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■STEP.5 愛がなくちゃ                                   /僕らのせんせい/






親友の部屋で見た光景に…俺は暫し固まっていた―











***レオ***










何だ、これ…いったいどういう状況なわけ?


ジョシュに制服を届けに来たら、いきなりさっきの怪しげな男が顔を出し、(しかも何故か手にはタオルを持っていた)


一瞬、攫われた?と思った担任の女はジョシュの部屋でニコニコしてやがる…







「レオくんもお見舞いに来てくれたの?」


当たり前のように、そこにいて笑顔で俺を見る担任…


「………よぉ」


そして何だか気まずそうな俺の親友…


で、目の前で視線をそらすように立っている怪しげな強面の男、一人。







「あ、そうだ。食事作らなくちゃ」
「……は?食事?」


はそう言って立ち上がると俺にニッコリ微笑んだ。


「レオくんはジョシュくんについててあげてくれる?」
「………」


(今度は"レオくん"かよ…。つか、どっちにしろ"くん"付けじゃねーか…)


「あ、ショーンも手伝ってくれる?」
「は、はい、お嬢…さん…っ」


(お嬢…さん?)


俺の横をすり抜けて出て行く男を横目で見つつ、目の前まで歩いて来たに目を向ける。
この女は相変わらず笑顔のまま俺を見上げた。


「お前…ここで何してるわけ…?」
「え?あの…お見舞いに…」
「…教師が、たかが風邪引いて休んだ一人の生徒のためにか?」
「え…そうだけど…。だって心配でしょ?」
「…心配って…」
「それに、たかが風邪って言うけど風邪は万病の元って言うじゃない。こじらせると怖いのよ?」


はそう言うとジョシュの方に振り返り、「じゃ、すぐ作ってくるから待っててね?」と言い残し部屋を出て行ってしまった。


「………」
「………」


部屋に残された俺とジョシュの間に微妙な空気が流れる。
だがジョシュは俺から視線をそらすと、布団に潜り込んで、「寝よ…」と顔まで隠してしまった。


「おい…ジョシュ…」
「………」
「…無視すんなよ」


俺が軽く舌打ちしてベッドに近づくとジョシュがゆっくりと布団から顔を出した。


「…熱があってだりぃーんだよ…」
「そりゃ熱も上がるわな…担任を家に連れ込んじゃ」
「つ…!連れ込んでねーよっ!!!」


ガバっと起き上がったジョシュは、その勢いでクラっとしたのか、すぐにベッドに倒れ込む。
俺は笑いながらベッドの前に椅子を引っ張って来て腰をかけた。


「バーカ。熱あんのに無理に起き上がるなって」
「……うっせー」
「で…?何であいつがお前んちで看病したり食事の用意なんてしてンの?」
「…知らねーよ。あいつが勝手に押しかけてきただけ」
「ふーん…。って事はやっぱお前、あいつに手ぇ出したんだ」
「…出してねーよ…っ…ぅ…」
「大声出すなって…頭に響くんだろ…?」
「お前が変なこと言うからだろが…っ」


ジョシュは顔を顰めつつ息を吐き出すと、「あぁ〜ボーっとする…」と腕を額に置いている。
相当、熱が上がってるのか、薄っすらと顔も赤いし息も荒い。


(あんまからかっちゃ可愛そうか…)


内心苦笑しながら俺は煙草を咥えると火をつけて煙を吐き出した。


「なあ」
「…んだよ…」
「あいつと一緒にいる男…誰?」
「…え?ああ…ショーンのこと…?」
「ショーン…?」


(そう言えば…さっき学校であいつがそう呼んでたな…)


「あの人は……あいつ…のボディガードだよ…」
「……は?ボディガード?!」


我ながらすっとんきょうな声を出した気がする。
だって普通ありえないだろ…
一教師にボディガードなんて。


「ボ…ボディガードって…何だよ、それ…」
「さあ…。まあ、でもは金持ちのお嬢様って奴らしい…。父親が心配でつけてるって言ってたけど?」


ジョシュはそう言いながら俺の手から煙草を奪うと軽く吸い込んで、「…まず…」と呟いている。
俺はそれを奪い返し、「病気の時に吸ってうまいわけねーだろ」と額を小突いた。


「それより…あいつがお嬢様?嘘だろ?」
「ほんとらしいぜ…?まあ…見えないけどな」
「ぜんっぜん!見えねーよ!お嬢様って言ったら、こう…清楚でおしとやかーなイメージか、
逆にブランド系のヒルトン姉妹みたいなセクスィーなイメージだろ?あいつはただのドン臭い女だしさ」
「…まぁな…」


ジョシュはそう呟いて俺を見ると、「ま、でも…どっかズレてるとことかはお嬢様なんじゃねーの」と笑っている。


(まあ確かに…あのズレた発言は何となく…そうかもしれない、と思わせるな…)


「でもさ…何でお前があいつのボディガードなんて知ってんだよ?」
「知ってるっつーか…。前にハリウッド高の奴らとケンカした時に会っただけ」
「ハリウッド校…?ああ…そう言えば…オーリーの奴が次の日、そんな事言ってた気もするけど…」
「どうせ流して聞いてたんだろ…」
「まあね。あいつの話は脈絡なくて長ぇーんだよ…」


俺がそう言って笑うとジョシュも苦笑しながら軽く咳き込んだ。


「おい、大丈夫か?」
「ああ…いや…大丈夫じゃねーな、こりゃ…」


そこへ突然ドアが開き、が顔を出した。


「あのジョシュくん…。これ飲んでみて?」
「…え?」


が笑顔で持ってきたのは…何だか怪しげな色の飲み物でホコホコと湯気が出ている。


「何これ…」
「これは玉子酒って言って熱がある時に飲むと体が温まっていいのよ?」
「…げ…くさ…っ」
「うわ、マジ臭いぞ、これ…。何の匂いだよ…」


俺もカップに鼻を近づけ、思い切り顔を顰めると、がクスクス笑って俺達を見た。


「あ、これ日本酒入ってるから」
「「は?日本酒…?」」


俺とジョシュが同時に眉を顰める。
だがはニコニコしたまま、「早く飲んで」とジョシュに勧めた。
ジョシュは嫌ーな顔をして俺を見てきたが、俺はサっと視線を反らして煙草を吸っているフリをした。


「はぁ…ほんと、これ飲んだら治るわけ…?」
「治るってば!栄養もあるし。ほら、ちょっと臭いけど飲んでみて?」
「…ったく…。生徒に酒入りの飲み物、飲ませんなよな…教師のくせに…」


ジョシュはブツブツ言いながらも何だかちょっと嬉しそうだ。
そんな顔してるジョシュなんて、ここ最近見てないからちょっと驚いてしまう。
やっぱジョシュの奴、こいつのこと相当気に入ってんじゃないか…?と思った。


(たっく…オーリーの次はジョシュもか?勘弁しろよ…)


内心そう思っているとジョシュがその怪しい玉子酒なるものを飲んで思い切り顔を顰めている。


「おぇ…まず…!」
「あーダメよ。全部飲まなくちゃ…」
「バカ、お前…これ何の罰ゲームだよ…」
「いいから飲んで!病人は言う事聞くものよ?」


は何だか母親みたいな事を言いつつ、ジョシュにカップを押し戻している。
ジョシュもジョシュで苦笑いを浮かべ、何だかんだ言いつつ、そのいかにも不味そうな玉子酒を一気に飲み干した。


「うぇ…何だか酔いそう…」
「大丈夫よ。これで汗が出て熱も下がるから」


は笑いながら空になったカップを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
俺は何だかアホくさくなり再び煙草を咥えて火をつけようとライターを出すと…
いきなりにライターを奪われ、驚いて顔を上げた。


「煙草は体に良くないわよ」
「…は?うるせぇな…返せよ…」


いきなり説教をされて俺はムっとして立ち上がる。
ジョシュはちょっと驚いたように体を起こし、「おい、レオ…」と腕を引っ張ってくるが俺はを睨みつけ、「返せ」と言った。
だがは怯む様子もなく、今度は俺の手から煙草を奪う。


「何すんだよ…!」
「煙草は体に悪いのよ」
「んなこと関係ねーだろ?」


さすがに頭に来た。


教師面して説教されるのはごめんだ。
そう…教師なんて皆そんな奴ばかりだった。
生徒の心配をしてるフリをして、腹の中じゃ自己満足に浸っている。
俺達が言う事を聞かなかったら、"こんなに考えてやってるのに"と押し付けがましい事を言う。
だいたい教師なんて殆どが自己満足か、腰掛け程度の奴らしかいない。
本気で生徒の事を考えてる奴なんて一人もいなかった。
俺達が何か問題を起こせば責任を問われるのが怖くて逃げ出す奴ばかりなんだ。
俺達と真剣に向き合って本気でぶつかってきた奴なんて…どこにもいない。
教師だけじゃなく…大人なんて皆、そんなもんだ。
オヤジみたいな権力者には平気でゴマをすり、自分の立場を良くしようとする。
そんな下らない"形"に囚われた大人ばっかりだ――



「…返せよ」


目の前にいる、この女だって結局、自己満足で教師って立場でしかものを言わない…
そう思いながら真っ直ぐ俺を見据えているを見た。
だが―




「…どうしても吸いたいって言うなら―」


「言うなら…?何だよ…」


俺は鼻で笑うとの顔を覗き込んだ。
するとは急に笑顔で俺を見上げたかと思うと――
















「煙草じゃなくて葉巻にしたら?」









「―――はぁ?」









「……ぶ…っ」












またしても開いた口が塞がらない。
ジョシュの奴は吹き出してベッドの上で体を揺らして笑ってるし目の前の女はキョトンとした顔で俺を見てくる。


いったい、何なんだ、こいつは。





「お前…やっぱバカだろ…」
「ど、どうして?だって葉巻は煙を吸い込まないから煙草ほど害はないっておじい様が―」
「………」


(まーた、おじい様かよ…。どうやら金持ちのお嬢さんってのは本当らしい。じゃなきゃ、こんなトボケた教師がいてたまるか!)



「おい、レオ…お前、今度から葉巻にしろよ…。案外似合うぞ…ぶはは…っ」
「うるせー!笑いすぎなんだよ、お前は!いつから、そんな笑い上戸になったんだ?!いっつも仏頂面してたくせにっ」


未だバカ笑いしているジョシュに俺は持って来ていた鞄やら制服を投げつけてやった。
それでもジョシュは腹を抱えて笑っている。
熱があるくせに元気な奴だよ、ほんと!






「俺、帰るわ…」
「え!どうして?!」


俺がドアの方に歩きかけるとが慌てて腕を掴んできた。


「もうすぐ食事も出来るしレオくんも食べて行けば?」
「…いらねーよ!!」


そう言って腕を振り払うと、まだ笑っているジョシュに、「じゃーな!お大事に!」と言って俺は部屋を出た。


「レオくん…!」


後ろから呼ぶ声が聞こえたが足早に階段を下りてエントランスへ行く。


(…ったく!仲良しクラブじゃねーっつーの!だいたい何で俺が教師の手料理食べてかなくちゃいけねーんだ!)


何だかイライラしつつ、外に出ようとドアを開けると、突然リビングから、あの怖そうなお兄さんがヌっと顔を出した。


「帰るのか…?」
「あ…はあ、まあ」
「…あまり…お嬢を困らせるなよ…?」
「………」


男はそれだけ言うと仏頂面でまたリビングに戻って行った。


「……何なんだよ、ほんと…」


(妙な教師に、そのボディガード…)


今度の担任は過去最高におかしな女だと思った。


「あーあ…シラケる…。女と遊びに行くかな…」


携帯で検索すればズラっと載っている女の名前。
顔すら覚えてないのが殆どだが、まあ登録されてるって事は一応好みの女である事は間違いない。


「今日は誰にし、よ、う、か、な、っと…」


数人の名前を見ながら歩いて行く。
そこで、ある名前を見つけて指を止めた。


(この女…俺が高校生って分かっても"また会って"とか何とか言ってたっけ…)


この前の女―ジュリアン・レイルズ


「一応…かけてみっか…」


そう呟いて俺は彼女の番号を出し、通話ボタンを押した―













「電話くれるなんて思ってなかったわ」


ジュリアンはそう言って微笑むと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
その言葉にちょっと笑うと、


「でもさ、いいわけ?こんな風に歩いてて。俺、まだ制服なんですけど」
「気にするの?」
「俺が?いいえー。そっちが気にするかな、と思っただけ。どう見たって高校生をたぶらかしてるお姉さんって感じだろ」
「何よ、意地悪ね」


ジュリアンはそう言って少し口を尖らせると組んでいた腕を離して肘で俺の腰を突付いてくる。
今日の彼女はあの夜と違って派手なドレスでもなく、ラフなジーンズに薄目のセーターとジャケットという格好。
メイクもナチュラルで、また随分と若く見えた。


「これでも仕事場では若いねって言われてるのよ?」
「まあ、歳よりは若く見えるけどさ」
「もう。レオって口が悪いんだから。まあ、でも、そうねー。女子高生には負けるわ」
「女子高生なんて興味ないね。俺はジュリアンみたいな社会人のお姉さんが好みだし」


俺がそう言うとジュリアンはちょっと笑って、「なら許す」と再び腕を組んできた。


ハリウッドのハイランドで待ち合わせをした俺達はそのまま街中をブラブラ歩いて行った。
高校生の俺とどう見ても社会人のジュリアンが腕を組んで歩いていると擦れ違う奴がチラチラ見ていく。
たいがい男は俺を見て、"このガキ、いい女連れて歩きやがって"という目で見るし、女の場合はジュリアンを見て、
"何、この女…高校生の男の子なんて連れて…"という目で見てくる。
普段なら制服のまま、女と会わないんだけど彼女は俺の歳を知ってて、それでもいいって言うんだから仕方がない。


「なあ、どこ行く?何か食べにいく?つっても俺、制服だから入れる店って限られるけど…」
「そんなのいいわ?後で私の家で飲めばいいし」


ジュリアンはそう言って俺に寄り添ってくる。
その素直な行動に俺は苦笑した。


「どうでもいいけど…何で俺なわけ?ジュリアンなら歳相応の男だって寄って来るだろ…?」


それは正直な感想だった。
ジュリアンは奇麗だしスタイルもいい。
性格だって明るいしきっと素直なんだろうな、と思わせる。
なのに何が悲しくて高校生の俺とデートしてるんだか、と素朴な疑問が生まれた。
だがジュリアンはクスクス笑いながら、


「何言ってるのよ。本気にさせたのはレオじゃない?」
「……は?」
「私ね、歳はそれほど気にしないの。だって20歳過ぎてても中身が子供の人だってたくさんいるし…」
「そりゃ…まあ…ね…」
「逆に歳が若くても大人の人もいるわ?レオみたいに」
「…俺?俺は…大人じゃないよ。ちょー短気でケンカっ早いし」


少しおどけてそう言えばジュリアンは笑いながら首を振った。


「表向きはね。でも…心の中は何かに耐えてるって感じがする…」
「何だよ、それ…俺は別に―」


そこまで言って言葉が切れた。


(あれは…ジョー…?)


俺は足を止めてその後姿を探す。
今、俺達の目の前を横切ったのがジョシュの弟のジョーに見えたのだ。


「…レオ…?どうしたの…?」
「いや…ちょっと…」


そう言いつつ足はつい、ジョーらしき人物が歩いて行った方に向いて動いて行く。
ジュリアンは訝しげな顔をしているが黙って俺についてきた。


「…あ…やっぱり…」
「…え?」


少し歩いて行くと裏道にあるクラブがある。
そこの前で何だか悪そうな奴と話しているのは、やはりジョーだった。
まだ制服のまま、煙草を吹かし親しげな様子で周りの奴らとも声をかけあっている。


(あいつ…こんなとこに出入りしてんのか…)


見た感じ、あまりいい雰囲気ではない、その店にジョーは慣れた感じで入って行った。


「…レオ?彼…友達?」
「いや…ダチの弟…」
「そう。16歳くらいに見えたけど…いいの?あんな店に制服で…」


ジュリアンはそう言いながら俺を見上げる。


「よく…ねぇな…やっぱり…」


俺はそう呟いてジュリアンの腕を離すと、店の前にたむろってる奴らの方にゆっくりと歩いて行った―













***ハートネット家***







「…ご馳走さん…美味かったよ…」


俺はそう言って食器を下げているを見た。
何だか彼女はやけに楽しそうで、その姿を見ているとお袋の姿と重なって見える。(いや歳はこいつの方が若いけど)


「良かった!これで熱が下がれば問題ないわね?」
「ああ…」


俺が横になると布団をかけてくれながらは笑顔を見せる。
だが、ふと時計を見ると、


「でも…ジョーくん、今日は遅いのね。せっかくジョーくん用の夕飯も作ってあるのに…」
「…どうせ友達と遊んでんだろ…。時々あるんだ、こういうこと…」
「そう…。何だ…。また一緒にゲームの続きしたかったのにな…」
「………」


俺はその呟きに苦笑が洩れ、軽く息を吐き出した。(夜になると更に熱が上がるし最悪だ)
昨日、家に来た時、夕飯を食べた後、すぐに帰るのかと思えば、何とこいつはジョーとテレビゲームをやり出した。
まあ、ジョーが誘ったからなんだけど…(俺に勝てないからってゲームがヘタそうなを誘う辺り、あいつも確信犯だ)
内容は格闘技もんだった。
案の定、はなかなかジョーに勝てなくて一人熱くなり、結局、「もう一回!」なんて言い続けてたっけ。
俺は下らないと思いつつ、後ろで見てたけど(そういや、あの時からすでに寒気はしてたっけ)は一度もジョーに勝てなかった。
それがよほど悔しかったのか、帰り際も「次は絶対勝つから」なんて言ってた。
あとおかしな事も言ってたっけ…


「…おかしいなぁ…。あのボディブロー教えてもらったんだけど…」


とか何とか…
ゲームでやった事があるのか、と思ったがどうもそうではないらしく。


「あ、あの…うちの弟分…じゃなくて…えっとお父様の部下に痴漢にあったら、こうしろって教えてもらって…」



一体、どんな部下だっつーの。
女にそんな格闘技まがいの事を教えるなんて…



そんな事を思い出しつつ、ふと気になった事を訊いた。


「なぁ…」
「え…?」
「あのボディーガードさん…どうした?」


さっきからが俺のとこに来る度に見張るような目つきでついてきていたのに、その姿が見えず訊いてみた。
するとが笑顔で、


「ああ、ショーン?ショーンなら今、使ったお鍋とか食器を洗ってくれてるわ?」
「…は…?ボディガードって…そんな事までやるわけ…?」
「え?!あ!か、彼はその…家事が好きみたいで…あはは…っ」
「………」


(へぇ…随分、家庭的なボディガードだな…)


俺は彼があの怖い顔で食器を洗ってる姿を想像して少々笑ってしまった。
するとが立ち上がり、「じゃあ、これ片付けてから帰るね」と言った。
その言葉に俺はつい、「え…もう帰んのか…?」と、その手を掴んでしまう。


「あ、いや…悪い…」


どうして、そんな事を言ってしまったのか自分でも分からず、慌ててその手を離す。
だがは笑顔で再びベッドの端に座ると、


「寂しいならまだいるよ?」
「バ…バッカじゃねーの…。別に寂しいなんて言ってないだろ?」
「でも…病気の時って意味なく寂しいもんでしょ?私もそうだもん」
「………」


バカなことを言ってしまった、と思った。
ただ…もう一人なんて慣れたと思っていたのに…こいつが無理やりやってきて…
もうこの家の空気に馴染んでるから…


「ジョシュくん…?」
「…いいよ、帰れって」
「でも…ジョーくんが帰って来るまで―」
「いいから。俺、もう寝るしさ」


そう言ってに背中を向ける。
その時、の携帯が鳴り出し、「あ、ちょっとごめんね」と言って立ち上がった。


「はい…。え…?」


「……?」


その声に動揺が現れていて俺はゆっくりと体を起こした。
は何だか見た事もない険しい顔で頷いていたが、ふと俺の方に視線を向ける。
それが何となく気になり、黙って見てた、その時。


「え…!レオくんが…?!」
「―――っ?!」


は驚いたように声を上げ、また俺の方を見た。


「はい…分かりました…。すぐ行きます…!」
「おい…レオがどうした…?」


慌ててジャケットを着ているにそう尋ねる。
だがは動揺してるのか、青い顔で俺を見ると、「あ、あの…ちょっと行かなくちゃ…」と言うだけ。
その様子は尋常じゃなく、俺はベッドから起き上がるとの腕を掴んで自分の方に向かせた。


「おい、落ち着けって…。どうしたんだよ。今の電話、誰から?」
「あ、あの…だから…」
…。レオのことだろ?あいつは俺の昔からの親友だ。いいから教えろ」


冷静にそう言うとは視線を泳がせていたが暫くすると息を吐き出し小さく頷いた。


「あ、あのね…警察から電話が来て…」
「警察…?じゃあ…レオが何かやったのか?ケンカか?」
「そ、それが…」
「何だよ。早く言えって」


不安そうなの手をギュっと握ってやると彼女は泣きそうな顔で俺を見て、


「ハリウッドの…あるクラブでケンカして…」
「…うん」
「その時、警察がちょうどガサ入れに来て捕まったらしいの…」
「ガ、ガサ入れ…?」
「!!」


怪訝そうな顔で見ると、は視線を泳がしつつ、「あ、あの…て、手入れ!そう手入れに行ったらしくて…」とぎこちない笑顔を見せる。
まあ、それでもやっと笑顔が出て少しは安心した。


は…笑ってないと何となく変だしな…
だけど…クラブに手入れって…


そこが気になり、「それで?」と訊いてみた。


「あ、そ、それで…捕まった時…レオくんが…その…」
「……何だよ?」


言いにくそうにしているに眉を顰めてもう一度尋ねる。
するとは信じられない事を口にした。






「く、薬…持ってた…って…」



「な…!」








それを訊いて俺は思わず立ち上がってしまった。
熱でクラっとするが今はそんなのどうでもいい。


「薬って…嘘だろ?あいつはそんなバカじゃねーよ…っ!!」


そう怒鳴ると、はビクっとしたように肩を竦めた。
それに気づきハっとして軽く息を吐き出す。


「ごめん…お前に怒鳴っても仕方ないよな…」


そう言って彼女の頭に手を乗せるとはぶんぶん首を振って俺を見上げた。


「私…行かなくちゃ…。迎えに来いって言われてるの…」
「あいつの…オヤジは…?」
「それが…連絡つかないらしくて…」
「そっか…。まあ忙しい人だからな…」
「あ、あの…だからごめんね…?ジョシュくんはちゃんと寝てて…?」


はそう言って慌てたようにバッグを掴む。
俺はそれを見て素早くパジャマ代わりのトレーナーを脱いだ。


「キャ…ちょ…ジョシュくん?!」
「俺も一緒に行く」
「え?!あ、あのちょっと…!」


俺が目の前で服を脱いで行くと、は顔を真っ赤にして後ろを向いてしまった。


(この様子じゃ男に免疫ねぇな…)


「ジョ、ジョシュくん、あの…一緒に来るって…ダメよ、熱があるのに…っ」


男の裸を見慣れてないのか、は後ろを向いたまま、しどろもどろになりつつ、そんな事を言っているが、
俺はサッサとクローゼットを開けてジーンズを穿くと、なるべく厚手の服を重ね着し、ジャケットを羽織る。


「もういいよ」
「え?あ…」


服を着てホっとしたのか、は俺の方を見ると小さく息をついた。
だがまだ頬は真っ赤で何だか赤ちゃんみたいになっている。
俺はちょっと噴出すと、の目線まで屈んでニヤリと笑った。


ってさ」
「…え?」
「もしかして男と付き合ったことない?」
「―――っ」


ボっと音でもしそうな勢いで今度は耳まで真っ赤になってしまったに、俺は軽く噴出した。


「やっぱりな…」
「な、何言って…か、関係ないでしょ、ジョシュくんにはっ!」


一瞬で赤く染まった頬がぷうっと膨れ、彼女はプイっと横を向いてしまった。
こんな反応する女なんて今まで付き合った奴の中じゃ一人もいなかった。
それが新鮮で可愛くて俺はちょっと苦笑すると彼女の腕を掴んで部屋を出る。


「そう怒るなって。ほら行くぞ?」
「え?あ…ダ、ダメよ!熱あるんだから―」
「ちょっとフラっとするけど平気。のお粥のお陰かな」
「…え♪」


(…相当、単純だな、こいつ…)


俺の言葉に嬉しそうに顔を上げたに内心、そう思いつつ、それでも笑みが零れる。
そのまま階段を下りて行くと、キッチンの方からドタドタと足音が聞こえて来た。


「お、おい!お嬢をどこへ連れて行く気だ?!その手を離せ!!!」
「ショーン…!」
「………(さすがボディガード。素早いな…)」


ショーンは何故か手に包丁を持って俺を凄い目で睨んでいる。
だがが慌ててショーンに駆け寄ると、


「あ、あのね、今から警察に行かなくちゃいけないの。だから―」
「け、警察って…またですか?!」
「…また?」


俺はその言葉に首を傾げたが、が事情を説明するとショーンも納得したようで―



「じゃ、送ります!待ってて下さい!」


と再びキッチンの方に走って行く。
そしてすぐ戻ってくると俺をジロっと睨み、「何で病人のクセにお前も行くんだ…」と呟いた。


「俺の親友のことなんで…」
「…ふん…!あのクソガキ…またお嬢に面倒かけやがって…」
「………」


ショーンはブツブツ文句を言いながら外に出ると派手なあの車に乗り込んだ。


「あ、あの…」
「ん?」
「ジョシュくん、ほんとに行く気…?」
「ああ。放っておけないだろ?レオの事だし…それに…あいつが薬に手を出すような奴じゃないって分かってるからさ…」
「ジョシュくん…」


俺がそう言うとは少しだけ微笑み、「…私も…」と呟く。
それには正直ちょっと驚いた。


「お前…あいつのこと信じてくれるのか…?」
「え?どうして?当たり前じゃない」
「………」
「彼は…悪ぶってるけど…優しいとこあると思うし。ね?」


はそう言って俺を見上げた。
その真っ直ぐな瞳に嘘はない、と感じ、俺は救われたような気持ちになる。


「……サンキュ…」


何だか…今日はこいつに礼ばかり言ってる気がする。
こんなに人にお礼を言ったのなんて初めてかもしれない。


俺の言葉には優しく微笑む。
その柔らかい笑顔を見て、自然に胸に浮かぶ感情に気づいた。



俺は…こいつに…惹かれてる…?


何故、こんなにの事を受け入れてる自分がいるのか――やっと分かった…







「…ジョシュくん?」
「………」


黙ったままを見つめる俺にキョトンとした顔で首を傾げてる。
そんな彼女がやっぱり可愛くて、俺はふと視線を反らした。


が、そこへ―








「コラァ!!お嬢をいやらしい目で見つめるな!!!減るだろが!」


「…………」










なかなか来ない俺達に痺れを切らしたのか、ショーンが窓から顔を出し叫んでいる。



それを見て俺はちょっと苦笑すると、「早く行かないとレオにも怒られそうだな…」と呟いた。









***ロス市警察署***







「先生、こっちです」
「あ…あなた夕べの…」


とジョシュが歩いて行くと廊下の向こうからエヴァンスが歩いて来た。
それを見ても嬉しそうな笑顔になるが、すぐに顔を引きしめ、彼の方に走って行った。


「あの…レオくんは…」
「彼は今、取調べ中です。…彼は?」


エヴァンスはの後ろから歩いて来たジョシュを見た。


「あ、彼も私の生徒で…レオくんのお友達です。心配で一緒に…」
「そうですか…。ああ、ではこちらにどうぞ」


エヴァンスはそう言うととジョシュを少年課の応接室(といって署内に仕切られてるだけのスペース)へと連れて行った。
そこでソファに座ると、軽く溜息をつく。


「あの…薬ってどういう事ですか?」


すぐにが心配そうな顔で尋ねると、エヴァンスは顔を顰めて体を前に乗り出し膝の上で手を組んだ。


「実は…彼がいたクラブは前から薬の密売組織が出入りしてたところで…」
「組織…」
「そこで我が署でも目をつけてたんです。何せ出入りしてるのは未成年ばかりですからね」
「そ、そうなんですか…?」


エヴァンスの説明には顔が青くなる。


「今じゃ高校生ばかりじゃなく…中学生までが出入りをしてるようで…前から見張ってたんです。
でも今夜…一斉に摘発、と言う形になって踏み込んだらしいんですが…」


エヴァンスはそこで言葉を切ると、軽くソファに凭れた。


「あなたの生徒がその場に居合わせたらしくて一緒に捕まってしまったんです」
「……レオくんはそこで何を…」
「女性と一緒でしてね。まあ、彼はデートで何も知らずに入っただけと言ってたんですが…彼のポケットからこれが出まして…」


エヴァンスはそう言うとテーブルの上に白い粉の入った袋と数個の錠剤を置いた。


「これ…」
「コカインとスピードというドラッグです」
「―――っ!」
「あいつはこんなもんやらねーよ」


ジョシュがソファに凭れたままエヴァンスを睨みつける。
だがエヴァンスは軽く息を吐き出し、再び身を乗り出した。


「では何故、彼はこんなものを?」
「さあな。間違って入ったんじゃねーの…?」
「ジョシュくん…」


が心配そうに顔を上げる。
不安なのか気づけばジョシュの袖をギュっと握りしめ、「私も…彼の事を信じてます…」と言った。
エヴァンスは軽く息をついて頷くと、


「今、彼は薬物検査を受けて結果を待ってるとこです。もう少ししたら分かるでしょう」
「…そ、そうですか…。あの…」
「え?」
「もし…やってないと分かれば、すぐに帰れますか?」


が恐る恐る尋ねるとエヴァンスはちょっと微笑んで、「ええ、まあ。ただ…今回は彼の親じゃないと帰せません」と言った。


「え…そんな…」
「今度はケンカで、というものじゃないし…。それに制服を着てあんな場所に出入りしてたのも問題ですからね」
「で、でもデートで行っただけなんでしょう?」
「…いや、でも彼は高校生ですしね…。ああ、そうそう。それと…」


エヴァンスは思い出したようにを見る。


「もう一人、同じ高校の生徒がいたらしんですが…」
「え…?!」
「踏み込んだ捜査官が言ってたんですが…もう一人、レオナルドくんと同じ制服を着ていた生徒がいた、と。
まあ、逃げられたようですがね」


エヴァンスの言葉にとジョシュは顔を見合わせた。

もう一人生徒がいた…

という事は…


「まさか…あいつら…?」



ジョシュは独り言のように呟く。
きっとオーランド、ドム、ブレンダンあたりだと思ったのだろう。
だがエヴァンスに、「誰か心当たりはあるのかい?」と訊かれ、ジョシュは軽く肩を竦めた。


「さぁな…。同じ制服ってだけじゃ分かんねーよ」
「…そうか。まあいい。ではちょっと待ってて下さい」


エヴァンスはそう言うとソファから立ち上がり、歩いて行ってしまった。
途端に力が抜け、は思い切り息を吐き出すとソファに凭れかかる。


「お、おい…大丈夫か…?」
「うん…でも…心配で心臓が苦しい…」
「…大丈夫だよ…あいつは何もしてないって。きっとハメられただけだ」


そう言っての頭を軽く撫でる。
するとはパっと顔を上げてジョシュの頬に手を添えた。


「な、何だよ…」
「ジョシュくん…熱いわ…?また熱上がったんじゃ…」
「大丈夫だよ…」
「で、でもここ寒いし…。あ、これ良かったら着て?」


はそう言って自分のジャケットを脱ごうとした。
それを見てジョシュは慌ててその手を止める。


「バカ、いいよ!お前が風邪引くぞ…?」
「でも―」
「それに…のジャケットじゃ小さすぎて俺は着れませんから」


ちょっとおどけてそう返すとは頬を赤くして俯いた。
ジョシュはそんなを見てかすかに微笑む。
と、そこへエヴァンスが戻って来た。



「はい、コーヒー。寒いでしょう」
「あ…ありがとう御座います」
「……どうも」



エヴァンスに差し出されたコーヒーカップを嬉しそうに受け取るを見てジョシュはかすかに眉を顰めた。


(何だ…?あんなにニコニコしちゃって…)


まさか夕べ自分を助けてくれたエヴァンスをが気に入ったとは知らないジョシュは、いつもと雰囲気の違うに首を傾げた。


「あ、あの…エヴァンス捜査官…」
「え?ああ…クリスでいいですよ」
「え…?」
「俺の名前です。そう呼んで下さい」
「は、はい…」
「………」


ジョシュはまたしても嬉しそうに、しかも少し頬を赤らめたに首を傾げる。
何となーく面白くなくて目の前で微笑んでいるエヴァンスを軽く睨んだ。


「あの…クリス…さんは…少年課なんですか?」
「いえ、俺は本当は殺人事件とか担当してるんです。でも人手が足りないから手伝ってるわけでして…」
「そ、そう…ですか…。でも殺人事件なんて…危ないですね…」


がそう言うとエヴァンスはちょっと笑って肩を竦める。


「そうですね…。最近はこの辺のマフィアの抗争事件も多くて…大変ですよ」
「……!そ、そ…そうですか…マフィア…」


そこでは顔が青くなったが、幸い誰も気づかなかった。



「クリス…!」


そこへ白衣を来た男性が歩いて来てエヴァンスはすぐに立ち上がる。
そしてその男性と何やら話していたが、またとジョシュの方に歩いて来た。


「良かったですね。彼は白だそうです」
「…え?」
「薬物検査の結果、彼の体からは薬は検出されませんでした」
「ほ、ほんとですか?」
「ええ」
「よ…良かった…」


そう呟いた途端、の瞳にぶわっと涙が浮かぶ。
信じてはいたものの、相当、不安だったのだろう。
そんな気持ちに気づき、ジョシュはそっとの涙を指で拭い、「だから言ったろ?」と微笑む。


「う、うん…良かった…ひ…ぅ…」
「あぁー…。泣くなよ…化粧落ちるぞ…?つか何で自分が怪我した時は泣かないくせに人の事で泣いてんだよ…」


ジョシュはそう言って苦笑するとジャケットの袖でポロポロ零れてくるの涙をぬぐってあげた。


「ひ…く…だ、…だって…ホっとしたら…ぅ…ぃ…」
「はいはい…。分かったからしゃべんなって…。ったく…これで教師だってんだから…子供にしか見えねーよ…」
「ひ、ひど…ぃ…く…」


は泣きながらも口を尖らせジョシュを睨む。
ジョシュはジョシュでお世話係りの如く、の涙を拭きつつ、テーブルの上にあるティッシュを取って、


「ほら、鼻かめよ」


なんて言って笑った。
そんな光景を見ていたエヴァンスはちょっと笑いながら、


「何だか先生と教師というよりは…彼氏、彼女って感じですね」
「――は?」
「な…何…ひ…く言ってるん…ですか…ぃっく…」


エヴァンスの発言にジョシュは顔を赤くし、はしゃくりあげつつも慌てて否定している。
だがエヴァンスは軽く息をついて頭をかくと、


「でも…じゃあ何故、彼のポケットから薬なんて出てきたんだろうな…」


と呟いた。
その言葉にジョシュが振り向き、「あいつは…何て言ってるんですか?」と尋ねる。


「うん、いや…彼は知らぬ存ぜぬでね。何故、自分の制服にこんな物が入ってたのか知らない、と言ってるんだ」
「そうですか…。でも…あいつ、ほんと薬とかに手を出すような奴じゃないんで…自分の立場も十分に分かってるし」
「ああ…彼の父親は…あのディカプリオ氏らしいね。俺もさっき知ったよ」


エヴァンスはそう言うとソファに座り、息を吐き出した。


「息子が捕まったというのに…秘書にしか連絡が取れないなんてな…」
「あ、あ…の…」
「ん?」
「彼の父…親と話したんじゃない…んですか?」
「ああ…そうなんだ。秘書にしか繋がらなくてね。だから先生の事を思いだして連絡したんですよ」
「そう…ですか…」


はそう言ってまだ赤い目を手で擦った。
そこへ話し声が聞こえて数人の捜査官が入ってくると後ろからレオが連れられて来たのが見えた。


「レオくん…!」


「―――っ」


が真っ先に立ち上がり、レオの方へ走って行く。


「な…またお前…って、な…何でジョシュまで…っ」
「バーカ。心配だからに決まってんだろ…?」


ジョシュもレオの方に歩いて行きながら呆れたように溜息をついた。
だがレオはジョシュから目を反らし、気まずそうに唇を噛む。


「で…お前こそ何してんだよ、ほんと…」
「うるせーな…。別に何もしてねーよ」


ジョシュの言葉にレオはプイっと顔を反らし、背中を向ける。
それを見たジョシュは何となく、いつもの雰囲気じゃないな、と首を傾げた。
だがそんな空気に気づかず、はレオの前に立つと嬉しそうに笑顔を見せる。


「あ、あのレオくん…。良かったね、検査結果聞いたわ?」
「…あっそ。つか最初からやってないって言ってんのにさぁ…」
「おい、いくら検査が白でもまだ疑いは晴れてないからな…。これから買ってやろうとしてたって事もある!」


レオを取り調べてた捜査官がそう言って声を荒げた。
だがそれを訊いたがキっと彼を睨むと、


「レオくんはそんな事をするような生徒じゃないですっ」
「な、何だよ、あんた…。こいつの先生か?」
「はい、私は彼の担任の先生です」
「ふん…先生も悪ガキ受け持つと大変だな…。こう毎日警察に呼び出されちゃ―」
「うるせーよ!!!」


レオはその捜査官を睨みつけ怒鳴った。


「…まあいい。そのうち証拠を掴んでやるからな…お前が逃がしたガキもだ。…覚えておけ」


捜査官はそう言い捨てると、そのまま奥へと歩いて行ってしまった。
それを見ては、「何なのかしら…嫌な感じね…っ」と怒っている。
そしてレオを見上げると、そっと彼の手を取った。


「大丈夫…?何か嫌な事でも―」
「お前もたいがいうるせーよな…!放っといてくれよっ!」


レオはいきなり怒鳴り、の手を振り払った。


「…レオく…」
「あー!それもやめろって何回言えば分かるわけ?!馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな!」
「―――っ」


レオに怒鳴られ、がビクっとなる。
それを見ていたエヴァンスがレオに何かを言いかけた。
が、その時、最初に動いたのはジョシュだった。







ガッ―――







「………っっっ!」


「キャ…ジョシュくん…?!」





鈍い音がしてレオが後ろに吹っ飛んだ。




「…ってぇ…。何すんだよっ!!!」
「ふざけんな!!人に心配かけやがって…それでその態度か?!」
「うるせぇな!!別に心配してくれって言ってねーよ!迎えに来てくれともな!!」


レオは口の中を切ったのか、床に血を吐き捨てるとジョシュに飛び掛った。


「ちょ…やめて、二人とも…!!」


それを見たが二人の方に駆け寄る。
エヴァンスも慌てて二人を止めようとするが凄い力で押しのけられた。
レオはジョシュの胸倉を掴んで壁にドンっと押し付けると、


「何なんだよ、ジョシュ!!この女の言う事、素直に聞いて…今さらいい子ぶんなよっ!!」
「うるせぇ!こいつはお前のこと信じて本気で心配してたんだぞ?!それくらい分かってやれ!」
「はあ?心配?どうせ自分の責任になるのが怖いからだろ!!」
はそんな女じゃねーよ!本気でお前を―」
「は…!お前本気で惚れたのか?こんなガキみたいな女に!なら早くヤっちまえよ!いつもみたいにさ!」
「―――っっ!」


レオの一言でジョシュはカっとなり、掴まれていた腕を凄い勢いで振り解いた。
そして思い切りレオの顔を殴りつけると、反対側の壁に押し付ける。


「お前…いつから人の気持ちも分からないような奴になったんだよ…。そんな奴じゃないだろが!」
「…く…離せよ…!俺は前からこんな奴だよ…っ」


レオはそう言うとジョシュの腕を振り解いた。
そこへ騒ぎを聞きつけた他の刑事達が走ってきてレオとジョシュを引き離す。
はその光景を悲しげに見ていたが、ふと顔を上げ、レオの方に歩いて行った。


「…何だよ…。文句あんの?」
「…違うわ?」
「じゃあ何だよ…!」
「私は…レオくんの味方だから…」
「…は?」
「あまり役に立たないかもしれないけど…でも信じる気持ちは誰にも負けないよ」
「……何言って…」
「ほんとは…レオくん、凄く友達思いじゃない…。私、知ってるもの。いつも自分のせいにして誰かを庇ってるの…」
「―――っ」


の言葉にレオはハっとして顔を上げた。
そんな彼を見ては優しく微笑むと、


「この前…ドムくんが教頭の車にイタズラ書きしてたのに"俺がやった"って教頭に言ったでしょう」
「…な…あれは俺が…」
「ううん、違う。あれはレオくんの字じゃないもの。あのクセのある字はドムくんなの」
「…字…?」
「そうよ。それにあの日はレオくん遅刻してきたから時間も合わない」
「………」
「あと…オーランドくんが教室でサッカーしてて窓ガラス割っちゃった時だって怒鳴りこんできた教頭に"俺がやりました"って言ったでしょ?」
「………」
「後でオーランドくん、落ち込んでたわよ?"俺のせいでレオがまた教頭に怒られた"って」
「……チッ…あのバカ…言うなって言ったのに…」


レオは軽く舌打ちすると唇の端を手で拭った。
するとはバッグからハンカチを出してレオの口元へ当てる。


「いいよ…」
「いいから使って。凄い切れてる…」
「ジョシュは手加減ってもん知らねーからな…。すぐ熱くなるくらいバカだし」
「…な…お前に言われたくねーよっ。クラスで短気一等賞はレオだろがっ」


レオの言葉に今まで黙っていたジョシュはそう言って顔を背けた。
そんな二人にはちょっと笑うと、


「レオくんは…自分が悪者になる事で皆を守ってるじゃない…凄く優しいと思う」
「…そんなんじゃねーよ…。どうせ教頭は俺が何をしても退学には出来ないからそうしてるだけだ」
「…それでも…皆を守ってるじゃない」
「…あいつらに…辞められちゃつまんねーからな…」


レオはそう言ってハンカチを受け取ると自分の口元に当てる。
その瞬間、甘い香りがしてドキっとする。
爽やかで、とても優しい香り…いつもからする甘い匂い。
それを嗅ぐと苛立っていた気持ちが薄らいでいく気がした。


「この先生は…お前たちのこと、よく見てるじゃないか…」
「え…?」


不意にエヴァンスがそう言ってレオの肩をポンと叩く。


「普通なら一ヶ月も経ってないのに生徒の字とかまで覚えてないぞ…?それにいつ誰が遅刻したかってこともな」
「………」
「それは…彼女がお前たち生徒一人一人をよく見てるって事だ。それは見せかけだけじゃ出来ない事だろう?」


エヴァンスの言葉にレオは手にしたハンカチを見て、ゆっくりと顔を上げた。
はまだ心配そうな顔でレオを見ている。
その瞳には今までたくさんの大人たちの中に見てきた、狡賢い計算や嘘偽りなど一切なく奇麗に澄んでいる。
ふとジョシュを見れば、何だかムスっとしてレオを見ている。
その目は、"さっさと謝れ"とでも言いたげだ。
レオは少し目を伏せると、頭をガシガシかきつつ―


「………」
「…え…」
「…ごめ―」


「レオ…!!」
「―――っ?」


その時、一瞬、警察署内がシーンとなった。
ハっと振り返ると―父、ジョージが秘書を引き連れて廊下を歩いて来るのが見えてレオは息を呑んだ。


「お前、また何をやってるんだ…!!」
「…オヤジ…」
「この前言ったのに私にまた恥をかかせおって!!」


ジョージはそう言うとレオの腕を掴んで、「息子がお騒がせしました」とエヴァンスを見る。
だがその態度は謝るというよりは上から物をいう態度にしか見えない。


「帰るぞ…!」
「お、おい―」
「うるさい!言い訳は帰ってから聞く!薬なんぞに手を出しおって…!」
「違…」
「待って下さい!!」
「―――っ」


突然、が走って来ると、ジョージとレオの前に立った。
ジョージは強い眼差しで自分を見据える少女のようなに眉を片方上げると、


「あなたは…?」
「私は…レオくんの担任で・クルーニーと言います」
「ああ…今度新しく入ったという…。それで…私に何の用かな?」


自分に怯みもせず、堂々と名乗ったにジョージは内心、驚いていた。
だがそんな顔は一切出さず、人当たりのいい笑顔を見せる。


「あの…レオくんは薬なんてやってません」
「え…?」
「だから…そんなに怒らないで下さい」
「……」
「おい…余計な事言うなよ…」


レオはちょっと驚いての腕を掴む。
だがジョージは苦笑を洩らすと、真剣な顔のに微笑んだ。


「私はそんな事よりも警察沙汰になった事の方に困ってるんですよ。約束も破ったことですしね」
「…約束…?」
「ええ。彼らと付き合うなと言ったのに、まだ一緒にいる。だからこんな事が起きるんだ」


ジョージはそう言ってジョシュの方をチラっと見た。
それにはレオも、「俺は約束した覚えはないっ」と叫ぶ。


「うるさい!言う事を聞かないから、こんな事になったんだろう!」
「あいつは関係ねーよ!捕まったのは俺だっ」
「それもこれも、ろくでもない連中と付き合うからだろう!いい加減に―」
「どういう意味ですか?」
「…なに…?」


それが自分に向けられた言葉とは信じられず、ジョージはの方を見た。
すると、さっき以上に強い目で自分を見上げている。


「彼らがろくでもない、ってどうして分かるんです?一度でも話した事あるんですか?」
「何ですか、先生…。話さなくても見れば分かるでしょう?奴らは何も考えてない。今が楽しければいいって能書きだけでね」


ジョージはそう言うと鼻で笑っている。
だがもいきなりクスクス笑い出し、ジョージは眉を顰めた。


「何がおかしいんです?」
「だって…。偉い人だって言うからもっと人を見る目ってあるかと思ってたんです」
「…なに?」
「彼らはちゃんと色々なことを考えて感じてますよ?もちろん…あなたの息子さんだって…」
「な…担任になって一週間やそこいらのあんたに息子の何が分かるって言うんだ?私はレオを18年も見てきたんだっ」


の態度にムっとしてジョージは初めて苛立ちを見せた。
だがはちょっと微笑み、ゆっくりと首を振る。


「18年見てても彼の外見しか見てないなら、それは見てきたとは言いません」
「何だと?!」
「例え一週間でも…内面を見ていれば彼らがどんな子で何を考えてるかは、だいたい分かってきます」
「…く…っ」



の言葉にジョージは顔を顰めると、「不愉快だ!行くぞ、レオ!」と言って廊下を歩いて行く。
だがレオはチラっとを見て、軽く目を伏せるとそのままジョージの後について行った。
そんなレオには、「レオくん!また明日ね!」と明るく声をかける。
するとレオはふと足を止めて、もう一度振り返った。


「……ああ。じゃな…」


それだけ言うとレオはゆっくり歩き出した。



「…噂通りの人物だな…」
「え…?」


エヴァンスの溜息混じりの言葉には後ろを振り返った。

「彼の父親は…金と権力だけを信じてる男です。何を言っても理解されませんよ」
「………」
「さ、先生もお帰りになった方がいい。もう11時ですよ?」
「…え…あ、いけない…!」


そう言われて腕時計を見たは慌ててジョシュの方に行くと、


「熱は?大丈夫?」
「え?あ、ああ…まあ…ちょっと…だるいけど…」
「もう…そんな体でケンカなんてするからよ?」
「………」


にそう言われてジョシュは呆気に取られたが、小さく噴出すと、「はいはい…そうですね」と肩を竦める。


「じゃ、じゃあ帰らないと…。家まで送るね?」


はそう言うとエヴァンスに、「あ、あの…お世話になりました」と微笑んだ。
エヴァンスも笑顔になると、


「いや…先生も大変そうだけど…俺も彼は見かけほど悪い奴じゃないと思うよ」
「え…?」
「多分…いやきっと彼は誰かを庇って捕まったんだと思う。さっき先生の話を聞いて確信したんだ」
「どうして…ですか?」
「彼は頭がいいしね。制服着てるのに無理してあんな店に出入りしないだろう?彼ならもっと上手くやるよ」


エヴァンスはそう言うと、「ま、その辺を調べるのが俺の仕事。先生は生徒さんを信じて守ってあげて」と微笑む。
その笑顔にも照れくさそうに微笑むと、


「はい。じゃあ…」


と頭を下げてジョシュの方に歩いて行った。
だがジョシュは面白くなさそうな顔でを見ると、「随分、楽しそうだな…」と呟く。


「え…?!」
「別に。はぁー…何だか一気に疲れた…」


ジョシュはそう言いながら両腕を伸ばすと廊下をサッサと歩いて行く。


「そ、そりゃ熱があるのに出歩くから―」
「あ〜そう言えば…、また熱出てきたかも…」
「え?!ほんとに?」


その言葉には驚いてジョシュの後を追いかけると腕を引っ張った。
そして背伸びをしてジョシュの額へと手を伸ばすも―


「と、届かない…っ」
「…ぶ…ぁははは…っ!」


必死に背伸びをしているを見てジョシュは思わず吹き出してしまった。


「な、何よ、笑うなんて失礼よ…?ちょっと大きいからって…っ」
「はいはい…じゃあ、これでいい?」


ぷぅっと頬を膨らませるにジョシュは笑いを噛み殺すと、外に出てから彼女の目線まで屈んであげた。
するとは満足そうに微笑んで、すぐに額に手を置く。
その表情が本当に子供のようでジョシュは笑いを堪えるのに必死だ。


「わ…ほんと熱いよ、ジョシュくん…っ」
「そりゃ…熱あるし…」
「は、早く帰って寝ないと…っ」


は慌ててジョシュの腕を引っ張り外へと出る。
その姿はまるで子供が親の腕を引っ張るのと似ていてジョシュは顔が綻ぶのを感じた。


ほんと…なんで、こいつは何に対しても一生懸命なんだ…?
そして…なんで、こいつと一緒にいると俺はこんなに楽しい気分なんだろう…?
こんなに毎日、バカみたいに笑うことなんて…前にはなかった。


そう思いながら彼女に手を引かれ、歩いて行く。


だがその時、車で待機していた自称ボディガードのショーンが凄い形相で下りてくるのが見えた。














「くぉらぁ!!!!お嬢と手を繋ぐとはいい度胸だな、われぁ!!」



「………」











…だけど何で…こいつの連れはあんなにガラが悪いんだろう……?





それだけが最近の小さな疑問だった――





















愛がなくちゃ 














シアワセはどこにあるんだって探していると―




  ホントだって、嘘じゃないよ


                

        君に逢えたのさ




              泣いたり笑ったり怒ったり


 


                         おかげで忙しいよ









モドル>>


Postscript


続きですー。
でもこれもかなーり長くなっちった…(;゚д゚)
やっとレオも打ち解けてきたかなぁー


50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO