君が優しいから

1.

相手の攻撃より数倍早く、オレの針が男の額へと突き刺さった。声もなく崩れ落ちる体から、一応プレートを抜き取っておく。

「…違うか」

手の中のプレートをジっと見つめながら、何となく拍子抜けた。こんなにターゲットが見つからないものかと思いつつ、が来るであろう方向へ視線を向ける。でも待てど暮らせど彼女の姿は見えてこない。

(おかしいな…)

あの場所からここまでこんなに時間がかかるはずがない。ならオレの動きを読みながら、ちゃんと辿り着くはずだ。
まさか、また逃げた?と思ったけど、すぐに打ち消した。がキルアを置き去りにして逃げるとは思えない。オレが家に連れ戻そうとすることは常に頭にあるはずだ。

「…ハァ…また探すの大変なんだけどなぁ」

なんて口では言ってみたものの、言うほど大変でもない。結局は同じ場所に戻っていくのだから、そのうち会うだろう。

(でも一応さっきの場所まで戻ってみるか…)

もしかしたらも他の受験生に絡まれてるのかもしれない。女一人でいれば、相手の度量も分からないバカな連中が、さっきみたいに襲ってこないとも言い切れないからだ。
その時、背後でカサ…っと草を踏む音がして、つかさず針を飛ばす。木々の奥で金属を弾く音が聞こえて「誰?」と声をかけると、相手の逃げる気配がした。

「…オレから逃げられると思ってるの」

せっかくを探しに行こうと思ってたのに、と思いつつ、目の前で逃げられると追いかけたくなるのは、のせいかもしれない。
サッサと終わらせて、早くを探しに行かなくちゃ。
手に数本の針を持ちながら、オレは森の中を逃げる相手を追いかけて行った。




2.


ボクの腕の中にすっぽり納まるほど華奢なのに、ひとたび戦闘になると、その辺の念能力者なんて瞬殺できるほど強いなんて、何ともおかしなものだなと、彼女を抱きしめながら考えていた。
何もせず、ただ女を抱きしめるなんてしたこともないのに、何だかとても離れがたい。女の子の体温が心地いいなんて、初めての感覚だ。
このボクにも、こんな穏やかな感情があったなんて、きっと誰に話したところで信じてもらえないんだろう。そもそもの話、ボク自身が信じられないんだから。

「…ちょ…ヒソカ…」
「ん?」

か細い声でボクを呼ぶは、きっと今すぐにでも逃げ出したいんだろう。でもボクのバンジーガムが、の腰を固定して、あまり身動きが取れないようだ。

「そろそろ放して…」
「いいねぇ。そういう弱々しい声でお願いしてくるも凄くそそるなぁ」
「へ、変態…っ」
「そう?これくらいは普通だろ」

は無駄だと知りながら、腕の中でどうにか逃れようと悪あがきをしている。いちいちボクの言うことに素直に反応しちゃって、何ともからかいがいのある子だ。

「まだイルミの心配してるのかい?」
「…心配なんてしてない。イルミはわたしがいなくても負けるはずないもん」

イルミの名前を出した途端、急にしおらしい態度を見せる。イルミに全幅の信頼を寄せているのもボクとしては面白くない。
そう思っていた時だった。下の方で強い力を感じて視線を下げれば、が拳にオーラをたっぷり込めていた。

「おっと…」

少々油断したようだ。珍しく大人しくしてると思えば、これを狙ってたのかと苦笑が漏れる。咄嗟にバンジーガムを解いてしまったけど、あのままじゃ危うく腹を抉られるところだ。

「怖いなぁ」

両手を上げてホールドアップすると、は拳のオーラを解いて呆れたように溜息を吐いている。でも頬はほんのりと赤い。

「もう…遊んでる場合じゃないでしょ、今は」
「遊びのつもりはないんだけど」
「…嘘ばっかり。ヒソカはいつも遊びじゃない」

はいいながらも、遠くの方に意識を向けている。きっとイルミの戦闘がどうなったのか気になってるんだろう。でも多分、彼なら瞬殺してとっくに移動してる気がした。

「イルミも戻ってこなさそうだし、ボクらは当初の予定通り、二人で行動しようか」
「…それはいいけど…イルミ、どうしたんだろ」
「さあ?他の獲物を見つけたのかもしれないよ」

さっきからこの森のあちらこちらで戦闘が始まっている。程よい殺気がかすかに漂ってくるのも気持ちがいい。本当ならボクもその流れに乗っかってしまいたいところだけど、今はの傍を離れるわけにもいかない。

(ま、二人きりになれるなんて滅多にないしね)

は弟のことも心配なんだろう。みんな、どうしたかな、なんて言いながら、辺りをキョロキョロし始めた。

「弟くんが心配かい?」
「そりゃ…まあ、でもキルはあんな雑魚どもに殺られるような子じゃないから。ただイルミが来てるのは知らないし、間違って遭遇しないかと、そっちが心配」

確かにイルミはとは違う意味で弟を溺愛してるようだ。まあ、あれを愛情と言ってしまうには首をかしげたくなるけど。

「それより…ヒソカはさっきプレート集められたんでしょ?もう自分のターゲットは見つけたの?」
「………プレート…?」

がふとボクを見上げて尋ねてくるから「あ」と変な声が出てしまった。さっき大量に殺したにも関わらず、プレートのことはすっかり忘れていたのを思い出す。高揚してたから、本来の目的など頭からすっぽ抜けてた。
ボクの反応を見て何かを察したのか、が呆れ顔で溜息をついている。

「その様子じゃ…ただ単に殺しを満喫してただけみたいね」
「うーん…参ったなァ…」

なんて、言うほど参ってないけど。あんなもの適当に三人殺して奪ってしまえばこの試験は終わる。

「もう…仕方ないから付き合ってあげる。人がいそうな場所に移動しましょ」
「へぇ、随分と優しいんだねぇ」
「別に。こうして一緒にいれば、万が一キルアとヒソカが遭遇しても助けられるし」
「まだボクを疑ってるんだ。彼らに手を出す気はないよ」

今は、まだね。と心の中で付け足すのを忘れない。青い果実は実ってからが美味しい。その時はどっちと先にやりあおうかな。
本気で悩んでいると、前を歩いていたが、ふと足を止めた。

「ん?」

僕の方へ振り向き、ハンカチを持った手を伸ばしてくるにちょっとだけ驚く。彼女はボクの肩に血が滲んでいる場所へハンカチを押しあてた。

「…だいぶマシになってるけど、少しくらい止血しなよ」
「へぇ?心配してくれてるのかい?」
「べ、別に心配なんかしてないから。好血蝶が寄ってくるからウザいだけだし」

慌てたように言いながら、すぐにそっぽを向く彼女に、呆気にとられ、すぐにジワジワと笑いがこみ上げてくる。これまで何度も顔を合わせているけど、がボクのケガのことを気にかけてくれたのは初めてだ。

「な、何ニヤニヤしてんのよ…」
「だって…がボクのケガを気にかけてくれるの初めてだろ?これはもう愛だよねぇ」
「は…?どの口が愛とか言ってるの?」
「照れるなよ」
「ちょ、ちょっとくっつかないでよっ」

やけに浮かれた気分での肩を抱き寄せると、すぐに苦情が飛んでくる。でも素直じゃない彼女も、またたまらない。

「じゃあ少し休んでもいいかな。さっきからずっと移動しっぱなしだったし」
「…珍しい。ヒソカが獲物を前に休むとか」

言いながらは草むらの方へ視線を向けた。彼女もとっくにその気配には気づいてたらしい。まあ、これだけ殺気を漂わせていれば当然か。

「だから言ってるんだよ」
「ふーん…まあ、いいけど…わたしは加勢しないからね」
「大丈夫だよ」

そう言って木の幹を背に腰をかけると、は「あ」と言って、その近くに生えてる雑草を摘み始めた。何をしてるのかと思えば、それを今度は落ちてる石を使ってすり潰している。その緑色のどろっとした物を、何故かボクのケガをした傷口へ塗り始めた。

「えーと……これ何してるの」
「これ消毒になる薬草なの。少しジっとしてて。そのうち血が止まるから」
「…へえ。さすがゾルディックの人間だ。そういう物に詳しいんだね」
「嫌って言うほど教え込まれたもの」
「それは…イルミに?」
「うん。この薬草、うちの庭にも生えてて」

は素直に頷いて、残りの薬草もきちんと塗ってくれている。その真剣な顔を見ていたら、また胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
他人から治療を受けたことはあるけど、彼女のように損得なしに気にしてくれる人間はいなかった気がする。


「え?」

ふと顔を上げたを見て身を屈めたボクは、そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねた。触れるだけのキスは、どことなくボクを甘い気分にさせる。

「な、何して…っ」
「お礼のキス」
「し、しなくていいっ」

軽く触れただけなのに、は真っ赤になってボクから離れた。ほんと、実の兄貴に抱かれてる女とは思えないほどの反応に、つい笑ってしまう。

「て、敵が近くにいるのに何考えてんの…っ」
「何ってそりゃーのことに決まってるじゃないか。キミとキスしながら他のことを考えてたら失礼だろう?」
「そ、そうーいうことを言ってるんじゃなくて…!」
「ああ、でも…あまり覗き見されるのは趣味じゃないし…そろそろ狩るかな」
「…っ?」

ボクの一言で察したは、すぐに木の上に移動した。
まあ、ここで戦ったところでには危険も及ばないだろう。そもそも、そんな強者でもない。

「さあ、出て来なよ。いるんだろ?」

言いながらチラっと殺気が濃く漂う草むらへ視線を向ける。相手は警戒しているのか、なかなか出てくる様子はなく。仕方ない、とゆっくり立ち上がった。

「来ないならこっちから行こうかな」

真っすぐ草むらの方へ歩いて行くと、相手も観念したのか、その姿を現した。
髭を生やした男は、その手に長い槍を握っている。その槍に、男は一瞬で念を込めた。

「手合わせ願おう」
「死ぬよ」

そう返すと、男は怯えた様子もなく、ただジっとボクを見つめてきた。
どうやら死ぬ覚悟は出来ているようだ。

「ヒソカ、あまり動き回らない方がいいよ。傷口開くから」

が木の枝に腰をかけながら声をかけてくる。

「やだなぁ、心配してくれるなんて、ゾクゾクしてきちゃったよ」
「心配はしてないってば」
「照れなくていいよ。ああ、そうだ。一切攻撃を受けずにこの男を一撃で倒したら、ボクと旅行に行く話、考えてくれる?」
「…は?」
「決まりね」
「ちょっと勝手に決めないでよっ」

は文句を言ってるけど、それは後で聞くとして、今は目の前の男をサッサと片付けてしまおう。ほんとは死にそうな相手を殺すのはつまんないんだけど。
男はボクの言葉を聞いて殺気を更に垂れ流し始めた。

「舐めやがって…」
「それが嫌なら一撃でもボクに入れてみなよ」

相手を煽るのはボクの得意分野。熱くなればなるほど、この男の死が近づく。

「さあ、かかって来なよ」

笑顔で挑発すれば、男の震える手が長い槍を天へと掲げた。




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