お楽しみはこれから

風が吹くたび木々の葉が音を立てる。それが森のざわめきに変わるのを聞きながら、ボクに群がる好血蝶が舞うのを見ていた。前を歩く兄妹は相変わらず下らないことで言い合いをしていて、まあちょっとうるさいけど退屈はしない。まずはイルミが先制パンチの如く「何で家出してハンター試験受けに来てんの」から始まり、「キルとコソコソつるんじゃって」と言えば、「キルだってイルミの束縛から逃げたかったんだよ」とも応戦する。あげくまたボクの話になって「100歩譲って家出は息抜きしたかったんだとしてもさ。ヒソカとイチャイチャするのは違うよね」とイルミが文句を言いだした。意外だなぁ、イルミがこんなに嫉妬深い男だったとは。

ボクが初めてを紹介されたのは、イルミに仕事を依頼された時だった。そのイルミと知り合ったのは、まあお互い血生臭い生き方をしてるから似た者同士――イルミはこう言うと嫌がるけど――会うべくして出会ったって感じだ。ボクのセンサーに変装したイルミが引っかかったとだけ言っておこう。世界中、探し回ってもイルミほどの強者にはなかなかお目にかかれない。当然ボクは浮足立って戦いたいって思ったんだけど、イルミはあんな性格だし、ちょうど彼が仕事中だったこともあり「無駄な戦闘したくないんだよねえ」と淡々とした顔で言われた途端、拍子抜けして戦意喪失。今、殺し合わなくても後のお楽しみに取っておこうと思った。そう、もっとイルミの懐深くに入ったその時まで。

だからボクはイルミと友人になることを選んだ。イルミは友達も仲間もいらないって言ってきたけど、だったら持ちつ持たれつの関係ならいいだろって言葉で説得して、連絡先を無理やり交換して今に至る。そんな関係を始めてから半年ほどした時、イルミから他愛もない依頼が入るようになった。

一度目はターゲットを速やかに始末したいけど、雑魚が多くて邪魔だから排除しておいてって依頼。まあボクも嫌いじゃないから手伝ってあげた。イルミは針で人を操れる操作系だけど、それをすると騒ぎがデカくなるから困ることもあるようで、だからボクに依頼してきたらしい。
二度目はボクからイルミに依頼をした。これも似たようなものでイルミには邪魔な人間を始末してって言ったけど、本当の目的はイルミの力を自分の目で見たかっただけ。まあイルミにはすぐバレたけどね。
そして三度目の依頼はまたイルミからで、とある独立国に潜入したいんだけど、入国が厳しいからボクに兵隊どものかく乱を頼んで来た。そういうのも楽しそうだから即OK。その時だった。彼女を紹介されたのは。

「初めまして。妹のです」

そう言ってボクの前に現れた彼女は、とても世界的に有名な暗殺一家の一員とは思えないほど可憐で美しかった。腕はもちろんイルミやボクに劣るけど、彼女は不思議な能力が使える。具現化させた異空間を作り出し、そこに術者である彼女が物をしまいこんだり、出口を別の場所に設置すれば人が移動できたりするようだ。いくらでも応用が利く便利な力だとボクも感心した。彼女はそこに自分の好きなものを移動させ、自分だけの空間を作っているし、その力を使って逃げることで防御の役割も果たしているようだ。

でも――ボクが彼女の能力以上に興味を引かれたのはとても兄妹には見えない二人の関係だった。ある種独特の空気を出す二人に、禁断の匂いをぷんぷん感じた。イルミはを妹以上に想っているのはボクでも分かるほど彼女を溺愛していたし、もまたイルミを兄ではなく一人の男として想いを寄せている。そんな禁断の恋に身を焦がしていたがある日、自分の罪に気づいたとこから、彼女の逃走劇は始まった。兄妹だろうが全く気にしないイルミを遠ざけるには、自分が家を出るしかないとは考えたようだ。けど、結局はこうして再会してしまうんだから運命のいたずらってヤツは皮肉なもんだ。

、一人で勝手に先を行くなよ」
「大丈夫よ。ちゃんと気配は探ってるもの」
「でも危ないから」
「もーイルミはいつまでわたしを子供扱いするの?」
「してないよ。心配なだけ」
「……心配なんかしてくれなくていい」
「え、無理」

そんな会話を交わしながら、結局はイルミの言う通り、素直に彼の後ろを歩き出す。本当に仲が良くて少しだけ妬けちゃうなぁ。ボクとしてはイルミが近づけない合間に彼女を口説き落としたい。そう思っていたけど、やっぱり傍にいるのに言葉を交わせないジレンマで限界が来たのか、それともこれ以上ボクと二人きりにしておくのは危険だと判断したのか。どっちにしろ、ボクにとっては楽しい時間もお開きのようだ。だったら、そろそろ試験の方に本気を出してこの苛立ちを他のヤツにぶつけてやろうか。

「ちょっとイルミ、手を繋がないでよ…」
「何で?いつも外を歩く時は手を繋いでたよね。それにさっきヒソカとは繋いでただろ」
「そ、それは…ヒソカが勝手に…」
「じゃあオレも勝手にする」
「………」

イルミの強引さに負けたのか、が折れたようだ。ボクの前を二人は手を繋いで歩いて行く。3人でって言う割に、ボクだけ仲間外れなんて酷いなあ。まあ、でも気を利かして少しだけ二人きりにさせてあげるよ。

「あれ、ヒソカどこ行くの」
「ちょっとターゲットを探してくるよ。ボク、お邪魔みたいだし」
「え、ちょっとヒソカ…」

さっきまではボクのことを邪険にしてたも、今はイルミと二人きりにして欲しくないのか、行かないでと目が訴えて来る。そんな目で見られるとゾクゾクしちゃうからやめて欲しい。この場でをさらってイルミから憎まれる。それはそれで惹かれるけど、でもまだ早い。出来ればそれはの心も体もまるごと奪ってからにしたいから。

「じゃあ、後で合流するよ」

哀願するにニッコリ微笑んで、ボクは一人、歩き出した。お楽しみはまだまだこれからだ。




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