その手紙には彼の愛情が溢れていた。


兄のこと、自分のこと、そして私のこと。
マイケルの思いが溢れすぎてて、気付けば涙が止まらなくなってた。


出来る事ならに待っていて欲しかった。
でもそれを言えばを不幸にしてしまうから。
僕は君の事を幸せにしたいと、いつも願っていたから、だからこそ自分の都合で君を不幸にするなんて出来るはずもない。
本当はと別れたくなんかなかった。ずっと傍にいて欲しかった。
今でも君を愛してる。それは死ぬまで変わらないし変わるはずもない。
今、僕は色々な事を後悔しながら、それでも未来だけ見て元気に頑張っている。
兄が助かるのなら何とか生きていける。
だから心配しないで、は自分の幸せだけを考えていて。
どこにいても僕はの幸せを願っているから。


だからどうか、僕のことは―――







途中で切れた言葉。


この後に続く別れの言葉など想像したくもない。





痛くて、痛くて、この痛みはいつになったら消えるんだろうと思った。



















Prison Break―――04
















「どうしたの、マイケル…」



ある日、仕事から帰ってきた彼がいきなり私の薬指に指輪をはめた。
それは噂でよく聞く、給料の何か月分とかいったものらしく、キラキラと光り輝くその大きな石は私の思考をストップさせるに十分すぎた。


「…仕事先で、ある店を通りかかったら、に似合いそうなものがあったから」


特に普段と変わらないテンションで指輪をくれたマイケルは、それでも少し恥ずかしそうに視線を反らした。
何で?と聞きたいけど聞けなくて、こんな高価な物…と言う私に、マイケルは不安そうな顔で、受け取って欲しい、と言った。
そんな彼を見て、どういうつもりなのか分からなかったけど、でもプロポーズと言うには少し素っ気ない、でも、ただのプレゼントにしては高価すぎる、その指輪は
私の中にあった小さな不安を打ち消すには十分なほどの輝きを持っていた。


ただマイケルがどんな思いでこれをくれたのか、あの頃の私には分かるわけもなくて。




「似合う?」


ソファに座っているマイケルの膝の上に寝転がりながら、左手を天井にかざす。
大きなダイヤがキラキラと眩しくて、少し目を細めるとマイケルはその手をとって指先に優しく口付けた。


「凄く似合う。思ったとおりだ」
「…そう?私がしてたらフェイクっぽいんじゃない?」


不安になってそう言うと、マイケルは突然、声を上げて笑い出した。
何度かキスをしながら、それでも笑いを堪えつつ、優しく髪を撫でてくる。


はもっと自分に自信を持った方がいい」
「…自信なんて…私はマイケルみたいに頭も良くないし」
は頭はいいよ。ただ集中力がないだけ」
「うわ、それ言っちゃう?嫌な感じ」
「でも、こんなに綺麗なんだからそれだけで十分だと思うけど?」
「………」


得意げにそう言ってニヤリと笑うマイケルは、少し赤く染まった私の頬にもキスを落とした。


マイケルは普段、そんなことは滅多に言わないし珍しい、なんて言って笑ったけど、でもホントはあの時、凄く嬉しかったんだ。







「これ仕事中は出来ないなぁ」
「どうして?」


優しく私の頭を撫でながら、いつも身に着けてて欲しい、とマイケルは言った。


「だって失くしても嫌だし盗られても嫌だもん」
「指から外さなければ失くさないし盗られないよ」
「…お風呂に入る時は?」
「家の中なら大丈夫だろ?」
「…ごもっとも」


マイケルの言葉に笑いながら頷けば、彼も優しく微笑んだ。



本当はね、ダイヤの指輪より何より、貴方が傍にいてくれるだけで良かったんだよ。


それ以外、何もいらなかった。


あなた以外―――他に何もいらなかった。




























仕事で取引先の会社を訪ねた帰り道、ある宝石店の前で足が止まった。
キラキラした石たちがウィンドウの中で輝いているのが見えて、ふと愛しい彼女の笑顔を思い出す。


いつでも思ってた。
彼女とこのまま一緒にいれれば、と。
それはどういう形であっても。


ただ彼女に似合いそうな指輪を見つけた時、どうしてもプレゼントしたくなった。
形の見えない愛情を伝えるために一緒に住み始めて、でもちゃんと伝わってるのかが不安で。
その不安を消すには、今の思いをこの指輪に託してしまおう、そんな事をチラっと思ったかもしれない。


