへと向った。
雨が激しく顔に当たったが全く気にならない。
今はただ早くの事を抱きしめ誤解を解いてやりたかった。

一気に走ったので、すぐに公園が見えて来た。
そのまま先に動物園の方へとまわり中へと入る。
急な雨だからか園内は人もまばらでいつもの活気がない。
僕は一つ一つ動物がいる場所を見て行ったがそれらしい女の子はいなくて気ばかりが焦る。
結局、園内をぐるりと一周してもどこにもの姿はなかった。

・・・どこに行ったんだよ・・・」

そう呟いて被っていたキャップを脱ぐと空を見上げた。
顔に降る雨に顔を顰めつつ息を吐き出す。
気付けば入り口のところまで戻って来てしまった。

「あのお客さん。そろそろ閉めるよ?」

入り口の辺りで立ち尽くしていると不意に後ろから声をかけられた。
ドキっとしてそのまま後ろを振り向けば事務服を来たおじさんが傘を差して立っている。
濡れ鼠の僕を見ておじさんは驚いているようだ。

「ずぶ濡れじゃないか・・・。傘、貸そうか?」
「・・・いえ・・・人を・・・女の子を捜してるんです・・・。見た感じ13〜14歳くらいの子で・・・
見かけませんでしたか?黒くて長い髪の子なんですけど・・・」

無駄だと分かっていながらも無意識に尋ねていた。
だがそのおじさんは驚いたような顔で近づいてくるとマジマジと僕の顔を見てくる。

「あ、あの・・・?」
「あれぇ?あんた・・・写真の子じゃないかね?」
「え?・・・写真・・・って・・・?」
「いや実は今、あんたが言った感じの子を預かってるんだが・・・
一枚の写真を持っててそれを見たままずっと泣いてるんだよ・・・ひょっとして探してる子ってその子のことじゃないのかい?」
「そ、その子、どこに・・・どこにいるんですか?!」

おじさんの言葉に僕は一気に体が熱くなり思わず詰め寄っていた。
するとおじさんもアタフタしながら、

「じ、事務所に連れて行ったんだよ。雨が降ってきたのにその子、トラのいる柵の前から動かないから・・・風邪引くと思ってね」
「あ、案内して下さい!早く・・・!」
「わ、分かったよ・・・。少し落ち着いて・・・」

おじさんは呑気にそう言うと園内を奥に進み、ある建物の方に歩き出した。
僕もそのまま後を追うようについていく。

「ここだよ?」

おじさんがそう言ったのを確認して僕はすぐにドアを開けて中へ飛び込んだ。
素早く中を見渡すとお世辞にも広いとは言えないその部屋の奥のソファに女の子が俯いたまま座っている。
それがだと認識した時、僕は彼女に駆け寄っていた。



・・・!」


「――――っ!!」



僕の声にビクっとして顔を上げたの頬は涙で濡れていた。
それに気付き真っ直ぐの所まで行くと思い切り彼女を抱きしめる。

「やっと見つけた・・・!どれだけ心配したと思ってんだよ・・・っ」
「オ・・・オーリィ・・・?」

ぎゅぅっと思い切り抱きしめるとは驚いたように体を動かし顔を上げた。
少しだけ体を離してそんな彼女を見つめれば大きな瞳が涙で一杯になっている。

「あ〜・・・こんな濡れて・・・風邪引くだろ・・・?」

僕はの濡れた髪を手で払いながら涙の溜まった目尻にそっと口付け、「ごめん・・・・・・」と呟いた。
するとピクっとの体が動いて驚いたように僕を見上げてきた。

「ど・・・して・・・?ど・・・うしてオーリーが謝る・・・んですか・・・?私が・・・いけないのに・・・」
「違う!そうじゃないよ!は何も悪くない・・・っ」
「・・・・・オーリィ・・・?」

僕は何から話そうかとの涙で濡れた瞳を見つめながら考えていた。
そして、ふとが手にしている僕の写真を持つ。

「俺の・・・友達が酷いこと言って、ごめん・・・。全部、俺が悪いんだ・・・」

目を伏せて素直に謝るとは悲しげな顔で首を振って俯く。

「ちが・・・私が・・・迷惑かけて・・・無理やり・・・押しかけ・・・たから・・・」
「そうじゃない・・・。違うんだ・・・のこと迷惑になんて思ってない・・・。
ただ・・・友達にからかわれてつい思ってもないこと言っちゃった俺が悪い・・・」
「・・・・・?」
「マットもさ・・・勘違いして・・・。でももう俺は誰にも誤魔化すつもりはないよ?
皆にもちゃんと言う。は俺にとって大事な子だから・・・」
「・・・・オーリィ・・・」

は僕の言葉にポロっと大粒の涙を零した。
そして僕の胸に顔を埋めてくる。

「よ・・・よか・・・った・・・。オ・・・オーリィ・・・に・・・嫌われて・・・なくて・・・」
「嫌うもんか・・・のこと大好きなんだから・・・じゃないと雨の中、こんなに必死に探さないよ?」

ちょっと苦笑しながらそう言えばは涙で濡れた顔を上げて僕を真っ直ぐに見つめてくる。
それは些細な嘘さえ見抜いてしまうんじゃないかと思わせるほどに澄み切っていて奇麗な瞳だった。
その瞳の真っ直ぐさ、純粋さに、ふと胸が熱くなる。
そして、それは彼女のお兄さんから受け継がれたものなんじゃないかと、そう思った。


・・・・・・お兄さんいたんだね・・・」

「!・・・ど、ど・・・して、そのこと・・・」


僕の言葉に驚いたように目を見開くに優しく微笑む。
そしてもう一度を腕の中にそっと包んだ。

「さっき・・・・母さんに聞いた・・・。俺と同い年"だった"って・・・・」
「・・・・・・・・・」


僕の言葉にがぎゅっと胸元を掴んでくるのが分かり、更に強く抱きしめる。
そして手にしていた自分の写真を眺めた。

「俺に・・・・ちょっと似てたって・・・?」

そう尋ねればコクンと小さく頷く。

「や・・・優しぃ・・・笑顔・・・が・・・似てます・・・・・・」
「そっか・・・。それは光栄だな・・・?の大好きな兄貴に似てるなんて言って貰えて」

そう言っての背中を優しく擦れば彼女は肩を小さく震わせながら声を殺して泣いているようだった。
僕はそれ以上、何も言わず、ただ黙ってを抱きしめて雨で濡れた髪にそっと口付ける。


そう・・・には僕と同じ歳の兄貴がいた。
さっきの電話で母さんが教えてくれた事だ。
とても仲のいい兄妹だったようで、もそうとう兄貴になついていたという。
そして兄貴もまた僕と同じように俳優志望で、16歳になったらあの劇団に入ると決めて頑張っていたようだ。
だが、ちょうど二年前の今頃、もうすぐ劇団のオーディションが間近と迫った、ある夜・・・・彼はある事件に巻き込まれた。

学校のクラブで遅くなった彼が家に帰る途中、道端で強盗に襲われてるおばあさんを見た。
比較的、身長も高く体の大きかった彼は、犯人が小柄で一人だった為、勇敢にもその強盗に向って行ったようだ。
バッグを必死に守りながら犯人から殴られ蹴られていたおばあさんを見捨てる事が出来なかったんだろう。
だが、最悪にもその強盗は拳銃を持っていた。
体力で勝てないと思ったその犯人は取っ組み合いになった末、彼に向って二発、発砲した。

至近距離で撃たれた彼は即死だったそうだ。

それを知ったは、暫くの間ほんとに気が狂ってしまうんじゃないかと両親が心配するほど毎日を泣いて過ごしていたようだ。
そして最愛の兄を失った悲しみとストレスで情緒不安定になってしまった。
突然、かんしゃくを起こしたように泣き叫んだり、暴れたりして幼児のようになってしまったりと、大変だったようで
一時は病院に通院させようかとさえ思ったという。
今でも少し言葉や雰囲気が幼いのはその時に相当のストレスを感じた事からの後遺症のようなものらしい。
だがは立ち直った。
大好きだった兄が目指したものに、代わりに自分がなると決心した時から―――

は本当に頑張ったという。
元々、兄の台詞の相手役として何度か演技の練習に付き合っていたからか、
人前で台詞を言う事に抵抗はなかったらしく、演じるという楽しさもすでに知っていたようだ。
そして・・・今年の春。
兄が入るはずだった劇団のオーディションを受けに、ここロンドンまで行く事になった。
その時、彼女は母さんに僕に一度会ってみたいなぁ・・・と言ってきたそうだ。
僕の事は母さんから話を聞いて自分が行こうとしてる劇団に通ってるのも知っていた。
だけど会いたいと言ってくれたのはその事だけではなかったようで・・・

母さんが僕の写真を見せて、「私の息子よ?」と説明した時、の目がその写真に釘付けになったそうだ。
そう・・・が大事に持ってきてくれた、あの写真だ。
その様子に気付いて母さんが、「どうしたの?」と尋ねると、は瞳に涙を溜めて、そう本当に優しい笑顔で微笑んだという。


「この笑顔・・・・・お兄ちゃんにそっくりです・・・」


"あなたの写真を抱きしめて涙が止まらなかったのよ?"と、母さんは言っていた。

だから・・・ロンドンに行くと決まった時、の母親は僕の母さんに彼女を案内してもらえないだろうかと頼んできた。
は遠慮して強く言わないが、本当は僕に会いたがってるから、と―――
その証拠に僕のその写真はが母さんに欲しいと頼み込んできたんだそうで、
事情を知った母さんも喜んで写真をあげたんだと言っていた。

は・・・僕を自分の兄貴と重ねて見ていたんだ―――

もし・・・彼が生きていれば、きっと僕とあの劇団のオーディションで出会ってた事だろう。
そして、二人で受かり、もしかしたら今、一緒に舞台に立っていたかもしれない。
そう思うと・・・心の底から残念だと思った。
出来れば・・・の兄貴と一緒に・・・同じ舞台に立ってみたかった気がする。

でも・・・今はそれすら叶わない・・・・



未だ振るえているの体を抱きしめながら気付けば僕の目にも涙が溢れていた。
こうして抱きしめているとの悲しみが直接、僕の心に流れ込んでくるようで胸が痛い・・・

彼女を・・・守ってあげたい・・・

自然にそう思っていた。

の兄貴はいつも彼女の事を気にかけ大事に大事に守っていたようだ。
そんな兄貴の後を、はヒヨコの如くついてまわってたんだとか。
これからは・・・僕がの兄貴の代わりに彼女を守ってあげたいと思うのは・・・バカな事だろうか?
同情とか絆されてとか・・・そんなものじゃない。
ただ・・・腕の中で泣いてる女の子を守ってあげたいと心の底から思っていた。



・・・・・・」

彼女の名前を呼んでそっと体を離した。
の顔は涙でグチャグチャで鼻が真っ赤になっている。
そんな顔を見たら自然に笑顔が零れた。

「こんな泣いたらトナカイさんになっちゃうよ・・・?」
「ぅ・・・い、嫌です・・・トナカイ・・・さんは・・・」

小さな手でゴシゴシ目を擦りながら鼻声でそんな事を言うを愛しいと感じる。
僕は手で涙を拭いてあげるとを何とか立たせた。

「オ、オーリィ・・・?」
「さ、そろそろ行かないと店が閉まっちゃうよ?」
「・・・?」

僕の言った事が分からなかったのか、はキョトンとした顔で見上げてくる。
僕はの小さな手を握って、

「ほら、約束の靴、買いに行くんだろ?もう夕方だしそろそろ行かないとね?」

とウインクした。
それにはも嬉しそうに笑顔を見せる。
だが、すぐに悲しげな顔になり、自分の格好を見下ろした。

「で、でも・・・せっかく、おめかししたのに雨でびしょ濡れです・・・」

そう呟いたの瞳にまたジワァっと涙が浮かんでくる。
それには僕も慌てて彼女の目線までしゃがみこみ優しく微笑んだ。

「じゃ一回部屋に戻ってシャワー入って着替えちゃおう?俺もびしょ濡れだしさ?」
「・・・は、はい・・・着替えます・・・」

素直に頷くに僕のニヤニヤが復活した(!)

「じゃ、早く帰って着替えよ?」
「はい」

真っ赤な鼻のまま笑顔で頷くに僕の鼻はと言えば完全に伸びきり、かなりのスケベオヤジ顔になってたことだろう・・・

そのまま外に出て入り口のとこで作業をしていたさっきのおじさんにお礼を言った。
まだ雨は降っていたのでおじさんが親切にも傘を貸してくれて、二人で仲良く相合傘で家へと向う。

その間もしっかりと手は繋がれていた。












「わぁ・・・可愛いぃ・・・」

二人して濡れ鼠状態で帰った後、すぐにシャワーを浴びて体を温めた。
そして温かい格好に着替えて、またすぐに出かけてきた。
今は約束した通り、の欲しいと言っていた靴が売ってそうなショップまでやってきたところ。
そこではウインドゥの中に飾ってある色々なミュールを、じぃっと見入っている。

「どれでも好きな物、選んでいいからね?」

の頭をナデナデしながらそう言うとも嬉しそうに頷く。

「中に入ってみようか?」
「はいっ」

相変わらずの可愛ゆい返事にニヤケつつ、僕はの手を繋いだまま店内へと入って行った。
そしてすっかり春物一色になったコーナーの所まで行くと、が欲しいと言ってたようなミュールが沢山置いてある。
僕としては全部、の小さな足に合うような気がして出来れば全て買ってあげたいとすら思ってしまう。

(これってオヤジ化現象なんだろうか・・・)(17歳でそれはちょっと不安)

、どれがいい?好きなの試着してごらん?」
「は、はい・・・えーっと・・・・」

は眉間を寄せて迷うように沢山のミュールを見ている。
僕は少し後ろに下がりながらその様子を見ていると、女性店員が歩いて来た。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あ、えっと・・・白いミュールを・・・」
「それでしたら、こちらの新作タイプが今年の春は流行るデザインとして出ておりますが・・・」

そう言って店員が手にした真っ白なミュール。
確かに可愛いがには少しヒールが高すぎる気がした。

「えっと・・・この子が履けるようなものがいいんですけど・・・出きればヒールは低めで・・・」
「あ、そうですね。申し訳御座いません」

その女性店員は気を悪くする風でもなく笑顔で手にした靴を元に戻すと、今度は今のより少しヒールの低いタイプのものを取ってくれた。

「こちらはどうですか?これも春の新作で今からでも履けると思いますが・・・」

ニコニコしながらそう言ってくる店員にも僕の顔を見上げてくる。

「ん?どうした?気に入ったなら履いてみてもいいんだよ?」
「・・・はぃ」

僕がそう言って微笑むともホっとしたように笑顔を見せた。

「ではこちらに座って履いてみて下さい」

女性店員が椅子を持ってくると、はそこにチョコンと座り今履いているブーツを必死に脱いでいる。
そして店員が目の前に置いてくれた靴にそぉっと足を入れてみた。

「どうですか?」

女性店員が笑顔で聞けばは少しだけ首をひねって困ったように僕の方を見あげて来る。

「どうした?・・・」
「少し・・・ブカブカです・・・」
「あ、サイズが合いませんか?では、お客様のサイズは・・・」
「え?あ、っと・・・、足のサイズは?」

いきなり僕に聞くなよ・・・と思いつつ、には笑顔で尋ねると彼女はモジモジしながら、

「・・・・21センチ・・・です・・・」

と呟いた。

それには僕も店員もちょっと驚く。

「かなり小さめですね?ちょっと在庫を調べてきますので、お待ちください」

さすがはプロと言った感じでその店員は笑顔でその場を後にした。
だがは不安そうな顔のまま僕を見ている。
なので安心させるようにの頭に手を置いて微笑んだ。

、ほんと足、小さいんだね?」
「はぃ・・・。いつも欲しいのにサイズがなくて買えないんです・・・」

ショボンとした顔で呟くに僕は苦笑しながら目の前にしゃがむと彼女の頬に手を添えた。

「大丈夫だよ。イギリスにはのサイズはないけど、この店はアメリカのブランドショップだからきっとあるよ」
「・・・はぃ」

僕の言葉に何とか笑顔を見せるの頬を軽く撫でてあげていると、さっきの店員がニコニコしながら箱を手に戻って来た。

「お客様のサイズ、ありました。こちらになりますが履いてみますか?」
「は、はい・・・」

サイズがあったと聞いてもやっと笑顔に戻った。
早速、出して貰った真っ白なミュールに足を入れてみれば更に嬉しそうな顔で、「ピッタリです・・・っ」と僕を見上げる。

「そっか。良かった。じゃあそれにする?」
「はいっ」

(・・・く〜可愛いぃなあ、こんちくしょうめっ!)(!)

その眩いばかりの笑顔に僕までふにゃ〜っと顔が緩んでしまう。
が、その顔を店員に見られ、僕は慌てて顔を元に戻し咳払いをした。

「じゃ、じゃあ・・・これ下さい」
「はい、ありがとう御座います」

その店員も笑いを噛み殺しつつ、レジの方に歩いて行く。
僕は変な汗が出てきたが、自分の靴に履きなおしたを見てそっと手を引っ張った。

「良かったね?靴、合うのあって」
「はい。嬉しいです」
「じゃあ今度またデートする時にはさっきの履いてきてくれる?」
「え?」

僕がさりげなく予約を入れてみると、は驚いたように顔を上げたがすぐに嬉しそうに微笑んでくれた。

「はい、もちろん履いて来ます。それまでに自分の足に慣らしておきますね?」
「ん〜っ!ほんと可愛いなぁー!は〜♪」
「・・・ぅひゃ」

もう我慢の限界で(!)店内にも関らずをギュっと抱きしめ額にチュっと口付ける。
それにはも驚いたように声を上げ、頬が薄っすらと赤く染まった。

「オ、オーリィ・・・恥ずかしいです・・・」
「ごめんね?があまりに可愛いから・・・」

なんてヌケヌケと言っているとそこへ靴を包んだ店員が戻って来た。

「150$になります」
「はい、じゃあこれで」

キャッシュで支払いをしてると不意にクイっと服を引っ張られて後ろを振り向けばが困った顔で立っている。

「ん?どうしたの?」
「あ、あの・・・やっぱり他のでぃいです・・・」
「え?さっきの気に入らなかった?」
「ち、違います・・・けど・・・」

はそのままモジモジしながら俯いてしまい、僕はどうしたんだろうと顔を覗き込む。

「どうしたの?他のがいいの?」
「・・・ぃです・・・」
「え?」
「これ、高ぃです・・・」
「・・・・・・・・っ?」

(ああ・・・は今の靴の値段を聞いて気を使ってるんだ・・・っ!)

そこに気付き、僕は思わず苦笑してしまった。

、そんなの女の子は気にしなくていいの。これは俺がに買ってあげたいと思ったし約束しただろ?
だからそんなこと気にしないで。ね?」

僕がやんわりとそう言えばも少し俯いていたが何とか頷いてくれてホっとした。
後ろで待っていた店員も心なしかホォ・・・っと息をついたようだったけど。(きっと自分の売上の心配だろう・・・)





「ありがとう御座いました〜」

明るい声に見送られながら僕とはまた手を繋いで相合傘で外を歩き出した。

「さ、次はどこ行きたい?って言っても、もう暗くなっちゃったから限られちゃうけど・・・
動物園も一緒に行けなかったし・・・ごめんね?」

僕がそう言うとは首をふるふると振ってニッコリ微笑んだ。

「いいんです。またロンドンに来た時に連れて行って下さい」
「あ、そうだね?これでお別れじゃないしね?」
「はい」

の言葉に僕も何だか嬉しくなり笑顔になった。

そうだよ!また春になればだってロンドンに住むんだ。
会いたいと思えばすぐに会える。

そう思いながら、ふと動物園でのおじさんの言葉を思い出した。

「そう言えば・・・はトラが好きなの?」
「・・・え?」
「いや、ほら。さっきのおじさんががトラのとこにジっと立ってたって言ってたからさ。好きなのかなって」

僕がそう言うとはふっと目を伏せ小さく頷いた。

「お兄ちゃんが・・・」
「え?」
「お兄ちゃんがトラ好きだったんです・・・」
「・・・・・・・・・」
「いつも一緒に動物園に行くとトラを見に行こうって言って・・・私が怖いから嫌だって言うと、
"怖くないよ?あんなのデカイ猫だって思えば可愛く見えるから"って笑いながら言ってくれて・・・
それで気付けば私も好きになってました。ほんとに大きな猫に見えてきて・・・」

はそう言うとゆっくり顔を上げて微笑んでくれた。
その笑顔に僕も笑顔で返す。
そして何も言わずに黙って繋いでるの手をギュっと握った。

「オーリィ・・・?」
「今度は・・・俺とトラを見に行こう?」
「・・・え?」
「俺もさ、実は好きなんだ。トラが」
「オーリィ・・・」

僕がそう言ってニッコリ微笑むとは驚いたように僕を見上げた。
そして、その後、ほんとに柔らかい笑顔で微笑んでくれる。

「はい・・・。じゃあ、今度一緒にトラ見にいきましょ?」
「うん。約束ね?」
「はい、約束です」

そう言ってはまた小指を出してきた。
だから僕も傘を持つ手に荷物を持ち替え、自分の小指をの小さなそれと絡めた。
そして、この前と同じようにぶんぶんと手を振るとが離そうとした小指をつなぎとめる。

「・・・?」
「約束の時はオーランド式のもしなくちゃね?」
「・・・ぁ・・・」

僕の言葉に思い出したようにが顔を上げる。
その時、僕は手を軽く自分の方に引き寄せ、の小指にチュっとキスをした。

「はい、約束、完了!」
「・・・・は、はぃ・・・」

は頬を赤くしながらも何とか頷いてくれて、僕はと言えば・・・・そりゃ鼻の下も伸びるよね?

そのまま、また手をつなぎ直すと、雨の中をと二人ゆっくり歩き出した。












「じゃあオーリー、また来月に来ま・・・っクシュ!」
「あ〜・・・。だ、大丈夫・・・?!」

昨日の雨とは打って変わって気持ちのいい朝の駅のホーム。
三日前を迎えに来た時と同じ時間、同じ場所に僕らは立っていた。
だが昨日の雨に濡れてやはりだけは風邪を引いてしまったようだ。
(バカは風邪引かないって事じゃなくて僕の方が体力があったって事だからその辺勘違いしないように)

(はぁ、こりゃ母さんから夜あたり苦情の電話がきそうだ・・・)

"このバカオーランド!!ちゃんに風邪引かせるなんて何してるの?!小遣い減らすわよ!"

なーんて言いかねない・・・。
朝から少し憂鬱になりながらも未だ鼻をグスグスいわせてるの頬を手で包んだ。

「ごめんね?やっぱり長い時間、出歩かなきゃ良かったね・・・?」
「ぅ・・・だ、大丈夫です。フェリー奇麗でし・・・ックシュ!」
「ありゃりゃ・・・はクシャミも可愛いね〜?しゃっくりも可愛かったけど」

心配になりつつも、ついつい可愛いに綻ぶ顔は止められない。
それにも笑顔を見せてくれる。

「あのサイダー、しゃっくり出るけど美味しかったです。今度、お母さんに買ってもらいます」
「ぅえ?!ダ、ダメだよ、・・・!あ、あれはサイダーじゃなくて・・・」
「え?」
「い、いや、とにかく・・・あの"サイダー"の事だけは内緒ね?誰にも言っちゃいけないよ?」
「?オーリーがそう言うなら・・・誰にも言いません・・・」

僕の慌てようにもキョトンとしていたが必死に頼めば何とか頷いてくれてホっとする。

もしにアルコールを飲ませたなんて母さんにバレたらわざわざカンタベリーから殺しに来かねない!!
母さん愛用のケーキ用ナイフ(注:めっちゃ尖ってる)あたりを忍ばせて来そうで怖いよっ(どんな母親だ)

内心、冷や汗をかいていると、そこに電車が来たことを告げるベルが鳴り響いた。
その瞬間、ドキっとしてを見ると彼女は寂しげな表情で電車が来る方向を眺めている。

(何だよ・・・またすぐ会えるってのに何でこんなに胸が痛くなるんだよ・・・)

ズキズキと胸の奥が痛み出し言葉には出来ない寂しさが襲ってくる。
するとゴォォ・・・っという音が近づいてきた。
その時、不意に繋いでた手がギュっと強く握られ、ドキっとしてを見れば彼女もまた悲しげな顔で僕を見上げている。
そんな顔を見てしまうと僕は我慢出来なくなって思い切りを抱きしめた。

