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■STEP.9 暴れだす@                                   /僕らのせんせい/







***ジョン・マーシャル高校***











先生」


朝、いつものように職員室に入って行くと、すぐに渋い顔をした教頭に呼ばれ、は首を傾げた。


「はい、何でしょうか」


そのまま鞄を自分の机に置き、素直に教頭の前へと行けば。
教頭は怖い顔でを睨んだ。


「…今朝、G組のレオナルドとジョシュが顔に傷を作って登校したようですが…先生、何か知ってますか?」
「え?あ…あの…」


そう言われた途端、ドキリとして視線を反らす。
知ってるも何も二人が殴りあいのケンカを始めた時、もその場にいたのだから当然と言えば当然の事だ。


「い、いつものジャレ合いじゃないでしょうか…」
「ジャレ合い?あの怪我は相当、本気で殴りあった、と思うのですがね…」


の言葉に教頭の目が光る。
それにはも言葉に詰まった。


確かに昨日、あの二人は殴りあいのケンカをした。
昨日はレオと映画を見に行った帰り、ファーストフード店で例の薬の件をレオに聞いていたのだが、そこへジョシュとオーランドが現れたのだ。
が、薬の件の誤解も解け、せっかくいい雰囲気になったと言うのに、何故かあの二人は下らない事でケンカを始めてしまったのだ。
あの二人はどちらも同じくらい強いので、別に本気で殴りあわなくても、あれくらいの怪我をするのは当たり前だった。


先生?あなた、何か知ってるんじゃないんですか?」
「え、えーと…」


どうしよう、何て誤魔化そう(!)とは困ってしまった。
としては男同士の、それも一対一のケンカなんだし、大した怪我でもないし、別にいいじゃないか、くらいの気持ちなのだが…
どうやら教頭はそうもいかないようだ。


言い訳も思いつかず、返事に困っていると、教頭は大きく溜息をついた。


「まあ、いいでしょう…。他校の生徒とケンカをしたわけじゃないならね」
「は、はい。そうですよ」
「は?」
「あ、いえ…」


ホっとしてつい本音を口に出してしまい、は慌てて口を閉じた。
幸い教頭には聞こえてなかったようで、渋い顔のまま首を傾げていたが、チャイムの音を聞いて息を吐き出した。


「とにかく二人には注意しておいて下さいね。もう行っていいですよ」
「はあ…失礼します」


軽い注意だけで済み、はホっとして自分の席へ行くと、急いでホームルームの準備をした。
そこへジゼルが苦笑しながら話しかけてくる。


「朝から大変ね、先生」
「え、あ…まあ…」
「でもホント、私も見かけたけど、あの二人、相当やりあったの?」
「え?あ、そんな大したケンカじゃないの」
「え、でも…二人とも口元とか切ってたようだったけど…」


ケロっと答えるにジゼルは少しだけ驚いてそう言えば。
はクスクス笑い出した。


「大丈夫ですよ。ケンカって言っても2〜3発殴りあっただけだし…」(!)
「え、2〜3発だけって…それでも十分じゃないの」


の言葉にジゼルは目を丸くしている。
それを見ても慌てて、「そ、そうですね…後で注意しておきます」と笑って誤魔化すと、そそくさと職員室を飛び出し大きく息を吐き出した。


「はぁ…何であれくらいの事で皆、騒ぐのかしら…変なの」


皆との感覚の違いには首を傾げつつ、そのまま教室へ向かおうと階段を上がりかけた。
が、その時、後ろからイライジャが歩いてきて、は目を見張った。


「ちょ…イライジャくん、その怪我どうしたの?!」


見ればイライジャは片足を引きずりながら口元の血を手で拭っている。
そしてを見ると煩わしそうな顔をして、「別に」と、そのまま彼女を追い抜き階段を上がっていった。


「ちょっと待って!誰にやられたの?!」


も慌てて後を追うと、イライジャは軽く息をついて階段を駆け上がっていく。
それをまた追うようにも階段を一段飛ばしで駆け上がった。
が…








「きゃっ」


「―――ッ?」


















…ドシンッ!!












案の定、というべきか。
は階段を踏み外し、そのまま踊り場まで転げ落ちてしまった。


「…痛た…」


落ちた拍子に腰と、そして額もぶつけたのか、少しだけ血が滲み赤くなっているを見て、イライジャはハっと息を飲み、足を止めた。


「…おい、大丈夫か?」
「…う、うん、何とか…」


声をかけてくれた事が嬉しくて、は痛いのを我慢して笑顔で頷いた。
が、その時、下からヨアンが鼻歌交じりで上がってきて――




「…ふんふ〜ん♪ふふん…?!ぁ…ああ…ッ!!先生!大丈夫ですか?!」



踊り場で座り込んでいるを見て、ヨアンは慌てたように駆け寄った。
そして、その上にいるイライジャを見上げ、この状況を勝手に判断し、ある誤解をした。


「お、お前…3Gの生徒だな?!先生に何て事をするんだ!!」
「――は?」
「あ、あのヨアン先生!ちが―」
先生は黙ってて下さい!…担任を…しかもか弱い女性を階段から突き落とすなんて最低な人間がすることだぞ!」


ヨアンはその光景を見て、すっかり誤解したのか完全にイライジャがを突き落としたと思っていた。
普段から素行の悪い3Gの生徒だと言う事、そしてがいつも彼らのせいで小さな怪我をしてるという事、そしてイライジャは今でもに対し、
酷い態度であり、言う事を聞いていないこと…それらを考え、この状況。
イライジャがを突き落とした、と誤解するには十分だった。
しかも想いを寄せているの事なので、いつになく熱くなっている。


「…………」
「おい、黙ってないで何とか言ったらどうだ!」
「…ち、違うんですってばっ」
「ダメですよ、そんな甘い事を言っては!いつも思ってましたが先生は彼らに優しすぎます!」


冷めた目で見下ろしてくるイライジャにカチンとして、の言葉も聞かずヨアンが更に声を張り上げた。
するとその騒ぎで上から他の生徒までが顔を出し、あげく授業のためやって来たヴィゴも通りかかり、慌てて二人の方へ走ってくる。


「どうしました?ヨアン先生!」
「ああ、ヴィゴ先生!いいところに!実はこの生徒が先生を階段から突き落としたんですよ!」
「ええ?!」


その言葉に驚いたが、確かには怪我をして座り込んでいるし、イライジャの方が数段、上にいて、しかも顔を反らしている。
これではヨアンの言った事を鵜呑みにしてしまうのも仕方のないことだったかもしれない。


「おい、イライジャ、本当か?本当にお前が―」
「アホらし」
「あ、おい!」


イライジャは軽く舌打ちをすると、そのまま階段を下りて3人の横を通りすぎ、元来た道へと歩き出した。


「ま、待って、イライジャくん…!」


それを見ては追いかけようと、立ち上がろうとするも、腰を強く打ったのか痛みのため立ち上がれず顔を顰める。


「痛…!」
「あ、ダメですよ、動いちゃ!今、保健室に運びますから」


その場に蹲るを見て、ヨアンは顔をニヤつかせながら、そう言った。
が…


「え、いや、あの、大丈…きゃっ」
「私が運ぼう。ヨアン先生は3Gに行って事情を話してきて下さい」


ヨアンが抱き上げようとした、その時。
ヴィゴの方が一足早くを抱き上げた。
それにはヨアンも唖然とするしかない。


「え、あ、あの」
「早く。他の生徒が騒ぎ出してますし」
「は、はあ…」


ヴィゴに急かされ、ヨアンが振り返れば、廊下には自分のクラスの生徒や、他のクラスの生徒までが興味津々で3人を見ていた。
それを見て軽く息をつくと、怖いながらも「教室に入りなさい」と注意をしていく。
そして悔しそうに、後ろを振り返った。


(クソウ、ヴィゴめ!せっかく俺が先生を抱っこするチャンスだったのに!)(小さい)


心の中で怒りが沸々と沸いてくのを感じながら、溜息交じりで、あの極悪生徒がいる3Gへ、渋々向かったのだった。



















***3年G組***









「…という事だ。なのでホームルームの時間は自習してるように。教室から出ちゃダメだぞ?」


目の前で睨みを利かせている生徒達にビクビクしながらも、そう言い終えるとヨアンはそそくさと教室から出て行ってしまった。
その瞬間、教室中が大騒ぎになる。


「お、おい…リジーがちゃん突き落としたってマジかよ?」
「そういやアイツ、ちゃんのこと、未だ敵視してたしなあー」


思い思いの事を話しながら騒いでいるクラスメートに、レオ、ジョシュ、そしてオーランドは困ったように顔を見合わせた。


「まさか!何かの間違いだよ!アイツ、確かにちゃんには冷たかったけど階段から突き落とすなんてことしないよぅ」


クラスの中でもイライジャとは一番の親友のオーランドが泣きそうな顔で訴える。
それを見てレオも、「分かってるよ」といい、ジョシュも「ああ」と答えて、オーランドの頭をクシャっと撫でた。


「とにかく…保健室に行ってみよう」
「そ、そうだね!ちゃんに直接聞くまでは信じないよ、俺!」


ジョシュの言葉にオーランドも頷くと、急いで教室を飛び出していく。
その後をジョシュとレオも追いかけた。

















***保健室***









「では私は授業があるので行きますが…安静にしてて下さいよ?」
「はい、色々とありがとう御座いました」


はここまで運んで来てくれたヴィゴにお礼を言って頭を下げた。
保険医の先生は今日、休みだったらしく、手当てもヴィゴがしてくれたのだ。


「じゃあ事情は分かったし私から説明しておくから」
「はい、お願いします…。あのままだとイライジャくんが誤解されてしまうし…」
「ああ。しかし…ヨアン先生も早とちりだな」


ヴィゴはそう言って笑うと、軽く肩を竦めた。
ここへ来る途中、事情を聞かれ、がさっきの出来事をきちんと説明したのだ。


「タイミングも悪かったんです…。私のドジのせいで…」
「いや、それは仕方ないさ。じゃあ一時間目は休んでて。生徒達には自習するように、と伝えておくから」
「はい、ありがとう御座います」


がもう一度お礼を言うと、ヴィゴは優しく微笑んで保健室を出て行った。


「はあ…」


一人になると、は溜息をついて窓の外を眺めた。
誤解されたまま学校を飛び出したイライジャが気になって仕方がない。


「どこ行っちゃったんだろ…。怪我もしてたみたいだし…」


ふとイライジャの怪我の事を思い出し、心配になる。
あの様子だと誰かとケンカでもしたんだろう。



「無理に追いかけなきゃ良かった…」


(そうしたら自分も階段から落ちる事もなかったし、イライジャくんがヨアン先生に誤解される事もなかったのに…)


そう思いながら軽く落ち込んでいると、保健室のドアが勢いよく開けられた。


「おい、、大丈夫か?」
「あ…ジョシュくん…」
ちゃ〜〜ん!怪我の具合は?!」


慌てたように入って来たジョシュ、そしてオーランドにはビックリした。


「お、何だ、元気そうじゃん」


二人の後からレオも顔を出し、「み、皆、ホームルームは?」と一瞬で先生の顔になる。
が、ジョシュは苦笑するとベッドの脇にあった椅子へと腰をかけた。


「んな事より…イライジャに突き落とされたって…マジ?」
「え?あ!ち、違うの!これは私のドジのせいで―」
「え?」


不安げな顔で尋ねてくるジョシュには思い切り首を振った。
そして彼らにも先ほどの事を説明すると、3人は心底ホっとしたように息を吐き出した。


「はぁ…何だ、そういう事か…」
「良かった〜!」
「んなことだろうと思ったよ…」


レオはそう言いながら呆れたようにを見た。


「で…怪我の具合は?」
「あ…大丈夫よ?腰を打っただけ」
「でもオデコも赤くなってるぞ…?」


レオはそう言って少し腫れている額に軽く触れた。


「だ、大丈夫だってば…。ちょっとぶつけただけだし」


自分のドジをまた笑われると思ったは顔を赤くして目を伏せた。
それを見てオーランドとジョシュがレオを軽く睨んだ。


「あーレオ!どさくさに紛れてちゃんに触るなよ〜う!」
「うるせぇな!お前はイライジャを探しに行けっ」


グイグイと制服を引っ張ってくるオーランドに顔を顰めて怒鳴れば。


「あ、そうだった!」


と、オーランドも慌てて立ち上がった。


「お、俺その辺探して来るよっ」
「あ、待って、オーランドくん!私も行くっ」


出て行こうとするオーランドに、も急いでベッドから出ようとした。
が…



「…い、いたた…っ」
「馬鹿!動くなって!」
「そうだよ、腰打ったんだろ?」


起き上がろうとした途端、痛がるを、ジョシュとレオの二人が支えた。
仰々しくの世話を焼く二人を見て、オーランドは目を細めると、




「俺がいない間にヌケガケしないでよね…」


「「うるせぇ、サッサと行け!」」


「ぬ…行って来ます…」



二人に同時に怒鳴られたオーランドは更に目を細め、唇を尖らせると渋々といった顔で保健室を出て行った。





















***イライジャ***











「クソ…!」



学校近くの公園まで来ると、イライジャは腹立たしげに石を蹴り上げ、ベンチに腰をかけた。
そして煙草を咥えると、火をつけ思い切り煙を吐き出す。
イライラした気持ちを紛らわすように空を見上げれば、カリフォルニアの青い空が広がっていた。


「……ッ」


口内に軽く痛みが走り、舌打ちする。
どうやら口の中も切れているようだ。
軽く血の味がして、思い切り息をついた。
その時、遠くから能天気な声が自分の名前を呼ぶのが聞こえてドキっとする。


「あ〜!リジー見っけ♪」
「…オーリィ…」


ふと顔を向ければ、オーランドが笑顔で走ってくる。
そして途中、石につまずきコケそうになっている親友の姿に、イライジャは軽く噴出した。


「何しに来たんだよ…」


ベンチのトコまで何とかやってきたオーランドを見上げれば、「もち、リジーを探しに来た」と笑顔で答えられ、小さく苦笑した。


「来なくていいよ」
「なーんでだよ!心配するだろ…って、どうしたの、その怪我!」


隣に座り、イライジャの顔を見た途端、オーランドは驚いた。


「別にたいした事ないって」


軽く笑って応えるイライジャに、オーランドはふいに真面目な顔になる。


「…誰にやられたんだよ。それ」
「…いつものケンカ」
「だから誰と…」
「……」


オーランドは俯くイライジャの顔を覗き込み、再度尋ねた。
イライジャもレオたちほどではないにしろ、ケンカは相当強い。
でも彼は無駄なケンカはしないと言う事をオーランドは誰よりも分かっていた。


「…ハリウッド校の奴ら、かな」
「やっぱり…。で、理由は?何でケンカになったの?」


ハリウッド校とは普段から敵対しているし、道端で会っただけでもケンカになる事がよくある。
でもイライジャはそんな事で殴り合いのケンカまでしないはずだ、とオーランドは思った。


「…別に理由なんてない。知った顔の奴らとあってケンカになっただけだって」
「嘘言うなよ、リジーはそんな事でケンカしないだろ?絡まれたんじゃないの?」
「…まあ…そんなトコ」


イライジャはそう言うと、吸っていた煙草を投げ捨て軽く息をついた。


「そう言えば…何でここに来た?あの担任から聞いたのか?」
「うん、まあ。あ、そうそう!ちゃんと誤解は解けたし大丈夫だよ、リジー」
「え?」


何の事かと顔を上げると、満面の笑みでブイサインをしているオーランド。


ちゃんがちゃんと説明してくれた。自分が勝手に落ちたんだって。きっと今頃、他の先生にもそう伝わってるしリジーも処分されないよ」
「…ふーん。まあ、いいけど」


今までも何もしてなくても決め付けられ、教師達に怒られてきたイライジャは、どうでもいいといったように苦笑した。
だがオーランドは頬を膨らまし、「よくないよ」と怒ったようにイライジャを睨む。


「やってもいないのに帰ることなかったんだ」
「…どうせ何言ったって無駄だと思ったんだよ」
「それも分かるけどさ…。ちゃんが心配してたし…」


その言葉にイライジャは、ふとオーランドを見た。


「…お前…そんなにアイツが気に入ったわけ」
「え?あ、ああ…うん。だって凄ーーく!いい子だよ?」
「……いい、子ってさ…仮にも教師だろ?」


ニコニコしながら頬を緩ませるオーランドに、イライジャは軽く目を細めた。
だいたい担任の教師の事を「いい子」と称するのは違和感がある。
そう思いながらオーランドを見ると、その顔には優しい笑みが浮かんでいた。


「…教師だけど、その前に女の子じゃん。それに今までのバカ教師とは全然違うし」
「同じだろ、教師なんて」
「リジーは知らないからだよ。ちゃんは本気で俺達の事を考えてくれてるしさっ」


更に無邪気な笑顔を見せるオーランドにイライジャは軽く息をついた。


「…どうせ新任の教師だからだろ?自分に責任負わされないように猫かぶってんだって。そのうち本性出すに決まってる」


今までの教師だってそうだった。
最初はどの教師も最初は生徒に気を遣い、いい顔をしてた。
でも内心は生意気なガキだと、生徒達をバカにしているような奴らばかりだった。
「何かあればすぐ俺に言え」…なんて言いながら、実際に問題があった時は生徒を信じようともしなければ庇いもしない。


「あれほど言ったのに」


と、いう説教だけをして、結局は教頭や父兄にヘラヘラとゴマをすってるだけの下らない大人ばかりだった。


そう、あの女だって同じだ。
俺達と同じ目線でものを見ようなんてしてるわけがない。
今までの奴らと同じで、いつかきっと俺達を平気で裏切る。
教師…いや大人なんてそんなもんだ。


「リジィ…まだアイツのこと恨んでるの…?」


不意にオーランドが小さく呟いた。
一瞬、頭に懐かしい笑顔が浮かぶ。
そして最後に見せた軽蔑するような視線も――


「関係ねぇよ…」
「でも…」
「関係ないって言ってんだろ?いいから学校戻れよ…オーリーまでサボりだと思われるぞ?」


そう言ってベンチから立ち上がると、オーランドがイライジャの腕をグイっと掴んだ。


「リジーも一緒に戻ろう」
「俺は…いいよ…」
「ダーメ!リジーが戻らないとちゃんが余計に心配するし、自分のせいだって思っちゃうから」
「…そんなに…気に入ったのかよ、あの女のこと」


思わずそう聞けば、オーランドは足を止め、軽くイライジャを睨んだ。


「"あの女"とか言うなよー。先生、だろ?」
「…自分だってちゃん付けで呼んでるくせに…」
「あ、そっか♪」


呑気に笑い出すオーランドに、イライジャもつられて笑った。
そして再び歩き出したオーランドの横顔をチラっと見上げる。
オーランドは楽しげに"先生"の可愛いところを説明しながら、ライバルが多くて大変だという事をグチっていた。


そんなオーランドの素直さが、イライジャは何となく羨ましい、と思っていた―。














…二人が公園から出て行くと…ガサゴソという音と共に木の上から一人の男が顔を出した。




「兄貴…行っちゃったぜ?」




そしてその木の陰からも一人…ショーンの弟、ディヴィッドだ。
そして木からシュタっと降り立った男はを愛して止まないショーン、その人だった。


ショーンは難しい顔をして二人の歩いていった方へ視線を向けると、今まで二人が座っていたベンチに静かに腰を下ろした。


「ふん…案外バカじゃねぇんだな…」
「…そうだな。見た目はあんなにバカなのに」(!)


