この世にいない人には勝てない――。
だからいつかはこんな日が来ると予感はしていた。それでも密やかに夢を見ていたかった。ずっと一緒にいられるって。一緒にいてくれるって。
愚かにもそんな"幻"を信じていたのは――ただ、誰かに必要とされていたかっただけなんだ。
わたしの心で育んでいると思っていた淡い想いは、偽物だったみたい。
今夜が、最後の日。ココが偽りだと言った恋を、終わらせる。


「オマエ、まだ飲むの」

ワインを開けているわたしを見て、修二が苦笑いを浮かべた。
ルームサービスで軽く夕食をとった後、お酒を飲もうと言い出したのはわたしだ。修二とこのホテルに入ってから二日目の夜になろうとしていた。
修二と散々抱き合って、泥のように眠って。今朝起きた時には酷い倦怠感に襲われたけど、やけに胸の奥はスッキリしていた。
結局、二人とも夕方までベッドから動こうとせず、うだうだと怠慢な時間を貪っている。時々、修二がキスをしてきて、その甘さに酔いしれる。
今まで、キスをされる幸せを知らなかったなんて、凄く損した気分だ。
ココを好きでいる限り、わたしは誰ともキスなんて出来ないんだろうなと思ってた。他の男と付き合って気を紛らわせようと思ったって無理だった。触れられるのすら嫌だった。だから、自然に修二にキスを出来た時は自分でも驚いた。何だかんだ言いながらも、わたしの傍にいてくれる彼に救われたのだ。
抱き合って気分が落ち着いた時、修二にこれまでの話を聞いてもらっただけで、いつの間にかスッキリしていて。わたしはどれだけひとりで重たいものを抱えてたんだろうと思った。
ココとの間にあったことを、全て誰かに話したのは修二が初めてだった。青宗にも直接あんな話をしたことはない。
つまるところ、彼に話を聞いてもらってスッキリしたということは、わたしは自分の色んな思いを持て余していたということになる。
自分の中でだけ考えて答えを出していたのだから、永遠に抜け出せないループに陥ってたかもしれない。人に話すと、客観的に自分のことを見られるんだということにも気づいた。

「…オマエ…ほんっとバカじゃねぇの」

彼は呆れたように言ったけど、頭を抱き寄せられた時、その腕から優しさが伝わってきて本当は、泣きそうになった。
男の人の腕に抱き寄せられるのが、こんなにも安心するんだって、知らなかった。抱き合いながら不安を感じてたココとの間には、きっとなかったものだ。
恋じゃないって言われても、今はまだ気持ちを切り替えるなんて出来ないけど、でも現実を見ようとは思えた。
それはきっと、隣にいる人のおかげ。
美味しいワインと、優しい腕があるから、今夜はぐっすり眠れそうだ。




ふあ…っと大欠伸をかましたら、稀咲がふとオレを見て苦笑交じりに溜息を吐いた。まあ、言いたいことは分かる。

「…別にホテルに行けとまでは言ってないんだがな」
「いや、そこは行かねえと男が廃るじゃん」

彼女とホテルを出て家まで送った後、オレはその足で稀咲のアジトへ顔を出した。散々電話がかかってたのを無視してたから、稀咲もオレが何をしてたのか薄々は気づいてたようで、案の定、呆れ顔をされたけど。

「まあ、が九井を吹っ切ってくれた方が、この先を考えれば何かと都合がいい。だが、あまり入れ込むなよ?は駒だ。次はオマエとゴチャゴチャ揉められても困る」

稀咲は淡々とした顔で言いながら、確認するような目つきでオレを見ている。まあ、それも意味は分かるが、そこまで心配するようなことにはならねえだろうな、と思いつつ、に言われたことを思い出した。

「それはねえよ。オレ、あっさりフラれたし」
「……は?」

珍しく稀咲が素で驚くもんだから、ちょっとだけ吹き出しそうになった。でもオレは結構マジでへこんでるから笑えねえ。

「だから、最初は流れでホテル行ったけど、相性抜群だし、その後もいい感じの雰囲気になったし、アイツもまんざらでもなさそうだったからさー。オレの女にならねえ?って最後に言ったら、ココにフラれてすぐ修二とってのは考えられねえって言われてさあ。どう思う?これ」
「いや、どうって言われても…は?オマエ、にそんなこと言ったのかよ」
「ばはっ。そんな驚くかぁ?」

ますます驚愕といった顔で見てくる稀咲に、たまらず吹き出した。普段から悪だくみばっかしてるし、こういう話はしたことがないせいかもしれない。

「半間…オマエ、のこと好きなのか…?」
「まあ…もともといい女だなーとは思ってたけどさぁ。ああいう関係になって意外な一面を見たというか…何か…これまで感じたことねえもんがこう…ぶわーっと湧いてきたっつーか…。オレだけのもんにしたくなった」
「……単にヤった女を独占したくなっただけだろ」
「そうかもしんねえけど…アイツ、案外可愛いとこあんだよなー。ギャップ萌え?」
「………はあ…」

稀咲はますます呆れたような顔で溜息を吐いた。まあ稀咲にしてみればは単なる駒としか思ってなかっただろうし、オレが本気になるなんて想定外だったんだろう。
自分の計画に支障をきたすとでも思ってるのかもしれねえけど、オレだって稀咲の計画を台なしにする気はない。

「それ、本気で言ってんのか?それともいつもの冗談かよ」
「いや、結構マジ。でも別にオマエの計画の邪魔なんかしねえよ」

稀咲の目的はマイキーを操り、東卍乗っ取って、チームをデカくした後、自分が頂点に立つことだ。それはオレも見てみたいと今からワクワクしてんだから、邪魔するつもりはさらさらない。
稀咲はふとオレを真顔で見上げた。

「……オレがに何をしてもか?」
「え、何。稀咲もとヤりてーの?それはちょっと嫌だわ」
「そーいう話じゃなく!」

この手の話は苦手なのか、稀咲が珍しく動揺してるのがウケる。でもそうじゃないとなると――。

をどうするつもりなわけ?」

何となく気になって尋ねると、稀咲は意味深な笑みを浮かべて立ち上がった。

「ま…オレの予想は遥かに超えたけど、思ってた通り」
「何が」
は半間、オマエも本気にさせるくらいの女だってことだ」
「……だから?」

何となく嫌な予感がした。

にマイキーを誘惑してもらおうかと思ってな」
「……は?」

苦笑しながら応える稀咲に、オレも言葉を失った。

「誘惑って…に色仕掛けでもさせるつもりかよ」
「そんな俗っぽい話じゃねえよ。本気にさせて欲しいって意味だ」
「本気って…」
「別にに露骨なことをさせるつもりもないし、むしろ自然に恋愛関係になるよう、オレが操作する」
「……マジ?」
「何だよ。やっぱり嫌か?オレの邪魔をする気なら――」
「邪魔はしねえよ。ただ…」
「ただ…何だ」
「……何かすんごく…妬けるかも」

オレの本音を口にすれば、稀咲は再び呆れたように深い溜息を吐いた。そこまで呆れなくてもいいだろ、と思うけど、自分でもこんな感情は初めてだから制御できない。オレが他人に固執するのは稀咲以来だ。
その稀咲は困ったような複雑そうな、何とも言えな表情でオレを見つめた。

「だからオマエに本気になって欲しくねーんだよ」
「いや…そりゃ悪かったけど、でも仕方なくね?惚れちまったもんはしょーがねえだろ。自分でも初めてで戸惑ってんだけど」

率直に今の気持ちを言葉にすると、そんな感じだ。稀咲は唖然とした顔をしたが、すぐに諦めにも似た笑みを浮かべた。

「…別に惚れようが何しようがいいけどな。計画の邪魔をしないなら」
「…しねえよ。そこは信じろ」

稀咲も本気で疑ってたわけじゃないのか、軽く笑いながらオレの肩をポンと叩く。ただモヤモヤしたものはオレの中で燻っていて、がマイキーと実際そういう関係になったのを見た時、オレはどう感じるんだろうと考えた。これまで嫉妬という感情とは無縁だったせいか、あまりピンとはこないが、抱き合うところを想像したら、マジでいい気分はしなかった。いい気分じゃないどころか、腹の奥がどす黒いもので覆われていく感覚。え、これマジで嫉妬って奴か。

(オレってこんな嫉妬深い男だったわけ?引くわ~)

自分で自分に呆れつつ、でも知らない感情を知るというのは、意外と悪いものじゃない。自分の知らない世界を見せてくれたのは、何も稀咲だけじゃなかったってわけだ。

「で…マイキーとをくっつけるってどうやるんだよ」

訊きたくはないが、そこは諦めて渋々といった感じで訊いてみる。

「それはこれから考える。時間をかけるつもりだからな。まあ…男と女なんて、キッカケを作ってやれば案外、簡単にくっつかもしれねえ。思いがけずオマエがに惚れたみたいにな」
「……あっそう」

意地の悪い笑みを浮かべる稀咲に、オレも苦笑いしかでない。
が九井を完全に吹っ切れたとしても、そう簡単にはオレのものにならないみたいだ。

(ま…その方が燃えるけど…)

手に入らないものを求め続けるのも意外と悪くない。その分、また違った世界が見れるから。
そして、この日から二年後――とマイキーは本当に付き合いだした。



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修二と関係を持ってから早くも一カ月が過ぎようとしていた。
失恋したからといって、他の男と寝るという愚行は自分でも信じられなかったけど、不思議と修二に抱かれたことで、心の奥に燻っていた色んなものが形を変え始めたように思う。これまでの心のうちを、全て修二に吐き出せたのも大きいのかもしれない。

――オマエ、ほんっとバカじゃねえの。

そう修二に一蹴された時、素直にほんとだね、と認めて笑うことが出来た。孤独と悲しみ。そんなものを抱えた、わたしとココの間違った関係は、最近になって、少しずつ昔の関係へと戻りつつある。
この日、わたしは久しぶりにココや青宗と、食事に行く約束をした。

「は…?じゃあオマエ…半間と付き合ってんのかよ」
「あ?訊いてねえんだけどっ」

ココと青宗が同時に攻めるような体勢で身を乗り出してくるから、思わず笑ってしまった。残暑も厳しいってのに、暑苦しくて仕方ない。いや、この時期に何故かすき焼きを食べに来てる時点で、わたし達は頭がおかしい。でも今日は何となく、高級なお肉ですき焼きを食べたかったのだ。

「だーから付き合ってないってば。エッチしただけだし」
「「……ハァ?!」」

溶いた卵にたっぷりと浸した最高和牛を口へ運びながら、あっけらかんと応える。その瞬間、男二人はお肉そっちのけで驚愕の声を上げた。でもこういう話を隠さず話せる二人だからこそ、正直に言えたのかもしれない。本来わたし達はこういう関係だった。なのにわたしとココがおかしな関係になったせいで、青宗もどこか遠慮がちになり、微妙に三人の間には亀裂を生んだんだろう。でも、もうそんな思いはさせたくないし、わたしも前を向きたいと、久しぶりに二人と会って、改めてそう思った。

「エッ…ちって、オマエ半間と寝たのかよっ?」
「ちょ…ココ、声大きいってば」

今いるのが個室で良かった、と思いつつ、次のお肉に手を伸ばそうとした時、わたしの狙っていたお肉をココが素早く奪っていく。

「あっ!それわたしの――」
「肉なんかより質問に答えろ!オマエ、半間と――」
「だから何よ。ココには関係ないでしょ」
「…ぐっ」

前にココが知らない女と寝てた時、わたしが言われた言葉を、そっくりそのまま返してやると、ココは当然言葉を詰まらせた。それでもココは怖い顔でわたしを睨むと「男のオレと女のオマエじゃワケちげーだろ」と、浮気をされた彼氏みたいなことを言ってくる。本当に男は勝手な生き物だ。

「男とか女とか関係ないでしょ。それに修二は二人が思ってるような酷い男じゃないし」
「…何だよ、それ。アイツに惚れたのか」

今まで脳死してたのかってくらい黙っていた青宗がやっと復活したように口を開いた。

「そういうんじゃないけど…悪い奴じゃないよ」

あの夜、わたしを放置したって良かったのに、怒りもせずそばにいてくれた。死ぬほど優しく抱いてくれた。まあ、その後も延々求められて、次の日はさすがにダウンするくらい疲れさせられたけど、でもどっぷりと快楽に溺れたからこそ、モヤモヤが吹き飛んだくらいスッキリして、一人じゃないんだって思うことが出来た。

(まあ…オレの女にならねえ?発言はちょっとビックリしたけど)

あの男がエッチしたからって、そっちに転ぶ男だとは思えないけど、本人もこんな風に思ったのは初めてだって言ってた。どこまで本当かは知らないけど、何となく嘘をついてるようにも見えなかった。ただ、修二にも言ったように、すぐ他の男とどうこうなるのは今はまだ考えられない。だから今まで通りの関係でいこうということで落ち着いた。…修二は不満そうだったけど。
それ以来、修二とは前のように時々ご飯に行ったり、飲みに行ったりしながら、以前のような関係を保っている。

「…悪い奴じゃないからっていい奴とも限らねえだろー?」

青宗は少し酔ってきたのか、未だにブツブツ言っている。青宗はわたしとの関係を進めようとも思ってないくせに、こうしてヤキモチを妬くんだからタチが悪い。

「はい!この話はもう終わり。今日は久しぶりに会ったんだから楽しく飲もうよ」

そう言ったことでギスギスした空気になりかけてると気づいたようだ。二人も顔を見合わせながら、互いに苦笑いを浮かべた。

「それもそうだな…」
「んじゃー肉追加して酒もじゃんじゃん頼むぞ。が一人で食って飲んじまったし」
「それは悪うございました」

ココや青宗に呆れられながら、わたしが好き勝手に我がままを言う。そんな昔ながらの関係が、今は心地いい。

「ところで…稀咲からの話、聞いたか?」

追加のお肉とお酒が運ばれてきた頃、ふと思い出したようにココが訊いてきた。

「ああ、神力会の件でしょ?昨日聞いた。縄張りのことで東卍を目の仇にしてるとか…何か仕掛けてくるかもって。だからアイツらの弱みを探って欲しいみたい」
「神力会って言やあ、渋谷だけじゃなく、関東一帯を仕切ってるデカい組織だからな。でも何で一暴走族の東卍を潰そうとしてくんだよ」

青宗の疑問は最もだ。マジもんのヤのつく人達が、ガキの集団に普通なら本気になるはずはない。だけど鉄ちゃんは東卍を暴走族で終わらせる気はないと以前にも話していた。絶対、裏で何かやってるはずだ。そう考えてた矢先、その答えはココが持っていた。

「稀咲が神力会と敵対してる組に取り入ったからだよ」
「え、敵対してる組って、まさか…」
「天獄組」
「マジで?」

その名前を聞いて青宗もギョっとしたように身を乗り出した。天獄組もまた、神力会と並ぶほど勢力のある組織だ。今は若干押され気味らしいけど、以前、ココに仕事を依頼してきた経緯があり、わたしも名前は知っている。

「まさかココが鉄ちゃんに紹介したの?」
「ああ。組織を作るにはそういった知り合いが必要だってな。アイツ、相当な人たらしだわ。紹介して一カ月もたたないうちに組長に気に入られて、東卍のケツ持ちの件を承諾させた」
「げ…そうなの?あー…だから神力会がこれ以上、天獄組に力つけさせたくなくて、東卍を潰そうとしてるんだ」
「そういうこと。まあ天獄組も動いてはくれてるが、神力会が直接動くとは限らねえしな。稀咲は待ちの姿勢より、相手の弱みを見つけて早々に決着をつけたいらしいが、神力会を取り込むのは一筋縄じゃいかねえだろうな」
「ふーん、なるほどね。まあ何とか探ってみる。どうせ警察とも繋がってるんだろうけど、ヤバいネタ見つけて公にしちゃえば、警察も動かざるを得ないでしょ」
「そういう状況を作れるか?」

ココはどこかワクワクしたように訊いてきた。危ない橋を渡るのは赤音さんの為に始めたはずなのに、すっかりわたしたちも黒に染まりつつあるようだ。

「何の為にハッキングの勉強してきたと思ってるの」

神力会の事務所にある情報を盗むことが出来れば、かなり有利になる。まずはどうやって種をまくか、ココや青宗と作戦を立てることにした。



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2016年――初冬。



「あ~入ってる入ってる!」

双眼鏡を覗きながら、神保組の事務所に警察がなだれ込んでいくのを笑いながら見てると、横からひょいっとそれを奪われた。

「どれどれ~。お~すげえな、警察マジじゃん」

修二は眼鏡を外して双眼鏡を覗くと、派手な大立ち回りをしている警察と組員たちを見て、楽しげな声を上げた。

「これで神保組終わりじゃね?」
「そうなってもらわないと困る。ね?タケミっち」

振り向くと、そこには顔を引きつらせた花垣が立っている。

「はあ…」
「このビルも奪われずに済んだんだし、もっと喜んでよ」

今、わたし達がいる空きビルは花垣の所有する物件だけど、神保会の事務所が目の前にあることで、揉め事のキッカケになったものだ。神保会に奪われそうだったこのビルも、今回のがさ入れで守られたんだから、もっと嬉しそうな顔をすればいいのに。

「いや…ちょっとビックリして。あんなに手こずったのが嘘みたいだから」
「あんなの弱み見つけちゃえば、後は警察のお仕事でしょ。昔と違って、今はここの警察、鉄ちゃんが掌握してるしね。神力会も傘下とはいえ、神保組を表立って庇えないだろうし、実質、資金源を半分失ったようなもんだよ」

とは言え、昔ながらのヤクザも、今のご時世どうどうと事務所にヤバいものなんて隠しちゃいない。でも今回わたしが見つけたのは、神保組の裏帳簿だ。それを探るのに、花垣と千冬に一芝居打ってもらったけど。

「これで首の皮一枚、繋がったなあ?タケミっち」
「はい…あの、ありがとう御座います」

花垣がわたしに向かって頭を下げてくる。でも今回はわたしが撒いた種でもあるから手を貸したのと、後は花垣の尻ぬぐいをさせられている千冬の為だ。

「タケミっちの為じゃないよ。千冬の為だから」
「…分かってます。千冬には…いつもキツい仕事ばかりさせてしまってるので」
「分かってるならタケミっちもしっかりしてよ。東卍の幹部なんだから」
「はい」

花垣は今度こそ真剣に頷いた。
昔から因縁のある花垣を、鉄ちゃんは今も密かに見張っている。この男がヘタを打てば千冬の命にも関わってしまう。だからこそ花垣にはもっとシッカリして欲しい――。
その時、いきなり肩へズシっと重みを感じた。隣にいる修二の腕だ。

「聞き捨てならねえなー。今の台詞」
「…え?何が」
「千冬の為って、何それ」
「…また変なとこでヤキモチ妬く…」

わたしの肩に腕を回した修二は、スネたように口を尖らせて見下ろしてくる。こんな甘えた姿を部下には見せられない。いや、いつも見せてるけども。
花垣の後ろに立っている、わたしの直属の部下で腹心の太栄も「いつものが始まった」とばかりに、思い切り壁を向いて立っている。ある意味そこまでわざとらしく視線を反らされると、こっちが恥ずかしい。

「たまには修二の為に~♡とかいうの欲しいんだけど」
「…何よそれ」

駄々っ子みたいにおねだりしてくる修二に思わず吹き出す。後ろの花垣はすでにどういう顔をしていいのか分からないと言った様子で、静かに後ろを向いた。それを見た修二はわたしの腰を抱き寄せると、当たり前のようにくちびるを重ねてくる。何度か啄まれて、またくちびるを寄せられた時、軽く修二の足を踏むと「ひでえ」と苦笑された。

「イチャついてる場合じゃないと思うけど。鉄ちゃんに報告に行こう」
「はぁ…はいはい…。おら~花垣も行くぞー」
「え、オレも…」
「あたりめーだろ。オマエの縄張りのことなんだし」

修二は苦笑しながらも、まだわたしの肩を抱き寄せて歩きながら、耳元に口を寄せた。

「修二の為に~♡は、まだ?」
「…よくそう切り替え出来るね」

花垣に凄んだと思えば、すぐわたしに擦り寄って来る大型犬には溜息しか出ない。
でも…そうだな。たまには修二の為に、エッチな下着でも買ってみようか。
なんて呟けば、修二は満足そうにわたしのこめかみにキスを落とした。ほんと単純な男だ。