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■いい                                  /僕らのせんせい/





が帰宅した時、祖父、ショーンは驚きのあまり固まった。
何故か服はボロボロで膝や肘も擦りむけ血が出ている。
顔も土で汚れ、ショーン・Bに支えられて帰って来たからだ。
そんな孫娘を見てショーンの顔から血の気が引いた。


「ど、どうしたんだ、!一体何が…。ビーンボーイ!お前がついていながらに怪我を―!」
「も、申し訳御座いません!」
「ま、待っておじい様!違うの!私がいつものように転んだだけなのよっ」


真っ赤な顔でショーン・Bを怒鳴りつけた祖父には思い切り抱きついた。


「彼は悪くないの!だから怒らないで」
「う…うむ…」


ショーンはに弱い。
そう言われてしまえばもう何も言う事が出来なかった。
ショーンは軽く息をつくとジロっとショーン・Bを見て顎で"向こうへ行ってろ"と合図をした。
それを見てショーン・Bは黙って一礼するとリビングから出て行く。


…どうしてこんな…。と、とにかく…手当てをしなければ…。おい!マーサを呼べ!」
「はい」


入り口で立っている部下にそう怒鳴るとその男は慌てて廊下に飛び出していく。
マーサと言うのはクルーニー家のメイドでが生まれた時からこの家にいる女性だ。
の母が亡くなってからは彼女がの世話役をしていた。
少しするとドタドタと足音が聞こえて真っ青な顔でマーサがリビングに入って来た。
でっぷりと大きな体で救急箱を片手に慌ててとショーンの前に来る。


「ああ、お嬢さま…何て姿に…っ」
「マーサ、ただいま」
「た、ただいまじゃありませんよ!もう…女の子が顔まで擦りむいて…」


ふっくらとした優しげな顔が少しだけ強ばる。
このマーサには昔からショーンも敵わない。
ここは全て任せる事にした。


「はい、ここに座って…。全くもう…学校に行ってただけなのにどうしてこんな怪我をするんですか…」
「ごめんなさい…。転んじゃって…」


そう呟くとは上目遣いでマーサを見た。
マーサは手当てをしながらも軽く息をつくと素早く傷口を消毒していく。


「気をつけて下さいね?お嬢様はよく転ばれるから…」
「うん。今度から気をつける」
「これで、よしと。さ、部屋へ行って着替えて来て下さい」



手当てを終えるとマーサはやっと普段の優しい笑顔を見せた。
も笑顔で頷きソファから立ち上がる。
だがその時、今まで黙っていたショーンが、「ああ、待ちなさい、」と声をかけた。


「なぁに?おじい様」
「着替えたら…話がある。私の部屋へ来なさい」
「え…話って…?」
「後で話す。今はその服を着替えて来なさい」


ショーンは優しくそう言うと自分もソファから立ち上がりの頬に軽くキスをした。
そんな祖父を見上げ、も「分かったわ」と微笑むと足を引きずりつつもリビングを出て行く。
それを見送り、ショーンは溜息をつくとマーサが心配そうな顔で彼を見た。


「あの子と…会わせるんですか?」
「ああ…。事情を説明しないとな。あの子はどうしてる?」
「今…ジョージ坊ちゃんがあの子の部屋を作らせてますから…多分4階に…」
「そうか…。では…二人も私の部屋へ呼んでくれ」
「分かりました。私はあの子の部屋の物をそろえないと…」


マーサはそう言うとショーンに微笑んでリビングを出て行った。


「ふぅ…。何だか今日は色々とある日だ…」


ショーンは軽く頭を振ると、ふとの出勤初日はどうだったんだろう?と思った。


「後で聞いてみるか…」


そう呟きながらショーンはゆっくりとした足取りで自分の部屋へと向かった―














は目の前の奇麗な顔立ちをした少年を見て言葉を失った。
部屋の中は少し重苦しい空気に包まれ、祖父、そして父のジョージも黙ったまま。
ただ少年だけは他の3人とは違い明るい笑顔を見せると優しげな瞳でを見つめた。


「宜しく。姉さん」
「……あ…あの…宜しく…」


少年にそう言われてもついそう答えた。
だがやはり動揺はあるのか、困ったように目を伏せる。
するとジョージが静かに口を開いた。


…。驚いただろうし戸惑っているだろう。でも…この子を…お前の弟としてこの家に迎え入れたい」
「お父様…」


いつになく真剣な顔を見せる父には言葉に詰まった。
確かに驚いた。
初出勤で色々あって、それでも何とか無事に終えて帰って来たら、いきなり血を分けた弟だ、と少年を紹介されたのだ。
しかもこの家の跡取りとして引き取り、一緒に住むというのだから驚くのも無理はない。
だがは気丈にも笑顔を見せて頷いた。


「…分かったわ、お父様。だからそんな顔しないで」
…」
「私、弟が欲しかったから嬉しい。しかもこーんなに美少年なんて」


少しおどけたようにそう言うとジョージもホっとしたように笑顔を見せた。


「そうか…。良かった…。もし反対されたらどうしようかと…」
「あらやだ、お父様。私がそんな冷血な娘だと思ってたの?それに…血を分けた私の弟だもの」
「う、いやまあ…そうなんだが…」


の言葉にジョージは困ったように頭をかいた。
それを見ていたショーンも苦笑すると、「では…これで決まりだな?」と椅子から立ち上がる。


「これからはここにいる全員がファミリーだ」


ショーンがそう言うとジョージも笑顔を見せてダニエルに視線を向ける。
ダニエルもニッコリ微笑むと、ソファから立ち上がった。


「じゃあ…俺は今日からクルーニー家の一員だね」
「ああ、そうだ。あ、それと…
「え?」
「ダニエルは16歳だから春に高校に上がったばかりなんだが…こっちの学校に転校させる」
「そう…」
「で…お前の…学校に入りたいと言うんだ」
「…え?」


ジョージの言葉には少し驚き、ダニエルを見た。
すると彼は笑顔のまま、「ダメかな…。俺、ロスは初めてだし…姉さんが教師をしてる学校なら安心なんだけど」と言った。
それにはも苦笑して、「ダメなんて事ないわ?是非そうして」と微笑む。


「ほんと?」
「ええ。うちの学校なかなかいいところよ?」
「そっか。じゃあ楽しみだな。姉さんに教えてもらえないのは残念だけど」


ダニエルはそう言って肩を竦めると今度はジョージを見て、


「じゃあ父さん、転校の手続き頼んでもいい?」
「ああ。明日すぐやらせるよ。それから試験を受けて…上手く行けば来週以降には通えるだろう。お前は頭もいいしな」
「サンキュ。じゃあ…今夜はもう寝るよ」
「そうか。まあ…色々疲れただろう。ゆっくり休みなさい」
「うん。じゃ…お休みなさい。おじい様、姉さん」
「ああ、お休み」
「お休み、ダニエル」


部屋を出て行くダニエルにそう声をかけるとは小さく息をついて立ち上がった。


「私も部屋に戻るわ。明日の授業の用意があるの」
「そうか…。あ、今日は…どうだった?ちゃんとやれそうか?」


ジョージがそう尋ねるとは笑顔で頷いた。


「ええ、凄く楽しかったわ?いきなり担任を任されて驚いたけど…クラスの子達もいい子ばかりだし」
「そうか、なら良かった。頑張れよ?」
「うん」


父の言葉には嬉しそうに微笑む。
だがその会話を聞いていたショーンだけは苦虫を潰したような顔。


(全く…何が"頑張れよ"だ。娘が心配じゃないのか?このバカ息子は)


学校に行っただけで、こんな怪我をして帰って来たと言うのに、とショーンは眉を寄せつつ葉巻に火をつけた。


「おじい様」
「う、うん?」


不意にに呼ばれショーンは顔を上げた。


「私、部屋にいるわね」
「あ、ああ。でも早く休みなさい。初日で疲れただろう?」
「うん、少し。じゃあ…お休みなさい」
「ああ、お休み」


ショーンがそう声をかけるとは静かに部屋を出て行った。


「はぁ…良かった…」


そこでジョージがホっと息を吐き出す。
ダニエルのことをが許してくれて安心したのだろう。
だがショーンはまだ渋い顔のまま息子を睨んだ。


「お前のせいで私までドキドキしたぞ…」
「悪かったよ…。でも…もダニエルも仲良くやれそうじゃないか」
「そんなもの、まだ分からない。は優しい子だ。内心ではショックを受けても顔に出すような子じゃない」
「…父さん…」
「後でお前の口から、もう一度ちゃんと説明しろ」
「…分かってるよ…」


ジョージは渋々といった顔で頷くとソファに思い切り体を沈めた。
そして今度はビジネスの話をするべく軽く深呼吸をする。


「それで…バリーの件なんだが…」
「ああ、どうなった?」


ショーンもそこで本来の顔、マフィアのドンとしての厳しい顔つきに戻り、息子の方に身を乗り出したのだった―




















「はぁ…」


自分の部屋に戻るとは無意識に溜息をついた。
の部屋は4階の一番奥にあり、二十畳ほどの広さ。
この階にはもう二つほど同じくらいの広さの部屋があるのでダニエルはきっとその一つをもらうのだろう。


「着替えなくちゃ…」


はベッドルームの隣にあるクローゼットに入ると服を脱いでパジャマに着替えた。
擦りむいた場所がヒリヒリ痛むが、そんな事より今は胸の痛みの方が強い。


「弟…か…」


そう呟いてベッドに腰をかける。
色々な事が目まぐるしく頭の中を駆け巡っていて息苦しい。
父の言う事は分かる。
父にあちこち恋人がいたのも知ってる。
でもまさか子供までいるとは思わなかったのだ。
今までも何度か恋人を連れて来て祖父に"結婚したい"と言ってた事も知っていた。
祖父はいつも反対していたが私は父が結婚してくれても良かった。それでも良かったのだ。
母を…一番に愛してる事を知っていたから。


も子供じゃない。
いくら愛していると言っても、この世にいない母だけを想って一人で生きていくには父も辛いだろうというのは分かっている。
だからこそ色々と恋人を作ることに文句を言った事もなかったのだ。
でも…子供となると…さすがにちょっと驚く。
さっきはあの子の手前、ああ言ったものの、この22年間、一人っ子として生きてきたは突然の弟の出現に戸惑っていた。


「…やめた…」


何となく気分が沈み、は軽く首を振った。
せっかく初授業というものを経験して楽しい気分だったのだ。
その気持ちまで沈ませるのはもったいない。


「あ…明日の授業の資料作らなくちゃ…」


ふと思い出し私室のリビングへと戻る。
広いリビングの奥には少し奥まったスペースがあり、そこに勉強用の机や色々な教材が置いてあった。
は鞄の中から今日、色々ともらってきた資料を出し、椅子に腰掛ける。
そしてふと"3年G組"と書かれた紙を手にした。


「あ…そうだ。皆の名前と顔を覚えないと…」


まだ数人しか覚えておらず、はその資料を手にして一枚一枚捲り始めた。
名簿に書いてある名前と貼ってある写真を見ながら今日会った生徒達の顔を思い出す。


ふふ…皆、明るくて楽しい子達だったなぁ…
特にこのオーランドくんとドミニクくん…(先生って呼んでくれないのが寂しいけど)


そんな事を思い出しながら少し笑顔になる。
そして次に捲るとそれは先ほど助けてくれたジョシュのものだった。


彼…やっぱりあのクラスのボスっぽいんだけど(!)
皆もよく言う事を聞いてたし…
でもそう聞いたら唖然とした顔してたけど…なんでだろ…?(この辺世間知らず)


首を傾げつつ、ジョシュのこれまでの経歴や家族構成を見ていく。


中学での成績は上の中…。
へぇ…頭はいいのね。
でも…素行の悪さも"上"になってるけど…変なの、あんな素直な子なのにどこが素行悪いんだろ…。


そう思いながら中学の時の担任が書いたと思われるメモを読んでみた。
するとそこには、"教師への反抗多々あり。ケンカ、煙草、補導、数え切れず"と書いてある。


「何だ、別に大した事じゃないじゃない(!)…煙草は体に悪いから良くないとしても…ケンカするのは元気がある証拠なのに」


は何でこれだけ(!)の事で"素行の悪さは上"なんだろう?と首を傾げた。
そして、ふと家族欄に目が行く。


「母親は…彼が幼い頃に病死…。現在は父親と弟の3人暮らし…?」


(そうなんだ…彼もお母さんを病気で亡くしてるのね…。かわいそう…きっと寂しいんだろうな)


一瞬、自分とジョシュの境遇が重なり、はグス…っと鼻を啜った。
すぐ自分に置き換えて相手の気持ちを考えてしまうのはのいい所であり困った所でもある。
ちょっと浮かんだ涙を拭いつつ、他の箇所も見て行くと、弟も同じ高校にいると書いてあり少しだけ驚く。


「え…ジョシュの弟はうちの高校の1年生なんだ…。名前は…ジョー…?ジョー・ハートネット…」


クラスを見て行くと"1年D組"とあり、彼もまた男子クラスらしい。
そして、ふと今日弟になったばかりのダニエルの事が頭に浮かんだ。


「あ、そっか…。じゃあ…ダニエルと同じ学年になるのね…」


そんな事を考えつつ、は名簿を捲った。
次の生徒はレオナルドと書かれている。


「あ…そう言えば彼…具合大丈夫かなぁ…」


早退していた事を思い出し、また心配になってくる。
そして最後のところに家の住所が書かれているのを見て苦笑した。


「何だ…。これに載ってたんだ…」


何もジョシュに聞く事もなかったとはその住所を確めて…そして目が点になった。


「嘘…うちから凄く近いじゃない…」


レオの家の住所は、何との家のすぐ近く。
歩いて数分のところにあった。


まずいなぁ…
こんなに近いなら…そのうちバッタリ会ってしまうかもしれない。
それに、この家の事だって知ってるかも…
うちのファミリーは皆、見た目が怖いから近所でも有名だし…
まあ、それでも近所の人には迷惑にならないよう祖父も厳しく言ってるし礼儀正しいから評判はいいんだけど。
でも…マフィアのグループって事はバレてるしなぁ…。


はちょっと困ったと溜息をつく。
そしてレオの今までの経歴に目を通した。


うわ…彼も成績はいいんだ…上の下なのね。
ああ、でも彼も素行の悪さは上の上になってる…
ジョシュより上って事は相当に悪いのかしら…


そんな風には見えなかったのに、と思いながらメモを見ていく。(人を見る目なし)


ケンカ…酒、煙草で補導された回数……わ、78回?!ちょっとこれは…多いわね…。
しかもケンカの相手を病院送りにして逮捕されかかってる…
でもレオがやったという目撃証言もないまま証拠不十分で釈放された…


それを読んでは首を傾げた。


「変なの…。ケンカしたって分かってるのに証拠不十分だなんて…相手に聞けば分かるのに…」


そう思いながら今度は家族構成に目を通す。
そしてそこで再び驚いた。


「え…彼のお父さんって…政財界の大物なわけ?!」


"ジョージ・ディカプリオ" ―でも知ってる名前が載っていてかなり驚いた。


「そう言えば…レオのファミリーネームと同じだわ…。何で気づかなかったんだろ…」


そう、それにこの辺に家があるのは金持ちの証拠だ。
ここはロスの高級住宅街、ビバリーヒルズなんだから…
そして…彼が簡単に釈放された理由も分かった。
彼の父親の手にかかれば息子のケンカなどもみ消す事くらい造作もない事…


はちょっと息をつくと名簿を閉じて目頭を指で抑えた。
何だか色々な境遇の子がいるなぁとシミジミ感じる。
だが自分だってマフィア最大グループのトップの娘なのだ。
そう考えると、うちのクラスもなかなかのもんだ、なんて呑気な事を考えた。


「担任がマフィアグループのボスの娘で…生徒は政財界大物の息子、かぁ…。ふふ、変なクラス」(!)


自分で言ってりゃ世話もない。


「でも…うちの事は隠しとおさなくちゃ…」


いくら祖父と校長が古くからの知り合いで話はついていたとしても世間の目がある。
決して家の事はバレないようにしないといけない。


はそう決心をしつつ、生徒の履歴書をしまうと今度は明日の授業で使うプリントを作る事にした。
時計を見れば午後の9時。


「う〜ん…今夜はちょっと徹夜かなぁ…」


そう呟きつつもその表情はとても楽しそうだ。


は腕を伸ばし首をひねりつつも、自分のノートを開き、作業にとりかかったのだった。























***クルーニー家・ジョンの部屋***







「で…ほんとのとこ、どう思うんだ?お前は」


ジョンは弟分のショーンにウイスキーを注ぎながら問い掛けた。
ショーンは軽く頭を下げてグラスを口に運ぶと小さく息をついて顔を上げた。


「俺は…転んだんじゃないと思うな」
「…そうか…。じゃあ…そのガキどもが何か関係してるとでも?」
「そう…感じたんだ。まあお嬢の手前…問い詰める事は出来ませんでしたけどね…」


ショーンはそう言って忌々しげにグイっとウイスキーのロックを煽る。
ここはジョンの部屋。
部下たちは皆、この家の離れに部屋をもらっている。
いつもの様に寝る前に一杯、と思っていたジョンの元へショーンがやって来たのだ。
話はもちろん大切な"お嬢"のこと。


「で…どうするんだ?お前がそのガキどもを問い詰めて真相を知った所で何も出来ないぞ?何せお嬢さんの受け持ったクラスの生徒だ」
「そう…それが悔しいんですよ、俺はっ!」


ショーンはそう怒鳴ってダンっとテーブルを叩いた。
その拍子にグラスがゴトっと揺れてジョンもビックリしている。


「お、大きな声出すな、バカ!ビックリするだろう!」
「あ、す、すみません、ジョン兄貴…」


ガシガシと頭をかきつつショーンが困ったように眉を下げる。
ジョンは、「全く…お嬢さんの事になると、いつもこうだ…」とブツブツ言いながら零れたウイスキーをタオルで拭いた。


「だって兄貴、お嬢は大切な―」
「分かってる、分かってるよ、お前の気持ちは!」
「…はあ…」


呆れたようにそう言ったジョンにショーンはますますシュンとした。
そんな彼を横目にジョンは再び彼のグラスにウイスキーを注ぐ。


「はあ…とにかく…。明日からお前も目を光らせておけ。それと…お嬢のクラスの生徒全員の事を調べて来い」
「え?あ…分かったよ、兄貴…」
「まあ、あの学校の…特に男子クラスの生徒は本当に悪ガキばかりだからな…。
亡くなった奥さまが受け持っていた生徒達も確かそうだった。色々と悪さをしては奥さまを困らせ、泣かせて…」
「そ、そんなに酷かったんすか…」
「ああ。そりゃもう…。夜中に電話がかかってきちゃ、やれ警察に捕まった、とかケンカしてる、とかな…
おかげでジュニア…じゃなくてボスも新婚ながら一緒にいる時間すらなかったほどだ…」


ジョンは当時を思い出すように目を細めた。


「よく銃を持っては"生徒をぶっ殺す!"と騒いで奥さまに怒られていたなあ…」
「そ、そうだ、そう言えば…俺が来た当時もそんな事があった気がするな…」
「だろう?だからそれを見ていた大ボスはお嬢さんまでが教師になると言い出した時、あんなに反対したんだ」
「なるほど…でも…ジュニア…ボスは嬉しそうだったけど」
「ああ、きっと…亡くなった奥さまと重ねて見てるのかもしれないな。最近は特に美しくなられて奥さまに似てきたし」
「そうだなぁ…。ほんとお嬢は奇麗で可愛らしい方だし…」
「………」


頬を染め、そんな事を呟くショーンにジョンは軽く目を細めた。


「全く…ほんとお前はお嬢さんバカだな…」
「な、何だよ、それ…。それに仕方ないだろ?俺はお嬢が生まれた頃からずーっと見て来てるんだから!
大ボスやボスと同じようにお嬢が大切なんだ!」
「バーカ、俺だって同じだよ。お嬢さんが初めて歩いた時は俺が傍にいたんだからな?」
「な、それを言うなら俺だって!お嬢が初めてしゃべった言葉、兄貴知ってるか?」
「…何だよ…」


対抗してそう言ってきたショーンにジョンは少し眉を顰め、問い掛けた。
するとショーンは胸を張って得意げに、














「"おめぇら…せんしょーだ!"」






「………」














それは現ボスであるジョージの、他グループとモメた時の口グセだった……



























***ジョン・マーシャル高校***









「お嬢、大丈夫ですか?ほんとに…」
「もーショーンってば心配性ね…。こんな傷、大したことないって言ってるじゃない…」


高校の手前で車を下りる際、はそう言ってショーンを睨んだ。
怪我をしてから3日も経つと言うのに、まだあれこれ心配してくるショーンには困っていた。


「で、でもまだ足を引きずってるし…」
「…挫いただけよ?一人でも歩けてるし平気」
「だ、だけど昨日だってコケてオデコをぶつけてきたじゃないですか…」
「あ、あれは…だからその…」


ショーンにそう言われは慌てて額に貼ってあるカットバンを手で隠す。
確かに昨日もぶつけてアザになっているのだ。
そんなを見てショーンは溜息をつくと、「一昨日は階段から落ちてお尻を打ったし…」と呟く。
それにはも真っ赤になった。


「毎日、毎日、怪我をされて帰ってこられたんじゃ、そりゃ心配もしますよ…」
「な、何よ、どれも大した怪我じゃないじゃない…」


はそう言って頬を膨らませる。
だがショーンは眉を寄せて、「本当は…あいつらに何かされてるんじゃないですか?」と目を細める。
それにはもドキっとしつつ首をぶんぶんと振った。


「ま、まさか!そんなことあるわけないでしょ?うちのクラスの子は皆、いい子ばかりだもの」


そう言って笑って誤魔化すとショーンはますます疑いの眼差しでを見つめる。
その視線に耐えられなくなったは腕時計を見るフリをして、「いけない、遅刻しちゃうから!」と急いで車を下りた。


「あ、お嬢…!ほんと気をつけて下さいよっ」


後ろからショーンの声が聞こえるがは軽く手を振っただけで、そのまま学校に向かって歩き出した。


「もう…ショーンってば、だんだんおじい様に似てきたわ…」


軽く溜息をつきながら、そう呟くとそっと額に手を当てる。


(はぁ…でも案外スルドイなぁ…。気をつけなくちゃ…。バレたらショーンのことだしマシンガン片手に乗り込んできそうだわ…)(!)


は変な想像をしながらブンブンと首を振った。
と言うのも……
一昨日の怪我はあのレオが帰ろうとするのを追いかけて階段から足を滑らせたからで、
昨日の怪我は煙草を吸っていたブレンダンを注意したら、「うるせぇなっ」と押しのけられた時に壁にぶつけたもの。
まあ相手に悪意があったわけじゃないので生徒のせい、とは思っていないがショーンが聞けばきっと二人を責めるだろう。
それが分かっているので単に自分のドジのせいにしているのだ。


「はぁ…。今日は怪我しないように気をつけなきゃ…」


そう心に決めて軽く深呼吸をすると校門をくぐる。
そこへ明るい声が聞こえて来た。


ちゅわーーん♪グッモーニーーーン♪」
「あ…オーランドくん…」


後ろから元気よく走って来たオーランドは軽くジャンプをしての前に立った。


「おはよう」
「おはよ!今日もプリティだね〜!」
「…あ、ありがとう」
「今、そこであのボディガードのお兄さん見かけたよ!」
「え…?」


ニコニコしながらそう言うオーランドにはドキっとした。


「今日も送ってもらったの?」
「え、ええ…」
「そっかぁ。いいなー送り迎えつきなんて!」
「そ、そう…?私は…ちょっと嫌だけど…」
「え、何で?あ、分かった!あのお兄さん怖いからでしょ」
「こ、怖いって言うか…」
「だって俺、車、見かけたから思い切り手を振ったら凄い怖い顔でジロって睨んで行っちゃったしさぁー」
「………」


それを聞いては顔が引きつりそうになったが何とか笑顔を取り繕う。


「き、きっと…機嫌悪かっただけじゃないかな…」
「そうかなー」
「そ、そうよ。それより早く教室に行きなさい。遅刻しちゃうわよ?」
「いいよ、そんなの。一緒に行こう、ちゃん」


オーランドはそう言いながらと一緒に校舎の中へと入る。
だがは困ったようにオーランドを見上げた。


「あ、あのオーランドくん…」
「オーリーでいいよ。何?ちゅわん♪」
「……そ、その…名前で呼ぶの…やめてくれるかな…」
「え?どうしてさ」


廊下を歩きながらオーランドを見上げると彼は口を尖らせてピタリと足を止める。
も一緒に立ち止り、苦笑交じりで顔を上げた。


「出来れば…先生って呼んで欲しいかなぁ…って…」
「えぇー?だってちゃん先生ってイメージじゃないし!ほら、先生って響きって何か可愛くないっていうかさ☆」
「か、可愛いとかそういうのじゃ…」
「まま!いいじゃん♪俺、ちゃんとは友達から―」


「バーカ。教師と生徒が友達になれるわけないだろ」


「「―――っ」」


突然、後ろから声が聞こえて二人が振り向くと―


「レオ…!」
「レオナルドくん…」


レオが欠伸をしつつ、二人の方に歩いて来た。
が、不機嫌そうにを見て軽く舌打ちすると、


「だから、その"くん"付けやめろって昨日も言ったろ」
「で、でもあなたは生徒だし―」
「俺はあんたの生徒だって思ってないし」
「……っ」


レオの一言では一瞬、悲しげな顔を見せた。
それに気づいたオーランドがレオの後ろからガバっと抱きつく。


「うーわーひど!レオってば今のはちゃんが可愛そうだろー?」
「うるせぇなー。お前は背後霊か!重たいんだよ…っ」
「うわ、俺にもひど!俺は生きてるから幽霊じゃないよっ…って、あ、ちゃん、後でね!」


オーランドはに笑顔で手を振るとそのままレオと階段を上がっていってしまった。
それを見送りつつ軽く溜息をつくと自分も職員室に向かう。


「いちいち、あいつの言うことに落ちこんでんなよ」
「―――っ?」


その時、不意に声がして振り返ると、後ろからジョシュが呆れ顔で階段を上がってきた。


「あ…おはよう、ジョシュくん」
「……」


ジョシュは返事もせず、を追い越して行く。
だがふと足を止めて、「…そんなんじゃ俺らの担任なんて出来ないぞ?」と一言呟いた。


「……っ」


その言葉にが顔を上げるとジョシュはチラっと振り向き、「ま、あんたもそのうち辞めたくなるかもな」と苦笑する。


「…っ。…そんな事ないわ?」


そこは否定してジョシュを見上げる。
その強い眼差しにジョシュは一瞬、眼を反らした。
だがその時、が何かに気づいたように階段を上がり、ジョシュの腕を持ち上げる。


「ここ…ほつれてる…」
「え?ああ…この前の時にな」
「…あ、あのケンカの時…」
「いいから離せよ…。変に思われるだろ?」


ジョシュはそう言うとの手を振り解き、サッサと階段を上がって行こうとする。
だがそれをが追いかけ、また腕を掴んだ。


「何だよ…っ」
「それ脱いで」
「――は?」
「それ。私、裁縫なら得意なの。縫ってあげる」
「はあ?」


ニコニコしているを見てジョシュは眉間を寄せた。


「バカじゃねーの?いいよ、そんなの」
「よくないわ?ほら早く!チャイム鳴っちゃう」
「バ…おい…っ」


は嫌がるジョシュの制服のジャケットを無理やり脱がすと、「放課後までには直しておくね!」と階段を上がっていってしまった。


「お、おい!」


全て一瞬の事でジョシュは唖然としつつ、途中まで追い掛けた。
だがは職員室に入ってしまい、思い切り溜息をつく。


「何だよ、あいつ…。マジ、勘弁して…」


ガックリと頭を項垂れ、踵を翻すと仕方なく教室へと向かった。
だが…


「…ックシュ!……さむっ!」


いくらロスとは言え、すでに秋。
今日は久々に気温も低く、あげく校内ではまだ暖房がついてない。
シャツ一枚では肌寒いのだ。


「ちっくしょー…。風邪引いたら休んでやる…」



ジョシュはそんな事を呟きつつ、階段を上がって行った。
















***職員室***





「あれ、何してるんですか?先生」
「あ、ジゼル先生」


そこに科学教師のジゼルが歩いて来た。
今日もまた派手にスカートが短い。
彼女はが手にしているジャケットを見て首を傾げた。


「それ生徒の…ジャケットでしょ?どうしたの?」
「あ、これ袖がほつれてるから縫ってあげようと思って」
「えーー。優しいー。わざわざそんな事するなんて」


ジゼルは心底驚いた顔での隣に座る。
だがは首を傾げつつ彼女を見た。


「どうしてですか?自分の生徒なんだし別に当たり前の事じゃ…」
「そうかなぁ。恋人のでもあるまいし私なら面倒だけど…。それD組の生徒の?」
「ええ…ジョシュくんのです」
「ジョシュくん…?ああ…ジョシュ・ハートネットね」


ジゼルはそう言って意味深な笑みを浮かべた。


「彼、ちょっとカッコいいわよねー。身長も高いしクールだし!」
「え…?そ、そう…ですか?」
「あら、先生はそう思わない?彼、うちの女生徒からは怖がられてるけど他校の女生徒からは人気あるみたいよ?」
「そ、そうですか…。私は…生徒をそんな風に見た事ないから…」
「えぇ?どうして?生徒って言っても、それほど歳なんて変わらないじゃない」


あっけらかんとそう言ったジゼルには目が丸くなった。


「そ、そんな事言って…」
「なあに?生徒を男として見ちゃ変?」
「へ、変って言うか…」
先生は真面目ね。私からすると生徒も恋人候補のうちなんだけどな」
「んな…っ」


それには溜まらずは椅子から立ち上がった。
その拍子にガタンと音がして教頭にジロっと睨まれる。


「もう…そんなに驚かなくても…」
「ご、ごめんなさい…。ちょっと驚いちゃって…」


は顔を赤くしながら再び椅子に座ると教頭の方に頭を下げた。
教頭は"うるさい"とでも言いたげにを睨んでいたがジゼルがニッコリ微笑みかけると、すぐに顔が緩んでいく。
それを見てジゼルはクスクス笑った。


「教頭ってば私に気があるの見え見え。ま、でもあんな気持ち悪いおじさんより若くて男前の生徒の方がいいわ。そう思わない?」
「わ、私は別に…」


そう言いながら授業の準備を始めるもジゼルはからかうようにクスクス笑っている。


先生が羨ましいわ?3年生の受け持ちで。私なんて1年生だから、さすがにね」
「え…?ジゼルは…1年の担任なの?」
「ええ。1年G組。いくら男子クラスって言っても16歳じゃね。さすがに手が出せないわ」
「て、手を出すって…」
「どうせなら私が3年G組の担任になりたかったなー」


ジゼルはそう言うと笑いながら教科書を出し始めた。
彼女の言葉には首を傾げると、「どうしてですか?」と聞いた。


「ほら、レオがいるでしょ?」
「え?あ…」
「彼も素適よね。まあ普通の高校生ならお金もないし…恋人ってよりは遊びになっちゃいそうだけど…
彼ならお金もあるし、もちろんあの家柄だから社交性もある。女の扱いも慣れてそうだし本気で相手にしてもいいかなって感じじゃない?」


ジゼルは悪びれもせず、そんな事を言って笑った。
だがはレオの家の事まで持ち出す彼女に何となく嫌な気分になり、、


「やめてください、そんな風に言うの…。彼は私の生徒です!」


と彼女を睨んだ。
それには一瞬、キョトンとしたジゼルもすぐに「ぷ…っ」と噴出した。


「やだ…ほんと真面目ね?まあ心配しないで?私だって本気で生徒を口説こうなんて思ってないから」
「…え?あ…ご、ごめんなさい…っ」


は顔が真っ赤になり、慌ててジゼルに謝った。
だが彼女は気を悪くした様子もなく楽しげにを見た。


「いいってば。私も悪かったわ?それより時間だし…そろそろ教室に行った方がいいわよ」
「え?あ、いけない…!」


時計を見ればホームルームの時間まで残り2分。


は慌てて職員室を飛び出したのだった。












***ショーン***








「ふむ…何だ、あいつら…。もうとっくに席についてなきゃいけない時間なのにウロウロしやがって…」


双眼鏡を覗きながら俺は軽く舌打ちをした。
今朝、俺はお嬢を学校に送り届けた後、ジョン兄貴に言われた通り、あのクソガキどもの素行調査をしている。


そう…こうして…木の間から…(!)


「お、落ちる…!」


あまりに身を乗り出してたからかグラリと視界が揺れて慌てて木にしがみつく。


「ふぅ…危ない危ないっと…」


何とか体勢を整え、再び双眼鏡を覗く。


――ここは学校裏手にある大きな公園。
その中に小高い丘のような場所があり、その一番上にある大きな木に登ると、ちょうどお嬢のクラスが見える位置。
しかも超高級双眼鏡だからズーム機能が充実していて教室の隅々まで見渡せるのだ。


「クソ…あいつら、ちっとも席につく気配がねぇな…」


チャイムはとっくに鳴ったのに未だ教室内をウロウロ歩き回る生徒や廊下と教室を出たり入ったりしている生徒。
はたまた煙草を吸いながら雑誌を呼んでる奴までいる。
それを見ていて俺は無性に腹が立ってきた。


お嬢…こんな奴ら相手に毎日苦労をしてたのか…!
なんて不憫なんだ…!
ぬ…あいつ!大欠伸なんてしやがって!あーあー机に伏せて寝るつもりか?!
学校を何だと思ってやがる!!!


俺はメラメラと燃えてくる怒りに手が震え視界がぶるぶると震えた。
(と言ってもショーンも高校生の頃は奴らと同じような生徒だったというのをすっかり忘れているらしい)


「ん…あいつ…」


ジっと燃えるように見ていると金髪の生徒が歩いて来て雑誌を読んでた生徒が顔を上げた。
その顔を見て俺は眉を寄せ、そして思い出した。


「あ!!あいつ…この前、お嬢と一緒にいた…!」


そうだ!忘れないぞ、あの顔!一番ひょろっとした奴だ…
俺を冷めた目で見て何だか妙に落ち着いた雰囲気のあのガキ…!


「あのヤロウ…学校に雑誌なんて持ってきやがって…!」 (←自分はエロ本を持って行っていた)


ギリギリと奥歯を噛み締め、双眼鏡越しに奴を睨む。
あいつ…確かジョシュ…そうお嬢がジョシュと呼んでた奴だ。
そして…あいつの隣に座った金髪の男…
あいつは確か、昨日の帰り、お嬢が「さよなら」と言ったのを無視して帰ったクソガキか?!
あれを見て俺は思わず射殺しそうになったぜ…(!)(まあお嬢に止められたが)
そうか…あの二人は友達か…どおりでどっちもいけすかない顔してやがる…(イケメン嫌いな俺)
どうもさっきから見てると…お嬢の受け持ったクラスは噂以上に面倒な生徒が多そうだ…


俺はそう思いながら全員、卒業したらぶっ飛ばしてやる!くらいの事を考えていた(!)
と、その時。
ドアが開き、"麗し"のお嬢が駆け込んできた。


「あ…お嬢…!はぁ…教壇に立つお姿もナイスだー」


俺は一気に顔を緩ませながら、お嬢が生徒に何か話してる姿を見ていた。
(ん…?今…お嬢がいなくなった気が…)
今までいた場所からお嬢の姿が消えキョロキョロ見渡した、が、すぐに俺の手がわなわなと震えてくる。


「あんのガキども〜〜〜っ!!お嬢が来たってのに何ウロウロしてやがんだ!!席に戻れ!」


お嬢が来ても一向に自分の席につかない生徒達に俺の怒りは頂点に達した。


「おのれぇ…あいつらお嬢の生徒じゃなくなった時、命はないと思え…っ」


お嬢に聞かれたら怒られそうな事を呟きながらギュウっと双眼鏡を握りしめる。
おかげで超高級双眼鏡がミシミシと苦しげな音を立てた。


と、その時――




「ねーねーマミー!変なおじさんが木に昇ってるよー!」
「え?…キャ!へ、変態…!!」
「え、あ!ちょ…ち、違う!俺は変態じゃ…!」
「だ、誰か来てーー!ここに変態がいるわー!双眼鏡で覗きしてるわーーっ!」
「―――っ!!!」


子供連れの大柄な中年女性に叫ばれ俺は慌てて木から降りた。
そして車の方に一気に走る。
公園には朝から散歩に来てる老人や、まだ小学校前の子供を連れた主婦がまばらにいるのだ。
ここで警察に突き出されてはボスたちに迷惑がかかる。
それを避けるために俺は必死に走った。


「こらーー!待ちなさい、変態!!」


「くそ!ここでポリに捕まるわけには…!!」 (その前にあのおばはんの太い腕に捕まったら命取りだ!)


首から大きな双眼鏡を下げながらも俺は必死に中年女性から逃げ切ったのだった。






















***3年G組***





「おい、ジョシュ。そういやジャケットどうした?」


席で雑誌を読んでると廊下で隣のクラスの奴と遊んでいたレオが戻って来た。
ジョシュはその声に顔を上げると雑誌を置いて軽く肩を竦めた。


「取られたよ」
「は?誰に…」

「…?ああ、あいつか…。ってお前まで名前で呼んでんのか」
「先生って呼ぶか?」
「ぅげ、やめろよ、らしくないから」


レオはそう言って顔を顰めると自分の席に座った。


「…で、何で取られたんだよ」
「ん?ああ、ジャケットの袖がこの前のケンカの時にほつれてさ。それを縫ってあげる、だってさ」
「…はあ?縫うって…あいつが?」


レオはちょっと眉を上げて机につっぷしていた顔を上げた。


「裁縫、得意なんだって」
「はっ。嘘つけよ…。あんなドジな奴が裁縫、うまいわけないじゃん」


レオはそう言って笑うと椅子に凭れかかって足を組んだ。
そんなレオをチラっと見るとジョシュは苦笑いを浮かべ同じように足を組む。


「なあ、レオ」
「何だよ」
「何でそんなに嫌ってんの?」
「は?」
のこと。いつも軽いイジメ入ってるだろ。言う事に」
「ああ…」


ジョシュの言葉にレオはちょっと笑うと煙草を口に咥えた。


「別に。いつもの事だろ?」
「そうか?今までは…そんなに言うほど教師にかまったりしてなかったろ?ブレンダンとかはともかく」
「そうだっけ?そんな事ないよ」


煙を吐き出しながらレオは天井を見上げる。
だがふと顔をジョシュに向けると、「何でそんなこと聞くわけ?」と逆に問い掛けた。
するとジョシュは目を伏せて笑みを浮かべる。


「別に。ただレオらしくないなと思ってさ」
「何だよ…何が言いたいんだ?さっきから」


ジョシュの意味ありげな言葉にレオは少しムっとして体を前に出した。
だがジョシュはちょっと笑うと自分も煙草を咥え、静かに火をつける。


「…調子が狂うからだろ」
「え?」
「レオがに必要以上に冷たくするのは自分のペースが乱れるからだろ?」
「―――っ」


ガタン…と音がして椅子が後ろにひっくり返った。
その音で一斉にクラス中が二人を見ると、レオが怖い顔で立ち上がりジョシュを睨みつけている。


「どういう意味だ、ジョシュ」
「別に意味はないって。ただそうじゃないかと思っただけ」
「ふざけんな!あんな女、関係ないっ」
「そう?じゃあもっと普通にしてろよ」
「―――っ」


チラっと見上げてそう言ってくるジョシュにレオはカっとなって彼の胸倉を掴んだ。


「お、おい、レオ…」


二人の様子に心配になったのか、オーリーとドムも走ってくる。
他の生徒も固唾を飲んで二人を見ていて教室の中が一瞬シーンと静まり返った。
そんな周りを気にせずレオはジョシュを睨みつけている。


「お前こそ変だろ?」
「何が?」
「妙にあの女を気にして…。前の担任の時なんか、あんなに無視してたのに」
「そりゃあいつが無視したくなるようなことを言ってくるからだよ」
「へぇ…じゃああの女はそうじゃないって?」
「まあ…そうだな…。無視するってよりも…逆にツッコミどころが満載ではあるな」
「…ただ単にバカなだけだろ?」
「あー。そうとも言うな。ある意味バカかも…」
「…っ?」


ジョシュの言葉にレオは一瞬、キョトンとして、その後に小さく噴出した。
そしてそのまま掴んでいた手を離すと、「アホくさ…。何であの女の事でジョシュとケンカしなくちゃなんねーんだよ」と机に腰掛ける。
その様子にオーランドや他の生徒達もホっと息をつき、再び教室がザワザワと騒がしくなった。
ジョシュは乱れた襟元を直しつつ自分の椅子に座り床に落ちた煙草を足で踏み消すと、


「お前が勝手にキレたんだろ?」


と苦笑しながら肩を竦めて見せた。
その時、勢いよく教室のドアが開き、が走りこんでくる。


「ご、ごめんね、遅くなっちゃって…キャ…!!」


「「………」」



ガタン…という派手な音と共にの姿が一瞬で視界から消える。
それを見てレオは目を細めると、




「ほーんと…バカっつーより……究極のドジって方があってるな…」


「だな…」




レオの言葉にジョシュも大きく頷くと目の前で真っ赤になりながらオーリーに起こされてるにまた小さく笑みを零した。















***ジョシュ***











「はぁ…すっかり遅くなったな…」


時計を見ながら俺は溜息をついた。
午後の8時。
今日は学校の帰り、レオに無理やり誘われパーティなんぞに突き合わされたのだ。


「人数が足りないんだ。頼む、来てくれよ」


行くはずだったブレンダンが彼女から急遽呼び出され行けなくなり人数が揃わなくなったらしい。
そこで、いつもならこんなパーティに行かない俺に白羽の矢がたった。
最初は「嫌だ」と言って断ったが、レオはオーリーやドムまで巻き込んで俺を半ば無理やり自分の家に連れて行った。
そこで何だかレオのキザったらしいスーツに着替えさせられ、(制服のままじゃパーティに行けないからな)
俺も最後は諦めて仕方なく皆について行ったのだ。


レオの行きつけのクラブにつくと何だか年上のお姉さん達(確か22〜24歳つってたな)がビシっとメイクをして待ち構えていた。
そこで嫌になるくらいベタベタされて俺は正直ウンザリだった。
どぎつい香水の香りと化粧の匂い…。
わざと体のラインを強調した服で近づき、俺の体に密着させてくる。
まあ、俺達が高校生って思ってないんだろうけど…(レオは引っ掛けた女には最初、絶対に歳は言わないからな)
そんなに男に飢えてんのか?と聞きたくなった。
俺の傍から離れなかったエリザとかいう女は(歳は…22歳っつってたな)もろに誘ってきやがった。


「これから抜け出して私の家に来ない…?」


俺の耳元でそう囁いて、長く伸ばした爪で首筋をなぞってくる。
その時ばかりは盛りのついた猫に追い詰められてる気分だった。
レオ達は割り切って楽しんでたみたいだったが(あの後、絶対レオは女の家に行ったな…)俺はどうもあの手の女は苦手だ。
ただヤルだけの目的だとしても、あんなギラギラした女なんて抱きたくもない。
だから「これから約束がある」と早々に逃げてきたのだ。


「22歳であれじゃ…10年後はもっと恐ろしい女になってそう…」


家に向かって歩きながらそんなボヤキが洩れる。
スーツの胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけると思い切り吸い込んだ。
夜空に白い煙が舞っていくのを見ながら、それを見上げる。
その時、ふと、"同じ22歳でもとは随分、違うな…"と苦笑が洩れた。


同じ"女"なのに。
はあんなお色気むんむんって感じじゃない。
もっと…爽やかな…そう、何となく一緒にいると嫌な気分にさせない独特の空気を持ってる気がする。


だからかな…。いつの間にか普通に話せるようになったのは…。あいつは…俺をイラつかせない。
今までの教師たちみたく、俺を嫌な気分にさせないんだ。


そこに気づいてちょっとだけ笑みが洩れる。


「変な女…だけどな…」


思い切り煙を吐き出し、煙草を指で弾くと、そろそろ我が家が見えて来てポケットから鍵を取り出した。


ああ…明日の朝、レオんち行って制服取ってこないと…
面倒くせー…
あいつ女の家に泊まる気かな。
だとすると、また庭からあいつの部屋に忍び込まないといけない…
あいつんちセキュリティー凄いから大変なんだよな…


あれこれ考えながら家の前まで歩いて来るとリビングに明かりがついているのが見える。
きっと弟のジョーが帰ってるんだろう。
あいつもチョコチョコ悪い事はやってるが、まあ根は真面目だからな。


ドアに鍵を差込み、いつものように開ける。
中からテレビの音が聞こえて来て、ジョーがいるのが分かった。
そのままリビングに顔を出す。




「ジョー。ただいま」


「あ、兄貴、お帰りぃー」


「お帰りなさい、ジョシュくん!」


「―――!!!」




一瞬、我が目を疑った。



そこにはジョーだけじゃなく、何故かがニコニコしながら座っていた―!




















***某所にある、とあるクラブのビップルーム***





「ジョシュ、何で帰ったんだろー」


オーランドがビールを煽りながらソファに凭れた。
ここはレオの父親が入っている会員制クラブのビップルームだ。
本来なら高校生が入れる場所ではないがレオの場合は顔が聞くので、いつもコッソリ入れてもらっている。


レオは煙草を咥えながらバーボンのロックをグラスに注ぐと、「さぁな、あの女が気に入らなかったんじゃねーの」とニヤリと笑う。


―今、女性陣達はメイク直しなのか皆でレストルームへ行っている―


「でもさぁー。結構、いい女じゃん。ナイスバディ〜〜だしさ♪」
「ジョシュの好みはいまいち分かんねーからなー」


ドムもケラケラ笑いながらビールを煽る。
その言葉にレオも苦笑した。


「ほーんと。前の女と別れてから1年になるのに彼女作ろうとしないしな。メンドーだって言ってるし」
「なー?前は適当に遊んでたりしたのに、ここ最近はサッパリだね」
「あーでも前に紹介した女とちょっとの間会ったりしてたみたいだけど…」


ドムがそう言ってレオを見た。
するとレオが笑いながら肩を竦める。


「ああーあの女ね。SEXフレンドだろ?」
「そうそう。何で会わなくなったのかな。もったいない、彼女も奇麗だったろ?」
「ドムにかかれば何でも奇麗な女だな」


レオはそう言って笑うと煙を吐き出し、新しいワインのコルクにオープナーを差し込む。


「ってかさ。ジョシュはそういうのが嫌になったって言ってたけど?」
「そういうのって?」
「だから…遊びでSEXするのが」
「えーー何で何で何で?!いいじゃん、遊びでヤラせてくれるなら!俺達、青少年にとったら最高じゃん!」
「うるさい、オーリー!ほんとお前は単純でいいよな…」
「何だよ、レオー。ジョシュも俺達と同じ18歳の健康な男の子だろー?ヤリたい盛りなのに無理しちゃ体に毒だって!」


オーリーはいつもの如く口を尖らせソファに凭れかかった。
そんなオーリーを見て苦笑しつつレオはワインのコルクを引き抜いた。


「バーカ。あいつは…自分に合った女を探してるんだよ…」
「へ?何ソレ…」
「前に…チラっとそんなこと言ってたんだ。"いい女ってきっと自分にとってしっくりくる女のことで、俺はそんな女を探してるんだ"ってさ」
「うぇーーえーーえ!何だよーカッコいいじゃん、ジョシュの奴!何、あんな無愛想なくせに言う事はロマンテック?!
よーーし!明日からジョシュのこと、"ミスター・ロマンティック"と呼ぼう!!」


オーリーがいつものノリで拳を振り上げ、ソファの上に立ち上がると、レオが半目で顔を上げた。






「殺されてもいいなら呼べよ……」


「…嘘です…。呼べません、僕…」


「ああ、だろうな…。ジョシュは怒るとレオと同類になるから…ぅぎゃ!」







ドムもボソっと呟くと、レオから一発キツイパンチを頂いた。























***再びハートネット家***











「な…何してんだよ…!」



俺は目の前の光景が信じられなくてちょっとだけ目を擦ってしまった。
だがが消えたりするはずもなく―


「何って…ジョシュくんを待ってたの。ジョーくんと一緒にテレビ見てたわ」
「そうだよ?でも兄貴、遅いし携帯も繋がらないからさー」


弟のジョーはそう言って肩を竦めた。
それを聞いて俺はハっと携帯を取り出すとすぐに電源を入れた。
レオに言われて切ってたままだった。
だが…どうしてが俺の家に来てるのかが分からず、再び問い掛けた。


「ってか…何しに来たわけ…?」
「え?あ、そうだった…。あのね、これを届けに来たの」
「は?あ…」


そう言ってが紙袋から取り出したのを見ると―


「俺のジャケット…」
「うん。ほら直しておいたの。放課後、教室に行ったらジョシュくんいないんだもん。だから家に届けに来たの」
「……」


そうだ…チャイムと同時にレオに連れ出されてホームルームをサボっちまったから…
すっかりジャケットの件を忘れてた。
でもまさか、わざわざ届けに来るか?普通…
しかも家に上がりこんで生徒の弟とテレビ見てるって…どうなの?それ…


「ジョシュくん…?あの…」
「あ、ああ…。わざわざサンキュ…。あ、これも直してもらっちゃって…」


普段、人に…ってか"教師"に礼なんて言わないから何となく照れくさいし少々素っ気なくなってしまった。
だがは気にした様子もなく嬉しそうに微笑むと、「ううん、これくらい全然」と俺を見る。
その瞳はやっぱり真っ直ぐで素直な性格を現すようにキラキラ輝いてた。
俺は少し照れくさくて視線を外すと、「あ…お茶でも…飲む?」と聞いた。
だがが答えるより先にジョーがソファから立ち上がる。


「っつか俺、腹減ったんだけど」
「え?ああ…そっか…。何も食ってないの?」
「食べてないよ。先生と一緒に兄貴待ってたんだから」
「あ、そっか…」



俺は軽く息をつくとの方を見た。


「悪かったな、ほんと。もう遅いし家まで送る―」
「ねぇ、ジョーくん、私、何か作ってあげよっか」
「は?」
「え、ほんと?いいの?」
「うん、いいわよ?私に付き合ってくれたお礼」
「やった!女の子の料理なんて初めてかも」


ジョーはそんな事を言って嬉しそうに指を鳴らした。
だが俺は驚いてジョーの頭を小突く。


「バカ!こいつにそんなことさせられる訳ないだろ?先生だぞ?それに先生に向かって女の子って―」
「いいの。どうせお父様も帰り遅いんでしょ?あ、ジョーくん、キッチンどこ?」
「あ、こっちだよ」
「あ、おい、ちょ…」


は何だか張り切った様子でジョーとキッチンに歩いて行く。
俺は慌てて受け取ったジャケットをソファに放ると二人の後を追いかける。
ジョーはすでに冷蔵庫から材料を出してに、「俺、ドリアが食べたいなー」なんてリクエストまでしていた―!


「いいわよ?ドリアなら前にうちのファミリーに作ってあげたことあるし」
「…ファミリー?先生の家ってそんなに大人数なの?」
「え?あ、えっと…そ、そうね…。普通より…少し…いえ、かなり大所帯かな…?」
「へぇ。いいな、兄弟が大勢だと楽しそうで。俺なんてジョシュと二人だからさー」
「一人っ子よりいいわよ」
「え、でもは兄弟が大勢いるんだろ?」
「え?あ…そ、そうね…。 ―私の兄弟じゃないけど…」
「え?何?」
「ううん、何でもない」


「………」



(おい…俺を無視すんな…)


何だか二人は前から知り合いのように楽しげにおしゃべりをしている。(ちょっと、ところどころ変な会話があったが)
ジョーのあんな楽しそうな顔、久し振りに見た気がした。


"女の子の料理なんて初めてかも"


さっきの言葉に俺は少しだけ胸が痛んだ。


(お袋が死んだ時…あいつはまだ小さかったから記憶なんてあるわけないもんな…)


と楽しそうに食事の準備をしている姿を見ていると、何となく昔の自分と重なって見えた。


(俺も子供の頃はああやってお袋の隣で食事の用意を手伝ってたっけ…懐かしい…)


キッチンの入り口に寄りかかり、二人を見てると自然に笑顔になった。
と、その時―



「あれ…先生…指、どうしたの?こんなにカットバン貼っちゃって…」
「え?あ!こ、これは…その…」


「……?」


が気まずそうな顔でチラっと俺の方を見た。
その顔を見てピンとくる。


(あいつ…)


リビングに顔を向ければソファに引っ掛けたままのジャケットが目に入る。
俺はリビングに戻るとジャケットを手にして袖のところを見てみた。



「…ぷ…何だよ、これ…」



ほつれてた箇所を見てみると、そこは決して上手いとは言えない縫い方で、それでもキッチリと修復はされていた。
だが何だかジグザグで糸もところどころ飛び出したりしている。



「あ、あの…ごめんね?ちょっと失敗…しちゃって…」



その声に振り向けばが子供みたいに眉を下げ上目遣いで俺を見ていた。
俺は苦笑しながら肩を竦めると、そのままの方に歩いて行って彼女の頭にポンと手を乗せた。


「いいよ。サンキュ」
「…ジョシュくん…」
「ま、この飛び出してる糸に引っ掛けてほつれたら…また縫ってよ」
「……っ!」


そう言ってニヤリとするとの頬が真っ赤に染まった。


「ひどい…それでも頑張って休み時間も削って縫ったのに…っ」
「あはは…!だってこれはないぞ?これは」


とても教師とは思えない顔で俺の胸をポフポフ殴ってくる細い手首を掴んで笑えばの頬がますます膨れていく。
(まるでオーリーみたいだな…)
その時、ふわりと甘い、それでいて爽やかな香りが俺の鼻をついて何となくホっとした。


さっきのどぎつい香水とは全然違う、女の―の香り。


「ねー先生ー!用意出来たよー」
「あ、うん。今行くわ?」


ジョーに呼ばれては俺の手からスルリと抜け出しキッチンへ走って行く。
その時、またふわりと柔らかい香りがした。
――が、ふと頭に引っかかり、俺もキッチンへ歩いて行く。



「なあ…」
「え、何?」


こっちに背を向け、必死に料理の準備をしているに俺は声をかけた。








「どうでもいいけど……さ、料理はちゃんと出来るわけ?」


「――っ!」







また彼女の頬が膨らんだ。




それが何だか…そう何だか凄く可愛くて、俺は思わず吹き出してまった。




(どうやら、今度はキッチンの心配をしないといけないようだな…)




















いい女












やっと見つけたよ


  

           お前    いい女



























***その頃のショーン***












「お嬢〜〜!!どこに行かれたんですか〜〜〜っ!!!」










校舎が真っ暗になっても、お嬢は姿を現さなかった……

















Postscript



第三弾です(*V∇V)ウフフ
何だかヒロインが思い切りドジな子になってきちゃいました…
そして周りもどんどん壊れてゆく…ああ…ショーン〜
そだ…さっき「僕らのせんせい」をふと略してみたら「あ、"ぼくせん"だ!」と一人ニヤっとした俺…(遅っ)(そしてバカッ)


C-MOON管理人HANAZO