「オーリィ・・・?」
「また・・・春になったら一緒に色々なとこ行こう?俺がいろーんな場所にを連れて行ってあげるから・・・」
「・・・・はぃ・・・楽しみにしてます・・・」
「大人になって・・・・お互いに俳優と女優になったとしても・・・ずっと一緒にいようね?」
「・・・・ぇ?」

僕が言った言葉にがもぞもぞと体を動かし、ゆっくり顔を上げる。
その僕を見つめる大きな黒い瞳が、いつまでも濁らないよう・・・見守っていたいと・・・そう思った。

「約束・・・」

僕がそう言って小指を出せばもニコっと笑って小指を出してきた。
そうして互いの小指を絡めるといつものようにぶんぶんと振り出す。
だが不意に僕の小指にポツ・・・っと雫が落ちてきた。

「・・・・・・っ」

見ればの瞳から大きな涙が溢れている。

・・・」

はそれでも笑顔を見せていて何だか胸の奥がギュっとなった。
そしてまた一粒、涙が零れ落ち、今度はの小指に落ちる。
それを見て僕はそっと唇を近づけ、小さな小指に優しく口付けた。

「オーリィ式の・・・約束ですね・・・?」

はそう言ってまた優しく微笑む。
それには堪らなくなってもう一度、彼女を抱きしめ頭に口付けた。

「オーリィ・・・お兄ちゃんと同じ匂いがします・・・」

「・・・・・・・・・っ」

の言葉にドキっとした。
だが、そのまま抱きしめる腕に力を入れる。

「いいよ・・・俺がこれからのこと守るから・・・。の"お兄ちゃん"と同じように・・・」

「オーリィ・・・・ぉ・・・兄ちゃ・・・ん・・・・」

そこで電車がホームに入って来て、の小さな声がかき消される。
かすかに体が震えているから泣いてるんだろうと思う。
だけど次に顔を上げた時、は笑顔だった。
ゆっくり僕の腕から離れていきながら、バッグを持つと、

「また・・・春に会えます・・・」

と呟いて、そのまま電車に乗り込んだ。

・・・」

僕はゆっくり電車の方に近づいたが、その時プシューっとドアが閉まり、二人の間に境界線が出来る。

・・・!早く・・・来てね?待ってるから―!」

うるさいベルの音にも負けないように叫ぶと、は笑顔で頷いて手を振ってくれた。
そしてゆっくり電車が走り出すと、僕も後を追って歩いて行く。
はずっと笑顔で手を振ってくれていて僕も大きく手を振った。
笑顔になっていたかは分からない。
だんだん遠ざかっていくに心だけ持っていかれたように胸が痛み出す。
こんなこと初めてだった。

・・・待ってるから・・・早く来てね・・・・・・」

そう呟いて見えなくなった電車を暫く見送っていた。



のお兄さんと僕が少しでも似てるなら、彼女がそう思うなら、傍にいてあげたい。

何かの縁で、こうして出会えたんだから、この出会いを大切にしたい。

男とか女とか関係なく、大事だって思える存在だって・・・今、気づいたから・・・

運命だとか、大げさな事を言うつもりはないけど、それでも・・・

僕の心にすんなり入り込んできた彼女と・・・これからも一緒に―――



「また・・・春に会おうね・・・」



そう呟いた時、冬の終わりを告げる、優しい風が吹いてきた――――


















うひょーやっと終わりましたよ・・・(良かった、三つで終わって。笑)
いったい、どこが短編なんだー!って感じですよね、はい・・・
このヒロインは私の従兄弟の円ちゃんがモデルです(笑)
ほんと子供の頃はポヤンとしてて、めちゃ可愛かったのですよ。
それが今は大人になって持続してるのか天然娘になってます(笑)
ヒロインの兄貴のは最近ロンドンで日本人を狙う強盗が多いというニュースで
思いつき、ちょっと可愛そうな展開にしちゃいました^^;
こんなエセ短編を最後まで読んで下さった皆様には心から感謝いたします!


日ごろの感謝を込めて…


C-MOON管理人HANAZO