2010年春――。
薄々気づいてた。
稀咲鉄太という男にとって、わたしは駒の一つでしかないと。
人当たりのいい顔を見せる傍ら、裏では色んな画策をして周りを自分の思い通りに動かしていく。
怖い男だと思う。でもその反面、常に新しい世界を見せてくれるところが、面白くもあった。
結局、わたしも修二と同じ穴の貉ということか。
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「どうした?が一人でオレのところへ顔を見せるなんて珍しいじゃないか」
ふらりと部屋に入って来たを見て、オレは眼鏡を軽く押し上げた。その顏は憔悴しきっている。きっと日に日に壊れていくマイキーのせいだろう。
なるべく傍にいて欲しいと頼んではいたが、そろそろ限界のようだ。
でもそれでいい。マイキーはすでにの手からオレに委ねられたも同然だ。
「マイキーと…別れ話してきた」
一言だけ呟き、はソファに座り込んだ。オレも隣に腰をかけて「そうか…」と応えると、は甘えるようにオレの膝に倒れ込む。気が強いように見えて、は意外と繊細で脆い一面があるのは知っている。
マイキーを支えきれなかった自分への憤りを抱えて、色んな感情を持て余してるんだろう。でも仕方がない。これ以上、マイキーの傍にいれば、彼女は壊されてしまう。
視線を下げれば、彼女の手首に赤い痣が見えた。手首だけじゃない。きっと見えない部分にも、相応のものがあるはずだ。
「…乱暴なことされたか?」
子供のように体を丸くして横になっているの髪をそっと撫でる。彼女はオレの問いに首を振ってかすかに笑った。
「別に殴られてはないよ。マイキーはわたしにそんなことしない」
だが別の感情はぶつけられているはずだ。彼女を抱く時、自分のものだと確かめたくて、マイキーはを支配しようとする。その痕跡が彼女の肌に刻まれているような気がした。
マイキーはそんな自分が嫌になり、そしてまた闇へ堕ちていく。
誰かを愛しく想えば想うほど、制御が効かなくなり、また暴走するの繰り返し。それに嫌気がさしてきたんだろう。
「でも…疲れちゃった。心配するのも、顔色を伺うのも」
がポツリと言って、ふと寝返りを打つ。仰向けになった彼女は、下からオレを見上げてきた。
「わたしは鉄ちゃんのいい駒になれた?」
「…ああ、もちろんだ」
彼女に計画の全てを話したわけじゃない。マイキーのこともそうだ。
でも聡い彼女はとっくに気づいてたらしい。でも彼女自身が本気だったからこそ、知っていてなお、マイキーの傍にいてくれた。
でもそろそろ、その役割から解放してやろう。
「ただ今のオマエは…駒以上の存在だと思っている」
だから後のことはオレに任せろと言えば、彼女は驚いたように目を見開いた。
「ほんとかなぁ」
の手が伸びて、オレの顏から眼鏡を奪っていく。それを自分にかけると「うわ、度がある…鉄ちゃん、ほんとに目が悪いんだ」と笑った。
「昔、これでも優等生だったんだ。その時に嫌になるくらい勉強してたからな」
「あー何となく分かる。鉄ちゃんて最初に会った時、あまり不良の匂いはしなかったもん」
修二はぷんぷん匂ってたけどね、とは無邪気に笑った。
「人を臭いみたいに言うなよ」
「…修二?」
そこへ半間が顔を見せた。少し不機嫌そうにオレを見ながら「何で二人でイチャイチャしてんの」と口を尖らせながら向かいのソファへ腰を下ろす。
の甘えたがりは、何も恋しい男にだけ向けられるわけじゃない。こうしてオレに甘えてくるのは、どこかで休憩したいという気持ちの表れだ。オレの本性を知っているからこそ、も素を曝け出せる。
にとってのオレ、稀咲鉄太という男はそんな存在なんだろう。
「イチャついてない。休んでるのー」
「へえ…その体勢で?マイキーにチクってやろー」
「マイキーとはさっき別れたよ」
眼鏡をオレに返すと、は体を起こして立ち上がった。何かに吹っ切れたような笑顔を見せるに、さっきまでの感傷は見られない。
「は…?別れたって…」
半間は一瞬だけオレに視線を向けた。そこでオレが頷いてみせると全てを悟ったようだ。急に機嫌が良くなるんだから、本当にゲンキンな男だと思うが、半間がに惹かれる気持ちが、今なら理解できる気がした。
強さと弱さを併せ持ち、色んな顔を見せる彼女は見ていて飽きない。その上度胸もあって、何事にも物怖じしないところは、今後の東卍に必要な存在だ。
まあ、半間はオレとはだいぶ違う感情で彼女を見ているんだろうが。
無邪気な顔で振り回す彼女といると、半間は文句を言いながらも、どこか楽しそうだ。
「やっとオレのところに来る気になったー?」
「別にフリーになったからって修二と付き合うとは言ってない」
「ハァ?オマエ、オレをどんだけ待たせる気だよ」
「あ、そろそろ行かないと。これから千冬と猫カフェ行く約束してんの」
は容赦なく半間を振ると、腕時計を確認しながら「またね」と笑顔で手を振った。その颯爽と出て行く後ろ姿は、すでに過去を吹っ切ったかのように見えた。
「チッ…また別の男かよ…しかも松野って…だりぃ~」
「オマエも案外しつこいんだな」
不貞腐れたようにズルズルと腰を落とす半間を見て、つい苦笑が漏れた。この男がオレ以外の誰かに執着するのは初めて見た。惚れてるにしちゃ、オレの計画を黙って見ていたのだから、相当歪んだ愛情だ。
計画の一環でも、惚れてる女が他の男と付き合うのを許容できるのは果たして愛情なのかと首をかしげたくなるが、この男にしてみれば、それを耐えてこそ、究極の愛情表現ということになるらしい。
まあ、こうして嫉妬をする辺りが、可愛いとも思うが。
「一途って言えよ。オレは一度コイツと認めた人間には、とことん愛情を注ぎてーの」
「オマエ、かなりドエムだろ」
「あ?オレ痛いの嫌だけど?」
「そっちじゃねえよ。精神的なことだ」
キョトンとした顔で煙草を吸いながら、いつものすっとぼけた返しをする半間に苦笑いが零れた。
「でも、いいのかよ。マイキーは手の内に入れたのか?」
「ああ…東卍はオレに仕切って欲しいそうだ」
「へえ、いいじゃん。じゃあ次にやるのは…」
「…ヤクザ取り込んで裏社会へ進出だ」
オレの言葉に半間の目が期待で輝く。
と九井のおかげで資金は潤っている。すでに他のメンバーはオレの手中に収めた。反発していた奴らはマイキーが消した。
そろそろ本格的に始動する時がきたようだ。
「わっるい組織、爆誕ってか」
「半間、オマエにもフルで動いてもらうぞ」
「言われなくてもそのつもり~」
無邪気に喜ぶ半間を見て、つくづくアドレナリン中毒者だと思う。
常に新しい刺激を求めて、貪欲に手を伸ばしたくなるのはオレも同じだ。
「まず、何からやる?」
まるでゲームを始めるかのようにワクワクしている半間を見て、ここからが本番だ、と少しばかり気を引き締めた。
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「は?マイキーと別れた?」
青宗は驚いたように目を見開き、「嘘だろ?」と顔をしかめた。まあ、こういう反応をされるとは思ったけど。そもそも付き合うとなった時もこんな感じだった。
「嘘じゃないよ」
「別れたってオマエ…何でまた…」
「…分かるでしょ?マイキーはもう…前のマイキーじゃない」
それを知ってて好きになったけど、まだあの時は元に戻せると信じていた。ガラにもなく、助けてあげたいって。
でも――ダメだった。
マイキーは自分に意見する仲間が出るたび、その手で殺めてしまう。それを鉄ちゃんが隠蔽し、身代わりを用意するのだ。わたしはそれを見るのが耐えられなくなっただけ。
誰だって、一度は好きになった人が壊れていく姿なんて見たくないと思う。
マイキーとも最近はケンカばかりが増えて、修復は不可能だった。
――もう、オレには関わるなとに伝えて。
マイキーはそれだけ言い残して、鉄ちゃんの手配した飛行機で夕べ出国したらしい。
――オマエも稀咲と同じように…オレを利用しただけか?
別れ際、ポツリと言われた言葉。マイキーは鉄ちゃんに利用されてると薄々気づきながらも、自分の闇に飲み込まれていった。きっと自分でも止められない衝動に気づいて、自ら離れて行ったんだと思う。
「利用してない。ちゃんと好きだったって…言えば良かったかな…」
「…言ったところで、だろ。未練残す方が残酷なこともある」
「…そう…だよね」
ふわりと頭に手が乗せられ、ポンポンとしてくれる青宗は、昔と少しも変わらない。この優しい手に、何度慰められたことか。
「青宗って大人だよね」
「オレもアレコレ悩んで生きてきたんで」
「うわ、何それ。何を悩んでたのよ。あ、黒龍のこと?」
「そんなのとっくに諦めたわ。今はとにかく上に行くことしか考えてねえ」
青宗はそう言って笑ってるけど、本当に大人になったなとシミジミ思う。きっとその悩みの中にわたしのことも含まれてたと思うけど、わたしがココのことを吹っ切った時も、青宗は何も行動を起こそうとはしなかった。
「青宗は…さ。わたしのこと…その…」
いつまでも幼馴染でいたくて、わたしは気づかないフリをしてきたけど、それもまた残酷だったのかもしれないと、ふと思った。だから、青宗の気持ちを聞くべきなのか、少しだけ迷う。マイキーと色々あったから、わたしも前よりは大人になったのかもしれない。
青宗はふと顔を上げてわたしを見ると「ああ…好きだったよ」と言った。
「え…」
あまりに普通に言うから、こっちも呆気に取られてしまう。
青宗は普段と変わらない笑みを浮かべながら「初恋は実らないって言うだろ」と笑った。
「初恋…」
「ま…がココとそうなるとも思ってなかった分、あの頃はモヤモヤしたもん抱えてたけどさ。結局、もココも赤音のことで傷ついてたんだろうなと思うと何も言えなかった」
「青宗…」
「オレもズルいんだよ。幼馴染の関係を壊してまで、オマエとそうなりたいって…どうしても思えなくて。臆病だったのかもなァ」
自嘲気味に笑う青宗の手を、そっと握りしめた。その気持ちなら痛いほど理解できる。わたしだって、今も本当は臆病だから。
「ま、これからも末永く宜しく頼むわ」
「…うん」
わたしの手をぎゅっと握りし返しながら、青宗が微笑む。わたし達の選択はきっと間違ってない。そう感じたら、さっきまでの重苦しかった気持ちが少し楽になった。
本当に大切な人とは恋愛なんて必要ない。いつまで続くか分からない曖昧な関係よりも、確かな絆の方が大事だ。
「青宗と幼馴染で良かった」
「オレも」
わたしの言葉に、青宗は昔と変わらない笑顔を浮かべた。
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2017年、冬――。
青宗とそんな会話をしてから7年半が過ぎ、未だにわたし達は"幼馴染"を続けている。
「ったく…半間くんも一人で飲みに行くとか危機感なさすぎな。それも女にスタンガン喰らうとか」
「…うっせぇなー。別に女についてったわけじゃねえっつーの。オマエだって人事じゃねえからな」
修二は仏頂面でソファに寝転びながら、煙草へ手を伸ばそうとしている。それを見てわたしが先に煙草の箱を奪った。
「ここで吸うのダメだってば」
「吸わねえよ。咥えてからバルコニーで吸おうと思ったのー」
修二はわたしの手から箱を奪い返すと、徐に体を起こして窓の方へ歩いて行く。でも外へ出る前に振り向くと、青宗に向かって「を口説くなよ?乾」と何故かビシっと指をさして出て行った。
「…何だ、アイツ…相変わらず命だな」
「命って…笑い事じゃないから」
ケラケラ笑いだした青宗にクッションを放り投げると、彼は見事にそれをキャッチした。
修二の件で鉄ちゃんから集合をかけられた青宗は、近くのバーで飲んでいたらしい。ほろ酔いで我が家に現れ、今もわたしの開けたワインを美味しそうに飲んでいる。
「それにしても…集合かけた本人、遅くねえ?」
「ああ、鉄ちゃんは後始末とか、他にもアレコレ調べたいことがあるから遅くなるって。とりあえず今後は神力会を完全に潰す為に動くから、まずは土台作りからしてるかも」
鉄ちゃんは何事も前もって計算しながら動く人だ。鉄ちゃん自ら動き出したのだから、神力会はとっくに積んでいる状態だとも言える。
わたし達はただ彼の命令を速やかに実行するだけでいい。
「ココは?」
「あーココは今夜、出張でいねえわ。何でもいいスポンサーが見つかったとかで、相手と仲良く軽井沢のゴルフ場」
「…ゴルフ接待って…ココはサラリーマンか」
「ココなら何をやっても成功すんだろ」
青宗は笑いながらワインを煽ると「何かツマミねえ?」とキッチンへ歩いて行く。
「冷蔵庫に美味しいチーズあるよ」
「食っていい?小腹減っちゃったわ」
「うん、好きに食べて。あ、わたし着替えて来るから、他の皆が来たら適当にお酒出してあげてね」
「りょー」
キッチンからそんな返事が返ってきたのを聞きながら、わたしは二階の寝室へと向かった。建物自体、一階は駐車場、あと地下には娯楽室まであるから、二階と言っても実質三階以上の高さがある。緩い階段を上がりながら、いつものように服を脱いでいくと、上から「さん、そこで脱がないで下さいっ」という可愛らしい声が聞こえてきた。
「あ、由々ちゃん、そこにいたの。青宗来てるよ」
「知ってます。でもさんの寝室を整えてからと思って」
彼女は我が家のハウスキーパーだ。童顔で若く見えるけど彼女はわたしの一つ下で、今は青宗と付き合っている。二人が意識しあってることを見抜いてキューピッドになったのは、意外にも修二だった。
――これでライバル一人減り~。
なんていうアイツらしい思惑はあったらしいけど、二人にとっては幸せなことだから、まあいっかと思ってる。
「ここはいいから青宗の相手してあげて。ちょっと酔っ払ってるけど」
「え、でもゲストルームの方がまだ…」
「ゲスト?そんなの来ないけど。これから幹部が集まるけど、皆は帰るし」
「そ、そうじゃなくて…半間さんのです」
「あー…」
言いにくそうにしている由々ちゃんに、ちょっとだけ笑ってしまった。彼女も修二の扱いには困ってるかもしれない。恋人でもないのに、いつも我が物顔で我が家に泊まっていくんだから。
「修二の部屋なら準備しなくていいから。どうせアイツはゲストルームで寝ないし」
「あ、そ、そう…ですね。では…上がらせてもらいます」
由々ちゃんは何かを察したのか、一瞬、頬を赤らめ、焦ったように頭を下げると、わたしと入れ替わりに階段を下りていく、その際、わたしが脱ぎ散らかした服を拾っていくのを忘れない。ほんとにマメでよく働いてくれる子だ。
「青宗にはもったいないな」
なんて言いつつ、寝室へ入る。その時、背後から急に腕が伸びてきて、思い切り抱き着かれた。
「ひゃっ」
「下着姿でうろつくなって何回言えば分かんだよ」
ビックリしたと同時に、頭上から低音が降ってきた。仰ぎ見れば、案の定修二が仏頂面でわたしを見下ろしている。
「もう…驚かさないでよ」
修二は後ろからぎゅっと抱きしめながら「まだ驚いてくれんだ」と笑っている。修二からは冬の風の匂いと交じって、かすかに煙草の香りがした。
「着替えるんだから放して」
「オレとしてはこの恰好の方がいいんだけど」
「下着姿でうろつくなって言わなかったっけ?」
「オレだけなら別にいいんだよ」
勝手なことを言いながら、修二はかけていたメガネを外して胸ポケットにかけると、わたしの体を反転させて、すぐに身を屈めてきた。触れてくるくちびるが冷たくて、ゾクリとしたものが首筋に走る。
「ん…修二、冷たい…」
「が外でタバコ吸えって言うからじゃん。今時期はさみーよ、マジで」
「じゃあ…吸うのやめるとか?」
「無理~。せめて換気扇の下とか?」
「ダメ。換気扇周りがヤニで汚れたら面倒だもん」
「オマエが掃除するわけじゃねえだろ」
修二がもっともなことを言うから、思わず頷いてしまった。
「ちょっと…くすぐったい」
「じゃあ服着ろよ。そろそろ皆も来る頃だ」
そう言ってるわりに、修二はわたしの首筋にキスを落としていく。背中に回された手が、腰のラインをなぞり、太腿まで下りていく。思わずその手をはたくと、修二はスネた顔でわたしを見下ろした。
「…ケチ」
「ケチって…」
「そういう格好でオレを誘惑するくせにお預けー?」
「皆が来るんでしょ?早く着替えないと」
修二の腕を抜け出して、ウォークインクローゼットへ入ると、後ろから「だりぃ~」と駄々っ子のような嘆きが聞こえてくるから、思わず吹き出してしまった。
「今夜のドジは修二のせいなんだから、今から言い訳でも考えたら?」
「別に言い訳したって変わんねーし、いーんだよ。それよりも稀咲が本気で動き出したんだから、結果ラッキーじゃね?」
修二は相変わらずマイペースだ。でも言うことには一理ある。
これまではわたし達、部下に色々やらせてきたけど、鉄ちゃんはきっと、その間に裏で色々と画策してたに違いない。
キッカケを向こうが作ってくれたことに、感謝するべきかも。
「なあ」
「また勝手に入ってきて…」
クローゼットに入って来るなり、腕を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。修二は二人になると、こうして常にくっついてにいないと気が済まないらしい。
「さっきの返事、ちゃんと考えとけよ」
「…返事?」
「プロポーズのだよ」
東卍が日本最大の組織へのし上がった時は、オレと結婚して。
修二はそうハッキリと言った。
「…本気?」
「当然」
「……別に結婚なんて形じゃなくても――」
「オレは形にしてーんだよ。オマエもそろそろ覚悟決めろ」
「う…」
修二はわたしが臆病なのを知ってる。長いこと一緒にいるのに、恋人という関係にならない理由も。それを理解して、わたしと一緒にいてくれてる。
「こんなに一緒にいるんだし…もうさすがに変わんねえだろ」
「……うん」
「それとも…オマエはオレが他の女と結婚してもいいわけ?」
「は…?そんな女…いるの?修二」
聞き捨てならない言葉を聞いて、ガバっと顔を上げれば、何とも憎たらしい笑みを浮かべていた。
「あれ、ヤキモチ~?」
「な…」
ニヤニヤした顔をする修二を見て、顏が一気に赤くなる。そんな女、いないって分かってても、本当は心のどこかでまだ不安があるのかもしれない。
修二が、わたしを置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかって。
「オレがオマエ以外の女と結婚するはずねえだろ」
「……ムカつく」
「ひゃは…♡ かーわい」
こっちは怒ってるというのに、修二は何故か顔を綻ばせて、わたしの額にちゅっと口付けた。たったそれだけのことなのに、胸がドキドキしてくるのは、わたしも修二のことを唯一無二の存在だと感じているからだ。
「オレにはオマエだけ。オマエにもオレだけ。分かったー?」
「…勝手なこと言って」
「一緒に地獄へ堕ちような?」
「そこは幸せになろうなじゃないの?」
「同じだよ。オレにとって、と一緒にいることが幸せだから」
何とも不吉なプロポーズだと苦笑しながら、それでもいいか、と思えた。
それはきっと、わたしも修二のことを――愛してるから。