彼女が僕にとって、どんなに大切な存在だったのかを、伝える事があの時、出来ていれば良かったのに。
刑務所内の僕の元に、一通の手紙が届いた。
綺麗な字を見て、それだけで愛しさが込み上げる。
思えば、彼女から手紙なんてもらったのは初めてだったかもしれない。
"ニューヨークの実家に戻ります"
たった一言、その文章だけが目に入った。
"貴方がいない家にいるのは辛い"とか、"帰って来れないかもしれない人を待つのは悲しい"とか、そんな他の内容よりも、
最後の最後で書かれていた、その一言だけが僕の胸に刺さる。
"貴方を今も愛してる―――"
そんな愛の言葉で終わっていた手紙をぎゅっと握り締めた。
マイケルは私が初めて本気の本気で好きになった人なの。
もう、こんなに誰かを好きになることなんて、一生涯ないかも、とは彼女の口癖だった。
体を重ねるたび、何度も聞かされた最高級の愛の言葉。
それは僕にとっても同じで、彼女に出会って初めて人並みに"愛しい"という感情を知った。
自分や兄の事以外であれほど自分を抑えられなかった事はなかったし、これからも二度とないだろう。
「その気持ちは今も変わってない…」
「僕も同じだ」
「でも…もう会えないんでしょ…?」
「無事に…兄を助けられたとしても、一生逃げて暮らす事になるかもしれない。そんな人生、には似合わないよ」
「私が着いて行くって言う前に…そんなこと言うのね…」
「ごめん…でも僕は…に日陰で生きるような人生は送って欲しくない」
「…もう…言わないでよ…」
あの夜、そう言った後、は泣きながら部屋を飛び出して行った。
僕は追いかけていく事も出来ず、が出て行った後も計画を確実に成功させるための準備を進めていった。
そしてそれを実行する、という日の前夜、全て証拠となるものを捨てるのに家に帰るとが戻っていた。
「…どこ行ってたの」
「今日でタトゥーも全て彫り終わった」
「そう…やっぱり行くのね」
「…ごめん」
本当なら、君とこのまま一緒にいたい。
これからも共に傍で笑いあって、時々ケンカしたり、仲直りしたり。
でも兄も大切だから、どうしても見捨てるなんて出来ないから。
「こんなに好きなのに…別れなくちゃいけないのね…」
仮に計画が上手く行っても、私は一緒に行けないのね。だったら、ここで終わりにした方がいいんでしょう?
だって私はあの壁の向こうには行けないんだもの。
本当なら待ってるって言って、たまには面会に行って、そうやってでも傍にいたかったのに。
吐き出すように言葉を繋ぐに心が軋むように痛んだ。
「…全部、僕が悪いんだ」
「そんな事ない…マイケルはお兄さんを愛してるだけ」
「も愛してるんだ…」
「…ううん。私はお兄さんには敵わない…この先もずっと勝てない」
涙を拭きながら小さく笑った彼女はゆっくりと僕の方へ歩いてきて、勢いよく抱きついてきた。
「明日…やるの?」
「…ああ」
「じゃあ…今夜だけは傍にいていい…?」
「もちろん…傍にいて欲しい」
彼女を強く抱きしめてそう言えば、はかすかに体を震わせた。
「一生涯、マイケルを想って傍にいるつもりだったんだから…その分の埋め合わせしてよね…」
「そんなの、たやすい」
そう言った後、もう言葉はいらなかった。
彼女に口付け、互いの体を求め合う。
今夜限りの温もりを、忘れぬように何度も何度も抱き合った。
尽きる事のない愛情と欲情。
何度も名前を呼んで愛してると言っても足りないほど、もっともっと欲しくなる。
どこかで狂った歯車は、大切なものを僕から奪っていく。
「…もっと…抱きたい」
苦しいくらいに渇望し、彼女が欲しくなる。
鼓動が激しく打ち、汗ばんだ体を抱きしめあう。
欲情は尽きることなく、抱けば抱くほど、もっともっと、と声を上げる。
耳に響く彼女の艶のある声に体が反応して疼いていく。
激しく彼女の体を責めるたびに、甘い疼きは増して、背中に小さな痛みが走った。
「…忘れないでね、私のこと…今夜のこと…」
最後は泣きながら僕を受け入れた彼女が呟いた。
優しくキスをしながら言葉に出来ない想いを伝える。
綺麗な髪を撫でながら、愛しい温もりを求めながら。
「…裁判所にも行かないね。泣いちゃうと思うから」
彼女はそう言って朝日の中、思い切り泣きはらした目でニッコリ微笑んだ。
「これからマイケルに…どんな事があるのか私には分かるはずもないけど…でもこれだけは言える。私はこの先、誰と出会ったとしても、マイケル以外に好きになる人はいないわ」
「……僕も同じだよ」
「もし…上手く行ったとして…お兄さんと二人で逃げたとして、いつか誰かと出会うかもしれないでしょ?」
「ありえない」
「…うん。でも、もし万が一、そうなっても…私を一番好きでいてね」
「僕には最初からしかいないよ」
そう、分かっていたのに。
どうして君を傷つけるのは、君を誰より大切に思ってる僕なんだろう。
あの時の彼女はもういない。
この街を出て、僕の手の届かないところへ。
君を感じたあの最後の夜。
もう一度だけ、戻れたら。
もう一度だけあの夜に。
君にキスを出来たあの夜に――
La nocheーーー
忘れられない夜
一気に続きをば…
好きな人が刑務所にわざと入る、なんてなったら、どうすればいいのでしょうね…(ないから)
マイケルは自分の業績も仕事も捨てて兄のためだけに体にタトゥー彫って、銀行襲って…ホント凄い人だ(。_。)