癒して欲しい

1.

(おやおや…)

適当に殺しをして飽きた頃、二人のところへ戻って来たら熱々なラブシーンの真っ最中だった。

「フーン…ちょっと妬けるよねぇ、やっぱり」

木の上にしゃがんで頬杖をつきつつ、苦笑いが零れた。がイルミを見る時の瞳が、ボクの欲をそそる。あの瞳をボクの方へ向けて欲しい。向けさせたい。強引にでも――。
人の物は何でも甘く見えるんだ。昔から。

「さて、どうしようか」

今ここで合流して二人の邪魔を延々としてやれば、イルミは怒るだろうか。それはそれで退屈しのぎになるから構わない。

(だけどその前に……この昂った熱を解放してこないと…)

二人のイチャつく姿を見てたら、全身が疼きだした。男の欲情にも似て非なる、また別の欲求。純粋なる殺人衝動。
イルミに気づかれる前にその場を後にして、敢えて隙を作りながら移動した。

(やっぱり数人ついてきてる…)

何者かの視線を感じた瞬間、口元が緩む。さっき挑んで来た奴らよりは慎重な人物らしい。

(暇つぶしにはなるかな)

ハンター試験とはいえ、今回のはある意味、殺し合い。遠慮なく相手をしてあげよう。
さっきのイライラをぶつけるべく、獲物を自分の方へ引き寄せる。蜘蛛の巣さながらの罠にかかるかは、相手次第。

「こういうの、八つ当たりって言うんだっけ」

ぺろりと唇を舐めて、ボクは殺意がたっぷりと溶け込んだオーラを解放した。




2.

「…ん?」

一瞬、森がざわめいたような気配がして足を止める。それにつられてイルミも足を止めて振り返った。

「今、森が一瞬騒がしくなったよね」
「イルミも気づいた?」
「うん。でもすぐ消えた。誰かが派手にやりあったかな」

イルミはそう言いながら、気配の強かった方向へ表情のない瞳を向けた。
やりあった、にしては気配がすぐに消えたのが気になる。あの感じは一方的に一人が相手を瞬殺したと言ってもいいくらいの時間だった。

「まさか…ヒソカじゃ」
「かもね。あの距離からでも殺気をここまで届かせるのは受験生の中じゃヒソカくらいのものだよ」
「そっちに行ってみる?この近くに人の気配はしないし」

わたしのターゲットからプレートは奪えたけど、イルミはまだ点数が足りないはずだ。だから言ったのに、当のイルミは不満そうに僅かながら目を細めてわたしを見下ろす。

「ヒソカと合流したいってこと?」
「え?ち、違うよ…。人がいた方がイルミのターゲット見つけやすいでしょ」
「ああ…そういうこと」

淡々と言いながらもイルミが笑う。目は笑ってないけど。

「大丈夫だよ。プレートなんて三枚集めてもいいわけだし、そんなに急いでない。それに――」
「それに…?」
「近くはないけど、オレを狙ってる奴はいる」
「この視線の人物?」

ずっと気になっていた。こちらからは視認できない距離から、ジっと見られてることが。イルミも当然気づいていただろう。きっとどの程度の距離だとか、場所はすでに見当をつけているかもしれない。

「この感じはスナイパーだよね」
「うん。ずっとスコープ越しに見られてる」

今すぐにでも弾が飛んで来てもおかしくない状況なのに、イルミは普段と変わらない。念能力者が念能力者に対して、普通のライフルを使うとは思えないし、どんな攻撃かも分からないのに、イルミは至って冷静だ。

「もう少しとゆっくり話していたかったけど、そろそろウザいから殺してこようかな」
「…確かに。覗きされてるのは気分も良くないよね」
「それだけじゃない。オレが変身を解いた姿を見られてる。目撃者は消さないと」

イルミは冗談とも本気ともつかない言葉を呟き、イルミが使う針の中でも比較的、普通サイズの物を取り出した。それがきっと変装用に使用する針なんだろう。

は裏から回ってくれる」
「いいけど…イルミは?」
「オレはもちろん正面からいくよ。変装した姿でね」

でもには変わる姿を見せたくないから先に行って、と言われ、仕方なく木々の上を移動していく。相手もコチラが動いたことは承知だろうけど、あちらの標的はイルミらしい。わたしにまで気を回す余裕はそんなにないはずだ。

(それにしても…変装姿は見られたくないなんて、イルミにもそんな感情あるんだ…)

何も気にしない性格のはずなのに、そこだけは嫌だなんて面白い。

(まあ…あの姿は確かに不気味だけど)

ギタラクルというイルミの別の顔を思い出して、内心苦笑する。これまでわたしにさえ隠していたのは、こっそり見張る為でもあったのかと思ってたけど、さっきの様子じゃそれだけでもないらしい。

「よし、視線は外れた」

相手も本格的にイルミを迎え撃つ覚悟をしたようだ。刺すような気配が消えたということは、わたしよりもイルミの動きに集中し始めた証拠だろう。と言って、わたしへの警戒を0にしたわけでもない。時々、コッチにも意識を向けてるのを感じる。このまま素直に背後から攻撃を仕掛けるわけにもいかなそうだ。
ならば――。

「次、相手の警戒がイルミに移った時に"絶"を使う」

そう決めて途中で移動を中断すると、相手の動きを待つ。そして数秒後、待っていた瞬間がきた。

(今だ――)

そう思った時だった。突然、体に何かが巻き付いて、ぐいんと引き寄せられた。しまった、油断した。スナイパーに気を取られすぎた自分を呪う。
ただ攻撃を仕掛けられたんじゃないと分かった瞬間、引き寄せられながらも、すぐ両手で能力を発動する為のオーラを練り上げる。
でもおかしい。直前まで誰の気配もしなかったのに――。

「やあ、また会ったね」
「……」

わたしを引き寄せた対象が目の前に現れた時、わたしは絶句した。

「あれ。そんなに驚いた?」
「…ヒソカ…っ?」

わたしの体を腕に収めながら、くつくつと笑う目の前の人物を見上げて、攻撃の手を止めた。
"凝"を使って見れば、何のことはない。体に巻き付いていたのはヒソカのバンジーガムだった。他に神経が向いていたこと。すぐに攻撃体勢に入ったことで、自分を引き寄せている力のことは後回しにした結果、そこに気づかなかった自分の愚かさに溜息が出る。

が集中する瞬間を狙ってたんだけど、成功したようだね」
「あのね…邪魔しないでくれる?せっかくイルミを狙う奴の裏をかけると思ったのに!」
「イルミなら一人でも平気だろ」

ニッコリと微笑みながら、ヒソカは大木に寄り掛かり、更にわたしを抱きしめる。どうやらヒソカはわたしが一人になる瞬間を待っていたようだ。

「放してよ!早く行かないと」
「そんな怒らなくても。せっかくイルミが離れてくれたんだし、もう少し二人で話でもどうだい?」
「し、しない…っていうかバンジーガム外してってば」
「外したらはすぐ逃げるからダメ」

ヒソカはシレっとした顔でいいのけて、抵抗するわたしの両手首をあっさりと拘束した。

「さっきイルミと二人にしてやったよね。今度はボクの番」
「…何それ」
「君こそ。あんなにイルミから逃げたがってたわりにはイチャイチャしてたよねえ?やっぱりイルミを愛してるってことかな」
「み、見てたの…っ?」

痛いとこを突かれて言葉に詰まる。確かに、イルミから逃げてたはずが、こんな場所で再会してしまったから、逃げるということを諦めてしまった。わたし一人なら能力を使えば逃げ切れるけど、キルアを置いていけない。
イコール、この試験会場にいる限り、イルミから逃げるのは不可能という結論になったのもある。

「仕方ないでしょ…?状況が状況なんだから…」
「ふーん。じゃあ試験が終わっても家に帰る気はないということかな?」
「…ないよ」

帰ったところで、わたしとイルミに未来はない。家族にもバレたくない。ならば、とことん逃げ回っていた方がマシだ。

「じゃあ…その時はボクと旅でもしないかい?」
「え?」

その提案に驚いて顔を上げると、意外にも真面目な顔をしたヒソカがわたしを見下ろしている。

「旅って…何言って…」
「どうせ一人で逃げ回っててもヒマだろ。ボクといれば退屈はさせない」
「殺人旅行なんて嫌なんだけど…」

どうせヒソカのことだから、自分好みの強者が現れたりしたら、わたしそっちのけで発情して殺しまくる未来しか見えない。それに付き合わされるのはごめんだ。

と一緒の時にそんなことはしないさ。約束する」
「…信じられない。だいたい何でそこまでわたしに拘るの?もう十分楽しんだでしょ」

知られたくないことまで暴き、わたしとイルミの関係をヒソカは楽しんでいる。そのことで苦悩してるわたしを見て、ヒソカはただ面白がってるだけだ。
わたしのそんな言葉に、ヒソカは僅かに眉間を寄せた。

「うーん…それがそうでもないんだよねぇ…」

わたしの腰を抱いてた腕を外し、ヒソカはガシガシと頭を掻いた。その表情はあまり見たこともないものだ。

「意外と楽しくない」
「…え?」
「最初は楽しかったし興味が沸いた。でも…」

と、ヒソカはそこで言葉を切ると、一気に距離をつめて顔を近づけてきた。

「二人が実際イチャイチャしてるのを見たら…殺意が沸くほどイライラしてさぁ。だから…さっき5~6人殺してきちゃった♡」
「………」

ニコニコしながら言う台詞じゃない。
でも、そうか。さっき一瞬だけ感じたすさまじい殺気。あれはやっぱりヒソカだったんだ。でもそれって、わたしのせいなわけ?

「殺意が沸くほど…興奮した、の間違いじゃなくて?」
「………」

わたしの問いかけにヒソカが目を丸くして、それから軽く首を傾げた。これでも考えてるらしい。
ジっと見上げながらヒソカが応えるのを待っていると、彼はまたしても初めて見せるような顔で苦笑いを浮かべた。

「興奮…ねえ。それとは程遠いとだけ言っておこうか」

至極真面目な顔で応えるヒソカを見て、わたしは耳を疑った。ヒソカの殺意が湧くというのは、たいてい興奮した時だからだ。殺人衝動と興奮はヒソカの中ではイコールのはず。なのに興奮とは程遠く、イライラして殺人衝動を起こすなんて、あまりヒソカからはイメージが沸かない。
それでは普通の殺人と変わらないからだ。ヒソカはそこまで普通の人間じゃない、はずだ。そしてそのことをヒソカ本人も戸惑ってるように見えた。

「あの…」
「ん?」
「それって…わたしとイルミのせいって言いたいの…?」
「そう言ったよね」

その問いにだけはヒソカも即答した。ついでにニヤリと笑みまで浮かべて、再び腰に腕を回してくる。

「ちょ…」
「だから責任取ってもらうかな」
「な…何の責任?!」

身の危険を感じて逃げようとしても、がっつりとホールドされてて動けない。
ヒソカはググっとその綺麗な顔を近づけると、赤いくちびるをペロリと舐めた。

「ボクも癒して欲しい」
「……え?」

くちびるが触れあいそうなほど近くで囁かれ、一瞬キスをされるのかと身構えた。なのに、ヒソカはただ体を抱き寄せ、わたしをぎゅっと抱きしめる。
その腕が意外なほど優しくて、それがおぞましいとさえ思うのに、わたしはこの時、ほんの僅かにときめいてしまった。
ありえない――。
そんな思いが過ぎる。
なのに心臓は素直に音を立てていた。





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