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■STEP.1                                   /僕らのせんせい/








***クルーニー家***











コンコン






「坊ちゃん、朝食の用意が出来ました」


ドアの向こうから世話役のマーサの声がして、ダニエルは「すぐ行くよ」とだけ返事をした。
マーサの足音が去っていくのを確認してから軽く息をつくと、手に握ったままの白い錠剤を眺める。
それは先日、学校のトイレで見つけたものだ。
そして、これが落ちていた場所にジョー・ハートネットが立っていた。
ダニエルは少し厳しい顔をして息をつくと、それを持ったまま部屋を出ての部屋へと歩いていく。





コンコン





?いる?」
「あ、ダン?どーぞ?」


中から慌てたような声が聞こえ、ダンは首を傾げつつドアを開けた。
そこで見たものは…忙しく部屋の中を駆け回るの姿。
髪にはまだヘアクリップをつけたまま、服もスカートは穿いてるのだが上はキャミソールだけで何やら鞄に教科書やノートを突っ込んでいる。
その光景にダニエルは唖然としたが、の格好を見て慌てて背中を向けた。


「どうしたの?ダン!」
「どうしたって僕の台詞!、何だよ、その格好!」
「え?あ…!忘れてた!」


そこでは初めて自分の格好を見たのか、ドタドタと奥へ走って行った。
そして戻って来た時には、きちんと上も着ているのを見てダンはホっと息をついた。


「ごめんね!ちょっと寝坊しちゃって…」


はそう言いながらも耳にピアスをつけながら忘れ物はないかチェックをしている。
が、ダンは苦笑交じりでの方へ歩いていくと、


、これ忘れてる」
「え?」


ダンはそう言って振り向いたの前髪についたままのヘアクリップを取ってあげた。


「あ、ありがと…」


ヘアクリップを手渡され、は照れくさそうに笑うと、「そう言えば何か用事だった?」と思い出したように尋ねた。
もう用意は出来たのか、鞄を持ってソファへと座る。
ダンもそれを見ての隣に座ると思い切ったようにポケットの中から例の錠剤を取り出した。


「これ…」
「…何?薬…?」


はダンの手のひらに乗っている小さな白い錠剤を見て首を傾げた。


「うん。拾ったんだ…。この前、学校で」
「…拾ったって…」
「トイレでね」


ダンのその口調と様子には何かを感じたのか、その白い粒を手にとって見てみる。
一見、何の変哲もない錠剤でアスピリンといった薬にも似ているように見えた。


「…僕、それニューヨークで見たことあるんだ」
「え?」


未だ訝しげな顔のに、ダンは思い切って口を開いた。


「それ…スピードだよ。違法ドラッグ」
「―――ッ?」


ダンの言葉には言葉を失った。
そして再び手のひらにある錠剤に目をやる。


「スピード…?」


どこかで聞いたその名には眉間を寄せた。


(そうだ…この前レオくんが警察に捕まった時にポケットに入れてたのが…コカインと確かスピード…)


そこでが顔を上げると、ダンは軽く息をついた。


「実はそれが落ちてたところにいたのが…ジョーなんだ…」
「…え?」
のクラスに兄貴がいる」
「………ッ」


ダンの言葉には目を見開いて再び錠剤に目をやる。


「まさか…ジョーくんが…?」
「僕もそう思ったけど…声かけた時、ジョーの奴、トイレに何か流してた。で、足元にそれが落ちてて…」
「ほ、本人には…」
「聞いてない。その時もジョーが行っちゃってから、それを見つけたし。その後も何となく聞きにくくてさ」
「そう…」
「ジョーはこっち来てから初めて友達になった奴だし心配になって…」


ダンはそこまで言うと軽く目を伏せた。
は暫く黙っていたが、ふと笑顔を見せて、「教えてくれてありがとう」とダンの手を握った。


「これは私が処分しておくわ」
「でもジョーの奴がドラッグやってるなら止めなくちゃ…。僕、ニューヨークのクラスメートがドラッグで病院入っちゃってるの見てるし心配で…」
「そう…ね。それも何とかする。任せておいて」


がそう言うとダンはやっと安心したような笑顔を見せた。


「さ、朝食食べに行きましょ?そろそろマーサがイライラして、また呼びに来るわよ?」
「うん、そうだね」


の言葉にダンが笑いながら立ち上がると、ちょうどマーサの、「二人とも!遅刻しますよ!」という大きな声が下から聞こえたのだった。































「ダニエルくん、おはよう」
「ダンくん、これプレゼント」



ダニエルが学校についた途端、女生徒達が、どこからともなく現われ、彼を囲んだ。
その生徒の中には1年だけじゃなく2年の生徒までいる。
はその光景を見ながら内心、驚いていた。


さすがダンねぇ…。転入してすぐにファンがつくなんて…
まあダンは確かに、かなりの美少年だし当たり前か。


ダニエルは少々困ったような顔をしながら何とか対応しているようで、校内に入った頃には、
手に沢山のプレゼントや手紙を抱えていた。


「凄いじゃない、ダンってば。モテモテね?」
「…こんな時期にニューヨークから転校してきたし珍しいだけだよ、きっと」


ダニエルは別に嬉しそうな顔をするでもなく、クールにそんな事を言っている。


「じゃあ。お仕事頑張って」
「学校では"先生"って呼んで。ダンも勉強頑張ってね」


がいつものように、そう言うとダンは笑いながら手を振って上へと上がって行った。
それを見送りながらは軽く息をつくと自分も職員室へと向かう。


ダン…最近はよく笑うようになってくれたけど、やっぱり学校に来ると他の皆より少し冷めたところがあるのよね。
やっぱり小さい頃からの環境のせいもあるのかもしれない…


ふと心配になって胸が痛む。
自分は幼い頃から祖父母や父、そして亡くなった母に大切に育てられてきた。
ハッキリ言って恵まれた環境だったろう。
例え、それが普通の家庭じゃなかったとしても。
だけどダンは…普段、父にも会えず、母と2人で寂しい生活をしてきたに違いない。
そして、その母も理不尽な襲撃によって殺されてしまった…
あの年頃では、かなり精神的にもショックだったと思う。
だからこそ…ダンにはこれからの人生を幸せに過ごして欲しい、と思った。


(大丈夫!ダンには私もおじい様もお父様も…皆ついてる)


そう思いながら軽く深呼吸をすると、は職員室へと入って行った。


「おはよう御座います」
「あ、先生!おはよう御座います!」


の顔を見て真っ先に挨拶してきたのは彼女に惚の字の(!)ヨアンだった。
何だか、いつものペタリとした髪型ではなく、ムースか何かで無造作ヘアにしたのか、ツンツンと立たせてある。
ジャージ姿には似つかわしくないが、一応これでもお洒落をしているらしい。


「あ、ヨアン先生。おはよう御座います」


自分の机に座りながらがふとヨアンを見た。
だがすぐに、いつもと違うと気づいたのか、クスっと小さな笑みを洩らした。


「ヨアン先生、いつもと違いますね。もしかして―」


「え?(♪)」


ヨアンはが気づいてくれた事で期待した。
このまま僕の熱い想いに気づいてくれるかも!と…(無理)
だがの口から出た言葉は―――




「寝坊されました?」


「…は?」


「だって…そんなに寝癖がついてるし…。あ、女性ものでよければムースありますけど使います?」


「…………ぃえ…大丈夫です…」




の言葉にヨアンは一気に奈落の底へと叩きつけられた。
だが立ち直りの早いヨアンは数秒で復活した。


「あ、あの先生…!」
「…は、はい?」


授業の用意をしていたが驚いて顔を上げると、目の前には二枚のチケットが差し出されている。
どうやら映画のチケットのようで席も指定されている少し高いもののようだ。


「…これは?」


は目の前のチケットを見ながら首を傾げた。


「え、映画のチケットです…!」
「映画…?」
「ええ!これ凄く面白いって評判なんで、その―」


"僕と一緒に観に行きませんか?"


ヨアンがそう誘おうとした、その時――






「へぇ、くれんの?悪いねー」


「――――ッ!」


「レオくん…?」






出されたチケットをサっと奪われ、顔を上げると、そこにはレオがニヤニヤしながら立っていた。


「お♪これ指定席じゃん。ラッキー」
「お、おい、君―」


レオにいきなり邪魔をされたあげく、大切なチケットを奪われ、ヨアンは顔が引きつった。
だがの前なのと、レオの恐ろしさも知っているので面と向かって怒鳴れない。


「レオくん、どうしたの?」


珍しく朝から学校に、しかも職員室に顔を出したレオにはキョトンとした顔。
そんな彼女にレオは苦笑すると、


「この前の件で校長と教頭に呼び出しくらった。まあ教頭もオヤジに頭あがらねぇから軽い説教だけで済んだけどな」


そう言ってチラっと校長室を見る。
すると中から教頭が苦虫をつぶしたような顔で出てきた。
はちょっと笑うと、「そう。良かった」と微笑み、授業用の教科書を出している。


、放課後って暇?」
「え?」
「どうせデートの予定もないンだろ?これ観に行こうぜ」


レオはそう言って手にしたチケットをヒラヒラと振ってみせる。
それにはヨアンもギョっとして、「ま、待ちなさい」と抗議しようとした。
だが…


「何よー!そのバカにした言い方!わ、私だってデートの予定くらい―」
「ないだろ?」
「…ぅ」
「じゃあ決まり。放課後、裏門で待ってるし」


レオはそう言って笑うと手を振りつつ職員室を出て行ってしまった。
もちろんチケットはしっかりポケットに突っ込んで…
それを見送りつつ、は苦笑交じりで、「…いつもバカにするんですよ…」とヨアンの方を振り返る。
だがヨアンは唖然としたまま出て行ったレオの事を見ていては首を傾げた。


「ヨアン先生…?どうしました?」
「え?!あ、いえ…!」
「あ!ご、ごめんなさい!せっかくチケットくれたのにレオくんに取られちゃって…」


そういう問題ではないのだが、にそう言われるとヨアンも「いえ全然!」と言うしかない。


「ほんとすみません。それじゃ…」


はヨアンの切ない気持ちには全く気付かず、そのまま職員室を出て行ってしまった。


「ク…クソ!レオナルドめぇ〜〜っっ!!」


悔しさと腹立たしさから目の前の椅子をガンっと蹴るヨアン。
が…



「んっ!んっ!何してるのかね?ヨアン先生」


「は!きょ、教頭…!!」



振り返れば、教頭が額に青筋を立てながらプルプルしていたのだった――































***3年G組***










「あれ、何これ」



ソレを目ざとく見つけたのはオーランドだった。
レオのポケットからヒラリと落ちたチケットを拾い、訝しげな顔でソレを持ち上げる。


「なになに?"アビエイター"?」
「うわ、返せよ、オーリー!」


レオは慌ててオーランドの手からチケットを取り返すと、「俺がもらったんだから」と再びソレをポケットへしまう。(奪ったの間違いでは)


「ふーん、またデート?」
「まぁねー。それに似たようなもん、かな?」


レオは意味ありげに笑うと自分の席へついて煙草を咥えた。


「へーやるねー。その映画って今、話題のやつだろ?」
「ああ、そうみたいだな」
「俺も見たかったんだよねー。あ、そう言えば、その主演の俳優ってレオに似てない?」
「あ?どこがだよ。俺の方がいい男だろ」
「うわー自分で言っちゃう?感じ悪いなあー」
「なら前を向いてろ。うっとーしい!」


そう言ってオーランドの額にデコピンをかますと、すぐにオーランドの口が尖っていく。


「何だよー!痛いなぁ…もう…。あ、ジョシュー!聞いてよ、レオがさー!」
「はいはい…相変わらずうるせぇな、オーランドは」


そこへ眠そうな顔をしたジョシュがやってダルそうに椅子に座る。
オーランドはジョシュにまで冷たくあしらわれ、ますます唇を尖らせた。


「何だい、何だい!ジョシュまで冷たいなぁ!」
「お前に優しくする意味が分からないし」
「な!何でだよ!友達だろ?仲間だろ?」


ジョシュの言葉に今度は瞳をウルウルさせるオーランドに、レオは思い切り溜息をついた。


「おい…朝からコイツをからかうなよ…。ただでさえ、うるせぇのに…」
「いいんだよ。オーリーはへコんでる間だけ静かなんだから。ほら」


ジョシュがそう言って指をさすと、確かにオーランドはシューンと頭を項垂れ、すでに前を向いていた。
そして、「いいよ、いいよ…。どうせ俺ぁ、つまはじきさ…味噌っかすさ…」と何だかブツブツ言っている。
その様子を見てレオとジョシュは顔を見合わせ笑いを噛み殺した。


