TRU
CALLING
「え?ハリソンと?」
トゥルーは驚いたように振り返った。
「うん、明日ね」
「ちょ…それって…もしかしてデート―」
「そんな大げさなものじゃ…。この前…ちょっと誤解してひどい事しちゃったから…」
私はそう言って肩を竦めた。
トゥルーは暫し目をパチクリさせていたが、すぐに笑顔を見せると私の方に歩いて来た。
「…こんな事、私が言うのも何だけど…ハリソンはいい奴よ?ただちょっと意思が弱いだけで―」
「え?」
「と、とにかく…楽しんで来て?」
そう言ってトゥルーは私の肩を抱き、嬉しそうに微笑んでいる。
私はちょっと笑って帰る仕度を始めた。
時々、トゥルーはおかしな事を言う。
それは、ここ…モルグに務め始めてからだというのに気づいた。
彼女とは高校から大学までずっと一緒だったけど―その頃はこんな感じじゃなかった。
トゥルーは一体、何を隠してるんだろう?
「ハリソン、あんたをデートに誘ったんだって?」
「…もう聞いたんだ」
仕事から帰って早々、俺の顔を見るなり、そう聞いてきたトゥルーの言葉に笑いながら、冷蔵庫からビールを取り出した。
「大丈夫なの?」
「何が?」
「は私の親友なの。今までのガールフレンドと同じに考えないで」
「…姉さん…俺が軽い気持ちでを誘ったと思うか?」
真剣な顔で尋ねると、トゥルーは少し苦笑しながら、「いいえ、思わないわ」と肩を竦めた。
「あんたは昔からに憧れてたものね」
「そういうこと。でも高嶺の花で手が届くはずもない、と思って彼女の前では普段以上に軽く見せてた」
「そうね。でも…急にどうしたの?本気になっちゃった?」
トゥルーはクスクス笑いながら俺の手からビールを奪って口に運んだ。
「…俺が本気だって言ったら…姉さんは協力してくれる?」
隣に座ったトゥルーの顔を覗き込んで尋ねると、姉さんは困ったように微笑んでソファに凭れかかった。
「協力したいけど…」
「何だよ、姉さん…。可愛い弟に協力出来ないって?」
「そうねぇ…。は本当に大切な友達なの。だから―」
「俺はを大事にする。似たような境遇だし彼女の気持ちも俺は理解出来る」
「…ハリソン…」
真剣にそう言うとトゥルーは俺をギュっと抱きしめてきた。
「…あんたに…の孤独を理解してあげられる…?」
「もちろん…って言うかしたいって思ってるよ…。それじゃダメか?」
「…ううん。その気持ちが一番大切だわ」
トゥルーはそう言うと体を放し、俺の頬にチュっとキスをした。
「じゃあ…まずは明日のデート、頑張って」
「OK!」
「ああ、ハリソン!」
「ん?」
ビールを飲もうと立ち上がると、トゥルーが慌てたように俺の腕を引っ張った。
「あんた、お金あるの?デートなんだから少しはいいトコに―」
「姉さん…もう前の俺じゃないんだぜ?今は仕事もしてるし大丈夫だよ」
苦笑しながら肩を竦めると、トゥルーはホっとしたように腕を放した。
「そう?ならいいけど…」
「まあ、でも?姉さんが貸してくれるって言うなら喜んで受け取るけど」
「バカ!本命の子とデートの時くらい自腹切りなさいよ」
「分かってるって。今のは冗談!」
そう言って笑いながら冷蔵庫を開けた。
この時の俺は、まさかあんな事になるなんて思ってもいなかった―
バスルームから出て窓の外を見てみると、気持ちのいいくらいの天気だった。
「ん〜。今日はデート日和って感じかな」
そう言いつつバズローブを脱いでクローゼットを開けた。
今日はお昼にハリソンが迎えに来る事になっている。
「最初はドライヴに連れてってくれるんだっけ…」
だったらスカートでもいいかな、と、この前買ったワンピースを手に取る。
普段はジーンズばかりだし、たまのデートくらいお洒落してもいいよね。
「よし。これにしよ」
鏡の前でそう呟くと、手早く着替えて簡単にメイクをする。
何となく浮かれている自分に気付き、内心苦笑したけど、でも前の彼と別れてからは、こんな気分になったのも久しぶりだ。
