✿先輩×後輩✿
憂太先輩と付き合い始めて早半年。なのに私はちっとも愛されてる気がしない。
「ハァ?何で」
日々の鬱々とした気持ちを真希ちゃん先輩の部屋に押しかけて相談したら、えらいビックリした顔をされた。
「憂太のやつ、のことめちゃくちゃ可愛がってんじゃん。いっつもデレた顔で電話してんの見てると蹴り飛ばしたくなるし」
「…え、け、蹴っちゃダメだよ、真希ちゃん…」
「いや蹴ってはねえけど。それくらいデレてるって話。何では愛されてねえとか思うわけ?」
「……だって」
「だって…何だよ。モジモジしやがって」
真希ちゃん先輩は呆れたように私の頭を小突いてきた。でもこれはちょっと言うの恥ずかしい。でも言わないと分かってもらえなさそう。真希ちゃん先輩は恋愛とか興味なさそうだし。
「あのね…私と憂太先輩が付き合いだしてもう半年なの」
「あーまあ、そんくらいになんのか。早いなー」
「それでね…その…」
「何だよ…」
真希ちゃん先輩は面倒くせえって顔でコーラを飲みつつ、耳をほじりながら訊いてくる。可愛い後輩が悩んでるというのに、耳をほじらなくたっていいのに。いや、その前に女の子なんだから耳ほじはしちゃダメだよ、真希ちゃん先輩。
「だ、だから…き…き…」
「…き…?何だよ」
真希ちゃん先輩は更に怪訝そうな顔をしながら、コーラに口を付けた瞬間、「だから憂太先輩、キスしてくれないの!」と思い切って口にすると、ぶふー!っと見事にコーラを噴射した。良かった、目の前に座ってなくて。
「ゴホッ…な、何つー話を聞かせんだ、オマエはっ」
真希ちゃん先輩はタオルで口を拭き拭きしつつ、私をじっとり睨んでくる。何でも同級生のそういった話は聞きたくなかったらしい。小学生心理ってやつだ。
「え、だって真希ちゃんが聞いたんじゃない。愛されてないと思う理由…」
「ま、まさかそんな話とは…ってか、憂太なんだから、そこは察してやれよ。あいつが女の子にキス出来ると思うわけ?」
「ええ…それは憂太先輩だって男なわけだし…」
「はっ。あんなへなちょこ、男とは認めん」
真希ちゃん先輩はそんなことを言って鼻で笑ってる。きっと高専に来た当時のまんまでイメージしてるみたいだ。
「へなちょこって…憂太先輩は凄く強いのに」
「強くなったのは、まあ認める。でも女に関していえば、まだへなちょこだろ。現ににキスできねーんだから」
「それは…やっぱり私のこと愛してないから?」
「…はあ?そうじゃなくて、その逆だろ?多分」
「逆…?」
真希ちゃん先輩は急に意味ありげな笑みを浮かべて、制服のポケットからスマホを取り出した。どこへかける気だと思ってると、急に「あ、憂太?」と言いながら私を見るからギョっとしてしまった。
「あーオマエ、今どこ。あ?任務で静岡行ったのは知ってんだよ。現時点でどこって聞いてんの。うん…は?もう高専ついた?マジか。ああ、いや…実は今私の部屋にが来てて――」
と言いつつ、コッチを見るから私は慌ててぶんぶんと首を振った。つい激しく振り過ぎて一瞬クラっとしたけど、今の相談を憂太先輩に言わないでと哀願するように真希ちゃん先輩の上着を引っ張る。でも真希ちゃん先輩もどこか慌てたように「え?あ、おい、憂太――!」と叫んだあと、舌打ちをした。
「あいつ、サッサと切りやがって…」
「え、憂太先輩なんて…?」
「知らね。が部屋に来たって言った瞬間、すぐ行きます!つって勝手に切りやがったし」
「え…」
「どうせ早くオマエに会いたいんだろ。多分ソッコーでここ来ると思う。ってことで――」
「え」
「は憂太が来るの外で待ってろ」
「え、ちょ、ちょっと真希ちゃん――!」
真希ちゃん先輩に首根っこを掴まれた私は――仔猫を運ぶ母猫じゃないんだから――廊下へぽいっと出されてしまった。むごい。
何も追い出さなくても…と思いながら、寮の外へ出てみると、いきなり「ちゃん!」と名前を呼ばれてドキっとした。見れば憂太先輩が鳥居の道をこっちに向かって走ってくる。思わず笑顔で手を振ったはいいけど、来るのはや!ってちょっと驚いた。
「憂太先輩、お帰りなさい!」
夕べ以来ぶりに会えた嬉しさで私の方から抱き着くと、憂太先輩はちょっとわたわたしながら「た、ただいま」と言って、いつものようにへにゃっと微笑んだ。この優しい笑顔が好きすぎてぎゅんっと胸が苦しくなる。思えば憂太先輩の可愛い笑顔に一目惚れをして、私から告白をしたのだ。だから変な心配をしちゃうのかもしれない。
憂太先輩は優しいから、私のこと好きでもないのに気を遣って付き合ってくれてるのかなって。
「憂太先輩、早いね」
お腹の辺りに抱き着きながら見上げると、憂太先輩は「早くちゃんに会いたかったから…」と嬉しいことを言ってくれた。ボっという音が出るほど顔から熱が噴き出した気がする。きっと私の顔は赤いに違いない。それを見られたくなくて、憂太先輩のお腹に顔を押し付けると「どうしたの?」と頭を撫でてくれた。
「私も憂太先輩に会いたかったから…」
今の言葉はどういう気持ちで言ってくれたのかなって思いながら、私は自分の気持ちを素直に口にした。
そう言えば憂太先輩には妹がいるって話だし、もしかしたら私のこともそんな風に可愛がってくれてるだけなのかもしれない。だいたい真希ちゃん先輩のことは「真希さん」って呼ぶのに、私のことはいつまで経っても「ちゃん」だし…。子供扱いされてる?
そんな心配をしちゃうのは、こうして私が見上げても、憂太先輩はオデコにしかちゅっとしてくれないからだ。
「ちゃん、これから何か用でもある?」
「ううん。何もないよ」
「じゃあ僕の部屋に行く?僕、ちゃんが観たいって話してた映画、Huluで見つけたんだ。一緒に観ない?」
「え、観たい!ありがとう、憂太先輩」
その気持ちが嬉しくて自分の腕を憂太先輩のに絡めると、早く早くと引っ張りながら憂太先輩の部屋まで歩いて行く。こういう時、ちょっとは憂太先輩の愛情を感じるから幸せ。でもその優しさが妹みたいな子に対する気持ちなのか、それとも女の子として好きでいてくれてるからなのかが、よく分からない。憂太先輩は博愛主義なのか、比較的誰にでも優しいからだ。
だから部屋へ入った途端、飲み物を用意してくれたり、私の好きなお菓子を出してくれたり、ふかふかのクッションを置いてくれたり、マメすぎるくらいマメに動いてくれる憂太先輩を見ると、うーん、と考えてしまう。
「そういえば真希さんとこに行ってたんだって?何してたの、二人で」
憂太先輩は自分の分の飲み物を手にやっと私の隣へ腰を下ろした。
「えっ?あ、うん…別に…何も…。な、何で?」
「さっきの真希さん何か言いたそうにしてたから何かあったのかなって」
「う…そ、それはその…」
ハッキリ言って私は嘘が大の苦手だ。やましいことがあると、すぐ顔に出てしまう、らしい。悠仁くんに指摘されるまで全然気づかなかったけど。
憂太先輩も私の様子を見て何か感じ取ったようで、「何?言いにくいこと?」と私の顔を覗き込んできた。すぐ目の前に憂太先輩の大きな黒目が見えて、心臓が変な音を立てる。今少し顔を近づけるだけでキスが出来ちゃうほど距離が近い。なのに憂太先輩はさっと視線を反らして私からちょっとだけ距離をとったようにみえた。…ショックだった。
「ちゃん…?な、何で泣くの?」
これまでの鬱々してた気持ちが一気に溢れ出たみたいだ。その呪いのような感情が涙という形でぼろぼろ零れ落ちてくる。
「だ、だって…憂太先輩…私のこと好きじゃないでしょ…?」
「…え?!何で…そんなこと言うの」
憂太先輩は酷く驚いた顔で私の顔をまた覗き込むと、零れ落ちる私の涙を指で拭ってくれた。そういう優しさも今はちょっとツラい。
「だって…憂太先輩と付き合ってもう半年になるのにき…」
「…え?」
ふと見上げたらまた憂太先輩と目が合って一瞬怯む。でも今日こそハッキリさせないと、私は今夜も眠れない夜を過ごす羽目になる。
「だ、だからその…き…きす…してくれないから…私のこと好きじゃないのかなって…」
だんだん顏は下を向き、声も尻すぼみにはなってしまったけど、どうにか悩んでることを口にすることが出来た。ただ、そこでふと気づく。
疑問をぶつけたからには、当然答えというものが返ってくるわけで、そこまで考えていなかった。私ってばうっかりさん。言った傍から後悔してしまった。
だって――憂太先輩に「そうだよ」って言われるのは凄く怖い。
好きになったのは私からだし、告白したのも私から。あの時はぐいぐい行き過ぎてしまった感はあるし、もしかしたら憂太先輩は仕方ないなあ、くらいの気持ちでOKしてくれたのかもしれない。今更ながらに怖くなって「う、うそ!今のなし――!」と笑顔で誤魔化そうとした。
その瞬間、目の前が陰って、唇にむにゅっとした感触。いつの間にか憂太先輩との距離はゼロになってて、視界いっぱいに憂太先輩のまつ毛が見える。え、と思ったら、その柔らかいものが離れて行った。
でも代わりに大きな手が私の火照った頬にそっと触れる。
「ゆ、憂太せんぱ…」
「ちゃんにキスしなかったんじゃなくて…出来なかっただけだよ」
額同士を合わせて、憂太先輩が呟くから、心臓がばくばくと一気に動き出す。私、今キスされたんだ、と後からじわじわきて、色んな感情がごちゃ混ぜだ。でも憂太先輩は普段通りの…ううん、ちょっと違う。こんな顔は見たことがない。ちょっと真剣な、大人びた男の人の顏。
憂太先輩の手のひらが、すり、と私の頬を撫でていく感触に、やたらとドキドキしてきた。
「こうして触れたら…僕が我慢できなくなっちゃうからね」
憂太先輩はそう呟くと、指でゆっくりと私の唇をなぞって、それからふっと笑みを浮かべた。何かヤバいくらいにカッコいい。そんなことを思って惚けていると、憂太先輩が私の耳元で呟いた。
「――だって、好きになったのは僕の方が先だから」
艶っぽい笑みを浮かべる憂太先輩にドキドキしてしまう。どうやら私は最初から、憂太先輩に絡めとられていたらしい。
呆気にとられていたら、さっきよりも深めのキスが落ちてきて、舌まで絡みとられてしまった。
このあと晴れて憂太先輩に美味しく頂かれてしまった私は、後日真希ちゃん先輩に「、憂太とヤっただろ」と散々からかわれる羽目になった。
(何でバレたの?!)
(※乙骨のデレがパワーアップしたから)

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