How to kill vampires-⑴.21


2013年12月。


初めて指を食べた時、マズいとか美味しいとか、そんな感想よりもまず思ったのは、"これで少しは生きられる"。
ミイラの指、それも純血種のヴァンパイアの指が人間の栄養になるのかは謎だったし、そこまで考えたわけではないが、とにかくはそう思った。
そして途中から全身の熱が吹き出すように熱くなって来た時も、久しぶりに物を口にしたからだ、と。
それは10本全て胃に収めた瞬間からだったのか、は覚えていない。
とにかく急に異変は起きた。
最初は高熱を出した時の症状に似ていた。顔が熱く火照り汗が噴き出してくる。
次に腹痛と吐き気。なのに吐こうとしても吐けない。
その内、更に体の熱が上がった。まるで業火に焼かれているかのような、熱さ。
字のごとくはその場を転げまわり、声にならない声を上げ続けた。
自分の身体に何が起きているのかなど考える余裕もなく、ただ焼かれるような激痛だけが延々と続くような気がしていた。

どれくらいそうしていたのか。気づけば嘘のように痛みが引いて行った。
引くどころか、まるで真綿に包まれてるような、そんな安らぎを感じながら、は眠りに堕ちそうになった。
その時、頭の中でお眠り、と言われたような気がしたのだ。
もしが夢見がちな女の子だったなら、あのまま幸せな眠りについたのかもしれない。
それも永遠という長い眠りに。
でもは違った。
ハッキリと、確かに頭の中で知らない声がしたのを訝しく思い、何とか踏みとどまった。

「…だ…れ?」

そう尋ねたに、頭の中の人物はいきなり罵詈雑言を吐いて来た。
《何で堕ちないのよ、このガキ》とか《消えてちょうだい》とか最後には《サッサと堕ちて、早く死んで》と延々喚く。
ハッキリ言って、寝落ちしなかったのは彼女があまりにうるさすぎたせいでもあっただろう。
結局ダイアナはの肉体を奪う事は出来ずに、彼女の力がの肉体に刻まれただけで、意識を共有する事になった。
それでも意識を全て乗っ取られたら勝手に動き回るので最初は大変だったが、次第にそれも出来なくなり、が交換したい時だけ縛り付きで入れ替わる事は出来るようになった。

そんな感じで自分の中に住み着いた彼女とは何だかんだと仲良くはやってきた方だと思う。
ダイアナにしても幼い頃からの中にいるのだから彼女の成長を何気に楽しんでいたりもする。
自分が死んだ後の世界を見て回るのもいい刺激になった。
だが長い年月の間で、二人の融合は少しずつ、だが確実に進んでいっている。
それも原因なのか普段、ダイアナはの中で深い眠りについている。
の心が必要以上にざわめいたりしない限りは。

《…ちょっと…何よ、この痛み…》

この時、深い眠りについていたダイアナはざわざわとの心が騒ぎだした事で目が覚めた。
普段のちょっとした驚きや心の動きでは滅多に起きないが、今回はそんなものとは違う。
これまでにない、そう初めての感情が大暴れしている、と形容してもいいくらいのうるささ。
その後に続く甘い魅惑的な情欲。
過去にダイアナも何度となく味わった事のある誰かに愛されるという高揚感と、触れられる時の幸福感。
だが次に来たのは何とも言えない痛み。
意識を共有していると、が感じたものはダイアナも同じように感じる事がある。
特に生き物が恐れるものは強くリンクする。それが痛みだ。
が痛いと思えばダイアナも痛いと感じる。そういった具合に。
この時もうるさいと思うほどにの感情が揺れ動き、同時に訪れる高揚感の中で、ダイアナは唐突に痛みを感じた。
それはの中にいてこれまで感じた事のないもの、でもダイアナには覚えがあるような、そんな痛みだ。
普段から時々を通して外の世界を見ているダイアナは、この時も自分の生得領域からの見ているものを自分の意識へと繋いだ。

最初はぼんやりとしていたが、次第にそれは形となって現れて来た。

《……五条…悟?》

薄暗い部屋の中、五条悟からキスをされている、というのが最初にダイアナの意識に飛び込んで来た。
次に先ほど感じた痛みは健在で、ダイアナは僅かに顔をしかめた(ような気がしただけ)
五条はいつもとは違い、どこか高揚した顔でを見つめているのが"意識の中"から見ていても分かる。
暗い部屋、荒い息遣い、汗ばんだ肌。
そういったものがダイアナの意識にも伝わって来た。そして気づく。
これは―――。

《……やだ。真っ最中じゃない》

が今どういう状況にいるのかを完全に把握したダイアナは、いよいよが五条悟一人に絞ったのだと悟った。

《…まずいわね。この男だけは》

ポツリと呟いたダイアナは、それでも男女の営みを邪魔するほど野暮ではない。
ここはに気づかれる前に、サッサと退散しよう。

五条悟。不思議な眼を持っているこの男には、もう私の弱点は"視"えているのかもしれない―――。

ああ、の相手がこの男だなんて本当に厄介…とダイアナは苦笑しながらも、その意識を今度こそ閉じた。






、コーヒー淹れたよ」

朝、シャワーを浴びた後、きちんと髪を乾かし制服に着替えていると、寝室のドアをノックされた。

「今行く」

と応えながら、ふとベッドの方へ視線が向く。
がシャワーを浴びている間に五条がやったのだろう。
あれだけ乱れていたシーツも真新しいものに替えられ、まるで高級ホテルかのようなデュベスタイルにメイクされていた。
ベッドスローまで飾られ、何もかもここへ来た時と同じ状態に戻っている。
それらを見て、はさすが悟、仕事が早いと思いながらも、乱れていたベッドを五条にメイクされたかと思うと少し恥ずかしい。
少なかったものの出血だってあったはずだ。それを見られたかもしれないと思うと朝から頬が熱くなってきた。

?どうした?」

なかなか出てこないに痺れを切らしたのか、寝室に五条が顔を出した。
五条も起きてすぐにシャワーを浴びたようで、今はいつもジャケットの中に着ているリネンの白シャツをキッチリ身に着けている。
だがその顔にはサングラスはなく、南海のように澄んでいる碧い双眸はキラキラと朝日を浴びて輝いていた。
ボケっとしていたはハッとしたように「ごめん」と止めていた指を動かし、インナーのボタンを留め始める。

「もしかして寝不足?」
「あ…」

やってあげる、と五条はボタンを器用に素早く留めて行く。
全てのボタンを留め終わると、の頬にちゅっとキスを落とし「夕べ無理させちゃったもんね」と意味深な笑みを浮かべた。
の頬が一瞬で赤くなるのを、五条は楽しげに見ている。

「む、無理なんかしてないし」
「そ?じゃあ…コーヒー飲も。あ、お腹は?空いてない?」

の手を引き、リビングに戻った五条がふと振り返る。
だがが顔をしかめながら足を止めたのを見て「どうした?」と慌てたように顔を覗き込んだ。

「な…何でもない。ちょっと鈍痛があるだけだから…」
「え、お腹痛いの?」

下腹部の辺りを押さえる仕草をしたを見て、五条が心配そうな顔をする。

「お腹…とは違うんだけど…」

初めて男性を受け入れた体が少々悲鳴を上げているだけ、とまでは言えず、は笑って誤魔化した。
そもそも初めての行為なのに何度となく求められ、受け入れたのは無理があったのかもしれない。
最初は裂けるんじゃないかと思うくらい痛くて、世の女性は皆これを乗り越えているのか!と本気で驚いたくらいだった。
五条が優しく丁寧に進めてくれたおかげで最後の方は痛みもなくなっては来たが、やはりそれでも中の鈍痛は残っているようだ。
それに足の間にずっと違和感があるのも気になる。

「何モゾモゾしてるの?」
「え、なんか…アソコに違和感が…」
「あそこ?」
「んーまだ何か入ってる感じがして…」
「………っ」

の何気なく口にしたとんでもない一言に、珍しく五条の顏が一瞬で赤くなった。

「…悟?どうしたの…?顔真っ赤…」
「…変なこと言うなよ…」
「変なこと…?何―――」

その綺麗な五条の顏がますます赤くなっていくのを見て、は首を傾げた。
も別に変な意味で言ったわけではなく、実際にそうなのだから本当の事を口にしただけなのだが、五条にとっては朝から耳に毒だったようだ。
不意にを抱き寄せると、何かを話そうとしていた唇を塞ぐ。

「…んぅっ」

あまりに突然のキスに驚き、の赤い瞳が見開かれる。
啄みながら徐々にそれは深くなり、五条は舌を絡ませながらもの体をソファに押し倒した。
これにはさすがにも驚く。

「ちょ…ちょっと悟…」

僅かに唇を離し、至近距離で見つめて来る碧眼を見上げれば、先ほどの爽やかな輝きではなく、今は妖しくゆらゆら揺れ動いている。
それでも未だ五条の頬はほんのりと赤く、気まずそうに視線だけ反らされた。

が変なこと言うから思い出しちゃっただろ…」
「…え?」
「というわけで責任とって」
「……っ?」

何の?と聞く前に硬く主張している存在を知らしめられ、今度はが赤くなる番だった。

「ちょ、任務が―――んぅっ」

せっかくシャワーを浴びて服も着たばかりなのに、と思いながらも、また服を乱されていくのを感じながら、は何故急に五条が発情したのかまでは分かっていなかった…。







「なーに変な歩き方してんのよ!」
「…いたっ」

ポカっと何かで殴られて、慌てて振り向くと、そこには家入が丸めた書類を手に笑顔で立っていた。

「硝子、おはよー」
「おはようって、もうお昼過ぎでしょ。今頃ご出勤?」
「違うよー。午前中に任務だったから報告に行くとこ」
「へえ、働き者じゃない。昨日は大変だったんでしょ?」

そう言いながら家入は休憩所の自販機でいつものコーヒーを買っている。
も同じものを購入すると、家入と一緒に椅子へを腰を掛けた。
その際「…いたた」と呟いてしまったのを聞いて、家入が訝しげに眉を寄せた。

「そう言えば…さっきも何か屈むようにガニ股で歩いてたけど食べ過ぎて腹でも壊した?」
「む…何で私がお腹痛そうにしてたら食べ過ぎなのよ」
「そりゃだってと言えば大食いだし?」
「……まあ、否定はしないけど」
「しないのかい」

家入はくくくっと笑いながらコーヒーを口に運ぶと、それでも医者らしく「ほんと具合悪いなら診てあげようか?」と言って来た。

「ま、不死のが体調壊すなんて珍しいけど、腹痛にはケガと違って効果なしなの?」
「い、いや…別にホントに腹痛ってわけじゃないし…」
「え、違うの?じゃあ…何であんな変な歩き方してたのよ」
「………」

人から見てもそんな歩き方をしてたのか、と思うとの頬がほんのり赤くなる。
だいたい夕べの行為だけで今朝から大事な場所には鈍痛に加え、異物感が残っていたのに、更にその後も一度襲われてしまったせいで余計にそれが増したのだ。

「な…何でもない」
「何でもないって…何か変だよ、。何か隠してない?」
「う……」
「もしかして…原因は五条?」
「な…何で?」
「いや、何となく…」

と言いながら、家入は改めてを見た。
は気まずそうに顔を反らしてしまい、でもその頬はほんのり赤い。
図星か、と家入は思いながら、ふとの緩く開いている襟元を見た。
いや、緩くボタンを二つほど開けているのはいつもの事なのだが、その場所に赤い痕を見つけてしまった。
どう見てもキスマークで、五条のヤツ、エッチなしでもこういう事はしてんのか、と若干イラっとする家入。
恋人同士の事だから口には出してないが、これまでにもが時々キスマークをつけられていたのは知っていた。
が、ふとそこで先ほどのの様子と何かがイコールになる。そう、それにヤツは誕生日だった。
それは経験者だからとも言えるし、家入が人より勘が良く、長いことを見て来たからなのかもしれない。

…」
「ん?」
「もしかしてアンタ……開通した?」
「かいつう…?」

言葉の意味が分からず、首を傾げたに、家入はズバリ「五条とエッチしたのかって聞いてんの」と言ってのけた。
その一言での顏が一瞬で固まり、じわじわと頬を赤く染めていく。
あまりに分かりやすいその反応に、家入も苦笑するしかなかった。

「マジか…そっかぁ…遂にねぇ…」
「ま、まだ何も言ってないよ…?」

恥ずかしそうにモジモジしているを見て、家入もとうとう吹き出してしまった。

「言わなくても分かるよ、アンタのその反応見てりゃ」
「え…」
「それにさっきの歩き方…まあ私も経験あるしさ」
「えっ?硝子も初めての後は異物感あったの?!」
「ちょ、声が大きい!」

のデリカシーのない発言に、さすがの家入も頬が赤くなる。
シャイなくせに、そういう変なとこが素直でストレートすぎるに慣れてはいるが、未だに驚かされる事があるのだ。

「ったく誰が聞いてるか分からないんだからね?」
「ご、ごめん…。で、でもこれ直るの?ずっと変な感じなんだけど…」
「はあ…まあ、二日ほどで直るとは思うけど」
「ほんと?良かったぁ…。何か落ち着かなくて…」

は未だモゾモゾしていて、言葉通り落ち着かない様子だ。
その姿に家入も感慨深げに「も遂に開通したか…」と苦笑する。

「でもどうして?付き合う時わざわざエッチなしって条件まで出してたくせに」
「…それは…」
「まさか五条が強引に―――」
「ち、違うってば!そうじゃなくて……私も…悟とそうなりたいって本気で思っちゃって…」
「だからどういう心境の変化よ」

心境の変化と言われ、はふと考えた。
確かに今でも怖いものは怖い。
でも同時に五条とこうなった事で以前よりも安堵感の方が強くなった。
もちろん恐れていた以上に、五条の事が愛しいと感じているのも確かだが、でも絶望的な怖さではない。
むしろ心身ともに満たされている。

「エッチしてなくてもね、悟の事が凄く好きだなって…思えて来て…もっと触れて欲しいって気持ちが出て来ちゃったの」
「…まあ、人を本気で好きになったらそうなるのは分かるよ」
「うん…。だから、かな」
「だから?」
「エッチしてなくてもこんなに悟が愛しいなら、もう変に怖がらないで悟とそうなりたいって自然に思うようになって」
「…そっか」

家入はふと笑みを浮かべると、の頭にポンと手を置いた。
今まで二人の事は何気に見守って来ただけに、家入も何となくホッとした気分になる。

「まーだったら五条もすっごい喜んだでしょ」
「……そ、そう、かな…」

は恥ずかしそうに笑いながら、でもどこか幸せそうだ。
その時、家入の視界にちょうど噂をしていた人物が歩いて来るのが見えた。
しかもその手には何故かキャリーバッグが引かれている。

「あ、本人ご登場」
「え…?あ…悟」
「ここにいたの、。あれ、硝子も休憩?」
「まーね。アンタはどこ行ってたのよ。また出張?」
「いや、寮に着替え取りにね。マンションの方に置いておく服とか持ってきた」

と言いながらキャリーバッグをポンと叩く。
五条も家入には都内にマンションを購入した事は話してある。

「あーなるほど。ふーん」
「…何だよ」

自販機でコーヒーを買っていた五条は何かを含むような返しをする家入を見てサングラスを下へズラした。
そうする事で現れた碧眼を見ながら、家入も意味深な笑みを浮かべながら頬杖をつく。

「どーせ暫くはアッチに泊る気でしょ。と」
「…だから何だよ」
「いや、私はただの体が心配なだけ」

そう言ってニヤリと笑えば、五条の目がすっと細められた。
五条も家入の勘がいいのは知っているし、隣にいるが真っ赤になっているのを見れば、すでに何かしら知っているな、と分かる。

「あ、あの私、正道に報告書を出してくるね。悟、ここで待ってて」
「りょーかい」

はいたたまれなくなったのか、赤い顔をしながら廊下を走って行ってしまった。
それを見送っていた五条が不意に家入の方へ振り向く。

「で?何を話してたわけ?女同士で」
「何よ、聞きたいの?」
「ま、何となく分かるけど」
「ふふふ…」

家入はニヤニヤしながら仏頂面の五条を見ている。
学生の頃から知っている家入に今更そういう顔をされると、何となく気まずい。

「何だよ…」
「いやーおめでとう。遂にエッチを許して貰えて良かったねぇ」
「…はいはい」

やっぱそれかと五条は苦笑しながら顔を反らし、コーヒーを口へ運ぶ。
それでも家入は身を乗り出し、五条の顔を覗き込んで来た。

「んで?感想は?」
「は?感想って、オマエそんなの聞きたいの?スケベ」
「そっちの感想じゃねーし!」

持っていた書類でスパァンっと五条の頭を叩く。だが当然、無限で当たらない。

「私が言ってんのは初めて本気で惚れた女を抱いて、気持ちの変化はあったのかって事よ」
「ああ…そっちね」

ビックリした、と五条は笑うと、小さく息を吐いて家入を見た。

「そりゃまあ…ご想像通り、今は何もかも許せる気分だよ?文字通り心は薔薇色♡」
「へえ、じゃあ今、伊地知がここに来て"おい、五条。コーヒー奢れよ"…って言って来たら?」
「マジビンタ往復 ♥」
「全然許してないじゃん」

家入はゲラゲラ笑いながら膝を叩いている。
そもそも五条は全てを許せるような優しい男では決してないのだ。

「でもまあ冗談抜きで…嬉しい反面、怖いってのはある」
「…怖い?アンタが?じゃなくて?」
「あのね、僕にだって人並みに怖いって感情はありますから」
「それはにだけでしょーが」
「まあ、そうとも言う」

五条は苦笑交じりで足を組むと、小さく息を吐いた。
それを横目で見ていた家入は「何よ…アンタまで来てもいない未来が怖くなったっての?」と呆れたように肩を竦める。

「こうなっちゃったんだから行けるとこまで行けばいいじゃない。だって覚悟を決めたからアンタに抱かれたんでしょ」
「そうだね。まあ…その辺はだいぶ吹っ切れたんだけどさ」
「何よ。他に心配事でもあんの?」
「いや…心配ってわけじゃなくて…未だ迷ってる事は…ある」
「迷う…?何を」

訝しげに眉を寄せる家入に、五条は殊の外真剣な顔をした。

「少し前にさ…。が高専に来るキッカケを作った九十九由基に会ったんだ」
「え、九十九って…あの特級呪術師の?」
「ああ。半年前だっけな。突然高専に来て」
「何しに…?」
「僕に挨拶しに来たって言ってた。まあ、その時にの話になって…九十九由基が見つけたらしいんだよね」
「見つけた…?」

五条は軽く頷き、息を吐くと、静かな声で「を殺す方法」とだけ言った。
それを聞いた家入も一瞬言葉を失う。
だがすぐに「それ…アンタ、聞いたの?」と尋ねた。
五条は暫し無言だったが、その後に小さく頷いた。

「九十九由基はがその方法を探してたの知ってるから、を高専に送った後で彼女も探してたらしいんだよね」
「でも一体どこでそんな情報…」
「ああ、それはが探してたダイアナと旦那を殺したって言うハンターの子孫を探し当てたらしい」
「げ、マジか。じゃあ…かなり信憑性が高いってわけだ」
「うん。それにその方法を聞いた時、僕が気になってた事と繋がったんだ。だから間違ってはないと思う」

五条はコーヒーを飲み干すと、真剣な顔で家入を見た。

「この話、まだには言わないで」
「え、ああ…そりゃ言わないけど…五条から話すの?」
「うん。いつか話すと思うけど、今はまだ少し怖い」
「怖い?」
「だって、あんなに死にたがってその方法を探してたんだろ?それ知ったらアイツ、今すぐ死ぬとか言いそうじゃない?」

少しスネたように言う五条を見て、家入は思わず吹き出した。
五条との付き合いは長い方だが、でも―――。

「何笑ってんだよ」
「だって…五条のそんな顔、初めて見たから」
「…どんな顔だよ」
「泣きそうな顔?」
「あ?んな顏してないから」

すぐにいつもの調子で仏頂面をする五条は、一瞬学生の頃に戻ったかのように目つきが悪い。
夏油の離反で色々心情が変わっても、根っこのヤンチャな部分は早々消えないらしい。

「バカだねー五条は」
「うっせーな。バカって何だよ、バカって」
「だって…が死ぬ方法が分かったからといって今すぐ死ぬなんて言うわけないじゃない」
「そんなの分からないでしょ」
「そんなすぐ捨てられるような想いなら、あんなに怖がってたのに五条とエッチするはずないじゃん」
「……そうか?」
「そうよ。それによく考えてよ。死ぬ方法が分かったって事はいつでも死にたい時に死ねるんだし、幸せな時にわざわざ死ぬ必要なくない?」
「そりゃ…そう、だけど…」

家入の言葉に、五条は言葉を詰まらせた。
確かに言われてみればそうかもしれない。
でも五条にしてみればと最初に会った時に言われた言葉が今もずっと心に引っかかっているのだ。
殺されに来た、なんて言われたのも初めてで、そこまでして死にたがってる人間に会うのも初めてだった。

「あーそれが心配でまだに言えてないって事か…」
「悪いかよ…」
「いや、むしろ五条らしくなくて面白い」
「は?面白いって何だよ…人が真面目に悩んでんのに」
「まあ、いつ言うかは五条が決めたらいいけどさ。それ話せばの不安に思ってる心を救う事が出来るかもしれないじゃない」

が恐れているのは、いつか自分を置いて五条がこの世からいなくなってしまう事だ。
そんな先の、いつ来るかも分からない未来を、は今もきっと恐れている。

「そう、だな…。それもそうだ」
「ま、タイミングってもんもあるし、その辺はアンタが見極めてちゃんとに教えてあげなよ」
「ああ…ま、僕が死ぬかもしれないってなった時に、教えようかな」
「アンタが死ぬとか想像できないから。一度死にかけてたけど結局こうして生きてるんだし」

確かに物理攻撃の利かない五条を殺すのは至難の業だろう。
まず触れられないのだから攻撃は通らない。
万が一触れられたとして、奇跡的に怪我を負わせる事が出来たとしても、今度は反転術式でアッという間に治癒するのだから敵からすればたまったものじゃないだろう。
五条悟という人間を殺す、というベクトルで考えれば、答えは「無理」の一言に尽きる。

「あ、が戻って来た。この話はマジで言うなよ?」
「分かってるよ。にとって大事な事は五条の口から言うべきだって分かってるから」

家入も神妙な顔で頷くと、五条もホっとしたように頷いた。
そこへが何故か慌てたように走って来ると、

「悟~~!!」
「わ、な、何?どうしたの」

いきなりガバっと抱きついて来たに驚き、五条は家入と顔を見合わせた。

「バレたぁ~!」
「…バレた?」

何が?と聞こうとした時、が涙目で五条を見上げた。

「…正道と補助監督の皆に私と悟が付き合ってることバレちゃったの…」
「……マジ?」

僅かに口元を引きつらせた五条だったが、それでもどこか嬉しそうな笑みを浮かべたのを、は見逃さなかった。

「何で嬉しそうなの、悟…」
「え、だって僕は別にバレたっていいと思ってたし…」
「で、でも恥ずかしいじゃない!皆にバレたら」
「そう?僕は安心だけどね。に変な虫が寄り付かなくなるし」
「変な虫って高専にはいないでしょー?」
「はあ…分かってないなあ…は」

五条は深い溜息を吐くと、後ろで家入も笑いを噛み殺している。
は高専の人間からすれば問題児で通っているが、それでもその無邪気な性格故に愛されている。
そしてファンも多いのだ。
補助監督はもちろん、術師の男達にも人気があるのを五条は知っていた。
ただ彼らがに対して必要以上に口説いてこないのは、が特級呪術師だからだ。
一級や二級の術師が特級術師のを口説くのは、やはり気が引けるらしい。
言ってみれば呪術師あるあるだ。
それでも五条にとってはそういう男どもを牽制しておきたいという気持ちは前からあった。
だからこそバレたらバレたで五条にとっては喜ぶ事はあれど、みたいに恥ずかしいなんて気持ちは微塵もない。

「きっと今夜はやけ酒を飲みに行くやつが多いだろうねー」
「…何で?」
「さあ?は知らなくていいの」

五条は笑いながらそう言うと、彼女の頬へちゅっとキスをして、家入に「げっ」と言われている。

「イチャつくのは二人きりの時にしてよ。ほらサッサと帰って」
「言われなくても帰るよ。んじゃー行こうか」
「もう…悟ってば呑気…。はあ…あんなに術師仲間とは恋しないって言い切ってた分、恥ずかしすぎる…」
「そりゃー僕が魅力的すぎるんだし皆も五条なら仕方ないなあって思ってるよ」
「…自分で言う?」

相変らずの五条の発言には項垂れるしかない。
それでも五条に手を引かれ、家入に手を振って二人で寮に向かった。
もマンションに持って行く着替えを詰めなければならない。
今夜もまたあっちで過ごす約束をしているのだ。

「でも何でバレたって分かったの?誰かに何か言われた?」
「……正道にね」
「学長に?何て?」
「…"…オマエ、悟と付き合ってるというのは本当か!"って…。安田さんから聞いたみたい」
「あー安田さんね、まあそうだろうねえ」

五条は苦笑しながらも内心(狙い通り!)と悪い顔でニヤリとしていた。
室蘭へを迎えに行った時、五条は別にバレてもいいやというノリで行ったのだから、そうなっていなければおかしいのだ。

「でもこれでコソコソしなくて済むし、いいじゃん」
「悟ってば呑気…」
さ~僕と付き合ってる事がバレるの、そんなに嫌?」

あまりにが落ち込んでいる様子を見て、五条もそろそろスネたくなってきた。
足を止めるとの体を抱き寄せ、不満げに唇を尖らせる。

「い、嫌ってわけじゃ…ただ恥ずかしいってだけだもん…」
「いいじゃん。そのうち僕とイチャイチャしてるのが皆に当たり前だと思われるくらいイチャイチャすれば」
「ちょ、ちょっと…ここまだ校内…」

ん-と言いながら唇を近づけて来る五条に、の背中が後ろへしなる。

「む…何で逃げるの」
「だ、だって…」

ここは廊下で色んな人が通る場所でもある。
高専の関係者はそれほど多くないにしろ、誰も通らないというわけではないのだ。
にしてみれば、こんな風に密着しているところを見られるかと思うと落ち着かなかった。
すると五条はニヤリと笑みを浮かべて、

「じゃあ…マンションに帰ったらたーっぷりキスするから」
「…え、」

キッパリ言い切った五条は素直にを放すと「覚悟しといてね」と微笑み、その赤くなった頬に軽く口付けた。







2018年9月。


過去に"そのうち僕とイチャイチャしてるのが皆に当たり前だと思われるくらいイチャイチャすればいい"と言っていた五条の言葉が現在その通りになっているかのように。
とイチャつく五条を見ても、もはや誰も突っ込むものはいなくなった。
ただ一人を除いては―――。

針がきっかり朝の9時をさし、年季を感じさせる柱時計がこれまた時代の感じさせる音を響かせるのを聞きながら、七海は読んでいた新聞からふと顔を上げた。
目の前の一人がけソファには五条が座っており、その膝の上に愛しい恋人を座らせ、先ほどからデレデレイチャイチャモードに突入している。

は今日、誰が一番いい成績収めると思う?」
「んー。今年は憂太がいないからなぁ…。やっぱ葵かなあ?」
「まーでも今年の一年も粒ぞろいだから分かんないよー?悠仁も今日で復活するしね」
「あ、そっか。悠仁は体術相当イケる口だもんねー。葵とどっちが強いんだろ」
「あーそれは見てみたいね。はい、あーん」
「い、いいってば自分で…んぐ」

恥ずかしそうに首を振るの口へ、五条がチョコを入れている。
そして唇に僅かに着いたチョコをペロリと舐めとると、の顏が真っ赤になった。

「ちょ、こんなとこで―――」
「いいのいいの。誰も見てないから」
「私が見てますが」
「あ、七海いたの」
「さっきからいましたよ」

新聞から顔を上げた七海のサングラスがキラリと光った気がした。
先日、里桜高校での最大級の技のとばっちりを喰らい、片方が割れてしまったサングラスだったが、すでに修理は終えたらしい。

「それより人前でイチャイチャするのはやめて下さい。気が散ります」
「えーじゃーなーなみー。何か面白い話してー」(※棒読み)
「何で私がアナタの暇つぶしに面白い話をしなくちゃいけないんです?それとそのイチャイチャは関係あるんですか?そもそも何の"じゃあ"なんですか」

一言言っただけなのに倍の言葉を返され、五条は徐に唇を尖らせた。

「冗談の通じない男ってやだよねー」
「仕方ないよ、悟。だってナナミンは冗談が通じないんだから」
「それは今、僕が言ったよ、
「あ、そうだっけ」
「そうだよ」

わざとそんな事を言いあいながら笑っている二人を見て、七海は若干の殺意が沸いた。
だがそんな顔はおくびにも出さない。

今日は京都姉妹高との交流戦だ。
二日間に渡って生徒達が互いの力を競い合う毎年恒例の集まりだった。
そこで虎杖を復活させることは五条が決めたのだが、虎杖は先日の吉田の件でかなり精神的ダメージを負っていた。
本当に今日、復活させてもいいんだろうか、と七海は思っていた。
生きている事が分かれば、また命を狙われるかもしれない。
だが担任の男は分かっているのかいないのか、再びとイチャつき始めた。

「あ、これ、このショコラ美味しいんだよ。も食べてみて。はい、あーん」
「だ、だから自分で食べられるってば」
「いーじゃん。が可愛く口を開けて食べるとこ見るのが僕は好きなの」
「……悟、それちょっと変態っぽい」
「え、何で?」
「何でって…」
「いいじゃん。誰も見てないんだから。はい、あーん」
「私が見てると言ったでしょう」

無理やりの口にチョコを入れようとしている五条へ向けて、再び七海が口を開いた。
だがすぐに「まあ、でもその調子で頼みますよ」と溜息をつく。

「今の虎杖くんにはそういった二人のバカさが必要ですから」
「ちょーっとナナミン、バカって何よ、バカって」
「その呼び名で呼ばないで下さい。ぶん殴りますよ?」

相変らずの七海の態度には思い切り唇を尖らせたが、五条はふと前に自分が虎杖に言った言葉を思い出し、小さく息を吐いた。

「"重め"ってそういう意味じゃなかったんだけどなぁ…」

目隠しの上から目を軽く擦ると、五条はふと七海を見た。

「吉野って子の家にあった指について悠仁に―――」
「言ってません。彼の場合、不要な責任を感じるでしょう」
「……オマエに任せて良かったよ」

五条はそう言いながら、ふと笑みを浮かべた。

「で、その指は?」
「ちゃんと提出しましたよ。アナタに渡すと虎杖くんに食べさせるでしょ」
「……チッ」

唇を突き出し、五条は不満げに思い切り舌打ちをした。
七海の言う通り食べさせる気満々だったようだ。
そこへバタバタとやかましい足音がして、三人は一斉にそっちへ顔を向けた。

「あ、五条先生ー!先生ー!早く皆のとこ行こうぜー!あ、ナナミンもいる」

元気よくロビーに走り込んで来たのは虎杖悠仁だった。
見たところ先日負った精神的ダメージは鳴りを潜めている。
伏黒や釘崎、そして初めて顔合わせする二年の皆や、京都高の生徒に会うのが楽しみのようだ。
この二か月ずっと大人に囲まれていた生活は、虎杖もそれなりに大変だったんだろう。

「悠仁、もしかしてここまで引っ張って普通に登場する気?」
「え?違うの?!」
「死んでた仲間が二か月後、実は生きてました、なんて術師やっててもそうないよ。やるでしょ、サプライズ!」
「サプライズ…?」
「Wow!サプライズ楽しみ!悟、私は何したらいいの?」
「ま、僕に任せてよ。も何もしなくていい」

そう言って五条は楽しそうに笑みを浮かべている。
だが、三人の会話を聞いていた七海はこれでもかというほど深い溜息をつき、一言、

「生きてるだけでサプライズでしょーよ」



 


この連載も残るところ数話?くらいになりました✨