用意も終えてハリソンが迎えに来るまでの間、大好きな紅茶を飲みながら気持ちを落ち着ける。
その時、電話が鳴り出し、ドキっとした。
「もしもし?」
『あ、?』
「トゥルー?」
『ええ。ハリソンはまだ?』
「うん。お昼に来る事になってるの」
『そっか。あ、大した事じゃないけど少し気になって…』
「え?」
『夕べ釘をさしておいたけど…もしハリソンが何か失礼なことをしたら遠慮なくひっぱたいてやって』
トゥルーはそう言いながら苦笑している。
きっと可愛い弟の事が心配なんだろう。
「ええ、そうね。じゃあ、その時は遠慮なく」
少しおどけた口調でそう言うと、トゥルーも楽しげに笑った。
『どうぞどうぞ。もう思い切り殴っていいわ』
受話器の向こうから明るい声が返って来た時、部屋のチャイムが鳴った。
「あ、来たみたい」
『ふふ…時間は守ったようね。じゃハリソンを宜しく』
「ええ。また夜にでも電話するね?」
『うん。じゃ』
そこで電話を切って、急いでドアを開けに行く。
「ハリソン?」
「あ、おはよう。」
ドアを開けるとハリソンが照れくさそうな笑顔で立っていた。
しかも、いつもの格好じゃなく、今日は大人っぽく黒のスーツで決めていてドキっとさせられる。
何も言えないでいると、ハリソンは眩しそうに目を細め、軽く口笛を吹いた。
「わぉ。凄い可愛い。その服」
「え?あ…」
「似合ってるよ」
「…ありがと。ハリソンも似合ってるよ」
「…そう?何か着なれなくて照れくさいんだけどさ」
ハリソンはそう言って笑うと、「もう出れる?」と腕時計を見た。
「ええ、ちょっと待ってて?」
急いで中へ戻るとバッグを持った。
最後に鏡で髪形のチェックをしてからハリソンの下へ戻る。
「お待たせ」
「じゃあ…行こうか」
「うん」
部屋のドアを閉めて鍵をかけると、ハリソンが私の手を取った。
改めて、こんな風に手を繋ぐのは照れくさかったけど、今日くらいはエスコートされるのもいいかと思いながらついていく。
「いい天気だよな。どこ行きたい?」
「う〜ん…そうね…」
あれこれ考えながら二人で歩いていく。
いつもとは違う、一日の始まりにドキドキしながら―
「あ…」
「何?」
海からの帰り道、よく知ってる場所を通りかかって私は窓の外を見た。
「?」
窓の外を見たまま黙ってる私にハリソンは訝しげな顔をした。
「あ…ごめん…」
「いいけど…ここ知ってる場所?」
「…うん…」
ハリソンの問いに小さく頷き、ゆっくりと窓を開けた。
気持ちのいい風が髪を浚っていく中、私は目の前に広がる木々を見つめる。
「ここに…両親が眠ってるの」
「……え?」
不意に車のスピードが落ちて静かに停車した。
「…両親の…お墓?」
車が止まった事に驚いて振り返る。
「え、ええ…あ、ごめんね?変なこと言って…あの―」
ハリソンは急に真面目な顔をして俯いてしまい、私は戸惑った。
が、不意に顔を上げたハリソンは黙って車を降りて、助手席のドアを開ける。
「ちょ…ハリソン?」
「行こう」
「え?」
「お墓参り。行きたいんだろ」
「……っ?」
ハリソンはそう言ってちょっと微笑むと私の腕を引っ張った。
それには驚いたけど、私もそうしたいと心の中で思っていたのも事実。
でもデートの最中にまさか"お墓参りに行っていい?"とは言えなかったのだ。
だからハリソンが察してくれた事が凄く嬉しかった。
手を引かれるまま木々の合間を彼とゆっくり歩いて行く。
そして久しぶりに両親の墓石の前に立った。
「ここ?」
「うん…」
少し小高い丘の上。
木々に囲まれた静かな場所に二人は眠っている。
こうして天気のいい日に来ると、あの雨の日とは全く違う印象で、そこはとても眠りやすい場所なのかもしれないと思った。
「…何だか不思議」
「え?」
「ここに来る時はいつも…雨だったから」
そう。私が来る時は決まって雨が降ってきた。
二人が土に還るのを見ていた、あの雨の日と同じように。
だから何となく気分が沈み、ここ最近は足が遠のいていた。
「こんな晴れた日に来たのは初めてなの。だから…凄く不思議な気分」
「ああ…俺、よく晴れ男って言われてるんだ」
少しおどけて肩を竦めるハリソンに、思わず笑顔になった。
「そうね。ほんとそうなのかも」
そう言って微笑むと、ハリソンは少し照れくさそうに頭をかきながら辺りを見渡した。
「でも…いい場所だな…。俺の母さんの墓も似たような場所なんだ」
「そう」
「自然が多いところに…眠らせてあげたいって父さんが決めた」
ハリソンはそう呟くと青い空を見上げた。
その横顔は普段の彼とは違い、少し寂しそうだ。
「…そうね。私もそう思う。今日来て…よく分かった」
目の前の両親の名前が刻まれている石をなぞりながら、私は心の中で"久しぶりだね"と声をかけた。
あの日以来、ここに来るたび、寂しくなって泣きたくなってた。
でも今日はこんなに天気が良くて、だからかな、いつもより穏やかな気持ちでいれる。
そう、それに今日は一人じゃないから。
「ありがとう…ハリソン」
心の底からお礼を言った。
私の気持ちを察してくれたハリソンに。
彼はやっぱり照れくさそうに頭をかきながら、それでも私の傍にいてくれた。
今日まで一人で頑張って来た私にとって、それは何よりも嬉しい事だった。
高校の時から憧れてたと一日デートをした。
昼間はドライヴして海まで行った後、俺の提案で彼女の両親の墓参り。
そこで暫く思い出話をした後、夜は車を置いてからレストランに食事をしに行った。
店も普段行くようなダイナーじゃなく、トゥルーが探してくれたお洒落なイタリアンレストラン。
自分で言うのも何だけど、俺の中ではかなり頑張った方だ。
も楽しんでくれてるみたいで今日はよく笑ってくれてる。
彼女の笑顔は最高に可愛くて、昔の、まだ純粋だった頃の自分に戻ったみたいに胸がドキドキした。
二人で飲んだワインのせいで、ほんのり頬を染めてるに、つい見惚れてしまう自分がいる。
「大丈夫?」
「うん…ちょっと酔っちゃったかも」
時間も時間だし彼女を部屋の前まで送ったはいいけど、何となく、このまま別れたくない気分だ。
「…飲みすぎたかな」
そう言って頬を手で抑える彼女はかなり色っぽい。
と言っても変な気を起こして嫌われたくはないし、トゥルーにも散々釘を刺されている。
(今日は大人しく帰った方が良さそうだな…)
そう思って、「じゃあ…」と言いかけた時、が、「あ、お茶でも飲んでく?」と思いがけない言葉をかけてくれた。
「え…いい、の?」
「うん。今日のお礼というか…少し酔いを醒ましていってよ」
はそう言ってドアを開けると、中へと入っていく。
その後姿を見ながら何となくマズイかな、という思いと彼女が言うんだし、という思いが交錯した。
「ハリソン…?どうしたの?」
「え?あ…何でもない」
中から呼ばれ、俺は迷いながらも部屋の中へと足を踏み入れた。
この部屋に入るのは彼女を暴漢から助けた時以来だ。
今思えば、あの夜から彼女が少しだけ近くなったような、そんな気がしていた。
「あのね、美味しい紅茶葉をみつけたの」
「おい、大丈夫か?俺がやるよ」
少しフラついているが心配でそう言いながらキッチンへと向かう。
まあ俺だって紅茶の一つや二つ淹れることは出来る。
が、は少し笑いながら、「大丈夫だってば」と言ってカップを揃えている。
何だか楽しそうな笑顔を見てると、心の中がふと暖かくなった。
(何ていうか…こういうのって嬉しいかも)
いつもは素っ気ない彼女が、今は俺のために紅茶を用意してくれている。
それは些細な事かもしれないけど俺にとっては十分過ぎるくらいのプレゼントだ。
なんて、そう思うくらい俺はの事を本気で好きになってるんだ、と気付かされた気がしてドキっとした。
今はこんなに近い距離に彼女がいて、昔の"憧れ"が綺麗に彩られ、熱い想いへと変わっていく。
「ハリソン、そんなトコに立ってないで座ってたら?」
沸いたお湯をポットに注ぎながらが振り返った。
が、そのせいで湯気の出ているお湯が彼女の指にかかってしまった。
「熱…っ」
「?」
彼女の声に慌てて手からヤカンを奪い、シンクへ置くと、赤くなっているの指先を持って水をかけた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ごめん…」
「ったく…。酔ってるんだし感覚が鈍くなってるんだから気をつけろよ…」
蛇口から出る水に指先を当てながら苦笑すると、の口が微妙に尖っているのに気付いた。
「何よ…どうせ鈍いですよ」
「…いちいちスネないの。それより…痛くない?」
「…うん…少しヒリヒリするけど…」
「あ〜結構かかっちゃったかな…」
未だ赤みを帯びているの指先に溜息をついた。
「氷で冷やした方がいいよ」
「あ…そうね…」
そこで冷凍庫を開けると大きめの氷を掴んで、再び彼女の指先に当てた。
は小さなタオルを手に押さえ、垂れる水を拭きながら、「もう大丈夫だし…座ってて」と俺の背中を押す。
「いいよ。俺がやるから。が座ってて」
やっぱり心配で渋るをソファに座らせ、俺は手早く紅茶を淹れると、それをテーブルに置いた。
「はい」
「へぇ、ハリソン、紅茶なんて淹れられるんだ」
「…これくらい俺にだって出来るさ」
そう言って彼女のカップに砂糖を入れていく。
「それより痛む?」
「ん、少し」
「そっか…薬は?」
「火傷の薬はないの。冷やしておけば大丈夫よ」
はそう言って冷やしている手を持ち上げて見せた。
「見せて?」
そう言って彼女の手をとり、タオルを避ける。
「ハリソンも心配性だね?大丈夫だよ?」
「そりゃ…女の子なんだし焼けどの痕が残ったら大変だろ…?」
ただ彼女が心配で別に下心があったわけじゃなく。
その小さな手を包むように握ると、がビクッとしたように顔を上げた。
そのおかげで至近距離で目が合い、一瞬ドキっとする。
「あ、あの…」
少し頬を赤らめて俯くは凄く可愛くて。
俺の中の理性が崩れそうになる。
この瞬間、溢れてくる想いを告げたくなって思わず手をぎゅっと握った。
「ハリソン…?」
は驚いたように顔を上げて俺を見つめる。
今、ここで君が好きだと言えば…は何て答えてくれるんだろう。
「…俺…」
ピクリと彼女の手が動いた。
互いの目を見つめあいながら、込み上げてくる想いが喉まで出かかる。
だが、その前に自然と唇を寄せていた。
軽く手を引っ張っただけ。
たったそれだけで触れ合う唇と唇。
何度も経験した事なのに、彼女とのキスは全身に電気が走ったみたいに、俺を痺れさせた。
「………」
僅かに離せば、が驚いたように目を丸くしている。
それでも、いつものように怒っている気配はない。
「…ずっと…憧れてた。もう、ずっと前から」
自然に素直な気持ちが口から零れ落ちる。
の睫がかすかに揺れて、彷徨った視線は俺の瞳を捉えた。
「今は…本気で好きなんだ…」
そう、そうだったんだ。
何故、こんなに彼女を追いかけるのか。
会った時から心の奥で、ずっと気になってた。
トゥルーから彼女の境遇を聞いて、それがもっと強くなった。
俺達以上に大きな悲しみを背負っていても、明るく笑っている彼女を見るたびに。
過去からの憧れは、今ハッキリと形になって俺の胸に大きな愛情として芽生えていた。
「ハリソン…私…」
が震える声で言葉を搾り出した。
俺はまるでガキみたいにドキドキしながら、その言葉の続きを待っていた。
なのに…俺はその答えを聞く前に、過去に引き戻された―――
Sleeps in the past
ブラウザの"戻る"でバックして下さいませv
ちょっとした続きものになりそうな…??
前回の続きではあるんですけど、今回は分けてみました(;^_^A
これはこれで読んで頂ければ。
※設定は全て同じで御座いますーw
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【C-MOON...管理人:HANAZO】
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