「確かに…静かになったな」
「だろ?まあ持って一時間だとは思うけどな」


ジョシュは済ました顔でそう言うと煙草を咥えて火をつけた。


「ああ、ところでレオ、放課後は暇か?」
「え?」
「夕べテレビでビリヤード大会の番組見てたら久々にやりたくなってさぁ。放課後行かないか?」
「はーい!はーい!俺も行く〜♪」


「「…お前は誘ってねーし!」」


つかさずオーランドが振り返って手を上げたと同時に見事に突っ込むレオとジョシュ。
それにはオーランドも「ぶぅ〜」とブーイングをしている。


「はぁ…二分も持たなかったのかよ…」
「コイツにはもっとキツイのじゃないと効かねーよ」


レオはそう言って笑いながら肩を竦める。
ジョシュも諦めに似た溜息をつきながら、「それもそうだな」と呟いた後、


「で、どう?」
「俺も参加ねー♪」
「(軽く無視) いや実は今日はダメなんだ。用事があってね」
「マジ?何だよ〜」
「レオはデートなんだよ?」


そこで、またしても口を挟むオーランド。


「(軽く流す) は?デート?最近してなかったじゃん」
「まあね」
「また女引っ掛けたのか?」
「そんなんじゃないけど…。まあ、そういう事だからビリヤードは今度な?」


レオはニヤリと笑って、そう言うとジョシュの肩をポンポンと叩いた。


「仕方ないなぁ〜♪じゃあ俺が付き合ってやるよージョシュ〜☆」
「お前と二人でなんか、誰が行くか」
「…!!(ガーン)」



オーランドの申し出をやんわりではなく、ガツンと断るジョシュに、レオは笑いながら内心ホっとしていた。


(ここでと映画に行くって言えば絶対コイツらもついてくるからな…。特にオーランド)


そう思いながらレオはポケットの中のチケットを更に奥まで押し込んだ。

































***その頃、ニューヨークでは***










「…交渉決裂…だな、ジョージ」
「もとより、そのつもりだ。ドラッグを売りにしている組織と手を組むつもりはない」


ジョージはゆっくりソファに凭れると口に咥えた葉巻を優雅に吹かした。
その言葉にニューヨークの組織のボス、マイケル・バリーは口元をピクリと引きつらせる。


「ふん…ドラッグは、このニューヨークでは大きな儲けになるぜ?それをふいにしていいのか?」
「ドラッグで設けたって世の中に頭のおかしな奴を増やすだけだ。いつか自分に返ってくるぜ?バリー」
「…随分と偉そうな口を利くようになったじゃねぇか、ジョージ。もうジュニアは卒業か?」
「俺はまだまだジュニアでいたかったけどな。オヤジがどうしてもって言うんでね」


ジョージはバリーの嫌味も軽く笑い飛ばし、長い足を組み替えた。


「ドラッグであからさまに商売してると警察に目をつけられるぞ?ロスにいる部下にも、そう伝えろ」
「何…?」
「ロスで好き勝手はさせないってな」


ジョージは鋭い目つきでバリーを睨むと、颯爽と立ち上がりテーブルの上の灰皿に葉巻を押し付けた。


「じゃあ、これでサヨナラだ。組織をでかくしたいんなら警察とも上手くやるんだな?まあドラッグ売ってちゃそれも無理だろうが」
「…後悔するぞ…?」
「あはは。後悔なら、とっくにしてる。ニューヨークの俺の女を殺された時にな」
「……何?」
「まあ、どこの組織だか知らないが、もしお前が知ってる奴だったら伝えておいてくれ。"俺の命が欲しいなら一人の時を狙え"とな」


そう言って笑いながら出て行くジョージを、バリーは忌々しげに睨み付けていた。
そして傍にいる部下を指で呼ぶと、


「おい…あの銃撃の事はバレてないはずじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたが…」
「バカヤロウ!バレてるじゃねーか!しかも失敗して殺せたのは女たった一人か?!あぁん?!」
「す、すみません、ボス!!」


ガンっと足を蹴られ、NO3の男はその場に膝を着いた。
が、バリーはつかさず男の髪を手でわしづかみにすると、


「せっかく手を組むと見せかけて油断させ殺そうとしたのに…全てパァだ!」
「は、はい…!申し訳ありません、ボス!」
「ロスのドジな野郎どもに言っておけ!バレるような目立つ捌き方はやめろってな!」
「は、はい、ボス…!」


そこでバリーは男の髪から手を離すと、ソファに凭れかかりイライラしたように舌打ちをした。


「クソ…!あのジジィが引退して、チャラチャラジュニアがボスになったからチャンスだと思ったが…なかなかあの男もキレるな…」


顎を擦りながらも憎らしいと言いたげに呟く。
そして何かを考えるように目を瞑っていたが、ふと目を開け、未だその場に傅いている男に目を向けた。


「おい…。ジョージには女以外に何か弱みはあるか?」
「え?いや…女はこの前殺したのが一人で…」
「他に大切にしてそうな女はいないのか?」
「それが…前は数人いたようですが最近ではその女一人でした」
「チッ…ダメか…。動揺させるのに一人づつ殺してやろうかと思ったが…」


バリーはそう言いながらブランデーのグラスを手に取り、ゆっくりとまわし始めた。
その時、男が、「あ、でも…」と思い出したように口を開く。


「確かその女との間に子供が一人いたはずです」
「…何?子供…?ジョージのガキか?」
「はい。でも母親が死んだので、ジョージが引き取ったようだと」
「何だと…?じゃあそのガキは今ロスか…」
「はい。それとジョージの一人娘もロスにいたはずですが…女より、子供たちを殺していく方が効き目があるかと」
「…ふむ…」


部下の提案にバリーはブランデーを飲みながら小さく頷く。


「そうだな…。愛人なんかよりも…よっぽど効果があるかもしれない…」
「では早速、ロスにいる部下に探らせましょうか」
「そうだな…。いや待て」
「はい?」
「ジョージの娘や息子となると…あのジジィの孫になるだろう」
「はあ、確かに」
「あのジジィは確かかなり孫を可愛がってると聞いた事がある…バレると厄介だ…」


バリーはそう言って軽く鼻を鳴らした。


「もし孫を殺して俺がやらせたと分かれば、あのジジィは俺達を皆殺しにし、組織を潰しにかかるだろう」
「…確かに、あのじいさんなら、それくらいやりかねませんね」
「だからもし殺るにしても…絶対にバレないよう探りを入れて近づけ。他の組織がやったように見せかける、とかな…」
「はい、ではそのように」


男は軽く頷くと、静かにその部屋を出て行った。
バリーは静かに立ち上がると、ブランデーを飲みながらテラスへと歩いていく。
下を見ればジョージが部下を連れてリムジンに乗り込むところだった。


「ジョージ…覚えてろ…。この代償はでかいからな…」


バリーはニヤリと笑いながら呟くと、一気にブランデーを飲み干した。
































ホームルームも終わり、皆が帰る準備をしていると、レオは教壇で集めたプリントをまとめているの方に歩いていった。


「じゃあ先に行って待ってるから」
「え?」


不意に声をかけられ驚いたように顔を上げるに、レオは「忘れたのか?」と眉を顰める。
だがはすぐに笑顔を見せると、


「あ…映画ね?覚えてるわ?」
「いきなり行かないなんて言うなよ?」
「言わないわよ。私もレオくんに話があったし」
「…話?何だよ」
「後でいいわ。じゃあ待ってて?これ置いたらすぐに行くから」


はそう言ってプリントを抱えると、そのまま廊下に出て行った。
それを見送った後、レオもコッソリ教室を出て裏玄関へと急ぐ。
だが、その様子を観察していたオーランドはスクっと椅子から立ち上がった。


「ね、見た?今の」
「ああ」
「何だか怪しくない?」
「まあ…な」
「もしかして…今日の相手ってちゅわんじゃ…!」
「…今の様子だと…ありえるな…」


珍しくジョシュもオーランドの意見に賛同している。


というのも。
午前中はそうでもなかったものの、放課後が近づくに連れて、レオが何となくソワソワしているように思えたのだ。
何度か時間を気にしたりして口数も少なくなった。
まあデートだと聞いてたし、そのせいかとも思ったが、今までのレオを見れば、たかが女とのデートで、こんなにソワソワするところを見た事がない。
そこでオーランドが最後の授業が終わった後、レオがトイレに行ったところを見計らってジョシュに提案したのだ。


「ねぇ、ジョシュ。あのレオがあそこまでソワソワするんだし誰とデートするのか気にならない?」
「ああ…まあなぁ…。でもどうせ女子高の女だろ?」
「でも今までは、あんな素振り見せたことないじゃん!逆にダルそう〜にしてただろ?デートなんてベッド直行でいいのにってさ!」
「そう言えば…そうだったな…」
「でもさ、今日は映画に行くみたいなんだ!」
「は?マジで?」


オーランドの言葉にジョシュも驚いた。


「あいつがデートで映画?!お初じゃねぇの?そのコース」
「だろぅ?しかもエロじゃないんだよ?普通ーの人気大作映画なんだ!」
「……おいオーランド…。いくらなんでもレオだってデートでエロ映画は見に行かないだろ…」
「え?そうなの?」(!)」
「……ま、まあいい…。で…?」
「あ、だから〜レオの相手を確かめに行かない?尾行してさ☆」
「は?尾行?」
「うん。あの様子じゃきっとレオはホームルームが終わった途端、帰ると思うし、その後をつけていこうよ♪」
「"つけて行こうよ♪"って言ってもなぁ…。もしバレたら間違いなく5発は殴られるぞ…?」



ジョシュが目を細めてそう言えば、オーランドも一瞬ひるんだように顔を顰める。
が、その恐怖よりも好奇心の方が勝ったのか、


「い、いいよ!俺は殴られ慣れてるし!」
「あのな…お前は慣れてるかもしれねぇけど、俺は慣れてないんだよ」
「ふーん。じゃあジョシュは気にならないの?レオの本気かもしれない相手♪」
「う…」


それを言われるとジョシュも言葉に詰まる。
確かにあのレオがあんな風に気にしてるという事は、もしかしたら今日の相手は本命かもしれないのだ。
いくら人の事はあまり気にしないジョシュでも、さすがに少しは興味がわく。


「ね?気になるだろ?だから行こうよ♪」



無邪気に誘ってくるオーランドの言葉にジョシュは小さく息をつくと何とか頷いた。
が、すぐに目を細めると―





「でもお前…静かに尾行出来るの…?」






その問いにオーランドは大きな瞳をクリクリさせると…







「さあ…?静かにした事がないから分かんない…」と答えてジョシュの肩をガックリ落とさせたのだった。





















「よし!じゃあ尾行開始☆レッツラGO〜♪」


「バカ!声がでけぇーよ!」




最初から元気な様子のオーランドに、ジョシュは深い溜息を漏らす。
だがオーランドはリュックを背負うと、コソコソっと廊下を覗き、レオの歩いていった方向を確認している。
そしてジョシュに手招きをすると、「早く早く!レオ、行っちゃったよ!」と大きな声で叫び倒した。
それにはジョシュもギョっとして慌ててオーランドの後をついていく。
クラスの皆は、そんな二人を見て、


「おい、オーランドがまたバカなことしてるようだぜ?」
「ああ、ジョシュも苦労するな」


なんて言い合いながら笑っていた。



一方、笑われてるなんて事は想像すらしていないオーランドは、いちいち何かに隠れながら、
いかにも尾行していますといったように、物陰からコッソリとレオの歩いていく方を覗いている。
だが、元々体がデカイので、あまり意味はないようだ。
ジョシュだって、かなりの長身で、こんな二人がコソコソ歩いていれば嫌でも目立つ。


「おい、オーランド。もっと普通に歩け。じゃないと周りの奴らが変に思うだろ?その気配でレオにもバレるぞ」
「あ、そ、そっか…」


そこでオーランドもやっと屈めていた腰を真っ直ぐに伸ばした。


「この体勢、腰が疲れるなーって思ってたんだよね☆」
「……(アホか…)」


ジョシュはウンザリしつつ、何故か楽しげなオーランドの後ろからゆっくり歩いていく。
レオは特に気にもしてないのか、後ろを振り向くことなく廊下を歩き、そのまま階段を下りていくのが見えた。


こっちの方向は…裏口だな。何で正面から出ないんだ?
それにさっきと何かを話してた様子も気になる。
まさか…ほんとに今日デートする女って…じゃないよな…?


そう思うと何となく胸がざわつく気がした。
でもがレオからデートに誘われてOKすると言うのも少しおかしな気がする。
いったい、どういう事だろう。


「あ、ジョシュ!レオが止まったよ?」


あれこれ考えていると、裏口まで降りてきてしまった。
二人は見つからないよう、下駄箱の陰から外に出て行ったレオの様子を伺うと、
確かにオーランドが言ったように、レオは裏門に寄りかかり、煙草を咥え火をつけてるのが見える。


「むむ…怪しい…。裏口はちゃんのボディーガードが迎えに来るところだし、まさかほんとにレオの奴…」
「そうだな…。だいたいレオは待ち合わせで自分の学校の前、なんて指定した事ないだろ」
「だよねー!やっぱ俺のちゃんと…っ」


オーランドはそう言って握りこぶしを固めた。
そこに人が歩いてくる気配がして、二人は慌てて奥へと隠れると―
目の前をが横切っていくのが見えて、ジョシュもオーランドもギョっとした。


「い、今のちゃん…っ」
「ああ…じゃあやっぱりレオのデートの相手は…」


そこで二人はコッソリ顔だけ出して外を見ると、がレオの方に駆けていくのが見えた。
そして、いつものようにコケそうになって、レオに助けてもらっている。


「な!何だよ、あれぇ!」
「バカ、静かにしろ!」
「だ、だって俺のちゃんがレオと―!」
「安心しろ。お前のじゃないから」



ジョシュは冷静にそう言うと、二人が歩き出したのを見計らって、そっと後を付け出した。


「おい、オーランド!グズってる暇あるなら早く来い!見失うだろ?」
「わ…わがっでるよ…っ」


何故か鼻をグスグス鳴らしながらオーランドも慌ててジョシュの後を追いかけていく。


その数分後、ここへ迎えに来る事になっていたショーンの携帯の着信音が鳴り響いた。









〜〜♪〜〜♪〜〜♪






「お、兄貴。メールだぜ?」
「誰からだ?」


ショーンはを迎えに行こうと車を走らせていた。


「あ!お嬢からだよ!」
「な、何?!貸せ!」


そこで慌てて急ブレーキをかけると、ゴン!という音がして弟のデヴィッドが前のめりになり頭をダッシュボードへしたたかぶつけた。


「ぃってぇ…」
「いいから貸せ!」


ショーンは弟のオデコよりもお嬢からのメールが気になり、すぐにメールボックスを開いてみる。
すると、そこには―









――――――――――――――――
2×××5月×日 3:27
――――――――――――――――
FROM:お嬢
――――――
Subject:無題
――――――――――――――――
今日は用事があるので迎えはいいで
す。後で電話するから心配しないで下
さい。
より

――――――――――――――――











「な…何だと?!」
「どうしたんだい?兄貴…」


赤く腫れたオデコを擦りながら、デヴィッドもメールを覗き込む。


「な!よ、用事って何だよ?今朝はそんなこと一言も―」
「と、とにかく学校に急ごう!」


そこでショーンはデヴィッドの方に携帯を放り投げると思い切りアクセルを踏み込んだ。
が、今度はその衝撃でデヴィッドの後頭部がシートにぐぃんと押さえつけられ、なおかつ投げた携帯が再び彼のオデコにガンっと当たった。


「ふぎゃっ」


何だか猫が尻尾を踏まれた時のような叫び声が聞こえたが、今のショーンの耳には入らない。


「お嬢〜!!待ってて下さいよ〜〜!用事なら俺が何でも引き受けますからね〜!」


ショーンはが学校の雑用を任されたのだと思い込み、更にアクセルを踏んで学校まで愛車を吹っ飛ばしたのだった。























「あ、坊ちゃん!」


学校の裏口についたと同時に、ショーンはダニエルを見つけた。
彼も一緒に乗せていくので、すぐに車を降りてダニエルの方に走っていく。


「あれ、今日は随分と早いね」
「い、いやそれが…」


ショーンは慌てた様子で先ほどからきたメールについてダニエルに説明した。


「…それでお嬢がイジメで変に雑用させられてるのかと…」
「あはは!まさか!はとっくに帰ったってさ」
「えぇ?な、何で―」
「さあ?生徒に用事があるんじゃない?」


ダニエルはがレオと出て行くのを先ほど裏口に来る途中の踊り場から見かけていた。
そしてその後から怪しげな影が二つ、二人を尾行していくのも。


(でもこの事を言えばきっとショーンはまた拳銃を振り回すから言わない方がいいな)


ダニエルは持ち前の機転を利かし、ショーンには黙っている事にした。


はきっと例の事で動いてるに違いない。
この前、レオが薬を持ってて警察に捕まったという話も少しだけど聞いている。
きっと僕が拾った薬を見て何か分かったのかもしれない。


ダニエルはそう思いながらも目の前で青い顔をしてにメールの返事を送ってるショーンを見た。


「ねえ、ショーン。僕、お腹空いちゃった。早く家に帰ろうよ」
「え?で、でもお嬢が…」
なら大丈夫だよ?僕も後で連絡してみるしさ」
「…はあ…。しかし…」


ショーンはまだ心配といった顔で弟デヴィッドを見ている。
が、ダンは軽く肩を竦めると、


「って言うか…こんなとこに長々といたら学校の人に見つかるし早く移動した方がいいと思うけど…」
「あ!そ、そうですね!分かりましたっ」


そこでやっとショーンが車に乗り込んだ。
デヴィッドは後部座席のドアを開けて、ダニエルを中へと促す。
そんな二人を見ながら、ダンは内心、ホっと息をつくと、


「はぁ〜お腹ペコペコ…!」


と大げさにお腹を押さえた。


それを見てショーンも、ちょっと笑うと、「家まで急ぎますんで、もう少し辛抱してくださいね!」と言って先ほどと同じようにアクセルを踏み込んだ。




ゴン!


「ぅぎゃ!」




そこで叫び声をあげたのは学習能力のない、デヴィッドだった…。



































***レオナルド***












、腹減らない?」



俺はう〜んと両腕を伸ばして振り返った。
長時間、椅子に座って映画を観ていたせいで体中がギシギシする。


「そうね。軽く食べて行こうか」


も少し疲れたのか背中を伸ばしてから笑顔で頷いた。


「じゃあ近くにオヤジの知ってるレストランがあるし、そこでどう?」


そう言っての手を握ると、彼女は少しギョっとして、慌ててその手を離した。


「ちょ…何してるの?」
「何って…今日はデートだろ?」


俺はちょっと笑いながらの前に立ち、いつものように余裕の表情を見せる。
何となくの態度とかも新鮮で楽しい。
こんなデートは初めてだった。


「デ、デートって…そういうんじゃないでしょ?」
「へぇ、じゃあはどういうつもりで来たわけ?生徒と映画、なんてさ」
「だって…ヨアン先生にチケットをもらったから…」
「…………」


ちょっとだけ口が開いた。
いやまあ…コイツがこういう女だって分かってはいたけどさ…


「あっそ。じゃあはチケットもらったら誰とでもこうやって映画を見るわけだ」


何となくショックというか何とも言えない気持ちが沸いてきて少しだけスネてみた。
今朝の強引な約束から、それをどこかで楽しみにしてる自分に気付いて何度も首を傾げた。
でもこうしてと初めて二人きりで映画なんて見てると、思った以上に楽しかったのだ。
こんな風に思ったのは初めてだった。
いつもならデートなんてヤる前の前置きみたいなもんで面倒だって思ったりしてた。
でもだと少し違って、SEXなんか抜きでも、一緒にいるだけで楽しかった。
こんな気持ちは初めてで少し戸惑ってる自分もいるが、今、の言葉でガックリ来てるのもきっとその気持ちの延長なんだろう。


「そんな…誰とでもなんて来ないわ…?」


俺の言葉にが困ったように呟いた。
その表情はやっぱり教師には見えなくて、どこか少女の面影を残しているようだ。


(何で…コイツは担任の教師なんだろう…)


ふと、そんな事を思った。


「ふーん。じゃあ今日は何で俺と映画に来たわけ?」
「だから…レオくんに話があったの」
「話…?」


(ああ、そう言えば…さっきもそんなこと言ってたっけ…)


教室で言われた事を思い出し、俺は軽く息をついた。


「分かったよ。じゃあ何か食べながら聞く。それでいい?」
「うん。あ、でもレストランじゃなくて…あそこがいいな」
「え?」


そう言ってが指差したのは、オーランドたちが、よく行ってるようなファーストフードの店だった。


「…あんな店でいいわけ?」
「うん。私、行った事がないから一回行ってみたかったの」


は無邪気な顔でそんな事を言い出し、俺は一瞬、呆気に取られたが、すぐにぷっと吹き出した。


「OK…分かったよ。じゃあにハンバーガーでも何でも好きなもんおごってやるよ」
「え?ダ、ダメよ…。生徒からおごってもらうなんて。私が出すわ?」
「バカ。それだけはさせないよ。デートの時は男が出すって決まってんの」


そう言っての額を指で小突くと、がキョトンとした顔をしている。




「え…そう…なの…?」


「あ…?」





の不思議そうな顔を見て俺は思わず口が開いた。




…もしかして…デートした事ない…とか…?」
「……な、べ、別にいいでしょ…そんなの…」



俺の言葉にの頬がすぐに赤くなった。
そしてスネたように唇まで尖ってくる。
そんな彼女を見てると妙に胸の奥が熱い。




「ぷ…あはは…そっか…!」
「な、何よー!バカにして…」
「バカにしてないって…つか…可愛いなーって思っただけ」




俺がそう言っての頭を撫でると、更に頬が赤く染まる。




ダメだ…何だか…変な気分だ…
こんなの俺らしくない…よな…





あんなに拒否していた大人なのに…コイツだけは違う…
いつの間にか俺は、にだけは…心を開いてたんだ。





俺はこの時、初めて自分の中に芽生えた気持ちが何なのかを知った気がした―





















***ジョシュ***









「ちょ…押すなよ…オーリィ…っ」
「だ、だっで!お、俺のちゃんがレオと寄り添っで…っ」
「つ、つか泣くな、バカ!」



俺は背中にしがみついてくるオーランドに、ほとほとウンザリして一発殴っておいた。
そして煙草を咥えつつ、思い切り溜息をつく。


ったく…やっと映画館から出てきたかと思えば…
今度は食事かよ…
ほんとにデートしてるみてぇじゃん…


半信半疑で尾行してきたものの、ほんとに二人が映画館に入っていくのを見て少し胸の奥が痛くなった。
何でこんな嫌な気分になるんだろうと思いながら、長い時間を外で潰し、あれこれうるさいオーランドの相手をしてた俺は
イライラもピークにきている。
それに…


何でレオとが?


その言葉ばかりがぐるぐると頭を回っていた。






「ジョシュ〜もじがじでレオのやづ、ちゃんにまで…」
「バカ…仮にレオが口説いたってが落ちるかよ…」
「だ、だよねぇ〜?」
「うわ、バカ!くっつくな!制服に鼻水がつくだろ?!」


グスグス泣きながら腕にしがみついてきたオーランドを思い切り突き放す。
ほんとならいい加減帰りたいところだが、やっぱり二人がこの後にどうするのかが気になり帰るに帰れない。


「ジョシュ…行くよっ」
「は?」


急に涙を拭いて立ち上がったオーランド。


「レオとが二人で食事なんて許せないだろうぅ?少し様子を見て偶然装って邪魔しに行くぞっ」
「あ、お、おい、オーリィ…!」


何だか変に気合の入ったオーランドはズンズンと二人が入った店へと歩いていく。
まあ、あの店は普段も俺達がよく行く店だし、偶然を装う事くらい出来るだろうけど。



「ったく…」


俺は軽く息をつくと、そのままオーランドの後から歩いていった。







「いらっしゃいませ〜」



店内に入ると、いつものように可愛らしい女の子が笑顔で声をかけてくる。
普段なら、即効で店員に声をかけに行くオーランドも、今日ばかりは、そんな気にならないのか、ハンバーガーとポテトを注文しながら辺りをキョロキョロしている。


「どこだ?二人は…」
「さあ?二人なら…席が見えないようになってる二階かもな…」
「ぬ!そこでちゃんに厭らすぃー事をしよーとしてるなぁ?」
「あ、おいオーリー!」


ハンバーガーを受け取るや否や、オーランドは二階へと急いで上がっていく。
仕方なく俺も飲み物を受け取ると、少し急な階段を上がり、二階へと向かった。
するとオーランドが、窓際の席をジっと見ながら、手前の席へと座るのが見えた。



「おい、オーリィ…」
「しっ」
「…?」


(あのオーランドに"しっ"とか言われると凄くへコむのは気のせいか…?)


なんて事を思いつつ、オーランドを見れば、視線を隣の席へと向けている。
という事は、この薄い壁の向こうにとレオがいるという事だろう。
俺は無言のまま指でOKと出し、静かに椅子へと腰をかけた。





「で…何だよ。俺に話しって」




「「……っ」」






ビンゴ!この声はレオだ。


オーランドと目を合わせて小さく頷く。
俺は煙草に火をつけながら、隣の会話へと耳を傾けた





「うん…実は…これのことなの…」


「………っ?」





(何だ…?レオが今一瞬、息を呑んだように思ったけど…はいったい何を見せたんだ…?)


レオが何も答えず、俺は首を傾げた。
オーランドなんかは壁にそっと耳までつけて(!)隣の会話を聞いている。


(はぁ…何してんだ?俺は…)


そのオーランドのアホっぽい行動を見ながら、ふと冷静に戻る自分がいる。


別に担任の教師がレオと何をしようと、どこへ行こうと俺には関係ないはずなのに。
でも…前に感じた淡い感情…
それがあの日からずっと心の奥で燻ってる感じだ。


が他の奴と一緒にいると嫌な気分になるんだ…
こんなの…おかしいよな、俺…



この時の俺は自分の感情の変化に少し戸惑っていた。












































「で…何だよ。俺に話しって」




二人でハンバーガーを注文し、窓際の席に座ると、レオがすぐに尋ねてきた。
はそこで軽く目を伏せると、黙ったまま鞄から例の錠剤を取り出しテーブルに置いた。




「うん…実は…これのことなの…」


「………っ?」





そこで目に見えてレオの顔に動揺が走ったのをは見逃さなかった。
そしてその錠剤を見つめたまま、黙ってしまったレオにも何と言っていいのか分からず、暫し沈黙が続く。
が、暫くするとレオが大きく息を吐き出した。


「…何だよ、これ…」


少し視線を反らしながらレオが口を開いた。
それにはも覚悟を決めて真っ直ぐにレオを見据える。


「…ダンが…学校のトイレで拾ったらしいの」
「へぇ。で、これ何?アスピリン?」
「……スピードっていう違法ドラッグなんだって」
「……っ」


の説明にレオがギクっとした顔をした。
その様子を見ながらが溜息をつくと、レオは前髪をクシャっとかきあげ顔を上げた。


「へぇ…。で、何で俺に?」
「うん…あのね…。これ…持ってたのジョーくんらしいの…」
「――な…っ」


そこでやっとレオがを見た。
その表情は明らかに驚いているようだ。


「やっぱり…レオくん何か知ってるんだ…」
「…し、知ってるって何をだよ…」


の問いに視線を反らし、煙草を咥える。
だがはそのまま手を伸ばし、煙草を奪うと、レオの方に身を乗り出した。




「レオくんがあの日、庇ってたのって…ジョーくんなんでしょ…?」


「………っ」




その一言にギクリとしてギュっと拳を握り締める。
はまた錠剤を鞄にしまうと軽く息をついて、「そうなのね…?」と呟いた。
が、レオは慌てて顔を上げると、「違う、あいつは薬なんてやってなかったんだっ」と首を振った。


「え…?どういう…こと?」
「………」


が訝しげな顔でレオを見る。
そんな彼女を見て、レオは大きく息をつくとソファに凭れかかった。


「実は…あの日さ。俺、女とデートしてる時、偶然見かけたんだ…。ジョーがあのクラブに制服のまま入って行くのを。
で…危ない噂のある店だったし…引き戻そうと思って中に入った。
そしたら…ヤクの売人っぽい男がジョーに何個か袋を渡してるのが見えて、慌てて止めに入った。
あいつは…ただ興味本位で手にしただけだったんだ。でもそこに警察が来て…」


レオはそこで言葉を切った。
は話を黙って聞いてたが、そっとレオの手を握ると、「…話してくれて…ありがと」と優しく微笑む。
そんな彼女にレオは呆気に取られた顔をした。


「な、何だよ…。怒らないの?」
「怒る?何で?怒るわけないじゃない。レオくんはジョーくんを庇ったんだから」
「そりゃ…あいつはジョシュの大切な弟だし…もし捕まったらやってなくても退学になるからな…」
「だから、いつものように自分のせいにしたんだ」
「俺は…悔しいけどオヤジの力があるし…やってなければ退学になる事はないからさ」


レオはそう言って失笑を漏らした。


「運が悪かったんだ。手入れの入った時、ジョーはまだ買ってもいなかった。ただ手に持ってただけ。
でも警察に捕まれば買った事にされちまう。売人はサッサと逃げちまったし…だから俺が後で捨てるって言って逃がそうとして―」
「自分が逃げ遅れた…」
「そういうこと。あ、でも…あの刑事には…」
「うん。言わない。証拠はないんだし…やってないなら、それでいいじゃない。ジョーくんにもレオくんの気持ちは伝わったと思う」


はそう言ってレオの手を握り締めた。
その感触にレオがドキっとしたように顔を上げると、はいつもの優しい笑顔でニッコリ微笑む。


「聞きたかったのはそれだけ。良かった。本当の事が分かって」
「あ、ああ…。俺も…ごめん。黙ってて…には凄い迷惑かけたのにさ…」
「迷惑だなんて思ってないよ?」


はアッサリそう言うと注文したコーラを美味しそうに飲み始めた。
そんな彼女を見てレオもふっと笑うと、少し気が緩んだのか大きく息を吐き出している。
が、そこで再び身を乗り出すと、


「あ、でもあの時、俺が全て受け取ったと持ってたんだけど何個かジョーのポケットにスピードが入ってたらしいんだ」
「え?あ…だからそれをトイレに流そうとして…」
「そうみたいだな?まあ…見られたのがの弟で良かったよ…。他の奴だったらヤバかった」
「そうね…。それにもしジョシュくんにバレでもしたら―」


はそこで言葉を切った。
その様子にレオも首を傾げて、「どうした?…」と彼女の視線の先に目をやる。





「な…ジョ…ジョシュ?!」




振り向いてギョっとした。
そこには怖い顔をしたジョシュと何だか口をポカンと開けたオーランドが立っていたからだ。





「今の話…本当か?レオ…」
「え?あ…」





全て聞かれたのだとすぐに察したレオは思わず立ち上がった。


「待てよ…確かに本当だけど―」
「レオが庇ってたのって…ジョーだったんだ…」
「おい、ジョシュ…あいつだって反省してるって…」
「分かってるよ…!あいつは…あいつは薬なんかやれるような奴じゃない!」


ジョシュはそう言って悔しそうに唇を噛み締めた。


「でも一番、ムカつくのは…俺にまで隠してたって事だよ…」
「それは…さ…言えばお前、キレてジョーの奴をボコボコにしそうだし…」
「当たり前だ!そんな危ない店に出入りしたんだからなっ」
「ただの興味だよ!俺達にだってあっただろ?」
「うるせぇ!ったくかっこつけたことしやがって…」


ジョシュはそう言うとレオの胸倉をグイっと掴んだ。
それを見てが慌てて立ち上がった。
だが…てっきりレオを殴るかと思ったジョシュは、逆にレオをギュっと抱きしめ、




「悪かったな…嫌な思いさせて…」


「ジョシュ…」




レオも驚いたようにジョシュを見た。
ジョシュもすぐにレオを放すと、「クソ!あのバカ、帰ったら一発殴ってやるっ」と言って椅子を蹴っている。
その様子を見てたオーランドもレオも、ジョシュの気持ちが分かり苦笑を漏らした。


「手加減してやれよ?あいつも相当、俺に罪悪感感じてるみたいだし」
「ああ…まあ…いつもの半分にしといてやるよ」
「おいおい…半分って言っても普通の奴だと倍は痛いだろ…?」
「そうだよー!俺なんて、いっつもタンコブ出来てるんだからー!」


そこでオーランドも話に加わり、普段のうるささが戻ってきた。
が、そこでレオはふと二人を見ると―





「つかさ…何でお前らがここにいるわけ…?」


「「えっ?」」





見た目に分かるほどギクっとしたオーランドとジョシュに、レオはピンと来て軽く目を細めた。




「お前ら…まさか尾行してたんじゃ…」
「な、な、何の事やら…あはは!ね、ねえ?ジョシュ〜」
「はは…。あ、ああ…」



ジョシュはそう言って笑って誤魔化した。
が、ん?待てよ…?と思いなおし―




「って言うかさ。俺も聞くけど…レオが何でと映画なんて見てるわけ?」


「えっ?!」


「そ、そーだよー!それってヌケガケじゃーん!ちゃんは皆のちゃんなんだからねー!」




そこでオーランドも普段の力を発揮し、レオに食って掛かる。
それにはレオもタジタジになった。




「ヌ、ヌケガケじゃねぇよ!これはチケットもらったから―」


「へぇー。それで俺の誘いを断ってデートと洒落込んだんだ。しかも担任と」


「な、別にデートじゃ―」


「さっきデートって言ってただろ?」


「…う」


「ずるいよーレオばっかりー!ねーちゃん、今度俺とデートしよう?ね♪」




「え?あ、あの―」




今まで第三者のように3人のやり取りを見ていたは、いきなり話を振られビックリした。




「い、いやデートって…皆、一応、生徒だし私は教師で…」


「「「んなの関係ねぇよ!」」」


「―――っ」




そこで綺麗にはもり、はギョっとした。
そして3人はバっと顔を見合わせると、




「まさか…お前、のこと好きなのか…?」


「な、レ、レオこそ…っ」


「俺は大好きだからねーー♪」



「「うるせぇ!!」」


「ひゃっ!」




二人に怒鳴られ、オーランドは亀の子のように首を窄めた。





「何だよ、お前…あんなにバカにしてたくせにのこと好きになったの?」


「う、うるせぇな!ジョシュこそ何だよ!散々、女に興味ねぇみたいな顔して、みたいな女には興味あるってわけか?」


「関係ねぇだろ!だいたい何でを映画に誘ってんだよ、バーカ!」


「だからチケットもらったからだっつってんだろ!」


「チケットもらったらお前は担任を誘うのか?いつも寝てる女の中から誰か誘えばいいだろがっ」


「バ、バカ!そんな事、コイツの前で言うな!」


「何でだよ!今更、女ったらしってバレたくないって?お前の手の早さは学校中の奴らが知ってるよ!」


「何だと、こらぁ!!」


「やんのかよ!!」




「ちょ、ちょっと二人とも…!ケンカしないで…!」





さっきのいいムードから一転、今度は険悪なムードになり、は慌ててしまった。
だが二人はその場でつかみ合いに鳴り、更に熱くなっている。






「一発殴らせろ!!」



「それは俺の台詞だ、バカ!」





「いいぞ〜♪やれやれ〜ぃ♪」






あたふたしてるの隣で、一人オーランドは拳を振り上げ、シェークをズルズル飲んでいたのだった…


























男の中の男




















黙っていても分かり合える









                 そんなふたりになりたい








 
男の中の男なら当たり前のことさ




























モドル>>


Postscript


久々の更新ですー!ぎゃー!
何だか内容忘れそうでした…(チーン)
しかも眠くてキーを打ってる最中、何とかオチそうになった…;;
そろそろ皆の気持ちが動いてくでしょうかねw



50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO