「休暇下さい」





突然、こう言い出した私に編集長はキョトンとした。



「休暇って…どうしたんだ?突然…。この忙しい時に」
「すみません。忙しくて人が足りないのも解かっています。でも…どうしても今日中にロスに行きたいんです」
「ロス?何しに…」
「それは言えません。プライベートな事ですから…」



私は編集長を見据えてキッパリと、そう言った。
すると編集長は片方の眉を上げて、「…もしかして…オーエンと旅行…とか?」と聞いてくる。



「いえ…。違います。私は彼とお付き合いしてませんし…。それに彼は今、そんな事をしてる場合じゃないでしょう」
「ま、まあ…そりゃ、そうなんだが…。しかし…なぁ…」
「お願いします…!私にとったら凄く大事な事なんです…。すぐ戻ってきますから…」



私は必死だった。
今、行かないと、きっと後悔する。
そう思った。



編集長は私の頼みに少し考えていた様だったが、不意に顔を上げるとデスクの上で手を組んで私を見た。



「解かった…」
「え?じゃあ…」
「ああ、行って来い。ロスに…」
「あ…ありがとう御座います…!」



私は嬉しさのあまり、編集長に抱きついた。
それには編集長も目を白黒させて驚いている。



「わ、解かったから…離れなさい…」
「す、すみません…っ」



私は慌てて編集長から離れると、彼は苦笑しながら頭を撫でた。



「そんな風に君に抱き付かれたら、また、あの恋人候補だか言う彼に怒られそうだよ…」
「え?」
「ほら、お前が夏休み取りに来た時に一緒に来た、あの騒々しい彼だよ。元気か?まだ恋人にしてやってないみたいだが…」



編集長は笑いながら、煙草に火をつけて私を見た。
その言葉が今の私には痛かった。



「ん?どうした?」
「いえ…。彼が元気かどうか…知らないんです。最近、ずっと会ってなかったので」
「何だ、完全に振ってしまったのか?彼なら、お前をあんなに愛してくれてるんだから幸せになりそうなんだがな?」



何も知らない編集長は呑気に、そんな事を呟いて煙を吹かしている。
だが私の胸は、その一言、一言に締め付けられ涙が浮かんできた。



「今から…彼に会いに行くんです…」
「…何?彼って…その男か?」
「はい。ちゃんと…自分の気持ちを伝えに…。行かないと後悔すると思うんです、だから――」
「ああ、解かった!休暇はやるから…そんな涙目で俺を見るな。…事情は知らないが…あの青年の想いが通じたんだろう?」



編集長の言葉に私は小さく頷き零れ落ちそうになった涙を拭った。



「そうか。まあ…恋愛はタイミングが大事だ。チャンスを逃すと二度と戻れなくなる事があるからな?自分で、ここはって時は素直になれ」
「……はい」
「よし。じゃあ今から休暇をやる。ロスに行って来い」
「はい…。ありがとう御座います…っ」



私は、そう言って頭を下げると、部屋を出て行こうとして、ちょっと振り向いた。



「ん?まだ何かあるのか?」
「いえ…。ただ…編集長から恋愛の指導までされるとは思っていませんでした」



私が少し苦笑しながら、そう言うと編集長は顔を赤くして、



「いいからさっさと行け!どうせ、すでに飛行機のチケットは取ってあるんだろう?」



と手でしっしとやっている。



「はい。昨日の夜に取っちゃいました」
「何?夕べのうちにか?じゃあ…今日、俺が休暇はダメだと言ったら、どうする気だったんだ?」



その質問に私はちょっと目を伏せると、



「……ここを…辞めるつもりでした」



と言った。
その言葉に編集長は目を丸くしていたが、すぐに苦笑いを浮かべる。





「そうか…。なら了承して良かった。はうちの貴重な人材だからな?辞められては困る。選手達から抗議を受けそうだ」
「…編集長…」
「ああ、いいから行って来い。土産はいらんぞ?」
「……行って来ます」




私は、ちょっと微笑んで、そう言うと編集長は手をヒラヒラ振りながら、私の出した休暇届けの紙にサインをした。
それを見届けて、直ぐに編集部を出る。



あと一時間もない…
早く行かないと…




私は時計を見ながら、エレベーターに飛び乗った。




































僕はボーっと窓の外の晴れ渡ったロスの街並みを眺めていた。
目の前にある紅茶からは暖かそうな湯気が立ち上っている。



「はぁ…季節は秋だって言うのに、何でロスは、こんなに秋らしくないんだ…?」



そんな事を呟き、紅茶を口に運んだ。
ここは今ロスで滞在しているホテルのロビーにあるカフェラウンジだ。
何だか部屋にいるのも退屈で出かけようと出てきたのはいいけど、あまりの人の多さに早々に戻って来て、このラウンジに入った。
ここからフロントも、よく見える。
今は夕方で人の姿もだんだん増えて来た。



「よぉ、オーランド。一人で何してるんだ?」
「………っ」



上から声がして僕は思い切り顔を上げると、そこにはエリックがニコニコしながら立っていた。



「あ、エリック…。別に…ちょっと休んでただけだよ?エリックは?今から出かけるの?」
「いや…ちょっとコーヒーでも…と思って降りてきたんだ。部屋で飲む気がしなくてな。 そこいいか?」
「あ、いいよ」



僕がそう言うとエリックは向かい側のソファーに座って水を運んで来たウエイトレスに、



「カプチーノ一つ」



と注文した。



「どうだ?夕べは眠れたのか?時差ぼけだって騒いでたろ?」



エリックはちょっと笑うと、ソファーに凭れながら僕を見た。



「ああ…明け方まで眠れなくて…その後、ちょっと寝たつもりが今日の昼まで寝ちゃったよ」
「そうか。ま、俺も同じとこだな。ここんとこ移動が多くて疲れるよ」



エリックは、そう言いながら大きく欠伸をした。
そこへ注文したカプチーノが運ばれてくる。



「ああ、どうも…」



エリックはウエイトレスに、ちょっと微笑むと美味しそうに飲んでいる。





「はぁ〜明日から、また更に忙しくなるなぁ…」
「うん、そうだね。ブラッドのスケジュールも殺人並みだったよ?」



ちょっと笑いながら肩を竦めて、そう言いながら僕も紅茶を一口飲んでエリックを見た。



「それ言うなら、お前もだろう?次の撮影に入るって?」
「ああ…まぁね…。だから俺はプロモーションの旅には一緒に行けないけどさ」
「そりゃ仕方ないが…。大丈夫か?少し痩せた気がするけど」
「ん〜。まあ、何とかね」



少し言葉を濁して笑顔を見せるとエリックは思い出したように手をポンと叩いた。



「そう言えば…記事、読んだぞ?」
「え?記事…?」
「お前が、あの例のモデルと付き合ってるってさ。デートしてるんだって?」
「ああ、あの記事…。まあね、デートはしてるよ。でも付き合ってるわけじゃない」
「そうなのか?でも…ロスに来たら必ず会ってるって書いてあったけど…」
「ああ、まあ、それは本当だけど…。会ってるって言ってもバーで一緒に飲んでるだけ」
「本当か?彼女の家に行ったりなんて…」
「し、してないよっ。友達だよ、ただの」



