■■まかせなさい■ /僕らのせんせい/

そこは吹き溜まりのようだった。
ヴィゴに下まで案内され、は一人で5階まで上がって行った。
だが途中、蛍光灯はチカチカしていてもうすぐ切れそうだし、お陰で薄暗く何となく暗い雰囲気。
「後で教頭に言って変えてもらわなくちゃね」
は蛍光灯を見上げながら小さく息をついた。
そして胸にかかえた教科書や資料をギュっと抱きしめると再び暗い階段を上がっていく。
今日から母が働いていた学校で自分も教師が出来るのだと思うと胸が高鳴ってくる。
が、一番上まで行き着く前に何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「げーアホじゃねぇ?昨日のゴールはこうだって!」
「嘘つけ!絶対、コッチからのインサイドコースだよ」
はその声に導かれるように、ソロソロっと足を進め廊下を覗いて見た。
もうすぐチャイムが鳴るというのに大勢の男子生徒達が固まり、座り込んで話しているのが見える。
何かのスポーツの話をしながら「ぎゃはは!」と大きな声で騒いでいては軽く息をついた。
男の集団なんてにとっては見慣れた光景。
さっきもヴィゴに、「不安かい?」と聞かれたがにはそんな不安は一切なかった。
子供の頃から家にはごつい男達ばかりが出入りをし、今も祖父や父の部下が大勢一緒に住んでいる。
にとってはそれが当たり前の世界なのだ。
は未だ楽しげに騒いでいる生徒達の方に歩いて行くと後ろから声をかけた。
「あの…もう授業始まるので教室に戻って下さい」
「ぅわ!ビビったぁ!」
「な…何だよ、こいつ…!」
が声をかけると皆が一斉に振り向き、ギョっとした顔。
だがは笑顔で、「あ…私、今日からここに赴任した・クルーニーと言います。宜しくね、皆さん」と頭を下げた。
そんなを見て男子生徒は互いに顔を見合わせる。
は笑顔のまま、彼ら一人一人を見ると、
「あの…もしかして…3年G組の方?」
「…違うけど…。俺らはF組だし」
「俺はE組」
「そう…。じゃあもうすぐ担任の先生が来ると思うし皆、教室に入ってね?」
は穏やかな言葉で彼らにそう言うと、「えっと…G組…G組…」と教室を探しながら歩いて行く。
それを唖然としながら見ていた男子生徒が一斉に立ち上がった。
「おい…今、あいつG組って言わなかった?」
「ああ…もしかして…G組の先生か?」
「でもG組の担任はあいつらが病院送りにしただろ?精神的なイジメで」
「だよなぁ…。じゃあ代理の先生じゃね?」
「あーそういや、さっきドムが慌てて教室に駆け込んで行ったよな…その事かな」
「…でもさ…ちょっと可愛いじゃん…」
その男子生徒らはが歩いて行った方へと、フラフラついて行きながら、そんな事を口々に言い出した。
そこへ自分たちの担任がやってくる。
体育担当のヨアンだ。
「お、おいお前たち!チャイムが鳴っただろう!教室に―」
「「「うっせぇ!!」」」
「―――っ!!!」
ヨアンは一斉に怒鳴られ、ビクっとなりアタフタと教室に入って行ったのだった。
「あ、ここだわ…」
角を曲ってすぐ、"3年G組"と書かれている教室を見つけてはホっとした。
だがその教室のドアには様々なイラストが描かれていて、暫し観賞する。
「わぁ…上手い絵ね…。誰が描いたんだろう…」
カラフルな絵の具やスプレーで描かれているドア、そして壁を見ては笑顔になった。
そしてドキドキしながら教室の中を覗いてみる。
「わ…皆、教室に入ってるし…いい子達みたい」
中では何やら後ろの方に固まっている生徒達が見える。
はもう一度深呼吸をすると、そっとドアを開けてみた。
が、気づいてくれるかと思ったが、あまりに静かに開けたため生徒達は全く気づいてない様子。
未だ固まり何やら話しこんでいる。
は笑顔で迎えてくれるかと思っていた小さな期待が消え、少しガッカリしたまま教室へと足を踏み入れた。
そして固まっている生徒の方にゆっくりと歩いて行く。
すると―
「なに?なに?新しい担任?」
なんて声が聞こえて来て、は"あ…私のこと話してるんだ…"と嬉しくなった。
「そーだんだよ!それが今日来たばかりの新任らしくてさ!」
「げ、マジで?どんな奴?」
が歩いて行くと他の生徒も話しに加わり、盛り上がっている。
そこでは軽く息を吸い込むと彼らの方に向けて、
「…こんな奴ですけど…」
と声をかけてみた。
「「「「――――っ!!!」」」」
そこで皆が一斉に振り返ってを見た。
はやっと気づいてもらえた事が嬉しくて思わず笑顔になり、そのまま皆の方に歩いて行く。
が、てっきり、「先生が新しい担任ですか?」なんて返って来るかと期待していたのに皆は目を丸くして、
何だか幽霊でも見たかのように固まっている。
そんな彼らを見てはまず自己紹介をする事にした。
「あの…初めまして。今日から皆さんの担任になる・クルーニーと言います。これから…宜しくね」
そう言ってペコリと頭を下げると生徒達は黙っての事を見ている。
皆の目は明らかに、"女が担任?"という戸惑いの色が浮かんでいた。
だが当のはそんな空気にも気づかず、何とか挨拶をする事が出来た事でホっと息をついた。
すると目の前にいた瞳の大きな男の子がの方に歩いて来た。
「あ、あの君、名前は?」
は慌てて先ほど教頭から受け取った生徒名簿をめくった。
「………」
だがその生徒はの問いかけに対し、チラっと彼女の方に視線を向けたが軽く無視し、自分の席へと座った。
どうしたのかしら、とが首を傾げていると、生徒の塊の中から一人、背の大きな男の子が歩いて、その瞳の大きな男の子の隣に座る。
「おい、リジー!レディから名前を聞かれたら言わなくちゃダメだろぅ?」
「…うっさい、オーリー。自分の席へ戻れよ」
「あーあ。全く愛想もないんだから」
そんな会話をしながら二人はの事を完全に無視するかのように他の話をし始めた。
だがは今度は後ろで固まっている方の生徒を見て、「あの…席についてくれる?ホームルーム始めるから…」と微笑む。
すると後ろで見ていた生徒達が一斉に、
「かーわいいー!ホームルームだってさ!」
「つか、ホームルームっていっつもやってたっけ?」
「さあ?知らねー。なーお嬢ちゃん!んな面倒なことしなくていいから他のことして遊ぼうよ〜!もっとイイ事あるだろ?」
と、ある男子生徒がそう言いながらの方に歩いて来ると彼女の肩に腕を回した。
ジョシュはそれをチラっと見ると小さく舌打ちをして椅子から立ち上がり、「おい、ブレンダン―」と声をかけた瞬間―
が笑顔でその生徒を見上げた。
「あ、あの…遊ぶのは休み時間でいいですか?今は皆に自己紹介してもらいたいから…」
「……へ?」
「――っ?」
その答えにブレンダンと呼ばれた生徒は目が点になり、ジョシュも言葉を失う。
今までを無視していたリジーやオーリーも話をやめて彼女の方に振り向いている。
だがは笑顔のまま彼らを見ると、
「あの…まだ皆の名前と顔が一致しないの。だから…先に自己紹介してもらっていい?」
とブレンダンの腕からスルリと抜け出し教壇に立った。
見た目からして幼い。
てっきり怖がるか嫌がるか逃げ出すか、のどれかだと思っていた生徒達はニコニコしながら自分たちを見ている変な女教師に唖然とした。
誰もが、"何だ、こいつ?"的な顔で互いに視線を交わしている。
だがブレンダンはちょっと笑うと再びの方に歩いて行った。
「自己紹介なら後でいいだろ?それより俺はちゃんに保健体育でも教わりたいなぁ?」
教壇に肘をつき、意味深な笑みを浮かべてを見つめるブレンダン。
それには周りの生徒達も「ヒュ〜♪このスケベ!」とからかいの声を上げる。
だがは困ったように眉を下げると、
「…ごめんなさい…。私、担当は日本語なの…。あ、あのね、私の母が昔この学校で教師をしてて―」
「…はぃ?」
今度もまた予想外の反応が返ってきてさすがにブレンダンの顔にも戸惑いの色が浮かぶ。
しかしは嬉しそうに自分の母親の話をしていて、彼のその様子に全く気づかない。
それにはブレンダンも少しムっとした顔で、「おいお前トボケてんのか?」と少しだけ怖い顔をした。
さっきと明らかに声のトーンが違うブレンダンにもやっと気づき、言葉を切ると訝しげに彼を見つめた。
「あの…どういう意味?」
「だから…トボケてんのかって聞いてんだよ、てめぇ!」
「―――っ」
の態度にカチンときたのか、ブレンダンは声を荒げ、ドンっと机を叩いた。
それには他の生徒もニヤニヤしながら、
「あーんま怒るなって、ブレンダン!そいつ泣いちゃうぞ?」
「そーそー。女にナメられたからって本気で怒るなって!あ、それとも他のとこナメて欲しかったとかぁ?」
などと言ってケラケラ笑っている。
それを見ていたジョシュも大きな溜息をつき椅子に凭れると再び雑誌に目を戻した。
だがその時―
「何ですって?」
「―――っ」
が静かに口を開き、目の前のブレンダンを見上げた。
の口調は今までのおっとりしたものではなく明らかに少し厳しいもので、笑っていた生徒達も一瞬で静かになり彼女を見る。
ジョシュも雑誌からゆっくり顔を上げ、前にいる二人を見た。
だがはそんな空気などお構いなしで少し怖い顔でブレンダンに「何なの?その言い方は」と、もう一度問いかけた。
それにはブレンダンも戸惑った顔をしたが相手が女と言うのもあり、ふんっと鼻で笑う。
「…何だよ、文句あんのか?お前―」
「年上に"てめぇ"はないでしょう?」
「―――は?」
これまた予想外な言葉が返ってきてブレンダンは目が点になった。
てっきり"教師に向かって"と言われると思ったのだ。
今までの教師たちは皆そうだったし、自分たちは生徒より偉いと思っている奴らばかりだった。
だがみたいな怒り方をする教師はいなかった。
「何言ってんだ?年上って―」
「おじい様が言ってらしたわ?自分よりも年上の人は敬えって。それが礼儀でしょう?」
「……おじい様…?」
まさか祖父の事を持ち出すとは思わず、ブレンダンも言葉に詰まった。
だがはさっきまでの笑顔ではなく、少し頬を膨らませて本気でそんな事を言っているようだ。
後ろで見て笑っていた生徒達もまたしても顔を見合わせ、「何言ってんの?あいつ…」とヒソヒソ話し出した。
だがはぷりぷりしながら「そんなの幼稚園児だって知ってるのに…」と口を尖らせた。
その表情は怒っているのだが、まるで幼い少女のようだ。
すると突然、「ぁはは…っ!お前の負けだな、ブレンダン」とジョシュが笑い出した。
「何だよ、ジョシュ…」
「いいから座れよ。自己紹介ってのやってやろうぜ?」
ジョシュはニヤっと笑って身を乗り出すと、「ほら、オーリーも自分の席につけよ。お前らも」と、他にも立ったままの生徒に声をかけた。
するとガタガタと一斉に生徒達が動き、それぞれ自分の席へと座る。
それを見たブレンダンも渋々自分の席へと戻った。
ジョシュはそれを満足げに見渡すと再び椅子に凭れかかり、驚いた顔で教室を見渡すに声をかけた。
「さあ。ホームルームを始めて下さい」
「え?あ…そ、そうだったわね…。えっと…あなたは…」
「俺はジョシュ・ハートネット。宜しく」
「ジョシュ…」
素直に自己紹介してくれたジョシュにの顔にもやっと笑顔が戻る。
そして嬉しそうに身を乗り出すと―
「皆が言う事を聞くなら…あなたがこのクラスのボス?」
「は…?ボス…?」
の言葉に今度はジョシュの目が点になったのだった―
***メルローズのとあるカフェ***
「はぁ…お嬢、大丈夫かな…」
ショーンはそんな事を呟きながらコーヒーカップを口に運んだ。
それを見て目の前に座っている女性が呆れたように溜息をつく。
「ショーン…。お嬢様だって子供じゃないでしょう?大丈夫よ。たかが高校に初出勤したくらいで」
そう言って苦笑すると女は煙草に火をつけた。
少しきつめのメイクに派手な服装。
長く伸ばした爪には赤紫色のマニキュアが塗られている。
彼女の名前はジーン。
ショーンの現在のコレ(小指)だ。
が学校に行っている間、少しの時間だけでも会ってと言われ、ショーンはこうして出かけてきたのだ。
そうしないと会う時間が殆どないくらいにショーンは忙しかった。
「そう言うけど…お嬢は世間ってものをそんなに知らないし…」
「何言ってるのよ。もう22歳でしょ?」
ジーンは煙を吐き出しながら呆れたようにショーンを見た。
「そうだけど…あの学校は悪い噂のある生徒が大勢いるんだ…特に男子クラスには。
姐さん…いや…奥様が教師をしてた頃から手を焼いてし…
それに今朝だってお嬢を送って行った時、悪そうでバカそうな学生が俺の車に群がりやがって…
あんな奴らに万が一、お嬢が目を付けられて何かされたら―」
「ショーン…。高校生の男の子が22歳の大人に何をするって言うのよ…」
苦笑いを零しつつジーンは落ちつかなげにしているショーンの手に自分の手を重ねた。
だがショーンはジロっと彼女を見て―
「高校生のガキでも男は男だろう!お嬢はあんなに可愛らしい方だぞ?ガキだろうが放っておく男などいないっ」
「………」
鼻息荒くアホな事を言っているショーンにジーンは少し半目になってしまった。
「…ショーン…あなたのその"お嬢様バカ"なとこ、いい加減直してくれない…?」
しかしショーンはますます眉を吊り上げ、「俺はお嬢とボスに命を懸けてるんだ!ジョン兄貴と同じようになっ」と言って煙草に火をつけた。
この様子では何を言っても無駄だと、ジーンは溜息をつく。
だいたい久し振りのデートなのに何故こんなカフェで他の女の話を聞いているんだろう、と首を傾げたくなる。
本当なら久々に会えた時くらい二人きりでいたいし、出来れば彼に抱かれたいと思っていたのだ。
でも"お嬢がお仕事をしている時に俺が女とベッドでイチャつけるわけないだろう"と言われ、結局カフェでお茶をするハメになった。
ジーンは吸っていた煙草を灰皿に押しつぶし、目の前でイライラしているショーンを見た。
「お嬢さまも幸せね?親にもあなた達からも大事に思われて…」
「俺たちだってお嬢から幸せを頂いてるさ。子供の頃は身体が弱かったのに、あんなに立派になられて…ちゃんと夢を叶えてくれた」
「…ああ…奥様はご病気で亡くなられたのよね」
「そうだ。奥様も生まれつき身体が弱い方だったらしい。お嬢もそれを受け継いだのか小さい頃はよく熱を出されて…」
「ちょっと…思い出して涙ぐまないでよ…」(!)
「あ、わ、悪い…」
ジーンの突っ込みにショーンはグスっと鼻を鳴らしつつ手で目頭を拭った。
そして懐かしそうに目を細めると、"お嬢"との思い出話を始める。
「お嬢はあんな小さい身体で…そりゃあ頑張って来たんだ。なのにそんな顔など見せず、俺達にはいつも笑顔でいてくれる。
お手伝いのエマに簡単な料理やデザート作りを教わった時は俺達にババロアを作って下さった事もある。
それがまた弾力が強くてな…。スプーンを入れてもボヨヨンっと押し戻されるくらいに硬かった…
だがお嬢がせっかく作ってくれたものだから俺達は必死に笑顔を見せてそれを食べた事もあったな…。
それからは毎日、料理を教わってはボスや俺達に出してくれた。
オムレツが何故かスクランブルエッグになってた事もあったっけ…。
ジョン兄貴が、"お嬢!このスクランブルエッグ美味しいですよ!"と言ったら、お嬢はあの大きな瞳に涙を溜めて、
"それ…オムレツよ…?"と言うもんだから兄貴はもちろん俺達も血の気が引いたもんさ…
おかげでボスにはこってり叱られるし、泣き出したお嬢を慰めるのに3時間はかかった…いや、あの時は本当に大変だった…。
ああ、大変と言えば…他のグループと抗争が起きた時は大ボスやボスの事ばかりじゃなく俺達の事まで本気で心配して下さって…。
お嬢も"一緒に行く!"と言って聞かなくてな…。
一度、あの小さな身体で武器庫からバズーカを抱えて来た時はさすがに大ボスもボスも、そして兄貴達も腰を抜かしてたっけ…。
"みんなをイジメる人はこれでふっ飛ばしちゃうんだから!"と言うお嬢を宥めるのはそりゃあ大変だった…。
危ないから家でお留守番しててくれ、と説得するのに5時間を要した…。
それからは抗争が起きる度にお嬢は一緒に行く、と言い出すようになって…
結局、困り果てた大ボスがお嬢の大好きな猫を買って来てあげて、"お前は家でこの子を守ってあげてなさい"と言ったら、
すんなりとお留守番しててくれるようになったんだ。"私が出かけたらこの子が寂しがるわ"と言ってな…。
きっと子猫の母親の気分だったんだろうな……どうだ?お嬢は可愛い人だろう?」
ショーンはさも嬉しそうな笑顔でジーンを見た。
が―
ジーンは退屈そうに耳をほじりながら(!)何本めかの煙草を山盛りになった灰皿に押しつぶし黙ってカフェから出て行ったのだった―
***ジョン・マーシャル高校・3年G組***
「おい、レオ。本当に帰るのか?」
授業が終った後、帰り支度をしているレオにジョシュが声をかけた。
「ああ…かなり眠いしな…。それにどうせ残り一時間だろ?いたって意味ねーよ。美術なんて面倒だしさ」
欠伸を噛み殺しつつレオはう〜んと両腕を伸ばし椅子に凭れた。
そこへブレンダンが歩いて来てレオの前に立つ。
先ほどをからかい、怒られた生徒だ。
「レオ、あの女教師、どう思う?」
「え?ああ…放っとけよ。どうせ一ヶ月もたないって」
「何だよ…。今までの担任みたく追い出さねぇの?」
ブレンダンは顔を顰めながら前の席へ腰をかけるとレオの方に身を乗り出した。
「追い出すも何もそのうち前の奴らと同じように逃げ出すだろ?俺達を相手にしてちゃ」
「まぁな…。でもあの女どっかトボケてっから…」
「何だよ、ブレンダン…。いつにも増してイラついてんな。何かあったのか?」
レオは遅刻をしてきたので先ほどあった事を知らない。
ジョシュはちょっと苦笑すると、「こいつ、いつもみたいに女だとナメてかかって説教されたんだよな?」と肩を竦めた。
その言葉にブレンダンは顔を顰めると軽く舌打ちをする。
「あの女、人のこと幼稚園児以下みたいに言いやがって…ムカつくんだよ」
「へぇ…お前にそんな口聞いたのか…?あの女…」
レオはちょっと意外そうな顔を見せると小さく笑った。
「じゃあヤっちまえば?お前の得意分野だろ?」
「レオに言われたくねぇよ。どうせ今日だって女の家に泊まっての遅刻だろ?」
「まあな」
「それに俺はあんな子供みたいな女、興味ねぇよ。ヤル気も失せる」
ブレンダンはそう言うと、「俺も帰るわ。ムシャクシャするし女んとこ行く」と席を立った。
レオも一緒に立ち上がると、「俺はすでにいたして来たから家に帰ろーっと」とジョシュの肩をぽんぽんっと叩く。
「ったく…。あまりサボってっと日数足りなくなって後で泣くぞ?」
「はいはい、分かってるよ」
呆れ顔のジョシュにひらひらと手を振るとレオはブレンダンと一緒に教室を出て行ってしまった。
それを見送るとジョシュは軽く息を突いて煙草に火をつける。
と、そこへオーリーが弾む足取りで教室に戻って来た。
「あれぇ?レオは〜?」
「たった今帰った」
「えぇー?遅刻してきて早退かよ?大丈夫かなあ、日数」
オーリーはそう言いながらジョシュの方に体を向けて自分の席に座った。
「ヤバイだろ?最近、夜遊びばっかしてるし…」
「だよねぇ?あれ…ブレンダンもいないじゃん」
「あいつもレオと一緒に帰ったよ」
「マジでぇ?何だよー皆でサボっちゃってさ」
「あの女にムカついたんだろ」
ジョシュはそう言って苦笑すると煙草の煙をオーリーに吹きかける。
それには「ゲホ…臭いなあ、もう」と口を尖らせつつ、
「ちゃん可愛いじゃん。俺、気に入ったけどね〜。今までの男の先生より全然いいよ」
「単純だな、お前…」
「そう?今も職員室に言って色々おしゃべりして来ちゃったよ。
ちゃんアクション映画大好きなんだって!今度映画にでも誘っちゃおうかな〜♪」
「アホか、お前…。教師をデートに誘ってどうすんだよ…」
相変わらず能天気なオーリーにジョシュは呆れたように溜息をついた。
だがオーリーはヘラヘラ笑いながら、「教師の前に女だって!歳だってそんな離れてないし!」なんて言っている。
それを聞いてジョシュは苦笑いを浮かべた。
「相手にされねぇよ。向こうからしたら俺達なんてガキだろが」
「そっかな〜。ちゃんだって女性って言うより女の子って感じじゃん。その辺の女子高生より幼く見えて可愛いし!」
「はぁ…。見た目はそうでも4歳も上だぞ?ガキ扱いされて終わりだよ」
ジョシュはそう言ってオーリーの額を指で突付いた。
それにはオーリーも口を尖らせ、「えぇー俺だってこれでも色々と大人だよ♪」とにやーんと笑う。
「いやらしい顔すんな…。いっつも振られて泣いてるクセに…」
「ぅわ、人の傷口に塩分を塗るなよっ」
「お前な…塩分じゃなくて塩を塗る、だ。それと…それやめろよ、口尖らせて頬まで膨らませるの…。
だから振られるんだぞ?黙ってりゃイケメンなのに…」
子供のようにプリプリしているオーリーにジョシュは思い切り溜息をついたのだった。
***職員室***
「どうでした?あいつらは」
が自分の席で生徒達の名簿に目を通しているとヴィゴが歩いて来た。
「ええ、凄く楽しかったです。皆、個性的でいい子ばかりですね」
「…え?」
ニコニコしながらそう言ったにヴィゴは一瞬呆気に取られた。
そこへ元気よく体育教師のヨアンが入ってくる。
「あ、あなたが新しい先生ですか!」
「…え?あ、あの…」
先ほど紹介された教師の中に明らかにいなかった男の人が歩いて来ては戸惑った。
するとヨアンがニコニコしながら、
「いやー僕はバスケの顧問でしてね?朝は練習があって間に合わなかったんですよ」
「そ、そうですか…。あの…・クルーニーです。よろしくお願いします」
「僕はヨアン・グリフィズ!担当は体育で趣味はバスケ!宜しく!」
何だか体育会系のノリに圧倒されつつ、は何とかヨアンと握手をした。
が、ヨアンはそんなをしげしげと見つめながら、「いやぁ…僕のタイプだなぁ…。な、何ちゃって!はははっ」と笑っている。
その横ではヴィゴが笑いを噛み殺していた。
「おい、ヨアン先生!」
そこへ教頭がやって来てヨアンがビクっとする。
「こっちに来て今朝、遅れた理由をちゃんと説明しろ」
「は、はい、教頭!じゃ、じゃあまた後で。先生」
「はあ…」
教頭に呼ばれ、アタフタと走って行くヨアンを見ながらは首を傾げた。
するとヴィゴが笑いながら、
「彼は女性に惚れっぽいところがあってね。まあ悪い人じゃないんだ」
「え?いえ、あの…面白い方ですね…?」(!)
「あはは…。まあ…そうとも言うね。それより…G組の生徒がちゃんと授業を受けたのかい?」
ヴィゴは次の授業の用意をしながらに問い掛けた。
それにはも笑顔で頷く。
「ええ、もちろん。ちゃんと聞いてましたよ?さっきは生徒の一人が分からないとこがあるって質問しに来てくれて…
でも何だか他の話で終ってしまったんですけど」
「へぇ…質問しに…。G組の生徒が…?」
ヴィゴはますます訝しげな顔をしつつ、軽く息をついた。
「相手が女性だから、かな…?」
「え?」
「い、いえ、何でも…。では私はこれからあなたのクラスで授業なんで…」
「あ、そうなんですか?じゃあ…皆を宜しく」
に笑顔でそう言われ、ヴィゴは引きつりつつも微笑んだのだった。
キンコーン…カンコーン…
一日の授業の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
ヴィゴはG組から廊下に出た瞬間、大きな溜息をつく。
「あいつらが大人しく授業を聞いてた、なんて嘘じゃないのか…?」
そんな呟きと共に教室の方に視線を向けた。
今の授業でも誰も自分の席につかず、ヴィゴの話を聞く生徒などいなかったのだ。
ヴィゴはちょっと疲れ果て、もう一度溜息をついた。
そこへがホームルームをするためだろう。
ニコニコしながら歩いて来た。
「ヴィゴ先生!」
「あ、ああ…」
「どうでした?授業」
「え?あ…うん、まあ…」
皆が話も聞かず、課題の絵も描かず、ずっと騒いでました、とは言えず、ヴィゴは引きつった笑顔を見せた。
だいたい二名ほど帰ってしまっていたのだ。
(G組一、困った生徒と有名なレオと、あのブレンダンがいなかった)
レオは先ほど来たようだが、また帰ってしまったのだろう。
はこの事を知らないのか、呑気に、「あ、いけない。ホームルームの時間だわ?それじゃ」と教室の中に入って行ってしまった。
それを見送り、ヴィゴは軽く息を吐き出す。
(彼女は…ある意味、奴らより上手かもしれないな…)
何となくそう思ってふと笑顔が零れた。
「まあ…お手並み拝見と行こうか…」
ヴィゴはそう呟き、画材を抱えなおすと鼻歌を歌いつつ薄暗い廊下を歩いて行った―
***クルーニー家***
「おお、ジョージ、戻ったのか」
ショーンは息子、ジョージが部下達とリビングに入って来たのを見て腰を上げた。
ジョージと呼ばれた男はサングラスを外し、コートを部下に手渡すとショーンの方に笑顔で歩いて来る。
「オヤジ、ただいま」
「…そのオヤジ、と呼ぶのはやめろと前から言っとるだろが」
「ははは!何を今さら…。お父様とでも呼べってのか?あいにく…そんな上流階級に育ってないんでね」
ジョージはそう言って笑うとショーンの前のソファに深々と腰をかけ、テーブルの上にある葉巻を入れた木箱を開けた。
そして中から一本、葉巻を取り出すと口に咥える。
その瞬間、部下の一人がジョージの前に跪き、サっとライターで火をつけた。
「ん〜。やっぱりコイーバが一番だな…」
「当たり前だ…。しかもそれはコイーバの中でも最高級の葉巻だぞ」
呑気に葉巻を吸っている息子を見てショーンは渋い顔をすると手にしていたブランデーを一口飲んだ。
ショーンのそんな態度に慣れているのか、ジョージは笑いを噛み殺しながらも葉巻の香りを楽しむように煙を燻らせる。
ショーンの息子のジョージは最近になって後を継いだばかり。
だが彼も子供の頃からこの世界を見ているのでボスと呼ばれるには相応しいムードを持った男だ。
しかしマフィアとは言え、甘いマスクと年齢の割には引き締まった体つきを見れば俳優でもやれそうである。
今もイタリアブランドのスーツをビシっと着こなしていて、その長い足を組んでいる姿はとてもマフィアのボスには見えない。
「そう言えば…はどこだい?いつもなら俺が帰ってくれば一番に出迎えてくれるのに…」
ジョージは葉巻を咥えながらキョロキョロと部屋を見渡す。
ショーンはそんな息子を見て苦笑を洩らした。
「お前は本当に忘れっぽいな…。は今日から仕事に行ってるよ」
「あ!そうだった!今日からか…」
ジョージは"しまった"とでも言うようにポンっと手を叩き額に手を当てた。
「じゃあ今日から…もヤヨイと同じ…学校の先生か…」
ジョージはふと目を細め、ソファに凭れた。
ヤヨイと言うのは彼の亡くなった妻での母親だ。
女好きのジョージが唯一、本気で愛した女性だった。
「がヤヨイと同じく教壇に立っている姿を一目見てみたいな…」
「ふん、何を言ってる…。私は心配で心配で堪らんよ…」
「全く…オヤジも相変わらず心配性だな…」
渋い顔をする父にジョージは苦笑を洩らし、それから何かを言いたげに軽く咳払いをした。
「オヤジ…実は折り入って頼みがあるんだが…」
「何だ?バリーの件でか?」
「いや…それはまだ話し合いの途中だ。そうじゃなくて…」
「じゃあ何だ」
珍しく言葉を濁す息子にショーンは眉を顰めた。
ジョージは普段なら言いにくい事でもポンポンと言ってくるタイプだ。
その彼が視線を反らし、何か落ち着かないといった風に手を組んだり離したりしている姿はろくな話じゃない、とショーンは感じていた。
「何だ、言ってみろ。また結婚したいって話か?」
「…違うよ…人聞きの悪い。それじゃ俺がいつも結婚したいと言ってるみたいじゃないか」
ショーンの言葉にジョージは徐に顔を顰めた。
だがショーンは鼻で笑うと、
「何言ってる。いつもろくでもない金目当ての女と付き合っては再婚したいと言ってくるだろう?しかもモデル崩れや女優崩ればかりとな」
「オヤジ…。彼女達はお金目当てとかじゃなくて―」
「とにかく!再婚したいなら、もっとマトモな女を連れてくるんだな。あんな女どもじゃヤヨイさんが可愛そうだ。それにもな」
「俺はに母親を、と思ってるだけだ」
「の母親になるなら尚更あんな女どもはダメだ!それには今でもヤヨイさんの面影を求めている。そこらの女じゃつとまらん」
ショーンは声を荒げソファから立ち上がった。
それを見てジョージも慌てて立ち上がる。
「待てよ、オヤジ!今日はそんな話じゃない」
「何?じゃあ何なんだ、お前の話と言うのは…」
「だから…とにかく落ち着いて座ってくれ。話はそれからだ」
「……」
ジョージがそう言って促すとショーンは渋い顔のまま再びソファに腰をかけた。
それを見てジョージも軽く息をつくと自分もソファに座り体を乗り出した。
「実は…ニューヨークに女がいたんだ」
「ほらみろ!やっぱり女の話かっ」
「だから最後まで聞いてくれよ…。そうじゃなくて…」
