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■STEP.6 かわいいひと                              /僕らのせんせい/






― ジョー!早く行け…!

― …!レオ…?

― これは預かる!いいから行けよ…!

― ……っ

― 警察だ…!!皆、その場から動くな…!!

― ジョー!バカ、何してんだ!早く逃げろ…!






「…クソ…!」



小さく呟いてジョーはベッドから起き上がった。
イライラしたように煙草に火をつけ、思い切り煙を吹かすと再びベッドへ寝ころがる。


「…何でだよ…?何で…」


ゆらゆらと天井に上がっていく白い煙を見ながらジョーはギュっと目を瞑った。
その時、エントランスの方で音がして階段を上がってくる足音が聞こえ、ジョーはゆっくりと体を起こした。



コンコン…



「ジョー?帰ってるのか…?」



ノックの音と共に、兄ジョシュの声が聞こえてジョーは「…うん」と小さく答える。
すると静かにドアが開き、ジョシュが顔を出した。


「お帰り、兄貴」
「ああ…つか、お前いつ帰って来たんだ?」
「…さっき。兄貴こそ熱があるのにどこ行ってたんだよ…」


ジョーは煙草を灰皿に押しつぶし、部屋に入って来たジョシュを見上げた。


「ちょっと…警察にな」
「…え?警察って…」
「ああ…レオがちょっとな…」
「……っ」
「…それより…さっきがまた来てさ…。お前に夕飯作っておいてくれたから後で食えよ」
「え…?先生が?何で―」
「俺の見舞いだってさ。それでついでに夕飯まで作ってった。たく…変な奴だよな、あいつ」


ジョシュはそう言いながら笑うと、「じゃあ、俺は寝るよ…。はあ…レオのバカのせいでドっと疲れた…」と言って部屋から出て行った。
一人になるとジョーは軽く息をついて再び煙草に火をつける。
そして机の方に歩いて行くと引出しを開けて中から何かを取り出した。
それは数個の錠剤だった―


「…レオ…」


ジョーは錠剤をギュっと握りしめ、頭を抱えると辛そうに顔を歪めたのだった―














***クルーニー家***






「おお、…!遅かったから心配したぞ…?」



家に戻るなり、祖父ショーンに抱きしめられ、は申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんなさい…。ちょっと生徒の事で遅くなって…」
「何だ、また何か問題でも―」
「ううん、違うの…!あの…熱を出して休んだ生徒がいてちょっと看病に…」


が慌ててそう言うとショーンは困ったように眉を下げた。
それを後ろで聞いていたショーン・Bはチラっとの方を見たが、すぐに目を伏せる。


「看病って…そんなものはお前がやる事じゃないだろう…?」
「…でも…心配で…。彼は母親を病気で亡くしてるし父親は仕事でいつも遅いみたいだから…」


のその言葉にショーンは片方の眉を上げて、それから軽く息をつく。


「そうか…。お前は本当に優しい子だな…」


自分と同じ境遇の生徒を放っておけないというの気持ちが伝わり、ショーンは優しく微笑んだ。


「さ、疲れたろう。今日はもうお風呂に入って寝なさい」
「はい、おじい様…。お休みなさい…」


はそう言ってショーンの頬に軽くキスをすると自分の部屋に戻って行った。
ショーンはそれを笑顔で見送っている。
が―がいなくなると途端にショーンの顔から笑みが消えた。


「ビーンボーイ」
「…はいっ」
「お前も疲れただろう。今日はもういい。早く休め」
「…は、はい!では失礼します」


大ボスにそう言われ、ショーン・Bは軽く一礼すると静かに外へ出て行った。


「ふぅ…」


てっきり何か聞かれるかと思ったが何事もなく済んでショーン・Bはホっと息をついた。
そのまま裏の離れにある自分の部屋へ戻ろうと歩きかけた時、「おい、ビーンボーイ」と言う声がして足を止める。


「ああ、ジョン兄貴…」


振り返るとそこにジョンが歩いて来た。


「お疲れさん。今日も遅かったんだな」
「う、うん、まあ…」
「何かあったのか?」
「え…?」


ジョンにそう聞かれ、ショーンはギョっとした顔。
そんなショーンを見てジョンはニヤリとすると、


「大ボスも気づいてるよ。でもお嬢さんがああ言ったんだし、その気持ちを汲んで敢えて何も聞かないのさ」
「…兄貴…」


ジョンの言葉にショーンは困ったように頭をかく。
そんなショーンを促し、ジョンは一緒に裏庭の方へと歩き出した。


「で…本当のところ何があった?」
「うん…」
「生徒の看病ってのも本当なんだろう?」
「ああ、それは本当だよ。クラスの生徒が一人熱を出して学校を休んだんだ。それでお嬢は心配して見舞いに行くってきかなくて…」
「まあ、お嬢さんは優しいお人だからな」


ジョンがそう言って苦笑するとショーンは徐に顔を顰める。


「でも、その生徒がまた生意気なヤロウで…お嬢に色目を使いやがってさ―」
「何…?!」


ショーンの一言でジョンの顔から一瞬で笑みが消える。
そしていきなり拳銃を胸ポケットから取り出すと――






「高校生の分際で大切なお嬢さんに色目を使うたぁ、いい度胸だ!ぶっ殺してやる!!」





そう怒鳴り、大股で歩いて行くジョン。
それを見たショーンはギョっとして慌てて追い掛けた。





「あ、兄貴…!!こ、殺すのはマズイ!つか銃もマズイって!!しかも一応お嬢の大切な生徒さんで―!」





「…まあ…そうだな、うん」




「…!(おぅい!)」






意外にアッサリと銃をしまったジョンにショーンはその場でズッコケそうになった。




「で、何があった?」
「う、うん…」


再びショーンと一緒に離れに向かって歩き出すとジョンが普通の顔に戻り尋ねた。(それでも怖いのだが)


「実は…さ。見舞いに行った先で…警察からお嬢にまた電話があって―」



ショーンは事の経過を思い出しつつ、ジョンに詳しく話し始めた。
ジョンはそれを黙って聞いていたが、だんだん顔が険しくなり、話を聞き終わると渋い顔で自慢の顎鬚を撫でる。


「あのクラブか…。あそこは確か…バリー一家の持ち物だったな…」
「そうなんだよ…。後で聞いて驚いてさ…。あいつら、ガキ相手にドラッグなんて売ってるらしい」
「…チッ…外道め…」


ジョンは苛立ちを隠しもせず、そう吐き捨てた。
ジョンは一本気な男だ。
クルーニー一家の"ドラッグに手を出すのはタブー"という戒律をキッチリ守っている。
だからかドラッグの密売で幅を利かせている組織を嫌い、ドラッグに自ら手を出している人間を嫌っている。
ましてや、未成年相手にドラッグを売りつけている、と聞いて許せないとすら思っていた。


「ボスに報告しないといけねぇな…。そんな組織と手を組んじゃ、うちまで同じに見られちまう」
「…そうですね」


ジョンの言葉にショーンも神妙な顔で頷く。
今、クルーニー一家とバリー一家は対立するよりも手を組もうという話し合いの真っ最中なのだ。
バリー一家の本拠地はニューヨークにある。
その件で現ボスのジョージがこの前ニューヨークへと行っていたのだ。


「まあ…その生徒さんがやってなくてホっとした。だが…何か事情はあるみたいだな…」
「ああ、そうなんだよ…。まあ、そいつも生意気なヤロウでお嬢を目の敵にして困らせてばかりの奴なんだ―」
「何…?!」


そこでジョンはまたしても銃を取り出すと―









「ガキのくせに、うちのお嬢さんにたてつこうとはいい度胸じゃねぇか!!ぶっ殺してやる…!!」







そう怒鳴り、再び大股で歩いて行くジョン。
それを見たショーンは、またしてもギョっとして慌てて追い掛けた。





「あ、兄貴…!!だ、だから殺すのはマズイ!そいつも一応お嬢の大切な生徒さんで―!」





「…ああ…そうか…そうだな、うん」




「……っ!(…って、おぅい!)」






またまたアッサリと銃をしまったジョンにショーンはその場で、今度こそズッコケたのだった…




















***の部屋***






「はぁ…」


まさかジョンが自分の生徒をぶっ殺す!と騒いでるとは露知らず(!)はベッドに寝ころがり溜息をついた。
二日も続けて警察に行ったとなれば、やはり精神的にも疲れてしまう。


「でも良かった…。間違いで」


はそう呟くとベッドから体を起こした。
警察からの電話でレオが捕まり、しかもドラッグを持っていたと聞かされた時は心臓がキュっと縮んだ気がしたのだ。
レオはドラッグをやるような子じゃないと信じていたが完全に白だと分かって全身の力が抜けてしまった。


「…でも…どうしてドラッグなんか持ってたんだろう…」


その疑問は残る。
いくら何でも知らないうちにポケットに入ったなんて事はないだろう。
ドン臭いでもそれくらいの事は分かる。


「きっと…誰か友達を庇ってるのね…」


はそう呟くとグスっと鼻を啜った。 ―昔から感激屋で涙もろいところがあるのだ―


「レオくんは口は悪いけど…本当は優しい人だもんね」


先ほど本人にも言ったが、レオは友達を庇い、何かあった時は自分のせいにする傾向がある。
親の仕事のせいで自分が特別扱いを受けているのを知っていて、それを上手く利用してるようだ。
それは決して正しい方法ではないのかもしれない。
でも少しでも強い立場にいる自分が弱い立場の友達を庇うというところには好感を持っていた。


「そうよ…きっと今回もそれで…」


そう思った時、はふと不安になった。


「で、でも…いったい誰を庇ってるんだろ…。ま、まさか、うちのクラスの子じゃ…」


急に動揺し、あたふたと部屋の中を歩き回る。


「彼が庇うくらいの人だもの…。凄く仲のいい子なんじゃ…」


今頃そこに気づき、は青ざめた。


まさか…オーランドくん?!い、いえ…彼は確かに毎日ハイテンションではあるけどドラッグの影響には見えない…あれは天然よ!(!)
じゃ、じゃあ…ドムくん…?!で、でも彼は毎日、顔の色艶もいいし特別痩せてもいないからドラッグなんてやってないわ…!
それとも…イライジャくん…!でも…彼はクールでちょっと怖いけどドラッグをやってる人なんて逆に見下してそう…!
…じゃあ…ブレンダンくん…?!か、彼、最近学校を休む事が多いし…!い、いえでもまさか!



一気にそんな事が頭を巡り、はう〜んと頭を抱えた。
が、その時…コンコンとノックの音が聞こえてハっとした。
そしてすぐにドアの方に歩いて行くと―


「…姉さん…?まだ起きてる…?」
「――っ」


ドアの向こうから最近、一緒に住み始めた腹違いの弟―ダニエルの声がしてはパっとドアを開けた。


「あ、姉さん…」
「ダニエル…どうしたの?」


急の訪問には戸惑いつつ笑顔を見せた。
するとダニエルはニッコリ微笑んで教科書を見せる。


「今ちょっといい?僕、明日、姉さんの学校に入る為の試験があるんだ。それでちょっと勉強を教えてもらいたくて…」
「あ…そっか…。試験…明日になったのよね」


その事を思い出しは微笑むと、「どうぞ?」とダニエルを部屋へ入れた。


「お邪魔します」


ダニエルは嬉しそうな顔でそう言うと部屋に入り、ソファに腰掛ける。


「ごめんね、疲れて帰って来たのに」
「ううん、いいのよ?」


も向かいのソファに腰をかけながら笑顔でそう言った。
だが内心はかなり緊張している。


(紹介されてからダニエルと二人きりで話すなんて初めてだし…ちょっと緊張しちゃうな…)


生まれてこの方ずっと一人っ子として育てられてきたので、いきなり弟だと言われてもどう扱っていいのか分からないのだ。


「えっと…どこを教えて欲しいの…?」
「うん。ここなんだけど…」


ダニエルは教科書を開いてテーブルの上に置くとに微笑んだ。


「前の学校より少し進んでるみたいなんだ」
「そう。あ、ここね…」


は前に身を屈めるとサラリと肩から滑り落ちた長い髪を指で耳へとかけた。
それを見たダニエルは教科書を覗きながら、


「髪…奇麗だね…」
「…え?」
「凄く奇麗な髪」
「あ、えっと…ありがとう…」


ストレートに誉められ、は照れながらも微笑んだ。
そして真っ直ぐに自分を見つめる奇麗なブルーアイに、「ダニエルの瞳も凄く奇麗よ?」と言った。
するとダニエルは嬉しそうに微笑んでソソファの下に座るとテーブルへ肘をつく。


