言えない本心


鬱蒼とした森の中をヒソカとふたりで進む。今のところ平和で特に狙われてる様子はない。まあ、こんな森の中じゃ相手も探すのに手間取るはずだし、早々には出くわさないか。それでも周りについ神経を向けてしまう。なのにヒソカはどこか楽しそうだ。

「そんなにピリピリしなくてもいいんじゃない?もっと気楽にしたら」
「…呑気なこと言って――って何で手を繋ぐのよっ」
「いいだろ。ボクらはパートナーなんだし、森林デートも悪くないよね」
「…デ、デートって何言ってんの?今は試験中だってば」
「そうだけど、せっかく二人きりなんだし楽しもうよ、イロイロと♡」

ヒソカは言いながらも私の手を引きよせ、くちびるを近づけてくる。ギョっとして体を反らすとヒソカはくつくつと喉の奥で笑った。その機嫌の良さそうな笑顔がやたらと怖い。

「やだなぁ。そんな風に焦らされたら余計に燃えちゃうよ」
「勝手に燃えないで」
「…そんなにイルミがいいわけ?」
「……な、何それ」

いきなりイルミの名前を出されてドキっとした。でもきっとヒソカにはバレてるんだと思う。ヒソカは他人にあまり興味がなさそうなのに変なところで勘がいい。誰にも知られたくなかったのに、ほんの少しだけホっとしたのは、きっと私自身、誰にも言えなくて苦しかったからかもしれない。イルミへの想いは、ずっと宙ぶらりんのまま、胸の奥にこびり付いてる。

…」
「何よ」
「こっち、見て」
「いや」

嫌だって言ったのに、ヒソカは強引に私の両頬を手で包んで自分の方へ向けた。

「ちょっと――」
「ボクの前では自分を偽らないでいい」
「……っ」
「ボクが道徳を解くような男じゃないのはも十分知ってるだろ。というか人にとやかく言えるような生き方もしてないしね」
「ヒソカ…」
がイルミを愛してしまったことも別におかしなことでもないと思うよ」
「何それ…家族なのに――」
「家族だから、じゃない?」

ヒソカはそう言って手を外すと、再び私の手を繋ぎ直して歩き出した。振りほどきたいのに、私は何故かそうはしなかった。

「生まれた時から一番近くにいたんだろうし、イルミは初めて出来た可愛らしい妹に恋をした。その妹も、兄の愛情を受けて兄を愛した。ただそれだけのことだろ」
「そ…それだけって…」
「ま、ボクとしては面白くないけど」

ヒソカは苦笑しながら私に視線を落とす。あのヒソカがこんなまともなことを言ってくれるなんて思わなくて、どういう顔をしたらいいのか分からない。でも励ましてくれてることだけは分かった。

「ヒソカは私のことなんか好きじゃないでしょ。イルミを挑発したいだけじゃない…」
「はは。まあ、確かに最初は興味本位だったけど――」

と言いかけた時、突然ヒソカが繋いでいた手を引き寄せ、私を身体ごと抱えた。そのまま素早い動きで跳躍すると大木の上に飛ぶ。一瞬で辺りは殺気に包まれた。全身総毛だったのは、今まで自分達がいた場所に刺さった見覚えのある針を見たからなのか、それともねっとりと肌にまとわりつくようなこの重苦しい殺気が、誰のものなのか分かったからなのか。いや、そんなはずはない。こんな場所にいるはずが――。

「いい加減、出て来いよ」

ヒソカが静かな声で言った。いやだ。怖い。

「…?」

無意識のうちにヒソカにしがみついていた。握られた手に縋るように自然と力が入ってしまう。

「落ち着きなよ。大丈夫だから」

ヒソカがやけに優しい声色で言った。その一秒後、カサ…っと草を踏む音がして、殺気を放っていた人物が姿を現す。だけど、その姿を見た時、一瞬だけホっとした。
良かった…イルミじゃない。
それは試験会場で見かけた全身針を刺した不気味な男だった。見た目は全然違う。なのに――私の中の本能が訴えている。この重苦しい殺気は、どす黒いオーラは、やっぱり――。
そう思った時、針だらけの男は無表情で私とヒソカを見上げた。カタカタカタ…っと今も小刻みに震える男は、ゆっくりと腕を上げ、自分の顔に刺した針を一本引き抜いた。

「……っ?」

針を抜いた男の顔が、ボコボコと激しく波を打つ。あまりの異様な光景に言葉を失っていると、どこからともなく男の頭から黒く長い艶のある髪がふわりと現れ、今度こそ全身が固まった。

「…イルミ」

信じられなかった。懐かしい顔を見て頭が真っ白になる。



ああ、イルミの声だ。この声で名前を呼ばれると、素直に心臓が反応する。

「いつまでヒソカにくっついてるのさ」
「…ひゃ」

再び体を抱えられた。今度は私ごと地面に飛び降りたヒソカは、針が無数に刺さった木を見上げて苦笑を漏らした。

「妹もいるってのに針を投げるなよ、イルミ」
「…ヒソカ?」

普通に応えたヒソカに少し驚いた。いくら何でもこんな場所にイルミが突然現れたというのに、ヒソカは驚く様子すら見せない。

「も…もしかして知ってたの…?アイツがイルミだって…」
「あーうん。バレちゃったか」

ヒソカは悪びれた様子もなく、楽しそうに笑っている。最悪だ。イルミが変装できるのは聞いていたけど、イルミは私にその姿を見せるのを極端に嫌がるから見たことがなかった。

「まさか…グルなの?」
「グル?違うよ。たまたま試験を受けに来たらイルミがいてボクも驚いたんだ。でももっと驚いたのはまでが参加してたこと」
「じゃあ…イルミは…」
「オレは次の仕事でハンターライセンスが必要になっただけ。オレだって驚いたよ。とキルが一緒に試験受けに来るなんて」

仕事で必要だった。それは嘘じゃないんだろう。なのに何も知らず、私とキルアはわざわざイルミのいる時に、このハンター試験に参加してしまったということか。

「…最悪」

自分の愚かさにガックリと項垂れる。

「それより…いくらオレが内緒にしとけって言ったからって、につきまとえとは言ってないよ、ヒソカ」
「イヤだなァ。言い出せないイルミに代わってボクがを守ってたんだよ」
「嘘つくなよ。こっちが正体明かせないことで、これ幸いとを口説きにかかったろ」
「何のことかなぁ」

ヒソカはすっとぼけた顔で微笑んでいる。でもイルミの怒りの矛先は私にも向けられた。

だよ。ヒソカなんかと一緒に行動するとか。さっきは手なんか繋いじゃってどういうつもり」
「…べ、別にアレはヒソカが勝手に…それにこの試験は一人より二人の方が楽だと思ったからで――」
「ふーん…じゃあ二人より三人の方がもっと簡単になるね」
「…え…」

その言葉の意味が理解できず、首を傾げると、後ろでヒソカが小さく吹き出すのが聞こえた。

「オレも一緒に行動する。こんな試験サッサと終わらせて帰るよ、
「…ちょ…イルミもって…」

と顔を引きつらせた瞬間、懐かしい香りに包まれていた。私が大好きだった匂い。イルミの腕に抱きしめられただけで、また心臓が大きな音を立てる。

「会いたかった…」

頭にくちびるを寄せながらイルミが呟いた。本当は私だって――会いたかった。
言えない言葉を飲み込んで、風になびくイルミの髪をただ見つめていた。




mDs | clAp
close
横書き 縦書き