好きの一歩手前...














僕はこの日の夕方、久々に雑誌のインタビューを受けるため事務所に来ていた。
来年、公開される映画の話を一通りした後に記者の人が帰って行き、僕はマネージャーと少しおしゃべりしつつ紅茶を飲んでいた時…





コンコン…





「はい。どうぞ?」



マネージャーのマイクが返事をすると事務所の女の子が顔を出した。





「あの…オーランドに電話です」
「え?俺?」



紅茶を飲みながら、さっきの記者から貰った先月号の雑誌読んでた僕は驚いて顔を上げた。



「はい」
「誰から?事務所にかけてくる人なんて…」
「あの…お母様からです…」
「…えっ?!」



僕は嫌な予感がして顔を顰めた。



「ああ、じゃこっちに電話回して」



マイクが気を利かせて、そう言うと女の子も笑顔で、「はい」 と頷いた。
僕は雑誌を置くと、電話のあるデスクまで歩いて行って、



「何の用事だろ…」



と溜息をついた。
すると、すぐに電話が鳴り出し、受話器を取る。





「Hello?母さん?」
『あ、オーランド?!お前、今どこ?』
「はあ?事務所にかけてきて何言ってんだよ…。事務所にいるに決まってるだろ?」



僕は呆れ顔で言いつつ肩を竦めた。



『あ…そ、そうね…。そうだったわ…』
「何そんな焦ってるのさ?何かあった?」



僕は苦笑しながら問い掛けた。



『そ、そうなのよ!あんた今月のプレミア誌見た?!見てる訳ないわね、そんな落ち着いてるんだから…』
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!何の話?プレミア誌って?」
『だ、だから…ほら、ベッカムとかが常連の、あの雑誌よ!』



(はて?ベッカムが常連の…?)



僕は何でいきなりベッカムなんだろう?と思いつつ、一応考えてみた。
プレミア誌と言えば…まあ、いわゆるゴシップ誌に近い雑誌だけど…
僕はすっぱ抜かれるような事は何もしていない。



「それがどうしたの?」

僕は何が言いたいのか解らず、溜息交じりで聞いてみた。
すると母さんも大きな溜息をついている。



『…全く呑気なんだから!今月号にちゃんとオーエンの事が書かれてるのよ!!』
「はっ?!」



母さんの言葉に僕は思わず大きな声をあげてしまい、ソファーで寛いでたマイクがギョっとしている。



「な、何だよ…それ!何が書かれてるって?!」
『だ、だから…この前のデートの時よ、きっと!映画館に入ったとことか、あと食事してる写真が載っちゃってるのよ!』
「へ…?」



僕の脳みそに、母さんの言った言葉が到達するのに暫く時間がかかった。



とオーエンが…?…食事してる写真が…?映画館…?
な…っ何だとぉぉう?!くそぅ…っ。と雑誌で騒がれるのは僕だけで充分だ!!(まだ一度もないけど)





「ちょ…今から、その雑誌買ってくるから!電話切るよ?!」



僕は焦りに焦って、そう言うと母さんが慌てて僕を呼んだ。



『あーー!待って、オーランド!!』
「何だよ?!」
『そ、それが…今、来てるのよ、隣に…っ』
「え?来てるって…?」
『だ、だから記者よっ』
「え?の家に?!」
『そうなの!何だか5〜6人来てるわ?どうする?水でもぶっかけて追い返す?!』



(母さんなら本当にやりそうだ…)



「ああーっちょっと待って!俺すぐ帰るからさ?!は?家にいるみたい?」
『多分いると思うわ?あんなんじゃ出られないわよ』
「解った。とにかく俺、今から帰るからさっ。母さん見張ってて!」
『わ、解った。早くね?』



そこで電話を切って僕はすぐにマイクに頼んで家まで車を飛ばしてもらった。
何だか凄く嫌な気分だった。
が他の男と騒がれるなんて…そんなの最悪だ…っ。見たくもないよ…っ




マイクが飛ばしてくれたおかげで比較的、すぐに家に到着。
少し離れた場所で止めてもらい、家の方を伺うと、確かにの家の前に数人の記者がウロウロしてるのが解る。



「あ〜ありゃ近づけないぞ…?」



マイクが窓から顔を出して呟いた。



「何でさ?」
「だってお前…あんな記者の前にお前がノコノコと出て行ってみろ。矛先がお前に来るぞ?
只でさえオーエンと騒がれてるのに今度はハリウッドスターまでが登場なんて、記者にしたって驚くだろう?」
「そんなの関係ないよっ。俺とは同級生でお隣さん同士だって言えば…っ」



僕はそう言って車のドアを開けた。



「お、おいオーランド!正面から行く気か?!」
「そうだけど?」
「アホかっ。あんな記者が張ってるのに、彼女がすんなりドアを開けるか?何とか裏口とかから入れよっ」
「あ、そっか…。OK。そうする」



僕はそのまま車を降りると、マイクが慌てて顔を出した。



「おい!自分の家に入る時も見付かるなよ?!隣がお前の実家だってバレちまうぞ?」
「解ってるよ。裏口から入る。じゃね、ありがとう、マイク」
「あ、ああ…。そろそろ仕事も再開するから体調管理だけはしとけよ?」
「了解!」
「じゃーな」



マイクはそう言って帰って行った。

さて…裏口まで回らないと…



僕は記者たちに見付からないように自分の家の裏に回って家の中に入った。
すると母さんが何だか表玄関の前でウロウロと歩き回っている。



「母さん」
「キャ…っ」



後ろからいきなり声をかけたからか、母さんは、その場で飛び上がった。



「オ、オーランド!驚くじゃないっ。裏口から来たの?」



母さんは胸を撫で下ろしながら僕を睨んでいる。



「うん。記者がいるからね。それにの家にも近づけないから…ちょっと二階から行って来るよ」
「あ、そ、そうね…。そうして?何ならちゃん連れて来てもいいわよ?」
「うん。そうだね…っと母さん」



僕は階段を昇る途中で肝心な事を思い出し振り向いた。



「その雑誌見せてよ」
「え?あ、ああ。ちょっと待って」



母さんは一度リビングに入ると、手に一冊の雑誌を持って戻って来た。



「これよ?この前、尾行させた時のでしょ?」





母さんが、そう言って最初のページを捲って見せてくれた。
僕はその写真を見て、



「うん…確かに…この前の時のだ…。いつの間に…どこに記者なんていたんだろ」
「きっと…オーエンが目を付けられてたんじゃないの?他にもきっと尾行してる記者がいたのよ」
「全然気付かなかったよ…。まあ、あれだけ人が居ちゃ解らないか…」



僕はそう言いながら記事を読んでいった。
そこには、"イギリスのワンダーボーイに熱愛発覚!"と題して、あの日の事が詳しく書かれていた。
オーエンが愛車で彼女を迎えに行き、二人は映画デートを楽しんだ後、仲良く食事に出かけたって事は、もちろん、
がサッカー誌の記者だと言う事までが載ってしまっている。
しかも…最後のページには…





「何だよ、これ…っっ!」


そこには車の中で話す様子の二人の写真が数枚載っていて、しかも最後の一枚ではオーエンがの頬にキスをしてる写真だった!
それを見た瞬間、手に力が入り、雑誌が少しビリ…っとやぶけてしまったが、そんな事はどうでもいい。



「あ、あのオーランド…落ち着いて…ね?」
「お、落ち着けって言われても…っ。こ、こいつ初デートなのに、にキ、キス…っ」



僕は怒りに任せて、その雑誌をグシャっと潰してしまった。



「ああ…オーランド!母さん、まだそれ全部読んでないのよ?!」
「こんな雑誌なんて読むなよ!と、とにかく俺、のとこ行って来る!きっと困ってるだろうから…っ」



僕はそう言って階段を駆け上がって行った。
後ろでは母さんが、ボロボロになった雑誌を悲しげに拾いつつ、



「が、頑張るのよ、オーランド!」



と叫んでいた。



ああ、言われなくても頑張るさ!(何を?)





僕は何だか胸に嫉妬の炎をメラメラと燃やしつつ、自分の部屋に入り、真っ直ぐテラスへと向かった。
の部屋にはカーテンが閉められていて中の様子は解らない。
下を覗くと、少しだけ玄関前の道路が見えるが記者の姿までは見えなかった。
僕は躊躇することなく、いつもの様にテラスからテラスへと飛び移ると、そっと窓を開けてみる。



…?いる…?」



一応、カーテンを開ける前に声をかけてみる。
が、何も返事はないので、そっとカーテンをまくってみた。
顔だけ出すとの部屋には誰もいない。



リビングにいるのかな?



そう思って部屋の中へ入ると、すぐに廊下に出て下に下りて行った。
その時、ピンポーンピンポーン…っとチャイムが鳴り、ドキっとして階段途中で立ち止まった。
この鳴らし方は…きっと記者だろう。
そう思いながら階段を下りるとリビングの方からの声が聞こえてきた。




「…だから…私と彼は、そう言うお付き合いはしてません!もう帰って下さい!」



ガチャっと凄い音がしてインターホンを切ったのが解る。
僕は、そのままリビングのドアを静かに開けた。



「…?」
「ひゃ…っ」



急に声をかけたからか、ビクっとなって声を上げた。



「オ、オーリー?!」
「ごめん、脅かして…」



そう言いながらリビングの中に入っていくとは小さく息を吐き出した。



「またテラスから来たの…?」
「だって…外に記者がいるからさ…」
「……オーリィ…あの雑誌…読んだの?」



が何だか気まずそうな顔で僕を見た。



「うん…母さんが…毎月買ってるからね」



僕は苦笑しながらソファーに座った。
それにはも少し笑みを洩らす。



「そっか…。ソニアおばさんも読んだんだ…」
「うん…」



は少し困ったような顔をして俯くも、すぐに顔を上げて僕を見た。



「今、紅茶淹れてたの。ちょっと待ってて」
「あ、うん」



僕はがキッチンに歩いて行くのを見ながら軽く息を吐き出し、前髪をクシャっとかきあげた。



はあ…何だか気まずい…
まあ…あの夜の事はから聞いて知ってる…。
頬にキスされた事だって…
でも写真で、そのシーンを見てしまって僕は少し動揺していた。
あんなの見たくなかったよ…
あの日はも普段より素直で優しくて…サマンサの邪魔が入らなければ、もしかしたら…
僕とは、うまくいってたかもしれない…(そう思うと愚姉に腹がたってくる)



だって…あの夜、僕がキスしようとしてもは逃げなかったし怒らなかったから…
あれ以来、も少しは意識してくれるようになった気がしたけど未だ進展はなし。
だから余計に今回の記事にはムカっときた。
誰だって好きな子が他の男と噂になるのは嫌なもんだろう。



「はぁ〜あ…。いっそ記者達の前に俺が出てっては俺の恋人だって言っちゃおうかな…恋人じゃないけど…」




そんな事を呟きつつ、僕はソファーに体を沈めて頭を凭れた。


















シュンシュンシュン…とお湯の沸く音がして私は火を止めた。
そのまま紅茶の葉に、ゆっくりとお湯を落としていく。
ほのかに紅茶の香りがして、少し気分が落ち着いてきた。