そう言いながらディヴィッドも隣に座る。


二人はを学校まで送り届けると、いつものように近所の公園へとやって来て学校の周りを見張っていたのだ。
そこへショーンの"卒業したらぶっ殺すリスト"ベスト3に入っているイライジャがやって来て二人は慌てて身を隠した。
内心、"お嬢のホームルームの時間をサボりやがって〜!"と、通り魔を装い(!)一発殴ってやろうか…と思っていた矢先。
今度はオーランドまでがやって来たので暫く様子を見ることにして話を盗み聞きしていたのだった。
万が一、の事を悪く言い出したりしたら石を投げてやろうというくらいの気持ちで(オイ)
だが…今まで一番アホだろう、と思っていた(!)オーランドのへの気持ちを聞いて若干、涙ぐんでしまった。
特に「凄ーーくいい子」のくだりに胸がちょっとだけ熱くなったショーンは、オーランドを"ぶっ殺すリスト"から速やかに外してあげた(え)


「あのガキもお嬢のことを分かってきたじゃねぇか。なあ、ディヴィッド」
「ああ…でもさ、もう一人のイライジャ?ってガキはお嬢さんのこと"アイツ"だの"あの女"だのと暴言吐いてたぜ?やっぱ撃っとく?」
「バカヤロ…それだけはダメだ。あんなガキでもお嬢にとったら大切な生徒さんだ…。それにあのガキ…過去に何かあったのかもな…」
「え?」


ショーンはそう呟くと先ほどのオーランドの言葉を思い出していた。



"まだアイツのこと恨んでるの?"



あのアホガキが確かそう聞いていた。


「過去って…?」


首を傾げていたディヴィッドに、ショーンは苦笑を漏らした。


「もしかしたらイライジャってガキも過去に誰かに裏切られた事があるのかもしれないな…。
俺もあのくらいの歳に教師から裏切られた事があるから分かる」
「え、そうなのか?」
「ああ…。一度、信じてた人に裏切られると…次もまた裏切られるんじゃないかって大人を信じる事が怖くなるんだよな…」
「そっか…。でもお嬢さんなら信じても絶対に裏切らないぜ、きっと」


ディヴィッドは呑気にそんな事を言ってヘラヘラ笑っている。
そんな弟にショーンは苦笑いを浮かべた。


「それは俺達がお嬢の事をよく知ってるからだろ?あのガキには、まだ分からないだろうしな」


そう言って立ち上がると、ショーンは学校へと視線を向けた。


「…でもいつか…気付いてくれるかもな。お嬢は心のあったかい、信用の出来る先生だって」



(まあ、それまで生意気なのは大目に見てやるか…)



ショーンはそう思いながら、ふと優しい笑みを浮かべた。




















***保健室***










かすかにチャイムの音がして、ジョシュは見上げていた空から視線を外し、ベッドの方へ振り向いた。


「あれ…寝ちゃってんの」
「ああ…」


ベッドの脇に座って保健室に置いてあった"落書き帳"をペラペラと捲っていたレオが苦笑した。
さっきまで「イライジャくんが心配」だの、「オーランドくん遅くない?」だのと言っていたは、いつの間にか眠ってしまったようだ。


「どうする?チャイム鳴ったけど」
「ああ。でも…まだ動くのは無理だろ」
「だな…。このまま寝かせておくか」


ジョシュは窓際に寄りかかりながら煙草に火をつけ、時計に目をやった。


「どうせ次の授業は俺達のクラスだろ?だったら自習でいいじゃん」
「ああ。じゃあ皆に言って来いよ、ジョシュ」
「…は?何で俺が…レオが言ってくれば?」


レオの言葉にジョシュが目を細める。
レオもジョシュの言葉に目を細め―




「そんなこと言って…寝てるに何かする気なんじゃねぇの…?」




そう言ってゆっくりと立ち上がるレオ。




「あ?そりゃお前だろ、レオ」




そう言って吸っていた煙草を窓から投げ捨てるジョシュ。




「…………」


「…………」





暫し睨み合う二人――




先に口を開いたのは、ジョシュの方だった。






「昨日、ちゃんと聞くの忘れてたけど…お前、のこと好きなのか?」


「…お前こそ」


「答えになってねぇぞ」


「お前もな…」






再び睨み合う二人。





「…昨日の続きでもしたいのか?」


「受けて立つぜ?昨日はに止められて不完全燃焼だったからな…」





ジョシュの言葉にレオがニヤリと笑った。





「…んじゃ外に行くか」


「ああ。お前とマジでやるのはいつ以来かな」




そう言いながらレオは目を細めると唇の端を僅かに上げた。


と、その時……












「ん〜…フ〜センガ…」









「「――――ッ」」










モソモソとベッドの上で動いたが小さな声で呟いたのを聞いて、それまで睨みあっていた二人は、互いの顔からへと視線を向けた。




「「…風船が…??」」




確かにそう聞こえて、レオとジョシュは一瞬、呆気にとられた。


が、次の瞬間、またしてもが寝返りをうち、口元を緩ませながら――


















「…フ〜セン…ガムが…食べたい…ムニャ…」
















……………………………。





















「………ぶ…っ!」




「ぅはは…っ!!」









一瞬シーンとした後、二人は思い切り噴出してしまった。






「あはは…フ〜センガムって何だよ?」
「つか、どんな夢見てんだ?コイツ…!」





の寝顔を見ながら大笑いをしていると、、その声で起きたのか、がパチっと目を開けた。




「な、何…?!」




目覚めた瞬間、大きな笑い声が響いていて、はビックリしたように目を丸くした。
そして、その顔すらもツボに入ったのか、二人は再び腹を抱えて笑っている。


「ぷ!見ろよ、あの顔!子供かっつーの!ぶははっ」
「実は歳ごまかしてたりしてな?ぁははっ」


そんな事を言い合いながら未だ爆笑している二人を見て、はキョトンとした後、すぐにむぅっと唇を尖らせた。


「ちょ、ちょっと!二人して何笑ってるのよー」
「はは…が笑わせたんだろ」
「は?」
「ほんと、ほんと!…ったく何がフ〜センガムだよ…はははっ」
「????」


二人の言葉には首を傾げていたが、それでも笑い続けているレオとジョシュを見て、
何だかよく分からないが自分も楽しくなってきた。


「もしかして…ずっとついててくれたの…?」
「え?あ〜」
「まあ…」


やっと笑いがおさまってきた二人は、の言葉に照れくさそうに顔を反らした。
が、は嬉しそうな顔で、「うふふ…v」と笑っている。
それにはレオもギョっとして目を細めた。


「…何笑ってんだよ…気持ち悪いな」
「だって…嬉しいんだもん」
「怪我してんのに何が嬉しいんだよ…」


ジョシュも呆れたように溜息をつく。
するとは二人に微笑み、




「レオくんとジョシュくんがついててくれたから」


「「…………」」




普通、授業サボっちゃダメじゃない、とでも言うところ。
なのに、コイツときたら……


そう言いたげに顔を見合わせる二人。
だが、すぐにそれも笑顔に変わる。




「…そういや、幸せそうな顔で寝てたな」


「え?」


「そうそう。何かいい夢でも見た?」





ニヤニヤしている二人を交互に見ながら、は首を傾げた。





「さあ…?覚えてないけど…どうして?」


「いや、別に。なあ、ジョシュ」


「ああ…」



そこでまた笑いが込み上げてくる。
するとは時計を見て慌てたように体を起こした。


「い…痛…」
「バカ、動くなって」
「まだ寝てろよ」
「だ、だって授業…っていうか…オーランドくんはまだ…?」
「ああ、アイツなら―」


レオがそう言いかけた時、勢いよくドアが開けられ、オーランドが顔を出した。




「やっほー♪ただいま〜!リジー連れてきたよ〜♪」




そう言ってドアの方に振り返る。


が…





「おい…リジーの奴、どこにいんだよ」
「あ、あれ?!今、そこまで来たのに…っ」





オーランドは慌てて廊下に顔を出した。
だがイライジャの姿はどこにもなく、ガックリしながら保健室へと戻る。



「先に教室戻っちゃったみたい…」
「あっそ。まあ、でも戻って良かったじゃん」
「ああ。よく見つけてきたな」



そう言ってジョシュはオーランドの肩をポンと叩いた。
するとは心配そうに、「イライジャくん、落ち込んでなかった?」と尋ねる。


「大丈夫だよ?俺がちゃんと説明したし!それに、こんな誤解くらい俺らにしたら日常茶飯事だしさ☆」
「そんな…」
「バーカ、そんな風に言ったら、がますます気にするだろ」
「え?あ…」


ジョシュにたしなめられ、オーランドは慌てて首を振った。


「あ、あのちゃんが気にする事ないからさ!リジーの奴も気にしてないし―」
「…うん…。でも後で謝ってくるわ」



はそう言ってオーランドに微笑んだ。



「ありがと、オーランドくん」
「あ、う、うん…いいよ、これくらい。俺はリジーの友達だし」



オーランドの、その言葉に、は優しく微笑んだ。



「ところで…俺がいなかった間、何かあった?」



いきなり話を変えたオーランドに、レオとジョシュは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。



「ああ…まあ…の寝言が聞けたって事くらいだな」
「えっ?!ちゃんの?!」
「な、う、嘘でしょ?私、寝言言ってた?」



レオの言葉には顔を赤くした。
オーランドはオーランドで楽しげに笑うと、


「え、何て言ってたの?教えて、教えて!」
「さあ〜?何だったっけ、ジョシュ」
「…ああ…あまりに笑いすぎて忘れたかも」
「えぇ〜!そんな面白いこと言ったの?教えてよー!」
「ちょ、ちょっと二人とも!言わないでっ」



の慌てように、また笑い声が響く。


その笑い声は二時間目の授業を告げるチャイムと混ざり、明るく廊下に響き渡った。


それは廊下に隠れていたイライジャの耳に、とても楽しそうに届いて、つられて、つい笑みが浮かんだ。






…ったく。保健室で騒ぎやがって、サボってるのバレるぞ…?
でも…アイツを気に入ったのはオーランドだけじゃないって事か…






軽く息をついて寄りかかっていた壁から離れると、イライジャは保健室のドアに視線を向ける。





その瞳は、どこか寂しげで、少しづつ変わっていくクラスメートを羨んでいるようにも見えた――



















暴れだす
















あぁ 神様。




オレは何様ですか。




     どうしていつも間違えるのか。




悩みは絶えず、オトナになれず。




          眠れぬ夜を今日もまた…





       あぁ 笑って誤魔化すこともできないままに。




あぁ 胸が暴れ出す。暴れ出す。






        誰かそばにいて――


















モドル>>


Postscript



久々に更新ですー(´¬`*)〜*
最近、この作品にもWEB拍手や投票処にて、嬉しいコメントを頂いてまして、
ホントにありがとう御座います!
いつも励みになっております、ハイ!
最近ホント疲れ気味&スランプでしたが、この連休に少しリフレッシュしたいと思っております。




50万HIT、御礼記念。
いつもありがとう御座います。
感謝を込めて…。



C-MOON管理人HANAZO