僕はちょっと視線を反らして口を尖らせると、エリックは軽く息をついて、「何だ、つまらん」
とカプチーノを口に運んだ。



「む…。何でつまらないんだよ?」
「だって、やっとお前が新しい恋に目を向けられたのかと思ってな?でも…そうじゃないんだろ?」



エリックに痛いとこを突かれて僕は目を伏せた。



「やっぱり…。まだ忘れられないのか…?」
「そんな簡単じゃない…。だって10年以上も彼女の事を想って来たんだよ?どうやって忘れたらいいのか解からないんだよ…」
「そりゃ解かるけど…彼女だってそのサッカー選手と付き合ってるんだろ?前にお前青い顔しながら記事を読んでたじゃないか」
「……解かってたつもりだったんだけどさ…。だって最後に会った時、違うって言ってたから…
バカみたいに、それを信じちゃったって言うか…でも…そうだよね。
あんな活躍してる奴から想われたら…だって、いつか好きになると思ってたんだ…。彼女サッカー好きだったし…」



僕はソファーに凭れながら肩を竦めた。
そんな僕の言葉にエリックは何だかキョトンとした顔だ。



「何?エリック…どうかした?」
「え?あ、いや…。だって、お前…お前だって活躍してるだろう?そんなサッカー選手に引け目なんて感じる必要ないだろうが。
今や"世界の恋人オーランド・ブルーム"なんて騒がれてるのに…」
「そんな世界中に恋人なんていらないよ。俺が欲しいのはだけだから。でも…俺がどんなに活躍してようがの目には幼なじみとしか映らないんだよ…」
「おいおい…ほんとに大丈夫か?そんなに好きなら、また頑張ればいいじゃないか…」



エリックの言葉に僕は首を振った。



「それが出来ないから悩んでるんだろ…?俺がを好きな事が彼女を結果的に苦しめてたって気付いたんだ…。
なのに…どうしても忘れる事が出来なくて…苦しいよ…」
「オーランド…お前…」
「諦めなくちゃって思えば思うほど…への想いが溢れてきて苦しいんだ…。何度も電話しそうになった…
夜、部屋で一人でいると…つい、かけちゃいそうでさ…
かけて、また好きだとか…愛してるだとか…女々しい事を言っちゃいそうで怖いから…。
ロスにいる時はレナに電話して出かけるようにしてたんだ…」



僕は、そこまで話すと軽く息をついて俯いた。
するとエリックも小さく息をついている。



「…そうだったのか…。俺はてっきりデートを楽しんでるかと思ってたよ…」
「レナは…俺が忘れられない子がいるって知ってるしさ。気が楽なんだ…。別に迫ってくるわけでもないし…
いつも黙って話を聞いててくれるから…」
「そうか。まあ…それで少しは気が紛れるならいいけどな。
お前がマスコミに何もコメントしないから世間じゃレナって子と付き合ってると思ってるぞ?いいのか?」
「だってプライベートのこと、いちいち話すのも面倒でさ。放っておいたら、そのうち噂もなくなるかなって思ってたんだけど…」
「いや、そりゃないだろ?お前の人気からしたら…。それに嘘のゴシップ書かれて、
もし、それをちゃんって子が見たら、どうするんだ?誤解されるぞ?」
「でも…はきっと俺が誰と付き合おうが気にしないよ、きっと…。逆にホっとしてるかもしれないしさ…」



僕はそう言って苦笑するとエリックは困ったような顔をした。



「…あまり…無理するな…。な?」
「うん…。でも…ほんと恋愛って難しいね…?人を好きな気持ちって…どうやったら消せるんだろ…。いっそ、ここから取り出したいくらいだよ」



僕はそう言って胸に手を当てる。



「こんな痛いなら…。いらない…」
「……時間が…解決してくれるさ…。一生痛いわけじゃない…」




エリックは、そう呟くと優しく微笑んだ。
だが彼の言葉が胸に響く。




そうかな…
一生、続くんじゃないかな…
この痛みが消えるってことは…を忘れた時だけだから。




そっと窓の外を見れば、薄っすらと暗くなってきていた。





「部屋に…戻るよ」



僕がそう言って立ち上がると、エリックも一緒に立ち上がった。



「俺も戻るよ。一緒に上がろう」
「うん」




支払いは部屋につけてもらえるので、そのままにして、僕らは二人でエレベーターの方に歩いて行った。




だから僕は気付かなかったんだ。





その時…ロビーにが入って来た事を―――

















































「ここ…よねぇ…。ソニアおばさんが言ってたホテルって…」



私はメモを見ながらホテルを見上げた。
そこはハリウッドの中でも、かなり大きなホテルでハイランド駅の裏にある。
ロスに行くに当たって、ソニアにオーランドの滞在先を聞きに行ったのだ。
ソニアは聞いていないみたいだったが事務所にかけて、急用だと言って聞きだしてくれたのだ。



私がオーリーに会いに行くと言ったら、ソニアおばさんは凄く喜んでくれた。



「二人が上手く行く事を祈ってるわ」



そう言って送り出してくれた。
私は照れくさかったが、もう意地を張らず素直になろうと決めたのだ。
オーリーが好き…
それだけを言いに、ここロスまできた。
オーリーが今、恋人がいても…それだけは伝えたいと思った。
例え、オーリーの気持ちが、すでに私になくても…それだけは言わなくちゃと思ったのだ。



「よし…フロントに聞いてみよう」



私は意を決し、ホテルのロビーに入って行った。





「うわ…凄い広い…」



あまりの煌びやかで広いロビーに唖然としつつ、私はフロントまで歩いて行った。



「あの…」
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
「あ、はい。・ブルームで予約したんですけど…」
「少々、お待ちくださいませ」



フロントの男は何やらパソコンをいじっている様子だ。
どうしてオーランドのファミリーネームにしたかというと、それはソニアの提案だった。
こうして同じ名前にしておけば親戚と思ってオーランドの事を聞いても警戒されないと言うので、名前を借りて予約した。
あんなに有名になると、普通に聞いてもホテル側も答えてくれないらしい。
いくら友達だ、幼なじみだと言った所でファンに間違えられるのは間違いないだろう。



「はい、そのお名前で承っております」



フロントの男に、そう言われ何だかホっと息をつき、言われるままにサインをしてから一番聞きたかった事を聞いてみた。



「あの…」
「あ、お部屋の方へは係りの者がご案内いたしますので…」
「い、いえ、そうじゃなくて…。あの昨日からオーランド・ブルームという人が、こちらに泊ってると思うんですけど…
部屋番号を教えて欲しいんです」
「はい、少々お待ちください」



そのフロントは、にこやかに微笑み、またパソコンをいじりながら探してくれている様子だ。
それを見ながら、はホっとした。
オーリーの名前を出して不審に思われたらどうしようかと思っていたのだ。
だが普通に探してくれているようだし…大丈夫そう…



そう思った瞬間、フロントの男は顔を上げてを見た。



「あの…申しわけありませんが、その方はお泊りでないようです」
「え?そんなはずは…。昨日から、こちらにチェックインしてるはずなんです」
「それが…お探ししましたが、そのような、お名前ではお泊り頂いておりません」





(ど、どういう事?)



私は、その言葉を聞いて唖然とした。



この人が嘘を言ってるの?
それとも…本当にオーリーは、ここに泊ってないの…?
でもソニアおばさんが事務所の人に聞いてくれたのに…



「あの…お客様?お部屋に案内いたしますが…」
「え?あ…はい…」



私はハっとして顔を上げると、ボーイが私のバッグを持ってエレベーターの方に歩いて行く。
それを見て仕方なく後に続いた。



でも…どうしよう…
ここにオーリーがいないんじゃ他に探しようもない…
もう一度ソニアおばさんに聞いてもらうしかないかな…




私はそんな事を考えながらボーイの後からついていった。
広いロビーだからか、少しエレベーターまで距離があり、ボーイはスタスタと歩いて行く。
私もすぐ後ろを歩いていたのだが俯いていた為、その時、目の前に見えて来たエレベーターの中にオーリーが乗り込んだのを見ていなかった。




「お客様。顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え?あ、はい。大丈夫です」




話し掛けられ、ハっと顔を上げた時、エレベーターの扉が閉まるのが見えた―――






















「こちらになります」



ボーイは部屋のドアを開けて私を中へ促した。



「ありがとうございます」



私は中へ入ると、ボーイはバッグを中へ運んで軽く頭を下げると部屋を出て行った。
このホテルはサービス料金がついているのでチップはいらないらしい。



「はあ…。どうしよう…せっかくロスまで来たのに…」



そう呟いてソファーにドサっと腰を下ろした。
その時、部屋の電話が鳴り、私は急いで電話に出た。



「Hello?」
『外線が入っています。繋ぎますか?』
「はい、お願いします」
『では、そのまま、お待ちください』



フロントの人が、そう言うと少しして声が聞こえてきた。



『Hello?』
「あ…ソニアおばさん…?」
『あ、ちゃん?良かった、無事についたのね?』
「あ、はい。つい、さっき……」
『どう?オーランドには会えた?もう着く頃かと思って電話したんだけど…』



ソニアは心配そうに、そう聞いてくる。



「あ、あの私もかけようかと思ってたんです。ちょうど良かった…っ」
『え?どうしたの?』



私はソニアに、さっきの事を簡単に説明した。
オーリーが泊っていないと言われた事を言うと、ソニアも驚いている。



『えぇ?どうして?だって事務所の人がそのホテルに泊ってるって言ってたのに…まさか私には嘘は言わないでしょうし…』
「そうですよね…。それで私思ったんですけど…」
『何?』
「オーリィ…もしかしたら本名で泊ってないんじゃないかなって思って…」
『え?どういうこと?』
「一応、事務所で取ってるんだし、もしかしたらマネージャーさんの名前とか…事務所の名前とかで取っちゃう事もあるかなって」
『ああ、そうね。そこまで考えてなかったわ。ちょっと待ってて?私、マネージャーさんの名前、どこかに控えてあるかも…』
「あ、はい、すみません」



ソニアは受話器を置いて、どこかに行ったようだ。
私は、それをドキドキしながら待っていた。
そして少しするとソニアが戻って来た。



『Hello?ちゃん?』
「は、はい」
『あ、あのね、マネージャーさんの名前が解かったわ?えっと…マイク・ホートン…だって』
「そうですか。じゃあ…その名前で、もう一度聞いてみます」
『でも…マネージャーさんの名前で取ってるって言っても、その人だっているでしょうし…どっちの部屋とかは解からないんじゃ…』
「それは電話で確めます」
『そう…。解かったわ?じゃ、頑張ってね?何かあったら、すぐ電話ちょうだい?』
「はい、わざわざ、ありがとう御座います。それじゃ…」



そこで電話を切って、直ぐにフロントの番号を押した。



『はい、フロントで御座います』
「あ、あの…マイク・ホートンさんという方の部屋番号をお願いします」
『少々お待ちください』



はギュっと受話器を握りしめながら緊張してくるのが解かった。
もし、これで無ければ…事務所の社長とか社員の名前かもしれない…
そうなったら直接、事務所に聞くしか解かる術は無かった。



『Hello?』



ドキドキして待っていると、フロントの人の声が聞こえてハっとした。



「は、はい」
『そのお名前ですと、二部屋、ご用意させて頂いてますが…』
「あ、あの、どっちも教えて欲しいんですけど…」



フロントの言葉に心底、ホっとして、そう言った。



『はい、では…一つが2708号室で、もう一つが2709号室で御座います』



は部屋番号を聞いて、直ぐメモに番号を書いた。



「ありがとう御座います」



そう言って電話を切って思い切り息を吐き出す。



「良かった…。やっぱり泊ってた…」



このホテルにオーリーがいると思うと一気に安心して、その後には緊張が襲ってくる。
何時かと時計を見れば、すでに夜の7時になろうとしていた。



(部屋にいるかな…)



何となく不安に思いながら、まずは2708号室へかけようと受話器を持った。



(お願い…部屋にいて…)





は祈るように震える指で部屋番号を押した――




































プルルルル…プルルルル…




僕が部屋に戻り、エリックと談笑していると、部屋の電話が鳴り響いた。



「誰だろ。あ、ブラッドかな?夕飯のお誘いかも」
「アハハハ。ブラッドは奥さんと一緒だろ?違うよ」



エリックは笑いながらビールを煽ると、テラスの方に歩いて行って窓を開けた。
僕は急いでソファーから立ち上がると、電話の方に歩いて行く。
チラっと時計を見ると、もうすぐ7時になろうとしていた。



「Hello?」
『…………………』



僕が電話に出ると受話器の向こうからは何も聞こえてこない。



「おかしいな…。Hello〜〜〜?!誰〜?」
『……私…こえる……?』
「え?誰?よく聞こえないんだけど…」



女性の声でドキっとする。



「Hello?」
『私…よ…!…。…レナ!』
「ああ、何だ。君か。今どこ?」



電話は、あのモデルのレナからだった。



『今、車から…の!電波悪…て…!』
「ああ、ほんとだね?時々切れるみたいだ」



そう言った瞬間、はっきり、『Hello?オーランド?』と聞こえてきた。



「ああ、やっと、ちゃんと聞こえたよ?」
『今、トンネル抜けたの。それより、今から夕飯でも、どう?私、仕事さっき終って帰るとこなのよ』
「あ、そうなんだ。いいけど…何時になる?」
『こうして話してたら、すぐ着くわ?』



