協定

1.

霧の立ち込める中、船はゆっくりとゼビル島へ向かって動き出した。

「――当船はこれより2時間ほどの予定でゼビル島へ向かいます!」

ガイドの話を聞きながら、私は生き残った受験生たちをこっそり観察をしていた。第3次試験は私とヒソカが一番乗りで、心配していたキルア達は制限時間ギリギリの一番最後に塔の下へ現れた。キルアが無事だったことと間に合ったことでホっとしたけど、外へ出るとすぐにまた次の試験の内容を聞かされた。
次の試験は今から行くゼビル島という場所で行われる。内容は受験生がつけているナンバープレートの奪取。一人ひとりターゲット番号が決められていて、自分のターゲットのプレートを奪えれば3点、それ以外は1点。合格するには計6点を取らなければならない。自分のプレートも3点だから要はターゲットのプレートを奪うか、関係のない人間のプレートを3枚奪うかのどちらかで3点取れれば次の試験に進めるらしい。

(私のターゲットは34番…どいつだろ)

受験生のプレート番号なんていちいち覚えていない。試験内容を聞いた途端、何人かは自分のプレートをすぐに隠してしまったせいもある。一応、私も隠してはおいたけど、私がターゲットのヤツのことも気にしておかないといけないから、この試験は今までで一番面倒そうだ。

(それより何より…気になるのはヒソカのターゲットが誰かってことね…)

もしヒソカのターゲットがキルアだったりしたらまずい。と言って聞いても素直に教えてくれるかどうか。さっき確認したらキルアのターゲットは199番だった。誰か訊かれたけど、さすがに私も覚えてない。最悪なのは――。

(まさかゴンくんのターゲットがヒソカなんてね…大丈夫かな)

船の端っこでキルアと談笑しているゴンくんを見て溜息が出る。あの子はヒソカが目を付けただけあって素質もあるし鍛えればかなりの使い手になりそうだけど、今はキルアにでさえ敵わない。ただゴンくんはバカじゃない。正面からいっても無駄なことは分かっているようだ。あのヒソカ相手にどう立ち回るのか気になった。
その時ふと視線を感じて顔を上げた。でもすぐに気配が消える。

(誰…?私を見てた奴がいる…)

視線を走らせてもそれらしき人物はいない。皆がそれぞれ次の試験のことで頭がいっぱいなのか、誰が自分を狙ってる人間かを探るように視線を動かしていた。

(もしかして…私の番号がターゲットの人物?私の番号を覚えてたのかな…)

ヒソカではない。ヒソカは船の隅で目を瞑り、ジッとしている。ヒソカなら私に隠れてコソコソ見たりはしないだろう。

(それにしても…あのケガ、結構重症なんじゃないの…?)

ヒソカの肩に滲んでいる血を見て溜息が出る。ヒソカの戦い方は危険だ。楽しんでるんだろうけど、いつか身を滅ぼしそうな、そんな危うさを感じる。

(って…別にヒソカがどうなろうと私には関係ない…!)

大好きな戦闘中に死ぬならヒソカも本望だろう。それも自分を殺せるような強者が相手なら尚更。ただ――ヒソカが誰かに殺される姿が想像できない。だから…見たくない、とは思う。誰だって変化は怖い。それが悪い方へしか転ばない変化なら。




2.

「――滞在時間はちょうど一週間。その間に6点分のプレートを集めて、またこの場所へ戻って来て下さい」

ゼビル島について早々また説明を受け、試験がスタートした。まず最初に森の中へ行くのは、前の試験で一番乗りをしたヒソカと私だった。でもこの試験は完全に個人戦。まずはヒソカが先に森へ入り、10分後に私だった。

…気をつけろよ」
「うん。キルアとゴンくんもね。無茶はしないで。あとターゲットを狙う方に夢中になって自分も狙われてることを忘れないで」
「分かってる」
「うん!」

キルアとゴンくんの落ち着いた様子を見て少しホっとした。その時名前を呼ばれ、森の中へ促される。

「じゃあ行って来るね」
「オレも入ったらを探すよ。一緒に行動しよう」
「分かった。待ってる」

キルアの言葉に頷き、私は森の中へと歩き出した。少し入ったところで気配を消し、辺りの木々に紛れる。誰もいないことを確認してから大きな木を登り、上から見下ろした。ヒソカは先に入ったけど、必ずしも遠くへ行ったとは限らない。今もどこかで次にくる獲物を探してるかも――。
そう思った瞬間、すぐ後ろ、それも耳元で「待ってたよ♡」という粘着質な声が聞こえて、深い溜息が洩れる。

「…ヒソカ」
「最初から目で追ってたし気配消したところで見失わないよ」

振り向くと、ヒソカがしゃがみながらニッコリ微笑んでいた。ヒソカはとことん私に付きまとう気のようだ。でももう一つの可能性を思い出す。

「何で待ち伏せてるのよ…ヒソカのターゲットは私なの?」
「いや…ボクのは384番のプレート。は?まさかボクじゃないだろ?」

意外にもヒソカは自分のターゲット番号をあっさり教えてくれた。キルアじゃないと分かって少しホっとする。

「…私のターゲットは34番」
のと一つ違いってことは、ソイツの顔を覚えてるのかい」
「それがサッパリ。試験中、番号順になることなんてなかったし」
「まあ、それもそうか」

うーん、とヒソカは何かを考えながら今も次にやって来る受験生を目で追っている。私は私でヒソカの胸に付けられたままのプレートを見た。44番。これはゴンくんが狙わなければいけないものだ。そこでふと、これを私がヒソカから奪ってゴンくんに渡せないかと考えた。ゴンくんの性格上、人からもらうのは嫌がりそうではあるけれど、あの子がヒソカに挑むのは危険すぎると思った。彼らのことを殺さなかったところを見ると、ヒソカも何らかの興味を持っているようだし、その辺も心配だった。

(今なら簡単に奪える…)

その時、思案していたヒソカが私の手を握った。その力強さにドキっとする。

「じゃあのターゲット探すの手伝うから、もボクのターゲット探すの手伝ってくれる?」

チャンスだと思った。ここで見失えば、この鬱蒼とした森の中で探すのは面倒だ。でも一緒に行動していればプレートを奪うチャンスはいくらでもある。

「…いいよ」
「え?」
「…え?」

何故かヒソカは驚いたように私を見下ろすから、私も驚いた。

「いいの?」
「手伝えばいいんでしょ?」
「……」
「何よ…」

ジっと見つめられて鼓動が少しずつ速くなっていく。何か怪しまれてるんだろうかと思っていると、ヒソカは意外にも柔らかい笑みを浮かべた。

「いや、断られるかと思ってたから」
「……そうしたいところだけど、この森の中でターゲットひとりを探すの面倒だもん。他のヤツも狙ってくるだろうし。でもヒソカと一緒なら迂闊に相手も手は出せない」

尤もらしい理由を口にすると、ヒソカもなるほどね、と微笑む。

「じゃあ今回は協力関係ってことでいいのかな」
「…うん」

どっちにしろヒソカと協力した方がいいのは確かだ。ここは一緒に行動して、隙を見てプレートを奪う。その後に"ドールハウス"へ逃げれば難なくヒソカをまける。

「じゃあ…は今からボクのパートナーってことで」

ヒソカはそう言いながら手を差し出して来た。つられて手を出すとガシッと手首を掴まれ、驚く間もなく引き寄せられる。そのまま互いのくちびるが重なってちゅっと啄まれた。

「な…何する――」
「何って握手代わりのキスだよ」
「…い、いちいちキスしないでっ」
「照れてるも可愛いなぁ♡」
「照れてない…!」

悪びれもせず微笑むヒソカを見て、一時でもパートナーになったことを少しばかり後悔していた。




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