TRU
CALLING
父と母が亡くなったのは凄い大雨の日で、私はこの雨が一生、降り続くんじゃないかって思った。
還らない日
〜I of that
every day was happy〜
「!」
アパートに入ろうとした時、元気な声が聞こえて来て振り向くと、ハリソンが車から笑顔で手を振っている。
最近、仕事を始めた彼は、よくこうして私に会いに来るのだ。
「どうしたの? 仕事終ったの?」
「そ!だからと食事でもと思ってさ。今日は休みだろ?」
「う、うん・・・まあ」
「じゃあ、ほら乗って乗って」
ハリソンにそう促され、断る理由も見つからないまま、私は車に乗り込んだ。
「じゃあ、どこに行きたい?」
「え? あ・・・とじゃあ・・・近くのカフェでも行く?」
「カフェって・・・もっといい店があるだろ? 何か食べたいものとかないわけ?」
「食べたいものって言われても・・・」
ハリソンの言葉に私が考えていると、彼は少しスネたように、
「だから・・・ディナーイコールデートだろ? もっとイタリアンレストランとかさ・・・」
「デ、デートって・・・」
「何だよ。やなの?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
彼の言葉に困っていると、不意に私の携帯が鳴り出した。
「ちょ、ちょっとごめんね?」
まだスネてるハリソンに、そう言ってから携帯を出し、すぐに出た。
「Hello?」
『あ、? 俺・・・』
「え・・・?」
恋人と別れて以来、こんな風に、"俺"と電話をかけてくる男なんていない。
私は一瞬、誰かのイタズラかと思った。
だが、ふと、その声に懐かしい響きを感じ―
「もしかして・・・マーティ・・・?」
『・・・あ、うん』
受話器の方からホっとしたような返事が返ってきた。
『ごめん、急に電話して・・・。元気にしてる?』
「う、うん・・・マーティは?」
『俺は・・・まあね』
「そう・・・あ、おじさんは? おじさんは元気?」
『ああ。父さんは相変わらず・・・かな?』
「そっか・・・。あ・・・ごめんね? 全然連絡しなくて・・・」
『・・・いや・・・・・・』
私がそう言うと一瞬、沈黙になる。
すると隣のハリソンが私の服を引っ張って来た。
「おい、・・・。誰だよ、マーティって・・・っ」
「ちょ・・・静かにしててよ・・・」
電話を手で押さえてハリソンを睨むと、受話器の向こうから声が聞こえてきた。
『? どうかした?』
「あ、ご、ごめんね? 今、友達・・・と一緒で・・・」
『あ、じゃあ・・・切るよ。ごめん』
「あ・・・ま、待って? 大丈夫だから・・・。えっと・・・それより何か用事だったんじゃ・・・」
『ああ、そうだった・・・っ』
「やだ・・・マーティってば自分でかけてきたんじゃない」
『だね・・・ごめん』
マーティはそう言ってちょっとだけ苦笑した。
そんなところも、ちっとも変わってないなぁと思う。
昔からちょっと抜けたところがあって、よく言えば穏やか、悪く言えば・・・天然? (のほほんキャラとでもいうか)
でも、そんな彼に私はよく助けてもらってた。
マーティといると・・・こっちまで心がノンビリ出来るというか・・・
「で・・・どうしたの?」
『あ、実は・・・今、仕事でこっちに戻って来てるんだ』
「・・・え?! こ、こっちって・・・こっち?! え?」
いきなりの事で驚いて大きな声を出してしまった。
今まで隣で不貞腐れ気味に窓から顔を出してたハリソンもギョっとした顔で振り向く。
『、相変わらずだな? 驚くと何度も聞き返すクセ』
「な・・・笑い事じゃ・・・。ほんとに戻って来てるの?」
『ああ。さっき着いたばかりでさ』
「そ、そう・・・」
『で・・・今週中に・・・会えたらと思って電話したんだ』
「あ・・・うん・・・。分かった・・・」
『ほんと? 良かった・・・。断られるかなって思って心配だったんだ・・・』
「そ、そんなこと・・・」
マーティの言葉にドキっとして言葉を濁すも、彼はちょっとだけ笑って、
『いいよ。気にしないで・・・分かってるから。とりあえず・・・時間空いたら・・・電話してくれる?』
「う、うん、分かった・・・」
『じゃ・・・電話待ってるよ』
マーティはそう言って電話を切った。
私は軽く息をつくと携帯をバッグに戻し、そしてハっと隣を見れば―
「やっと終った・・・?」
「あ・・・ごめん・・・。えっと・・・どこ行こっか?」
「誰?」
「え?」
「男だろ? どこの誰?」
ハリソンはそう言って横目で私を見てくる。
私はそんな彼に苦笑しながらシートに凭れかかった。
「今の人は・・・私の家族・・・みたいなものかな・・・?」
「え? でもの家族は・・・」
「うん・・・私が中学に入った頃・・・亡くなったんだけど・・・。その後、一人ぼっちになった私を引き取ってくれた人がいて・・・」
「そう・・・今の電話はその人?」
「うん。マーティは・・・その人の息子・・・」
「息子・・・って・・・」
「あ、歳は近いんだけど・・・ほんとお兄さんみたいな人なの。母の弟の息子さん」
「じゃあ・・・従兄弟・・・?」
「そうね。父さんは日本人だったけど・・・母さんはこっちの人だから。まあ・・・ケンカしてからは、ずっと疎遠だったらしいんだけどね」
そう言ってちょっと微笑むとハリソンは何故か目を伏せてシートに凭れかかった。
「ハリソン・・・? 食事、行かないの・・・?」
「・・・俺・・・のこと何も知らない」
「え?」
「高校の頃から・・・見てきたつもりだったけど・・・俺は結局、表のの顔しか知らないんだよな・・・」
「ハリソン・・・?」
ハリソンは、あまり普段なら見せないような、少し大人びた真剣な顔をしながら溜息をついている。
そんな彼に戸惑い、そして何を言いたいのか分からず困っていると、ハリソンが私を見た。
「のこと・・・・・・もっと知りたいって言ったら・・・迷惑?」
「え・・・?」
ハリソンの言葉に少しだけドキっとして顔を上げた。
その時、フロントガラスにポツポツっと雨が落ちてきて空を見上げると、あっという間に本降りになる。
ザァァっという音が耳に響き、その雨音を聞いていると、あの日の事を思い出す。
「あ〜降ってきちゃったか・・・」
「雨は嫌い・・・・・・・・」
「え? どうして?」
「思い出すから・・・」
それまでの幸せな日々を失ったあの日・・・
「あの日も・・・・・・こんな風に雨が降ってた・・・」
「・・・・・・あの日・・・?」
「そう・・・二度と・・・還れない日・・・」
私はそう言って窓に打ち付ける雨を、ただ黙って見つめていた―
三日前から降り続いていた雨の中、父と母は土に還った。
「まだ若いのに気の毒よね・・・」
「ほんとに。でも・・・娘さん、どうするのかしら。まだ中学生になったばかりでしょ?」
「親戚と言っても殆ど日本にいるようだけど・・・一人こっちに奥さんの弟がいるって事で、その家に引き取られるんじゃないかしら」
そんな噂話がさっきから耳に入ってくる。
だけど私は聞こえないフリをしてジっと雨の中、両親の入った棺を見ていた。
辺りが白く見えるほど雨が凄くて、足元もすでにびしょ濡れだったけど気にもならない。
雨が流れて土の中に染み込んでいくのを見ながら、私もこのまま土の中に溶けてしまいたい、とすら思った。
傘を持つ手が冷えて、もう感覚すらない。
三日前、突然、家に警察が来て両親が事故に遭ったと聞かされた。
いや・・・正確には事故というよりも事件に巻き込まれたと言った方が正しい。
その日、二人の結婚記念日。
母は朝からソワソワしていて、とても楽しそうだった。
父も、その日の為に母に色々な贈物をするのに早くから準備をしていたようで会社に行く前、
「じゃあ夕方6時に。楽しみにしてて」
と、いつもの得意げな笑顔を見せていた。
母も嬉しそうに微笑んでいたのを覚えている。
私が学校に行く時も優しい笑顔で送り出してくれて、
「そんなに遅くならないうちに帰るわ?」
なんて照れたように言っていたけど、私は「ゆっくりしてきて」と声をかけ、学校に向ったのだ。
それが両親と会った最後だった。
夜、二人は食事をした後、近くのバーに行った。
そこで少しだけ飲んだ後、二人はタクシーに乗り込み、家へと向かったそうだ。
だがその帰り道、パトカーに追われ、猛スピードで逃げてくる車と、両親の乗ったタクシーは正面衝突。
タクシーは吹っ飛ばされ、対抗斜線に飛び出し、また他の車に激突。
そのタクシーの運転手を含め、父と母も即死状態だったそうだ。
その逃げてきた車を運転していた男は麻薬犯罪の常習犯で、その事故当時もかなりの量の薬をやっていたらしい。
それに加え、朝から降り続いていた雨のせいでハンドルを取られ、対抗斜線からはみ出し、両親の乗るタクシーに激突した。
だが結局、その男は骨折などの怪我だけで済み、警察に捕まった。
そんな下らない男のせいで両親が亡くなったのかと思うと悔しさで一杯になる。
事故を引き起こした男は今ものうのうと生きているのだ。
でも不思議と涙は出なかった。
まだ実感が湧かないのかもしれない。
まさか・・・自分の両親が、あんな事故で死んでしまうなんて誰が想像するというのか。
傷だらけの冷たくなった二人に最後に触れた時、人間の体はこんなにも冷たいものなのか・・・と怖くなった。
どこか不器用で、怒るとちょっと怖いけど私には甘かった父と、そんな父をいつも笑顔で支え、とても優しかった母。
二人はもう・・・二度と戻らない。
そう思ったら急に寒さを感じ、体温が下がって行くのが分かった。
手が冷たい。
足が冷たい・・・
心まで凍りつくような雨・・・
「・・・」
不意に名前を呼ばれ、ゆっくりと振り向けば一人の男の子が立っていた。
優しそうなブラウンの瞳が印象的で歳は私と同じくらいだろうか。
その少年は大雨の中、私の方に歩いて来ると、優しく微笑んでくれた。
「・・・僕、マーティ」
「マーティ・・・。ああ、ビルおじさんの・・・息子さん?」
「そう。今日から君と僕は・・・家族になるんだって」
マーティはそう言うと、そっと私の手をとった。
彼の手はとても暖かく、冷え切った私の手を包んでくれる。
「泣かないで・・・」
「・・・泣いてなんか・・・」
そう言った瞬間、瞳から暖かい涙が溢れ頬を伝って行った。
私は、この温もりが欲しかったのかもしれない。
人は・・・本来、こんな風に暖かいものなんだ、と確認したかったのだ。
その日から、私に新しい家族が出来た。
「二人はとても良くしてくれた。ビルおじさんは私の事を本当の娘のように可愛がってくれたし、マーティも、ほんとのお兄さんみたいで・・・」
何となく昔の事を思い出し、独り言のように話し始めた私の話を、ハリソンは黙って聞いていてくれた。
だが、ふと私の方を見て、
「じゃあ・・・どうして・・・家を出たの? 高校卒業と同時に家を出たんだろ? トゥルーが言ってた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ハリソンの問いにハっとして目を伏せると、彼は小さく溜息をついた。
「マーティと・・・何かあった・・・とか?」
「え・・・?」
「だから家を出たんじゃないのか?」
「ハリソン・・・」
その言葉に驚いて顔を上げると、ハリソンは少し悲しげな顔で私を見ていた。
そんな彼にちょっと微笑むと小さく首を振る。
「そんなんじゃないわ? 彼はお兄さんみたいなもので・・・」
「でも向こうはそうじゃないかも―」
「ハリソン・・・ほんとに違うの。私がおじさんの家を出たのは・・・自立したかったから・・・」
「自立・・・?」
「そう。いつまでも、おじさんに迷惑かけたくなくて・・・一人で頑張ってみたくなったの」
「・・・」
「おじさんは・・・せめて大学を出るまではって言ってくれたの。でも・・・私は強くなりたかった。誰にも頼らず一人でも生きていけるように」
そう言って軽く息を吐き出すと、ハリソンは目を伏せ、苦笑いを浮かべた。
「そっか・・・だからか・・・」
「え・・・?」
「は、そうやって生きてきたから・・・俺みたいな奴見てるとイライラするんだろ?」
「それは・・・。でも今はハリソンだって、ちゃんと仕事してるし・・・正直、見直したわ?」
「ほんと・・・?」
「ええ。それに・・・私だって半分は・・・おじさん達と住んでると、二人とも気を使うから、
いつまでも両親の事を忘れられないから家を出たようなものでもあるし・・・・」
「・・・」
「だから、あまり連絡も取ってなかったの。会ったりしたら、また甘えちゃうような気がして・・・ほんとは寂しかったし。
でも、おじさんもマーティも私の気持ち分かってくれて、何も言わずに見守ってくれてる・・・」
そう言ってハリソンを見ると、彼はいきなり私を抱き寄せてきた。
「ちょ・・・ハリソン・・・?」
「寂しいなら何でそんなに強がるんだよ・・・」
「・・・え?」
「誰だって・・・一人になったら寂しいだろ? 無理する事ないよ・・・」
「ハリソン・・・」
彼の言葉に驚いて顔を上げようとすると、ハリソンはまたギュっと抱きしめてくる。
「俺だって・・・物心ついた頃に母さんが死んじゃって・・・凄く寂しかったの覚えてるよ。でも俺には姉さんたちがいたしさ・・・」
「でもお父さんは・・・」
「俺達兄弟は・・・父さんのこと許してないんだ。特にトゥルーはね」
「え・・・?」
その言葉はどこか冷めていて少しだけドキっとした。
トゥルーが父親のことを嫌っているのは何となく分かっていたが、ハリソンまでが何かしら父親に対して思う所があるようだ。
だがハリソンはそれ以上何も言わず、いきなり私から離れた。
「っと・・・ごめん・・・!俺・・・」
「ハリソン・・・?」
いきなり抱きしめたかと思えば、今度は急に離れて慌てて謝っている姿に、私は思わず吹き出してしまった。
「何よ・・・ハリソンらしくない」
「いや、だって・・・」
「ありがとう・・・」
「え?」
彼の優しさが伝わって、私は素直な気持ちを口にした。
「ね、お腹空いちゃった。早く食べに行こう?」
「ああ・・・そうだな」
私がそう言うとハリソンは急いでエンジンをかける。
だが車を出そうとせず、ハリソンの方に顔を向けると、彼は何か言いたげに私を見た。
「ん? どうしたの?」
「あの・・・さ・・・。俺は・・・今は頼りないと思うけど・・・頑張るから・・・だから・・・」
「え・・・?」
ハリソンはそこで言葉を切ると、ちょっとだけ微笑み、
「何でもない。じゃあ・・・食事に行くか」
と言ってアクセルを踏んだ。
彼が何が言いたかったのか、よく分からず首を傾げたが、ハリソンの横顔は、いつもよりも少しだけ男らしく見えた。
それに・・・今日は・・・少しだけお互いの事を知れたような気がして・・・。
きっと誰でも・・・"還らない日"を心の奥に持ってる。
幸せだった日と一緒に―
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今回のは、ちょっと過去の傷に触れてみたというか・・・意味不明&暗くてすみませ・・・っ;
これ短編で書いてたつもりなんですけど何となく続けて書かないとダメかなぁなんて思ってきちゃってキツイ(苦笑)
続けて書くなら、ちゃんとした連載で話を作りたいしなぁとか思いつつ・・・むむむ・・・悩みどころ。
あ、それと知ってる方もいらっしゃると思いますが、「トゥルーコーリング」が8月からテレビ東京で放送決定しました!
パチパチパチ〜〜♪という事で放送スケジュールをアップしてあるので、興味のある方はそちらをご覧になって下さいね。
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【C-MOON...管理人:HANAZO】
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