✿先輩×彼後輩×七海✿


今日は京都校の人達との合同任務。交流会に出られらない一年は時々こうして一緒の任務に当たることがある。いわば顔見せみたいなものらしい。
京都校の一年は同じ歳なのに結構強い人が多いから、案の定灰原が張りきり出した。

「負けたくないから京都よりも沢山祓って夏油さんに褒めてもらおう」

なんて、彼は張りきるところを少し間違えてる。の目も細くなったから、きっと私と同じことを思ってるに違いない。
任務は高専からほど近い街にある廃墟だった。元々はビジネスホテルだったみたいだが、駅から少し離れた場所にあるから、すぐ潰れてそのままだったらしい。
そこでの祓徐は意外と大変だった。一体一体は弱いが、何せ数が多すぎて、京都校の生徒達と三人ずつ分かれて祓っても延々と出てくる。
全て祓い終わった頃には、すっかり太陽が傾いてた。
そこで「皆さん、お腹空いたでしょう」と、引率の補助監督さんの計らいで、近くにあるファミレスで少し休んで行くことになった。

ちゃん、誰にメールして…あ、五条先輩にメール?相変わらずマメだね」
「うん。約束だから」

店に入る前、が慣れた手つきでメールを打っているのを見ながら、灰原がからかうように話しかけた。あの五条さんと彼女が付き合うことになった時は、私も灰原もかなり驚かされたもんだった。でもそれ以上に、彼女に対するあの人の溺愛ぶりには日々驚愕させられている。
てっきり釣った魚に餌はやらないタイプかと思っていたが、まさか彼女に愛情全振りするタイプとは。
いや、そもそも他人を愛でるという感情が、あの五条悟にあったという事実も未だ信じがたい。

「そっか。しないと五条先輩スネるんだっけ」
「う、うん…まあ…あはは」

彼女はメールを送信しながら笑って誤魔化しているが、前回、確か終わったメールを忘れた際、灰原の言う通り、五条さんに盛大にスネられて大変だったと話していた。
そんなに心配しなくても、と思うが、やはり呪術師なんて仕事をしていると、彼氏としては心配になるんだろうか。
まあ、は確かに万能でも器用でもなく、どちらかと言えばドジで鈍臭い一面があるから、最強の名を欲しいがままにしてるあの人も、そこは気が気じゃないんだろう。
彼女のメールが終わったところでファミレスへ入り、おのおの四人掛けテーブルに通路を挟んで座ると、灰原はぐったりしたようにテーブルへ突っ伏した。

「ハァ…疲れた…」
「灰原は張りきりすぎだ。あそこまであちらさんに敵対心を燃やす必要なんてないのに」
「七海はいつも通りすぎじゃん。ま、結局は引き分けになったからマシだけどさあ」

喉が渇いてたから、それぞれドリンクバーを注文して、各自好きなコーラとかジュースを持って席に戻って来ると、厄介な男が何故か私達の席にどや顔で座っていた。

「あ」
「お疲れさん、ちゃん」
「禪院くん」

彼は禪院直哉。あの御三家の一つ、名門禪院家の人間だ。前にも何度か同じ任務をしてるので話したことはある程度に知っている人物だ。根っからのエリート思考で、家柄の良くない呪術師に対してはあからさまに蔑視してくるいけ好かない男でもある。
その男が何故かを気に入ったようで、前も何かと話しかけていたのを思い出す。
どうせ従順そうなところに目を付けたんだろう。生意気な女は好きじゃないと、普段から豪語してるような男だから。

「今日はようさん呪霊祓ろたし、ちゃんも疲れたんちゃう?」
「う、うん、まあ」
「ああ、ここ座って」
「…うん」

彼女も禪院家の人に逆らいにくいのか、直哉にポンと叩かれた彼の隣へ困った様子で座っている。
出来ればやめろ言ってやりたいが、隣に座って話をするだけなら口を挟むことでもないので黙って見守ることにした。今の状況で言ったところで、何倍もの毒を吐かれるのがオチだ。
普段はコミュニケーションの鬼である灰原も、珍しく直哉に話しかけようとしないのは、彼の吐き出す毒にいちいちイラついてしまうからかもしれない。
灰原は正義感も強く、直哉のような偏った考えの持ち主と会話したところで相容れるはずもない。
まあ直哉も私と灰原のことは、まるでいないようにスルーしてくるんだからお互い様だが。

「それより、ちゃん、ちぃとも俺に電話くれへんなぁ?前に番号交換したのに」
「えっ?あ…ご、ごめんね…あの…」

そうだった、と今思い出した。前回の合同任務の時、帰りがけ、直哉に番号を聞かれて、が平然と教えていたのを思い出す。
あの時はも特に深くも考えてなかったようだし、五条さんとはまだ付き合ってもいなかったからかもしれない。
しかし直哉の様子を見る限り、五条さんとのことは知らないようだ。人目もはばからずイチャつくことで、すでに東京校では周知の仲になっているから、京都校にもてっきりその話は伝わっていると思っていたが、どうやら違うらしい。
ただ、京都校の他の奴らのビクビクした顔を見る限り、直哉の耳には入れないようにしてたのかもしれないし、どっちにしろ面倒なことになりそうだ。

