らしくない
「とりゃ!」
静かな森林の中に、男の掛け声が響く。同時に長い槍を振り回し、辺りの木々を薙ぎ払う。そんな大振りじゃ簡単に避けられるってのに、男は一向に諦める様子がない。大した使い手じゃないし、それ以上にボクの興味を削いだのは――。
「ヒソカ!何故反撃しない!」
荒い呼吸を繰り返す男は絶望したように叫びだした。うーん、もう残り数分ってとこか。
「このまま避けてれば、キミは勝手に死ぬから」
「…っ!」
「おびただしい好血蝶の数がキミの傷の深さを物語っている」
「…く…」
男は立ってるのもやっとだったんだろう。膝をつくと槍を持つ手を震わせた。あ~あ。壊れた玩具には興味湧かないんだよなぁ。
「すでに誰かから致命傷を負わされてんだろ?最後まで戦士たろうとする意気はわかるけどねェ…」
「貴様…っ!そこまで理解していながら…それでもなお、私と戦ってはくれぬのか!」
額に大量の汗、血走った目。もう彼は一分持つか持たないか。
情けをかける気にもならない。
「ボクさぁ…死人に興味ないんだよね。キミ、もう死んでるよ。目が。――バイバイ」
彼の攻撃には当たらなかったし、もういっかなと近くの岩に腰をかけた。は「かわいそー…」と思ってもいないことを呟きながら、相変わらず木の枝に座りながら、長い足をプラプラさせている。
むしゃぶりつきたくなる衝動――。
こんな時なのにボクの興味はやっぱりに向いてしまう。思うままに彼女を貪りつくしてやりたい。
そんな想像をした瞬間、ずくんと腹の奥で雄が轟くのが分かった。ああ、相手の殺気に中てられて、違う方向にボクの感情が昂ってしまったようだ。
「く…ぐぐ…うあぁぁっ!」
そんな心地いい感覚の中、男は最後のあがきとでもいうように、奇声を発しながらボクに攻撃をしかけてきた。でも背後から良く知ってる殺気が漂ってきたから、彼に任せるとしよう。
鋭い閃光が走り、男の顔面を撃ち抜いたソレは、イルミ愛用の無数の針。男は声もなくその場に崩れ落ちた。
(なるほどねェ…そういうことか)
意図が分かって苦笑していると、背後から案の定「ごめんごめん」という抑揚のない声が聞こえてきた。
「油断してて逃がしちゃったよ」
またしてもギタラクルという仮の姿に戻っていたイルミが歩いてきた。これでとの二人きりの時間も終わりか、と少し残念に思う。
「ウソばっかり。どうせこいつに"どうか死にゆくオレの最後の願いを"とか泣きつかれたんだろ?どうでもいい敵に情けかけるのやめなよ」
「だってさー。かわいそうだったから。どうせ本当に死ぬ人だし」
イルミの素顔も相当、何を考えてるか分からない顔をしてるけど、ギタラクルのゴツイ顔のままイルミ口調で話されると更に不気味だなと内心どうでもいいことを考えてた。
そして気づいた。がいない。
「ヒソカだってたまにやるだろ?相手にトドメささないまま帰っちゃったりさ」
「ボクはちゃんと相手を選ぶよ。今殺すのはもったいない人だけ生かすわけ」
イルミはまだ気づいていないようだ。戦闘後は多少なりとも気分が昂ってハイになるから、イルミもまだとはぐれたと思ってるのかもしれない。
ここは違う話題を振ってイルミの気を反らしておこうかな。
「あ、で。プレートは?」
「あるよ」
イルミはポケットからプレートを出すと「オレは6点になったからこっちはいらないや。あげる」とボクにあっさりプレートをくれた。
「これ、誰の?」
「オレを銃で狙ってた奴のプレート。こいつはムカついたからすぐ殺しちゃった。そのせいでともはぐれちゃったし」
イルミは淡々と話しながら顔の針を一本一本抜いていく。そうすることで再びボコボコと顔面が波打って、イルミ本来の姿が現れた。
「うーん。何度見ても面白い」
「やってる方は結構ツラいんだよね。あースッキリした」
イルミは猫のように軽く頭を振って息をつくと、辺りをキョロキョロ見渡した。さっきまで彼女が座ってた場所へボクも視線を向けてみたけど、やっぱりの姿はない。イルミが来る直前まではいたと思うけど、イルミの乱入後に意識を外しちゃったから、その間にお得意の逃げに入ったのかもしれない。
「それで…見なかった?」
「さあ?一緒だったのはイルミだろ」
「それが銃で狙われてるの分かって挟み撃ちにしようって話だったのに、来なかったんだよね。まあオレ一人でも殺れたけど」
「フーン。また逃げられたってことか」
「かもね…ったく世話の焼ける…」
なーんて。ボクが彼女を引き留めてたなんてことは口が裂けても言えないなァ。ま、今回はボクも逃げられたってことになるのかな?
辺りを探ってみたけど、この近くにはいないようだ。でも移動した方向は今なら探せる。
(ただイルミをどうやってまこうか…)
と考えていると、イルミは突然、モグラの如く地面に穴を掘りだした。何とも便利な肉体操作だ。
「何してるの…」
「もいないし、オレは期日まで寝るから」
「…は?寝るのかい?その穴で?を探しに行かないんだ」
「どうせ期日になればゴール地点で会えるしね。今日まで一睡もしてないから眠くて…」
イルミはふぁっと欠伸をすると「じゃ、おやすみー」と言いながら、本当に地面に潜ってしまった。
「………(やっぱり面白い)」
あんなに執着してるくせに、こういう時はアッサリ引き下がるんだと苦笑が漏れる。何だかんだ言って、ちゃんと彼女の好きにさせる時間も作る辺りは兄貴らしいんだけど。後は彼女なら簡単にやられないという信頼か。
その辺のことはボクも同意するけどね。
(さて…あと2点…そろそろ狩るか…。を探しながら移動すれば誰かいるだろ)
手の中のプレートをポケットに突っ込むと、さっきまでがいた辺りを"凝"で探ってみる。するとそこから東の方向へ残り香のようにオーラが漂っていることに気づいた。誘われるように彼女の足跡を追っていく。別に今ここで彼女を追わなくても、イルミの言うように期日になればゴール地点で会えるだろうが、もう少しと時間を共にしてみたい。彼女といる時の、ボクも知らない自分が生まれる感覚が楽しくなってきたのもある。変に甘酸っぱくて何とも言えない高揚感は殺しでも味わえないものだ。
壊したいとも思うし、壊したくないとも思う。
でも、どっちかと言えば、彼女は壊さず、どこかへ閉じ込めて永遠にボクの人形として傍に置いておきたい衝動に駆られる。
イルミに向けるあの情熱をボクに向けて欲しい。イルミが大事に大事に育てた女の子を、ボクが奪ったら楽しそうじゃないか。
あのイルミを敵に回してでも手に入れたくなる。ボクにとってのはそう言う女だ。
「…あれ、途切れてる」
途中で彼女の足跡がプツリと切れていた。この感じは自身の能力を使ったんだろう。
「う~ん…厄介だなァ、ドールハウスは」
思わず苦笑が漏れて頭を掻く。アレの中へ入られるとボクでも見つけられない。でも彼女だって永遠にそこへ入ってられるわけでもない。そのうち必ず出てくるはずだ。
でもそれまでは暇になってしまった。
「さて…どうするかな…」
森をそのまま移動しながら考える。でもちょうどボクの視界にある人物が飛び込んできた。
「ん?」
下方の森を彷徨う二つの影。指で丸を作ってそこから覗いてみると、それは願ってもない相手。自分の口元が自然と弧を描くのが分かった。
「見~つけた♡」
△▼△
「あー…疲れたぁ…」
久しぶりにドールハウスのベッドへ寝転がり、天井を見上げると深い息を吐き出した。
ヒソカとヒゲの男の攻防を見ていたら、ヒゲの男が現れた方向からイルミの気配がした気がして咄嗟に体が動いてしまったのだ。条件反射というやつかもしれない。
(これでいい…やっぱり一緒にいたらわたしはイルミに…ううん。自分の想いに抗えない…)
顔を見たら胸が勝手にドキドキするし、触れられたらそこから熱が広がってしまう。ダメだと思うのに、前の自分に戻ってしまうのだ。
――オレとが兄弟だったことある?
そんなこと言われても、何も知らなかった頃みたいには振る舞えない。それにわたしはイルミ絶ちする為に家出をしたんだから。
ハンター試験が終わっても家には帰らない。どこにいたってゾルディックとしての仕事は出来るし、いっそこのまま世界を転々としたっていい。
――じゃあ、その時はボクと旅でもしないかい?
ふとヒソカに言われたことを思い出してドキっとした。
「な、何今の!なし!絶対、なし!」
ガバっと起き上がりブンブン首を振れば、クラっと目が回って再びベッドへ倒れ込む。
あんなのヒソカのいつもの気まぐれで言っただけのことだ。きっと今は忘れてる。
ただ…急に優しく抱きしめてくるから調子が狂ってしまった。
「あんなの…反則だよ…」
いつもみたいにからかわれた方がマシだった。イルミに嫉妬して大勢殺したとか、そんなのヒソカらしくない。
「どういうつもりなんだろ…」
男の考えてることなんて分からない。イルミしか男を知らないわたしが、当然分かるはずもない。そもそもイルミのことだってよく分からないのに、同じレベルで変わってるヒソカの考えてることを理解出来るはずもなかった。
「は…こんなことしてる場合じゃない…早くキルアを探さないと…」
わたしは慌てて体を起こすと、ベッドから飛び降りた。