✿溺愛シリーズ「愚かたるる」の二人より✿


ある日の夜、三日間の出張任務を終えて高専に戻って来たら、娯楽室で秤さんと綺羅羅さん、そしてさんがトランプをしながら盛り上がってた。さっき任務が終わって今から帰るってメッセージを送ったけど、さんは見てなかったらしい。どおりで返信がなかったわけだ。
とりあえず返信のなかった理由が分かってホっとしていると、さんと目が合った。
さんは僕を見つけると「あー憂太くん、お帰りなさーい!」と嬉しそうにフラフラ歩いて来て、いきなり僕に抱き着いてくるから死ぬほどビックリした。しかも――。

「会いたかったぁ」
「…っ?」

このいきなりのデレはさすがに予想外すぎて一瞬フリーズしたし、当然の如く顔がニヤケそうになったけど必死で堪える。――だって秤さん達がニヤニヤしてるし――
ただ、いつもは秤さん達がいると僕に甘えるのを嫌がる彼女が、どうして今日はこんなに素直なんだと驚いていると、その答えは秤さんの手の中にあった。
それは未成年が決して口にしてはいけないシャンパンボトル。以前、僕もジュースだとプレゼントされて飲んでしまったものだ。

「え、もしかして…さんお酒飲んでる?」
「んーん。飲んでないもん」
「……(え、可愛い)」

僕の腰にぎゅううっと抱き着いたまま子供みたいに首を振るさんは、何かふにゃふにゃして超絶可愛い。一瞬でデレそうになった時、秤さんが「のやつ、これ一本は空けてたぞ」と教えてくれた。
さんは酔っ払うと誰彼かまわず甘えん坊になるクセがあるから、前に「お酒は僕のいないとこで飲んじゃだめ」って言って、彼女も「うん、憂太くんがいない時は飲まない」って約束してくれたのに、今日は飲んじゃったみたいだ。(※約束する内容を激しく間違えてる乙骨)
その理由も秤さんが教えてくれた。

「オマエに三日も会えなくて寂しそうだったから、オレが飲ませた。許せ」
「今夜は甘えさせてあげてー」

綺羅羅さんは僕とさんを娯楽室から追い出すと「センセーには内緒にしてね」とウインクしながらドアを閉めてしまった。
廊下には僕と、僕に未だ抱き着いてるさんだけ。もう時間も遅いし誰もいないから、そこは僕も彼女をぎゅうっと抱きしめ返した。

さん、ごめんね、遅くなって」
「ほんとだよー…寂しかった…」
「…っ(いや、可愛すぎでしょ!)」

寂しいと言ってさんは更にぎゅうっとくっついてくるから、顏の表情筋がおかしなことになってる気がする。今が夜で誰もいなくて良かった。

「と、とりあえず…部屋まで送るね」
「……やーだ」
「え…」
「まだ帰りたくない……」
「……っ(殺し文句すぎ!)」

がばっと顔を上げたさんの大きな瞳はとろんとしてて凄く可愛い。お酒のせいで色白の頬も赤いし、やたらとそそられる。なのに言動は子供のそれで、このギャップが僕の心臓を色々攻撃してくるからえぐい。

「ゆうーた」
「…ん?」

呼び捨ては反則、とドキドキしながら――未だ免疫ついてない乙骨――見上げてくるさんの方に身を屈めると、彼女は抱き着いてた両手を放してこっちへ伸ばしてきた。何その可愛い行動!と思ってると、更に心臓が爆発しそうな"可愛い"攻撃をされた。

「抱っこ」
「……っ!?」

彼女の名誉のために言っておくと、普段のさんはとってもシャイなので、こんなことをサラっとは言えない子だったりする。照れると何故かツンになるし。そこが可愛いんだけど、今夜のこのギャップは最強だったかもしれない。僕の情緒がおかしくなるほど心がざわついてしまった。
一瞬、完全に固まった僕を怪訝そうに見上げながら、さんはもう一度「抱っこしてー憂太くん」と両手を伸ばしてきた。
大好きな子にこんなこと言われて抱っこしないやついる?いないでしょ!

「分かった。抱っこね」

なんて余裕ぶってみたものの、可愛すぎて胸の奥がきゅんきゅん祭りを開催してる。でもさんを抱っこするのに身を屈めた瞬間、待ちくたびれた様子のさんが僕の首に腕を回してがばっと抱き着いてきた。え、と思った時には彼女の足が僕の腰に回されてて、どっかで見たことのある可愛い動物になっていた。

「え、えっと…さん…?」

まさかコアラみたいに抱き着かれるとは思ってなくて、どうすれば正解なのか迷っていると、さんは僕の肩越しに顔を埋めて一言呟いた。

「…ぎゅってして。憂太くん…」
「……え!(ムリ!可愛すぎてムリ!)」
「ぎゅーってして」
「う、うん…」

そぉっとさんの背中に両腕を回して、言われた通りぎゅううっと抱きしめる。お酒の匂いに交じって、さんのいつもの香り、桜の甘い匂いが僕の鼻腔を刺激してくるから、このまま部屋に浚いたくなってしまった。でもこんなに酔ってる彼女を部屋に連れ込むのはフェアじゃない気もするし、やっぱりここは彼女の部屋まで送る、が正解――。

「憂太くん…」
「ん?」
「…眠い」
「はは…だよね。じゃあ部屋まで送るから――」
「だめー。部屋には帰りませんー」
「え、帰らないの…?でも眠いんでしょ?」

僕の首にしがみつきながら子供みたいに駄々をこねるさんが可愛すぎて、どうしてくれよう。そんな気持ちで彼女を抱えたまま寮へ向かう。その間も「ゆーたくん」とか「大好きー」なんて可愛いこと言いだすから、ほんとにこのまま僕の部屋へ攫ってしまおうかと悩んでいると、さんが少しだけ体を放して僕の顔を覗き込んできた。
その瞬間、ちゅっとキスをされてピタリと足が止まる。じわじわ顔の熱が上がっていく僕を見ながら、さんがふにゃりと笑うから、今度は僕の方からお返しのキスを返す。

「ゆーたくん」
「ん?」
「今日も大好き」

僕のいつもの報告を真似てそんなことを言ってくれるさんがホントに可愛くて、僕の顏がへにゃっと崩れた。

「僕も。今日も大好きだよ、さん」

きっと明日も、明後日も、明々後日も。僕はずーっとさんが好きだと思う。
そう伝えたら、とろんとした瞳が少しずつ潤んでいって、零れ落ちた涙を唇で掬ってあげた。そのまま唇にもちゅっとキスを落とすと、彼女は「…しょっぱい」なんて言って無邪気な笑顔を見せてくれる。出来ることなら、この笑顔をずっと僕だけに向けてて欲しいと思ってしまった。

「…もう部屋に戻る?」
「んー…戻らない」
「戻らないの?」
「今日はずーっと憂太くんといる」

そんな可愛いことを言いながら、また僕にぎゅうっとしがみついて来るから、足が勝手に方向を変えてしまった。

「…どこ行くの?」
「ん?僕の部屋」
「……いいの?」
「当たり前でしょ」
「出張で疲れてるでしょ…」
「疲れてるからこそさんといたいんだよ」

そう応えたらぎゅううっと更に力を込められて、ちょっと苦しいけど、幸せな苦しさだから全然苦にならない。

「じゃあ…今日はぁ…憂太くんと一緒に寝ます」
「うん。一緒に寝ようね」
「…また蹴飛ばしちゃうかもだけど」
「はは、いいよ」
「…足も乗っけちゃうかも」
「むしろ乗っけて欲しいくらい」
「じゃあ…乗っける」
「うん」

こう見えてさんは意外と寝相が悪い。一緒に寝てると朝は必ずコアラみたいに僕に抱き着いてる。まあ時々夜中にゲシっと蹴飛ばされることもあるし、起きたら僕の顏の横に足があったなんてこともあるけど、そこがたまらなく可愛くて、そういうとこも彼女の好きな部分の一つだってことは僕だけの秘密。
言うとさんは恥ずかしがっちゃうからね。

「憂太くん…」
「なーに?」
「寝る前に…」
「ん?」

急に声が小さくなったから「寝る前に…なに?」と尋ねると、さんは恥ずかしそうに「…エッチする?」と究極の爆弾投下をしてきた。今のひとことで腰の辺りが疼いてしまったのは…仕方がないことだと思う。自然に僕の足が速くなったのも、まあ当然だ。
だけどさんを抱えて部屋に着いた頃には、気持ち良さそうな寝息を立ててるから、三日ぶりのエッチはお預けとなってしまった。
でもさんを抱いて寝れるのはいつだって幸せだから、隙間もないくらいにくっつきながら一緒に眠る。
今日も大好きだよ、と額に口付ければ、ゆーたくん、好き…という小さな寝言が、僕をまた幸せにしてくれた。
――僕がベッドから蹴り落とされるまで、残り一時間と十分弱。




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