夢を見たんだ。



彼女と二人、朝日の入るリビングで仲良くコーヒーなんて飲んでいる。



夢の中での私達は仲のいい夫婦だった。






覚えているのは・・・・・・彼女の幸せそうな笑顔――


















この前のオフ。
画材道具を買いに近所へ出た時、を見かけた。
思わず息を呑み、すぐに背を向けた私はドキドキとうるさい心臓を鎮めるのに何度か深呼吸をした。
普通なら声をかければいいのかもしれないが、その時の彼女は一人ではなかった。



そう・・・彼女の奇麗な手を握る存在が隣にいたのだ。




それは私がから話だけは聞いている・・・・・・彼女の夫だった。
その男の指にも彼女とお揃いの輝きがあるのを見て、ドキドキしていた胸の奥がズキンと痛んだのを覚えている。


端から見れば仲のいい夫婦にさえ見えるものだから、実は彼女の話は嘘なのではないだろうか? とさえ思ってしまった。
彼女の夫は買い物袋を持ってやり、優しい笑顔をに向けている。
あの男が本当に、あんなに酷い暴力を振るうのか? と首を傾げたくなるほど。
も夫に微笑を返し、いつも私に見せる怯えた顔とは全く違う。
あの傷を見てなければ、彼女の口から夫が暴力を振るうと言われても信じなかったかもしれない。


"まさか、あの旦那が"


そう思ったはずだ。




だからなのだろうか。
彼女が夫の暴力について誰にも相談した事がないと言っていたのは。
あの優しそうな顔しか見てない人ならば、の話は嘘だと思ってしまうに違いない。
だから彼女は一人で夫の暴力に耐えているのだろうか・・・・・・
それでも・・・・・・彼を愛しているのだろうか。


今まで何度も聞こうと思って聞けなかったこと。


その"答え"を垣間見たような気がして、私はその場を後にした。
























『今日もアトリエに泊まるの?』
「ああ。ちょっと描きあげたい絵があってな。一人で大丈夫か?」
『うん。僕は全然、平気だけど・・・。ダディも少しは食事とかとってよ? 描き始めたら食べやしないんだから』
「分かってる。じゃあ明日の夕方には戻るから」
『OK!じゃあね、ダディ』





そこで電話が切れ、私は軽く息をつくと携帯を閉じた。
そして目の前のキャンバスに目を向ける。
本当は出来上がっている絵。
だが最後の仕上げがしたくて、私は筆を持った。
そこには彼女の少し寂しげな微笑が描かれている。
儚い、だけど強い意志のある黒い瞳・・・流れるように伸びている黒髪。
彼女の全てが私の胸の中にすんなりと入り込んできてしまう。



背景には輝く太陽の日差し。
その光りに当たりながら、少し寂しげに微笑み、真っ直ぐに私を見つめている絵の中の女性に私は静かに筆をおろした。
それから、どれくらい経ったのか、明るかった部屋にオレンジ色の光が差して来た頃、
私はゆっくりと筆をおき、軽く息をついた。















「出来た・・・・・・」





絵の中に納まったを見つめて、私は自然と笑顔になる。
ソファに座り、少し体を傾けながら、こちらに微笑みかけている彼女。
細く奇麗に伸びている手は膝の上にあり、その指にはあるべきはずの輝きは描かれていない。
絵の中だけでも・・・私だけの傍にいてくれる、私だけの彼女であって欲しいとの思いで敢えてそうしたのだ。
夕日が差し込む中、見る彼女の絵は自分でも最高に美しいと思った。
彼女を描けて幸せだったのだ。


これを・・・・・・公の場に出す事は出来なくても・・・・・・



煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込みながら私は椅子に凭れて暫く黙って絵を眺めていた。
まるで本当に、彼女が目の前にいて私に微笑みかけてくれているような気さえする。


今日は一般の人にとっては休日。
彼女の夫はきっと家にいるに違いない。
だから・・・今日は彼女もここへは来れないはずだ。
それは分かっている。
なのに絵を見ながら思う事はただ一つ・・・



彼女に・・・・・・に会いたい・・・







「バカな事を・・・・・・」







軽く首を振り失笑する。
この前、見かけた二人の姿が浮かび、また胸を痛くさせる。
きっと休日は、あんな風に夫婦仲良く過ごしているに違いない。
そう・・・夫が暴力的になるのは酒に酔った時だけ、ケンカになった時だけで、後は仲のいい夫婦なのかもしれないんだ。



「コーヒーでも淹れるか・・・」




このままでは、ずっと絵を眺めてしまいそうで、私は静かに椅子から立ち上がり、キッチンへ向った。
お湯を沸かし、いつものようにコーヒーをおとすと、それをカップに注いでいく。



"少しは食事とかとってよ?"




ふと先ほど息子から言われた言葉を思い出す。
そう言えば今朝から何も食べていなかった。




「何か食べるか・・・」



そんなに空腹でもなかったが、とりあえず何かつまめる物はないかと冷蔵庫を開けてみる。
そこには、この前が来た時に入れていったミルクとサラダ用の野菜があるだけだった。




「はぁ・・・やはり出ないと何もないか・・・」




溜息をつきつつ、ガランとした冷蔵庫を見つめた。
だが、ふとミルクに視線がいき、ちょっとだけ笑顔になる。
これはが好きなミルクティーを飲む時に使うために買ってきたものだ。
彼女はコーヒーよりも紅茶が好きらしく、特にアイスミルクティーを、よく飲んでいた。
最初はコーヒー好きな私に合わせて飲んでくれていたが、いつからかミルクを買って来て
自分でミルクティーを作るようになった。
私は甘ったるいミルクティーは飲めないが、それを美味しそうに飲んでいるは、まるで少女のように可愛らしい。




「さて・・・買い物にでも行くか・・・」




いつまでも会えない彼女の事を考えていても仕方がない。
静かに冷蔵庫を閉めると私は財布を手にエントランスへと向った。
そしてドアノブに手をかけようとした、その時――







キンコーン・・・





「・・・・・・っ?」







突然、チャイムが鳴り、ドキっとして手を引っ込めた。
一瞬で鼓動が早くなり、声をかけることすら忘れながら、それでも確めたくてドアノブに手をかける。




「・・・どちら様・・・?」





思い切って発した言葉は掠れていて自分でも緊張しているのが分かった。


そしてドアの向こうから、か細い声が聞こえてきた――















「・・・・・・ヴィゴ・・・?」





・・・?!」









まさか来るはずのない人の声に、私はすぐにドアを開け、そして愕然とする。






「ヴィゴ・・・・・・いたのね・・・」


・・・!どうした・・・っ?」








どうした?


そんなの聞くまでもない。



倒れるように抱きついて来た彼女の体は震えていて、腕にはいくつかの擦り傷があったのだから。










「また・・・・・・彼が・・・」
「と、とにかく中に入りなさい・・・。傷の手当てをしないと・・・・・・」






を抱えるようにして中へと入れると私はすぐに救急セットを出してきた。
今では色々な薬を買って来ては置いておくようにしてある。
ソファに座ったは声も上げずに、ただ震えていた。
手をギュっと膝の上で握りしめ、必死に泣くのを堪えているようだ。







「ほら見せて・・・・・・」





優しく頬を包み、顔を上げさせると、口元が切れて血が出ている。
それを見た時、腹の底から怒りが湧いてきた。




「また・・・顔を殴られたのか・・・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・・・」




小さく頷く彼女が痛々しくて私は思い切り抱きしめてあげたくなった。
だが、まずは傷の手当てが先だ。
いつものように口元を消毒し、氷で冷やし、腕の擦り傷にも薬を塗っていく。
首筋にも、青アザが出てきて、これは服で隠すしかない。
服も少し裂かれていてトップスのボタンが一つ飛んでいた。






「・・・大丈夫か?」


「・・・ええ・・・・・・ごめんなさい・・・。ヴィゴしか頼る人がいなくて・・・・・・」


「いいんだ。分かってる・・・・・・。でも・・・どうして・・・また酒でも飲んでたのか・・・?」








いつも聞いているのは、旦那は酒に酔うと暴力を振るうと言う事だった。
だが今日のは私の問いかけに小さく首を振る。






「違うのか・・・? なら・・・どうして・・・」





の隣に座り、そっと肩を抱き寄せると、彼女は涙を溜めた瞳で私を見上げた。







「じ、実は彼・・・・・・別にお酒を飲まなくても・・・時々、こういう事があるの・・・」
「何だって?」
「ごめんなさい・・・・・・。ヴィゴにそう言えば、もっと心配かけると思って言えなかった・・・・・・」
「そんな・・・。じゃあ・・・普段でも、こういう事は、よくあるのか?」






驚いてそう尋ねるとはコクンと頷いた。






「彼・・・・・・凄く嫉妬深い人なの・・・・・・」
「え・・・? 嫉妬・・・って・・・」
「私が・・・・・・自分以外の男性と話すのさえ嫌がる人なのよ・・・・・・」
「そんなこと言ったって・・・」
「前は・・・そんな人じゃなかった・・・。それに私もこっちで暮らしていくのに
必死で近所の人ともコミニュケーションをとろうと頑張ったわ?
でも・・・・・・彼は私と近所に住む男性との仲を疑い始めて・・・・・・」









