✿彼氏×彼女✿



――悪い。今から仕事で横浜。今日は迎えに行けねえし、は先に帰ってて。危ないからちゃんと車使えよ!あ、お風呂ぬるめで沸かしておいて―。
――ごめん。兄貴からもメッセージ届いてると思うけど、追加の仕事入って迎えに行けそうにないから、先にマンション帰っててー。ちゃんとタクってな!あーあーと風呂入ろうと思ってたのに泣。

スマホに蘭ちゃんと竜ちゃんからそんなメッセージが入っていた。
だから私も仕事を終えたあとは、タクシーで真っすぐ二人のマンションへ向かう。
普通のOLがタクシーなんて贅沢だけど、二人から「オレらが迎えに行けない時は絶対にタクシーで帰って」と言われてるから仕方ない。
私の職場から二人のマンションまで車だと約10分くらい。途中近くのスーパー前で下りると、その店でバカ高い食材を買い込み、その足でマンションへと向かった。

今日の夕飯は暑いから冷やし中華がいいって朝からリクエストのメッセージが入ってた。
だからハムやキュウリ、サラダチキンなどを刻んで、最後に薄焼き卵を焼いて、それを細切りにしておく。切ったものはお皿に乗せてラップをかけて冷蔵庫へ。
これで蘭ちゃんと竜ちゃんが帰って来たら、二人がお風呂へ入ってる間に麺を茹でればいい。

「これでよし、と。あとはーお風呂だっけ」

夏の間はシャワーが多い二人も、たまにぬるめのお風呂に入りたがる。そういう時は疲れてる証拠だから、お風呂上りはマッサージをしてあげよう。
この部屋にはバスルームが二つという贅沢な造りになってるから、どちらのお風呂も同時にお湯をためていく。
ピカピカの湯舟に36度設定。体温くらいがちょうどいいみたいだ。
でもそこで入浴剤用の収納棚を開けた時、今日はどれにするんだろう?と首を傾げた。
竜ちゃんは特にこだわりなく何でもいいと言う派だけど、蘭ちゃんの場合、その日によって入れるものが違う。
今日の気分は何だろう。ローズ系?柑橘系?白檀とかのお香系?
それとも……暑いからミント系かな。

入浴剤用の棚には固形のもの、ボトルに入った粉や液体の入浴剤がある。それも種類が多すぎて私にはよく分からない。

「ま、帰って来てから聞けばいっか」

私が選んで勝手に入れても怒られないとは思うけど、疲れて帰ってくるなら蘭ちゃんの好きな香りでお風呂に入って欲しい。

お風呂が沸いたあとに夏はシャワー派の私も軽く一日の汗を流して、楽なルームウエアに着替えておく。最近は殆ど灰谷家に入り浸ってるから、着替えなども置いてあるのだ。
まあ、家に帰してもらえないだけともいうけど。

帰る、とでも言おうものなら、二人の「「え、何で」」から始まり、「泊ってけばいいじゃん」と竜ちゃんに羽交い絞めされ、「一人で寝んの怖いだろ?は寂しがり屋だし、今日もオレと寝とけ」と蘭ちゃんに優しく言い包められ、ついつい「そ、そうしようかな」と答えてしまう。
蘭ちゃんが言うように私は極度の寂しがり屋だから、家に帰って一人で寝るのもやだなあと思ってしまうのだ。
それもこれも二人と寝るのが当たり前になってきてて、急に家で一人になると、物凄く寂しくなる。何か洗脳されてる気もするけど、二人と毎日会えるのは幸せだから、まあいっかと思えてきた。

ただ毎日のように泊ってるから私の借りてるマンションも今では荷物を取りに帰る家みたいになってる。そんなだから「家賃もったいないし、そろそろ引き払って越してこいよ」と二人にも言われるようになった。
凄く嬉しいし、出来れば私もそうしたいところだけど……ただ、そうなると「ついでに会社も辞めればー?」という流れになるので、なかなか決められずにいた。
普通は自立してる女の方が好まれそうだけど、蘭ちゃんと竜ちゃんに限っては違う。

――あ?何でって、の会社、男いんじゃん。心配だし。
――あと飲み会あるだろ。忘年会とか、そーいうの行って欲しくねえもん。
――オレらが養ってやっから、はお家でのんびり好きなことして過ごせよ。

なんて言いだす始末。
引っ越して来たら二人からの甘やかしが加速しそうで怖い。二人の愛は私をダメにしていく気がする。
もし蘭ちゃんと竜ちゃんに飽きられて捨てられたら、私は一人で生きていける自信もない。
前にチラっとそんな不安を口にしたら「ハァ?オレらがに飽きるわけねえじゃん」とか「捨てるかよ。もったいない」と言い切られたけど、人の心なんて、どう変わるか分からない。
特にあの二人はモテるし、周りには常に美女がわんさか寄ってきてるのは知ってる。

前に二人の行きつけのバーに連れて行かれた時も、「あら、蘭くん」とか「竜胆くん、来てたんだー」なんて声をかけられてたし。
私も一緒なのに、こんなちんちくりん眼中にないって顔されたのは地味にショックだった。
でもそう思われても仕方ないくらい、綺麗なお姉さまだったし、あんな人達から誘惑されたら蘭ちゃんも竜ちゃんも男なわけだし、フラフラしちゃうかもしれない。

風呂上りの缶ビールを飲みながら、鬱々とそんなことを考えてると、いつの間にか時間が過ぎてたらしい。玄関の方で解錠する音が聞こえてハッと我に返る。

「「ただいまー」」
「蘭ちゃん……竜ちゃん……」

どれくらい悪い妄想の世界を彷徨ってたのか分からないけど、二人がリビングに顔を出した時、私は思わず二人に抱き着いてしまった。

「お帰りなさい!」
「熱烈なお迎え、かわいー」
、どしたー?寂しかった?」
「うん、ちょっと」

時計を見れば、すでに10時半。どんだけボーっとしてたんだ、と自分に呆れたけど、蘭ちゃんと竜ちゃんに、ただいまのキスをされたら浮気されるかも、という不安なんか消し飛んでしまった。

蘭ちゃんは私を膝の上に抱えると、ホッペにも「んー」と擬音付きでちゅーをしてくる。竜ちゃんも上着を脱ぎ捨てると「兄貴だけずりーオレにも抱っこさせろ」と言いだすまでがデフォルトだ。
竜ちゃんの膝に抱えられて同じようにキスをされ、ホッペやオデコにもちゅっちゅっとマーキングの如く吸いつかれる。最初は恥ずかしかったけど、今ではこれがないと物足りないんだろうなぁなんて思うようになった。

「あーの匂い、ホっとするー」
「私も。蘭ちゃんと竜ちゃんの匂い嗅いだらホっとする」
「ごめんなー。遅くなって」
「言うほど遅くないよ、蘭ちゃん」
「いや迎えに行けなかったし。三途のヤローが余計な仕事ぶッ込んできやがるからさー」
「ちゃんとタクシーで帰って来たから大丈夫だよ、竜ちゃん」

交互に二人からキスをされて、ちょっとだけくすぐったいけど、でも幸せだなあ、とシミジミ思う。
二人といると変な心配をしてた自分が恥ずかしくなった。

「あ、、お風呂は?」
「湧いてるよ。どっちも」
「お、さんきゅー。じゃあ、サッサと入ってこよ」

二人はシャツを脱ぎながら、まずは寝室へ向かう。でもそこで思い出した。

「あ、入浴剤まだなの。どれがいい?」
「んー。オレは暑いからミントー」
「分かったー」

竜ちゃんはミントということで竜ちゃん専用のお風呂にミント系の入浴剤を入れた。お湯の色が沖縄の海みたいな綺麗な淡いブルーに染まっていく。
これはお風呂上りに肌がスースーするから今時期は気持ちがいいのだ。
そこで「蘭ちゃんはー?」と寝室の方へ声をかけると、蘭ちゃんが上半身裸で顔を出した。

「んー今日はローズ系がいいわ」
「ローズね。分かった」

ローズ系はお取り寄せした液体の入浴剤で、綺麗なボトルに入っている。
何でも蘭ちゃんがイギリスに仕事で行った時に気に入ったものらしく、香りが物凄くいいから私も気に入っている。

「どれくらい入れる?」

ボトルのキャップを外して尋ねると、蘭ちゃんは何かを思いついたらしい。ニッコリ綺麗な顔で微笑んだ。……何か嫌な予感。

「そうだな。リージェンツ・パークのローズガーデンくらい香る量で頼むわ」
「……う、うん?」

蘭ちゃんは今日も蘭ちゃんだった。
誰か、そのローズガーデンくらいっていう分量を教えて欲しい。
とりあえずキャップに並々と注いで、お湯の中へ流し込めば、鮮やかなローズカラーに染まっていった。
ついでに濃厚な薔薇の香りがバスルームに充満する。

「こ、これくらい?」

恐る恐る振り返ると、蘭ちゃんは何故か笑いを噛み殺しながら肩を揺らしていた。

「な、何で笑ってるの……?」
「いや、は素直だなーと思って」
「…………」

どうやら激しく分量を間違えたらしい。蘭ちゃんは「かわいー」と言いながら私にちゅっとキスをしてくる。
その後「おわ、お湯が真っピンクじゃん」と笑いながらバスルームへと入って行った。
きっとお風呂上りはローズの香りを纏った蘭ちゃんが、色っぽいバスローブ姿で出てくるんだろうな。そして竜ちゃんに「兄貴、ローズくせえ」とか突っ込まれることだろう。
とりあえず――。



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