春千夜くんが誘惑してきます

ずっと――嫌われてると思ってた。
綺麗な金髪と、まつ毛バサバサの大きな瞳がトレードマークの男の子。
目が合うたび、反らされるし、話しかけても素っ気ない。
いつも黒いマスクをしてるから、表情も分からなくて。
でも、何故か気になってしまう人だった。
そんな彼に――キスをされた。

「……ぇ」

薄闇の中、彼の大きな瞳がゆらゆら揺れていて、きょとんとしたわたしの顔を映してるのが、ぼんやりと見えた――。

冬休み初日の今日、友達のエマちゃんの家にお泊りすることになった。おじいさんが町内の友達と温泉旅行に行って不在らしい。だからなのか、家にはエマちゃんのお兄さん、マイキーくんの友達も来てて、その中には当然、幼馴染だという彼も含まれていた。マイキーくんの友達はみんな、それぞれ見た目は怖いけど、気さくな人ばかりだ。エマちゃんが片思いしてるというドラケンくんを筆頭に、釣り目が印象的な場地圭介くん。そして――金髪の彼。暴走族をやってるというわりに、意外とみんな優しいから、わたしも少しずつ打ち解けていった。今はすっかりエマちゃんの親友として、みんなの輪の中に入れてもらえてる気がする。その中でも、彼だけは未だに素っ気ない。やっぱり嫌われてるのかも。

「え、春千夜~?嫌われてないでしょ。今日のお泊りも来るのかって春千夜、聞いてたよ」

夜は皆でホラー映画を観ることになったから、キッチンで飲み物を準備しながら、エマちゃんにさり気なく彼のことを聞いてみると、そんな答えが返ってきた。え、わたしが来るかどうか気にしてくれたってことかな。でもいつも素っ気ないのに何でだろう。さっきだって「こんにちは」って挨拶したら「…どーも」しか返してくれなかったし、何なら目も合わせてくれなかった。

「気のせいだよ。アイツ、中一の頃はマイキーも手を焼くほどヤンチャだったけど、最近はめっきり大人しくなっちゃって。だから不愛想に見えるだけじゃないかな」
「そっか…ならいいんだけど…」

わたしよりも長い付き合いのエマちゃんが言うなら、本当にそうなのかもしれない。あまり気にしないでもいいのかも。

「ほら、早く映画観よう。みんな待ってるよ」
「うん、そうだね」

昼間はエマちゃんとお菓子作りをして、夜は一緒にみんなの分のご飯も作った。まあ簡単なカレーだけど。それを食べ終わったら、それぞれお風呂に入って、いい時間になった今、今日のメインでもあるホラー映画鑑賞だ。
夏でもないのに何でホラーなのって思うけど、やっぱり大勢で集まると怖いやつの方が盛り上がると、マイキーくんが決定したらしい。確かにみんなで集まって騒ぐならホラー一択かもしれない。でも地味にわたしは怖いのが苦手だった。

「おーい、エマ、。早く来いよ。そろそろ再生すんぞー」
「はーい」

茶の間の方からドラケンくんが呼ぶと、エマちゃんが嬉しそうに飲み物を運んでいく。エマちゃんはだいぶ前からドラケンくんに片思いしてるって言ってたけど、わたし的には両想いに見えるんだよなぁ。まあ、その辺は微妙なのかもしれないから、お節介はせず、密かに見守ってたりする。

「早く早く」

マイキーくんはすでにテレビの前にスタンバイしていて、隣には場地くんが座っている。ソファにはドラケンくんが座っていて、エマちゃんがちゃっかり隣をキープしたようだ。

(わたしはどの辺に座ろうかな…)

一瞬、その場を見渡し、ソファの二人に邪魔にならないような場所を探す。その時、不意に春千夜くんと目が合った。しかも彼は自分の隣に座布団を置いてくれた。

「…座れば」
「あ…ありがとう…」

は、春千夜くんの方から声をかけてくれた!と少し驚いたけど、ちょっと嬉しい。やっぱり嫌われてるのは勘違いだったかも、とホっとしながら、隣に座らせてもらった。

「んじゃー電気消すぞ~」

やはりホラーを見るには真っ暗にしようということで、ドラケンくんが一瞬立ち上がって茶の間の電気を消す。

「やべ~ワクワクしてきちった」
「子供か」

ドラケンくんが笑いながら突っ込んでるけど、マイキーくんは映画というより、この場の雰囲気が楽しいらしい。でもわたしもホラーは怖いクセに、こういうノリは大好きだったりする。
それぞれ好きなジュースを手に、場地くんや春千夜くんがさっきコンビニで買ってきたスナック菓子を広げて、みんなで食べたり飲んだりしながら、映画のストーリーを考察して盛り上がる。時々ビックリするようなシーンもあって、ビビりのわたしはついビクっとなっちゃうけど、みんながいるから、そこまで怖くはない。
その時、床に置いてた手に、何かが触れた気がして、ふと視線を落とした。

「あ、悪い」

隣にいた春千夜くんが、少し慌てたように言った。どうやら同じタイミングで床に手をついた時、互いの指先が触れたらしい。

「う、ううん」

パっと視線を反らすから、こっちまで少し恥ずかしくて、じわりと頬が熱くなった。たかが指先が触れただけなのに、やけにドキドキしてしまう。昨日まで遠い存在だった春千夜くんが、急に近いところにいるせいかもしれない。

「ん~今のはいまいち怖くなかったなー」

まず一本目の映画を観終わり、マイキーくんが笑った。わたし的には十分怖かったけど。

「んじゃー次!これ観ようぜ、これ」
「おー場地が借りてきたの怖そうだったよなー。どんな話?」
「あ~確かこれ、怪奇ルポの第一人者である実話作家がある呪いの映画を完成させた後、自宅が全焼するとこから始まって、その家の焼け跡からは妻の遺体だけが発見。作家本人は失踪して現在も行方不明のまま、その後に色々怪奇現象が起こる…って感じだったな」
「何それ、怖そうじゃん!」

怖そうというか…場地くんの今の説明だけで、わたしは怖かった。日本のホラー映画は何でこう、ゾクリとするような話が多いんだろう。海外のホラーはビックリ系が多いのに。

「じゃあ再生するぞ」

今度は場地くんがリモコンで再生を押している。わたしはすでにドキドキしながら、気分を落ち着けるのにジュースを飲もうとグラスを口へ運ぶ。でもすでに中が空だったことに気づいた。

「あ、わたし、飲み物取ってくるけど、他にいる人は…」
「あーまだ大丈夫」
「オレもー」

他にはいないようだから、わたしだけキッチンに行って自分のグラスに新しくジュースを注いでいく。電気を消してるから、テレビ画面の明かりだけが頼りだ。

「あー悪い。オレのも入れて」
「ひゃ…」

不意に背後で声がしてビクっとなった。振り向けば春千夜くんが驚いたような顔で立っている。今日はマスクもしていないから、綺麗な顔をバッチリ見てしまった。

「悪い。驚かせたかよ」
「う、ううん…大丈夫。あ、ジュース…」

未だバクバクしてる心臓を抑えつつ、冷蔵庫から春千夜くんの好きな飲み物を取り出す。それをグラスに注いであげると、彼は「さんきゅ…」と視線を反らしながら呟いた。やっぱり目は合わせてくれないらしい。でも何となく、わたしが心配してたような感じでもない。

「春千夜くんは怖いの平気なの?」
「…まあ。どっちかと言えば…好き、かな」
「え、そうなんだ。わたし、ちょっと苦手だから場地くんの説明ですでに怖いよ」
「…みんな、傍にいるし平気じゃね?」
「そうだね。春千夜くんも隣にいるしね」
「……」

あれ、わたし何か変なこと言ったかな。
そう不安になるくらい、急に黙るからドキっとしてしまう。春千夜くんはふいっと顔を反らすと「もう始まってンぞ」と言って皆の方へ戻っって行ってしまった。
怒った…わけじゃないよね。それとも勝手にオレを頼ってんじゃねえって思ったのかな。今の春千夜くんの態度に首を傾げつつ、元の場所に座ると、すでに冒頭のシーンが始まっていて。みんなは食い入るように画面を見つめてる。だけど、春千夜くんだけは、ふとわたしを見て、目が合うとサっと反らしてしまった。

(やっぱり…嫌われてる…?)

春千夜くんの反応を、いちいち気にしてしまうわたしがいた。



△▼△



「ん…」

唐突に目が覚めたのは、少し寒さを感じたせいだった。
目を開けると、薄暗い室内がテレビ画面の明かりに照らされている。ああ、映画観ながら寝ちゃったんだっけ、と思いながら上半身だけ起こしてみた。
マイキーくんと場地くんも床に寝転がったまま、イビキをかいて眠ってるようだ。ドラケンくんとエマちゃんに至っては、ソファで仲良く寄り添って寝ている。これは起きたらエマちゃん大騒ぎだろうな、と思いながら、テレビを消そうとリモコンを探した。

(きっとみんなアレで寝ちゃったんだろうなあ)

四本目の映画はやたらとテンポの遅い話で、だんだんと眠くなってきたのは覚えてる。多分、深夜0時を過ぎた辺りで、そろそろ睡魔も襲ってくる時間帯だったのかもしれない。途中で寒いからと、エマちゃんがみんなの分の毛布を持ってきたのも睡魔を呼ぶキッカケになった気がする。ポカポカした状態で部屋も暗いから、だんだん座ってるのがツラくなってきた。そこでマイキーくん達が寝転びだしたのを見て、わたしも横になって観ることにしたのだ。春千夜くんも確か寝転んでた気がする。
ふと気になって隣を見ると、案の定、春千夜くんも横になって寝ているようだった。

(ほんと綺麗な顔してるなあ…まつ毛も凄いバサバサ…)

目が慣れてきた頃、隣で気持ち良さそうに眠っている春千夜くんの顔を、マジマジと眺めてしまった。普段はあまりジロジロ見るのもあれだし、目が合うといつも反らされてしまうから、こんな風にゆっくり見ることは出来ない。イケメンというより、綺麗。そんな顔をしてる春千夜くんが羨ましい。
実のところ、春千夜くんの顔はわたしの憧れの顔でもある。こんな顔に生まれたかった、という完成形が、この春千夜くんだ。

(何か…私服も新鮮…特攻服のイメージ強いけど、私服もカッコいい)

憧れの顔を持つ春千夜くんだから、余計に素っ気ない彼の態度で一喜一憂してしまうわたしがいる。だけど今日は少しだけ、彼に近づけたような気がした。よく分からないことも多いけど、だから気になっちゃうのかな。
そんなことを考えながら、ボーっと綺麗な寝顔を見てると、春千夜くんの目が、ゆっくりと開くのが見えた。マズい、と思った時には遅くて、目がバッチリと合ってしまった。どう考えても、わたしが肘をついて彼の顔を覗き込んでるようにしか見えない。春千夜くんは一瞬だけ、目を見開いたように見えた。でも次の瞬間、彼の手が伸びてきて、わたしの首の後ろへ回された。声を出す暇もない。軽く引き寄せられたと思った時には、互いのくちびるが重なっていた。

「…ん」

何をされたのか、一瞬分からなかった。でも柔らかい感触だけはハッキリ伝わってきて、それが離れていく時、ちゅ…っと小さくリップ音がしたのが分かった。

「……ぇ…」

至近距離で春千夜くんの瞳が見えて、呆けたわたしの顔が映っている。これは夢?と思ったら、春千夜くんが小さな声で「つめて…」と呟いた。

「オマエ…体冷えてんじゃん…」
「……え、え…?」

今、何をしたの?と聞く前に、かすかに眉間を寄せた春千夜くんは、首の後ろに回したままの腕を更に引き寄せる。そうすることで、わたしを隣へ寝かせて、自分がかけていた毛布をわたしにもかけてくれた。これはいったい、どういうこと?と頭が混乱した。でも何かを言う前に、春千夜くんの胸元へ顔を押し付けられる。

(こ、これって…だ、抱きしめられてる…のでは…)

背中に腕が回るのが分かって、ドキドキが一気に襲ってきた。

「あ、あの――」
「…あったけぇからこのまま寝ていい?」

どうにか顔を上げると、春千夜くんは眠そうな顔で訊いてきた。そんな顔で言われたら、頷く以外の選択肢はない。
もう一度ぎゅっとされて、頭に春千夜くんのくちびるが触れる感触がした。やけにわたしの心臓がうるさくて、この急展開にどうしていいのかも分からない。
嫌われてると思っていた春千夜くんに、ファーストキスを奪われたというのに、この時のわたしは怒ることも出来ず、ただただひたすら、ドキドキしていた。




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