これが、いつまでも彼女の指で輝いてることを願いながら、僕はの待つ家に急いで帰った。




いきなり彼女の指にそれをはめると、酷くビックリした後、戸惑うような顔を見せる彼女に少し不安になったけど、その後に見せてくれた笑顔でホっとした。
思ったとおり、柔らかなカットが施されたその石は彼女の細い指によく似合っていて、より輝いて見えたから、がらにもなく心が暖かくなったのを覚えている。
でも結局、言いたかった事は言えず、小さな疑問を彼女に抱かせただけだったかもしれない。


それでも、いつか伝える事が出来たら…あのまま、お互いを必要としながら、ずっと一緒にいられると、信じていた。






"私を一番、好きでいてね"






最後の夜、そう言っていた彼女。


改めて言われなくても、は最初から僕の中で"一番"だった。
本当に純粋に心の底から愛せるたった一人の相手。
考えるまでもなく、僕の中で答えは一つで、彼女と一緒にいた頃から決まってたのだ。


からの手紙を何度も読み返し、日に日に後悔が深まっていく。


手放すべきじゃなかった。
今も同じ想いで彼女を愛してる、と。
あの指輪を渡した日、言えなかった言葉は今も胸の奥にしまってある。


今更かもしれない。
でも今、彼女に伝えたくてそう決心した時には、もう何の迷いも躊躇いも消えてなくなっていた。









自由時間、外に出て電話の前に立つ。
ここに来てから色々な事があった。
真相を、と頼んだベロニカから連絡はなかったが、僕の立てた計画は何とか順調に進んで、あと一歩のところで全てが上手くいくというところまで来ている。
そこへ来て自ら手放した幸せを、もう一度この手に取り戻したくなった。


これが自分の我がままだと言う事も分かっている。
これ以上、彼女を混乱させてはいけない。
なのに一度、幸せな記憶を思い出してしまった僕の、この気持ちを止めるブレーキは、ここにはなかった。


今でも忘れていない彼女の携帯の番号をゆっくりと押していく。
すでに解約していれば繋がらないだろう。
そうなれば、もう彼女と繋がる手段はない。
ニューヨークの実家の番号は知らないのだから。
手紙には住所すら書いてなかったから、そこから調べるわけにも行かない。
この番号が存在していなければ、もう僕は彼女を取り戻す手立てを失うのだ。


だが不安な心とは裏腹にかすかな発信音、そしてその後、呼び出す音が聞こえた。







『…もしもし』


もう何年も聞いてなかったような気持ちになるほど、懐かしい声。


「………」
『誰…?』


知らない番号だからか、少し警戒したようなその声は確かに彼女のものだった。
その愛しい声を聞いた途端、心の奥底に無理やり押し込めようとした想いが溢れ出す。





「…ずっと伝えたくて、でも伝えられなかった」
『………っ』
「あの日、君に渡した指輪を今も持ってくれてるなら…このまま切らずに聞いて欲しい」
『……何の、話?』
「あの日からずっと、いつか言おうと思ってた」


不思議な事に彼女といた頃、照れくさくて言えなかった言葉が次から次に溢れてくる。
言わなくても分かってくれてるだろう、なんて自分のエゴでしかなくて。
言葉にしなければ伝えたい事は伝わらない。
皮肉な事に、彼女と離れ、一人でここへ来た時にそんな簡単な事に気付いた。


あの日、指輪をプレゼントした日。
彼女が本当は何を一番欲しかったのかと言う事も。
最後の夜、何度も抱き合いながら、本当は彼女が待っていた言葉も。


今なら手に取るように分かるのに。






「……僕を…待っていてくれないか。そしてまた会うことが出来たら…今度こそずっと傍にいて欲しい」


最初からそう言うべきだったんだ。
彼女の幸せだけを考えるフリをして、彼女の幸せが本当は僕との時間の中にあったなんて事を気付きもしなかった。
大切なものは失ってから気付く、なんて誰もが知ってるはずなのに経験をしなければ分からないなんて。
でも大事なのは、それをもう二度と繰り返さない事だ。



『…イケル…』



押し殺したような震えた声。
彼女は泣いてるようだった。


「…これからどうなるかなんて僕にも分からない。ここから出てその先にあるものなんて分からない。でもが傍にいてくれさえすれば、
どんな事でも乗り越えられる気がするんだ…。本当は逃げる事だけを考えてたけど、それじゃ何の解決にならないって思った。
ここから出て兄さんを助けた後は、真犯人を捕まえて兄さんの無実を証明するよ。その後は…僕も自分の罪を償うため、もう一度刑務所に入る事になるけど、
もしが待っていてくれるなら僕はどんな事でも耐えられる…」


こんな一方的に話したのは初めてだ。
それでも言い足りない。
まだ一番、伝えたかった事を伝えてない。




『…真犯人が…見つからなかったら…?』
「絶対に見つけてみせる」
『…見つける前に…また捕まったら…?』


どんどん泣き声に変わって苦しそうな声で嗚咽が洩れる。
遠く離れた国で一人泣いている彼女を思うと、思い切り抱きしめたくなった。


「そうなる前に真相を暴いてみせる…」


誰よりも一番、君を愛してる。
その想いさえあればどんな事でもやってみせる。


…前に僕の兄さんには敵わない、と言ってたね。この先ずっと勝てないと…。でもそれは違う。
僕は…形が違いこそすれ、二人を同じくらいに愛してる。だから二人ともこの手で守りたい。…君の事を考えて一度は別れを決心した。
でもこうなって気付いたんだ…。いや分かったんだ…の幸せの形が…」
『…幸せの形…』


そう、分かったんだ。
が何を幸せだと感じてくれてるのかが―――





「全てが上手く行ったら…結婚…しよう、




形なんて本当はどうでもいい。



ただ、僕と共に在ること―――



それだけを彼女が望んでくれた事。
それはとてもシンプルで分かりやすい、彼女の僕への愛情だった。


近くにいる時はあれこれ考えすぎて、僕は間違った答えを出した。
でも、ここへ来てその簡単な答えを見つける事が出来た。




『…本…気…なの?』
「前にも言ったろ?僕はいつだって本気だよ…」


ちょっと笑いながらそう言うと、も泣き声のまま笑ったようだった。


『…変わって…ないね、そういうとこ』
「…変わるほど経ってないし、僕はきっと変わらないよ」
『だって…私には何十年って経ってる気がしてたのよ…』


少しだけスネたような声。
ああ…君だってちっとも変わってない。




「待っててくれる?」
『…それ言うなら…結婚してくれる?でしょ?』
「…ごもっとも」



そう返したら彼女が楽しそうに笑った。
久しぶりに聞いた彼女の明るい笑い声…


僕はいつだって、そんな彼女に救われて来たんだ。


これから、もっと大変な事が待ってると思う。
それでも…君に会える事を信じて乗り越えてみせる。










「…待ってて」


「うん、待ってる…」










雨のような涙が乾いて、虹が出る頃、僕はきっと君の元へ帰るから―――





















Volverte a ver





                             君との再会を夢見て




















お、終わりました、一応(え)
ホントSSといった感じでしたが思った以上にプリズンブレイクを見てる方が多くて、
嬉しいコメントを頂きました(´¬`*)〜*
またきっとプリズンブレイクは書いていくと思いますので待ってて下さると嬉しいですw
まだ最後までDVDも発売されてないので結末が分からないし、長期連載とかは書けないと思いますが
ちょっとしたお話なら書けるかと…
シーズン2発売の12月が待ち遠しい今日この頃…って冬かよ!遅っ!