パート2、パート3、と長い長い撮影に入った。
最初にこの仕事を出来ると思った時は、やっぱり自然にガッツポーズが出た。
それだけ大きな仕事だったし、人気も凄い。
そんな作品に自分も関われるのだと思うと、緊張すると言うよりは、どこか誇らしい気持ちにもなったものだ。
当然、出演する俳優陣たちは大物ばかりで、人気も知名度もある人たちばかり。
だからクランクインした時は、ヘマをしないよう凄く気を遣っていた。
友達からは、ジョニーデップや、今をときめくオーランド・ブルームと一緒に仕事が出来るなんて羨ましい、と耳にタコが出来るほど言われたけど、
私にしたらキャーキャー言ってる暇などないし、「それどころじゃないわ」と言うしかなかった。




「もし仲良くなったら紹介してよ」




そんな事を言う子もいたけど、ハッキリ言って、有名人の彼らが、ただの衣装係の女と、仲良くなるはずもない。
彼らの周りには、美人でスタイルもいい女優陣が腐るほど群がっているんだから。
その中に割り込んで、彼らに顔を覚えてもらおうなんて思わないし、下手をしたら殆ど話す機会も、いや更に名前だって覚えてもらう事も出来ないだろう。
今までの仕事だって、そんな感じだったし、衣装合わせをしている時だって、無駄話なんて一切した事がなかった。
今度だって例外ではないはず。


そう―――そんな風にすら思っていたのに。












〜!衣装破れちゃったから縫ってー」




次の衣装の用意をしていると、フィッティングルームのドアを賑やかに開け放ち、この映画の主役級の俳優が現れた。
オーランド・ブルーム。
雑誌やTVで見かける、クセッ毛の彼とは違い、今はウィルという役柄に合わせ、髪をストレートにしている彼がニコヤカに歩いてくる。
彼に会うのは……今日で何度目だったろう。
オーランドは些細な事でも、いちいち私のところへやって来る。
撮影現場にだって、他のスタッフが出向いているというのに、その人には頼まず、真っ直ぐここへ来たらしい。




「またですか?今度はどこ?」
「こことここなんだけどさ。船の柱に引っ掛けちゃって…」




この時間のない時に、彼は何故かニコニコしながら、破れた箇所を指差している。
どこにどう引っ掛けたのか、上下とも、目立つところにパックリと穴が開いていた。




「これじゃ隠す事も出来なくてさ」




笑顔を絶やさず、サラリと言う。
困った事態だと思っているのか、いないのか。




「今の撮影は撮り終えたんですか?」
「ううん、これから」
「えっ?じゃあ、すぐ縫わないとダメって事?」
「そういう事になるね」




唖然としている私に、彼はニコッと微笑んだ。
この笑顔がクセモノなのだ。
私は溜息一つついて、手に持っていた次の衣装を置き、彼と向き合った。



「じゃあ急いで脱いでください。すぐ縫いますから」
「えっ!ここで?」




オーランドは驚いたように辺りを見渡した。
でも今は他のスタッフも別の仕事で駆け回っているから、幸いにもこの部屋には私しかいない。




「誰もいないから平気でしょう?」




脱ぐのを渋っているオーランドに、そう言うと、彼は僅かに、その綺麗な瞳を細めた。




がいるだろ?」
「私?私は、いつも着替えを手伝ってるじゃないですか。もう慣れちゃいましたし大丈夫です」
「そりゃ…そうだけどさ…。慣れられてもなあ…」




オーランドはそう言いながらも、頭をガシガシとかいた。
それを見て慌てて彼の手を取り、「ダメですよ。セットが崩れちゃう」と教えると、オーランドは「あ、そうだった」と言って舌を出す。
この人は自分の行動で、スタッフに余計な仕事を増やすってこと、もう少し理解した方がいい。
と言っても、無邪気な笑顔をされると、苦笑いするしかないんだから、得な性格だと思う。




「ほら早く脱いで下さい。早くしないと撮影が押しちゃうでしょ?」
「…分かったよ…」




渋々ながらも上半身の衣装を脱ぐと、オーランドはそれを私に手渡した。




「下も脱いでくれなくちゃ」
「…ここで?」
「はい」
「…分かったよ…」




オーランドは諦めたのか、他の衣装の陰に隠れ、下を脱ぎ捨てると、それを私に渡し、衣装の上にかけてあった布を腰に巻いた。
そして近くにあった椅子に腰をかけると、私の作業をジっと見ている。




「暇なら戻っててもいいんですよ?これなら10分もあれば直せますから」
「いいよ。ここにいる」




私の提案を素早く却下したオーランドは、「それともオレがいたら迷惑?」と捨て犬のような顔で見てくる。
私は彼のこの顔に弱い。
何となく自分が意地悪をしているような気さえしてしまう。




「そんな事、思ってないです」
「なら良かった」




嬉しそうに微笑むオーランドに、私は前々から思っていた小さな疑問が再び心の奥から沸きあがってくるのを感じずにはいられなかった。
撮影中でも、休憩中でも、彼はどうしてか、私を見つけると、この笑顔を浮かべながら話しかけてくる。
他にもスタッフはいるし、共演中の俳優さん達だっているのに、真っ先に私のところへやってくるのだ。
最初は気のせいかと思っていたけど、そういう事が何度も続けば、やっぱり多少は気になるわけで。
他のスタッフにだって、「ズルイ」とか「何なの、あの子」って陰口だって言われてるわけで。
そろそろ真相を確かめてもいい頃じゃないかしら、と、ふと思う。
そりゃもちろん、最初の頃なんか、こんな風に気軽に口をきくことすら出来なかったけれど。


(最初に口を利いたのって…クランクインして三日も経った頃だったっけ…)


破れた衣装を縫いながら、何となく思い出した。


ああ、そうだ。あの時もこんな風に、たまたまオーランドと二人きりになったんだった。
衣装のサイズが合わなかったという事で、私が彼のサイズを測り直した。
あの時の彼は、ちょうどゴシップ雑誌を賑わしていた頃で。
長年、くっついたり離れたりしていた恋人との間が、完全に終わったとかで、結構ナーヴァスになってたっけ。
だから私も極力、話しかけないよう、心がけて、必要最低限の事しか言葉を交わさなかった。
全てのサイズを測り終え、それを縫い直そうと、次の作業に入った時、てっきり、すぐ出て行くと思っていたオーランドが、私の隣に座った。
驚いて、「戻らないんですか?」と尋ねると、オーランドは軽く頷いて、「もう少しいてもいい?戻って人と話すのが面倒で」と言ったのだ。
その様子に何となく彼の心情が分かり、「どうぞ」とだけ言った。
きっと周りの人が自分に気を遣うのが嫌なんだろう、と思いながら自分の仕事を続けてる私を、彼は黙って見ていた。
部屋の中は静かで、時々外から大道具さん達の怒鳴り声が聞こえてくる程度。
一人じゃないのに、不自然なほど静かだったけど、でもそれは決して気まずいものでもなかった。
でも、その時、不意に口を開いたのはオーランドの方だった。




「君、名前は?」
「…え、あ……ですけど」
「そう、可愛い名前だね」
「……どうも」




いきなり、あのオーランド・ブルームから、そんな事を言われて、少なからず私も顔が赤くなった。
こんな仕事をしていなければ、絶対に会う事も話す事も出来ないくらいの有名人だし、今じゃ世界中の女性が注目しているイケメン俳優だ。
例え、彼に興味のない女性だって、そんな事を言われれば、多少の動揺くらいするだろう。




…あ、って呼んでいい?」
「…はあ」
は手先が器用なんだね。凄いよね」
「…仕事ですから」
「あ、そっか」



私の言葉に彼は笑いながら舌を出した。
何だかマヌケた会話だと思いながらも、彼がジっと見るから、何となく指が緊張してしまう。
彼の事は雑誌で見るくらいしか知らないけれど、何となく優しい空気を持っている人だなと思った。




「…女性ってさ」
「…え?」
「何で、男を束縛したがるんだろう」
「…は?」




その質問はあまりに突然すぎて、一瞬、何を聞かれてるのか分からなかった。
でもオーランドは至ってマジメらしく、私の答えを待つように、じぃっと見つめてくる。
マジマジと彼の顔を見たことがなかった私は、その視線に耐えられず、不自然なほどに目を反らしてしまった。




「さあ…やっぱり好きだからじゃないんですか?」





きっと恋人との別れで、彼の中で色々な葛藤があったんだろうと思いながら、そんなありふれた答えを言ってみる。
それが彼の気休めにしかならない事は分かってたけど、詳しい事情など知らないのだから、そう言うしかない。
オーランドは溜息をついて、「それは分かるんだけど」と言葉を繋いだ。




「でもオレ、恋人も大事だけど、仕事を通じて知り合った仲間も大事なんだ。だから彼女より、そっちを優先しちゃう事もある」
「…はい」
「いつもは会えない人だから、やっぱり、たまに会っちゃったら、その人と一緒に酒を飲んだりしたいんだ」
「そうですね」
「いつもじゃないんだし、たまにそんな事があった時は笑って許して欲しいんだ。これって、やっぱり男の我がままかな」
「…いえ…何となく分かる気もします」
「ホント?」



オーランドは私の言葉に身を乗り出した。
彼がどんな人か分からないけれど、でも友達との友情を大切にしてる人なんだし、きっと凄くいい人なんだろう、という事は分かった。
それに恋人の事だって、きっとちゃんと好きだったんだろう。
でなきゃ、彼女の、ううん、女性側の気持ちを、こんな風に知ろうとはしないはずだ。




「私は…友達を大切にする人、好きですよ」
「もし恋人が、君と過ごす時間より、友達と遊ぶ方を優先しても?」
「はい。男の人って、そういう時もあると思うし…。まあ、しょっちゅうじゃ困りますけど。たまに会った時くらいは許しちゃいますね」




針を服に通しながら、そう答えると、オーランドは何となく、ホっとしたように息を吐き出した。
きっと自分が出した答えが、間違いじゃなかったんだ、と納得したかったのかもしれない。
でも、彼の恋人も、困らせようと思ったわけじゃないんだろうし、その女性の気持ちも私には伝わってきた。




「でも彼女は…きっとあなたの事を凄く好きで、だから我がままになっちゃったんだと思います。それも分かってあげないと」
「…そう…だよね…。オレも…分かってたんだけど…。結構、そういう事が続いたりして、オレもキツくなっちゃったんだ」




オーランドはそう言うと、「ごめんね、変なこと聞いて」と言って、苦笑いを零した。
その後は何も言わず、ただ黙って、私の仕事を眺めていた。








あの日からだった。
オーランドが、何度となく、私に話しかけてくるようになったのは。
私の名をしっかりと覚え、何かあれば、すぐに声をかけてくる。
別に迷惑でもないけれど、何故、一スタッフの私なんかに、と思うのは自然の事だ。
オーランドの気持ちを理解した事で、なつかれただけなんだろうか。
こんなこと、いくら考えても答えが出ない。


チラっと視線を上げれば、オーランドはニコニコしながら、あの日と同じように私の作業を眺めている。
ホント、野良犬に懐かれた気分になった(!)




「さ、出来た」




縫い終わった服を広げて、穴を確認する。
これならカメラに映ったとしても、破れているようには見えないだろう。




「はい、お待たせしました」
「サンキュ!」




衣装を渡すと、オーランドは嬉しそうに微笑んで、それを素早く身に着けた。
時計を見れば、ちょうど10分。
私も何気に仕事が早くなったな、と、自分で自分に感心する。




「…行かないんですか?」




針と糸を片付けていると、すでに着替えたはずのオーランドが、呑気に椅子に座るのを見て首を傾げた。




「そんな急がなくても大丈夫だろ?」
「でも撮影が…」
「今、他のシーンから撮ってると思うし、オレが行ってもする事ないんだ」




なるほど。
オーランドのシーンを後回しにしてるって事か。
でも、それにしたって、こんな面白くもない場所にいても退屈だろうと思っていると、彼はにやりと笑みを浮かべた。




「オレ、と話してると楽しいんだよね」
「…え?」
「だから、つい会いに来ちゃうんだ」
「………」




そんな可愛い笑顔で、その辺の子なら舞い上がっちゃうような台詞を、サラリと言わないで欲しい。
まあ彼は俳優なんだし、女の子が喜びそうな台詞を言うくらい、朝飯前なんだろうけど。




「冗談はいいから早く戻った方がいいですよ?すぐ撮影始まるかもしれないし…」
「そうなったらスタッフが呼びに来るよ。それと、オレは別に冗談なんか言ってない」
「………」
「ホントにと一緒にいると楽しいんだ」
「…そんなマジメな顔で、そんなこと言わないで下さい」
「何で?」
「何でって…単純な子だったら勘違いしちゃいますよ?」




赤くなった頬を見られたくなくて、彼に背を向ける。
すると、オーランドが椅子から立ち上がる音がした。




「勘違い、してくれた方がオレは嬉しい」
「…何…どういう意味ですか?」




そう言って振り返ると、オーランドは目の前に立って、いつものように優しい笑みを浮かべていた。
その笑顔は、やっぱりズルイ。




「オレがに会いに来る理由、ホントに分からなかった?」
「…分かり…ません」
「えぇ…?」




私の言葉に、オーランドはガッカリしたように肩を落とした。
何なの。この人、一体、何が言いたいわけ?
意味深な事ばかり言うから、"単純な子"に含まれる私は、さっきから心臓がバクバクいってるのに。
遠い世界だった彼が、急に身近に感じて、戸惑っているのに。




ってば…かなりの鈍感なんだね」
「…何気に失礼ですね…」




私の切り替えしに、オーランドは楽しげに笑った。




「OK。いいよ、分かった」
「…何…が?」
「だから、が気づくまで、オレ頑張るから」
「…は?」
「もっとに会いに来るから」
「………」




いくら鈍感な私でも、そこまで言われたら、あなたが何を言いたいのかくらいは分かっちゃうんですけど。
そう言いたいのに、何となくタイミングを逃して、口をつぐんでしまった。
からかってるだけなら、止めて欲しい。




「だから、とりあえず、今夜、デートしよう」
「…え?」
「まずは友達から、オレ達、始めない?」




友達として、デートしよう、なんていう人、初めてだわ。




私がそう呟くと、オーランドはまた楽しげに笑って、そして私の頬に軽いキスを落とし、部屋を出て行った。
来る時も、去って行く時も、ホントに嵐のようで、勝手な人だ。



でも…とりあえず、キスされた頬が熱すぎて、今日の仕事は手につきそうにない。




























理由なんか最初から













一つしかない。






















※ブラウザバックでお戻りください。

ぎゃー;;ものっそい久々の俳優夢でした;;;;;;;
半年以上、いや一年近く?
放置しまくってますね…ごごごごめんなさいぃ<(_ _;)>
私としましても、どれくらいぶりに俳優夢を書いたのか分かりませんです。
なので、しょーもない話ですけど、リハビリとゆう事で大目にみてやっておくんなさい(゜ε ゜;)
少しづつ本館の更新も出来るよう、最初は手探りで思い出しつつ、短編などを書くかもです。




皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…

【C-MOON...管理人:HANAZO】


2007:05.24