試験スタート


「あれ、どうしたの、それ」

大き目のキャスケットを被り、サングラスをかけて戻って来た私を見て、キルアがキョトンとした顔をした。

「え、えっとね、預けた荷物から出したの」
「は?何で」
「何となく…これ買ったばかりで使ってなかったし?」

苦しい言い訳だったけど仕方ない。思ってもいなかった危険人物、ヒソカが試験を受けに来ていたことで、あのまま素顔を晒していられないと思ったのだ。だから人気のない場所で"ドールハウス"に入り、持って来た荷物の中から帽子とサングラスを身につけた。
キルアに"ドールハウス"の話は出来ないからもう一つの手荷物の中から取って来たということにしておく。
キルアは訝しげな顔で首を傾げていたけど、ふと思い出したように「でもそっか、その方がいいかもなー」と苦笑いを浮かべた。

はいい意味でも悪い意味でも目立つから」
「え、どういう意味?私、そんなに暗殺者っぽい?」
「ぷっぁははは!」

自分の恰好を見下ろしながら訪ねると、キルアは突然吹き出して大笑いしている。その笑顔は家にいる時よりも明るい。仕事が仕事なだけに、ウチの家族は明るさや社交性が足りないと常々思ってるけど、キルアだけは違う。

「そういう意味じゃねーよ。この前も言ったけどはさー超美人な上にスタイルもいいし、さっきだって周りの男どもが浮き足立ってたからなー」
「え…私…美人?」

あまり言われたことのない形容詞に首を傾げる。これまで比較対象もいなければ家族以外に「可愛い」と言われたこともなかった。まして美人なんて言葉はキルアに初めて言われたかもしれない。

「美人だよ、凄く。ま、オレに似てるから当然だけど♡」
「何よそれ。結局自分がイケてるって言いたいだけじゃない。美人って形容するならイルミの方が美人だと思うけどなー」
「兄貴は母さん似でまたタイプ違うイケメンだな。まあオレの兄貴だしね。中身はアレだけど」
「…アレって…」

キルアはそんなことを言いながら笑ってるけど、私にはよく分からない。私は自分の色素の薄い瞳より、イルミの黒い瞳の方が好きだし、銀髪より黒髪が好きだ。私は昔からイルミと同じものを欲しがった。けれども、それは良くないことって気づいてしまった。

「はあ…は自分の魅力にも気づかないくらい鈍いから変な男が近づいて来てもポヤっとしてるし兄貴がいっつも苦労してたんだよなぁ」
「そ、それは…」

この前キルアにその話を聞かされるまで、私の知らないとこでイルミが守ってくれてたんだってことに驚いた。本音を言えば…嬉しかった。でもイルミに助けてもらってばかりいたらダメなんだ。だから私は――。

「ま、今はオレがそういうのから守るけど」

キルアは笑いながら頼もしいことを言ってくれる。

「ってことで帽子とサングラスは外さないよーに」
「う、うん」

頷きながらも、私はサングラスを隠れ蓑にしてヒソカのことを視線で追った。今のところ気づかれた様子はないし、これだけ人数が多ければまだ大丈夫だろう。問題は試験が進むにつれ、人が減っていった時だ。試験内容は知らないけど毎年試験管が変わるらしいし必然的に内容も変わると言う話だった。その分、予測が立てにくい上にかなり難しいと聞くから、脱落者も多くなるはずだ。そうなった時、ヒソカにバレるのは時間の問題。けど最悪バレたとしても、ヒソカを口留め出来ればいいのだ。試験が終われば逃げるタイミングなどいつでも作れる。ただキルアのことだけはどうしようもない。

(バレない前提で動くとしても…キルアとヒソカをなるべく接触させない方法を考えなくちゃ…)

私がバレさえしなければ、キルアもよほどのことがない限りヒソカには自分から近づかないだろう。さっきのことで少なからずヒソカに対して警戒心は生まれたはずだ。

(バレない方法…か。こういう時、イルミみたいに変装出来たら便利なんだけどなぁ…)

と言って、私もイルミが変装した姿は見たことがないから、どこまで変われるかまでは知らない。前に「変装して見せて」と頼んだけど、イルミがその姿になるのを頑なに拒んだからだ。何でも見た目が悪い上に、本人はかなり大変らしい。
その時――背後からカタカタカタっと不気味な音が聞こえた。何の気なしに振り返ると、人の合間を縫ってこちらを見ている不気味な男と目が合った。私はサングラスをしているから向こうがそう認識したかは謎だけど。身長が高くガタイもいいその男は、真っすぐに私を見ている。

(誰…?怖いんだけど…)

モヒカン頭のその男は面長の顔に無数の針を刺していた。顔だけじゃない。肩の辺りにも大きな針が刺さっている。顔中にピアスをした人間は見たことあるけど、あんな本数の針を刺した人間は初めて見た。

(イルミが懇意にしてる武器職人の針と同じに見えるけど…アイツは武器じゃなくて自分の顔に刺してるとこをみると……マゾ?)

サングラス越しに視線は合っているものの、何のリアクションも見せないその男に内心首を傾げる。不気味なのは表情のないその顏からカタカタと音がしていることだ。小刻みに震える様子はまるで人形のようにも見える。

(…関わらない方が良さそう)

なるべく自然に見えるように私は視線を反らした。ついでにオーラも極力、小さめに抑えておく。
地下道に来てから30分が過ぎようとしていた。突如ジリリリという大きなベルの音が鳴り響く。顔を上げるとスーツを来た男が壁の1ブロック空いている場所から現れた。細身で口ひげを生やした男はハンター協会の人間らしい。受付終了を告げると、すぐに「これよりハンター試験を開始します」と言って下りて来た。

「ではこちらへ」

男に促され、集まった受験生たちがゾロゾロとついて行く。口ひげの男は歩を緩めることなく死ぬかもしれない試験を受けるかどうか尋ねてきた。誰も止めるという者はいない。私とキルアも当然そのまま歩き続けた。口ひげの試験官は「サトツ」と名乗り、自分についてくることが一次試験だと言った。

「ふん…そういう感じかー」

少しずつサトツがスピードを上げていることに気づき、こんなのが試験になるんだと苦笑した。こっちは幼少の頃から命がけの鬼ごっこをしてるんだからついて行くだけじゃ退屈な試験になりそうだ。キルアもそう感じたようだった。

「ま、オレとにはただの散歩じゃね」
「そうだけどキルはスケボーじゃない。ズルい」
「後で交代してやるよ」

キルアは笑顔で言いながら身軽な動作でスイスイ滑っていく。私もその後を追いかけつつ、ヒソカの位置を確認して上手く人の陰に隠れながら進んだ。

「もぉーキルったら先に行き過ぎ!ヒソカより前に行かないで欲しい…」

気配は消しているけど視界に入らないに越したことはない。どうにかキルアを下がらせなきゃと思いながら走っていると、前方から「オイ、ガキ!汚ぇぞ!」という怒声が聞こえて来た。見ればさっきトンパから缶ジュースを受けとってた3人組の中のスーツ男がキルアに絡んでいる。

「そりゃ反則じゃねーか、オイ!」
「何で?」
「何でって…」
「違うよ。試験官はただ"ついてこい"って言っただけだもんね」

キルアからの問いに男が返答に困っていると、あの黒髪の男の子が擁護してくれている。今度はそのことで男が黒髪の子に「どっちの味方だ」と怒り出したのを見て、私はすぐにキルアのところへ向かった。

「ごめんなさい。私の弟が…」
「えっ?!あ、い、いや…え、このガ…子は君の…弟?」
「はい」

スーツ男と黒髪の子がやいやい揉めてたとこへ声をかけると、スーツ男は途端に愛想の良い顔を浮かべた。私もついハニートラップで学んだ男の好きそうな弱々しい顔を見せたせいかもしれない。

「いや、オレも勘違いして怒鳴っちまったし悪かったよ」
「いえ、全然…」

スーツ男はどうやら実直で単純な性格のようだ。自分が悪いと分かればすぐに謝罪をしてきた。キルアは肩を竦めつつ私にペロっと舌を見せながら笑っている。そして自分をかばってくれた黒髪の子へ「ねぇ、君、歳いくつ?」と尋ねた。

「もうすぐ12歳!」

黒髪の子はハキハキと自分の年齢を口にした。キルアと同じ歳らしい。それを聞いたキルアは何か思うところがあったのか「やっぱオレも走ろ」と言ってスケボーを足で蹴って手でキャッチした。

「わ、かっこいー!」

黒髪の子が大きな瞳を輝かせながらキルアを見ている。キルアも悪い気はしないのか、ニヤリと笑みを浮かべながら自己紹介をした。

「オレ、キルア」
「オレはゴン!」

黒髪の子はゴンというのか。何か凄く素直そう。汚いものなんか見たこともない澄んだ目をしてる。私達とは住む世界が違うんだと感じた。

「ああ、彼女はオレの姉さんで
「宜しく、ゴンくん」
さん、宜しく!」
「……(可愛い…)」

眩しいくらいの笑顔を見せてくれるゴンくんに何となく癒される。こういう普通の空気を持つ人間とは全く交流がないからかもしれない。その時キルアが後ろにいるスーツ男にも「オッサンの名前は?」と尋ねると、スーツ男が何故か顔を真っ赤にしてキレだした。

「これでもお前らと同じ十代なんだぞ、オレは!」
「…えっ(見えない)」
「「ウソぉ!!」」

私も驚いたけど、キルア、そして何故かゴンくんまでが驚愕の声を上げている。スーツ男は更にショックを受けたようだ。

「あーゴンまで!ひっでー!もォ絶交な!」

ゴンくんも彼の年齢を知らなかったのか。ということは…この3人は元々仲間というわけじゃないようだ。もうひとりの色白の男の子に至っては呆れ顔でサッサと先を走って行ってしまった。

「とりあえず私達も行こう。見失ったらアウトっぽいし」

この地下道が素直な一本道とは限らない。サトツという試験官からあまり離されない方がいい。

、ゴンも一緒でいい?」
「もちろん」

ついてこれるなら大歓迎だと足を止めずに頷く。見た感じゴンくんは身体能力も高そうで、ここまでの道のりでは息も切らしてない。特殊な訓練を受けて来た私やキルアに平気な顔でついて来るのを見て、大した子だわと驚いた。どう見ても普通の男の子なのに。

(それに引き換え…)

少しペースが下がって来たスーツ男――名前はレオリオと名乗っていた――は顔中に汗が吹き出し、顔色も悪くなってきている。あの様子だと途中でギブアップしそうだ。そう思いながら見てると、案の定彼の足が止まった。ゴンくんが心配そうに振り返って声をかけているけど、レオリオは何やらブツブツ言いながら項垂れている。

(まあ十分頑張った方なんじゃ――)

そう思った瞬間、彼は自分のスーツケースをその場に置くと、いきなり猛進してきた。

「絶対ハンターになるんじゃーー!!くそったらぁーー!!うぉぉぉー!!」

何が彼をそこまで熱くさせるのかは分からなかったけど、レオリオの執念だけは物凄く伝わって来た。ゴンくんが嬉しそうに微笑むと、持っていた釣り竿で置きっぱなしにされたレオリオのスーツケースを上手いこと釣り上げてる姿が印象的だった。素直で優しさもある子らしい。

「おーかっこいい!」

ゴンくんの釣り竿さばきを見たキルアが興味を示したようだ。

「後でオレにもやらせてよ」
「スケボー貸してくれたらね」

そんなやり取りを見ながら不思議な気持ちになった。キルアに同じ年頃の友達はいない。遊び相手はもっぱら執事や弟達だったからだ。イルミ、ミルキといった兄とは歳も離れているからキルアと遊んでるとこは見たことがない。特殊訓練や拷問の時以外、あまりコミュニケーションをとっていなかったように思う。でも私は幼い頃からイルミに可愛がられて、訓練と称した遊びをよく教えてもらった。ああいうことをキルアや他の弟達にもしてあげたらって言ったこともあるけど「オマエは特別だから」としか言われなかった。それがどういう意味なのか分からなかったけど、私はイルミの特別なんだって思ったら、どこか誇らしい気持ちになったっけ。

キルアもイルミにとったら特別だけど、私と違って少し扱い方が特殊だ。イルミは長男なのに後継者になることはとっくに諦めていて、その代わり、才能のあるキルアには特別厳しい。キルアが少し冷めた子になったのはイルミの特殊な訓練と、幼少から大人にばかり囲まれて育ったせいかもしれないなと思う。ゴンくんと話すキルアは本当に楽しそうで、こっちまで笑顔になった。あれがキルアの本来の姿なのかもしれない。

「あ、見えて来た」

ふと前方を見れば試験官のサトツを視界にとらえた。近くにはヒソカもいる。

(これ以上、近づいたら危ないか…)

キルアはゴンくんと何やら談笑しながら私の少し後ろを走っている。その後ろにはレオリオと、いつの間にかペースを落としていた色白の男の子が走っていた。そして――。

「カタカタカタカタ…」
「………(アイツもいたのね)」

先ほどの不気味な針男が、後方を走っていた。




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