彼女の話はこうだった。


彼女の家の近所には独身で近くの銀行に勤める男が住んでいる。
その男性は凄く優しくてと旦那が引越してきて、その銀行に口座を作る際にも色々と協力してくれた。
そこから、その男性との近所づきあいが始まったようなのだが、そのうち旦那は、その男性との仲を疑い始めたと言う。
はと言えば、その男性は独身だから食事も大変だろうと、料理を作りすぎた時とかに彼に分けてあげたりしていた。
ただ、それだけなのだが商社に勤める旦那は家にいる時間も少なく、だからなのか、
自分がいない間にとその男性がこっそり会っているんじゃないかと疑い始めた。
そしてある日。
出張で家を開けていた旦那が突然、夜には家に戻って来たという。
その時、運の悪い事に、その男性はの家に来ていた。
それは別に浮気とかではなく、その男性が旅行に行った時のお土産を持って来てくれただけだったようで、
も、お礼に「じゃあお茶でも」ということになり、家に上げていただけ。
だが旦那は家に上がりこみ、自分の妻と一緒にお茶を飲んでいた男を見て逆上したという。


「やっぱりお前らはデキてたんだな!」


そう怒鳴り、その男性を殴りつけ、そしてにまで手を上げた。
その男性は驚いて、そのまま逃げ出したそうだが、旦那の怒りは収まらず、違うと理由を説明しようとしたを何度も殴りつけた。
その後に旦那はに謝ったそうだが、それ以来、何かあるたびに旦那はに手を上げるようになった。
買い物に行った先の男の店員、近所のご主人、前の仕事の同僚・・・・・・
が誰か男と接する度に旦那は浮気を疑い、こうして暴力を振るう。
旦那との結婚を反対されていたので日本に住む両親には相談出来ない。
そういう話が出来る友人もこっちにはいない。
は追い詰められていた。
警察にも相談しようと思ったが、そうすれば旦那が犯罪者になってしまうし、商社に勤める彼の経歴に傷をつけてしまうから、
どうしても出来なかったのだと、は泣きながら呟いた。


そう・・・そんな時、私と出逢った。


私は旦那が酒乱で酒を飲んだ時にだけ人が変わると思っていた。
だが、そうじゃなく暴力が日常的にあるのなら、ますます放ってはおけない。


しかし・・・私に何が出来るのか。
それでも夫を愛している・・・と言われれば、それでお終いなのだ。





私はの体をそっと包むように抱きしめた。


もし・・・ここで私の気持ちを言えば・・・は二度とここへは来てくれないんじゃないか・・・


そんな不安を胸の奥で感じながら、彼女の頭に口付ける。


は私にそんなものを望んでいないのかもしれない。
ただ時々、辛いことがあれば、こうして抱きしめてくれる腕が欲しいだけなのかも・・・・・・
もし私が本気だと・・・君を愛していると告げれば・・・・・・君を困らせてしまうだろうか。






「ヴィゴ・・・・? ごめんね・・・? いつも迷惑かけて・・・・・・」
「そんなことは思っていないよ・・・。私はただ・・・君が心配なだけだ」
「・・・・・・ヴィゴは・・・・優しいのね・・・」
「・・・優しいだけじゃ・・・何もしてあげられない」
「そんなこと・・・・」
「・・・君は旦那を愛しているんだろう・・・・?」
「・・・・・・え?」






彼女は私の問いかけに驚いたように顔を上げた。
私はただ黙っての揺れる瞳を見つめながら、静かに答えを待つ。
本当は聞くのが怖い。
だが、これ以上、真実から目をそらしているわけにもいかない。
こんな風に隠れて会うだけの・・・そんな関係を私は望んではいないんだ。












「さあ・・・・・・答えて、。 彼を・・・・・・愛している?」




「ヴィゴ・・・・・・」









切なそうに顔を歪める彼女の手を優しく握り締めた。




そして、ゆっくり目を伏せて首を振るを信じられない思いで見つめていた。








「今は・・・・もう・・・・・・」











小さな声で囁くような言葉が彼女の口から洩れる。



それを聞いて私は少しだけ抱きしめる腕に力を入れた。








私も・・・・・・覚悟を決めなければいけない――




















「本気で・・・・・・私の元へ逃げて来ないか・・・?」
















彼女の瞳がかすかに開かれ、大きな涙が零れ落ちた。

































崩れ落ちた砂の城・・・・・・













そんなものは捨ててしまえばいい。



































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ヴィゴ第二弾ー
あぁー不倫ですね!
ヴィゴで不倫と言えば・・・・・・「ダイヤルM」ですか? (笑)
あれも確か人妻との・・・・・・・・・・・・( ̄m ̄)
さぁー次は連載、どれか書いてきまーす♪