TRU
CALLING
親友に紹介されたバイト先。
そこは"死体安置所(モルグ)"だった。
「どうだった? 初日の感想は」
夜勤明け、彼女のアパートメントで休んでいると、そんな質問が飛んで来た。
それには私も苦笑を洩らし肩を竦めて見せる。
「想像以上ってとこかな?」
「そうでしょうね、私もそうだった」
トゥルーはそう言いながら笑みを洩らすとソファに凭れて両手を伸ばしている。
「今日は何事もなくて良かった・・・」
「え? 何が?」
「あ・・・何でもない」
「変なトゥルー」
「・・・そうね」
彼女はそう言ってちょっとだけ微笑んだ。(また、いつもの"アレ"かしら)
トゥルーは時々、おかしな事を言う。
"今日、買い物に行くと思うけど、お財布はバッグの上じゃなくて下にしておいた方がいいわ"とか、
"今日は面接にネイルアートはしていかない方がいいわ"とか。
その意味が分からなくて、結局、言う事を聞かなかったら財布はスラれるし面接は爪が派手だって理由で落とされた。
トゥルーって予知能力があるのかしら?
なんて、くだらない事すら考えたが彼女に聞いても詳しくは教えてくれない。
高校から彼女を知っているけど昔はこんなんじゃなかった気がするんだけど。
「ねぇ、も医大、受けるんでしょ?」
「うん、まぁね。でも、その前にお金を溜めなくちゃだわ?」
「そっか・・・。も大変よね」
トゥルーはそれだけ言うと軽く息をついた。
私は早くに両親を事故で亡くしたので家族はいない。
だから高校を卒業後は一人で生活してきた。
トゥルーも、その事を知っているので、なかなかバイトが見つからない私に自分のバイト先を紹介してくれたのだ。
彼女は昔から優しくて頼りになる子だった。
確かに家庭事情は複雑で大変なんだろうけど、そんな顔は一切見せない。
ただ私と違うのはトゥルーには姉や弟といった家族がいること。
それだけでも羨ましいな、と、私はいつも思っていた。
キンコーンキンコーン
「誰か来たよ?」
チャイムが鳴り、私が顔を上げると、トゥルーは苦笑しながらエントランスの方に顔を向ける。
「どうせハリソンよ」
「え?」
そう言った瞬間、ドアが開いて明るい声が飛んで来る。
「Hey!Girls!Good morning!」
「何の用? また借金の話? それともギャンブル?」
元気よく入って来たハリソンにトゥルーは溜息をつきながら顔を上げる。
ハリソンは、そんな彼女の頬に軽くキスをするとソファに腰をかけた。
「違うよ・・・。今日は一緒に朝食を食べる約束だろ? 忘れたのか?」
「あ・・・いけない・・・、そうだった!と一緒に夜勤明けで疲れたから、そのまま帰ってきちゃったのよ・・・」
「ああ、も姉さんと一緒にモルグで働く事になったんだって?」
突然、話をふられて私は慌てて笑顔で頷いた。
久し振りに会ったハリソンは高校の時とちっとも変わっていない。
高校の時、ニ学年下の彼は、その頃から遊びまわっていて女癖も悪かった。
親友の弟を悪く言うのはなんだけど・・・彼はいわゆる"ロクデナシ"って奴だ。
「も物好きだな? あんなとこで働くなんてさ」
「まあ・・・でも我がまま言ってられないわ? 遊んでいられないし」
そう言って肩を竦めると、あなたと違ってね・・・と心の中で付け加える。
仕事もしないでギャンブルばっかりやってる彼には、きっと私のことなんて分からないだろう。
そう思いながら腕時計を見た。
「トゥルー。私、そろそろ帰るわ?」
「え? もう? 一緒に朝食食べない?」
「ごめん。やっぱり初日は眠いし帰って寝るわ?」
「Hey〜一緒に食べようぜ、。どうせ帰っても一人で寝るだけだろ?」
「・・・・・・・・・(余計なお世話よっ)」
ハリソンの言葉にちょっとムっとしたが私はサッサと立ち上がってバッグを持った。
「ごめんね? また明後日、モルグでね」
「そう? じゃあ気をつけて。ゆっくり休んで」
「うん。ほんと、ありがとう、じゃね」
「、またな?」
「・・・・・・バイバイ、ハリソン」
能天気に手を振ってくるハリソンに私は引きつった笑顔を見せると、そのまま親友の家を後にした。
ジリリリリリリ・・・
「ん・・・ぅるさ・・・」
目覚ましの音に私は布団の中から顔を出し、手を伸ばして時計を止めた。
ふぁぁぁ・・・っと欠伸をしてから、ゆっくりと体を起こしベッドに腰をかける。
「はぁ・・・ちょっと寝不足かなぁ・・・」
夕べはバイトもなく遅くまで勉強をしていたから体がだるい。
ふと時計を見れば夜の7時過ぎ。
そろそろ用意してバイトへ行かないといけない。
「今日はどんな死体とご対面なんだろ・・・」
それを考えると少し憂鬱になるが、せっかく紹介してもらったバイトなのだ。
文句を言える立場ではない。
「シャワー入ってスッキリしよ・・・」
う〜んと伸びをしてバスルームへ行くと、先にお湯を出して温めておく。
プルルルルルル・・・プルルルルル・・・
そこへ電話が鳴る音が聞こえてきて、私は服を脱ごうとした手を止めて、すぐにリビングに戻る。
「Hello?」
『あ、? 私、トゥルーよ・・・っ』
「ああ、トゥルー? どうしたの? もうすぐモルグで会うのに」
何だか少し慌てた様子の彼女に私は首を傾げた。
時々、こんな風に突然電話をしてくることがある。
そして変な事を言ってくるのだ。
『その事なんだけど・・・今日は、いつもの道を通らないで』
「え・・・? どうして? (やっぱり・・・また、いつもの謎の言葉だわ)」
『どうしても。お願い、来る時はなるべく大通りを通ってきて? ね?』
「ちょ、ちょっとトゥルー? どういうこと? ちゃんと説明を―」
『ごめん、私、今、急いでるの。後でね?』
「え・・・ちょっとトゥルー?!」
ブツ・・・ツーツーツー・・・
「嘘でしょ・・・?」
そこで電話は切れていて私は思い切り溜息をついた。
「もぉートゥルーってば何なの? いっつも、こんなんばっか!」
わけが分からなくて私はブツブツ言いながら時計を見た。
「わ!いけない!遅刻しちゃう!」
時計に目がいき、私は慌ててバスルームへと飛び込んだ。
「あーもうー!時間がない〜!」
シャワー後、着替えてすぐに家を飛び出し、私はモルグに行くのに走っていた。
そして、いつもの道を行こうとした時、ふと先ほどのトゥルーの言葉を思い出す。
"今日は、いつもの道を通らないで"
あれは、どういう意味なんだろう?
ちょっと考えていたが、それでも、その道の方が近道なのだ。
遅刻しそうな事を考えれば選択する余裕はない。
バイト二日目で遅刻するなんて嫌だったからってのもある。
「ま、いっか!」
私はそのまま、いつもの裏道へと歩きだした。
この通りは確かに大通りより、かなり中に入っているので夜は薄暗く人通りも少ない。
でも今まで別に危ない目にもあっていなかったのもあって怖いと思った事はなかった。
「この分じゃギリギリかなぁ・・・」
足を速めながら腕時計を確認する。
はぁ・・・こんな時、車を持ってる恋人がいたら送ってもらえるのにな・・・
ふと、そんな事を考えて苦笑がもれる。
そして先月、別れたばかりの恋人の顔が浮かんだ。
"何でも一人で頑張ってる君を見てるのは辛いんだ"
そんな言葉でアッサリ振られた。
要するに、あの男は私にもっと甘えて欲しかっただけなんだろう。
あいにく両親を亡くして一人で頑張ってきた私には、そんな事すら出来なかった。
"君は大丈夫って言うばかりで、俺に一度だって助けを求めた事はない"
最後、別れ際にそう言って彼は去って行った。
それは私にとってもショックな事だった。
ほんとは大丈夫なんかじゃない。
ほんとは、あなたに甘えたかった。
でも心配かけたくなくて強がったのよ・・・?
そう言ってやりたかった。(まあ言わなかったけど)
「ふん・・・どうせ可愛げないわよ・・・」
彼の事を思い出し、またムカついてきた。
いいわ!今は恋より仕事と勉強!
今の私には恋愛のことで悩んでる暇なんてないんだから。
そう思いながら、更に暗くなった道を、もういっそ走ろうか、と思った、その時。
すぐ後ろで人の気配がした。
「――っ?!」
「声を出したら殺すぞ?」
突然、口を塞がれ、耳元で低い声がした。
一気に鼓動が早くなり、体が震え出す。
「こっちに来い・・・っ」
「〜〜っっ」
口を塞がれたまま、男は私を細い路地の方に引きずり込もうとしている。
逃げようと抵抗するも、わき腹にナイフのようなものを突きつけられ、私は刺されるかもしれない恐怖に体が硬直した。
「・・・大人しく言う事を聞けば殺しはしない」
男は私を路地に連れ込むと壁に押し付けて、手をゆっくり口から離した。
だが私は怖くて声すら出せない。
向かい合って男の顔を見たが少し大柄な白人で思ったよりも中年だ。
その男は私のシャツに手をかけ、ニヤリとしながら楽しむように見ている。
私は怖くて目をギュっと瞑ったままシャツを引き裂かれても抵抗することさえ出来なかった。
男は震える私を楽しげに見ながら、首筋から手を滑らし胸を撫でて行く。
その感触が死ぬほど不快で涙だけがポロポロ零れ落ちていった。
そして男が顔を近づけて来て、私が反射的に顔を反らした、その時、いきなり足音が聞こえてきた。
「おい、彼女を離せ!」
「――っっ?」
ガツッ
怖くて目をつぶっていた私の耳に誰かの怒鳴り声と鈍い音が聞こえてきて急に体が解放された。
「...Shit!」
「このヤロウ!待て・・・!!」
「・・・・・・っ?!」
ゆっくり目を開けた私の視界に飛び込んで来たのは路地を逃げていく黒い人影と見た事のある後姿―
「ハ・・・ハリソン・・・?!」
男を追いかけたものの、逃げられたのか途中で足を止めたハリソンは、すぐに私のところまで走って来た。
「おい、大丈夫か?」
「な・・・なん・・・.で・・・」
「お、おい・・・!」
一気に体の力が抜けて私はその場にへたり込んでしまい、それを見たハリソンは慌てて目の前にしゃがみこむ。
「おい、? どこか怪我でも・・・っ」
「ち・・・ちが・・・こ・・・こわか・・・た・・・」
「わわ・・・!な、泣くなって!もう大丈夫だから・・・っ」
ホっとしたからか瞳からさっき以上に涙が溢れて来て、体もガタガタと震えが止まらない。
引き裂かれたシャツを手で直そうとしても手も震えている。
するとハリソンがジャケットを脱いで私の肩にかけてくれた。
「立てる・・・? 家まで送るから」
「う・・・うん・・・」
ハリソンはそう言って私の体を支え、何とか立たせてくれた。
「あ〜・・・危ない。俺にもっと寄りかかっていいって」
「・・・あ、ありがと・・・」
フラフラしながらも何とか歩きながら、そう言えば・・・何故、ここに彼がいるのだろう? と不思議に思った。
「ね、ねぇ・・・」
「何?」
「ど、どうしてハリソンが・・・ここにいるの・・・?」
私がそう尋ねるとハリソンはチラっと私を見て、再び視線を反らした。
「ああ・・・いや・・・さっき姉さんから電話があってさ」
「・・・トゥルー?」
「そう。"さっき止めたけど、のことだから忠告を聞かないかもしれないし、一応見て来て"ってさ」
「・・・な・・・どういうこと・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
驚いて、そう聞き返すも、ハリソンは困ったように頭をかいている。
その様子に私は、彼も何か知っているんじゃ・・・・・・と思ったが、今はとにかく家に帰りたくて、それ以上は聞かないでおいた。
「ここ?」
「うん・・・・・」
そのままハリソンに支えられるようにして家に戻った私はドアを開けてすぐに中へと入ろうとした。
だが家まで来て安心したのか、急に足がガクっとなり、ハリソンが抱きとめてくれる。
「おい、大丈夫か?」
「ご、ごめんね・・・力が抜けちゃって・・・」
「歩けなさそうだな・・・」
「え・・・? ひゃっ」
突然、体がふわりと浮いて驚いた。
「この方が運びやすい」
「ちょ・・・いいわよ、おろして・・・?」
「いいって」
ハリソンはそう言ってちょっと笑うと私をリビングのソファまで運び、そっと降ろしてくれた。
「あ・・・ありがと・・・」
「いや・・・。もう大丈夫?」
「う、うん・・・」
「そっか・・・。じゃあ俺は帰るけど・・・後で姉さんに電話しといて。そんなんじゃ今日はバイトいけないだろ?」
「うん・・・」
「じゃあな?」
「うん・・・・・・あ・・・あの・・・っ」
帰ってしまいそうになったハリソンを見て、私は思わず彼の服を引っ張ってしまった。
「どうした?」
「えっと・・・」
ど、どうしよう・・・思わず引き止めちゃったけど・・・
まだ帰らないで・・・って言っていいのかな・・・
本当は一人になりたくなかった。
あんな怖い思いをしては一人で夜を過ごす勇気がない。
だが、そんな事を言ってもハリソンには迷惑かもしれない・・・
こうして来てくれたのだってトゥルーに言われて渋々なのかもしれないし・・・
そう思って掴んだ手を離すと彼を見上げて笑顔を見せた。
「ご、ごめん。何でもない」
「そう? 大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・」
心配そうな顔をする彼に、いつもの様に強がりを言ってしまった。
だが、てっきり、サッサと帰ってしまうと思ったハリソンは、ちょっと息をついて微笑むと私の隣に腰をかけた。
「・・・ハリソン?」
「朝までここにいるよ」
「・・・え?」
「怖いんだろ? 一人でいるのが」
「な・・・っ」
「一緒にいてやるよ」
ハリソンはそう言って私の顔を覗き込んでくる。
その彼の優しい大きな瞳に一瞬ドキっとしてしまった。
「い、いいわよっ。怖くないし!」
「嘘つけ。帰っちゃうの?って顔してたクセに」
「・・・(バレてる!) し、してないわよ、私なら大丈夫だからっ」
何だかハリソンに心の中を見透かされた気がして私は顔が赤くなり、そっぽを向いた。
だが不意に肩を抱き寄せられ心臓がドクンっと跳ね上がる。
「な、何よっ」
「ってさ。"大丈夫"って言うの昔からクセだったよなぁ」
「え・・・?」
「ほんとは大丈夫じゃないクセにさ。すぐ強がるからな」
「・・・・・・・・・・・・」
「前からを見てて、そう思ってたんだ。一人で何でも頑張っちゃう姿がいじらしいって言うの?」
「・・・・・・生意気・・・」
ハリソンは私の言葉に、あはははっと笑い出した。
だけど私は何だか胸の奥がギュっと掴まれたような感覚になって涙が出そうだ。
何で、ハリソンなんかに私の心の奥が見えるの?
何で分かっちゃうの?
何で、何で、何で・・・・・・
ただのロクデナシだったくせに、二つも年下のくせに。
そうやって肩を抱く腕だけは男らしくなっちゃったのね・・・
「なぁ」
「・・・・・・?」
「服・・・着替えたら?」
「え・・・?」
「その格好でいられるとさ・・・。目のやり場に困るし・・・俺もさっきの男みたくなりそうだからさ・・・」
「んな・・・っ」
ハリソンはチラっと私の胸元を見て苦笑していて、私はと言えば、その言葉に顔が真っ赤になってしまった。
確かにジャケットは着てるけど、胸元はかなり大きく裂かれていて、ちょっと危ない格好だ。
それに気づき、私は慌ててジャケットを引っ張り胸元を隠すと、ニヤニヤしているハリソンを睨んだ。
("男らしくなっちゃったのね" 前言撤回!)
「 やっぱ最低・・・」
「だって俺も男だしね」
「・・・・・・っ(ヌケヌケと!)」
澄ました顔で、そう言うハリソンを睨みつつ、私はサッサと着替えようとソファから立ち上がった。
「もう寝るっ」
そう言って寝室の方に歩いて行こうとした時、グイっと腕を引っ張られ、気づけば私はハリソンと向い合っていた。
「な、何よ?」
「俺はソファに寝かせてもらっていい?」
「い、いいわよ?」
「サンキュ。じゃ、お休み、」
ハリソンはニッコリ微笑み、そう言うと私の頬にチュっとキスをした。
「・・・・・・っ!」
「あれれ・・・? ・・・顔、真っ赤だぞ?」
「〜〜〜っっ!!」
「あ、照れてるんだ」
「!!て、照れるわけないでしょ!バカ男!!」
バン!!
そう怒鳴って私は思い切り寝室のドアを閉めた。
ドアの向こうではハリソンの笑い声が聞こえて来て、ますますムカツク。
(年下にからかわれるなんてっ!)
「ほんと最低!やっぱりロクデナシだわっ。スケベだしバカだしっ」
ブツブツ言いながら私はクローゼットを開けて着替えを出した。
そして彼のジャケットを脱ごうと手をかける。
「でも・・・さっき助けてくれた時は・・・・・・一瞬だけどカッコ良かったのよね・・・」
今まで見た事もないくらい優しい顔で、"大丈夫か?"と言われた時、ちょっとだけドキっとしちゃったよ・・・
最低の夜。
でも、ちょっとだけハリソンの優しさが嬉しかった。
Nebbish...!
まあ今夜だけは
ろくでなしだけど、でも優しいナイトを送ってくれた親友に・・・"ありがとう"の電話でも入れておこうかな
ブラウザの"戻る"でバックして下さいませv
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うきゃー☆書いちまいました>トゥルー夢!
もうー夕べも見てて何だかハリソン書きたくてウズウズしちゃって!(笑)
別に連載とか考えてないですけどねー。
何か書きたくなれば書くって感じでしょうか^^;
「トゥルーコーリング」好きな方にのみって感じになってしまいますが、
楽しんでいただけると嬉しいです。
【管理人:HANAZO】
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