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■STEP.4 そら                                   /僕らのせんせい/





「何?警察…?」


ショーンはその言葉を聞いてピクリと眉を動かした。



が何故か一人で帰って来てから30分後…お風呂へ入っていたの元へかかった一本の電話。


「こちらロス市警ですが…。お宅の生徒を補導しましてね」


それを聞いたが慌てた様子で家を出て行こうとしたところを祖父ショーンが呼び止めたのだ。




「そうなの…!うちの生徒が補導されたって…!だから迎えに行ってくるわ、おじい様」
「ま、待ちなさい!そんなお前一人を警察になど行かせる訳には―!」


外に飛び出そうとする孫娘を引き止める。
だがは、「私一人で平気よ?生徒を迎えに行くだけだし!」とショーンの腕を解いた。


「し、しかし…。それにビーンボーイはどうしたんだ?何故一緒に戻って来ない」
「え?あ…忘れてた…!」


ショーンの言葉には自分がサッサと学校を出てしまった事を思い出した。
そして生徒の家に言っていた事を祖父に説明していると、ちょうどそこに青い顔のショーン・Bが走りこんできた。




「た、大変です!お嬢が行方不明――!あ…あれ?!」


ショーン・Bは目の前にいるを見て目を丸くした。


「お、お嬢…!帰ってらしたんですか!」
「ご、ごめんね、ショーン!今は説明してる暇ないの!じゃ、おじい様!行ってくるから!」
「こ、こら!一人で行ってはダメだ!おい、ビーンボーイ!何をボケっとしてる!をすぐ警察署に送れ!」
「え!ポ、ポリ署…ですか…っ?!」


事情が飲み込めないショーン・Bは驚いて聞き返した。
言ってみれば警察署=敵地。
そこへ大事なお嬢を送れと言われたのだから無理もない。
だがショーンは、「いいからを追え!」と怒鳴り、彼を手で外へと追いやる。
大ボスの命令とあらば仕方なく、ショーン・Bは何が何だか分からないままの後を追い掛けて行った。




「待って下さい、お嬢!」
「ショーン?!」
「大ボスからお嬢をポリ署まで送れと言われました!俺も一緒に行きますよ」
「いいわよ、そんな…!生徒を迎えに行くだけだし、ショーンが一緒だとマズイ―」
「なるほど、そういう事ですか…。大丈夫ですよ。俺は車の中で待機してますから。はい、どうぞ!」


ちょうど帰って来たばかり、それもエンジンをかけたままだった車にショーンはを乗せて自分も急いで乗り込む。
そしてすぐに発車させ、夜の道を凄いスピードで走り出した。
は少し困った顔をしていたが、さすがに自分も警察へ一人で行くのは心細い。
ショーン・Bが一緒に行ってくれて内心ホっとしていた。


「あ、あの…ごめんね?今日…何も言わないで先に帰っちゃって…。生徒の家に行ってたの…」
「そうでしたか…!てっきり敵対してるグループに攫われたかと死ぬほど心配しましたよ…」
「ご、ごめんなさい…。すっかり忘れてて…」
「いえ、いいですが…。あ、でも今度からはちゃんと電話して下さいよ?」
「うん、そうする。ごめんね、ショーン」
「いえ。しかしお嬢…生徒を迎えに行くって…奴ら何やらかしたんですか?」


ハンドルを切りつつショーンはバックミラー越しにを見る。
その問いには大きく溜息をついて首を振った。


「それが…ケンカしたみたい…」
「ケンカ…?それだけですか?」
「ええ、多分。それで…誰も家の連絡先を言わなくて困ってたらしいんだけど…。一人だけ私の事を話した生徒がいたんですって♪」
「…お嬢、そこ喜ぶとこじゃないですけど…」(!)
「あ、そ、そうね…。不謹慎よね…」


嬉しそうに前に身を乗り出しただったが、ショーンの突っ込みに思わず赤面して後ろのシートに凭れかかる。


「でも…担任として頼ってくれたのかなぁって思うとちょっと嬉しくて…」
「まあ、その気持ちは分かりますが…」


ショーンはそう言いながらも内心は怒りで燃えていた(!)


(あのガキども!!お嬢のお手を患わせやがって…!!どうせ親にバレたくないからってんでお嬢の事を話したに違いないんだ!)


ショーンはメラメラと燃えてくる怒りの炎に、思い切りアクセルを踏んで愛車のポルシェをぶっ飛ばしたのだった―
















***ダウンタウン・ロス市警察署***





はショーンを外に待たせて自分は恐る恐る警察署の中へと足を踏み入れた。
生まれてこの方、警察署内に入ったことなどないばかりか、子供の頃から祖父や父に耳にタコが出来るくらい、
"警察は敵"と言い聞かされてきたのだ。
やはり警察へ対する恐怖心、そしてどんな人達がいるのか、という好奇心も煽られた。


「いいか、。この世で逆らっちゃいけない人種がいる。それが警察の人間だ。
奴らはまともな奴もいるが中には私達みたいな人種を嫌い、罠にはめようとする輩もいる。
むやみに近づいちゃいけないぞ?無実の罪をきせられてしまうかもしれないからな"


(おじい様はいつも私にそんな事を言ってたから、どんな怖い人達がいるのかと思ったけど…皆、一見普通の人みたい…)


キョロキョロしながら中に入ると目の前に受付のようなカウンターがあり、そこに女性が数人座っている。
警察の制服を見ただけでドキドキしてしまったが、見た感じではそれほど怖くもなく、は少しだけホっとした。
そこでカウンターにゆっくり歩いて行くと、「あのぉ…」と目の前に座っている婦人警官に声をかけた。


「何ですか?」
「あの私…先ほどお電話頂いたものですが…うちの生徒はどこに…」
「…生徒?」
「はい。あの…ジョン・マーシャル校の…」
「ああ…彼らの…担任の先生ですか?」
「あ、はい。そうです!」


が張り切ってそう言うと、その婦人警官は軽く息をついて奥の廊下へ視線を向けた。


「あの奥に少年課があるから行ってみて下さい」
「はい。分かりました。ありがとう御座います」


は婦人警官に丁寧にお礼を言うと、すぐに奥の廊下へと歩いて行く。
そしてドアが開いたままの部屋を見つけ、そぉっと中を覗いてみた。
すると―


「あ、ちゅわーん♪」
「オ、オーランドくん…?!」


ソファから立ち上がり走り寄って来たのはクラス一能天気なオーランドだった。


「やっぱ来てくれたんだねー!嬉しいよ!」


オーランドはそう言いながらにガバっと抱きついた。
だがは驚いて顔を上げると、「も、もしかして…私を呼んだ生徒って…オーランドくん…?」と尋ねる。
その言葉にオーランドは満面の笑みを浮かべた。


「もちろん!親なんて迎えに来て欲しくないしさー」
「じゃ、じゃあ…ケンカしたっていうのも―」
「いや、それはレオが…」


オーランドがそう言いかけたその時。
不意に後ろから、「あなたが担任の先生ですか?」と声が聞こえて、は振り返った。


「は、はい!あの、そうです。私が担任で―」


そう言いながら目の前にいる男を見上げる。


「どうも。エヴァンス捜査官です。彼らを補導したのは俺です。ちょっと派手にケンカしてたもんで」


そう言って顔を顰めたのはスラリとした20代前半の青年だった。


(…わ、本物の警察官だわ…。思ったより若いのね…)


なんて考えていると、その青年が、「おい入れ。先生が来てくれたぞ」と廊下にいる誰かを促し部屋の中へと入って来た。
すると彼の後ろから不貞腐れた顔のレオとドムも一緒に入ってくる。


「あ、レオナルドくんにドムくん…」
「…何だよ、お前…。来たの?」


レオはそう言って舌打ちをするとオーランドのいる方へ歩いて行ってソファにドカっと座り溜息をついた。
ドムは唇の端を切ったのか、かすかに血が出ていてはそれを見て思わず彼に駆け寄る。


「ドムくん、怪我してる…っ」
「あ、ああ。たいしたことないよ、こんなの…」


ドムはそう言うとレオの隣に座り、軽く肩をすくめた。


「オーリー、お前が呼んだのか?」
「だってさー!二人とも取調室から出てこないし、家に電話されてもレオだってマズイだろ…?」
「ふん…別にこんな女に来てもらわなくても良かったよ…」


レオはそう言うと顔を背けてソファに凭れかかる。
それを見ていたエヴァンスが大きく息をついた。


「彼ら、ストリートギャングみたいな連中とモメたみたいでね。まあケンカに参加したのはこの二人ですが…」
「俺はトイレ行ってて遅れただけだけどね〜」


そこでオーランドが呑気に答える。
だがは心配そうに、「どうしてケンカを?」とエヴァンスに訊いた。


「彼らは女性連れでしてね。そこで連中に絡まれたようです」
「え…女性…?」
「ええ。皆、年上の女性ばかりで。まあ彼女達からも事情は聞きましたが。先に彼女達に絡んできたのは向こうの方だと言ってました」
「そう…ですか。じゃあ…この子達は悪くないんですね!」
「…は?」


いきなりのの言葉にエヴァンス捜査官は目を丸くした。
レオやドム、オーランドもギョっとしたように顔を上げる。
だがはそんな彼らの様子に気づかず、嬉しそうな笑顔を見せた。


「良かった…!ケンカしたって言っても女性を守る為なんだから素適な事ですよね?」
「…あ、あの…」
「あ…いけない。名乗るの遅れてすみません。私、この子達の担任で・クルーニーと言います」
「は、はあ…」


唖然とした表情のエヴァンスに、ニコニコしながら名乗る
それにはオーランドも、「ぷ…!さすがちゃーん♪」と盛大に拍手をしている。
隣にいるレオもさすがに呆れたのか、ちょっと半目になりつつ溜息をついた。
それでもは笑顔のままエヴァンスを見上げると―


「じゃあもう、この子達を連れて帰っていいですか?」
「はあ…あ、いえ、あの!」
「え?」


すっかりのペースに流されそうだったエヴァンスはいったん、頷きかけたが慌てて首を振った。


「どんな事情であれケンカはよくない。それにこんな時間に繁華街で酒を飲んでケンカしたんですよ?先生ならちゃんと叱ってくれないと!」
「…でも女性を守ったわけだし絡んできた方が悪いでしょう?それに…"まだ"11時だし…あとお酒なら私も彼らぐらいで飲んでましたよ…?」
「……は?」


あっけらかーんと、そう言いきったに更に目を丸くするエヴァンス。
オーランドはますます笑い出すし、レオとドムは口を開けてとエヴァンスのやり取りを見ていた。
そんな空気すら気づかないといった表情ではニッコリ微笑むと、


「では私の生徒がお世話になりました」


とペコリと頭を下げて、


「さ、皆帰りましょ?」


と3人の方を見る。
その言葉に飛び上がるように立ち上がったオーランドに続き、レオとドムもゆっくり立ち上がると、未だ唖然とした顔のエヴァンスにニヤリと笑った。


「じゃあな、刑事さん!お勤めご苦労」
「ご苦労さーん」
「く…!」


レオに肩をポンポンとされ、エヴァンスはムッとした顔で振り返り、の後ろからついていく3人を睨んだ。
だがすぐに廊下に出て追いかけると、


「ちょ、ちょっと待って下さい、先生!」
「え?あの…まだ何か…?」


そう言って振り返った時だった―

入り口から他の刑事が連行してきたと思われる男が、突然、刑事の腕を振り払い、達の方に向かって走って来た。
男は目の前にいるを見ると、人質にしようと思ったのか、真っ直ぐに向かってくる。
が、それを見て一番先に動いたのはエヴァンスだった。



「……!」


「「「――――っ!!」」」




その光景には咄嗟にレオ達の前に庇うように立ち両手を広げた。




「危ない…!」


エヴァンスは一気に走って行くとの前に立ちふさがり逃げてきた男を上手く掴まえ、その男を思い切り投げ飛ばした―!
ドサ!っと音がして逃げてきた男が床に倒れる。
そこへ他の刑事達が一斉に走って来て、その男は立ち上がる前に再び掴まってしまった。







「大丈夫ですか?先生…」
「え、ええ…」


エヴァンスが軽く息をついて振り返る。
は突然起こった出来事に唖然とし、そして目の前で心配そうな顔をするエヴァンスを見上げた。
しかもその瞳は心なしか、ハート型(YY)になっているようだ。


(…この人、かなり強いんだ…。それに正義感に溢れてるって感じで…素適…!)(!)


の目にはエヴァンスが映画で見るようなヒーローのように映り、胸がドキドキしてくるのを感じた。


「あの…先生…?」


ボーっと自分を見ているにエヴァンスは首を傾げている。
そこでハっと我に返り、は頬を赤くして俯いた。


「あ、ありがとう御座います…。助けて頂いて…」
「いえ…俺は刑事だから当然の事ですよ…。それより…さっきの続きですが…彼らにちゃんと注意だけでもしておいて下さい」
「は、はい…」
「では他にも取り調べがあるんで俺はこれで…」


エヴァンスはそう言うと先ほどの男が連れて行かれた取調室へと走って行く。
その後姿をは見えなくなるまで見送っていた。
そこへ…


〜!大丈夫?」
「え?あ…ええ…だ、大丈夫よ…?」


オーランドに腕を引っ張られ、は慌てて笑顔を見せる。
だがレオは少し呆れたように溜息をつくと、「じゃ、俺らは勝手に帰るから」と一人先へ歩いて行ってしまった。


「ちょ…レオナルドくん…」
「うるせぇな!"くん"付けで呼ぶなっつってんだろ!」


レオは思い切り顔を顰めてを睨みながらも廊下をどんどん先へと歩いて行く。
それを見ては慌てて追いかけた。


「あの…ちょっと待って…レオナルド…くん…!」
「………っ」



その声にレオの肩がガクっと下がったのは言うまでもない…



















***レオ***










「あらまあ、坊ちゃん!」
「…ミラ…頼むから坊ちゃんはやめて…」


家に帰った早々、メイドのミラの出迎えに俺は苦笑した。
ミラは俺が子供の頃からこの家に住み込んでいる人だ。


「坊ちゃんは坊ちゃんですよ!それより…旦那様が待ってらっしゃいます」
「…オヤジが?へぇ…珍しいじゃん、こんな早いなんて」


俺はちょっと皮肉るとスーツのジャケットを脱ぎつつ、いったん、自分の部屋へ向かう。
ミラは後ろから、「旦那様は書斎にいらっしゃいますから顔出して下さいね」と叫んでいるが俺はひらひらと手を振っておいた。





「はぁ…つっかれたー」


自分の部屋へ入るとすぐにソファに引っくり返る。
時計をチラっと見ればすでに12時は過ぎていて俺は腕を伸ばしてからゆっくりと体を起こした。


(あーあ…本当ならあの女の家に行ってるはずだったんだけど…)


俺は煙草を咥え火をつけるとソファに凭れかかり、思い切り煙を吐き出した。


そもそも何でこんな事になったかというと―ジョシュが先に帰った後、俺達は女3人と楽しく飲んでいた。
そこでいい感じに酔って来た頃、そろそろ別行動で分かれようということになり、皆で10時過ぎにクラブを出た。
俺はあの中でも目を付けたジーンという女と、そいつの家に行こうとしてた。
が、そこにストリートギャングの連中が絡んできたのだ。


「いい女、3人も連れちゃってんじゃーん」
「俺達にも分けてくれない?」


そんな事を言いながら俺やドムの肩に腕を回してきた奴らに先に切れたのは言うまでもなく俺。


「その顔じゃ彼女達が相手したくないってさ」


そう言った瞬間、俺の肩を組んでた19歳くらいの男の鼻っつらを思い切り殴りつけた。
次の瞬間ドムも同じように相手を殴りつけ、そこで周りの奴らも巻き込んで乱闘騒ぎになってしまった。
近所の奴の通報でパトカーが来た時、逃げようとしたが、トイレに行っていたオーランドのせいでそれが少し遅れてしまい、
結果、あの若い刑事にとっつかまる羽目になってしまったのだ。
まあオーリーは遅れて出てきたからケンカに参加はしてなかったって事で説教だけで済んだが、
俺とドムは取調室まで連れて行かれて、家の連絡先を教えろ、と言われていたのだ。
だが俺はオヤジにバレちゃ、また小言がうるさいと思って何も言わなかった。
なのにオーリーときたら何故かあの女教師を呼んでと頼みやがった…


「ったく…教師なんかに頼りやがって…」


軽く舌打ちして煙草を灰皿に押し付ける。
俺はどうもあの女は苦手だった。


"自分のペースが乱れるからだろ?"


ふと昼間、ジョシュに言われた言葉が頭を過ぎる。


「…ペースが乱れる…?ふざけんな…」


小さく吐き捨てるように呟き、ふと向かいのソファを見れば、そこにはジョシュやオーランド、ドムの制服が置いてある。


「あーそっか…。ここで着替えたんだよなぁ…。って事はあいつら…朝早くに来そうだな…」


ガシガシと頭をかきつつソファから立ち上がった。
と、その時、ノックの音と共にドアが開いた。


「…オヤジ…」
「帰ってきてるなら顔くらい見せないか」


そう言って渋い顔のまま入って来たオヤジから俺は視線を反らした。


「遅かったな…。また繁華街でもウロついてたのか…?」
「…いいだろ、別に」
「良くない。また警察に掴まったらどうするんだ?私の顔を潰す気か?」


オヤジはそう言って歩いて来るとガタイのいい体をソファに下ろした。
ジョージ・ディカプリオ。
政財界を仕切るうちの一人でディカプリオ財閥のトップにいる男だ。


「オヤジに逆らえる刑事がいるのかよ」


俺はちょっと笑うと窓を開けてテラスへと出た。
するとすぐにオヤジの怒鳴り声が飛ぶ。


「そういう問題じゃない!いつまでも私に恥をかかせるな!」
「……」


そうそう…オヤジにとっちゃ面子が大事で不肖の息子は足手まといなんだよな…
それでも俺は結局、あのつまんねー高校を卒業したらオヤジと同じ大学に入れられ、この家を継がなくちゃいけない。


"高校生の間は問題を起こすな"


それがオヤジの口グセ。
遊ぶのは後で思いきり遊べって事だ。
そう…誰も文句が言えなくなるくらいの立場になるまで―


「レオ…」
「何だよ…」
「お前はまだ、あんな連中と付き合ってるのか…?」
「…は?」


その言葉に部屋の中へ視線を向けるとオヤジはジョシュやオーランド達の鞄や制服を見て顔を顰めている。


「まだこの家に入れてるのか…」
「関係ないだろ?俺の友達だ」
「友達?あんな奴らがお前に何をしてくれるって言うんだ?付き合う人間を選べ」
「…損得を考えて友達を選べって?」
「当たり前だ。お前のためになるような人間と―」
「は…!くっだらないってんだよ、それが!!」


何だかイラついて俺はオヤジを睨んだ。
だがオヤジは表情すら変えずソファから立ち上がると、ゆっくりドアの方に歩いて行く。
そしてドアを開けたが、ふと足を止めて俺の方に振り向いた。


「今は若いから分からないだろうが…。そのうちお前にも分かる。子供の頃の友情なんてくだらないとな」
「………」
「…それに…お前がまだ彼らと悪い事をするようなら…学校に行かなくてもいい」
「…何だよ、それ!」
「お前は頭がいい。何も学校に行って勉強しなくても家庭教師さえ雇えば大学に行ける」
「…ふざけんなよ…!そこまでオヤジに命令される覚えは―」
「……クラスの連中とはもう付き合うな。いいな」
「――っ」



オヤジはそう言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。



「…クソ…!!」



怒りのまま目の前のオブジェを蹴り倒せば、ガシャン…と派手な音を立ててガラスが割れた。
オヤジの趣味で何百万だかするらしいが、そんなもん俺にとったら下らないものでしかない。


いつも俺の前に立ちふさがるのはオヤジだ…
いつになれば…あいつは俺を認めるって言うんだ…?
いつになったら気づいてくれる…?


俺が自分の持ち物じゃなく…


自分とは違う、一人の人間だという事を――




「…どっか…遠くに行きたいよ…」




テラスへ戻り、夜空を見上げると気持ちのいい風が頬をかすめ髪を揺らした。




このまま風に乗って…どこか遠くに飛んで行けたらいいのに…




なんてガラにもない事を俺は真剣に願っていた―


















***職員室***





「ふぁぁ…」


本日、二度目の授業を終え、職員室に戻って来た時、つい欠伸が洩れては口を手で抑えた。
そこにクスクス笑いながらジゼルが歩いて来る。


「あらあら寝不足?」
「あ…いえ…ちょっと…」


は慌てて首を振ると出席簿を開いた。
するとジゼルが覗き込んで、「…あら、今日はジョシュ休みなの?」と訊いて椅子に腰をかける。


「ええ…風邪引いちゃったみたいで…」


はそう答えながらも、"まさか…夕べ自分が作った食事でお腹を壊したんじゃないか…"と不安になった。
だが先ほど職員室に顔を出したジョーによると、「兄貴、熱出ちゃったから今日は休むって」ということで少しホっとはしている。


そう言えば…夕べ食事中に何度かクシャミしてたっけ…
はぁ…あそこで気づいてあげていたらなぁ…
もっと栄養のある物を作ってあげたのに…。


は気の利かない自分にちょっと落ち込んでいた。
するとジゼルが再びを見て、「ねぇ、今日、まだ見かけないし…レオも休みなの?」と訊いてくる。


「あ、いえ…それはまだ。彼からは何も連絡がなくて…」
「そう、じゃあいつもの遅刻かしらね」
「…夕べ遅かったし寝坊したのかな…」
「え?夕べって?」
「―――ぁ!」


つい口を滑らし、は慌ててジゼルを見た。
彼女は何だか目を細めての方にググっと体を寄せてくる。


先生…レオと夕べ会ってたわけ?」
「えっ?!あ、あのいえ…それは…」


(いけない!私のバカ!まさか警察に迎えに行ったなんて、いえない…っ)


本当なら生徒が警察に補導されたということは学校側にしてみれば大事件であり、それを教頭に報告するという義務がある。
だがはどうしても言えなくて結局、黙ったままだったのだ。


(そうよ!だって女の子を助けたのよ?何も悪い事をして捕まったわけじゃないもの!)(ぇ?)


はそう思いつつ、ここは誤魔化そうと未だ訝しげな顔で見てくるジゼルに微笑んだ。


「え、えっと…ほら、レオナルドくんって成績がいいし夜中も勉強してたのかなぁって…思って…」
「え〜?ほんとに〜?もしかして先生、レオとコッソリ会ってたりしてない?」
「え…コ、コッソリ…あ、会ってるって…?」


その意味が分からず、が首を傾げるとジゼルは耳元に顔を寄せ、


「だから…レオと妖しい関係じゃないの?って訊いてるのよ」
「んな!バ、バカなこと言わないで下さい…っ」


ジゼルの言ってる意味が分かり、は顔が真っ赤になってしまった。


「だ、だいたい生徒ですよ?!そ、そ、そんな妖しいなんて…っ」


必死にそう言いながら首を振ればジゼルはクスクス笑っている。


「そーんな慌てなくてもいいじゃない。ま、その反応からするとレオと関係はなさそうねー」
「あ、当たり前です…っ!それにレオナルドくんはまだ18歳―」
「でも彼、年上の女性からモテるみたいだし…」
「…え?」
「数人見かけた人がいるのよ。彼が奇麗な年上っぽい女性と仲良さげに歩いてたって」
「そ、そう…なんですか…?」
「ええ。きっと彼、年上が好みなのねぇ〜。やっぱり私も誘ってみようかなぁ」
「ちょ、ちょっとジゼル先生…!彼は私の生徒で―」


がジゼルの言葉に怖い顔をすると彼女は笑いながら立ち上がり、「はいはい!じゃ私、授業があるんで」と出て行ってしまった。
それにはも溜息をつきつつ、自分も次の授業で使うプリントを用意をする。


(はぁ…ジゼル先生ってばどこまで本気で冗談なのか、よく分からない…)


はそう思いながら再び息を吐き出す。


でも…そっかぁ。レオナルドくんって年上の彼女がいるんだ…。
って…あ…そっか!もしかして夕べ一緒だった人かも!悪い奴から助けたっていう…
…素適!自分の彼女を守ってあげるなんて…彼も男らしいとこあるのねぇ…♪




…レオが連れ歩いていた女性が全て違う女性とは思わず、はそんな少女みたいな事を考えていた(!)


「そうだ…!夕べが原因で遅刻なら…可哀相だし…出席にしておいてあげよっと!」 (おーい)


はそう呟きながらレオの名前のところに○をつけた。
そしてジョシュのところへ休みという印である×をつける。
(因みに遅刻は□で現す)



「そうだ…。帰り、ジョシュくんのお見舞いに行こう…。きっとまたお父様も遅いと思うし…弟さんじゃ食事の用意できないものね」


は高校の担任が少なくともやらないような仕事を更に自分で増やしている事に気がつかず、満足げに微笑んだ。


ん〜今日は何を作ってあげようかなぁ…。ジョシュくんは風邪引いてるんだし消化のいいものがいいわね。
ジョーくんは…食べ盛りだし、ちょっとボリュームのある食事がいいかなぁ…


すっかり母親…いや家政婦の如く、は今夜の献立をワクワクしながら考えている。
そこへ体育教師のヨアンが歩いて来た。



「あ、先生!お疲れさまです!」
「あ…お疲れさまです…」


いきなり大きな声で話し掛けられ、はギョっとしつつも笑顔で答えた。


先生、授業はないんですか?」
「ええ、次の時間までないです」
「そ、そうですか。実は僕も次の3時間目まで暇でして…」


ヨアンはそう言いながらキョロキョロと職員室を見回し、他の教師が来ないのを確めると―


「あ、あの…先生…」
「…え?」


メモに色々な献立を書いていたがふと顔を上げれば―
かなり近くまでヨアンが寄って来ていてギョっとした。


「な、何ですか…?」
「いえ、実は…その…」


ヨアンはから視線を外し、何だかモジモジしていたが思い切ったように口を開いた。


「きょ、今日…学校が終った後…空いてますか?」
「え?」
「もし良ければ…お食事でも…!ど、どうですか?」


ヨアンは何とかそこまで言うと小さく息を吐き出した。
だがはアッサリと―


「あ、ごめんなさい!私、放課後は用事があって…」
「…え…あ…そ、そう…ですか…!で、ではまた今度の機会に―」
「すみません」


にニッコリ微笑まれ、ヨアンは一瞬デレっとしつつ自分の席へと戻った。



はぁ…見事に玉砕…!
い、いやしかし…まだ分からないぞ!
用事がなければきっとOKだった気がする!(超ポジティブ)


ヨアンはコソっとに視線を向けるとニヤニヤと顔が緩んだ。


(はぁ…ほんと可愛い…モロ好みだ…)


と初めて会った時、ヨアンが彼女に言った言葉は本当だったらしい。


まあジゼル先生も奇麗だし何よりセクシーだが…
俺は先生のような可憐で何も知らなそうな女の子〜という感じの女性に弱いのだ。
はあ…彼女とお付き合いできたら…!俺の教師生活も薔薇色になると言うのに…!


ヨアンは一人、そんな事を考えつつ、チラチラとを見詰めていた。


しかし…先生はさっきから何を必死に書いているのだろう…
授業で使うプリントかと思えば…さっきチラっと見えたがそうじゃなかった。
何か…そう食べ物の材料のようなものが書いてあったはずだ…


ヨアンは腕を組みながら、何か難しそうな顔でメモを取っているを見た。


(…は!ま、まさか…!!)


そこでヨアンに、ある不安が過ぎった。


も、もしかして…今日の用事、というのは…デ、デートだったりして…!!
そうだよ…それでその男に夕飯なんか作ってやるとか…!!ぐぁ…!(のけぞり)


ヨアンはが見知らぬ男と仲良くテーブルに向かっているところを想像し、一人悶えた。


く、くそう…誰だ?先生の手料理が食える羨ましい男わ…っ!!
俺だって彼女に作って頂きたい!!
そう、しかも可愛い真っ白なフリフリエプロンで…♪


「…むふ…」 (!)




ヨアンはのエプロン姿を想像し、気持ちの悪い含み笑いを零す。
そこへちょうど戻って来てた教頭は、一人ニヤニヤしているヨアンを見て顔を顰めると―


(あいつ…そろそろ脳も筋肉になってきたのかもしれないな…。次の後任を探しておかなければ…)



と、ぶるっと身震いをして見せた…




















***レオ***








「え?風邪?」
『ああ…ちょっと熱が出てさ…。だから制服は明日取りに行くよ…』



受話器の向こうから、いつにも増して低い声を出す親友に俺は軽く息をついた。



「OK。分かった…。でも無理すんなよ。俺が後で届けるし」
『…いいのか…?』
「ああ。午後から学校に行こうと思ってたからさ」
『そっか…じゃあ…帰りにでも頼むよ…』
「OK。ま、ジョシュはゆっくり寝てなさい」
『言われなくても寝てるよ…。あぁ〜頭がボーっとする…』


ジョシュはそう言って息苦しそうな声を出している。
俺は苦笑しつつ、ふと、「ああ、そうだ。何か欲しいもんでもあるか?行く時に買ってってやるよ」と言った。


『あー…そうだなぁ…煙草…』
「バーカ!風邪引いてんのに煙草なんて吸うなって」
『…レオに言われたくないっつの…。お前も前に風邪引いた時は咳き込みながら吸ってただろ…』
「あーそうだっけ?ま、それより…体にいいもんって言えば…。ああ、お前好みの女でも連れてってやろうか?」


俺がそう言って笑うと受話器の向こうから呆れたような苦笑が洩れてきた。


『…女なんていらねー…』
「何でだよ。一発ヤレば熱も下がるかもよ?」
『…んな元気ねーよ…。ちょっと動くだけでクラクラすんのに…。それに俺は―』
「…ん?何だよ」


途中で言葉を切ったジョシュに俺はベッドから起き上がり問い掛けた。
(俺も寝てたとこをジョシュの電話で起こされたのだ)


『いや…何でもない。じゃ…とりあえず制服頼むわ…』
「ああ」
『あ、それと…』
「ん?何?」
『…頼むから…オーランドやドムは連れてくるなよ…?うるっせーから…』
「ぷ…分かってるよ…!俺、一人で行く」


心底、嫌そうなジョシュに俺は笑ってそう言うと、「じゃ、後で」と言って電話を切った。



「ふぁぁ…」


携帯を放り投げ伸びをすると大きな欠伸が出て目に涙が浮かぶ。
時計を見ればすでに朝の9時半過ぎで一時間目が終る頃だった。


「はぁー。あと二時間は寝てたかった…」


そう呟きつつ、ジョシュと話してる間にすっかり目が冷めてしまった。


「シャワーでも入るか…」


再び襲ってくる欠伸を噛み殺しつつ、俺は一気に立ち上がりバスルームへと歩いて行った。

















***ショーン***








「へ…?これ…ですか…?」
「うん、お願いしていいかな…?放課後、買いに行ったんじゃ遅くなっちゃうし…」
「はあ…いいですけど…」


俺がいつものように教室を監視していると、突然お嬢から電話が入った。


"急用だから、すぐ学校の裏門に来て"


お嬢からそんな事を言われたとあっちゃー、いくら学校に近づくな、とジョン兄貴から言われていても飛んでくしかない。


「一分で行きます!」


と言って速攻で木から飛び下り、(今日は時間をズラし人気がない時間に来たのだ)お嬢の学校へとやってきた。
そこで…お嬢から手渡された一枚のメモ…
それを見てちょっとだけ首を傾げた。


「いけない…授業、始まっちゃう…。じゃあショーン、それお願いね!」
「あ、はい!じゃあ速攻で買って来きますよ。戻って来たら携帯にメール入れておくんで」
「うん。ありがとう!」


お嬢は可愛い笑顔を見せると俺に手を振り校舎へと走って行ってしまわれた。
その後姿を見送りながら、お嬢が転ばないかとハラハラしたが今回は大丈夫のようだった。


「ふぅ…」


ホっとして軽く息をつくと俺は再び手の中のメモをしげしげと眺める。


「お嬢…こんなもん何に…」


そのメモには…



―今夜の献立の材料―


・お米
・卵
・ネギ
・お酒
・牛肉
・玉ねぎ
・ジャガイモ
・ニンジン
・デミグラスソース
・赤ワイン(ハーフ)
・ほうれん草
・トマト
・ベーコン
・牛乳
・フランスパン
・クリームチーズ
・ヨーグルト


―以上―




…と書かれている。




それを眺めながら車に乗り込んだ俺は一つの答えに辿り付いた。


「今夜の献立…そうか!お嬢はまた俺達に夕飯をご馳走してくれるつもりなんだ…!」


思わず指を鳴らし俺は叫んだ。


「そういや…最近はお嬢の手料理食べてなかったしなぁ…」


俺はちょっと顔が緩むと車のエンジンをかける。


「よぉーし!張り切って買い物に行こうじゃないか!お嬢の手料理が食えるなら!」


グっとハンドルを握ると俺は思い切りアクセルを踏んで車をかっ飛ばした。
タイヤの音がキュルルルル…っといい音で鳴り、快適に昼下がりの道を走り出す。



「ふふふーん♪今夜のメニューはビーフシチューだな、こりゃ!」


俺はチラチラとメモを見ながらニヤけた。
が、そこで、ふと気づく。


「ん…?でも…上のやつはこりゃ日本食っぽいけど…どういう組み合わせになるんだ…?」


俺は首を傾げつつ考えてみた。
お嬢は母親が日本人だから、こっちの料理よりも日本食の方が得意なのだ。


「そうか…!今夜は日米合体食なんだな!」


そう思うとますますワクワクしてくる。


「お嬢のたーめなーら、えーんやこーら、っとぉ♪」


今夜の事を考えると、楽しくなってきた俺は更にスピードを上げ、近くのマーケットまで愛車をぶっとばす。


だが…暫くすると後ろの方からファンファンファン…という耳障りな音と赤いライトが追いかけて来た…









***3年G組***






「あれぇ?レオー来たんだ」


5時間目が始まろうという時、教室に欠伸をしつつ入って来たレオを見てオーランドが駆け寄った。


「…まあな…出席日数、足りないと困るし」


自分の席に座り、椅子に凭れかかるとレオは煙草を咥えて火をつけた。
オーランドも自分の席に座り、レオの方に向き直る。


「今朝、レオんちに制服取りに行ったらグッスリ寝てたし来ないかと思ったよ」
「ん?ああ…ジョシュに起こされた」
「え?ジョシュ?」
「ああ。熱出たから休むってな」
「あーそうなんだよねー。大丈夫かな…あ、学校終ったら見舞い行こうか!」


張り切ってそう言ったオーランドに、レオは苦笑いを浮かべた。


「やめとけよ。病人はそっと寝かせとくのが一番だろ?それにお前も風邪、移されるぞ?」
「あ、そっか…。そうだよねー。じゃやめた!俺、今は学校休みたくないしさー」


オーランドはそう言ってにへらっと笑った。
その言葉にレオは眉を上げると、「何でだよ」と問い掛ける。
するとオーランドはニコニコしながら、日本語の教科書を見せた。


「学校休んだらちゃんに会えなくなるだろー」
「…はあ?アホか、お前…。あの女、本気で気に入ったのか…?」


心底、呆れたようにレオが溜息をつく。
だがオーランドは笑顔のまま、教科書をペラペラ捲ると、


「ダメ?だって俺好みなんだよねー。ちっこくて可愛いしさ!」
「お前、趣味悪すぎ…。あんなチビで色気のねー女のどこがいいわけ?」


そう言うとレオは煙草をオーランドの顔に吹きかけた。
だがオーランドはそれを手で仰ぎながら、人差し指を立てて、「チッチッチッ!」と左右に振る。


「そこがいいんだよー。色気とかって別にヤルだけの子には必要だけど、可愛いなーって思う子には無駄な色気は欲しくないの!」
「は…?何で?つか、どこが違うわけ…?」
「だって好きな子が色気ムンムンだったら何かと心配だろー?他の男に狙われるかもしれないしさ!」
「………はぁ…。じゃあお前、あの女のこと本気で好きなわけ…?」


レオが半目になりつつ、尋ねるとオーランドはポっと頬を赤くして、照れくさそうに頭をかいた。


「いやぁ…本気っつーか…ちゃんに会うと楽しいなぁーとは思うよ?それにさ!何だかちゃんの授業だけは
真剣に頑張れちゃうんだよねー!この俺がだよ?凄いだろ?」


そう言って体を前に乗り出してきたオーランドにレオは何も言わず、ただ顔を顰めた。


「アホくさ…。教師を好きんなってどうすんだよ…。あいつらは俺達をこの学校のお荷物くらいにしか思ってないぞ?」
「今までの奴らはそうだったけどさあ…。ちゃんは違う気がするんだよね…」


オーランドは教科書を閉じると、そう呟いた。


「どこが違うんだよ…?あいつも教師だろ?」
「そうだけど…ちゃんは俺達と対等に向き合ってくれる気がしてさ」
「どこが?!説教してただろ?初日に!」
「だってあれも怒ったって言うより…マナーについて述べただけだし彼女の真面目な性格を現してただろ?」
「はぁ…ダメだ、こりゃ…。お前はほんと単純だな…」
「何だよー。ちゃんはいい子だって!レオもそのうち気づくよ」


オーランドはそう言うと頬を膨らませ口も尖らせる。
だがそこにドアが開き、が入ってくると慌てて前を向いた。


「チャイム鳴ったから皆、席に戻ってね」


教室を見渡して、そう言ったにクラスの生徒も徐々に席に戻り始める。
その様子を見てレオは眉を顰めた。


何だ…いつの間に皆があの女の言う事を聞いてる…
今までなら教師が来ても言う事も聞かず騒いでたのに。


が教科書を開き、黒板に何かを書き始めると、皆もおしゃべりはしてるものの、ちゃんとノートを開いてメモを取っている。
しかも一番前の奴はいつもより机を前に出し、それに続いて他の奴らも何故か前に出て行っていた。


はぁ…何だよ、これ…
皆、この女にヤラレてるってこと?ありえないんですけど…


レオは呆れたように溜息をつくと、「アホくさ…寝る…」と呟き、机につっ伏したのだった。
















***レオ***






「…ルド…くん…」
「……ん…」
「レオナルドくん…」
「………」



体を揺さぶられ、俺は少しづつ意識がはっきりしてきた。
すると耳元で再び、「レオナルドくん…?」という声が聞こえてハっと顔をあげる。
すると目の前には、あの女教師の顔がドアップであり、ギョっとして後ろに体を引いた。


「な…何だよ…!」
「あ、ごめんね…起こしちゃって…」
「……は?」


その言葉に教室を見渡すと、すでに授業が終ったのか、皆の姿がなく、数人の生徒がいるだけだ。
だが、そいつらも、「ちゃん、バイバイー」と声をかけて教室を出て行く。
もそいつらに手を振っていたが、ふと寂しそうに、「まだ先生って呼んでくれないなぁ…」と呟く。
そして俺の方を見るとニッコリ微笑んだ。
その笑顔は俺の寝ぼけた頭をすっきりさせるほどに爽やかで少しだけドキっとして視線を反らした。


「げ…もう放課後じゃん…」


時計をみれば、すでに午後の3時過ぎで俺は驚いた。
だがはそんな俺を見て、「うん、そうなの。だから起こしたの、ごめんね?」 と申し訳なさそうに誤った。


「何、誤ってんの…?つかさ…普通はもう少し早めに起こすんじゃない?」
「え…でも…よく寝てたし…」
「は?」



その言葉に俺は唖然とした。
するとは声を潜めて、「ほら、夕べ遅くなっちゃったし…寝不足なんでしょ?」と微笑む。
さすがの俺も、それにはちょっと口が開いたまま、目の前でニコニコしているを見てしまった。
だがは腕時計を見ると、「いけない…」と立ち上がる。


「じゃあ今日は早く帰ってゆっくり寝てね?」
「…別に寝不足じゃねーよ…」
「…え?」


だいたい俺が何で遅刻してきたと思ってんだ?
家で寝てたとか思わないか、こいつ…


そう思いつつ目の前でキョトンとしたを見ると俺は椅子から立ち上がった。


「…で、オーリーは…?」
「あ、オーランドくんなら教室の掃除を手伝ってくれて…今はごみ捨てに行ってくれてる」
「は?掃除?あいつが…?」
「ええ」


それを訊いて俺は軽い目眩を感じた。


あいつが掃除?!ありえない…!
オーリーとはジョシュ同様、小学校から知ってるが、今日の今まであいつが掃除をしてるとこなんて見た事がないぞ?


「レオナルドくん…?」
「……っ」


呆然としてるとが不思議そうな顔で俺を見ている。
俺は軽く頭をふって鞄と荷物を持った。


「あの…オーランドくんのこと待ってないの…?」
「ガキじゃあるまいし、何で待たないといけないわけ?帰るよ」
「そ、そう…。じゃあ帰り道、車に気をつけてね?」
「………」


まるで小学生にでも言うように、そんな事を言ってくるに俺は少々半目になりつつ、返事もしないで廊下へと出た。
これからジョシュの家に寄って制服を返さないといけない。


「ったく…何だ、あの女…」


そう呟いて煙草を咥える。
確かに…ジョシュの言う通り、あいつと話してると自分のペースが乱れる気がする。
ってか返答に困ることばっか言ってくるからってのもあるんだけど。


煙草に火をつけ、軽く吐き出すと、そのまま歩いて行こうとした。
すでに校舎には人気がなく、他のクラスの奴も姿が見えないので静かだ。
そこへバタバタとうるさい足音が聞こえて来て、俺は内心苦笑した。


(あの足音はオーランドだな…。あいつ、ほんとに掃除してたのか…?)


そう思いながら、ふと足を止める。
すると、これまた騒がしい声で、


「あ、ちゅわーん♪俺がちゃんとゴミ捨てて来たよ!」


なんて言ってるのが聞こえて来て軽く噴出した。


「あ、ありがとう、オーランドくん」
「いいよ、いいよ!あ、ちゃんも、もう帰るだろ?一緒に帰らない?」


(あーそういう事か…。掃除を手伝って残るフリして二人きりになろうって魂胆だな…)


オーランドの考えてる事が手に取るように分かり、俺は笑いを噛み殺し、そっと教室の方に振り返った。
どんなアホ面で教師を誘ってるのか見てやろうかと思ったのだ。
だがすぐにの声が聞こえて、「あ…ごめんね。私ちょっと寄っていくとこがあるの」と言っている。
それにはオーランドも、「えぇー?あ、もしかして今日もあのボディガードさんと帰るのー?」とスネてるようだ。
だが俺は"ボディガード"と聞いて首を傾げた。


(何だ、ボディガードって…)


その時、足音が廊下に響き、二人が教室から出てきたことが分かった俺は素早く隣のF組(と言っても離れてるが)に入った。


「ねーねー。用事って何ー?まさか…男とデートじゃないだろ?」
「ま、まさか!そんな事じゃないわ?」



二人の声が教室の前を通り過ぎていく。
そして足音が遠ざかるのを確認すると俺は廊下に出た。


(って、何隠れてんだ、俺…)


別に隠れる必要もないのに、と苦笑しつつ階段を下りていく。
だが正面玄関まで来ると反対側から教頭が歩いて来て、俺はくるりと方向転換した。


(あいつは人の顔を見るたびうるせーからな…。オヤジには何も言えないくせに)


教頭と顔を合わせたくなかった俺は仕方なく裏口に向かって歩き出す。
少し遠回りになるが、まあジョシュの家に行く前に買い物をしてく予定だしちょうどいい。
煙草を吸いながら裏口へ回ると、そのまま外へ出た。
が…外に出た瞬間、ギョっとして再び、近くの大きな柱に隠れた。(ってか今日はよく隠れる日だ)
目の前に何故か、が歩いていたからだ。



「あ、ショーン!」
「お嬢!こっちです」


「……?!」



(何だ…?あの怖そうなお兄さんは…)


俺はが話し掛けた男を見て眉を顰めた。
裏門の前には派手なポルシェが止まっていて、どうにも学校の風景に似つかわしくない。


(あいつの彼氏か何かか?でも今、確か"お嬢"って呼んでたような…)


俺はあの教師が怖そうな男と笑顔で話してるのを見て更に首を傾げた。


(何もんだよ、あいつ…)


そう思っていると、男が何か袋をに渡してるのが見えた。
はそれを笑顔で受け取り、何か男に言っている。
すると男は怖い顔で首を振っての腕を掴むと無理やり車に乗せようとしだした。
それを見た俺はギョっとして、つい足が勝手に動く。


(おいおいおい…まさか誘拐ってんじゃないだろう?)


半信半疑ながらも二人の方にゆっくり歩いて行く。
だが、その時、男は嫌がるを車に押し込み、自分も運転席へと乗り込むのが見えて俺は驚いた。


「お、おい、待てよ…!!」


そう叫んで走ったが、数秒の差で車は勢いよく走り出し、俺が門まで走った時には、すでにそこにはポルシェの影も形もなくなっていた。


「嘘だろ…?」



今見たのは本当に誘拐なのか?それとも…痴話ゲンカ…?
どっちにしろとあの強面の男は知り合いらしかったが…


「…って何で俺が心配しなくちゃなんねーんだよ…」


そこで思わず苦笑が洩れる。
軽く息を吐き出しながら俺はゆっくりと歩き出した。


「誘拐なんてあるわけない…。だいたい俺、関係ないし…」


そう、知り合いなんだから危険ってこともないだろう。


俺は自分にそう言い聞かせ、ジョシュに何を買って行こうかと考えながら通りを歩いて行った。

















***ショーン***





「もう…送ってくれなくていいのに…」


助手席でお嬢がスネたように口を尖らせる。
それでも俺は首を振って、「いいえ、ダメですよ」ときつく言い聞かせた。


「そんな、いくら生徒だからって男だけの家に行くなんて!俺も一緒に行きます」
「もう…変な心配しないでよ…」


お嬢はそう言ってぷぅっと頬まで膨らませた。
またそのお顔も可愛いなぁ、と一瞬顔が緩んでしまったが、すぐに引き締める。
だいたい今夜のお嬢の手料理を楽しみにしてルンルン(死語)で買い物をしてきた俺は何だったんだ…
そのバカな生徒の為にお嬢が夕飯を作るなんて、それだけでムカムカする!
しかもそのバカな生徒ってのが、あのジョシュとかいう小僧だってんだから尚更だ!
あの年齢のわりに妙に落ち着いた態度…ちょっとクールで涼しげな顔!モデル並みの身長!
どれをとっても俺の癇に障る!


「あいつなら俺も会った事があるし一緒に言っても変に思われないでしょう?」
「そうだけど…。あ、でもジョシュくんの前ではちゃんと名前で呼んでよ?」
「いーえ。ボディガードってことになってるんですから、"お嬢"はまずくても"お嬢様"で十分ですよ」
「えぇ…?でも変じゃない…」
「変じゃありません!そんな事より、生徒の家に食事を作りに行くなんて、そっちの方が変ですよ」


俺がそう言うとお嬢は見事なまでに頬を膨らませ、再び窓の外に顔を向ける。
お嬢は真っ直ぐな方なので、きっとあのヤロウが心配なだけなんだろう。
そのお嬢の心優しいところは俺としても凄くよく分かる。
だけど…お嬢は少々、やりすぎるところがある。
優しいばかりに、こうして誰に対しても無防備でぶつかっていく。
それが俺は心配だった。


こんな可愛らしいお嬢に、過剰に優しくされちゃ、どんな男でも惚れちまうに決まってる!
そうさせないためにも俺が防波堤にならねば…!(ただのヤキモチ)


俺はそう決心してアクセルをグイっと踏み込んだ。


(さっきのようにパトカーに追われない程度に…)(さっきはパトカーをぶっちぎって逃げ切った奴)

















***ジョシュ***









「具合、どう?」


「………」




てっきりレオかと思ってだるい体で出迎えれば…そこにはの爽やかな笑顔…と、あのボディガードさんの怖い顔。
俺はまた熱が少し上がった気がした…



「何だよ…。何しに来たわけ…」
「ジョシュくんが熱で動けないと思って食事つくりに来たの」
「…は?」
「俺はそんなお嬢さんについてきた」
「……どうも…」


何だか突然の珍客に俺は小さく溜息をついた。


「ジョシュくん、寝てなきゃダメよ…」
「え…あ、おい―」


はそう言うと俺の腕を引っ張り、そのまま部屋へと歩いて行く。
その後ろからは殺気さえ漂わせるボディガードの男…(確かショーンと言ったっけか…)がついてきた。


「はい、ジョシュくんは寝てて!」
「あ、あのさ…」
「いいから、ほら」


は強引に俺をベッドに寝かせるとキッチリ布団をかけて微笑んだ。
まあ俺も熱でだるいし起きていたくはなかったが…。


「おい、…」
「……だと?」
「……ぅ」


後ろでショーンという自称ボディガードが血走った目で俺を睨む。
それだけで熱が上がった気がして俺は溜息をついた。


「あのさ……看病なんて別に―…っ?!」


ふとの方に顔を向けた時だった。
ふわり、とあの甘い香りがしたと思った、その瞬間、俺の額にコツンと何かが当たった。


「わ、まだ熱いね…」
「な…っ」
「お、お嬢…!!!!!!」


ショーンの変な雄叫び(裏返った声?)が聞こえた。
だけど俺の全神経は目の前に見えるの長い睫毛に集中していた。
が自分の額を俺の額に当てていて、互いの鼻先がぶつかりそうなくらいの距離で見つめ合っている。
それには本気で顔が熱くなる。(って俺はこんな純でもなかったはず…)


「ね、ショーン!下でタオル冷やしてきてくれる?」
「な…ダ、ダメですよ…!お嬢とこいつを二人きりになんて―」
「何言ってるの?早く!」


はそう言うと俺の額に乗せたタオルを取ってショーンに渡した。
ショーンは渋々それを受け取ると俺の方をジロっと睨みながら、「すぐ戻るからな…」と呟き部屋を出て行った。
俺は熱でクラクラしつつ、目の前のを見て何だか変な気分だった。
会ったばかりの、しかも教師が一生徒の俺の為にこうして見舞いに来て看病までしてくれている。
変な奴とは思ってたけど、ここまでとは正直思ってなかった。


「おい…」
「何?苦しい…?」
「…いや…つかさ…。お前って変な女だよな…」
「…何で?」


俺の言葉に首を傾げてキョトンとしているに思わず笑みが洩れる。


「いや…何でもいいや、もう…」
「…?変なジョシュくん…。あ、もしかしてお腹空いた?今、消化のいいお粥作ってあげるね?
お粥は日本で風邪引いた時に食べるものみたいで亡くなった母から教わったの。リゾットみたいで美味しいわよ?
あとはね、玉子酒って言って……」


心地よくの話し声が耳に届く。
時々、汗を拭いてくれる優しい手が妙に安心して、俺は何だか眠くなってきた。




「ジョシュくん…?寝ちゃったの…?」



ふわふわした感覚の中、聞こえてくる俺を呼ぶ声。


そう言えば…俺のこと、"ジョシュくん"なんて呼ぶ女、今までいなかったっけ。
だから、こんなにむずがゆい感じになるのかも…
でも今は…それも何だか心地よくて…



少しだけ目を開ければ窓から夕焼け空が覗いてる。
その夕日に照らされて、の瞳がとても奇麗だった。



「…サンキュ…」



ちゃんと言葉になっていたのか分からない。



でも…それが今の俺の気持ちだった。






















そら



      見上げて思った




       ありがとう 



           この気持ちを 



                伝えたい  強く  強く

























薄れる意識の中、何だか騒がしい足音が俺の耳に届く。


(…なんだよ…うるさいな…。あのボディガードも随分と心配性だよなぁ…)


なんて思っていると勢いよくドアが開いてショーンの声が聞こえた。






「お、お嬢…!い、今、下にお嬢のクラスの生徒さんが…!」


「え…?誰…?」


「何だか金髪の…生意気そうな奴で…俺の顔見て、何だか凄い勢いで―」





バン…!




(…だよ、うるせーなー…。俺は今、凄く眠いんだよ…)





「な…お前、ここで何して…!!」


「あ、レオナルドくん…!もしかしてお見舞いに?」




(…はあ?レオ…何であいつが…)





「―――っ!!!」









そこで一気に意識が戻り、目を開けると…そこには唖然としている親友の顔があった―











続く>>






モドル>>


Postscript



あれ…今回レオネタだったはずなのに何故か変な方向へ…(汗)
というより、ちょっと長くなったので次回に分けます^^;
すみません、変な終り方で…(ちょっとドラマ風に…)(え?)


50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO