「ヴィゴ、今、もしかして恋してる? 」








ぶほっ








「うーわぁー!ヴィゴ、大丈夫?」







かつての旅の仲間だった、そして今は"世界の恋人"なんて呼ばれている男、
オーランド・ブルームが慌てて椅子から立ち上がった。
だが、それを静止し、自分でタオルを取りに行く。
その隙に跳ね上がった鼓動を何とか鎮めた。



ここは私の家。
と言ってもサンタモニカの自宅ではなく、ここはダウンタウンにほどちかいアパートメント。
最近は、ここをアトリエ代わりに使っていて場所は息子とか、ごく親しい人間しか知らない。


つい今朝方、こっちに仕事で来たというオーランドから突然の電話。


『ヴィゴの新しいアトリエに行ってみたい』


なんて言われ、いきなりの訪問をうけた私は内心、ドキドキしながらも出迎えた。
と言ってもオーランドに会えるからとドキドキしていたわけではない。(当たり前だが)
ただ、家族のように大切な友人にも知られたくない事だってあるのだ。






「あ、ヴィゴ、大丈夫ー?」
「ああ・・・・・・」





リビングに戻れば、オーランドは私の描いた絵を眺めていた。
それを見て、私は慌てて、その絵に布をかけ、オーランドを睨む。





「勝手に見るな」
「だってー。これだけ布なんてかけてあるし気になるだろ?」
「こ、これは描きかけなんだ!」
「ふーん」





動揺を隠しつつ、そう言って絵を部屋の端に置いた。
ったく油断も隙もあったもんじゃない。






「奇麗な人だね」



「ぅ・・・・・・っっ」








バっと振り返ればオーランドのニヤケた顔。
その顔に嫌な予感がした。







「その人が今の恋人・・・・・・?」
「・・・・・・ち、違う!この女性は・・・・・・モ、モデルを頼んだだけで・・・・・・」
「えぇー? でもヴィゴ、恋人出来ただろ?」
「な、何でだ?」
「だって何となく・・・・・・この部屋、女性が出入りしてるような雰囲気だしさー」
「は? 何で、そんな事が分かるんだ・・・・・・?」







バクバクしている心臓を何とかおさめようと、さり気なく尋ねればオーランドは手を顎に当てつつ考え込んでいる。






「いや・・・・・・部屋が奇麗だしさ」
「それは私が・・・・・・」
「いーや!確かにヴィゴは奇麗好きでホテルの部屋とかはちゃんと片付けてたけどアトリエだけは、いつも散らかしてただろ?」





い、嫌な事を覚えている奴だ。






「なのに、ここは何だか片付けられているし、それにほら!」
「な、何だ?」






ドキっとしてオーランドの指を指す方向へ視線を向ければ、そこには・・・・・・









「花なんて飾ってあるし」
「こ、これは・・・・・・っ」
「ヴィゴ、花はよく女性に贈ってたけど、こんな風に部屋に飾ってたことなんてなかっただろ?」
「う・・・・・・」






どう? 当たってるだろ? なんて顔でオーランドはますますニヤニヤしている。
出会った頃と違って、オーランドも今日までに色々な経験をしているからか、前よりもなかなか鋭くなっているようだ。








「さあ、答えてよ。新しい恋人なんだろ?」
「オ、オーランド・・・・・・ちょ、ちょっと出ないか? その辺のカフェでコーヒーでも・・・」
「何でさー? ここにいたらマズイことでも?」
「そ、そうじゃなくて・・・」
「あー分かった!彼女が来るから? いいじゃん、俺にも紹介してよ」
「ち、違う、来ないよ!だいたい私に恋人など――」






キンコーン





「――っっ!!」


「あ♪誰か来たよ」







オーランドはニヤリと笑って紅茶を口に運びつつ、エントランスの方を指差している。







「早く出たら?」
「わ、分かってる・・・!」







内心、冷や汗を流しながらも冷静を装い、私は軽く咳払いをしてドアの方に歩いて行った。


いつもなら・・・この瞬間が待ち遠しくて仕方がないのに今だけは誰か他の人であって欲しい・・・なんて思ってしまう。
だが、ここは限られた人しか知らない部屋だ。
そんな事はありえない。