怖い顔で睨む父にジョージは大きく溜息をついた。
ショーンはイライラしたようにブランデーを煽ると、「じゃあ何だ!サッサと言えっ」と顔を背ける。
そんな父に苦笑しながらジョージは深呼吸をした。
「実はその女が…三日前に亡くなったんだ」
「…何?どうしてだ」
「……」
ショーンの問いかけにジョージは軽く目を伏せ、両手をギュっと握りしめた。
「実は三日前…俺はその女とニューヨークの女の家で会っていた…」
「…それで?」
「…食事を終え…二人で寝室に入った時だった…。ベランダに人の気配を感じた瞬間、いきなり銃撃された」
「何?!そ、そんな連絡は受けておらんぞ!」
ジョージの言葉にショーンは驚いたように立ち上がった。
「俺は無事だったから報告させなかったんだ!それは後で説明するから座ってくれよ…」
「何、呑気な事を言ってる!それで相手はどこのどいつだ?!」
「それは調べさせてる。とにかく落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着いていられるか!息子が銃撃されたんだぞ?しかもお前に継いだすぐ後に!」
ショーンは顔を真っ赤にしてウロウロと歩き回った。
そんな父を見てジョージは仕方なく話を続けることにする。
「とにかく…最初の銃弾は運良く当たらなかった。俺の部下も下にいたからすぐに駆けつけてくれたしな」
「全く…!いくら女と会うからといってボディガードを遠ざけては意味がないだろう!」
「…分かってるよ…。だけど彼女は一般の人なんだ…。そんなごつい男どもを家の周りに置いたら近所の人に変に思われるだろ?」
「だからって―」
そこで言葉を切るとショーンは大きく息を吐き出し、再びソファに座る。
「で…どうしたんだ?」
「…うん。それで…俺も彼女とその家族を連れて逃げようとした。けどベランダから犯人が窓を割って侵入してきて…」
ジョージはそこで言葉を切り、小さく息をつく。
「男が銃を俺に向けて構えたのを見た時、正直もうダメだと思った。けど…そこに彼女…マーシャが飛び出してきたんだ…」
「何…?!じゃあ…」
「ああ…彼女は…俺をかばって撃たれた…」
ジョージはそこまで言うと指で軽く目頭を抑えた。
「気のいい女だった。彼女とは長い付き合いだが…俺に結婚をせがむでもなく金を欲しがるわけでもなく…。一緒にいて凄く楽な相手だったんだ」
「……そうか…。それで…女の両親は…」
「いや…身寄りはいない。とっくに亡くなってるし親戚もいなかったようだ」
「そうか…。じゃあ…家族というのは…?」
ショーンが顔を上げるとジョージはいつになく真剣な顔で父を見た。
「実は…話っていうのはその事なんだ」
「…何?」
息子の言葉にショーンは眉を寄せた。
するとジョージが自分の部下を呼び、「あの子を連れて来てくれ」と告げた。
それを聞いてショーンはちょっと驚いたように眉を片方上げた、その時。
息子の部下に連れられ、一人の男の子がリビングへと入って来た。
奇麗なほどに大きなブルーアイに薄茶色の髪、そして細身でスラリとした15〜6歳の男の子だ。
ショーンはその子と息子の顔を交互に見ながら、「この子…は?」と想像は出来たが一応聞いてみた。
するとジョージは困ったような照れくさそうな顔で頭をかくと、男の子の腕を引っ張る。
「この子はダニエル……。俺の……息子だ」
「…な…っ?!」
てっきり女の子供かと思えば、まさか―!
ショーンの戸惑った瞳はそう言いたげだった。
「お、お前の息子だと?!その大きな子が?いったい何歳なんだ!」
「ダニエルは16歳だ。ほら、ダニエル、おじいちゃんに挨拶しろ」
「じゅ…16歳だと?お前はそんな昔から女を囲って―」
そこで言葉が切れた。
その男の子がショーンの前に歩いて来たからだ。
一点の曇りもない真っ直ぐな瞳。
ショーンはその純粋な眼差しに何も言えなくなった。
「初めまして。おじい様」
「あ…う…うむ…」
ショーンに臆する事なく、ダニエルはニッコリ微笑んだ。
それを見てジョージがちょっと笑うと、
「それで頼みと言うのは…この子を家で引き取りたいと言う事なんだ…」
「んな…!何だと?ひ、引き取るってお前…っ」
「この子の母親は俺をかばって死んだんだ!それくらい当たり前だろう?」
「う…そ、それはだな…」
ジョージにそう言われ、ショーンはまたしても言葉に詰まった。
だがこの子を引き取ると言うのは、ジョージの息子として引き取ると言う意味合いであって、そうなると―
「じゃ、じゃあお前はこの子にお前の後を継がせる気なのか?!」
「ああ、そうだ。オヤジも男の子が欲しいと言っていただろう?それにダニエルはうちの家業の事も全て知ってるし心構えも出来てると言っている」
「だ、だからって突然、連れて来た子を引き取ると言われても…。それに…の弟、という事になるんだぞ?」
「は頭がいいし凄く優しい子だ。自分に弟がいたと分かればきっと喜んでくれるさ」
「しかし…」
ショーンは困ってしまった。
いきなり孫が一人増えたのだ。
しかも母親は会った事もない女で、どうやら息子も結婚をしようとまでは思ってなかったらしい。
しかしこの子が16歳と言うと、そんな昔から付き合いがあった女がいたのか、と驚かされる。
ロスでの遊びは対外、耳にしていたがニューヨーク、となるとショーンも大して気にしていなかったからというのもあるのだが…
「わ、分かった…。とにかく…少し考えさせてくれ…」
「何を考えるんだ?この子はたった一人の家族を俺のせいで失ったんだ。俺はニューヨークでダニエルと親子として向き合ってきた。
こうなった以上、認知して俺の息子としてこの家に迎え入れたい」
ジョージは真剣な顔でそう言うとショーンを真っ直ぐに見詰めた。
いつもはチャラチャラしているジョージもこの時ばかりは譲れないといった顔だ。
さっきは"頼みがある"と言ったが…息子の意思は決まっていたのだろう、とショーンは思った。
「…はぁ…全くお前は本当に…勝手な息子だ…!」
「…分かってる。だけど…オヤジの後は立派に受け継いでみせる。こいつの母親に救ってもらったこの命でな」
「……そうか…。分かった」
そこまで言い切った息子にショーンは軽く笑みを零し溜息をついた。
「では…この子をクルーニー家の後継ぎとして迎えよう」
ショーンがそう言うとジョージもやっと笑顔を見せた。
「には…お前からきちんと説明しろ。いいな」
「ああ、分かってる」
「だがいいか?もしが傷つくような事があれば私は許さんぞ?
はお前が今でもヤヨイさんの事を一番に愛してると信じているんだ」
「…ああ…分かってる。それに…」
ジョージはそこで言葉を切るとショーンの方に歩いて行き、耳元に顔を寄せた。
「俺が今でも一番愛してるのは…ヤヨイだけだよ…。マーシャには悪いけどな…」
ダニエルに聞こえないようにジョージはそう呟くとショーンの肩にポンっと手を乗せた。
それにはショーンも大きく頷く。
どんなに女遊びをしようと、恋人を作ろうと。
ジョージが本気で愛していたのはただ一人。
の母親だけ。
は今もそう信じているしジョージの中でもそれは変わっていない。
でも恋をするのとは全く別ものなのだ。
ヤヨイを失った寂しさを忘れさせてくれたのがダニエルの母親だった。
ダニエルが出来た時も、"結婚してロスに住もう"と言ったジョージにマーシャは「そんな事はしなくていい」と言った。
「ニューヨークに来たら…この子の父親として一緒に過ごして欲しい」
彼女の願いはそれだけだったのだ。
ジョージは彼女の気持ちを汲んで今までずっとそうしてきた。
なのに―
「さあ、ダニエル。今日からここがお前の家だ。後で部屋を作らせよう」
ジョージがダニエルの肩を抱いてそう言った。
だがダニエルはちょっと笑うと、「どうやら俺、路頭に迷わずに済むみたいだね」と肩を竦める。
そして―
「父さん。俺、通う学校は"姉さん"が働く学校がいいな」
「何?の…?」
「うん。おじい様が心配してるって言ってたろ?だったら俺が学校にいる間、"姉さん"の事を守ってやるよ」
ダニエルはそう言うとショーンに向かってニヤリと笑った。
その態度に、こいつは一筋縄ではいかない子だ、とショーンは感じていた。
***ジョシュ***
「待って…!えっと…ジョシュ…くん!」
そう呼ばれて俺はずっこけそうになった。
全ての授業が終わり、さあ帰ろうと校舎を出た途端、追いかけて来る女―
今日から俺の担任になった女教師だ。
「…何だよ…」
ちょっと溜息をつきつつ足を止めて振り返る。
すると、そのちっこい女は必死にこっちへ駆けて来て、「はぁ…。ジョシュくんって歩くの速いのね」と大きく息を吐き出した。
「あなたとはコンパスの長さが違うんでね」
「え…コンパス…?」
俺が嫌味でそう言うとという教師は首を傾げている。
だがすぐに意味が分かったようで―「…ひどい…」と口を尖らせた。
その幼い仕草に、"こいつ、ほんとに22歳か?"と俺が首を傾げたくなる。
「で…何の用?」
「あ、あのね…。レオ…ナルドくんとブレンダンくん、早退してたでしょ?だから…彼らの家を教えて欲しいの」
「は?何でだよ…。説教でもしに行くつもりか?」
少し警戒してという教師を睨みつける。
だが彼女はキョトンとした顔で、「どうして説教しなくちゃいけないの…?」と首を傾げた。
それにはこっちが面食らう。
「だって…サボったからじゃねぇの?」
「え?サボった?二人は具合悪くて帰ったんじゃないの?」
「――は?」
(何言ってんだ、こいつ…?)
「ほら…レオナルドくん遅刻してきたし顔色悪かったから…また具合悪くなったのかと思って…だからお見舞いに行こうと思ったの」
「………」
(…これをマジで言ってるなら相当ボケてんぞ、この女…。あいつらが具合悪いです、つって帰るようなタマか)
「あの…ジョシュくん…?」
(だから俺まで"くん"付けで呼ぶなっつーの…)
何だかムズガユイ感覚になり、俺はぶるっと身震いした。(今まで生きてきて"くん"付けで呼ばれた事なんて一度もないからな)
「見舞い行かなくていいんじゃない?どうせ大した事ないから」
こいつがそう思ってるならそう思わせておいた方がいい、と判断し、俺はそう言って肩を竦めた。
サボりより体調うんぬんで早退したって方が内申書にも響かないだろ。
だが彼女は困った顔で俺を見上げてきた。
夕日に染まった彼女の瞳がキラキラしてて少しだけドキっとする。
こんな真っ直ぐで奇麗な瞳は見た事がない。
「…でも心配なの。様子だけでも知りたいから…」
「……」
(あぁ…マジで疑ってないんだ、こいつ…。本気であいつらの心配してるよ…)
何だか単純だとは思いつつ、今までこんな風に俺達を心配してくれた教師なんていなかったから変な気持ちになる。
「あのさ…センセ…」
「え…?」
「あいつらは別に―」
「今…私のこと、先生って呼んでくれた?」
「…は?」
人が話してるのにこの女ときたら何故か嬉しそうな笑顔で俺を見上げてくる。
「今、センセって呼んでくれたでしょ?」
「あ、ああ…。だって…あんたは先生…だろが…」
「わ、嬉しい…!」
「…はあ?」
「だって…今日、初めてだもの!私のこと"先生"って呼んでくれた生徒さん!オーランドくんなんかは名前呼び捨てするし」
「………(もう言葉も出ません、俺)」
「わー♪何だか変な気分!凄く照れくさいかも」
「………(俺、帰っていいかな……)」
半目のまま黙っている俺の前で飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる彼女。
これが本当に教師か?と頭ん中が疑問符だらけだ。
と、そこへ能天気な声が聞こえて来て噂の男が登場だ。
「ぅぉおーーい!ちゃーーーん♪とついでにジョシュ〜♪」
「あ、オーランドくんだ」
「……(あいつ!俺はついでかよ!)」
声のする方を見ればオーリーとドムが一気にこっちへ走ってくる。
そして俺と彼女を交互に見ると、
「あれぇ?何でちゃんとジョシュが二人きりでいるのさ!あ!さては抜け駆けしてちゃんを口説こうとしてたな?!」
「バ、バカじゃねぇの?!お前じゃあるまいし教師なんか口説くか!」
そう怒鳴って思い切りオーリーの脳天をグーで殴った。
ごぃん!という、なかなかいい音がして少しだけスッキリする。
「ぃったぁ…マジで痛いよ、ジョシュのアホ!」
「うるせぇな!とっとと帰れ!」
「おい、ジョシュ…」
「あ?」
今度はドムの奴が俺の前に顔を出す。
少しだけウンザリしてきた俺は先手を打って嫌味を言った。
「何だよ…別に口説いてないぞ?こんな女、趣味じゃない」
「……ならいい」
「―――!!(お前もかよ!)」
ったく、オーリーといいドムといい、本気でバカか?
いくらクラスに女がいないからって担任の女を気に入ってどうすんだっつーの!
だいたい教師なんて、皆同じだろうって話し合ったじゃねぇか。
「で、ちゅぁん。ジョシュなんかと何を話してたの?」
「え?あ、あの―」
「……(てめぇ…ジョシュ"なんか"とは何だ、コラ!後でしばきたおす!)」
「あまり近づくとちゃんにまで"ノッポ"さんが移っちゃうぞ〜?」
「え…?」
「……(ぜってぇーぶっ飛ばす!!!!)」
俺はオーリーを睨みつけ拳をギューーっと握り、怒りを我慢した。
いくらトボケてようが、こいつは教師だ。
ここでケンカを始めたら教頭とかにチクリかねないからな…
そう思いながら俺は3人を無視してこのまま帰ろうと歩き出そうとした。
その時、校門の外にフラっと数人の男達が現れ、足を止める。
「やーっと出てきたな、ドム〜」
「…?」
「あ…!!お前…マイケル!」
後ろにいたドムが驚いたように声を上げた。
そしてオーリーまでが、「あ、あいつ…メリーちゃんの…」と言ってドムを見ている。
俺は軽く息をついて二人の方に振り返った。
「おい…あいつら誰?」
「そ、それが…」
ドムは困ったように頭をかき、俺を見た。
するとオーリーが小さな声で、「実はさ…この前あいつらとケンカになって…」と俺の袖を引っ張る。
「は?ケンカ?何でだよ」
「だ、だから…あいつ…マイケルの彼女と…ドムが…なあ?」
「う…あ、ああ…」
「あ?彼女がどうしたって?」
歯切れの悪い二人に俺は怖い顔で詰め寄った。
するとドムが諦めたかのように息をつく。
「だから…この前ナンパしてヤっちまった女があいつの彼女だったらしくてさ…。俺、彼氏がいるの知らなくて…」
「何だよ。じゃあお前は何も悪くないんじゃん?あいつに説明したのか?"お前の彼女が尻軽なんだ"ってさ」
「…んだと、こらぁ!!!」
あいつらに聞こえるように嫌味を言えば、上等な事に啖呵を切ってこっちへ歩いて来た。
あの制服はハリウッド高校の奴らだ。
「誰が尻軽だって?!」
「だからお前の彼女だろ?だいたいナンパされてくっついてくようじゃ、お前とその子ほんとに付き合ってたわけ?」
「て、てめぇ…!」
そのマイケルという男は顔を真っ赤にして俺の胸倉を掴んできた。
だが俺はその手を掴むと力を入れてグイっとねじってやった。
「ぃででで…!」
「人の制服、皺にすんじゃねぇよ」
「おい、マイケルを離せ!!」
そこにマイケルの連れて来た仲間が駆けて来る。
そこで俺は腕を離し、マイケルをそいつらに向かってドンっと蹴っ飛ばした。
その勢いでマイケルは仲間の一人とご対面、つまり頭同士をゴツンっと当てて、その場に引っくり返る。
「ぃってぇ…!」
「くそ!何してんだ、おい!」
「そっちがケンカ売ってきたんだろ?だいたい逆恨みってんじゃないの?そういうの」
「うるせぇ!こっちはドムに用があんだ!関係ない奴は引っ込んでろよっ」
マイケルは立ち上がるとぶつけた額を手で擦りながら俺を睨んで来る。
それには俺も苦笑して肩を竦めて見せた。
「あいにく…仲間が理不尽な事でケンカ売られてんのに、"じゃあドムくん頑張って"なんて傍観出来ないくらい俺って優しいんだよな」
「ふ、ふざけんな!!」
マイケルは本気で怒ったのか俺に向かって殴りかかってきた。
俺は少し後ろに下がり、余裕を持って避けようとした、その時―
「ケンカしちゃダメー!!」
「―――っ?!」
忘れてた!あいつがいたんだった―!
すでにケンカの体勢に入っていたが後ろからの声に気を取られ、俺はそっちへ振り向いてしまった。
そのせいで一瞬の隙が出来て足がよろけた。
(一発入る…!)
マイケルの動きがスローに見えて俺は奥歯を噛み締めた。
その瞬間、誰かが俺の横を駆け抜けたのが分かり、「あ…」っと思った時にはすでに遅かった。
俺達の担任…がマイケルに向かって思い切り体当たりをかましていた―!
ドシン…!
「ぅわ!!」
マイケルは予想外の体当たりを受けたからか、とそのまま後ろへ引っくり返ってしまった。
「こ、こいつ…!」
「私の生徒よ?殴らないで!」
引っくり返ったマイケルにしがみつき体を張ってそう叫んでいるを見て俺もオーリーもドムも、ただ呆然と見ていた。
女が男のケンカに割って入って来ただけでも驚くのに更に体を張ってる姿なんて見た事がない。
が、その時、マイケルの仲間が走って来て―
「何だ、この女!!マイケルを放せ!」
「…キャッ」
しがみついているを無理やり抱きかかえた男は彼女を思い切り放り投げた。
その勢いで彼女は地面に叩きつけられるように後ろに転がってしまう。
それを見てカっとなった。
女に手を出す男は許せない。
「おい…!お前、女に何してんだ…!!」
「え?うわっ!!」
俺は倒れている彼女の方にまだ歩いて行こうとする男の肩を掴み、思い切り殴りつけてやった。
ガッっと鈍い音がしてそいつがぶっ飛んだ時、今度はもう一人の男が、「てめぇ!」と怒鳴りこっちに走ってくる。
だが今度はドムとオーリーがそいつに飛び掛り、二人がかりで押さえ込んだ。
「コノヤロウ、離せ!!」
「うるさい!俺らのちゃんに暴力振るいやがって!こうしてやる!!」
「ぃででで!!!は、鼻を広げるなーっ!!」
「うるせぇ!女にまで暴力振るうバカモノめがーー!!俺に用があるなら一人で来やがれってんだっ!!おらおらおらーーっ!」
「ぎゃぁぁーー!!あ、穴が広がるぅ〜〜っっ」
「………」
俺はオーリーとドムの攻撃にちょっとだけ半目になった。(敵ながら微妙〜に同情したくなる)
が、「…ぃたた…」と声がしてハっとする。
振り向けば彼女が顔を顰めながら起き上がっているのが見えた。
「おい…大丈夫か?!」
俺が駆け寄るとは土だらけの顔で、「だ、大丈夫よ?これくらい…」とすぐに笑顔を見せて立とうとする。
だがすぐによろけて俺は慌てて彼女の体を支えてやった。
「…無理すんな!凄い勢いで転んだぞ?あ…血も出てる…」
「…へ、平気…こんなの」
転んだ時に擦りむいたのか、彼女の肘の所がやぶけ、そこに血が滲んでいるのが見える。
なのに無理に笑顔を作る彼女に俺は驚いた。
こんな小さな体で必死に立っている女に。
女なんてすぐメソメソ泣く生き物だと思っていたから尚更だ。
「…くそぅ!!覚えてろよ?!」
「うるせぇ!いつでも相手になってやっからよ!!今度は一人で来い!!」
その声に振り向けばマイケル達が逃げていくのが見えて、オーリーとドムがこっちに走って来た。
「ちゃん、大丈夫?!」
「ご、ごめんな?俺のせいで―」
「大丈夫だってば…。そんな顔しないで?皆に怪我がなくて良かったし…ぃたっ」
「あ、おい…動いちゃダメだって…」
俺の腕を離し、歩こうとする彼女にそう言えば、オーリーがすぐに手を差し伸べる。
「俺が送っていくよ!ね?一人じゃ無理だろ?」
「い、いいわ…?そんな生徒に送ってもらうなんて―」
「送ってもらえば?そんな足じゃ歩けないだろ?さっきだって教室でコケて怪我してんだしさ」
俺がちょっと息をついてそう言うと彼女の頬がかすかに赤く染まった。
「わ、私ドジで…よく転ぶの…。だからこんな擦り傷くらい大丈夫…。迎えも来るし」
「え?迎えって―」
そう言った時だった。
ブォォンっというエンジン音がして顔を向ければ門の前に派手な色の車が止まり、男が一人出てきた。
「あ…今朝のポルシェだ…」
「ほんとだ…。何だ?誰かの知り合いか?」
オーリーとドムが顔を見合わせ、そんな事を言っている。
車から出てきた男は煙草を吹かしながらこっちに歩いて来る。
だが俺達に気づいた瞬間、ギョっとした顔で立ち止った。
「お、お嬢…?!」
「「「……お嬢?」」」
「―――っ!!」
その瞬間、俺の腕を振り払ってがいきなり走り出した。
「あ、おい―」
驚いて声をかけたがはその男の方に走って行くと、「ショーン!しぃ!」と言っている。
が、あんな怪我をしていきなり走ったからか、途中でグラリと揺れ……そしてまたコケた。
ズザ…ッ
「キャ…ッ!」
「ああーー!!おじょ…さん!!!」
その男は見た目は怖そうだが何故かひどく慌てて転んだ彼女の方に凄い勢いで走り出した。
俺達はそれを見て互いに顔を見合わせたが、オーリーが一番に走り出し彼女の方に駆け寄った。
「ちょっと待ったーー!!ちゃんに近づくなーー!」
「―――っ?!」
オーリーは彼女に近寄ろうとした男の前に立ちはだかり、「誰だ、お前!ちゃんに何の用だ!」と叫んでいる。
すると男は驚いた顔をしたが、すぐに目つきが怖くなり―
「・・・ちゃんだとぉう?!こら、ガキ!お嬢に向かって"ちゃん"とは失礼じゃねぇか!」
「ちょ…ショーン!!!」
「ぁ…!」
「……お嬢…?」
さっきも聞いた言葉にオーリーは再び首を傾げた。
だがは慌てて起き上がったかと思うと、その強面の男にガバっとしがみついた。
「ああ、ちゃん!そんな奴に―!」
「ショーン、何言って…ダメでしょ?!」
「す、すみません…」
「……へ?」
その会話を聞いてますます首を傾げるオーリー、と俺。(ああ、ドムも何とも言えない顔をしている)
するとがこっちを見てニッコリと微笑む。
「あ、あの…彼がお迎えの…えっと…うちの……ボディ…ガードなの…」
「「「ボディガード…?!」」」
それを聞いて俺たちはかなり驚いた。
普通、ただの教師にボディガードなんてついてないからな。
「そ、そうなんだ…。お、俺は…おじょ……さんのボディガードだ…!」
「………」
何だかそのショーンとか呼ばれた男も引きつった顔で笑顔を作り、そんな事を言っている。
そして、「か、彼女のボ…いや…お父様は…まあ大きな会社の重役でね…。ね?お嬢…様」とに微笑んでいる。
その言葉にも、「え?あ、そ、そう…なの…。お父様が…心配性で…彼をつけてくれてるのよ…」と言った。
彼女の父親が重役…ならボディガードも…納得。
だけど…そんなお嬢様が教師?
そこはちょっと納得しかねるが…
そんな事を考えていると、うちのクラスの中で単純王NO1のオーリーが最初に口を開いた。
「へぇー!!そっかーちゃん、お嬢様だったんだ!これで納得したよ!なるほど!言われてみれば、おっとりしててお上品だしね!」
(…お上品?…男に飛び掛ってケンカを止めようとした女だぞ…?)
「そ、そうだったんだ…あはは!凄いなーーお嬢様なのに教師なんて…!」
ドムもまたそんな事を言って汚れた顔のまま笑ったりしている。
だが俺は何となくと男の様子に違和感を感じていた。
「そ、それより…さん…その怪我どうしたんですか?!」
「え?あ…これは…こ、転んだのよ…」
ボディガードと名乗った男はの格好を見て目を丸くしている。(おせぇよ)
彼女は決して上手いとは言えない嘘を言っているが、どうもボディーガード様はそれを信じてないようで…
「転んだ…?ほんとですか?こいつらに何かされたんじゃ…」
と凄い殺気を込めた目で俺達を見ながら右手をスーツの内ポケットに突っ込んだ。
さすがにそれにはビビったのか、オーリーとドムは俺の後ろにササっと隠れ、
「ボディガードって銃とか持ってんじゃね?」なんてコソコソ話している。
だが俺達は彼女のボディガードに撃たれず(?)に済んだ。
が、「私の生徒達なの。そんなわけないでしょ?」と言ってくれたからだ。
「なら…いいですけど…」
男はまだ納得いかないといった顔で俺達を見ていた。
だが、渋々頷くと彼女の腕を取り、「さ、帰って手当てしましょう!」と車の方に歩きだす。
男に腕を引っ張られながらもはチラっとこっちを見ると、
「あの…また明日ね?ジョシュくん、オーランドくん、ドムくん」
と今朝見た時と同じような笑顔で手を振ってくる。
それを見たオーリーとドムも嬉しそうに手を振り、「うん、また明日ね!今日はありがとねー!」と叫んでいる。
ボディガードの男はその言葉にジロっとこっちを見たが、そのまま彼女を支えて車へと歩いて行った。
「あ〜行っちゃった…」
「大丈夫かな、怪我…」
「…ただの擦り傷っぽかったし…大丈夫だろ?」
心配そうに見送っている二人に俺はそう言うと落ちていた自分の鞄を拾い、パンパンっと土を払った。
「それにしても…お嬢様だったなんてねー!ボディガードまでいるなんて凄くない?」
「ああ、そうだよなぁ。そんな金持ちだったら働かなくても良さそうだけどなー?」
二人はの事で盛り上がりながら俺の後から歩いて来る。
俺は煙草を胸ポケットから出すと口に咥え火をつけた。
「…つぅ…」
ライターで火をつけた時、さっきの奴を殴った手が痛み、ちょっとだけ顔を顰めた。
ケンカの後はいつもこうだ。
殴る方だって痛いっての。
俺は後ろを振り返り、未だの話で盛り上がっている二人に声をかけた。
「おい…。あいつらとの事はきっちりしとけよ?また学校に来られたんじゃまずいからな」
「あ…うん、分かってる…。悪かったな、巻き込んで…」
「別に…んな事いいけど…。今度から女とヤル時は彼氏がいないか、ちゃんと聞けよな?」
「りょーかーい」
ドムは反省したように手を上げる。
だがオーリーが「無理、無理〜。ドムは見境いないから、その時に男がいるって聞いてもヤっちゃうって!」と笑った。
「何だと、こら!そりゃお前だろ!」
「ふーん。俺は男つきの女なんて興味ないしさ〜」
「うるせぇ!すぐ振られるくせに!」
「そっちこそ!!」
「…んだと、こらぁ!やるか?!」
「いいともさ!!」
「おい…うるせぇって…」
「「…はい…」」
いつものジャレあうようなケンカをしだした二人を一喝すると、すぐにシュンとして両手を上げている。
だいたい、うちのクラスの奴はレオを筆頭にケンカっ早いのばかりで困るよ…
…なんて自分の事は棚に上げて、そんな事を考えながら煙草の煙を吐き出した。
そして、ふと制服の袖が破けてるのに気づいて軽く舌打ちをする。
(あーあ…。まーたケンカしたってバレてオヤジに殴られるかな…)
バカオヤジのムカツク怒鳴り声を思い出し、ちょっとだけ憂鬱になる。
だけど少しだけ、ほんの少しだけ…今日はいつもよりも気分が晴れていた。
顔を上げればすっかり太陽が顔を隠し、薄暗くなりつつある。
「おい…腹減らない?」
「あー減った、減った!バーガー食べて行こうよ!」
「俺はピザがいいな」
「えぇ〜バーガーがいいよ〜!」
「…ぬ…。ピザ!」
「バーガーだってば!!」
「ピ・ザ・だ!!」
「バーガーッ!!」
「ピザだって言ってんだろ?!」
「バーガーだって言ってるだろ?!」
「しつけーなー、オーリーは!ピザ!!」
「そっちこそ、しつっこいよ!バーガーだってば!」
「何だと、やるか、こらぁ!!」
「いつでも受けてたってやるよ!」
「コノやロー!!」
「…ぃた!!いきなり殴んなよっ!」
「うっせぇ!」
「………」
後ろではまたしても二人が下らない事でケンカをしだし、終いには殴り合いになっている。
「…ったく…。バカだね〜相変わらず…」
それを見て笑いながら、俺は煙草を空の向こうに放り投げた―
まかせなさい
ぶつかって、受け止めて、僕らはゆく
それは感じあう心
そうやって、また明日も笑いあおう
モドル>>

■■ Postscript■

第二弾です。
何だか長くなっちゃった…^^;
えっと一話目を読んだ方で、今回読んで「あれ?」と思った方は申し訳御座いません。
登場人物や設定をちょっとだけ変更しました。
登場人物の頁も少し手直ししましたm(__)m
ダンがヒロインの腹違いの弟として登場です。

■■ C-MOON管理人HANAZO ■

|