✿先輩×後輩✿
五条先輩はわたしを見かけると「ー」と笑顔で寄ってくる。そしてぎゅうしてから頭をずーっとナデナデして頬ずりのマーキング。
任務帰りも、お休みで遊びに出掛けた時も、高専に帰ってくると「ーやーっと帰ってきたぁ。遅かったじゃん」と文句を言いつつ、ハグからのぎゅうがお約束だから、最近はわたしもだいぶ免疫がついてきたと思う。今じゃすっかり五条先輩の飼い猫の気分だ。
でも最近、一つだけ困ることがある。それはわたしが飼い猫以上になりたいと思い始めてしまったこと。
「お、、早く逃げないと死ぬって」
「ひゃぁぁぁっ!こ、これ、どこへ逃げたら――」
「ああ、そこ入って!隠れポイントあっから」
殺人鬼に追いかけられながらわたしは涙目で五条先輩に教えられた部屋へと逃げ込む。その部屋にはベッドとクローゼット、二つの隠れポイントがあった。
普通ならクローゼットがいいんだろうけど、ビビりのわたしは比較的近い方のベッドの下へ滑り込む。どくんどくんと心音が高くなってる時は、近くに殺人鬼がいる証だから、わたしまで心臓がばくばくしてきてしまった。だって捕まれば最後、即死になってしまうから。
――と、まあ、これは全てゲームの話なんだけど。
これまでアクションゲームとかマリオしか遊んだことのなかったわたしが、五条先輩に誘われて今は絶賛ホラゲー体験中なのだ。
主人公の女の子はひたすら殺人鬼に追いかけられて、ただ逃げるか隠れるという選択肢しかない。ちょっとした怯ませグッズはあるけど、ほんの数秒足止めする程度のもので、そのアイテムも沢山は手に入らないから、むやみに使っちゃうと後々困ることになってしまう。
「あ、外したぁぁ!」
「あーあー。、これタイミング見て投げないと無駄になるんだって。もう少しコイツを引き付けてから足元に投げんの」
「だ、だって近くに来たら怖いし…!そんなタイミング測れないもん」
「じゃあ、教えてやっから、ちょっとこっち来て」
五条先輩はわたしを自分の前に座らせると、両手を伸ばしてコントローラーを持つわたしの手に自分の手を重ねた。
こ、これ密着しすぎでは…?わたしの心臓が違う意味でばくばくしてきた。
「いいか?俺の指の動きとタイミングを手で覚えて」
「は、はい…」
わたしはコントローラーに自分の手を添えてるだけで、五条先輩がキャラを操作し始めた。そして上手いこと殺人鬼が近づいて来た時、足元に怯ませアイテムを放り投げる。それが見事にささって殺人鬼が足を止めた。その隙にキャラを走らせ、次のステージに行くためのヒントを探しに行く。ただ主人公の女の子は殺人鬼に近づきすぎるとパニックを起こして視界が歪んだり、上手く走れなくなったりするから、それを沈める為の回復アイテムを使用しなくちゃならない。
五条先輩は見事にその場を乗り切って、最後の謎解きもクリアしてしまった。
「すごーい!五条先輩。もう第一ステージ突破しちゃった」
「オレは一回クリアしてるしな、これ。ってか、タイミング覚えた?」
「…え?あ…え、えと…はい…」
「全然、覚えてない感じじゃん」
五条先輩は笑いながら、重ねてた手を外した、と思ったら、不意にわたしの手を持ってふにふにと触り始めた。
「さっきから思ってたけど、の手マジでちっさくてかわいー。よくこれでデカいコントローラーもてんな、オマエ」
「え、あ…ちょ、ちょっと大きくて操作はしづらいです、確かに…」
「俺の半分もねえじゃん」
五条先輩は自分の手のひらとわたしの手のひらを合わせて笑ってる。肌と肌が触れあう感じがたまらなくドキドキしてしまう。
「ご、五条先輩が大きすぎるんですー」
「まあ、こうして俺の足の間に納まっちゃうくらい体もちっさいしなーは」
「ひゃあ」
後ろからおぶさるみたいにしながら、いつものぎゅううをされてビックリした。しかも頭にまた頬ずりしてる。五条先輩はホントにわたしを飼い猫と思ってるみたいだ。
最近ちょっとそれが切なく感じるのは、こんな風にくっつかれたりすると五条先輩をたまらなく意識してしまうからかもしれない。
「あー癒される」
「せ、先輩…第二ステージ始まった…」
簡単なムービーが終わって、主人公を操作する場面になったのに、五条先輩がぎゅうをしてくるから何も出来ない。そう思ってたら五条先輩の手がわたしからコントローラーを奪ってそれ床へ置いてしまった。しかもゲームは一時停止にして。
「ちょっと休憩」
「え…休憩?」
「せっかく二人きりなんだしゲームばっかしてんのもったいねえじゃん」
え、でも「ー今晩一緒にゲームしよー」って誘って来たの五条先輩じゃ…と思いながら五条先輩を仰ぎ見ると、サングラスの向こうにあるキラキラな瞳と目が合った。
その瞬間、何故か五条先輩の方がパっと目を反らすと――。
「…あ、やべ」
「え?」
何が?と思った時だった。腰の辺りにごり、とした硬いものが当たってびくっと肩が跳ねた。これは一体…?と思って固まってると、頭上から「あーあ…」という五条先輩の声が降ってきた。
「がかわいく見上げてくるから普通に勃っちゃったじゃん…。カッコ良く告ろうかと思ったのに台なしー」
「え…え?」
「………(かわいー…たまんねえー…)」
立ったって何が?え、告るって誰に?この時のわたしは超絶鈍感だったかもしれない。
五条先輩は身を屈めると、わたしのこめかみにちゅーっと長いキスをして、そして――。
「俺のこんなにしたんだから、が責任とれよ」
耳元で切なげに言ったあと、わたしの耳たぶをぱくりとその艶々な唇で食んできた。
「ひ…ひゃぁぁぁああ!」
その瞬間――わたしの間抜けた絶叫が寮内に響き渡った。
この夜、大人の階段を三段飛ばしで駆けあがったわたしは、次の日から五条先輩の飼い猫――改め、彼女になっていた。

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