覚悟を決めて私はゆっくりとドアを開けた。









「あ、ヴィゴ。こんにちは」



「やあ、








そこには腕に溢れるほどの花を抱えた眩しいくらいの笑顔の彼女。
この笑顔を見るたびに、年甲斐もなく胸がドクンと高鳴るのを感じる。









「今日は角のパン屋さんがサービスで、これをくれたの。一緒に食べようと思って」







彼女はそう言って、もう片方の手に抱えた大きな袋を見せた。
片手に花束、片手に大きな袋を抱えてる彼女に思わず笑顔になるも、すぐにその袋を持ってあげた。
だがリビングにいる友人の事を思い出し、いつもなら、すぐに中へと言うところを今日は彼女を見つめたまま口を開いた。






、えっと実は・・・」
「・・・どうしたの?」
「友人が・・・来ててね、その・・・」
「え? あ・・・じゃあ・・・帰った方がいい?」
「い、いや、そういう意味では・・・」



「せっかく来た彼女を追い返しちゃ可愛そうだろ?」



「え?」
「―――オ・・・オーランドっ」







不意に後ろから声が聞こえて振り返ると、そこにはオーランドが爽やかな笑顔を見せて歩いて来た。







「あ、あの・・・ヴィゴの・・・お友達・・・?」
「あ、ああ・・・そうなんだ・・・。えっと・・・」
「僕はオーランド。ヴィゴとは5~6年以上前からの付き合いなんだ」
「あ、そうなんですか。私はと言います。ヴィゴとは今年に入ってから知り合って・・・」
「そーなんだ。ああ、ヴィゴ、いつまでもレディーを立たせておくものじゃないよ? 」
「あ、ああ・・・。、どうぞ?」
「でも・・・・・・」







もう諦めて彼女を中へ促せば、は少しだけ私の様子を伺うように視線を上げてきた。
きっと友人が来てるのに入ってもいいの? とでも言いたいのだろう。
そんな彼女に微笑み、そっと肩を抱いた。






「・・・気にする事はない。彼は・・・本当に信用できる友人だから」
「・・・・・・」





私の言葉には小さく頷き、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
彼女なりに気を使っているのだろうと少し胸が痛くなる。




オーランドは呑気にリビングに戻るとにソファを勧めた。
人懐っこいオーランドにも警戒心を解いたようだ。


だが私が彼女の為にコーヒーを淹れようとキッチンへ立つと、少ししても隣へ歩いて来た。






「ヴィゴ、私やっぱり今日は帰るわ?」
「え? どうして?」
「・・・・・・」







私の問いには少しだけ目を伏せ、そしてチラっとリビングの方に視線を向けた。







「バレちゃったみたいなの・・・・・・」
「え・・・?」







はそう言ってゆっくりと、その奇麗な左手を私に見せる。
その細い薬指には銀のリングが光っていた。
それだけで彼女の言いたい事が分かり、そっと、その手を握り締める。







「気にすることはない。彼は信用出来る」
「でも・・・・・・」
「いいんだ。私から彼にちゃんと説明をするから」






そう言っての額に軽くキスをすると、は嬉しそうに微笑んだ。
だが私の手から自分の手をそっと離すと、






「私・・・下のカフェに行ってる・・・」





と呟いた。
それには何も言えなくなり、もう一度、今度は彼女の唇に自分の唇を重ねる。







「後で・・・迎えに行くよ・・・」
「うん。でも・・・無理しないで・・・?」






はそう言うと静かに部屋を出て行った。
その後姿を見ながら軽く息をついてリビングに戻ると、
オーランドは普段、あまり見せないような神妙な顔つきで私を見る。







「彼女・・・は?」
「うん・・・。下のカフェに行った」
「そう・・・ごめん、俺が顔に出しちゃったから・・・」
「いや、いいんだ。大丈夫」







そう言ってソファに座るとオーランドは軽く息をついて顔を上げた。











「彼女・・・・・・結婚してるんだね」


「ああ、そうだな・・・」


「ほんとに・・・・絵のモデルってだけ?」


「・・・・・いや・・・」


「・・・好き・・・なの・・・・・・?」


「・・・・少なくとも私は・・・彼女を愛しているよ」


「ヴィゴ・・・・」








はっきりと、そう告げればオーランドは驚いたように目を見開いた。










「でも・・・・・・それでいいの? もし世間にバレたら・・・」
「彼女は私の仕事は知らないんだ」
「え?」
「だから・・・・・・何も言わないで欲しい」
「知らないって、え? ほんとに?」
「ああ。まあ・・・・・・はその・・・そういう事に疎いんだ・・・」
「だからって・・・・・・」
「言ったら・・・・・・は私の立場を考えて私から離れようとするだろう。だから・・・言っていない」







小さく息をついて、そう言うとオーランドは眉を下げて肩を竦めた。







「分かった・・・。じゃあ・・・俺も言わないよ・・・。でも・・・こんなこと続けてたら――」


「分かってる。でも・・・・・彼女を放ってはおけない」


「どういう・・・・・・意味・・・? だいたい、どうやって知り合ったんだよ?」








オーランドはソファに凭れて先ほどの彼女の絵に視線を向けた。
私も絵を眺めると、最初に彼女を見た時の事を思い出す。






まるで傷ついた子猫のように怯えていた姿を――










あれは・・・・・・映画のロケから戻って来た、ある寒い夜の事だったか・・・・・・


























――Before half a year......














ロケから戻り、昼まで自宅で寝た後に、私は借りたばかりだった新しいアトリエへと向っていた。
やっと長い撮影が終って、今度は絵の方に集中したいと思っていた私は、
画材道具を一色持って夜中近くに車を走らせ、ダウンタウンにあるアトリエ代わりのアパートメントへ急いでいた。
夜中近くと言うことで一本中路地へ入れば人通りや車も少なくなる。
そのせいで少しだけ気が緩みスピードを上げて行った。
だが、もうすぐで目的地へ着くという辺りで一瞬、前方に影が見えた気がして慌ててアクセルを踏んだ。
キキキキ・・・・・・っというタイヤの擦れる音が響き、私はハンドルを切った。












「・・・・・・・・・・・・」





顔を上げれば車は停車していて道路の右端に寄っていた。


轢いてはいないはずだ。
衝撃はなかった。


そこはホっとして息をつくと、すぐに車を降りる。
今、前を過ぎったのは人なのか、それとも野良犬か何かか・・・・・・
ドキドキしながら歩いて行くと、その影が車の前で動いてハっとして足を止めた。




「・・・・・・つ・・・っ」



「君・・・大丈夫かいっ?」







そこに倒れていたのは小柄な女の子で私は血の気が引く思いで駆け寄った。




「これは酷い・・・怪我したのか?」




その子を見れば、所々にアザのような傷があり、顔も唇の端が切れていて血が出ている。
一瞬、やはり、ぶつけてしまったか? と思った。
だが、その子は怯えたような目で私を見上げると小さく首を振った。





「ぶ・・・ぶつかって・・・ませんから・・・・・・」
「え?」
「だ、大丈夫です・・・」
「大丈夫って・・・だって、その傷・・・」





そこまで言ってからハっとした。
これは車にぶつかって出来た傷じゃない。
確かに膝は擦りむけていて、これは転んだから出来たものに見えるが、顔や腕の傷は転んで出来たものというよりは・・・
そう・・・誰かに"殴られて"出来たような傷だった。





「君・・・・・とにかく病院に・・・」
「・・・い、いいです・・・っ。ほんと大丈夫ですから・・・っ」





彼女の体を支えながら、そう言えば慌てて腕を振り解かれ驚いた。
やっぱり誰かに暴行されたのか、と彼女の服装を見たが着衣に乱れはなく、レイプされた様子もない。
だが調べて見ない事には分からないし、傷だらけの女性を、このまま放っておくわけにもいかない。






「君・・・この辺に住んでるのかい?」





怖がらせないように優しく尋ねれば彼女は小さく頷いた。



では・・・病院ではなく家まで連れて行ってあげた方が・・・彼女も安心するだろうか。




そう思ってもう一度彼女の顔を覗き込んだ。






「病院が嫌なら・・・家まで送ろう。立てるかい?」
「・・・・・・っ」
「え?」





彼女は私の言葉に先ほど以上に怯えたような顔で首を振った。
どうやら家にはもっと帰りたくないらしい。
まあ、この格好では分からないでもないが、こうなると私も困ってしまう。





「じゃあ・・・今、どこに行こうとしてたのかな・・・? こんな時間に女性一人で歩いては危ないよ」
「・・・・・・げて・・・来たんです・・・・・・」
「え?」






震える唇が何かを呟いた。
よく聞き取れず、耳を寄せ聞き返すと彼女はもう一度、怯えたように声を震わせた。







「・・・逃げて・・・・・・来たんです・・・・・・い、家から・・・・・・」


「・・・何だって・・・家から・・・っ?」







その女性の言葉に私は唖然とした。























「さ、これで大丈夫だろう」
「・・・あ、ありがとう御座います・・・」





傷の手当てを終えると、彼女はやっとかすかだが笑顔を見せてくれた。
結局、あのまま放っておく事も出来ず、仕方なく自分のアトリエでもあるアパートメントへと連れて来てしまったのだ。





「あ、あの・・・本当に申し訳御座いません・・・」
「いや・・・そんな事はいいんだが・・・・・・」






私はそう言うと目の前で遠慮がちに目を伏せる女性を見つめた。
名前を""とだけ名乗った、その女性は日本人特有の奇麗な黒髪と瞳。
そして折れそうなほど細い肩がかすかに震えていて、まだ怯えてるんだと言う事は分かった。



彼女に一体何があったのだろうか?
この傷は誰かに故意に暴力を振るわれたものだ。
レイプ目的での暴行か、とも思ったのだが、そういう感じでもない。
それとなく手当てをしている時に聞いてみたが、彼女もハッキリと否定した。
と言う事は・・・・・・



そう思いながら、彼女の白く奇麗な手に目が奪われた。
膝の上でギュっと握りしめられた手。
その指には、かつて自分もしていたことのある輝きがあった。











「君・・・・・・結婚しているのかい・・・?」


「・・・・・・っ」






ああ、思ったとおりだ。
今の驚いた表情、その大きな瞳にかすかに浮かんだ恐怖の色。





そうか・・・そういう事なら・・・・・・家に帰りたくない理由が理解出来る。











「家は・・・ここから近いのかな・・・」
「や、やめて・・・っ。家には連絡しないで下さい・・・っ」
「お、落ち着いて・・・!何も連絡しようってんじゃないから・・・」






怯えながら訴えてくる彼女を安心させるように宥めれば、奇麗な黒い瞳に涙が浮かぶ。
そっと隣に腰をかけ、握りしめている彼女の小さな手を優しく包んだ。





「もし・・・・・・家族に暴力を振るわれているのなら・・・・・・ちゃんと警察に行った方がいい・・・」


「・・・・・・・・・っっ?」


「・・・君を見ていれば分かるよ・・・。こんな時間に怪我だらけで出歩いていて、病院にも行きたくないと言う・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「そして家にも帰りたくないなんて・・・・・・どう考えても普通じゃないからね」





私がそう言うと彼女は黙って目を伏せた。










「君に暴力を振るっているのは・・・・・・旦那さんなんだね?」






その質問に彼女の手がピクっと動いた。
そしてキュっと唇を噛み締め、涙が零れるのを堪えているように見える。
その姿が健気で胸が痛んだ。





こんなにも小柄な女性を、こんな傷つくまで殴るなんて、相手の男は最低だ。
どうかしてる・・・・・・
と言って・・・・・・知り合ったばかりの他人の私に何が出来るというのか・・・・・・
結局は他人の家のことになってしまうのだ。
このアメリカでは家庭内での暴力は非常に多く、そういう事情での離婚訴訟もまた多い。
だが、それは本人の離婚したいという固い決心が必要で、
また決心したからと言って、すぐに離婚が出来るということでもない。


夫婦のことは夫婦にしか分からない。
そう・・・・・・私も前に経験した事がある。
私の場合は・・・・・・暴力が原因ではなかったのだが・・・・・・




ふと昔の事を思い出し、苦笑が洩れる。
そして彼女の手をそっと離すとコーヒーでも淹れようと立ち上がった。
すると彼女は急に私の腕を引っ張った。






「どこにも行かないよ。コーヒーを淹れようと思ってね」
「あ・・・・・・ご、ごめんなさい・・・」




彼女は恥ずかしそうにパっと手を離し、頬を薄っすらと赤くした。
そんな彼女が可愛らしくて思わず笑顔になるが、ただちょっとだけ心配にもなる。





・・・」
「は、はい・・・」
「ここまで連れてきたのに何だが・・・君は少し警戒心というものを持った方がいい」
「え・・・?」
「もし私が悪い男なら・・・今頃、君は、とっくに押し倒されてるよ?」
「・・・・・・・・・っ」




彼女は私の言葉に更に頬を赤らめた。
だが、少しだけ目を伏せ、小さく首を振る。






「あなたは・・・そんな悪い人には見えないもの・・・」


「そうかい? 何だかそう言われると押し倒しにくくなってしまったな」


「え? やだ・・・」





おどけて言った私のジョークに彼女はクスクスと笑い出した。
初めて見る彼女の無防備な笑顔はとても奇麗でドキっとする。
口元に添えた手が奇麗で思わず見惚れるほどに。





「じゃ、コーヒーを淹れるよ」






私はそう言ってリビングを後にした。

























「それで・・・?」


「・・・・・・次の日の朝、目が覚めたら彼女はいなくなっていた」











あの夜を思い出しながら、ゆっくりと顔を上げてそう言うとオーランドの真剣な瞳と目が合う。







「いなくなってたって・・・・・・」
「あの夜は・・・何度もコーヒーをお代わりしながら彼女の話を聞いていた。そして気づけば眠ってしまってね。
起きたら・・・彼女はどこにもいなかった。思わず、夕べのことは全て夢かと思ったよ」






そう言って肩を竦めると軽く息をついた。
オーランドはと言えば驚いたような顔をしながらも私を見つめ、気まずそうに目を伏せる。





「じゃあ・・・また再会したのは・・・・・・?」
「・・・・・・そうだな・・・。その日から・・・三日後だったかな・・・」
「どこで・・・? もしかして・・・探したの?」
「いや。確かに・・・気にはなったが、その時はファーストネームしか知らなかったしね。探しようもない。再会したのは・・・」






そこで言葉を切ると、あの日の事を思い出すように私はエントランスに視線を向けた。







「彼女が・・・尋ねてきたんだ」
「え? 彼女から・・・ここへ・・・?」
「ああ。また・・・体に傷を作ってね・・・」
「・・・・・・・・・っ」






そうだ・・・あの日も・・・私は夜になって、ふと絵を描きたくなり、ここへとやってきた。
何となく・・・描きだしてしまった"彼女"の絵。
それの続きを描こうと、ここへ来て、いざ描こうと筆を持った時、チャイムが鳴った。
この場所を知っている人間は限られている。


私はその時、何となく予感があったのかもしれない。


彼女が・・・が私に助けを求めに来たと――






ドアを開けた時、彼女の姿を見て息を呑んだ。
怪我が治るどころか増えている。
それを見た時、何も言わず彼女を中へ招き入れ、また黙って怪我の手当てをしてあげたのだ。


酷く・・・胸が痛んだ。
何も出来ない自分に苛立ちさえ感じた。
何故、知り合ったばかりの名前しか知らない彼女の事を、こんなにも心配しているのか、自分でもよく分からなかった。
ただ・・・・・・それ以来、は時々アトリエに来るようになったのだ。
いや・・・"何か辛いことがあれば来るといい"と・・・私が言ったんだった。
それ以来、は私を訪ねてくるようになり、私は遠慮がちな彼女が来やすいように、と
"絵のモデルになって欲しい"と頼んだ。


そして・・・気がつけば彼女は私にとって・・・とても大切な存在になっていた。
心も体も傷つきながら、それでも笑顔を忘れない彼女を、私は愛し始めていたのだ。
そして彼女もまた私の素性も知らないまま、同じ想いを抱いてくれてたようだ。


互いに名前しか知らない関係のまま、時々、ここで会うだけ。
どこに行くでもなく、少しの時間を二人で過ごす。
これでいいはずがないと思いながら、それでもを手放せなくて・・・・・・












全てを話し終えるまで、オーランドは黙って聞いていてくれた。
そして、ゆっくりと顔を上げて私を見つめる。







「どうにも・・・出来ないのかな・・・」
「・・・私の気持ちだけではな・・・」
「どうして? 彼女は・・・? 彼女だって、そんな暴力を振るうような男とは別れてヴィゴと・・・」
「そう・・・簡単には行かないさ・・・」
「何でだよ? 夫婦間でも暴力を理由に訴える事だって出来るだろ?」






オーランドは必死になって、そう言ってくれた。
その気持ちは伝わり胸が熱くなる。






「そうだな・・・。だけど・・・彼女の意志もある」
「彼女が・・・離婚したがってないってこと・・・?」
「さあ・・・な。聞いた事がない」
「どうしてさっ!聞けばいいだろ?」






ムキになって、そう言ったオーランドに私は軽く笑みを零した。






「聞くのが怖いんだ」
「・・・・・・え?」
「おかしいか?」
「ヴィゴ・・・・・・」







軽く息をついてソファに凭れると驚いたような顔のオーランドと目が合う。
その真っ直ぐな瞳は何が怖いんだ? とでも言いたげだ。





「一度・・・・・・一度だけ、見た事があるんだ」
「・・・何を?」
「彼女と・・・旦那が一緒のところだ」
「・・・・・・・・・・っ」
「仲良さそうに手を繋ぎながら・・・買い物をしていた」
「まさか・・・!そんな男と・・・」
「いや・・・・・・それは分からないさ。夫婦の関係には部外者には分からないことが色々とある」
「だからって暴力を振るう男を愛してるとでも?」
「・・・・・・愛してるかもしれないだろう?」
「そんなはずないよ。だって現に逃げてきたんじゃないの? 最初に会った時にさ・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」








私は何も言えなかった。
他人には分からない事があるのだ。
まだ結婚をした事のないオーランドには分からないのかもしれない。








「私も・・・・・・本気で逃げてきて欲しいさ・・・」



「ヴィゴ・・・」









本気交じりで、そう呟けばオーランドもそれ以上、何も言わなかった。



ただ・・・帰り際、"彼女に宜しく"、と言って帰って行った。































カラン・・・とドアを開けて鳴る鐘の音にカウンターに座っていたが振り向いた。







「ヴィゴ・・・」
「悪かったね・・・」
「お友達は・・・?」
「うん・・・。今、帰ったよ」
「そう・・・」
「さ、上に戻ろう」







の肩を抱いてそう言えば、彼女はホっとしたような顔で微笑んだ。
マスターにコーヒー代を払い、そのまま二人で店を出る。






「お友達・・・何か言ってた・・・・・・?」







アパートメントに入った時、小さな声で尋ねるに私は優しく微笑んだ。






「奇麗な人だねってさ」
「うそ・・・」
「ほんとだよ。帰り際、に宜しく言っておいてと言ってた」
「・・・・・・そう・・・」





そう言うとはホっとしたように微笑んだ。
きっと不安だったのだろう。
オーランドが私と彼女の関係を快く思わないとでも思ったのか・・・







「お腹が空いたな」


「あ・・・じゃあランチ作るね」


「ああ、さっきの焼きたてのパンもあるしな」


「あそこのパン、凄く美味しいのよ?」


「そうか。楽しみだ」







そう言って部屋の中へ入るとすぐに私は彼女の細い腰を抱き寄せた。








「ヴィ、ヴィゴ・・・?」


「・・・早く・・・・・・抱きしめたかった・・・」







そう言っての背中に腕を回してギュっと抱きしめると、彼女から漂う甘い花の香りが鼻を突いた。
こうして彼女の体温をこの腕に感じると、心の底からホっとする。
ガラにもなく鼓動が早いのを彼女に気づかれなければいいが・・・と思いながら少しだけ体を離した。





恥ずかしそうに俯く彼女の額にそっと口付け、顔を上げさせると、最後に唇を塞ぐ。








背中に回した腕の力が自然と強まり、少しづつ彼女の細い腰に降りて


更に抱き寄せると、互いの熱が交じり合うくらいのキスを仕掛けた。




























行 き 先 の 見 え な い 恋 











     
を、 そ れ で も 大 切 に し た く て―――





































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ウッキー!悲恋チックでごめんなしゃい(汗)
すっごい思いついちゃって、誰で書こうかなぁとか思ったんですが、
ここは大人なヴィゴでしょうかねー、うん。
結婚の経験もある方ですしね!
初ですね、既婚者のヒロインって^^;
これで続きとか思いつけば・・・またフラーっと書くかも・・・
え? 暗いですか? (笑)