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■STEP.1 まいど、ハッピー                                  /僕らのせんせい/





この日のロスは快晴。
暖かな日差しが庭に降りそそいで、この家の主を照らしている。
この家の主、ショーンは目を細め、青く染まった空を見上げた。
大きなリビングから一歩、庭へと足を進め、これまた大きな庭に置かれているチェアーに座る。
高価だとしかいいようのない重みのあるガウンを着込んでいる姿は、どう見てもどこかの会社の社長クラスにしか見えない。
だが目の前の庭を走りまわっているのは真っ黒なドーベルマン、そしてブラックスーツに身を包んだ強面の男達がウロウロしている辺り、
普通の会社の社長とは思えないだろう。


ショーンはそんな目の前の光景には慣れているのか、さほど気にする事もなく小さな欠伸を零すと
先ほど運ばせておいたブラックコーヒーを一口飲んだ。
そして手にしていた葉巻を咥え火をつけると、すぐに辺りは独特な香りに包まれる。
彼が愛煙しているのはブランド・モンテクリスト&最高峰のブランド・コイーバでキューバ産ハバナシガーだ。
コイーバはバナ葉ならでは豊かで深みのあるアロマ、煙に重ささえ感じてしまう様な紙巻きたばこでは絶対味わえない
素晴らしい余韻が残る。
ショーンは毎朝、必ず一本をここで吸うのが日課だった。
ゆっくり煙を燻らし香りを楽しみながら、ふと彼の額に深い皺が刻まれる。
腕にしているダイヤが散りばめられた豪華な時計に目をやれば、そろそろ時間だとでも告げるように秒針が動いた。
そこでショーンはチェアーから少しだけ体を離すと、いつの間に来ていたのか後ろに立ってる男の名を呼んだ。


「おい、ジョン」
「はい、ボス」
「おい…私はもう引退した身だぞ?ボスと呼ばなくていい。それより…孫は…は起きたか?」
「申し訳御座いません。では大ボス…。お嬢はそろそろ起きてくるかと」
「大ボス…まあいい…。しかしそうか…。まあ…あの子は呑気だからな…」
「大丈夫ですよ。夕べは遅刻しないようにと早めにお休みになられましたしからな」


ジョンと呼ばれた男はそう言うと優しい笑顔を見せた。
ガタイもよく、顔もかなり怖いのだが優しい瞳からはジョンの人柄が見てとれる。
ショーンも彼には気を許しているのか、少し微笑むと再びチェアーに寄りかかり葉巻を吹かす。
そして思い出したように、


「そう言えば…この間のバリーの件は調べてるのか?」
「はい。今、ジュニア…失礼。ボスがニューヨークで調べてますが…分かり次第、ご報告させて頂きます」
「分かった…。ああ…が起きたようだな?」
「え?あ…ほんとですな」


ショーンの言葉を裏付けるように二階から何やら慌てたように階段を下りてくる足音が聞こえてくる。
それを聞きながらショーンはちょっと苦笑すると、


「どうやら我が孫は本当に行くつもりのようだ…」
「ええ。お嬢の子供の頃からの夢でしたし…」
「まあ…心配だが仕方ない…。あそこの校長にはよく頼んであるしな」


ほんの少し顔を顰めつつも、そう自分に納得させるかのように呟くショーンにジョンも軽く頷いて見せた。


「ああ、ビーンボーイはどうしてる?」


ショーンがゆっくりとチェアーから立ち上がりジョンの方に向き直った。


「彼はすでに車の中で待機してます」
「そうか…。なかなか準備がいいな」
「そりゃお嬢のお目付け役になったんですから、あいつもそれなりに重みを感じているんでしょう」


ジョンがそう言うとショーンは満足げに頷いた。
と、そこへリビングのドアが開き、可愛い孫が顔を出した。
何やら慌てているのは変わっていないようだ。


「あ、おじい様!どうして起こしてくれなかったの…?20分、寝過ごしてしまったわ?」
「おお、。今日も花のように可愛いな?」


さっきまでの渋い顔はどこへやら。
愛孫(?)、の顔を見るなりショーンは顔を緩ませた。
が、当の本人は抱きしめてきた祖父を軽くハグして、すぐに離れる。


「もう行かなくちゃ…。今日は早めに来てくれって言われてるの」
「何?そうか…。でも朝食は?」
「今日はいいわ?初日から遅刻出来ないもの…」


はそう言うとジャケットを羽織り、乱れた髪を軽く直した。
どうやら寝坊したせいでセットも出来なかったらしい。
メイクも普段と変わらないくらいに薄いままだ。
だがその瞳はキラキラしていて今日の太陽のように輝いている、とショーンは思った。
母親譲りの奇麗な黒髪を胸まで伸ばし、その大きな瞳も髪と同じく黒水晶のように揺れている。
父親譲りのスっと伸びた鼻に色白の肌は可愛らしい顔立ちを引き立たせていた。