「はぁ…」



小さく溜息をつくのは、これで何度目だろう。
最初に温めておいたカップに紅茶を淹れて、トレンチの上に乗せた。
他にカップの皿にお砂糖とスプーンをセットしてく。



オーリーはお砂糖二つで私と同じ飲み方をする。
なので、いちいち聞かなくてもいい。



オーリィ…心配してくれたのかな…?
何だか気まずくて顔が見れないんだけど。



この前、キスされそうになってから…どうしても意識しちゃって、ぎこちなくなってしまっていた。
自分の気持ちすら未だに解らない。
あの時…もしサマンサが来なかったら…私はオーリーとキスしてたんだろうか…



ふと、そんな事を考えて思い切り頭を振る。





「ありえない、ありえない…っ」



流されちゃダメよ、私…っ
そんな曖昧な気持ちで、オーリーに勘違いさせるような事はしちゃいけない。
前は…オーリーのジョークだと思ってたけど…最近は、それが真剣なんだと解って来たから…
どこがいいのか解らないけど…少なからずオーリーは私の事を想ってくれてる…。
だからこそ…ハッキリ解らないのに、流されるように答えを出しちゃいけないと思った。



そんな事で今までの関係を壊したくないから。
恋愛うんぬんの前にオーリーは大切な友達だ。
そう思いながら紅茶を持ってリビングに戻った。




「お待たせ」



私がリビングに戻るとオーリーは何だか考え込んでる様子でソファーに座っていた。



「はい。オーリー」



私がティーカップをオーリーの前に置くと、彼は少し顔を上げた。



「あ…ありがと」
「うん」



私は少し離れてオーリーの隣に座った。
紅茶を飲みながら、チラっとオーリーを見ると、彼はお砂糖を二つカップに淹れてスプーンでグリグリとかき回している。
そのいつもの仕草に、ホっとしながらも黙って見てると、オーリーはいつまでもグリグリグリグリとかき回したまま。



いつまで、やってるんだろう?



なんて私もジィっと、その様子を伺っていた。
するとオーリーはかき回していた手をピタっと止めて私の方を見た。
目が合い、ちょっとドキっとして視線を反らしてしまう。



「ね、
「ん?」
「…俺のこと…どう思ってる?」
「………は?」



(な、何をいきなり…っ!核心に迫った事、聞かないでよ…っ)



「どうなの?好き?嫌い?普通…?」





また三段階ですか…
この前、友達として好きと言おうとしたけど…好きならキスすると言われて普通と答えたんだっけ…
って、あの時、私軽くだけどキスされたんだった…っ



「ねえ…どれ?」
「何で、そんなこと聞くのよ…?」



私は紅茶を飲みながら、素っ気無く答えた。
オーリーは私の言葉に少し俯いている。



「…だって…知りたいだろ?」



(そんなこと言われても…私にだって解らないのよ…っ)



「ねね、ちゃんと答えて」



私が黙っているとオーリーは、ずずぃと私の傍に体を寄せてきて私は少し体を避けた。



「あの…そんな寄らないで」
「む…どうして?」



(ああ、もう…そんな口をとがらせなくても…)



「どうしても」
「答えになってない。それに、さっきの質問も答えてないよ?」



(…そんな真剣な顔されても…)



私はちょっと俯いてカップをテーブルに置いた。
その時、ぐいっと腕を引っ張られて抱き寄せられそうになる。





ペシ!




「いったぁ…っ」



思わずオーリーの腕を殴ってしまった。



「何するんだよ、もうっ」
「オーリーが変なことしようとするからでしょっ」
「変なことじゃないよっ。抱きしめたかっただけっ」



(そ、それが変なことなのよっ!全く…油断も隙もあったもんじゃない…)



「私は抱きしめて欲しくなんかないもの」
「じゃあ…俺のことは好きじゃないってこと?」



(…ま、また答えにくいことを…)



「そんなんじゃないってば」
「じゃあ…俺のこと…好き?」
「………」



(ほんと…困る…っ)



私はオーリーの方を見ると、何だか不安そうな瞳と目が合ってしまった。



こんな瞳で見つめられたら…誰だって好きって言っちゃうんじゃないかなぁ…
でも…私の場合、それが異性として好きなのか、友達として好きなのかが、とても曖昧。



…?」
「オーリー。そんなこと聞きにテラスから、わざわざ来たの?なら帰って。
私、今凄く大変なの。あんな雑誌に載っちゃって編集長とかにも言い訳の電話しないといけないし、
両親にも一応知らせなくちゃいけないし。あの家の前の記者だって追い帰さないと…」



私は早口で、そう言ってソファーから立ち上がった。





「ちょっと待ってよ、!」
「なに?」
「ほんと冷たいね…何で?」



(何でって…そんなつもりは…)



はさ…。俺がこうして会いに来るのは迷惑なの?」
「な、何で…?」



オーリーの方を振り返って聞いてみた。
オーリーはソファーから立ち上がって少し悲しそうに俯いている。



「だってさ…、いつも俺には素っ気無いし…」
「そんな事は…」
「あるよ」



(そんな言い切られても…私だって…色々と考えてるのよ?)



「あの…オーリー」
「…なに?」



(う…何だか怒ってる…)



オーリーは私から顔を反らしてそっぽを向いている。
私は小さく息をつくと仕方なく今の自分の気持ちを言う事にした。





「オーリー聞いて?」
「聞いてるよ」
「…オーリーが…私の事を好きだって言ってくれてるのは…最初は冗談かと思ってたの」
「ち、違うよっ、俺は真剣に…っ」
「オーリィ…最後まで聞いて?」
「………うん」



オーリーは今度は私の方を見ながら頷いてくれた。



「でも今はちゃんと真剣なんだって解ってきて…正直、嬉しいと思うの…。でも…だからって流されたくないって言うか…」
「…どういう意味?」
「オーリーが好きだって言ってくれて、それに曖昧な気持ちのまま答えたくないの…」
「曖昧って…?」



オーリーの目は真剣で私は、ちょっと目を伏せた。
彼はいつでもストレートだ。
小細工なんてなしで素直に気持ちをぶつけてくる。
それが私を困らせるとこでもある。



「私…オーリーが好きよ?でも、それは…友達としてなのか…それとも男の人としてなのか…よく解らないの…」
「だから今のままでいたいってこと?」
「そう…かな…?私…まだ人を好きになるのが怖いから…」
「それはが臆病なだけだろ?過去なんて忘れろよっ」



オーリーは私の方に歩いて来ると、そう言って私を抱き寄せた。



「ちょ、ちょっと…オーリーっ」
「俺は…を裏切らない。絶対泣かせたりしない…。あんな風に一人ぽっちで…泣かせたりしないよ?」



オーリーの、あんな風に…とは…過去に私が公園で泣いてた事を言ってるんだ…と、すぐに解った。



「オーリィ…離して…?」
「やだ」





即答ですか…
こんな風に抱きしめられたら…また私の中の弱い心が溢れてきちゃうのに…。
素直になって甘えたいって…
ダメ、ダメ。
流されないって決めたんだから。



そう思った瞬間、私の携帯が鳴り響いてドキっとする。





「オーリー離して。電話に出ないと…」
「やだよ」
「オーリー?!お願い。もしお母さんたちだったら困る…」
「そんなの家の方に電話してくるだろ?」



(ぐ…ああ言えば、こう言う…手強くなっちゃって…)



「じゃあ…編集長かも。編集長は携帯にかけてくるのっ。だから離して!出ないと変に思われるから」



私が少しきつく言うとオーリーは渋々腕を離してくれた。



「はぁ…」



私は息を吐き出すと留守電に切り替わる前に、急いでテーブルに置いてあった携帯を掴んで、そのまま電話に出た。





「Hello?」
『あ…っ。あの…』
「はい?」



誰だろう?男の人だけど…編集長じゃない。



「どちら様ですか?」
『あ…俺…だけど』
「は?」



俺って言われたって…っ
そう思ったが切るに切れない。
後ろではオーリーが"誰だよっ"て目で私を見ている。



…?』
「………あ…」



(この控えめな感じの呼び方…)



「…オーエン…?」
『あ、そう…俺だよ?』



オーエンはホっとしたように、そう言った。
後ろではオーリーが、



「オ、オーエンだって?!」



と怒り出し、私は慌てて電話を押えるとオーリーに、「しぃ!」 と言って睨んだ。



『Hello??』
「あ、ご、ごめんなさい…。あの…今日はどうしたんですか?」
『うん…。あの…雑誌の件でさ…。迷惑かけたから…ほんと、ごめん』
「どうしてオーエンが謝るの?」
『だって…記者が君の家に行ってるだろ…?大丈夫?』
「ああ…まあ…大丈夫ではないですけど…。そっちこそ…クラブの方で何か…」
『ああ、俺の方は大丈夫だよ。記者も来てるけど…それよりチームメイトにブチブチ言われてる方が大変だ』



オーエンは、そう言って苦笑した。



「え…ブチブチって…?」
『前に言っただろ?うちのチームにはのファンが沢山いるんだって。
だから皆に内緒にしてたのに雑誌に載ってデートしたのがバレちゃったからさ?』
「あ…」
『ほんと、ごめんね?今度から仕事しづらいだろ?』
「いえ…そんなことないです。雑誌に書いてる事は嘘ですし、気にしませんから…」



私が苦笑しながら、そう言うとオーエンが小さく息を吐き出した。



「オーエン?」
『少しは…気にして欲しいんだけどな…?』
「……え?」



(それを言われて…なんて答えれば…)



私はチラっとオーリーの方を見ると怖い顔でこっちを見ている。



(四方八方塞がってるわ…っ)



…?』
「え?」
『俺…ちゃんと記者の人に間違いだって言うから。だから…もう取材に来ないなんてことしないで欲しいんだ』
「オーエン…」
『俺が君の仕事を邪魔するわけにはいかない。君を守るよ…マスコミから』



(ま、守るって…)


私は、その言葉に顔が熱くなった。



『だから…。また取材しに…来てよ。皆も待ってるしさ』
「…は、はい」



(あ…素直に頷いちゃった…。あまりに…彼が気遣ってくれるから…)



『それと…何かあったら電話して?』
「え?」
『マスコミが押しかけて大変なら俺が何とかするし…。仕事場でもやりづらくなった時は俺が編集長に説明するからさ』
「そんな…そこまでしてもらわなくても…。オーエンは自分のこと考えて下さい」
『無理だよ。の方が心配だ。それに俺は何ともないから。俺が誰と噂になろうが独身なんだから平気だよ』



オーエンは、そう言って苦笑している。
その言葉に私もちょっと噴出してしまった。



「そ、そうですね…?」
『だろ?だから俺の事は気にしないで。それと…さ』
「はい?」
『オーエンじゃなくて…マイケル』
「へ?」
『そう呼んで欲しいんだけど…ダメかな?』



ダメかなって…言われても…
私は取材する立場の記者で…あなたは取材される側の選手で…イングランド代表のスターなのよ?
そんな人相手に名前で呼ぶのは…



…?』
「あ、あの…それは…」



私が困って言葉を濁しているとオーエンはクスクスと笑い出した。



『そんな困らないでよ。あの…ま、少しづつでいいからさ。心を開いて欲しいんだ』
「…………」



(そんなことストレートに言われると照れるんですけど…)



私が黙ったまま、俯いていると後ろにいたオーリーが我慢も限界に来たのか、服を引っ張ってくる。



「オーリー…ちょっと…引っ張っらないでよ…」
、顔赤いよ?何話してるの?」



オーリーは少し怖い顔で私を見つめている。



「な、何でもない…っ」

…?どうした?誰か…いるの?』



オーリーの声が聞こえたのだろう。
オーエンが心配そうな声で聞いてきた。



「あ、あの…ごめんなさい。ちょっと今…」
『あ…そっか…。あの、じゃあ…ほんと困った事あったら電話して?何時でも構わないから』
「はあ…」



あのオーエンから、こんなこと言われたら、誰でも頷いちゃうんじゃないかなぁ…



そんな事を何となく思いながら、



「じゃ…わざわざ、ありがとう御座います…」



と言って電話を切った。





「はぁ…」



ちょっと緊張が抜けて息を吐くとオーリーの方に振り向いた。
オーリーは本当にスネてしまったのかムスっとしてソファーに座っている。



困ったなあ…
オーリーってば一度スネると、なかなか機嫌直してくれないし…



「あ、あのオーリィ…紅茶…淹れなおすね?」
「いいの?」
「…?」



(…何が?)



と思いつつオーリーを見ると、ちょっと上目遣いで私を見ている。



「さっき、"帰って"って言ってたよね?まだ俺いてもいいの?」



(さっき…?さっき…ああ、確か、そんな事を言った気も…)



そう思ったが、このままスネスネモードのオーリーを帰すのも…



「…帰りたいなら…」
「帰りたくない」
「…………」



(…そうですか。って、じゃあ何で聞くのよっ)



心の中で突っ込みつつ、私はカップをそっと持った。





「…淹れなおしてくる…」
「…手伝うよ」
「いいわよ。待ってて?ポットに入ってるの淹れるだけだから…」
「そう?」
「うん」



そう頷いて何とか笑顔を見せるとオーリーも素直にソファーに座りなおした。
私はカップをもう一度トレーに乗せてキッチンへ行くと、ちょっと息をついてポットから新しく紅茶を注いだ。



何だか頭の中が混乱してる…
オーリーに迫られて、オーエンに、あんなこと言われて…
今まではオーリーだけをかわして冗談だと思っていれば良かったのに。
一体私なんかのどこが好きなの?
私なんて…ただの臆病者で…過去の失恋を引きずってるわけじゃないけど、それが原因で恋するのが怖いと思ってる。
大人になった今でも…男の人を素直に信じられないって…そう思ってる。
こんなんじゃいけないって私も解ってるんだけど…




紅茶を淹れ終わり、リビングへと戻るとオーリーがボーっと考えごとをしていた。
その表情は過去に一度見た事がある。
中学を卒業してロンドンの学校に行く数日前の夜、オーリーがお別れの挨拶をしに来た事があった。
何だかオーリーは凄く元気で、ロンドンでの生活を楽しみにしてるようだった。
でも、ふと、あんな表情を見せて黙ってしまって、私がどうしたの?って聞くと、彼はちょっと俯いて、こう言ったのだ。



"を一人にするの…ちょっと心配なんだよな…"



あの時から私の事を想ってたはずはない。
あの頃はオーリーだって色々なガールフレンドだっていたし、ロンドンに行って暫くは帰って来なかったんだから…
なのに…あの言葉だけは今でも覚えている。
そんなに…私は危なっかしいのかな…と思った事もある。
オーリーには…何度か弱い部分を見られてるから余計に恥ずかしくて素直になれない。
だから心配されても強がってしまう自分がいた。



「…オーリー」
「…わっ」



声をかけられ驚いたのかオーリーはビクっとなって私の方に振り向いた。



「あ…ごめん。ボーっとしてた」



(そんな急に笑顔にならなくてもいいのに…)



私は黙って紅茶をオーリーの前に置くと隣に座った。



「オーリー少し疲れてるんじゃない?少しづつ仕事再開してるんでしょ?」
「ああ…でも、そんな撮影とかじゃないし…大丈夫だよ?」
「いつまで、こっちにいるの?」
「んー…来月まで…かな?その後は、また次の映画の撮影に入るんだ」
「そう。忙しくなるね、また」



私は紅茶を一口飲んで呟いた。



「…寂しい?」
「…え?」
「俺がいないと…寂しい?」



(何なのよ、その嬉しそうな顔は…っ)



「別に」



私はそう言ってそっぽを向いた。



「何だよ、冷たいな…」



あ〜…またスネちゃった…
せっかく機嫌直ってた感じだったのに。



「俺は…を一人にするの…心配なんだけどな…」



ドキっとした。
その言葉…あの時と同じ…





「心配して頂かなくても結構です。私は大人なんだから」
「そんな大人とか子供とか関係ないよ。好きな子の事は心配するものなの」
「しないでいい…」
「もう…頑固だな、は…っ」
「オーリーもね」
「今日の、何だかひねくれてる」
「…もともと私はひねくれてるわよ」
「そんな事ない。は本当は素直でいい子だよ?」



(何で、そんなこと真顔で言えるの、この男は…っ)



「そんなのオーリーが勝手にそう思ってるだけじゃない」
「違う」
「違わない」
「違うよっ」



(な、何で、そこで怒るのよ…)



私は驚いて急に立ち上がったオーリーを見上げた。





、もっと俺のこと見てよ。もっと信じてよ」
「オーリィ…?」



何て答えていいか解らず、視線を反らそうとした時、ふいに頭をクシャっと撫でられた。
もう一度オーリーを見ると、そこにはいつものオーリーの明るい笑顔はなく、何だか悲しげで、
でも必死で微笑もうとしてるような顔。



何で…何で、そんな顔するの?
何だか胸が痛くなるじゃない…



ちょっと俯いたとき、頭に置いてた手にポンポンとされた。



「俺…帰るね?」
「…え?」
、何だか混乱してるみたいだし…。それに、あちこち電話しないといけないんだろ?」
「う、うん…」
「俺も明日、早いんだ。さっさとご飯食べて寝ないと」
「そう…」
…一人で大丈夫?」



(また、そんな心配する…)



「大丈夫だって言ってるじゃない」
「でも…外に記者がいたら…」
「家の中まで入って来ないでしょ?まだいるようだったら警察に電話するから」
「そう?でも…心細かったら俺のとこに来ていいからね?」





(ほんと過保護…)





「行きませんっ」





(そして素直じゃない私…)





「そっか…。じゃ…また…」
「うん」



オーリーは、そう言うと今度は裏口から出て行った。



「もう…最初から裏口使えばいいのに…」



閉まったドアを見つめながら、そう呟く。





何だか素直に帰って行ったオーリーが気になったが、とりあえず私は両親や編集長に電話するべくソファーから立ち上がった。



























「あら?お帰り、オーランド」



僕がトボトトボと裏口から家に戻ると、キッチンにサマンサがいた。
どうやらデートに行くのか、奇麗にメイクをして普段着ないようなサマードレスを身に纏っている。



「何?またに振られたの?」
「む…っ。今の俺に、そのジョークは通じないぞ?」
「あら。図星?よく飽きもせず何度も振られてくるわね〜」
「うるさいよ!」



僕は頭に来て、そう怒鳴るとキッチンからリビングに行った。
そこには心配そうな母さんがウロウロと歩き回っている。



「あ、オーランド!ど、どうだった?ちゃんの様子は…」
「ああ。結構、落ち着いてたかな?」
「そう…。あの記者達、まだいるんだけど…あんた一人でちゃんを置いてきたの?連れて来てよ」



母さんは僕の事を呆れ顔で見ながら溜息をついている。



「俺だって、そうしたかったさ。でもは色々とやる事があって邪魔にならないように帰って来たんだよ」



僕はそう言ってソファーにドサっと座って頭を抱えた。
すると母さんが僕の隣に座り、そっと肩を抱き寄せる。



「どうしたの?何かあった?」
「………」



何かあったと言うのかな…
別に何もなくて…僕が心配したってには迷惑なんじゃないかと思っただけだ。



「別に…何だか…自信なくなっただけ」
「えぇ?!あんた自信なんてあったの?!」
「……………っ?!」



何て親だ!!
この母にして、あの姉ありってくらいキツイよ!



「悪かったな…。もしかしたらも俺のこと…って少しは思ってたよ!」



あまりに頭に来て僕はソファーから立ち上がった。



「ちょっと!って事は…?ちゃんに好きじゃないって言われたの?!」



母さんは俺の言葉を勘違いしたのか慌てて僕の腕を掴んだ。



「それは…言われてないけどさ…」
「じゃあ、何なの?!」



母さんは必死の顔で訊いてくる。
僕はちょっと息を吐き出して母さんを見た。



「何を言っても、ことごとく交わされるだけ。それに…」
「それに?」
「俺のこと友達として好きなのか、男として好きなのか解らないってさ…。それと…人を好きになるのが怖いって…」
「まあ…。ちゃん、何か酷い失恋でも…?」
「どうかな…?前…失恋した時、俺が傍にいてあげた事があったけど…。凄く傷ついたって言うよりは…男性不審になっただけだと思うけど」
「じゃあ、あんたが、その男性不審を治してあげないと」
「そうしたいよ?俺だって…っ。でも…」



の方が、治したいって心の底から思わないと無理なんだ…
彼女は、まだ自分の殻に閉じこもってる所がある。
昔は…凄く素直だったのにな…
僕が構えば構うほど、は意固地になってるのかもしれない…。



(少し…引いた方がいいのかな…)



何となく、そう思った。
ここ何年もの事を追いかけてきた。
その度に怒られたり呆れられたりしてたけど、本当はも僕の事を友達以上に見てくれてるって心のどこかで自惚れてたのかもしれない。

何だか…どっと疲れた。





「俺…部屋に戻ってるよ…」
「オーランド…?大丈夫…?」
「うん…まあ…」



僕は、そう言ってリビングを出た。
途中、サマンサが僕の落ち込んだ顔を見て、「元気出しなさいよ!」 とバンっと背中を殴ってきたけど、
今日の僕は、それを返す気力もない。
そのまま軽く頷いて部屋へと戻った。
サマンサは、その後、



「お母さん!オーランドが変なの!何か悪い物でも拾い食いしたんじゃない?!救急車呼ばないと!」



なんて大騒ぎする声が聞こえて来て、更に僕をへこませた。



誰が拾い食いするんだ、誰が!!仮にもACTORだぞ?!
あの愚姉め…いつか殴るぞ?




「は〜あ…っ」



僕はベッドに倒れこんで暫く動けなかった。



仕事の事で悩む方がマシだな…
仕事のことだと、こんなに胸が痛くならないで済むから…
そして、悩んだ後には必ず答えが出るから…。



僕は、そのまま仰向けになり、チラっとの部屋の方を見てみた。
外は薄っすらと暗くなり始めているのに部屋の電気はまだつかない。
きっと両親に電話して、あの雑誌に載ってしまった事を説明してるんだろう。



はぁ…オーエンも、まだにつきまとってるっぽいし…
更に不安が募る。
今回の件でまで意識してオーエンのこと好きになったりなんて…しないよな…?



もうが他の男と付き合うのは…見たくない。




ガラにもなく僕は本当に落ち込んでしまった。


























「うん、だから心配しないで?え?だから本当に違うんだったら…。あくまで仕事の相手よ?
…お母さん…オーリーは関係ないでしょ?大丈夫だったら。ただの友達なんだから…。
もう、そんな事ばっかり言うんだったら切るわよ?じゃあね!」



そこで電話を切り、ついでに電源まで切ってしまった。



「はあーもう!何でオーリーに悪いのよ。お母さん絶対勘違いしてるわ…っ」



私は頭が痛くなりソファーにドサっと腰を下ろした。
先ほど、編集長に電話して説明した後、両親にも一応心配しないようにと電話を入れたが、何だか怒られて驚いた。
それも理由が、私が浮気したとか言うのだから呆れてものも言えない。



だいたい浮気って付き合ってからするものでしょ?
私とオーリーは付き合ってないんだから浮気のしようもないじゃないのっ
お母さんはサッカー選手に軽いイメージを持っているから、余計にプリプリしているのだ。
後ろで、お父さんが宥める声が聞こえてたし…
あ〜お父さんには悪い事しちゃった。
きっと今頃、お母さんの愚痴を聞かされてることだろう。



「ふぅ…ご飯でも作ろう…」



そう呟いて立ち上がると、ふと思い出し、そっとカーテンの隙間から、すっかり暗くなった外を眺めてみる。
すると、さっきまでウロウロしていた記者達の姿が見えない。



「良かった…。警察の人が注意してくれたのね…」



ちょっとホっとして、また元通りカーテンを閉めた。

さっき、またインターホンを鳴らしてきて、あまりのしつこさに警察へ電話をしようと思った時、
パトカーがサイレンは鳴らさなかったが来たのが見えた。
きっと近所の人が呼んでくれたのかもしれない。
記者達は、ずっと私の家の周りをウロついてたから、煙草の吸殻とかを散らかしたりしていた。



「あ〜あ…後で掃除しなくちゃ…」



そう思いながらキッチンへ歩いて行ったが、やっぱり面倒だし今、掃除しちゃおうと踵を翻した。
玄関横の物置からほうきと塵取りを出してドアをそっと開けてみる。
右と左を見て本当に記者がいない事を確認すると、私は外に出て門から道路へ出た。



「あ〜…こんな汚してくれちゃって…っ」



私は足元の吸殻の数に思い切り溜息をついた。



(大人のクセに、人の家の前をこんなにしたまま帰るなんて最低…!)



私は怒りが込み上げて来て、持って来た塵取りをガンっと蹴ってしまった。



「何で私が、アイツラの後始末しなくちゃいけないのよ…っ」



怒りに任せて、そう呟くと溜息をついてほうきを手にした。



吸殻を掃いていきながら上手く塵取りに入れていく。
一体、一人何本吸ったのだろう?
掃いても掃いても、あちこちに散らばっている。



(こんなに吸ってたら肺がんになるわよ…)



そんな事を思いながら少し疲れて屈んでいた腰を伸ばした。





「いたぁ…。もう歳かな…」



なんて、この若さで言えば、きっと母親から苦情がきそうだ。
そんな事を思っていると、ふいに後ろで人の気配がした。
ドキっとして振り向こうとした、その時、肩にポンと手が置かれ飛び上がる。





「キャ…っ」
「あっと、、俺だよっ」



(は?俺…?)



私はドキドキしている胸を抑えつつ、そっと振り向いた。




「オーエン…?!」
「やあ…」



後ろには少し照れくさそうに頭をかいているオーエンが立っていて私は呆気に取られた。



(何で彼がここに…?!)




「あ、あの…」
「驚かせてごめん…。やっぱ心配になってさ…。記者とかに、しつこく付きまとわれてないかと思って…」
「………はあ…」



何だか驚きすぎて私は間抜けた返事をしてしまった。



「あの…迷惑…だったかな…?」
「…え?」
「こんな時間に急に来ちゃって…さ…」



そんな不安げな瞳で見つめられても…しかも、まだ夜の9時くらいだし…
迷惑なんて…言える訳ないじゃない?



初めてオーエンの素顔を見たような気がして私は少し微笑んだ。
何だか、不安げに見てくる彼が歳相応の青年に見えたから。



「何…笑ってるの…?…」
「ご、ごめんなさい…」



私はクスクス笑いながらも何とか笑いをこらえようと彼に背中を向けた。



「あの…?」
「驚いたけど…迷惑じゃありません」
「え…?」



私は笑いが止まると振り向いて微笑んだ。
だがオーエンは、ちょっと驚いたような顔で口を開けている。



「オーエン?」
「あ、ああ…ごめん。何だか嬉しくて…」



あのオーエンが照れてる…と私も少し驚いた。
ちょっと視線を反らして落ち着きなく足元の吸殻を踏んづけている。



「あの…」
「え?!」



そんな驚かなくても…



「それ…掃除しちゃわないと…」
「あ…ごめんっ」



私が彼の足元の吸殻を指差し、そう言えば慌てて足を避けてくれる。
いちいち謝る所が何だか可愛いなと思ってしまった。



「オーエンってば、さっきから謝ってばかりね?」



私はほうきで掃除を再開しながら、ちょっと笑ってしまった。





「そ、そう…?あ、それ貸して?俺がやるよ」
「え?い、いいわよ…」
「いいから。俺のせいで迷惑かけたようなもんだしさ」
「どうして?」
「どうしてって…あの日…デートに誘わなきゃ、こんな事には…」
「そんなの。私だってOKしたんだし…あなただけのせいじゃないでしょ?」
「…いいから貸して」



そう言うとオーエンは私の手から、ほうきを奪って掃除をし始めた。



「ちょ…オーエン…」
「マイケルって呼んでくれない?」
「え?」
「何だか…その呼び方、よそよそしいし…違和感あるから…さ」



彼は私の方を見ないまま、そう呟くと吸殻を掃いている。
私は、その姿を見ながら、ちょっと呆気に取られた。
だって…普段の彼は華やかな世界にいて、ひとたび試合に出れば、華麗なプレーの数々を見せてくれている、言わばサッカー界のスターだ。
そのスターの彼が私の家の前で、ほうきと塵取りを持って吸殻を掃除してくれている。
誰だって驚くってものだ。





「記者…いなくなったんだね?」
「え?」



ふいに話し掛けられてドキっとした。



「あ、ああ…。あの…近所の人が警察を呼んでくれたみたいで…」
「そう。ま、こんな散らかしちゃ、近所の人だって怒るよなぁ…。しかもウロウロされちゃ気になるだろうし…」
「え、ええ…」
「はい、終り」



何だか私がボーっと見てる間に、オーエンは掃除を終えて顔を上げ、ニッコリ微笑んだ。



「あ、あの…ありがとう…。ごめんなさい、あなたに、こんな事させちゃって…。ファンに怒られちゃうわね」
「そんなのいいよ。俺だって、こう見えても掃除くらいするよ?自分の家のトイレだってね?」



そんな爽やかな笑顔でトイレって…



「そうだと思うけど…」



私はちょっと笑いながら、彼の手から、ほうきと塵取りを受け取った。



「あ、あの…お茶でも…どうですか?」



何だか、掃除させてしまって悪いなと思ったからか、口からつい、そんな言葉が出てしまった。
見ればオーエンも驚いた顔をしている。



しまった…言わなければ良かったかな…
勘違いされても困るし、軽い女だと思われても…
まあ、それは別に置いといて。



一瞬であれこれ考えていると、オーエンは、ちょっと微笑んだ。



「嬉しいけど…今夜は帰るよ。心配で見に来ただけだから。両親も、まだ帰って来てないんだろ?」
「え?あ、ああ…はい…。そうですね」
「じゃあ、女性一人の家に上がることは出来ないよ」



オーエンは、そう言って肩を竦めた。



そっか、この前のデートの時、両親は長期不在中って話してたんだっけ。
でも…ちゃんと覚えててくれて、しかも何だか凄く…紳士なんだなぁ…
凄くモテてたしチャラチャラしたイメージがあったけど…人を印象で決めちゃいけないんだ。



私はちょっとオーエンの見る目が変わったのと同時に、サッカー選手としてではなく、一人の男性として好印象を持った。
チラっと彼を見ると、オーエンも私の方をチラっと見た。



(何だろ…)



「あのさ…」
「はい?」
「帰るって言っておいて何なんだけど…」
「………?」
「まだ…ここで話しててもいいかな?」
「え?」
「もう少しだけ…君と話してたいなって思って…ダメかな…?」



そんな風に言われると…



「はあ…いいですけど…」



顔がちょっと熱くなった。



「良かった」



オーエンは少しホっとした顔で優しく微笑んだ。
私は何だか照れくさくなり俯いて、



「あ、あの…じゃあ…これ、しまってきちゃうんで…待ってて下さい」
「あ、うん」



私は急いで、ほうきと塵取りをしまいに中へと入った。




少し胸がドキドキしている。




私…何をドキドキしてるんだろ…
あんな甘い言葉をかけてもらったくらいで…
ただ…オーリーと違って、オーエンには意地を張らないで済むから何か楽なのよね…



ふと、そこに気付いた。



オーリーは昔から知ってると言うのもあって…どうしても意地を張ってしまう自分がいた。
強がってしまって素直になれない。



だから…怒らせてしまう。
凄く大切な存在に変わりはないのに…
もう、昔のように無邪気に会えなくなってしまった気がする。



それは…オーリーに好きだと言われた時から…私も少しづつオーリーの事を意識をするようになったからなのかもしれない。
でも全てを知ってるオーリーには…どうしても強がってしまうから…




オーリーと私は…恋人同士になるって無理なのかもしれないな…。



これから…私が、また人を好きになる事があっても…それがオーリーだとしたら…
私はきっとオーリーの事を傷つけてしまうんじゃないか…
意地を張って、どんどん可愛くない女になっていきそうで…
だから恋をするなら、知らない人の方がいいのかも…。



そう、オーエンみたいに意地を張らないでも済む人と…。





何となく…そう思って、ふと寂しくなった。

もしそうなったら…オーリーは私の事を友達としても見てくれなくなるんじゃないかと思ったから…

それが嫌だと思うのは私の我侭なのかな?

それとも…オーリーの事を本当は…好きだと言うこと…?


今日は…頭が混乱してばかりだ。



そんな事を思いながら、私は、もう一度、外へと戻った。

出てきた私を見てオーエンは嬉しそうに微笑んでくれる。

私もちょっと微笑んで、彼のところへ歩いて行った。











まさか、それをオーリーが部屋から見ていたとは気付きもしなかった―


















 

 

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オーランドバージョン第六段。
うひょーオーエン出ずっぱり(笑)
とうとう彼もマドリーに移籍しちゃいました〜ヒュ〜ヒュ〜v
って、ほんとは、そんな凄い選手ばかりいらないチームなんだけどね…(苦笑)
好きなチームに好きな選手が来て、ちょっと浮かれました^^;
ガウチ会長も金もってんなぁ…
オーリー、ピーンチ!さて、この危機を乗り越えられるのか(笑)
今回サマンサ少なくて寂しい私…(笑)