レナは、そう言ってクスクス笑っている。
それには僕も苦笑しながらソファーの肘掛のあたりに腰をかけた。



「そうだね。じゃあ着くまで話してようか。あ、運転は大丈夫?」
『ええ。ちゃんとイヤホンにしてるもの。あなたの声もよく聞こえるわ?』
「そう。なら安心だね」
『今、一人?』
「いや…エリックがいるよ。男二人で寂しくビール飲んでた」



僕はちょっと笑いながら、そう言えばエリックが部屋に顔を覗かせて、「寂しいは余計だ」と文句を言っている。



「アハハハ。エリックが寂しい男だって認めないよ」
『ならルイスも誘って4人で食事ってのは、どう?その後、あのバーで一緒に飲みましょうよ』
「ああ、いいね!寂しいエリックも喜ぶよ」



僕が肩を竦めて、まだ顔を覗かせているエリックを見ながら、そう言ってやった。



「俺は寂しくない…っ。寂しいのはお前だろ?」



エリックは顔を顰めてビールを飲みながらブツブツ言っているのがおかしい。



「はいはい。その通りだよ!だから今夜、ルイスも入れて4人で食事に行こう?」



受話器から少し顔を離してエリックに、そう言えば返事は無いものの、手だけ上げてOKと出している。
僕はちょっと笑いを堪えながら、



「レナ。エリックもOKだってさ。一緒に行くよ」



と彼女に声をかけた。



『そう!良かったわ?実はルイスも今、一緒なの。彼女を家まで送る途中だったから。ちょうど良かったわ?』
「そうなんだ。じゃ、今、一緒に来る?」
『ええ。あと…そうね、5〜6分でつくけど…オーランドとエリックは、すぐ出れる?』
「ああ、出れるよ。俺達は君らみたいにメイクを何時間もしないからね」



僕が笑いながら、そう言うとレナもちょっと笑っている。



『失礼ね!そんな厚化粧じゃないわよ。あ、じゃあ、もう着くから切るわ?ホテルの左側に止める』
「OK!じゃ、すぐ降りるよ」
『ええ、待ってる。じゃ、バイ!』



そこで電話が切れた。





「エリック!ほら、行くよ?」
「はいはい。解かったよ」



エリックは笑いながら部屋に入ってくるとジャケットを羽織っている。
僕も軽く上にジャケットを羽織るとお気に入りのターバン風の帽子とサングラスをした。



「じゃ、行こう?すぐ着くって」
「ってか、どこに食いに行くか決めたのか?」
「いや、まだだけど…皆で決めよう」



そう言って部屋を出ると鍵をかけてエレベーターへと歩いて行こうとした時、部屋の中で電話の鳴る音が聞こえて立ち止まる。



「あれ…また電話だ…。レナかな?」
「おい、オーランド!エレベーター来たぞ?」
「あ、うん…今行く…!」



レナなら少し遅れるとでもかけてきたのかもしれないと思いつつ、まあ、下で待ってればいいかと、
そのままエレベーターの方に走って行った。





「あ〜何だか急にお腹が空いてきた」



エレベーターに乗ると、エリックがお腹を抑えて、情けない声を出した。



「そうだね、俺もちょっと空いたかな」




そう言っていると、僕のお腹がぐぅ〜っと鳴り出してエリックと顔を見合わせる。




「アハハハハ…お前、いい男台無しだな?」
「だって今日、何も食べてないんだよっ」





僕はそう言ってちょっと口を尖らせると、早くロビーに着かないかと、少しづつ下がって行く番号を見ながら息をついた。



































ツーツーツー…





「まだ話中…」



私は、そう呟いて受話器を置いた。



「はぁ…いる事はいるみたいだけど…」



ソファーに座ると私はちょっと凭れて目を瞑った。
少し時差ぼけもあるのかもしれない。
目の奥が痛かった。



もう一つの部屋は誰も出ないし、もう一つは話中…
オーリーは、どっちの部屋なんだろう…



私はちょっと息をつくと目を開けて、もう一度受話器を取った。
すでに覚えてしまった部屋番号を指が勝手に押していく。





プルルルルル…プルルル…プルルルルル……




(やっぱり、こっちは出ないか…)



じゃあ、ともう一つの方をかけてみる。
すると今まで話中だったのが今度は繋がり、呼び出し音が聞こえてきてドキっとした。



(繋がった…っ)





プルルルルル…プルルルル…



その呼び出し音を聞いてるだけで受話器を持つ手に汗が滲んでくるのが解かるくらい緊張してくる。



「オーリーでありますように…」



そう呟きながら相手が出るのを待ったが、一向に出ない。



「どうして…?今まで話中だったじゃない…」



私はイライラしながらも暫く呼び出し音を聞いていた。
だが空しい音だけが響いている。



(もしかして…お風呂…?それとも…)



「外出…?」



そこに思い当たり、私は急いで電話を切ると、バッグとルームキーを掴んで部屋を飛び出した。



もしかしたら部屋を出たのかもしれないと思ったからだ。



(上手く行けばロビーで会えるかも…っ)



私はすぐにエレベーターのボタンを押すと、三つあるエレベーターのランプを一つ一つ見て行った。
すると真ん中のエレベーターが、どんどん下に向かって降りていっている。



「これに乗ってるのかな…」



そっちのランプを見ながら、なかなか来ないエレベーターにイライラする。―ここは25階なので下から上がってくると遅いのだ―
やっとチーンという音と共に扉が開くと、私は中に飛び込んで、すぐに一階ロビーのボタンを押した。
中に乗っていたサラリーマン風のおじさんが驚いた顔をしている。



「あ…すみません…」



一応、そう謝っておいてエレベーターが下に着くのを祈っていた。
イライラしつつも、やっとエレベーターが一階に着くと、私は勢いよく、ロビーへ飛び出して周りを見渡した。
夜にもなると少し人が増えてロビーは、どこかの会社の重役とか社員らしき人、
モデルやタレントのような女性で溢れかえっていて、よく見えない。
私は、そのままフロントの方に走って行った。
その前には外へ続く入り口がある。
人ごみを抜けて何とか、その入り口から外へ出る。



(オーリィ…どこ?!それとも…外に出たんじゃないの…?)



焦りながら周りを見渡すと、見覚えのある後姿が見えた気がして、ハっと足を止めた。
ホテルから出て左方向にチラチラと見える、あの後姿…







「オーリィ…っ!!」



私は思わず、そう叫んでいた。
だが人ごみが凄くて、その後姿は一瞬で見えなくなる。
私は思い切り走り出した。
数人の人とぶつかって、よろけながらも必死に走ってプールの横を駆け抜けると、目の前にハイランド・アベニューが見えてくる。
私はやっと、そこへ抜けると左右を見渡した。
すると左にオーランドの後姿を見つける。



「オーリィ…」



彼は誰かと一緒に楽しげに話しながら歩いている。
それを目ではっきりと捕らえてホっと息をついた。
そして追いかけようとした、その時、オーリーが笑顔で手を上げ、誰かに声をかけているのが見えて足を止める。



「あれは…」



オーリーは横付けされている真っ赤な車に向かって歩いて行って楽しげに誰かと話している。
そして、もう一人の男の人に声をかけて、その人と一緒に、その車に乗り込むのが見えた。



「オーリーっ!!」



私は思わず叫んだが、その車は直ぐに走り出して私の目の前を抜けていく。
その時、私は運転していた女性にドキっとして振り返った。
だが車は角を右に曲り、ハリウッド・ブールバードの方に走り去ってしまった。



「オーリィ…」



私は見えなくなった車を、まだ目で追いながらも、その場から動けないでいた。




あの人…きっと付き合ってるって書いてあったモデルさんだ…
その人、日系アメリカ人モデルって書いてたもの…
凄く…奇麗な人だった。
長い黒髪が凄く大人に見えて、私と同じ黒髪でも全然、違う…。




オーリィ…やっぱり彼女と付き合ってるの…?
もう…私のことなんて忘れちゃった…?
オーリィ…楽しそうに笑ってた。
もう遅いの…?今さら私が会いに来たって…





でも―――私が…素直じゃなかったから…悪いんだ…





そう思った瞬間、涙が頬を零れ落ちた。




























「おい、オーランド!何、一人で飲んでるんだ?どうした?」



エリックがノリノリで僕の背中をバンっと叩いてきて前のめりになった。



「何でもないよ…」
「何だよ、暗いなぁ…。まだ、さっきのこと気にしてるのか?」
「だって…ほんとに聞こえた気がしたんだってば…っ」



僕は少しムキになって、そう言うとグイっとウイスキーを煽った。
するとエリックは僕の隣に座り、肩を組んでくる。



「彼女が、ここにいるはずないって言ったのは、お前だぞ?オーランド」
「そうだけど…やっぱり気になってさ…」
「会いたいって思ってるからそんな幻聴が聞こえるんだ。後で部屋に戻って、いっそのこと電話してみりゃいいじゃないか。な?」
「でも…」
「でも…じゃない。とにかく今は元気出して戻ろう?お前だけカウンターにいるから彼女達も心配してる。特にレナはな?」
「解かったよ…。戻るよ」



僕はちょっと溜息をつくと両手を広げて椅子から立ち上がった。
そしてグラスを持ってエリックの後から歩いて行く。



「オーランドが戻って来たぞ〜」



エリックは奥のボックス席に向かうと、そこで飲んでいるレナとルイスに、おどけつつ、そう言った。



「もう〜オーランドったら何をスネてるの?」
「あのね、ルイス…。僕は別にスネてなんか…」
「いいから座れ。レナ、こいつ、ちょっと元気ないから慰めてやってくれ」



エリックは、そう言って笑うと自分はルイスの隣に座り、また楽しそうにおしゃべりをしだした。




「ったく…何が、慰めろだよ…」



僕がブツブツ言っていると、レナが心配そうな顔で、



「ほんと元気ないけど…どうしたの?」



と聞いてきた。



「いや…別に…」
「食事してる時もちょっと様子が変だったけど…何かあったの?」



レナの言葉に、僕はちょっと顔を上げると軽く息をついた。



「実は…さ…。さっき…レナの車に乗り込む寸前に…声が聞こえた気がして…」
「声…?誰の…?」
「………………」
「えっ?あの…幼なじみで、オーランドがずっと好きだったって子?」
「うん…」
「そんな…、まさか…。だって、その子、今はイギリスのカンタベリーにいるんでしょ?」
「そうなんだけど…。でも…聞こえた気がしたんだ…。"オーリー"って…」





僕は、そう言うとボトルを掴んでウイスキーをグラスに注いだ。
レナはちょっと息をつくと、僕の方を見ている。



「オーランド…忘れるって言ってる割には…全然じゃない?まだ…好きなの?」
「それは…」
「私に会うたびに…彼女の事で悩んでるじゃない…。そんなに好きなの…?その子のこと…」



レナの言葉に、僕はちょっと苦笑してソファーに凭れかかった。




「好きだよ?すごーーーーくっ。  ―――好きだ…」




僕が、そう言ってレナを見ると彼女は少し視線を反らした。



「そう…じゃあ…諦めるなんて言わないで、また頑張れば?」
「レナ…俺は、もう、そんなつもりはないんだ…。ただ…忘れたいだけだよ…」



そう言ってウイスキーを一口飲むと、レナが僕の手に、そっと自分の手を重ねてきた。



「…レナ?」
「……私が…。忘れさせてあげるわ…?」
「え?」
「……今夜…オーランドの部屋に――行っていい?」
「―――ッ?!」



彼女の言葉に、僕はギョっとして凭れてたソファーから体を離した。



「…レナ…どうしたの…?」



ちょっと笑いながら、レナを見れば、彼女は真剣な顔で僕を見てくる。



「どうもしないわ?ただ…今夜はオーランドと一緒にいたいの。いいでしょう…?」
「いいでしょって…それは…さ…」



僕は何て答えて良いのか困って両手で口元を抑えると膝に肘をついた。



どうしよう…何て言えばいいんだろう…
確かに…僕はレナのことは嫌いじゃない…
どっちかと言うと好きな方だ。
奇麗だし、頭もいいし、優しい。
そして何より大人で僕のくだらない悩みも、いつも黙って聞いてくれる。
だけど…僕は、まだの事を忘れたわけじゃない…
それなのに彼女と、関係を持つなんて…





「オーランド?今、あれこれ考えてるでしょ?」
「え?」



レナがクスクス笑い出して僕はドキっとして振り向いた。



「そんなに悩まないでよ。傷つくじゃない」
「あ……ごめん…」



僕が、そう言うとレナは軽く息をついて微笑んだ。



「別に…オーランドの部屋に行くって言っても、する事は一つじゃないでしょ?」
「え…っ?!」
「私はオーランドと一緒にいれるだけでいいの。そんな無理して抱いて貰っても嬉しくないし。
だから…今夜は、そんな事抜きで一緒にいてくれればいい」



彼女の言葉に、僕は顔が赤くなった。
だがレナの笑顔に、つい僕も笑ってしまう。



「参ったよ…。ほんと君には敵わないな…」
「あら、ついでに恋心も私に降参してくれないかな?」
「よく言うよ。君なら他にもいっぱい相手がいるだろ?」
「私は、貴方がいいのよ?オーランドさん?」



レナはそう言って僕の鼻を軽く摘むと、楽しそうに笑ってワインを飲んでいる。
僕は摘まれた鼻を抑えつつ、ウイスキーを飲みながら彼女を見た。



彼女なら…このまま行けば好きになれるかもしれないな、と…ふと思う。
その時、レナが僕を見てニッコリ微笑んだ。



「今夜はオーランドの部屋で一緒に飲みましょう?ね?」
「え?あ、ああ…そうだね。今夜は、そんな酔わないし…出会った時みたいな事にはならないと思うよ」
「そう?別に、また酔ってもいいわよ?解放してあげるから」



レナはそう言ってクスクス笑いながら、そっと僕の肩に頭を乗せた。
僕もちょっと笑いつつ、彼女の頭に軽くキスをして、グラスを持つと、レナが自分のグラスをチン…っと当ててくる。




「私達の友情に…乾杯…っ」





その言葉に、僕は彼女の肩を、そっと抱き寄せた。






























「はぁ…」



私は部屋に戻ると体の力が抜けてソファーに寝転がった。



これから…どうしよう…
何だか気が抜けちゃった…



私は、そっと目を瞑ってゴロリと上を向いた。



このまま…オーリーに会わないで帰った方がいいんだろうか。
あんなに楽しそうにしてるオーリーを見たら、今さら私が会いに来ても本当に困るだけかもしれない…
でも…



私はオーエンとした約束を思い出していた。



"君の事を想い続けた彼に…一度くらい、の本当の気持ちを話してやれよ…。素直になって…?"



そう言われて私はオーリーに会いに来る決心をしたんだ。
やっぱり…このままじゃいけない…



私は、そう思いなおし体を起こした。



どっちにしろ…オーリーに会わないと…
オーリーが今、彼女と付き合っていても…自分の気持ちだけは…伝えないと、さよなら出来ない。



私は電話のところに行って受話器を取ると、オーランドのマネージャーの部屋にかけてみた。
さっき何度かけても出なかった方が、きっとマネージャーの部屋なんだろう。
だが今度は少し呼び出し音が鳴って、すぐに相手が出た。



『Hello?』
「あ…あの…マイク…さんですか…?」
『え?誰?』



相手は驚いたような声を出した。



「あ、あの…私、です…。オーリーの幼なじみの…」
『……え…っ?ちゃん?!え?な、何?どうしたの?』



案の定、マイクは慌て出した。
だがは冷静に言葉を続ける。



「あ、あの…今、私、ハイランドホテルに来てるんです」
『…何だって?!』
「今、自分の部屋からかけてます」
『ど、どうして?!え?オーランドに会いに来たのかい?』
「はい。それで…オーリー出かけてるみたいなんです。あの…モデルの人と…」
『あ、ああ…彼女ね…。ロスに来ると、ちょくちょく会ってるみたいで…。え?でも何で君が…』
「オーリーにちょっと用事があって…。どうしても会いたいんです。それで…彼がどこに行ったか…知りませんか?ロスに来たら必ず行く店とか…」
『ちょ、ちょっと待ってね?俺もずっと一緒にいるわけじゃないから…』



マイクは、そう言って少し考えている様子だ。
そして思い出したように、あ…と声を上げた。



『そうだ…。多分…あのモデルと一緒なら、きっと、"Troubadour"ってバーにいると思うよ。ウエスト・ハリウッドの』
「ウエスト・ハリウッドの"Troubadour"ですね?解かりました!ありがとう御座います!」
『え?ちょ…君…っ』



マイクは驚いた声を出したが私は急いで電話を切ると、また部屋を飛び出した。
急いでロビーに下りてホテル前でタクシーに乗ると、そのバーの名前を告げる。





「急いで欲しいんですけど…」
「了解!何?デートに遅れそうなのかい?」
「い、いえ…そんなんじゃ…」



陽気な運転手の言葉に、ちょっとだけ笑うと腕時計を見てみた。



10時過ぎ… この時間なら食事をした後に、そのバーに行ってるかもしれない…





私は、そう思いながら、オーランドが、そこにいてくれる事だけを祈っていた―






























「もう出ない?」
「え?でも…まだ10時過ぎだよ?」



僕はレナの言葉に驚いたが、彼女はちょっと笑うと、



「ルイスがエリックと二人にしてくれって言うし…。もうホテルの部屋で飲んでも同じでしょ?」
「へぇ、ルイス、エリックが好きなんだ。まあ、それなら邪魔者は消えるか」



僕はちょっと苦笑しながらルイスをチラっと見ると彼女は笑顔で手を振っている。
それに僕も手を振り返すと、ソファーから立ち上がって、エリックに声をかけた。



「エリック、先にホテルに戻るよ。エリックは、まだ飲んでれば?」
「ん?そうか?ああ、まだ10時過ぎじゃないか。早いな」
「そうだよ。でも、あんまり飲み過ぎないようにね?」
「はいはい、お前にだけは言われたくないけどな」



エリックは笑いながら僕のお腹をパンチすると、「何だ、レナも一緒に帰るのか?」とニヤリと笑った。



「エリックが考えてるような事じゃないよ。一緒に飲むだけ。じゃね」



僕はそう言ってエリックに手を振ると、レナと一緒に店の外に出た。



「う〜ん…涼しくなったなぁ〜ロスも…」
「ほんとね。気持ちいい」



レナも空気を吸って大きく伸びをしている。
そして車のドアを開けてくれる。



「運転、大丈夫?」
「大丈夫よ?30分前から水にしてたから」
「そっか。じゃ、安心して乗らせてもらいます」
「どうぞ、乗って下さいな?」



レナはそう言って笑うと運転席へと乗り込んだ。
僕も助手席に乗り込むと、彼女が車を発車させる。
その時、向かいからタクシーが凄いスピードで走って来て擦れ違った。



「危ないわねぇ…。ほんとロスのタクシーって、この時間よくスピード出すのよ。気をつけないと…」



レナはそう言ってハンドルを切った。




僕はちょっと笑いながら窓の外に目をやったが、今擦れ違ったタクシーからが降りてきた時、すでに車は曲った後だった―





















私は支払いをして、すぐにタクシーを降りると目の前のバーに飛び込んだ。
中は薄暗くてお客も、かなり入っているため、オーランドがどこにいるのか、よく解からない。
仕方なくカウンターを横切り、奥に進んで行くと、ボックス席が、いくつかあって私はオーランドの姿を探した。



(いない…。ここには今日、来てないんだろうか…)



そう思いながら一番奥の方まで来てしまった。
そこの席には男女が二人で楽しそうに話している。



(違う…オーリーじゃない…)



私は諦めて戻ろうとした。
だが、その男の人を見て何かが頭の中で弾けた。



(今の人…確かさっきオーリーと一緒にいた…)




「あ、あの…すみません…」
「え?」



思い切って、その人に声をかけると、その人は驚いたように顔を上げた。
隣の女性は何だか怖い顔で睨んでくる。



「ちょっと…彼、今プライベートなのよ?サインなら出来ないわ?」
「え?あ…い、いえそうじゃなくて…。あの…さっきハイランドホテル近くでオーリィ…オーランドと一緒にいましたよね…?」
「え?オーランド…?ああ…いたけど…。君は?奴のファン?」
「い、いえ…違います。あの…友達です…」
「え?友達…って…」
「あ、イギリスの…。ちょっと今、こっちに来ててオーリーを探してるんです」



私が、そう言うと、その男の人は何だか驚いた顔で口を開けて私を見上げた。





「あ…!!!き、君、も、もしかして…ちゃん?!」
「え?は、はい。そうですけど…」
「うわ、やっぱり…!!オーランドの言ってた事本当だったんだ…っ」
「え?」



その人は何だか興奮したように立ち上がって、そんな事を言っている。



「あの…オーリーは…」
「え?あ、ああ…オーランドなら、今さっきホテルに戻ったよ」
「えぇ?帰った…?」
「うん。もうちょっと早く来たらいたんだけど…。いや〜でもビックリだな?君がちゃんか〜」



その人は何だか嬉しそうに私を見てニコニコしている。
だが私はオーランドがホテルに戻ったと聞いて、



「すみません。じゃ、私もホテルに行ってみます…」
「ああ、ちょ…でもオーランドは一人じゃ…っ」



後ろから、その人が何かを叫んでいる声が聞こえたが私は、とにかく早くオーリーに会いたくて店を飛び出し、タクシーを捜した。
すると空車が一台走って来て、それを急いで止めると、すぐに乗り込んだ。



「ハイランド・ホテルまで…!急いで下さい…っ」
「はいよ!」




その運転手は、そう返事をすると、さっき乗ったタクシーよりも凄いスピードで車を飛ばしていく。
私は体がぶつからないように必死にドアのところに掴まっていた。



オーリィ…同じロスに…こんなに近くにいるのに…





早く会いたい…





私は、そう思いながら胸が押しつぶされそうなくらいに息苦しさを感じていた――































「はい。ワイン」
「あ、ありがとう」



僕はルームサービスで頼んだワインを彼女のグラスに注ぐと、ボトルをテーブルに置いた。



「ちょっと部屋着に着替えていい?ジーンズだと疲れるんだ」
「ええ、いいわよ?勝手に飲んでるわ?」
「じゃ、ちょっと待ってて」



僕はそう言って寝室に入って行った。



「はぁ…」



ちょっと息をついてベッドに座った。
今日は何を飲んでも酔わない。
僕は、まだ、さっき聞こえたに似た声の事が気になっていた。



…こんな…ロスなんかにいるわけないのに…
でも…確かに聞こえた気がしたんだ…。
車のドアを閉めた瞬間…"オーリィ…っ!"って…の僕を呼ぶ声が…
慌てて外を見たけど人が多くて解からなかった。
やっぱり…止めてもらえば良かったのかもしれない…
もし幻聴でも…探していなければ納得できる。
こんな風に、がいたかもしれないと答えの出ない疑問に悩む事も無かっただろうから…



「さっさと着替えよう…」



何とか立ち上がりクローゼットを開けて適当にシャツとズボンと出して素早く着替えた。



明日はプロモーションだし…今日は、そんな遅くまで飲まないで置こう…
レナも…泊ってく事はないだろうし。
って、ほんとに、ちゃんと帰るよな…?



僕はちょっと不安に思いつつ、でも、そろそろ本当にの事を忘れなければ…とも思っていた。
このまま…忘れられずに悶々としていたって仕方がない。
が僕の事を好きになってくれることも、増してや、こんなロスまで会いに来てくれるはずもなかった。



僕は振られたんだ。
とっくの昔に…
それを気付かずに、ずっと追いつづけて…を困らせていただけだなんて…
最悪だよ、ほんと。

あの日、空港で、さよなら言ったんだ。
もう気持ちにケジメをつけないと。



そう思いながら脱いだ服を明日、クリーニングに出すのに専用の袋につめようとクローゼットの棚から袋を取ろうと手を伸ばした。
その時、部屋のチャイムが鳴り、手が止まる。




(誰だ?こんな時間に…)




そう思った時、隣の部屋からレナの声が聞こえてきた。



「オーランド?誰か…来たみたいだけど…」
「ああ、ちょっと出てくれる?すぐ行くから」
「いいの?」
「うん。どうせマネージャーとか…もしかしたらエリックかも」
「そうね…。じゃ、出てみるわ」
「うん、頼むよ」



僕はそう言って、もう一度手を伸ばし、袋を取った。




その時、隣の部屋からレナが誰かと話す声が聞こえてきた。





























「はぁ…」



(やっと着いた…)



私はエレベーターに乗り、オーランドの部屋のある27階について息を吐き出した。
エレベーターを下りると静かな廊下を、ゆっくりと歩いて行く。
2702…2703…2704……オーリーの部屋、2709号室まで、あと少し…
部屋が近づいてくるたびに、胸がドキドキと大きく鳴りだす。



(どうしよう…何だか…足が震えてきちゃった…)



やっと会えると思うと心臓が凄く早く打って苦しいくらいだ。



「2706…2707…2078…」





「ここだ…」



私は廊下の奥の2709号室の前に立ち、ゆっくり深呼吸をした。



(オーリィ…もう帰ってるよね…?)



そっと指を部屋のチャイムの方に上げていく。
指先までが、かすかに震えているのに気付き、ちょっと苦笑した。



今まで…オーリーと会うという時に、こんなに緊張した事って、あったかな…
きっと、なかったと思う。
学生の頃、初めて先輩に告白した時でさえ、こんなに震えたりしなかった。

そう思いながら、私は、こんな状態で、ちゃんと自分の気持ちを伝える事が出来るのかと心配になる。
オーランドの顔を見たら…考えていた事が全て真っ白になってしまいそうだ。



(とにかく…オーリーに会わないと…)



今、私の頭にあるのは、その事だけだった。
オーリーに振られてもいい。
それは自分が悪いから…
でも気付いてしまった気持ちをこのまま言わないのは…あんなに私を想ってくれてたオーリーに対して裏切りのように思えるのだ。
今さら…と怒られても構わない。

それでも…私は今、オーリーだけが好きだから。
そうはっきりと解かったから。




私は軽く息を吐くと、思い切って部屋のチャイムを押した。
部屋の中でキンコーンという音が聞こえて心臓がギュっとなる。



(オーリィ・・・お願い・・・部屋にいて・・・)




祈るようにドアを見つめていると、カチャ…っという音がしてドアが静かに開いた。

そして人の影が見えた時、私は顔を上げた。








「あのオーリ―」


「……どなた?」


「―――ッッ」








私は目の前の奇麗な女性を見て胸の奥がズキンと痛んだ。
同時に頭の後ろがズキズキと痛み出し、唇が震えた。



「あ…あの…」
「あなた…ファンの人?」



この人が噂のモデルなのだろう。
奇麗な顔立ちで、長い黒髪が肩先でサラサラ零れ落ちる。
私は、このまま逃げ出したくなった。



(やっぱり…オーリーは、この人と…)



そう思うと今まで感じた事もない、どす黒い感情が腹の底から付きあげて来るようだ。
それでも私は逃げる事など出来なかった。
今日はオーリーに会う為だけに、ここまで来た。
逃げるわけには行かない。



そう決心して私は目の前の女性を見上げた。





「あの…私、ファンじゃありません。オーランドの…友達です。彼を呼んで下さい」
「……え?友達…?」
「はい。と言えば解かると思います。オーリーを呼んでもらえますか?」
「―――ッ」




私が名乗ると、その女性が息を呑むのが解かった。




「あ…あなた……さん?」
「え…?はい…」
「オーランドの…幼なじみの…」
「そうですけど…」



私は、どうして、この人が私の事を知ってるんだろう…と思いながら、首を傾げた。
だが彼女は少し微笑むと、「入って?」とドアを開けてくれた。



「え?あの…いいんですか…?」
「ええ。あなたを入れなかったら…彼に嫌われちゃうもの…」



その女性は、そう言って私を見つめた。
その瞳は、どこか悲しげに揺れていてドキっとする。



(この人…オーリーの事が好きなんだ…)



そう思った。
この人は私の事も知っている。
オーリーが話したのかもしれない。




そして……私が来た事で全てを理解したような…そんな顔をしていた。




部屋の中へ入ると、オーリーはいなくてテーブルの上には開けたばかりのワインのボトルとグラスが二つ置いてあった。



「あの…オーリーは…」



そう言って振り返ると、その女性はジャケットを羽織りバッグを持つところだった。



「あ、あの…どこに行くんですか?」
「私はお邪魔でしょ?」
「え?」



私は驚いて彼女を見ると、その女性は優しく微笑んだ。



「私…オーランドから、あなたのこと散々聞いてるから知ってるわ?」
「オーリィ…から…?」
「ええ…。会うたびに話すのは、あなたのことばかり…」
「で、でも…二人は付き合ってるんじゃ…」



私が驚いて、そう聞くと彼女は悲しげに首を振った。



「私とオーランドは、ただの飲み友達みたいなものよ?それか…恋愛相談の相手か…」
「でも雑誌に…」
「ああ、あれはマスコミが勝手に推測で書いたものよ?あなたも経験あるんでしょ?」
「あ…」



私は、この人はオーエンの事まで知ってるんだと解かった。





「それと同じ。だから私と彼は付き合ってないわ?今夜も…私が無理に部屋で一緒に飲もうって言っただけ。それだけよ」



彼女は、そう言うと苦笑いしながら肩を竦めた。



「あなたが来たなら…私は必要ないわ?オーランドが傍にいて欲しいのは…昔も今も…あなただけよ?」
「え?」
「あなたが…今日、ここに来たのは…自分の気持ちを言いに来たからでしょ?」
「………あ、あの…」
「あなたを見た時、そう思ったの。オーランドから"さよなら"言われて…気付いたんじゃない?本当の自分の気持ちに…」



彼女の言葉に私は目を伏せた。



「はい…そうです…。だから…最後に…自分の気持ちを伝えたくて…ただ、それだけ言いに来ました…」
「そう…。でも…最後じゃないわよ。オーランドも…まだ好きなんだもの。忘れられないって苦しんでた」
「オーリーが……?」
「ええ…。でも、これで…オーランドの気持ちも報われるわね?」



彼女は、そう言うとドアを開けて廊下に出た。





「じゃ、後は宜しく」
「え?あ、あの…オーリーに何も言わずに帰っちゃうんですか…?」
「いいのよ。きっと、あなたの顔見たら、私のことなんて、すぐ忘れちゃうから」



そう言って、ちょっと笑うと、



「じゃあね。オーランドを喜ばせてあげて?」



と言って彼女は廊下を歩いて行ってしまった。
私は何だか頭の中が混乱して、彼女の話を思い返していた。



オーリーが…苦しんでた…
まだ…私の事で…苦しんでたの…?




そう思うと胸が痛んで涙が零れた。
その時、ドアの開く音がしてドキっとする。






「レナ?誰だった?」



後ろでオーリーの声がする。
だけどドキドキの音で、それは、直ぐに消されてしまった。




「レナ…っ?」




そこで言葉を切って息を呑むオーランドの気配に、私は、ゆっくりと振り向いた。




























僕は夢を見てるんだと思った。
こんなに会いたいと思ってるから…夢を見てるんだと思った。



目の前に立つ、今では懐かしいとさえ思う、後姿に――



その時、彼女が、ゆっくり振り向いた。









「…………?」





心の中では何度も呼んだ名前。
でもこうして彼女に呼びかけるのは凄く久し振りだったから…声が震えた。




「オーリ……」
「ど…うして…が…?俺…夢見てるのかな……。ずっと…会いたいって思ってたから…」
「オーリー…私…オーリーに会いたくて…会いに来ちゃった…」



は涙をポロポロ零して呟くと、ちょっとだけ微笑んだ。
僕は、もう幻でも夢でも構わないと思った。
ゆっくり歩いて行って目の前の彼女を…愛しい彼女を奪うように抱きしめる。
その温もりにガラにもなく体が震えた―





「ほ…んとに…?なの…?」
「…ん…そうだよ…」



腕の中で小さく呟く声は確かにのものだ。



……。会いたかっ…た…」



震える声で何とか、それだけ声に出せた。
するとが、ゆっくり顔を上げて僕を見た。



「オーリィ…私…オーリーに会えなくなってから…凄く…辛くて…だか…ら…会い…に来たの…」
「ん…ぅん…。も…いいから…何も言わなくて…いいよ…」



そう言って強く強くを抱きしめた。





解かっていたのだ。

彼女が、ここにいる理由を…




を見た時から…

きっと…僕に会いに来てくれたんだって…想いが通じたんだって…解かったんだ…



僕の為に…来てくれたんだって…



の頭に頬を寄せながら、涙が出そうになった。



気付けば彼女の体も震えていて愛しくてたまらなくなる。

僕は少しだけ体を離して、の額に自分の額をつけた。


涙で濡れた大きな瞳が僕を見上げる。


何かを言おうと開きかけた彼女の唇を…僕は、そっと塞いだ。


触れる程度に優しく…



でも、すぐ離して…もう一度、今度は少し押し付けるようにキスした。



その時、僕の体に電気が走ったように震えて、の細い体を強く抱き寄せた。




覆い被さるようにキスを繰り返しながら、僕は、これが夢なら覚めないで欲しいと願っていた――





























さよならを言う前に...

















君のことばかりを考えてる  僕のためだったなら



惨めに倒れていく  僕のためなら



永遠に僕の傍にいてよ



僕から離れないでよ



世界の全てを失っても 僕はいいんだ





君さえいれば――



















 

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はぁ〜オーランド第10弾ですv
あぁすれ違い…冬ソナばりに擦れ違わせちゃいました(苦笑)
でもでも、やっと…二人の気持ちが一つになりました(涙)