「母さん譲りなんだ」
「そ、そう…」


いきなり母親の話をされ、はドキっとした。
だがダニエルはニコニコしたまま、


「姉さん…は?」
「え…?」
「姉さんの髪は…お母さん譲り?」


そう尋ねられ、はぎこちなく微笑むと、「ええ…私のお母さんは日本人なの」と答える。
それを聞いたダニエルは特に気にした様子もなく、「そっかー。凄く奇麗な人だったんだってね」と笑顔を見せた。


「それは…」


は何となく答えにくくて視線を反らすとダニエルはクスクス笑い出した。


「だって父さん、僕の母さんにもよくそう言ってたよ?」
「…え?」
「後にも先にも…俺が愛したのは娘の母親だけだ、ってさ」
「………」


それにはも言葉がつまり何も言えなくなってしまった。
だがダニエルは笑顔のまま、「気にしないでよ、姉さん」と言っての手をそっと握る。


「…ダニエル…?」
「姉さんが…僕の事を受け入れきれてないのは知ってる…」
「そ、そんなこと―」
「いいよ、隠さなくて。おじい様が凄く心配してたしね」
「…おじい様が…?」
「うん。僕をここに迎えることで…姉さんが傷つかないかって」


ダニエルはそう言って軽く目を伏せた。


「でも…それでも僕はここに住みたいんだ。本当の意味で…父さんの息子になりたいし姉さんの弟…ううん、家族になりたい…」
「…ダニエル…」


ダニエルの言葉には胸を突かれた思いがした。


「でも…心配しないで」
「…え?」
「父さんが…僕の母さんよりも姉さんの母親の事を一番に愛してるってことに変わりないし僕もそれでいいって思ってる」
「…ダニエル…」
「いいんだ、それで。僕の母さんもそんな一途な父さんを好きになったからいいんだって、よく言ってたしさ」


ダニエルはそう言って初めて少しだけ悲しそうな顔を見せた。
はそれを見て思わず胸が痛くなり、自分の手を包んでいるダニエルの手をギュっと握り返す。


私は…知らないうちにダニエルを傷つけていたのかもしれない…
微妙な心の憤りを感じ取られてたんだ。


「ごめんね、ダニエル…。もう何も心配しないで…」
「……姉さん…」
「弟が出来て…本当に嬉しいの。それは嘘じゃないわ?これから…仲良く暮らして行きましょ?」


そう言って初めて素直な笑顔を見せると、ダニエルもホっとしたように微笑んだ。
そして先ほどのように明るい笑顔を見せると、


「僕のこと、ダンって呼んでよ」
「…え?ダン…?」
「うん。ニューヨークの友達は皆、そう呼んでたんだ」
「そう…。じゃあ…そう呼ばせてもらうわ?私のことは―」
でいい?」
「……え?」


が顔を上げるとダニエルは悪戯っ子のような笑顔で、


「だって僕もずっと一人っ子だったし姉さんって呼ぶの照れくさいんだ。それに…姉さんって感じがしないくらいって可愛いし」
「……っ」


いきなりそんな事を言われ、は頬が赤くなった。


「な、何言ってるのよ…」
「ほら、そうやって赤くなるとこだって可愛い女の子〜って感じだよ?」


ダニエルはクスクス笑いながらそう言うとソファに座りなおし肩を竦めた。
その言葉にはますます顔を赤くし、少しだけ口を尖らせる。


「もう…からかってるでしょ…」
「まさか!だって、そうやって口を尖らせるのも子供みたいだしさ」


ダニエルは笑いながらそう言って再び教科書を開いた。


「はい、じゃあ勉強教えてよ、
「……って…私は"お姉ちゃん"って呼んで欲しいんだけど…」
「はいはい。は正真正銘、僕の大事なお姉さんだよ?」


おどけて答えるダニエルにはガックリと頭を項垂れた。
出来れば今までのように"お姉ちゃん"と呼んで欲しいな、と思ったのだ。

それでも今、本当の意味でダニエルと姉弟になれた気がして、ちょっとだけ微笑んだのだった。




















***ジョン・マーシャル高校***







「じゃ、行って来ます、ショーン」
「行ってらっしゃい、お嬢!」


いつものようにショーンに見送られ、は学校に向かって歩き出した。
夕べは遅くまでダニエルに勉強を教えてたので少し寝不足だ。


はぁ…何だか張り切って遅くまで頑張っちゃったなぁ…
でもダンは本当に覚えが早くて頭がいいし、あの分じゃ今日の試験も合格間違いなしね。


試験は今日の午後、学校で行なわれるようだ。
は少しホッとしつつ、小さく欠伸を噛み殺した。
その時、後ろからコツンと頭を小突かれ、パっと顔を上げると―


「なーに欠伸してんだよ。寝不足か?」
「…ジョシュくん…!」


そこにはジョシュが苦笑交じりで立っていた。


「おはよー」
「お、おはよう。あ、あの熱は?もう大丈夫なの?」
「ああ。何とかね。夕べ帰ってからの作っておいてくれた…ほらあのマズイ飲み物…」
「マ、マズイって…玉子酒!」
「ああ、そうそうそれ。それまだあったし飲んで寝たら朝にはすっかり熱下がってたよ」
「そう!良かった!」


それを聞いて少しは役に立ったのかとは嬉しくなった。
だがジョシュは笑いながら、「しっかし、あの不味さは一級品だな…」と言って肩をすくめている。
それにはも頬が膨らんだ。


「な、何よ…。体にいいものはマズイのが多いの!」


そう言って子供のようにスネるにジョシュはちょっと微笑むと彼女の頭にポンと手を乗せた。


「嘘だよ。サンキュ…」
「……ジョシュくん…」


少し照れくさいのか素っ気なく、そう言ったジョシュには笑顔になる。
その時…




バンッ




「…って…!」

「なーに二人で朝からイチャイチャ登校してんだよ!」

「…な、レオ…?!」
「レオくん…!」



振り返ると、そこには呆れた顔のレオが立っていた。


「おい、レオ!テメー人の頭、鞄で小突くな!つか、何だよ、そのイチャイチャって!」


ジョシュが後頭部を擦りつつレオに怒鳴る。
だがレオは笑いながら並んで歩き出すと、


「その元気じゃ熱も下がったみたいだな」
「うるせー!ったく…」


ジョシュは夕べの事はなかったかのようなくらい普段通りのレオを睨みつつも苦笑いを浮かべた。
するとが笑顔でジョシュの横からひょこっと顔を出す。


「おはよう、レオくん!」
「………」


レオは返事をせず一瞬、に視線を向けた。
ジョシュはそれを見ながら、まだダメか…と思い、軽く息をつく。
だがレオがプイっとから視線を反らすと小さな声で、「…おはよ」と言ったのを聞いてギョッとした。


「お前…」
「あーあ。もうチャイム鳴るぞ?俺、先に行くわ。遅刻になりたくないし〜♪」
「は?ちょ、おい―」
「ジョシュもとイチャつきすぎて遅刻すんなよ!」
「はあ?!」


レオは笑いながらサッサと先を歩いて行く。
ジョシュはそれを聞いて少し顔を赤くしつつ、「つか、遅刻常習犯のお前にだけは言われたくないっつーの!」と怒鳴った。
だがレオは笑いながら先に校舎へと入っていく。
だいたい、こんな朝から学校に来てる事じたい珍しいのだ。


「ったく…。何だ、あいつ…」


ジョシュはそうボヤキつつ、「なあ?」との方を見た。
だがは何だか嬉しそうな顔でニコニコしながらジョシュの腕を引っ張ってくる。


「ね、聞いた?」
「え?ああ…レオの奴、自分のこと棚に上げて―」
「そうじゃなくて!」
「…え?」
「レオくんが初めて私に"おはよう"って言ってくれたわ?」
「あ、ああ…そう言えば…」


あまりに嬉しそうなにジョシュは呆気に取られた。
そんなジョシュに気づかず、はさらに言葉を続ける。


「それに私のこと名前で呼んでくれたの!いつもは"あんた"とか"お前"だったのに!わー嬉しい♪」
「………」


あまりに嬉しそうなのでジョシュはちょっとだけ苦笑が洩れる。
そして、ふと、


「でもさ…。、"先生"って呼ばれたいんじゃなかったっけ……?」
「え?あ…!そうだった!」
「………」



(やっぱトボケてるっつーか、何つーか…)



内心、呆れつつ、それでも嬉しそうなを見てジョシュも自然に笑顔になった―



















***ショーン***




「く…っ!あのガキャァ〜〜!朝からお嬢に色目を使いやがって…!」



俺はお嬢と仲良さげに校内に入っていく、あのジョシュとかいう小僧にメラメラと怒りの炎を燃やしていた。
先ほど、お嬢を下ろしたものの、少し疲れ気味だったのを心配して物陰からコッソリ覗いて見ていたのだ。
そこへあのノッポがやってきたと思えば…今度はポリ沙汰になって毎度お嬢を呼びつけている(!)金髪の小僧が現れた。
しかも何だかお嬢が嬉しそうな顔で笑っているから余計に俺はイライラが募っていた。


「あのガキども…お嬢の可愛さに気づいて口説こうとしてやがるな…?!」


俺は本能的にあのクソガキ二名を"卒業したらぶっ殺すリスト"にインプットしておいた。
と、そこへ携帯が鳴り響く。
ディスプレイを見てみれば、そこには"ジーン"と名前が出ている。
最近、連絡を怠っていた俺は恐々と通話ボタンを押した。


「もしもし…」
『あら、今日は出てくれたのね』
「な、何言ってんだよ…。いつも出てるだろ?」


予想通り機嫌の悪そうな声に俺は優しく答えた。
だが受話器の向こうからは呆れたような笑いが洩れる。


『よく言うわ。いつかけても留守電だったじゃない。いったい、どこで浮気してるのかしら』
「バ、バカだな…。浮気なんて俺がするはずないだろ?今は忙しくて…」
『忙しい?どうせ可愛い"お嬢"を見張ってるだけでしょ?学校が終るまでの時間なら会えるじゃないのっ』


ジーンは本気で怒っているのか、だんだん声が大きくなる。
俺は少し耳から電話を放しつつ、どう言ったものかと考えた。


その時間はジョン兄貴から言われて、お嬢を見張っている、と言っても納得しなさそうだ。
(だいたい木の上からコッソリ学校を覗いているので携帯の電源も切っておかないと危険なのだ)


「おい、ジーン…。俺はお嬢が仕事してる間にもやる事が―」
『ふーん。どこの女とヤってるのかしら』
「な!だから浮気はしてないって…!」
『あら、そう。じゃあ私が納得するような理由を聞かせてくれる?今日はずっと家で待ってるから』
「…え?」
『もし来なかったら、あんたとは終わりよ!』
「おい、ジーン―」



ガチャ!……ツーツーツーツー…



「………」


思い切り電話を切られ、俺は暫く呆然としていた。
ジーンは一度怒ると手がつけられない…。


「くそ…!このままじゃ、また振られてしまう…!」


俺は車に戻るとすぐにエンジンをかけた。
一気に発車させると迷う事なくジーンの家へと向かう。
まだ朝だし少しくらいなら大丈夫だろうと思ったのだ。

だいたい俺はいつも同じような理由で女に振られている。
モテる事はモテるのだが、あまりの"お嬢バカ"に皆、愛想を尽かすのだ。
持って三ヶ月。早くて一ヶ月くらいには振られるのが通常。
その中でもジーンは俺が初めて長く付き合っている女なのだ。(と言っても五ヶ月)


「すまねぇ、お嬢!すぐ戻ります! そして…待ってろよ、ジーン!今日までのイライラは俺がベッドで晴らしてやるぜ!」


そうと決まると俺は思い切りアクセルを踏んで更に愛車をぶっ飛ばしたのだった。(極度のおバカ)


















***職員室***





「ああ、先生」
「はい…?」


午前中の授業を終えて職員室に戻ると教頭に呼び止められた。


「何ですか、教頭先生」
「…この…ダニエル…クルーニーという少年は…先生の弟…だとか…」


何か書類を見せて教頭が渋い顔をしている。
もその書類に目を通し、「はい、そうです。今日、こちらで試験を受けます」と笑顔で答えた。
だが教頭は嫌な顔を隠しもせず、


「…そうですか…。でも同じ学校に転入…というのは少々困りましたね」
「…え?どうして…ですか?」


教頭の言葉には訝しげに首を傾げる。


「どうしてって…。姉が先生で弟が生徒、なんて…。周りから見たらちょっとした事でも贔屓してると思われかねないでしょう?」
「そ、そんなこと…っ」


教頭の言葉には心外な!という顔。
だが教頭は更に渋い顔でを見た。


「実際に贔屓してなくても…そう思う人間も出て来る、という事ですよ。同じ区域ならハリウッド高校でも良かったのでは?」
「そんな!この高校にしたいと言ったのはダニエルです。本人の意思に任せます」
「どうせ姉がいるから、と甘えてるんでしょう」
「な…ダンはそんな子じゃ…」
「それに…最初、あなたの家族構成に16歳の少年、なんていなかったのでは?」
「……っ」


するどいところを突っ込まれ、は言葉に詰まった。
そんなを見て教頭はニヤリとすると、


「まあ…あなたの家の事情だし、その辺のところはいいとして…。こちらもあなたの弟だから、と言って贔屓はしないので。
試験も普通にこの高校にあった問題を出させて頂きますよ。まあ、ニューヨークはロスより授業内容が少し遅いのでどうなるか分かりませんが」


教頭はそう言うとの肩をポンポンと叩いて職員室を出て行ってしまった。
それを見送りつつ、は憮然とした顔で自分の席に座ると、そこへヴィゴが声をかけてきた。


「気にするな。教頭は誰にでもあんな感じだ」
「…はい…」


ヴィゴの言葉には笑顔を見せると、ジゼルも話に入ってくる。


「ほんと嫌な奴よね。って、でも今日の転入試験を受ける子が先生の弟だなんてビックリよ?」
「あ…もしかしてジゼル先生が…?」
「ええ、そうなの。私が試験の時に立ち会うのよ。でも楽しみ!ダニエルってどんな子?」


ジゼルが興味津々といった顔での方に身を乗り出す。
はちょと笑って、「とても頭が良くていい子です」と言った。


「そう。じゃあ楽しみにしてるわ。先生の弟なら美形だと思うし」
「ジ、ジゼル先生…!」
「あはは!大丈夫よ!いくら私でも16歳の青少年には手を出さないから♪」


ジゼルは悪びれもなく、そう言うと、「じゃ、私はこれから授業なんで」と言って職員室を出て行った。
と、そこへ入れ違いにイライジャが入ってくる。


「あ…イライジャくん…」
「…午後に使うプリント取りに来た」


相変わらず、素っ気ない態度には悲しくなったが、それでも笑顔で頷いた。


「ああ、今日はイライジャくんが当番だったわね。えっと…これなんだけど…皆に配っておいてくれる?」
「………」


がプリントを人数分渡すとイライジャは無言のまま受け取り、出て行こうとする。
それを見てが慌てて彼の腕を掴んだ。


「…何だよ…」


本気で嫌そうな顔を見せるイライジャにはめげずに笑顔を向けた。


「あ、あのね…。ブレンダンくんのことなんだけど…」
「…あいつが何…?」
「最近、ずっと休んでるでしょう?だから何か知らないかなと思って…」
「何で俺が…?」
「だって…クラスメートだし、その中でもイライジャくんは仲がいいじゃない」
「……俺よりレオとかジョシュに聞けば…?」


から視線をそらしたまま、イライジャは掴まれた腕を振り払った。


「う、うん…そうなんだけど…。イライジャくんも何か知らないかなと思ったから…」
「知らない…。もういい?」
「え、ええ…ごめんね?」
「………」


つい謝るとイライジャはチラっとを見て、そのまま職員室を出て行ってしまった。


「はぁ…」


なかなか打ち解けてくれないイライジャに、つい溜息が出る。
するとヴィゴが苦笑して顔を上げた。


「大変だね」
「え?あ…いえ…」
「彼は…あのクラスでも一番、難しい子というか…。人見知りするようだしね」
「そうですか…。でも…頑張ります」


が笑顔でそう言うとヴィゴも優しく微笑んで、「そうか、まあ無理しないで」と言った。
そこに午後の授業を告げるチャイムが鳴り、も慌てて立ち上がる。


「いけない…!私も授業だった…!」


そこで思い出し、は急いで職員室を飛び出し、ヴィゴを苦笑させたのだった。















「あ…レオくん…!」


教室前まで行くと、ちょうど前を歩いているレオを見つけた。
すでにチャイムが鳴ったところなのでレオもまた授業に遅刻といったところだろう。
の声に振り返るとレオは苦笑交じりでズボンのポケットに手を入れた。


「何だよ。も遅刻?」
「え、あ、あの…そ、それより…」


は誤魔化すように笑顔を見せると、「夕べ…お父様に怒られなかった?」と尋ねた。
その問いにレオはちょっと笑うと、「オヤジは年中怒ってるよ」と肩を竦めて見せる。


「そう…。あ、それで…昨日の事なんだけど…」


"本当は誰を庇ってるの?"


そう聞こうとした。
が、その前にレオは少しだけ笑みを零すと、


「今は何も聞かないで欲しいんだ…」
「…え…でも…」
「それに…大した事じゃない。だから…俺に任せておいてよ」
「…任せるって…」


いつになく優しいレオには戸惑うように首を傾げた。
するとレオは、ふと腕時計に目をやり―


「それよりさ…。もう時間10分も過ぎてるぞ?俺はいつもの事だけど、はマズイんじゃねーの?一応先生なんだしさ」
「え?あ…!いけない…!…って、ちょっとレオくん…"一応"って何よ…私はちゃんとした―」


はそこで言葉を切った。


「え…レオくん…。今、私のこと"先生"って…」


驚いて顔を上げると、レオは照れくさそうに視線をそらしている。


「んな事より…早くしないと今日の授業、半分しか出来ねーぞ…」


そう言って教室の方に歩いて行く。
だがはレオが自分を"先生"と認めてくれたことが嬉しくて思わずレオに駆け寄った。


「ありがとう、レオくん…!」
「ぅわ…!」


いきなり後ろから抱きつかれ、レオは驚きのあまり飛び上がった。
だいたい他の女にはあっても教師に抱きつかれたことなんて一度もない。
いくら女に慣れまくりのレオでも、これはさすがにギョっとした。


「な、何だよ、!くっつくな…っ」
「だって嬉しいんだもん!」
「な…嬉しいからって抱きつくか、普通…。教師が生徒に…っ」


呆れたようにそう言った瞬間、ガラガラ…っとドアの開く音がして―







「あぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!!レ、レオがちゅわんを抱きしめてるよぉぉう!!!」


「――――っ!!!!」








授業中の静かな廊下に、オーランドの絶叫が響き渡った…。
















***3年G組***





「ったく!!お前の目は節穴か!!あれのどこをどう見れば俺がを抱きしめてるになるんだよ!
どう見たってが俺に抱きついてただろうが!!」

「だ、だってぇ…。つか殴らなくてもいいじゃん!暴力反対!!」

「うるせぇ!お前が殴らせてんだろ、俺に!!」



「あ、あの二人とも…授業始めるから…」
「放っておけよ、。レオは一度キレると気が済むまで怒鳴ってるから」


ジョシュが苦笑交じりで肩を竦め、は困ったように溜息をついた。
さっきはオーランドのあまりの雄叫びに慌てて教室に入ったレオが真っ先にオーランドを殴ったのだ。
クラスの皆もギャーギャー騒ぎ立て、が事情を説明したものの、とても授業など出来る空気ではない。


「だいたいさー!レオはちゃんのこと興味ないって言ってたのに、いつの間に仲良くなってるわけぇ?」
「はあ?別に仲良くなってねーし!」
「とか何とか言っちゃってぇ!実はレオもちゃんの魅力に気づいちゃったんじゃないの?!」
「バッカじゃねーの?のどこに魅力があるって言うんだ?ドン臭いとこか?!」

 「ひ、ひどい、レオくん…」 との目に涙が浮かぶ。

「うーわーレオってばひど!女の子に向かって暴言吐いたらダメだろぉ?!」

 「いちいちも気にするなよ…」 とジョシュは呆れたように呟いた。

「暴言?俺は真実を言ったまでだよ!」
「ふーん、どうだかね!ちゃん、気をつけるんだよ?レオに目を付けられたら速攻でベッドに連れ込まれるからね!」
「え…?!」


いきなり振られては驚き、顔をあげた。
途端にレオの鉄拳がオーランドの後頭部に炸裂する。



ごぃんっ!



「ったぁ!!」
「アホな事をデカイ声で言うな!!誰がこんなドン臭い女を口説くんだっ」
「いちいち殴るなよ…!」
「だからお前が殴らせてるんだろが!この俺様に!!」



「……アホくさ…」



一向に納まらないケンカにジョシュが呆れたように呟いた…。









***その頃のショーン***





「はぁ…もうダメだ…!」


ばふっとベッドに倒れこみ、俺は思い切り息を吐き出した。
すると隣にいたジーンがシーツを体に巻きつけて、ゆっくりと起き上がる。


「…あら、もうギブアップ…?だらしないのね」
「…ジーン…。そ、そんな事はないぞ?まだいけるっ」


俺は気だるい体を何とか起こし、再びジーンを押し倒す。
すると彼女がクスクス笑いながら俺の頬に手を添えた。


「…この分じゃ…浮気はしてないようね…」
「当たり前だ。そう言っただろう…?」


(何せ、ここに来てから今まで3ラウンドは頑張ったんだからな!他で浮気してたらこうはいかないぞ!)


そう思いつつジーンにキスをすると俺の背中に細い腕がまわされる。
正直、本当にギブアップだったのだが、女に"だらしない"と言われちゃ無理せざるを得ない。
俺はジーンの首筋に口付け、まだ汗ばんだ肌を再び味わうように愛撫をしていった。


「…ン…」


ジーンの声が甘く跳ね上がり、もう無理だと思っていた俺を再び、"その気"にさせてくれる。
そして、"さあ第4ラウンド開始だ!"と言わんばかりに彼女の太股へ手を伸ばしかけた、その時―――







チャララララララララ〜ン…♪




「…………」
「…………」





俺の携帯着信音が、その甘い空気をぶち壊した…。



「ショーン…」


彼女は呆れたように俺を見つめる。



「その"ゴッドファーザー"の着信音……いい加減やめてくれない…?」





その一言で俺のマグナムも静まり、一気に全身の力が抜けてしまったのだった…。


















***再び3年G組***





「あれ…あいつ誰だ?」


授業が終った、ちょうどその時、オーランドが廊下を見て首を傾げた。

(先ほどの騒ぎをジョシュが収め、何とか授業が再開されていたのだ)

そのオーランドの呟きにジョシュやレオも廊下の方を見る。
すると、ドアの隙間から奇麗な顔立ちの男の子が教室の中を覗いていた。
その少年は制服ではなく私服でかなり目立っている。


「…誰だ…?ここの生徒じゃないな…」


ジョシュがそう言った、その時。
授業で使ったプリントを集め終ったが、「…ダン?!」と驚いた顔でドアの方に歩いて行った。


「…ダン…?」
「何だ。の知り合いか?」


ジョシュとレオは首を傾げつつ、ドアの方を見る。
するとダンと呼ばれた少年が笑顔でに話し掛けているのが見えた。


「どうしたの?試験は?」
「さっき終ったからのクラス見に来たんだ」
「そう!で、どうだった?試験…」
「うん、バッチリ!夕べ勉強したとこが出たしね。ジゼルって先生が"これなら受かるだろう"って言ってくれたよ?」
「そう!良かった!」


は嬉しそうに微笑むとダンの手をギュっと握り締めた。
が、そこへオーランドがひょこひょこ歩いて行く。


ちゃーん。その少年はどこの誰?ま、まさかちゅわんの恋人なんて事は…!」


ガン!



「ぃでっ!」
「バーカ。んなわけねーだろ?どう見たって」
「な…だから何で殴るんだよ、レオ!」


いつの間にかオーランドの後ろにいたレオは呆れたように苦笑している。
ジョシュも席を立つと皆の方に歩いて行った。


「で、ほんと誰、その少年」
「あ、あの…」


皆に問われ、が説明しようとした、その時、先にダニエルが口を開いた。


「僕は弟ですよ」


「「「ぇ…?弟?」」」


ダニエルの言葉に驚いて一斉にの方を見る。
するとは照れくさそうに笑顔を見せて、「そうなの…私の弟でダニエルよ?」と紹介した。


「へぇーー♪ちゃんの弟くんか、少年!」
「ふーん。あんま似てねーな…」
「で、何でここにいるわけ?」


オーランド、レオ、ジョシュとそれぞれ思った事を口にする。


「あ、あのね…。ダンはうちの高校に転入するのに試験を受けに来たの」
「え、うちの高校に転入…?」


ジョシュが驚いて聞き返すと、は笑顔で頷いた。


「ええ。ちょっと事情があってダンは今までニューヨークの学校に行ってたから」
「へぇ、そうなんだ…」
「あの…もし受かったら皆さんの後輩になるんで、その時は宜しくお願いします」


ダニエルはニッコリ微笑んでそう言うと、ジョシュ、レオ、オーランドの3人は互いに顔を見合わせ、再び目の前のダニエルを見た。


「…宜しく…」
「…どうも…」
「こちらこそ宜しくね〜♪あ、てか俺はもしかしたら君の未来のお兄さんになるかもだけど♪」



…ドカッ



「…ったぁ!」

「………」





またしてもレオの…今度は蹴りがオーランドの右足のスネを襲って痛々しい雄叫びが上がったのだった…

















「はぁ…」



放課後―全ての授業も終わり、は軽く息をついた。
ダニエルもあの後、先に家へと帰っていた。
とにかく今日は無事に終ったのでもホっとしつつ廊下を歩いて行く。
そろそろショーンも迎えに来る頃だろう、と裏口に向かった。(最近は誰かに見つかってもマズイので裏口で待ち合わせているのだ)


「今日は真っ直ぐ帰れそうね」


そう思いながら腕時計を見る。
が、顔を上げた時、はふと足を止めた。


「あれ…レオくん…と…え…ジョーくん…?」


裏口のエントランス前で話している二人を見つけ、は首を傾げた。
何だか深刻そうな顔で話しているからだ。


(どうしたんだろ…?ジョシュくんは一緒じゃないみたいだけど…)


そう思いながらは二人の方に歩いて行った。
二人はに背中を向けているので気づいてないらしく、まだ何か話し込んでいる様子だ。


「……からサッサと手を切れよ」
「……ぅん…」
「あんま兄貴に心配かけんな…。あいつがこの事知ったら何するか分かんねーぞ…?」


どうやらレオがジョーに向かって何やら諭してるようだ。
は何の話だろう?と首を傾げた。


「とにかく…あんな奴らとツルんでてもろくな事ないし…。俺も一緒に行ってやるから…」
「…でも…レオにこれ以上、迷惑は―」
「何の話?」


「―――っ!!」
「―――ぅわっ!」



不意にが声をかけると二人はギョっとしたように飛び上がった。


「な、何だよ、お前…!急に声かけんな!」
「だって…真剣に話してるようだったから…」


がそう言うとレオはチラっとジョーの方を見た。
だがジョーは少し目を伏せ、「じゃあ…僕、帰るよ…。先生もまたね」と僅かに笑顔を見せる。


「あ、気をつけて帰るのよ?」


がそう声をかけるとジョーは普段の笑顔を見せて軽く手を上げ帰って行った。
レオはそれを見送りつつ、少しだけ眉を寄せ溜息をつく。


「レオくん…?二人で何、真剣な顔で話しこんでたの?」
「…別に。何でもねーよ…。それより…こそ何でこんな裏口から帰るわけ?」
「…え?あ、あのそれは…」


レオに突っ込まれは急に視線を泳がせる。
それを見てレオは苦笑すると、


「そういや昨日も裏口から帰ってたよな」
「…え?」
「俺、ジョシュの家に行く前に見たんだ。あの…怖そうなボディガード?の車に乗せられてくのをさ」
「…あ…そ、そう…!何だ…声かけてくれればいいのに!」


は引きつりつつも笑顔でそう言うと門の方に歩き出した。
レオはそんな彼女に首を傾げると黙ってその後をついて行く。


「なあ…」
「え…?」
「右手と右足、一緒に出てるぞ…?」
「―――っ!」


レオの言葉にハっと気づけば確かに右手右足が同時に出ている。
はいったん足を止めると、「あ、あはは…」と笑って誤魔化した。
そんな彼女にレオも軽く噴出すと、「ほんと変な奴だよな、ってさ…」と彼女の方に振り向いた。
そして視線を反らすと、


「あの…さ…」
「え…な、何?」
「………夕べは…」
「……?」
「…サンキュ」
「ぇ…?」


そう呟いたレオには驚いて顔を上げた。
するとレオは照れくさそうに頭をかきながら、


「それと…酷いこと言って…悪かった…よ…」


に背中を向ける。
その言葉には驚いた顔をしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「い、いいの…気にしてない」


そう言ってレオの隣に行くと再び一緒に歩き出した。
レオはやはり照れくさいのか、無言のまま、ゆっくりと歩いている。
夕日でオレンジ色に染まった道路に二人の長い影が伸びているのを見ながら互いに黙っていた。
この沈黙が妙にドキドキしてレオは何を話せばいいのか分からず、軽く咳払いをしてチラっと隣を歩くを見る。


ほんとちっちぇな…
俺の腹っつーか、胸の辺りまでしかないし…何だか小学生と歩いてるみたいだ…


そう思いながらも、ふと笑みが零れる。


こんな小さくて子供みたいな奴が、夕べはあのオヤジに食って掛かった…
それは俺にとって、かなりの衝撃だった。
今までの担任はオヤジの前じゃヘイコラして媚び諂うだけで俺を庇ってくれた奴なんていなかったから…
あんなに真剣に、信じてる、と言ってくれる奴なんて一人も…
あの言葉を聞いて俺の中で何かが変わった。
今までガチガチの鎧を纏って大人と対立してきた俺の心が一瞬で揺らいだ。
がオヤジに言った言葉、一つ、一つ聞くたびに…心を閉ざしてた壁がボロボロと崩れて行くのを感じた。
まさにベルリンの壁を壊されたかのような気分だった。
オヤジも今までチヤホヤされすぎて、自分の娘といってもいいくらいの女にあんな口を聞かれたのは初めてだったろう。
あの後もの事をブツブツ文句は言っていたが、俺には"2度と警察沙汰を起こすな"と言うだけで終った。
結局オヤジは俺のしでかした事なんてどうでもいいんだ。
俺が本当に薬をやっていようがいまいが、表沙汰にならなければそれで…


ふとレオの心に暗い影が落ちた。
が、その時―



「…レオくん…?」
「―――っ」
「どうしたの?ジっと見ちゃって…私の顔に何かついてる…?」
「………」



レオを見上げながら不安げに自分の頬を手で触るにレオは今まで見せた事もない優しい笑顔を見せた。



「ああ…ついてる」
「え!な、何?あ…さっきジゼル先生にもらったケーキかな…。それともクリーム…?」
「…ぷ…っ」
「…レオくん…?ほんと何がついてる?」


真っ直ぐな瞳で自分を見あげて来るにレオはちょっと微笑むと、ゆっくりと顔を近づけた。
そして彼女の耳元に唇を寄せると、




「…目と…鼻と…口」


「え…?」




定番のジョークを口にした途端、が顔を横に向けた。
それを見てレオもそのまま顔を少しだけの方に向けると―




チュ…




「―――っ!!!!!」




の頬に軽くキスをした。




「な…な、何して…っ」
「ぷ…!、顔真っ赤」
「レ、レオくん?!」



突然のレオの行動には一気に顔が茹蛸の如く真っ赤になっていく。
そんな彼女を見てレオは楽しげに笑うと、



「バーカ。普通、分かるだろ?こんな王道に引っかかる女、まだいるなんて驚き。ある意味、尊敬するわ、俺」
「な!何よ、それーー!」



レオの言葉にの頬が一気に膨れて行く。


あーあ…口まで尖らせちゃって…ほんと子供だよな…こいつ…
まあ…でも可愛い…っていうオーランドの言う事も分かる気がするけど。
ジョシュも…これにやられちゃったのかもな…あいつ、あんな仏頂面してるけど案外、可愛らしい子が好みだと思うし…


レオはそんな事を思いながらポカポカ殴ってくるから逃げるように走り出す。
その後をも追いかけて行った。


「ま、待ちなさい、レオくん…!」
「やだね。引っかかる方が悪いだろ?」


そう言って一気に門の方に走って行った。
が、その時、後ろでズザザ…っという派手な音が聞こえ、ギョっとして振り向いてみると―




「い、痛ぃ…っ」


「………」 (ちょー半目)




案の定、またが派手にコケていてレオは慌てて彼女の方に走って行った。



「はぁ…お前、ほんとドジだな…」
「な、何よ…レオくんがからかうから―」
「あ〜はいはい、分かったから…。ったく手のかかる女だな…」
「む…ちゃんと先生って呼んでよ…」
「こんなドジな先生がいるかよ…。ほら…」


転びつつも、まだ口を尖らせるに苦笑しつつ、レオは彼女の腕を引っ張って立たせてあげた。
そして服についた土を払ってやると、が照れくさそうにレオを見上げた。


「あ、ありがと…」
「いーえ。どういたしまして」


レオがクスクス笑いながら、おどけたように言った。
そんな彼を見ても何だか笑顔になると、


「そう言えば…レオくん、よく笑ってくれるようになったわね?」

「え?」

「ほら前は私に笑顔なんて見せてくれなかったし…。でもレオくん、笑うと可愛い―」

「うるせぇよ」

「!!」


ちょっと怖い顔でそう言うとは怒られた子犬のような顔になる。
それを見てレオもまたすぐに噴出した。


あーあ…これじゃ俺もジョシュのバカと同じじゃねーか…
前ならこんなに笑う事なんてなかったっつーの…


そう思いながら、ふとの頬にも土がついているのを見つけ、そっと手を添えた。
するとがドキっとした顔でレオを見上げる。



「な、何…?」
「バーカ。何もしねーよ…。ここにも土がついてたの…!ほら、とれた」
「あ、ありがと…」



頬の土を指でぬぐってとってやるとはちょっと照れくさそうに微笑んだ。
その笑顔に何だか癒されてる自分に気づき、レオはふと視線をそらす。
だがその時…ものすごい怒号が二人の耳を劈いた―!








「くぉぉぉらぁぁ!!!!クソガキィィ!!お嬢から今すぐ離れやがれぁぁ!!」


「―――っ!!」

「ショ…ショーン…!!」








声の方に振り向けば、いつの間に来ていたのか、ショーンがそれは恐ろしい形相で立っていた。
しかもその手に黒い光を放つ拳銃が握られていて、さすがにレオもギョっとする。





「やっぱりてめぇ、お嬢を狙ってやがるのかぁぁ!!」


「え、ちょ…ボディガードさん、違うって!俺は―」


「黙れ、小僧!!お嬢に指一本触れたなら落とし前つけてもらおうじゃねぇか!!」


「は…お、落とし前…?!」




ショーンの迫力にレオも一歩、後ずさる。


が、が慌ててショーンの方に走って行った。




「ショーン…!いい加減にして!!!レオは私の大切な生徒よ?!銃をしまって!」


「は!お、お嬢…!!す、すみません…っ!!」


「………」


「だいたい、おじい様に言われてるでしょ?!すぐ銃を出しちゃダメだって!」


「は、はい!すみません!お嬢!!」


「………(こいつんちは…いったい、どんな家族なんだ…?)」






二人のやり取りを見てレオは暫く口が開いたままだった。






ま、でも…がどんな家族と住んでるか…なんてどうでもいいか…


こんな俺を信用してくれた大人は…きっとこいつが初めてだから…さ…








レオはそう思いながら未だショーンを怒っているを見ていた。





その顔にはやはり優しい笑みを浮かべて―

















かわいいひと 







    僕はまだ未熟者






 人生の旅の途中





        できるだけ暖かく見守ってね。



       


    微笑んでくれませんか、かわいいひと















モドル>>


Postscript


やっとこレオも打ち解けてきましたかねー( ̄∀ ̄*)
次回からダンも高校に通うかも…

50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO