うん百年ぶりの六眼と、五条家相伝"無下限呪術"の合わせ技で生まれてきた五条悟には、子供の頃から心底惚れてる女の子がいる。
それは小中と同じ学校だったちゃん。
彼女の家は五条家の近所であり、術師の家系でもあるので、出会いは必然だったのかもしれない。
ちゃんとの最初の出会いは五条家で開かれた「桜を愛でる会」だった。
色白の肌、濡れ羽色の長い髪を結い、可愛い桜柄の着物を着ていたちゃんに、まだまだ生意気盛りだった"五条の坊ちゃん"のハートは一撃で射抜かれた。

「こ、これ、やる!」

どうにか仲良くなりたいと思った幼き五条少年は、その日の宴席で出されていた桜餅を彼女へ渡す。それはこの会の為に特別に作られた桜色の甘い甘い和菓子。
すると可愛らしい笑顔を浮かべたは「ありがとう、悟くん」とそれを受けとってくれた。これが本当に可愛すぎて、六眼が潰れるかと思うくらいに眩い笑顔だった。

「……(か、かわいいな、コイツ!)」
「すごく美味しい」
「……オマエ、あんこホッペについてんぞ」

もぐもぐと美味しそうに桜餅を頬張る姿に五条少年の顔も自然と緩んでいく。五条家には大人しかいないので、同じ歳の女の子と接するのは地味に初めてだった五条少年は、彼女に会ってこれまで感じたことのない不思議な高揚感を覚えた。胸が苦しく、ぎゅうっとなる。何かの病気か?と心配になったその時。モチモチとした彼女の桃色の頬に、黒いあんこを見つけた五条少年はすぐにそれを拭いてやった。同時に自分の胸が更にきゅんきゅん変な音を立てていることに気づく。動悸も激しい。でも不快感はなかった。不快どころか、むしろ幸福感に満ち満ちていく。

「ん、あ、ありがとう……悟くん」
「……っ!(クっソ可愛い……!)」

恥ずかしさではにかむ彼女を見た瞬間、五条少年のばっさばさのまつ毛が震えるほど大きな青い目を見開く。ドキドキしてた心臓が更にピンポン玉のように飛び跳ね、色白の頬までが一気に熱を持ち、朱に染まった。

「こ、これも食べるか?」
「え、いいの?それ悟くんのぶんじゃ……」
「いいよ。オマエにやる」
「……ありがとう。悟くん優しいんだね」
「……(うがっ心臓が……)」

この時、見事に"恋心"を盗まれてしまった五条少年にとっては、「桜を愛でる会」ではなく。「ちゃんを愛でる会」へと脳内変換されてしまった。
これはそんな五条少年の片思いの一記録である。


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小学生の頃、家が近所の二人は朝、一緒に登校し、帰りも一緒に下校する。その決まり事を作ったのはもちろん五条少年だった。
は可愛らしく、学校の男子からも人気がある。そんな男子から守る意味もこめて四六時中、そばにいたいと思ったからだ。

「学校は俺と登下校すること。分かったな?」
「え、どうして?」
は弱いんだから強い俺が守ってやんねえと危ないだろ」
「そ、そっか。悟くん、すんごく強いもんね。じゃあ、のことずっと守ってね」
「お、おう……(プロポーズされた?!)」

若干、勘違いをしつつも、大好きな子から「ずっと守ってね」と言われ「一生俺が守ってやる」と彼女にも己の心にも誓う。
若干7歳で将来、添い遂げる相手を決めた五条少年は、すぐに両親の元へ走った。

「俺、大人になったらと結婚するから」

と宣言までする息子の戯言を、両親も深くは考えなかったらしい。
けらけらと笑い「ちゃんなら悟のお嫁さんにぴったりだな」と軽く返したのも、五条少年の恋心を暴走させるキッカケになった。
以来、かよわい未来の妻を守るのは、彼女の夫となる自分だと言わんばかりに、五条少年は出来るだけのそばにいるようになった。

しかしある日、から「わたし、明日から一人で登下校する」と言われてしまう。それは五条少年の取り巻きの女子から意地悪をされるから、という理由だった。

「は?何それ……どいつだよ」
「クラスの女の子みんな、悟くんのこと好きみたいなの……だからブスのわたしが一緒にいるの許せないって……」
「ぶすぅ?!誰に言われたんだよ、それ!俺がぶん殴ってやっから!」

めそめそと泣き出したを抱きしめながら、五条少年は本気でいじめっ子たちに鉄拳制裁を考えていた。でもそれを止めたのはイジメられた本人。

「女の子を殴っちゃダメだよ、悟くん」
「はあ?オマエ、いじめっ子を庇うのかよ」
「みんなは悟くんのことが好きなだけだよ」

この頃の五条少年は自分の外見がいかに優秀かを理解しておらず、クラスの女子だけに関わらず、学校の女子全ての視線を独り占めしていることにも気づいていなかった。
彼女達は、五条少年といつも一緒にいるに嫉妬をし、遂にはその怒りを本人へぶつけてきた。

「五条くんとどーいう関係?」
「付き合ってるんじゃないでしょーね!ブスのくせに!」

子供は時として残酷。深く考えもせず、また、相手を傷つけるための言葉をわざと選んで攻撃してくる。言われた相手の気持ちを想像することすら出来ない。
生まれて初めて酷い言葉をぶつけられたがショックを受け、五条少年と距離を置こうとするのも無理はなかった。
しかし彼女は「ぶん殴ってやる」と怒り心頭の五条少年に対し、仕返しは良くないと諭す。そんな心の優しいを見て、五条少年はまたしても惚れ直してしまった。
結局、いじめっ子たちへの鉄拳制裁は実行しなかったものの、に酷いことを言った女子たちへ「近寄んな、ブスどもが!」と同じ言葉を投げ返し、クラスの女子全員を大泣きさせたというオチがついた。


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そして現在、高専生――。

「へえ、悟は小学生から女の子を泣かせてたんだ」

同級生で五条の親友、夏油傑がニヤケながらからかうと「ちげーだろ」とすぐさま反論が飛んでくる。

「今の話はそういう話じゃねえし」
「もちろん分かってるさ。ちゃんの為なんだろ?」

言いながら五条の隣に座る女の子へ視線を向ける。彼女は今、話に出て来た五条の幼馴染だ。今は午前の呪術実習を終えての帰り道。三人で寄り道をしてカフェに来ていた。

は五条と夏油の会話を聞きながら、夢中だったスマホから顔をあげ、きょとんとした顏で隣にいる五条を見上げた。

「え、あの時、女子を泣かせたのってわたしがイジメられたからってこと?」
「は……?今更かよ。っつーか、何か今日のスカート短くね?」
「え?そうかなぁ。これ新しく作り直してもらったの。可愛いでしょ」
「いや、可愛いけど短いって。足が出すぎ」
「この丈が可愛いんじゃない」
「あ?は男にエロい目で見られてもいいのかよ」
「それはやだけど……誰もわたしの足なんて見たりしないと思うな」
「あ?オマエ、マジで言ってんの?は可愛いんだから、男なら絶対エロい目で見るだろ」
「もう悟ってば心配しすぎー」
「いや、もう少し自分が可愛いって自覚して」

彼女は未だに自分の可愛さに気づいていないので、五条は心配で仕方がないようだ。
そんな二人のやり取りを見ていた夏油は、が全く五条の気持ちに気づいていないことに気付き、軽く笑いを噛み殺した。まだまだ二人は幼馴染という枠から出ていないらしい。

「そんな心配ばかりして、悟ってわたしのこと好きすぎじゃない?」

ヤンチャだった幼馴染がやけに心配してくれているので、もちょっとだけからかうつもりで軽口を叩く。しかし五条は「は?当たり前だろ」と真顔で返した。

「好きでわりーかよ」
「まさか。悪いとは言ってないよ。わたしも悟のこと大好きだもん」
「え」
「悟みたいな優しい幼馴染がいて、わたしは幸せ者だね」
「……」
「……ぶはっ」
「傑、何で笑ってるの?」

向かいの席で肩をゆする夏油を見たは、不思議そうに首をかしげている。それに対し苦虫を潰したような顔をしたのは五条だ。全く、一ミリも想いが届いていない。
子供の頃、遠回しにアピールしてもダメだと気づいた五条が、今度はドストレートに「好き」と言うようになっても、は「わたしも悟が好きだよ」と返してくる。最初は喜ぶのだが、すぐに彼女のいう「好き」は幼馴染としてなんだと思い知らされ続けて――早10年。
なのに懲りもせず未だ「好きだよ」と言われると一瞬は「え」と喜んでしまう五条だった。



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