「まあ、ええわ。それより…今週末の休み、京都に来ぉへん?俺が案内したるし」
「…えっ?あ、こ、今週末は…」

まさか私達のいるところで誘うとは思っていなかった。彼女も同じなのか焦った顔でこっちへ救いの目を向けてくる。さすがにここは助け船を出さないと、私が五条さんに殺されてしまう。
そう思った矢先、口を開いたのはそれまで黙ってコーラを飲んでいた灰原だった。会話を邪魔するようにズズズーっと無粋な音を立てていたが。

「直哉くん、ちゃんにちょっかいかけない方がいいよ」(※爽やか笑顔)
「ハァ?何でや。つーか、オマエに言われたないけどなあ?」
「僕は君の為に言ってるんだよ!」(※あくまで爽やか笑顔)
「俺のためぇ?何やそれ。おもろ。ほな、俺がちゃんにちょっかい出したら、どないなる言うねん――」

と言った直後だった。ドライアイスかと思うような冷気、いや、殺気が背後から漂ってきた。これはもう振り向かずとも誰だか分かる。私達東京校の人間なら、この人の圧は毎日嫌と言うほど感じているのだから。

「…直哉くーん。楽しそうな話してるじゃない。俺も混ぜて」
「……さ、悟…くん?」

顔を上げれば案の定な先輩が、直哉の背後に立っていて、どす黒い殺意を垂れ流している。事情の知らない直哉でも当然それくらいの感知能力はあったらしい。何故かは分からないが、五条悟が怒っている、ということまでは理解したようだ。

「え、っと…何で悟くんがここにおるん」
「何でって可愛い可愛い俺の彼女からメールが来たからさあ。このファミレスで休憩してから帰るって。だから帰って来る前に迎えに来たってわけ」
「は?彼女…悟くん、彼女できはったん」
「あれー?知らなかった?」

未だよく分かっていない直哉を威嚇するよう、五条さんはの手を引いて一度立たせると、自分がソファに座り、彼女の小柄な体を抱き上げ、膝の上へと座らせてしまった。まあ、いつものスタイル、といっても過言ではない。
それを目の前で見せつけられた直哉は目が飛び出さんばかりに驚いている。

「…は?ちゃん?」
「で…オマエは誰を京都に誘ってたわけ?」
「…う」

どうやら五条さんは少し前から話を聞いていたらしい。サングラスをズラして直哉を睥睨する六眼は全くもって笑っていない。
むしろ殺意増し増しで人殺しと呼んでも何ら支障はないほどだ。

「あ、あの…五条先輩…わたし、京都には行かないから怒らないで…」
に怒るわけねえじゃん。それより俺のにちょっかいを出そうっていう不届きな鼠をサッサと殺処分――」
「そ、そんな不届き者がおるん?!誰や…!悟くんの彼女にちょっかい出そ思てた奴は!オマエらか?やめとけよ、それは無謀ちゅーもんやで」
「え?ぼ、僕らは関係ないやん――!」
「黙れ、ボケカス雑魚!俺に口答えすな!」

直哉は自分がいかに危ない橋を渡ろうとしていたのかを、やっと悟ったらしい。自分の同級生に罪をなすりつけ、なおかつ理不尽な毒を吐きながら、コソコソと私達の席からフェードアウトしていく。何とも情けない男だ。強いものに自ら巻かれに行くタイプという私の予想は当たっていたらしい。

「ほら、オマエラ、何ちんたらジュース飲んでんねん!はよ京都帰んで!」
「あ、ま、待ってよ、禪院くん!」

直哉はよほど五条さんが怖かったんだろう。同級生を引きつれ、「ほ、ほな、悟くん。また」と引きつった笑みを浮かべながら、そそくさと店を出ていってしまった。
まあ、これに懲りたら二度とにちょっかいをかけようとは思わないだろうから、ちょっとはホっとしていると、早速二人が目の前でイチャつきだした。

「あ、ありがとう、五条先輩。来てくれて嬉しい」
「当たり前だろ?彼女を迎えに来るのも彼氏の役目だし、盛りのついた京男を撃退すんのも彼氏の役目だから。俺のに手を出そうなんて百万年早いわ」

ああ、マズい。こうなったら誰も止められない。いつものように彼女をぎゅうぎゅう抱きしめながらデレている姿は、とても京都校の生徒には見せられないから、早々に帰ってくれて良かったと思う。
だいたい彼氏を連呼しなくてもいいのに、この人はよほど「の彼氏」という響きが好きなようだ。

「ったく、ちょっと目を離すと他の男が寄って来るし、いっそに俺の名前書いとく?」
「えっ」

またアホなことを言いだして、が真っ赤になっている。それを可愛いなーと言いたげに蕩けた目で見つめているこの先輩の暴走を、誰か止めてあげて欲しい。




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