「じゃ、行って来ます、おじい様、ジョン!」
「ああ。外にビーンボーイが待っている。彼の車で行きなさい」


すでにエントランスへと出て行ったにそう声をかける。
すると、すぐに「自分の車で行くからいい」と返事が返ってきてショーンは慌ててエントランスまで駆けて行った。
(彼が走るなんて滅多に見れない)


「お、おい!ダメだ、一人で行くなんて!もし誘拐でもされたら―」
「もう、おじい様…。私、子供じゃないのよ?」


ドアを開けたまま振り返ったの頬はかすかに膨れている。
だがショーンは軽く息をつくとの事を抱きしめた。


「私にとったらお前は今でも子供だ…。それに子供じゃなくてもお前を攫えるような奴は沢山いる」
「……でも」
「頼むからビーンボーイと一緒に行ってくれ。じゃないと心配で出かけられん」
「………」


父の哀願には困り果て、ついに小さく頷いてしまった。
仕事へ行くのに送り迎えつきなんていい、と何度も言ってあったのだが、そこだけは譲れないようだ。


「分かったわ…?…彼の車に乗っていくから…」
「そうか?ならいい。頑張って来い」
「はい、おじい様」


祖父の言葉に笑顔で頷くとはショーンの頬に軽くキスをして、「行って来ます」と元気に外へ出て行った。
そんな孫を見送ると、一気に疲れが出て思い切り溜息をつく。


「無事に出かけられましたか?」
「…ああ、ジョン…。ほんと心配で嫌になるな…。仕事なんでしないでいいものを…」


ショーンはそう言うと苦笑を零し、出かける用意をするべく二階へと上がって行った。

















***ジョンマーシャル高校***










この日、教頭のブラッドはいつにも増して渋い顔をしながら職員室へ入って来た。
神経質そうに何度も耳を隠すほど伸びている髪を手で撫で付け、ブスっとしたまま自分の席へと座る。
教師たちは関りたくないのか、誰も視線を合わせようとしない。
が、何故ブラッドが機嫌が悪いのか、というのは誰もが知っていた。
きっと3年生―例のクラスの生徒の事で父兄に文句を言われたからだろう。
しかもそのクラスの担任が胃潰瘍で倒れ急遽入院。
あげく昨日、見舞いに行った教頭に、「どうか辞めさせて下さい…」と泣きついたという事だった。


「この、人が足りない時に…」


とブラッドは小さくボヤいた。
いくらこの学校一、最悪なクラスと言えど担任のいないまま放っておくわけにはいかない。
だが他の教師は全て自分のクラスを持っており、他のクラスまで見る余裕などないのだ。
それにあのクラスだけは勘弁して欲しいというのが教師たちの願いでもある。
それで朝一に校長に相談に行ったはいいが当の校長は「まあ何とかなるでしょう。今日から新しい先生も来る事ですしね」と呑気な事を言われた。


「ったく…新人の…しかも女の先生にあのクラスなど無理に決まってる…っ」


イライラして、つい口から文句が出た。
周りの教師たちにも聞こえているのだろうが、誰もが聞こえないフリをして授業の用意をしている。
ブラッドは忌々しげに彼らを睨み、ふんっと鼻を鳴らした。


(全く…責任のない奴らは気楽でいいな…)


内心そう怒鳴りたいのを堪えながらコツコツと指で机を叩き始めた。
そこへ美術教師のヴィゴが入って来た。
資料室へ行っていたのか、両手に重そうな本を抱え、自分の机に運んでいる。
この教師の中でまとも、と言ったら彼くらいだが、ブラッドはヴィゴが苦手だった。
権力に屈さず、誰であろうと間違ってると思えば自分の意見をストレートにぶつけてくる。
教頭のブラッドに対しても、よく口答えをするのも彼だった。


(あの男に頼んでもいいが…ヴィゴの事だ。まずは自分のクラスを優先させるだろう。教師を見つけるのは上の者の仕事だと言いそうだ)


ブラッドは軽く頭を振ると腕時計を見た。
そろそろ新任の教師が来てもいい頃だ。


その時―
ドアがガラガラっと音を立てて開き、ブラッドは顔を上げた。
だが入って来たのは新任の教師ではなく、この学校の科学の教師、ジゼルだった。
相変わらず派手な化粧に短いスカートを履き、高いヒールをカツカツ鳴らして歩いて来る。
それでもブラッドは彼女にだけは愛想よく笑顔を見せた。


「おはよう、ジゼル」
「あら、教頭。おはよう御座います。どうしたんです?疲れた顔して」
「いや…ははは…。何でもないよ」
「そう?それより…」


引きつった笑顔を見せたブラッドを見もしないでジゼルはグルリと職員室を見渡した。


「新しい教師はまだ?」
「あ、ああ。まだ…のようだな?全く…最近の若い女はだらしがない」
「あら、若い女って…私のことかしら?」
「い、いや、そんなつもりじゃないよ、ジゼル」


ブラッドは慌てて否定し、すぐに笑顔を見せる。
ジゼルはちょっと微笑むと、「私と歳が近いって言うし楽しみだわぁ」と自分の机へと歩いて行った。
そんな彼女を見ながらブラッドは小さく息を吐き出した。
そして足を組んで座っている彼女を見て胸をときめかせる。


(はあ…今日も彼女は美しい。一度、デート出来たら…)


そう、この教頭、実はジゼルに惚れていた。
なので彼女がどういう態度をしようが、どんな格好で授業をしようが何も言えないのだ。


「ふぅ…」


一気に緊張したせいでブラッドは額の汗を拭った。
そして再び時計に目をやる。


「ほんと遅い…」


さっきのイライラが再び彼を襲う。
新任のクセに、とでも言いたげに机を指でコツコツ叩きながら早速、来たらイジメてやろうとさえ考えていた。





















「着きましたよ、お嬢様」
「え…?あ!ありがと、ショーン!」


夕べ緊張してなかなか寝つけなかったせいか、移動中はウトウトしていたが車が止まった瞬間、勢いよくドアを開けた。
それを見てショーン・Bも慌てて車を下りる。


「お嬢…!」
「……っ」


大きな声で呼ぶとは焦ったように振り向き、戻って来た。


「もう…ショーン…。その"お嬢"って呼ぶのやめてって前に言ったじゃないの…」
「あ、すみません。でも―」
「やめてくれないと私も"ビーンボーイ"って呼ぶわよ?ただでさえおじい様と同じ名前で紛らわしいんだから」


少しスネたようにはショーンを見上げた。
は小柄なので身長の大きなショーンと目を合わせて話すのは大変なのだ。
ショーンは困ったように頭をかいていたが、ここで躊躇っては彼女が帰りには口も聞いてくれないと思い、仕方なく息を吐き出すと―


「分かりましたよ…。行ってらっしゃい、さん」
「…"さん"もいらないんだけど…」
「それだけは無理ですよ。ほら時間がない…急がないと…」
「あ!いけない…じゃ、じゃあね、ショーン!」
「はい。あ!帰りも迎えに来ますから!」


校舎へと走って行くにそう声をかける。
今のが聞こえたのかどうか分からなかったが、とにかく朝のお勤めが終った、とショーンは軽く息を吐き出した。
そして車に戻ろうと振り返ると―




「うわ、これ凄くない?何て車かな?」
「バーカ、オーリー。これ知らないの?ポルシェだよ、ポルシェ!」
「げげ!マジで?すっげぇー俺、初めて見ちゃったよ!ねね、でもキーついたままだよ、リジー」
「わ、バカ!触るなって!これ凄い高いんだぞ?」
「…オーリーの指紋がついちゃ、この車の価値も下がるな」
「うっせぇ、ドム!」


「………」




何故かショーンの車の傍でギャーギャー騒いでる高校生が数人群がっていた―



























***レオ***









「ふぁぁぁ…」



大きな欠伸をしながら腕を思い切り伸ばすと煙草を口に咥えた。
夕べの酒が残っているのか、かすかに頭が痛い。
テーブルの上にはビールの瓶やウイスキーの瓶が転がっていて胸が悪くなる。
この部屋全体がアルコールの匂いで埋れてるようだ。


「はぁ…遅刻だな、こりゃ…」


時計を見て苦笑が洩れる。
まあどうせ担任は入院したし、どうせ時間どおりに行く気もない。
ただ…


ふと後ろを見れば女がうつ伏せのまま眠っている。
夕べ、パーティで知り合った女だ。
来ていた中でも一番いい女で名前は確か…


「…っけね…。忘れたかも…」


軽い二日酔いも手伝ってどう考えても女の名前が思い出せない。


「まあ…いっか。もう会う事もねぇし…」


だいたい、いつもこんな感じだ。
パーティと称した合コンノリの場に行って好みの女を引っ掛ける。
それで気が合えば、こうして女の部屋に来てセックスをして終わり。
その後に関係が続く事もない。
って言うのも女が寝てる間に俺が連絡先も言わずに先に帰っちゃうからなんだけどな。


煙草を吹かし服を着ようと夕べ脱ぎ散らかした服を取ろうと床へ手を伸ばした。
が、その時、不意に背中に温かいものが触れ、ドキッとする。


「…どこ行くの…?」
「あ…起こしちゃった…?」


(チッ。起きる前に帰ろうと思ったのに)


内心、そう思いながら引きつった笑顔を見せた。
女は身体を起こさないまま、俺の方に擦り寄ってくるとギュっと腰に腕をまわしてくる。


「…まだ8時よ…?もう少し寝たら…?」
「…ん〜でも、あんま長居すんのもさ…」
「大丈夫よ…?誰も帰って来ないし」


女はクスクス笑いながら更に俺の方に身体を寄せる。
タオルケットが少し肌蹴たまま白い肩が艶やかに光っていて、ちょっとそそられる。
25〜6歳とか言ってたっけか。
夕べしていた濃い目のメイクはすっかり取れて今はノーメイクのようだ。


(へぇ…こうして朝の顔を見るとちょっと幼く見えるな…)


そんな事を思いながら煙草を消すと素早く彼女の隣に潜り込み上に覆い被さった。
女は驚く様子もなく、ちょっと微笑むと白い手で俺の頬をゆっくりと撫でる。


「ねぇ…レオって…本名?」
「ああ、まあね。どうして?君は本名じゃないの?」


何とか名前を聞き出せないかと尋ねてみる。
が、女はクスクス笑い、「もちろんよ」と言うだけ。
まあ名前なんて知らなくても何とかなるか…と再び時計に目をやった。


「いっけね…そろそろ行かなくちゃ」
「…え?どこへ?仕事はしてないって言ってたじゃない」
「ああ…仕事はね。でも学校があるんだ」
「……え?」


俺の言葉に女は驚いたように目をパチクリさせた。
それも仕方ないだろう。
夕べ、俺は年齢も何も答えず、この女とここへ来たんだから。


「レオ…学校って…もしかして大学生なの…?」
「ぶー」
「…?」


苦笑しながら彼女を見ると、ますます訝しげな顔で俺を見つめてくる。
そろそろ教えてやってもいいかな?
"夕べ、あんたを抱いた男は実は18歳で現役の高校生だ"って。


俺は少し体を起こし上から彼女を見下ろした。


「レオ…?」
「ごめんね、"お姉さん"。俺さ、18歳なの。高校3年生ってのが今の俺の仕事」
「―――っ」


驚愕――と言ってもいいだろう。
彼女の驚きようといったら。
肌蹴ていた胸元を慌ててタオルケットで隠し、バっと壁の隅に行ってしまった。


「…嘘…でしょ…?」
「いいや、悪いけどほんと。俺、夕べ年齢言ってないだろ?だから嘘ついたってわけでもないし」


床に落ちたシャツを拾い裸のまま羽織る。
もう後ろを振り向く気もない。
このまま服を着てこの部屋を出て行くだけだ。
そして、この女ともこのまま、ハイさよならってなもん。


俺はボタンを留めながら、今日のランチ、ジョシュと約束してたっけ…。じゃあ"フレッド"でも行くかな…と呑気に考えていた。
と、その時、急に首に腕が回り背中に重みを感じた。


「…何?」
「…帰るの?」
「ああ…。まだ用でもあるの?高校生の"ガキ"に」



ちょっと笑って少しだけ振り返ろうとした。
が―凄い力で引っ張られたかと思うとベッドに押し倒された。


「…この展開は予想外だな…」
「私もよ?」
「じゃあ…何で?怒ってないわけ?」
「…ビックリはしたけど…怒ってないわ?」


女はそう言って夕べと同じように妖しく微笑んだ。


「ちょっと…残念ではあるけど」
「残念?」
「ええ…年下かな、とは思ってたけど22歳くらいかと思ってたの」
「"お姉さん"は何歳?」
「24歳よ?って…その"お姉さん"ってやめてくれない?ジュリアンよ、ジュリアン・レイルズ」
「あー」
「やっぱり忘れてた?」
「…ごめん」


痛いところを突かれ俺は苦笑いを浮かべた。
ジュリアンも苦笑しながら頬を撫でていた手を下ろし今度は俺の胸に手を置くとツツ…っと指でなぞってくる。
そして顔を近づけると、「まだ…いてくれる?」と熱っぽい声で囁いた。


「へぇ…いいの?こんな"ガキ"で」
「ガキ?あなたのどこが?」


ジュリアンはそう言うとゆっくりと俺の唇を塞いで深く口付けてきた。
俺もキスを返しながら、まあいっか、と彼女の誘いに乗る事にする。


(ジョシュとのランチもギリギリかな…)



…なんて、親友の仏頂面が頭の隅に浮かんだが、それもすぐに女の熱で消えて行った。



















***職員室***







「…今日から頑張ります」



は目の前の同僚となる人達を見て挨拶をした。
―何とか走ったおかげで遅刻を免れたのだ。
それぞれ自己紹介を終えると、教頭が難しい顔でを見る。


「大丈夫かね?」
「あ…は、はい、あの…頑張ります」
「まあ…通常なら…新任の教師には暫く他の先生についてもらうんだが…今は人がいなくてね」
「はあ…」


は何とか返事をしながらも内心では踊り出したいくらいに舞い上がっていた。
何せ赴任早々一クラスの担任に抜擢されたのだ。
入院してしまった先生には悪いが、教師を夢見ていたにとっては踊り出したいくらいに嬉しい事だった。


「まあ…じゃあ君の受け持つ教室は5階にあるから。ああ、ヴィゴ」
「はい?」
「彼女をG組に案内してやってくれ」
「はい」


先ほど丁寧に自己紹介をしてくれたヴィゴが歩いて来てはホっとしていた。
この苦虫を潰したような顔の教頭は何となく苦手に感じたのだ。


「あの…お願いします」
「うん。じゃあ私についてきて」
「はい」



は促されるままヴィゴについて職員室を出て行ったが、残った教師たちは不安そうな顔で二人を見送っていた。














「あの…」
「ん?何だい?」
「私が受け持つクラスって…どんな感じですか?」
「え?」
「教頭に雰囲気だけでも聞こうと思ったんですけど何も教えてくれなかったので…」
「ああ…」


の言葉にヴィゴは苦笑を洩らすと小さく頷いた。


「確か…D組までは女子もいるのに…その後のクラスは男子ばかりだとか…」
「そうなんだ。まあ人数は多いわりに女子が少ない学校でね。まあ、そういう振り分けになってるんだよ」
「そう…ですか。じゃ私の受け持つG組も…」
「ああ。男子しかいないよ。不安かい?」
「いえ…全然」


がそう言って微笑むと、ヴィゴはキョトンとした顔をしたが、すぐに笑い出した。


「いや…大した度胸だ。私でも初めて担任を持った時は緊張したんだけどな」
「私…土壇場で強いみたいです」
「そりゃ頼もしい…。でも…」
「え?」


ヴィゴはそこで言葉を切ると廊下の途中で止まった。
そこは、まだ4階だった。


「あの…」
「私のクラスはこの階でね。君のクラスは…この上だよ」


ヴィゴはそう言って目の前の薄暗い階段を指さす。


「この上には三つしかクラスがない。E組、F組、そして君のクラスのG組」
「はぁ…」
「上がれば…教室はすぐ分かるから」
「はい。あ、あの…」
「気をつけて。もし…危険だと思ったら、すぐ下に下りておいで」
「…?」


ヴィゴの言葉には首を傾げた。
が、ヴィゴは腕時計を見ると、「ああ、時間だ。それじゃあ後で」と笑顔で手を上げ、廊下を歩いて行ってしまった。
取り残されたは軽く息をつくと目の前の階段を見上げ、ゆっくりと上がっていく。


(どうして4階にも教室が開いてるのに、その三つだけが5階にあるんだろう?)


小さな疑問が浮かんだがそれでも初めて自分の生徒、というものが出来る喜びの前ではそれは本当に小さなものに過ぎなかった。


「よし…行こう」


階段の途中で大きく深呼吸をするとは一気に階段を上がって行った。


















***3年G組***








「なぁ。レオは?」
「ああ、ジョシュ。それがまだ来てないんだよねぇ〜」


オーリーはそう答えると呑気にコミックスを読みながらケラケラ笑っている。
ジョシュは時計を見て溜息をつくと、「あいつ…また女の家だな…」と呆れたように呟いた。
仕方ない、と自分の席へ戻り椅子に座る。
だが長い足が持て余したように通路へと伸びて彼が椅子に寄りかかるとミシっという苦しげな音を立てた。


「ッチ…。オンボロ椅子め…」
「仕方ないよー。ジョシュが大きすぎるんだってば!何て言っても188センチだもんねーよく育ったよね、何食べたの?」
「…うるさい、オーリー。それにお前だって180あるし十分、でけぇよ…」


コミックスから顔すら上げずに話し掛けてくるオーリーの後頭部をジョシュは拳で突いた。(彼の席はオーリーのすぐ後ろなのだ)


「ぃたっ。もぉー何ですぐ暴力で訴えるかな…。レオと同類だよ、ほんと」
「へぇ、そういうこと言っちゃう?それ俺の親友の前で言えるのかな?オーランドくん」
「ゥゲ!嘘!嘘です、ジョシュさん!」


よほどレオが怖いのか、オーリーは読んでいたコミックスを放り投げグルリンと後ろを振り向いた。
途端にジョシュの口端がニヤリと上がり、眉毛までが得意げに上がる。
オーリーは両手を合わせて必死に拝みつつ、「どうかレオには内緒って事で…」とヘラヘラ笑った。


「はいはい…言わねぇよ…。その代わり…ランチ付き合え」
「もちろんさ!どこにでも行くよっ」
「お前の驕りな」
「………」


ジョシュはそう言うと机の中から雑誌を取り出し、その長い足を片方だけ机の上に乗せた。
オーリーはもう何も言えず、スンスンと鼻を鳴らしながら先ほど放り投げたコミックを拾おうと屈んだ、その時。
目の前に汚い靴がダンっと音を鳴らし現れた。
オーリーが恐る恐る顔を上げるとそこには―


「リ、リジィ…な、何だよぉ…お前まで怖い顔して―」
「せっかく貸してやったのに放り投げたな…」
「あ―!」
「返せよ。もう貸してやんねぇ…」
「うわ、ちょ…ごめんて、リジー!それまだ読んでないーー!」


プンスカ怒ってコミックスを没収したリジーをオーリーが追いかけて行く。
が、いつもの事、と誰も気にしない。
そこへけたたましい足音が響き、ガララと教室のドアが開いた。


「おい、大変だぞ!」


走りこんできたのはドムだった。
慌てた彼を見てジョシュは雑誌から目を離すと、「何だよ、何が大変?レオが不純異性交遊で捕まったとか?」なんて笑っている。


「うわ、ジョシュ、それ笑えねぇから!ってかマジありそうだし!」


ジョシュの方まで走って来たドムは慌ててるわりに、まともな突っ込みを入れ、ジョシュの隣の席、つまりレオの席へと座った。


「じゃあ何?それ以上の大変って」


ドムの突っ込みに笑いながらジョシュは雑誌をバサっと机に置くとおもむろに煙草を咥えた。
それを見てドムが手下よろしくライターで火をつけてやっている。(慌ててるわりに気の利く男だ)


「あ、そ、そうだった!あのさ、俺らの担任もう決まったんだって!」
「…はあ?マジで?だって、あのバカが入院したのって夕べだろ?」
「いや、それがさ…今日から新任教師が来ることになってたらしくって…そいつで間に合わせたようだぜ?」
「何だよ、それ…うぜぇ…」


ドムの説明にジョシュは思い切り顔を顰めた。


「な?せっかくバカを追い出したと思ったのに…。こんなすぐ決まるなんて予想外だ…」


ドムも思い切り溜息をつくとグッタリと頭を項垂れた。
そこへ騒いでいたオーリーやリジーもやってくる。


「なに、なに?新しい担任?」
「そーなんだよ!それが今日来たばかりの新任らしくてさ!」
「げ、マジで?どんな奴?」


と、リジーもドムの方に身を乗り出した。
その時―――




「…こんな奴ですけど…」



「「「「―――――っ!!」」」」




そこにいた全員がぶっ飛んだ。
ジョシュ達以外に他の生徒もそれぞれ遊びを止めて声がした方に一斉に視線を向ける。


その視線の先には、この男だらけのクラスには不似合いな……女の子と言ってもいいくらいの女が立っていた。






















「ふぁぁぁ…」


またしても特大の欠伸をしつつ、俺は校門をくぐり校舎へと歩いて行った。
すでに午後の1時半。
とっくに午後の授業が始まってる頃だ。


(あー疲れた…。あのまま家で寝とけば良かったな…)


そう思いながらノロノロと校舎に入り、階段を上がっていく。
何気に身体がだるいのは朝からあの女と頑張ったせいだ。


「ふぁあ…」


また欠伸が出て涙が目に滲む。
あの女、相当おかしかったな、と思いつつ頭をガシガシかいた。
普通なら18歳と聞けばビビるのに、それを聞いても俺と関係を持つなんて。
まあまあイイ女だったし男には不自由してなさそうだけど。
(連絡先まで教えてくれたし、また会いたいって言われてさすがにちょっと驚いた)
煙草を咥え、火をつけると少しは頭もスッキリする。
(校舎の中だろうが外だろうが俺には関係ないのだ)


あれから寝ないであのジュリアンと一戦交えたのだ。
しかも二回も…(ん?って事は二戦交えたって事か…)
気づけば11時半で慌てて女を振り切って家に戻り着替えて来たのだ。


「はぁ…ジョシュ、怒ってっかな…。あいつ、ああ見えて約束とかにうるせぇからな…」


煙草の煙を吐き出しながら長い階段を上がっていく。
これがまた面倒くさい。
何で5階まで上がらなきゃいけねーんだ…


やっと5階に辿り付いた時には、すでに帰りたくなっていた。
が、ここまで来たからには顔を出さないとジョシュの奴に後でネチネチ言われそうだ。


そう思いながら薄暗い廊下を歩いて行くと、いつもなら他のクラスの奴らが遊んでいるはずなのに今日は姿が見えない。
おかしいな…と思いつつ自分のクラスの方に曲ると―


「ぉわ!な、何してんだよ?!」
「ああ、レオ!」


俺のクラスの前には大量の男どもが群がっていた―!


「な、何覗いてんだ?俺のクラスで何か面白い事でも―」
「え、知らないの、レオ!」


隣のクラスの顔見知りの奴が驚いたように俺を見た。
他の奴らも一斉に顔を見合わせている。
その様子に首を傾げつつ、「知らないって…何を?」と尋ねた。
すると、そいつはクラスの中を指さしながら、「新しい担任が来てるぞ?」とニヤニヤする。
その言葉に唖然とし、「は?」と間抜けた声を出してしまった。


「新しい担任って…嘘だろ?だって…」
「いいから見てみろよ!今までと違って女なんだって」
「はあ?!女ぁ?!」


それには更に唖然として俺はドアの窓から中を覗いて見た。
すると確かに教壇のところに人影が見えて―


「な、何、あいつ…ちっちゃ!」


教師用の机の影から見えた女(らしき影)に俺はまたしても驚いた。



「何だよ、あれ。小学生か?」
「違うよ。22歳だってさ!ちっこいけど」



そいつはそう言って笑うと、「女の担任って初めてだろ?あんまイジメんなよ?なかなか可愛いからさ」と俺の肩をポンっと叩いた。
だがそれに返事をする事もなく、俺は思い切りドアを開けて中へと入る。


シーンと教室中、静かになった。
それを無視して俺はいつものように自分の席へと歩いて行くとジョシュが何とも言えない顔でこっちを見た。
オーリーなんかはニコニコしていて、その顔がムカつくから意味もなく殴りたくなってくる(!)
チラっと廊下を見ると、まだあいつらは興味津々で中を覗いていた。
と、そこへ―



「レオナルド…くんね?」
「――っ?」


気づけばすぐ後ろに先ほどチラっと見た女が立っていた。
っていうか、マジで小さいしちょっとビビる。



「ああ…何?」
「具合でも悪かったの?」
「は?」
「遅刻して来たし…顔色も良くないから…」
「……」
「……ぷっ」



(顔色悪いのは女と朝からヤリすぎたせいでね…ってかジョシュ、何を噴出してんだ…殴るぞ、コノヤロ…)



目の前の女は今まで会った、どの女よりも奇麗で澄んだ目をしていた。
東洋の血が入っているのか、初めて見る毛色に瞳の色。
ガラにもなく見惚れてしまった。
そんな自分にムカついて女を無視して席へと座る。


「あの…レオナルド…」
「うるせぇな…気安く呼ぶなよ…」
「え、あ…ごめんね?」
「……っ?」


教師にあんな口聞いて逆に謝られたなんてこと初めてだ。
俺は眉を顰めてその女を見上げた。


「あの…今ね、ここをやってるの。でも具合悪かったら言ってね?保健室に行っていいから」
「……」



何も言えない。
何だ、この女。
トボケてんのか?それとも…


本気で意味が分からず、じぃっと女を見てると、斜め前のオーリーが女の服を引っ張った。



「ねーねー!いいから早く次、教えてよ、次ぃ」
「あ、はい。ごめんなさい!途中だったわね」


オーリーに急かされ、そのと呼ばれた女教師は慌てて前へと走って行く。
だが、「あ…」っと思った瞬間…目が点になった。




ガタン…!


「キャ!」


ガタガタ…ッ





…見事なまでのスライディングを、その女は見せてくれた。




「うーわー!ちゃん、大丈夫?!」
「ぃ、痛い…」



オーリーが素早く席を立ち、女教師の方に走って抱き起こしてあげている。
ったく、ほんと女好きだな…(人の事は言えないが)


という教師はオーリーに立たされ何とか笑顔を見せたがすっ転んだ時に擦りむいたのか膝から血が出ている。
が、心配するオーリーに、「大丈夫、これくらい…。えっと…授業しないと…」と黒板の方に戻って行った。
俺は半目になりつつ、隣のジョシュを見て、「何だ、あいつ」と尋ねた。
するとジョシュは溜息をついて軽く首を振る。


「さあ。いきなり担任が決まったって言うし、どんな奴が来るのかと思えば…あの女でさ…」
「で、何で皆、大人しく授業、聞いてるわけ?」


教室を見渡せば、いつもなら教師の話など聞かず大騒ぎしてる奴らは皆、黙ってあの女教師の授業を聞いている。
俺は見慣れない光景と今までと違う空間に違和感を覚え、居心地の悪さを感じた。


「さあ?女が来て一瞬驚いたけど…すぐいつもの様にからかい出したんだ。でもあの女、何を言ってもさっきみたいにトボケててさ」
「…それで授業聞くのか?」
「いや…あのボケが可愛い〜ってさ」
「…アホか…。単にぶってるだけだろ?」
「さあな。そうも見えないけど…」



ジョシュはそう言って雑誌を広げ、読み出した。
俺は椅子に凭れ、溜息をつくと必死に何かを黒板に書いてる女教師を見る。


(あーあ…あんな小っちゃけりゃ黒板に字を書くにも背伸びかよ…。いったい何センチだ?どう見ても160はないだろ…)


あんな子供みたいな女をよく教頭はこのクラスの担任にしたな、と思った。
どうせ形だけ取り繕いたかっただけだろう。
最悪なクラスでも担任さえいないんじゃ父兄たちに何を言われるかわかんねーもんな。


そう思いつつ、いつもの様にダンっと足を机に乗せて煙草を咥える。
女教師が気づきこっちを見たが気にせず火をつけた。


「レオナルド…くん、何をしてるの?」
「見て分かんない?喫煙。煙草吸ってんの」
「……」


煙を吐き出しながらまた、いつもの様に答えると女教師は黙ったまま、こっちへ歩いて来た。
他の奴らと違って何も知らないのか、怖い顔で俺の前に立ちはだかる。
今までの担任なら、こんな風に注意しに来る事もなかったから俺はちょっとだけ驚いて女教師を見上げた。
するとバっと咥えた煙草を取られ、ギョっとする。


「…にすんだよっ」
「ここは教室よ?」
「だから?!」


女にこんな口をきかれたことなどないから少しムカっとして椅子を蹴り倒し立ち上がった。
ガタン…っと派手な音を立てて椅子が倒れたが気にする事なく女教師を睨みつける。
ジョシュは相変わらずシラっとした顔で雑誌を読んでいるし、オーリーはハラハラした顔で振り向いてるけど知るか。
何だか知らないけどムカムカするんだ。
どうせ説教されるに決まってる。
そしたら帰ろう…ってかやっぱさっき帰っときゃ良かった。
カッカときてる頭の中でそんな事がめぐっていた。(単に寝不足で不機嫌なだけ)
が、次の瞬間、その熱が一気に引いていく事になる―
















「煙草は喫煙所で吸わないとダメでしょ?!」








「――は?」










「…ぶ…ぁははは……っ」










ジョシュが溜まらずといった感じで爆笑しだした。
オーリーも何だかホっとしたような顔でケラケラ笑い出すし、他の奴らも顔を見合わせていたが次々に笑い出す。
いつの間にか教室にはいつもの賑やかさが戻っていた。



「…何…言ってんだ…?」
「何って…」
「普通、教師が生徒にそんなこと言うか?」



怒り、というよりは何となく呆れたといった方がいい。
何だか怒る気も失せて俺は溜息交じりで女教師を見た。
だがこの女は困ったように眉を下げると、




「だって…おじい様が吸わない人に悪いって葉巻を吸う時は必ず喫煙所に行くか、シガーバーに行くから…」


「……(空いた口が塞がらない)」


「キャ、熱い…っ」





俺から奪った煙草が燃えていたのか、女教師は自分の手から煙草を床に捨てた。
が、それをまた慌てて拾っている。(火傷したかもしれないのに、つくづく変な女だ)
オーリーは人がいいのか、それとも相手が女だからか、「いーよ、いーよ。俺が捨ててきてあげる♪」とか言って教室を出て行くし、
何だか俺がアホみたいじゃねぇか。



「あ、あの…レオナルドくん…何か怒ってる…?」


「……(頼むから俺を、"くん"づけで呼ぶな)」











何だよ、この女。



誰か扱い方、教えてくれ。









今まで会った事がないタイプ…というか、絶対に変だ、こいつ。(まあ…ちょっと面白いけど)














…とりあえず…今日はすんげぇ疲れた気がするし…帰るとするか。





















まいど、ハッピー 








                  芝生の上に寝ころがり、ズボンも服も泥まみれ




                                「何も心配はない」




                    「あがらない雨はない」








              辛くなったら あの言葉を 思い出そう















モドル>>


Postscript



初のパラレルものです(苦笑)
50万HITに気づきつつ何も出来なかったのと時間の余裕もなく更新が出来なかったんですが
思いつくとスラスラいけるんですよねぇ・・・・・・おかげで元気出ました(笑)
最初に説明でも書いてますが登場人物のキャラが他のお話とは微妙に変わって来ると思うので
その辺をご了承くださいませ^^;


50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO