kiss of death.02



は言う。

「生きる為に指を食べたのに、今度は死ぬ方法を探さなきゃいけない、なんてバカみたいよね」






2009年、3月。


その日、五条悟は地方での特級案件を片付けて、夕方高専に帰って来た。
特級と言えど、今の五条にとってはそれほど苦労する事もなく、秒で祓い終え、秒で市内に戻り、大好きなお土産を自分の為に買ってから新幹線へ飛び乗った。
都内についてからも、真っすぐ帰る気分でもなく、少しだけ新宿の街をプラプラしながらある場所まで来た時。
去年この場所で永遠の別れとも言えることを告げて来た親友の事を思い出す。
何でこうなってしまったんだ、とか、どうしてアイツはあんなにも変わってしまったんだ、とか、何度も考えた事が再び脳裏を掠める。
でもいくら考えたところで答えなど出るはずもなく。
また脳内ループが始まりそうなところで、五条は考える事をやめた。
今はぼんやりと見えてきた目標に向かって、前に進むしかない。誰よりも、自分がやらなければならない事だ。
もう、五条が好き勝手やるのを止めてくれる親友は、隣にいないのだから。

「はー。帰ろ」

ふと空しくなった五条は近所で待機している補助監督の安田に電話をかけ迎えを頼む。
すると数分もしないで目の前に車が横付けされ、五条はすぐに乗り込んだ。

「映画、観るんじゃなかったんですか?」

迎えに来た安田は、乗り込んで来た五条をバックミラー越しに見ながら訊いた。
東京駅から高専に向かう途中、急に「映画観たいから新宿行って」と我がままを行ったのは五条の方だ。
だが当の本人は溜息をつきながら、窓の外を眺めている。

「そんな気分でもなくなったからいいや。高専戻って」
「わかりました」

五条の理不尽な性格をよく理解している安田は、特に何を言うでもなく言われた通り高専に向けて車を発車させた。
夕方という事で多少道が混んではいたが、少し飛ばしたおかげか一時間ほどで高専へと戻って来れた安田は、内心ホっとしていた。
道中気持ちが悪いくらい静かだった五条との二人きりの空気に耐え切れなかったのだ。
もう一人の問題児が高専から離反してからというもの、この五条はどこか雰囲気が変わった気する。
前ほど短気も起こさず、どこか少し落ち着いて来たような気がする、と安田は思っていた。まあ理不尽なところは変わっていないが。
とりあえず今日の仕事は終わりそうだ、と思いながら、高専の門扉がある場所まで車を走らせる。
が、前方に人影が見えて、安田はスピードを緩めながら、五条へ話しかけた。

「五条さん。門の前に見慣れない人がいるんですけど…誰ですかね」
「んー?」

窓の外をボーっと眺めていた五条は、特に興味もないといった様子で前方に視線を向ける。
だが、その姿を視界に捉えた時、五条は不意に「止めて」と真顔で言った。
門まではもう少し走らせないといけないが、五条のそのただならぬ空気を感じ、安田は質問することなく、すぐに車を停車した。

「先に戻ってて。危ないから」
「は、はあ」

危ない、とはいったい何を指して言ってるんだ、とは思ったが、19歳であっても特級術師である五条が言うのだから本当にそうなんだろう。
安田は言われた通り、車を降りるとすぐに高専の敷地内へ戻って行った。
一方、先に車から降りていた五条は、門の前で自分を見ている存在に意識を向ける。
もう一度、前方にいる人物をその眼で確認するように、僅かにサングラスをズラした。

(何だ、あれは…あの女…いったい…?)

六眼で捉えたもの。それは見た事がないほど禍々しい邪悪な気配。
呪力、とは少し違う"何か"が、目の前の女から溢れ出ている。
その女は五条に気づくと、ゆっくりと近づいて来た。
彼女の靴音だけが、静かな空間に響く。
キャスケットを目深く被り、白いシャツワンピースにライダースジャケットを羽織り、足元にはヒールの高いショートブーツ。
そして自分と同じようにサングラスをかけ、似たような髪色のその女は、一見、アメリカ人の女子高生にも見える。
だが、彼女のまとう禍々しいオーラは、五条でも見た事がなかった。
赤黒いものが渦を巻くように、彼女の全身をめぐっていて、時々それが人の形になってはまた渦を巻く。そんな人外的な"何か"。

「君が、五条悟?」

高身長で白髪。九十九から聞いた男の特徴とピタリ一致する。
すでに戦闘態勢に入っている五条に向かって、はサングラスを取ると笑顔で話しかけた。

「オマエ…誰だよ?つか、その眼…」

の瞳を見て、五条は僅かに息を呑む。
まるでルビーのように鮮やかな、真紅。
夕日に反射してキラキラと妖しい輝きを放ち、五条を射抜く。
目を合わせていると、その大きな赤い瞳に吸い込まれそうな気持ちになった。
紛うことなき、とびきりの、美人。
だがの目は、今見せているにこやかな笑みとは似つかぬ、どこか獲物を狙うように妖しい炎を灯している。

「へぇ、日本人なのに身長あるね。っていうか髪の色、似てない?私達」

身構える五条とは対照的に、はどこか友人にでも話しかけるような空気で言った。

「答えろ。オマエ、誰?僕に何の用」
「あ、私は。ファーストネームは…ここ日本だしおばあ様のでいっか。えーと何だっけ…あ!よ」

ふと祖母の苗字を思い出し、はテキトーに名乗る。
どうせこの後、どちらかが死ぬかもしれないのだから、名前なんて無意味だ。

?聞いたことねぇな…」

から目を離さず、五条は自分の記憶をたどる。
そもそも、こんな禍々しいオーラを持っている人物に心当たりなど、ない。
そして幼い頃からその命を呪詛師たちに狙われ続けて来た五条にとって、突然現れた怪しい女はまさに警戒すべき相手だった。
星漿体案件の時に殺されかかった事も、忘れていない。油断するな、と本能がそう訴えて来る。
親しげに話しかけられたところで、彼女の体から滲み出て来る"死"の香りは誤魔化せない。
と言って、彼女自身からは殺意というものが感じられない。
だから、訊いた。コイツ、敵か、味方か―――どっちだ?

「僕に…何の用?君、何者」
「あー用っていうか、九十九由基って知ってる?高専関係者でしょ、アイツ」
「…あ?ツクモ…?」

あっけらかん、と応えたに、五条も僅かながら毒気を抜かれる。
そして不意に出たその名前は、五条も聞き覚えがあった。
去年、高専に挨拶に来た、と親友が話してた特級術師の女だ。
まさか、この女も高専の関係者か?と、五条は訝しげに眉を寄せた。
そこが分からない事には、攻撃も仕掛けられない。
いや、昔の五条だったなら、あるいは最初のコンタクトで間違いなく攻撃していただろう。
六眼で捉えた、このと名乗る少女の中に見える”何か”は、危険な存在である事に違いない。
でも少しでも強い人間なら、今の五条にとっては必要な存在になるかもしれない。
迂闊に手は出せない、と、五条は考えていた。

「その九十九由基にね。高専に行けってしつこく言われて。かれこれ6年くらい付きまとわれてるの」

ウンザリ顔で肩を竦めるに、五条は少し驚いた。
特級術師に高専へ誘われたと言っているのか?では彼女は敵ではない?
一瞬でそんな事を考えた五条は、とりあえず攻撃態勢を解除して、サングラスを外した。
もう一度、彼女の正体を探ろうと思ったのだ。
が、その瞬間、はその大きな目を更に大きくして、「Wow, it's cool!」と叫んだ。

「……は?」
「君、眼が蒼いんだねー!Seriously beautiful!」

いきなり英語でカッコいいだの、マジ綺麗だのと誉めまくられ、五条は呆気に取られた。
そのすっとぼけた態度に、最後の警戒も解けてしまいそうになる。
だが次の瞬間、が「what?!」と耳を押さえながら呟いた。まるで誰かに何かを言われ、反応した。そういう雰囲気だ。
同時に、彼女ではない人物の声が、五条にも聞こえた。

《Quiero a este chico....》

「――――ッ」

その、聴き慣れない言葉は、目の前の少女から発せられた。
だが声、いや、この場合、声の雰囲気が違う、と感じ、五条はすぐさまから距離を取る。

「あーほら、”ダイアナ”のせいで引かれちゃったじゃない。いきなり"欲しい"なんて言うから」
「……(ダイアナ?何を言ってる?"誰"と…会話してるんだ?)」
「え、ダメだってば。彼は"ダイアナ"の下僕にするわけにはいかない」

明らかに、すぐ傍に第三者がいるように話すに、五条は嫌な汗が流れるのを感じた。
この女、やはり敵か―――?
だが、の瞳を見ていると、どこかふわふわしてくるようで考えがまとまらない。
何かの術式なのか?と思った時、が溜息をついて俯いた。

「はあ…ごめん。"彼女"の悪いクセ…が出ちゃった…みたい…」
「……?!」
「私に勝てたら……入学してやっても、いーよ」

五条は自分の眼が映している光景に、言葉を失った。
がそう言った瞬間、彼女の体がまるで陽炎のように揺らいで見えたのだ。
六眼で捉えている力も同様、赤と黒が交じり合い、一つになっていくような、そんな負のエネルギー。
そしてゆっくりと顔を上げたの瞳は、先ほどよりも濃い燃えるような、赫。

《…Come on, boy.》

「――――ッ」

ゾクリとした。
全身が総毛だつような剥き出しの獣欲。
五条は一気に跳躍し、空中へ逃げた。
だが、目の前の女は余裕の笑みを見せながら、片手を高く上げる。
同時に強い風が五条の周りを囲み、竜巻のように彼を包んでいく。

「マジかよ…風を操れんのか?」

得体のしれない女。
ここは正体を探る、などと言っている場合ではない。
迫りくる風の壁を見て、五条はすぐに”赫”を放った。
その圧で小さな竜巻が弾け飛ぶ。
だが壁がなくなった時、目の前にはすでに、がいた。

「………ッ?」

まさか彼女も浮けるとは思わない。
その僅かな誤算に動揺した隙に気づいたは、その手を五条へと伸ばす。
だが触れる寸前、バチっと火花が散ったように見えた。

”触れられない”

九十九由基から聞いた情報に嘘はなかった、とは笑みを浮かべる。
触れられはしない。が…でも。

(何だ…今のは。僕の無限が僅かに崩されたような感覚…)

危険だ、と本能が訴えて来る。
五条は術式を発動し、瞬時にから距離を取りつつ、今度は掌印を結び、すぐさま"赫"を飛ばした。
捉えた、と思った。
彼女の瞳のような鮮やかな"赫"い圧が、の体にぶつかる。
そこで体が吹っ飛ぶ、はずだった。

「おいおいおい…嘘だろ…?」

自分が今、見た光景が信じられない、といったように五条は何度か瞬きをした。
確実に捉えたはずの攻撃が、何故か彼女の体をすり抜けたのだ。
代わりに、五条の放った攻撃はの後方へ落ちて、高専を囲む壁を広範囲に渡って破壊した。
その瞬間、が一気に距離を詰め、五条に向かって手刀を繰り出してくる。
だが無限によって攻撃は当たらない。
なのに、数秒遅れで再び術式の乱れを感じた、と思った瞬間、の手が、五条の首を捉えた。

(―――術式、強制解除?!)

一年以上前、そんな呪具で一度、死にかけた記憶が、五条の脳裏を掠める。
別にがその呪具を持っていたわけではない。
彼女は自らの手で、五条に触れている。
だがの纏う特殊なオーラが、それを可能にしているらしかった。

(マズい―――!)

瞬時に頭を切り替え、どんな攻撃が来てもいいように反転術式に意識を向ける。
同時に、は五条を捉えている手とは違う方の手を、そっと彼の頬へ移動させた。

《A cute boy...I'll eat you.》

「………(食べるっ?)」

自分に向けられたであろう意味深な言葉に驚き、その赤い瞳が妖しく揺らめいた、と思った瞬間、の唇が五条の唇へ寄せられ、ゆっくりと重なる。

「……んっ」

思わぬ攻撃(?)に五条の目が驚愕と共に見開かれる。
その甘い口付けに戦意が削がれそうになった時、口内から喉の奥、そこから全身に広がるような甘美な高揚感に襲われた。
力が抜けていくのを感じて、このままではマズい、と頭の隅で思う。
その瞬間、重なった唇の隙間からの舌が入りこみ、五条の口内をゆるゆると愛撫し始めた。

「……んんっ」

更に驚いた五条だが、そのキスは拒めるようなものではなく、じんわりと身体が火照っていくような熱を齎していく。
何かの力で支配されていくような、それは恐ろしくも愛しい、甘い罠のようだった。
その時、鼓動がドクンと大きく跳ねて、五条の意識が遠のく。

《Thanks. It was delicious kiss...》

腕の中でグッタリとした五条を抱いて、そのまま地上へ下りたの口元に妖しい笑みが浮かぶ。

《It's time for a feast.》

そう呟いたの瞳が光ると同時に、口を大きく開ける。
そこには二本の鋭い牙。
意識が朦朧としている五条の首筋に、その牙を突き立てようとした、その時、大きな力を感じた。
見れば、腕の中の男の手が、赤く光っている。
咄嗟に五条を離し、後ろへ飛びのいたは驚いたように、ゆっくりと立ち上がる五条を見る。

《Why...?》

「ったく…人の唇、勝手に味わってんじゃねーよ…」

軽く頭を振りながら、五条は目の前の女を睨みつけた。

「オマエ…最初のヤツじゃねーよな?危うく意識持ってかれそうんなったけど…コッチもすぐに反転術式発動してたんだよ」

《I'm surprised...》

彼女は、驚いた、と楽しげに笑いだした。
五条の言っている事は理解しているようだ。
理由は分からないが、彼女のキスには意識や肉体を操る効力がある、と五条は認識した。
一瞬驚いて解除されたが、途中でどうにか反転術式を回す事が出来た。
運よく効果はあったようで、意識がハッキリしてきた。

「オマエ、マジで何?」

言った瞬間、五条はの前へ物凄い速さで移動し、その腹へ拳を振るう。
が、やはりその拳は彼女の体を通り抜け、思い切り空振った。

「チッ。やっぱダメか」

がニヤリと笑う。
自分とは違う理由で、彼女に触れられない――?
頭の片隅でそう思いながらも、彼女の笑みを見て軽く舌打ちをしながら、五条は仕方ない、と最大級の術式を発動させようとした。

「……無駄よ」
「――――ッ?」

不意に聞こえたのは、最初に五条へ声をかけて来た少女のものだった。
ゆっくりと顔を上げたの瞳には、今の今まで見せていた妖しい光はない。

「オマエ…」
「私の体は攻撃に対して通過自在なの。だから物理的な攻撃は当たらない」
「……マジで?」

通過自在―――。
そう聞いて、五条は納得した。
とても信じられなかったが、実際にこの眼で見たのだから納得するしかない。

「つーか、今の誰?オマエじゃないだろ」
「彼女は…ダイアナ」
「ダイアナ…?」
「私の中にいる…"悪魔”よ」
「悪魔って……」
「君のこと操れないって分かったらスネちゃったみたい。だから交代した」
「…交代?」

意味が分からない、と言ったように五条は目を細めた。
でもはかすかに笑みを浮かべると、五条の方へ歩いて来くる。
五条は未だ警戒は解かないまま、目の前に立つを見つめた。

「でも凄い。ダイアナの支配を解くなんて」
「…ああ、やっぱ、そういう類のもんだったの?あのキス」
「そう。彼女にキスされると心と体を支配されて皆が下僕にされる」
「……下僕って」

心底、反転術式が使えるようになって良かった、と五条は思う。
あの官能的なキスは悪くなかったが、本来誰かに支配されるような性格ではない五条にとって、それは生き地獄のようなものだ。

「ヴァンパイアは…獲物を捕らえる為に男女問わず、人を惑わすフェロモンがあるの」
「は?ヴァンパイア…って、あの…血を吸う…アレ?」
「そう、ソレ。ちなみに、目を見るだけでも惑わし効果あり」

いきなり耳に飛び込んで来た名称に、五条は呆気に取られた。
この現代にそんなものがいるのか、と耳を疑う。
だが、の顏は至って真面目で、とても嘘をついているようには見えない。
でも実際、目の前の女の能力はこれまでお目にかかった事のないもの。
自分でもハッキリとそれを感じたのだから信じざるを得ない。ただ一つ疑問なのは―――。

「えーと…話はよく見えないんだけど、さ。…だっけ?結局ここへ何しに来たわけ?僕を殺そうとでも思った?」
「違う。その逆」
「逆…?」

何が?と思っていると、は五条を見上げて、

「君に、殺してもらおうと思ったの」

そうハッキリと口にしたのその笑顔は、五条の眼に、どこか泣いてるように映った。





「え、で、どうなったの?その後は」

五条から二人の出会いを聞いていた虎杖は、興味津々といった顔だ。
はウンザリしたように、今では勝手に虎杖のベッドへ横になりふて寝に入っている。

「どうなったも何も。互いに殺せないわけだし、僕もそんな相手は初めてだったから、その後は仲良く色んな話をした。ダイアナって存在も気になったし」
「ああ、じゃ、さっきの話を聞いたんだ」
「そ。最初はぶっ飛んだけど、でもまあ。実際にダイアナの能力は直に感じたわけだし、信じるしかないよね」

五条は苦笑しながら肩を竦めた。
虎杖はへぇ~ほぉーなどと相槌を打っていたが、ふと気になったのか、意味深な笑みを浮かべて五条を見る。

「で、そんなに良かったの?そん時のキス」
「あー。そらもう、濃厚で―――」
「ちょっと悟!そういう話は生徒にしない!」
「え、いいじゃん、別に。思春期真っ盛りの若人にとったら一番興味ある話でしょ」

あっけらかん、と言い放つ五条に、の顏が赤くなる。
伏黒に至っては半目で五条を睨んでいた。

「でもさあ、それはダイアナのキスだろ?さんとは違うし、その辺今はどうなの?」
「別に彼女とキスしたからって常にそのフェロモンにやられるわけじゃないよ。まあ僕はの自然のフェロモンにやられて、うっかり惚れちゃったんだけど」
「…悟っ」

真っ赤な顔で抗議するように睨むを見て、五条は苦笑した。
こういうところは出会った頃から変わらない。

「気が強いクセにシャイなとこが可愛くてさー。思春期真っ盛りの五条少年が夢中になるくらい」
「…どこが。当時、合コンしまくりだったくせに」
「あの時はが誰とも本気で向き合おうとしなかったからでしょ。僕だって悩んだしこれでも辛かったから諦めようとしてたの」
「辛かった?」
「本気で好きになってもいつか先に死ぬじゃないって僕に言ったろ。生まれて初めて告白をしたってのに」
「だって、そうだもの」

どれだけ好きになって心を通わせても、それが愛情に変わってどれだけ体を重ねたとしても、いつかその大切な人は自分を置いて逝ってしまう。
そう思ったらシラけて誰かを本気で好きになろう、なんて思えなかった。
なのに、五条悟という男は、人を好きになる事は無駄じゃない、とあの頃のに教えてくれた。

「悟もいつか私を置いて逝っちゃうじゃない」

は体を起こすと、不機嫌そうに顔を背けた。
五条は困ったような笑みを浮かべると、彼女の隣に座り、その細い肩を優しく抱き寄せる。

「それまでに殺す方法を見つけて、その時は僕がを殺してあげる」
「…ほんと?」
「こんな寂しがり屋の一人、置いていくのは心配で僕も成仏できそうにないしね」

五条の言葉に、が嬉しそうな笑顔を見せる。
恋人同士なのに物騒な会話をしている二人を傍から見ていた虎杖は、それでも二人の絆が深い事に気づき、羨ましい、と思った。
長い人生の中で、本気で愛せる人を作らない、なんて、それこそ寂しいはずだ。
例え同じ時間を生きられないとしても、誰かを愛したという確かな記憶があれば、人は強く生きていける。
でもいつか、彼女が正しい死を迎えられる日が来ればいいな、と虎杖は思った。
そして同じく目の前の二人を見ていた伏黒は、虎杖とは違う事を考えていた。
を見つめながら、その体を愛おしそうに抱き寄せる五条を見て、「またやるな…」と一言呟く。

「え、伏黒何か言っ―――って、ちょっと!俺のベッドの上でチューしないで!」

またしてもの唇を強引なまでに塞いだ五条を見て、虎杖は悲痛な叫びをあげたのだった―――。









結局、互いに殺せないと分かった二人は痛み分けって事で手を打った。
そして五条は改めてを高専に誘った。
彼女の境遇は聞いたし、その力のせいで不老不死になり、死ぬ方法を探す為に色んな国を転々としてる事も聞いたが、それでも今の高専にの力が必要だと思った。
最初は渋っていただが、ダイアナの力を解いた五条悟という男に興味が湧いたのも事実。
どうせ長い人生、少しばかりこの日本で寄り道したところで特に何も変わりはしないだろう。
それにこの日本には呪いという聞いたこともない化け物がいる。退屈はしなさそうだ。

そこで五条は学長の元へを連れて行った。
彼女から聞いた話を聞かせれば、予想通り腰を抜かしながら驚いてはいた。
が、あの五条悟を少しでも追い込んだ、というその力と、特級術師、九十九由基直々の紹介状を持っていた事で、の高専入学は秒で決定した。
年齢から言えばは五条の一つ下、七海建人と同じ学年という事になるが、彼女の力はすでに特級相当。
そこで五条に指導係を任せる事になった。
最初に会った時はダイアナの気まぐれで邪魔をされ、の戦闘能力をそこまで見られなかったが、試しに自分の任務に連れて行った五条は、彼女が近接も強い、という事を知った。

「へぇ、やるじゃん」

一瞬で一級相当の呪いを祓ったを見て、五条は楽しげに口笛を吹いた。
そして、やはり彼女に流れている力も呪力と同じ枠なんだ、と理解する。
ヴァンパイアだろうと、獲物を殺す時に発する負の感情は同じだろうと思っていたが、当たっていたな、と五条は思った。

「誰に言ってるの。向こうでもヴァンパイアハンターしてたんだから当たり前でしょ」
「未だにソレ分かんないんだけど…の故郷や近隣の国に、ほんとにいるわけ?ヴァンパイア」
「普通にいるよ。多分私と同じような事をした奴がいたんだと思う。私の国のあちこちにヴァンパイアの墓は沢山あるから。でもソイツはヴァンパイアの血族じゃなくて普通に体乗っ取られたんでしょ、きっと」
「なるほど…。んで、ソレが人々を襲ってると」
「そういう事。噛まれたら感染するから」
「それってに噛まれても?」

ふと気になった事を尋ねると、は笑いながら首を振った。

「私が噛んでも感染力はない。ただダイアナの時に噛まれたら感染するだろうね。肉体は同じでも彼女と交代した時に体を巡るオーラは私のと違うし」
「マジ…?じゃあヤバイじゃん。ってか、どんな原理よ、それ」
「私が知るわけないでしょ」

は呑気に笑っているが、五条はダイアナに噛まれそうになった時の事を思い出して軽く身震いをした。
何故か彼女の力に触れると、僅かな時間だが術式が強制解除されるのだ。
その隙に噛まれたら、と思うと、さすがの五条も腰が引ける。
だがはそんな五条の気持ちに気づいたのか、軽く笑った。

「大丈夫だよ。万が一ダイアナに噛まれたとしても二時間以内なら私が治せる。アレはある種のウイルスと同じだから」
「え、何それ」
「ああ、私はダイアナの力に対して抗体みたいなもん持ってるっぽい。前にボーイフレンドだった相手がダイアナに噛まれて感染したんだけど、血を止めようとして傷口舐めたら彼ヴァンパイアにならなかったし」

ちなみに噛まれた人はだいたい二時間くらいで自我を失ってヴァンパイアに変わる、と彼女は言った。

「……へえ。ってかオマエ、何でもアリだな」

呆れたように言う五条に、は「ほんとだよね。まあそのおかげで乗っ取られずに済んだのかな」と吹き出した。

「え、でも舐めただけでいいの?」
「まあ、詳しく言えば抗体は私の血とか唾液に含まれてるんだと思う。そこは他の人で確認済み」
「ふーん。じゃあ例えば僕が感染した時、と濃厚なキスをしたら大丈夫なんだ」
「……何か言い方がいやらしい気がするけど…まあ、そういう事になるか」
「へぇ」
「何よ、その顔」

隣を歩く五条を見上げると、意味深な笑みを浮かべている。
その目に男特有の欲が感じられ、は思わず目を細めた。

「別にぃ。いいこと聞いたなーと思っただけ」
「はぁ?」
「ダイアナは僕の術式を乱す力を使うから何が起こるか分からないしね。でも回避する方法があるなら安心」
「……もう悟の前ではダイアナに変わらない」
「え、そんなこと出来るの?」
「前よりコントロール出来るよ。たまにダイアナの欲が強いと制御できない事もあるけど、この前も抑えようと思えば出来たかもしれないけどダイアナが悟を見て気に入ったから変わってあげただけ。悟の力も知りたかったし」
「気に入った?」
「ああ、ダイアナは超絶面食いだからこっちで言う所のイケメンに目がないの。すーぐ下僕にしたがるから困る。昔の習性なんだろうけど」
「お、お目が高いな、ダイアナ。下僕は嫌だけど」
「下僕にされたら死なない程度に血を吸われ続けて、文字通り操り人形にされて死んでいくだけだよ」

は恐ろしい事を言いながら笑うと、補助監督の待つ車へサッサと歩いて行く。
五条は五条で、万が一ダイアナが出て来た時は死ぬ気で逃げよう(!)と心に決めながら、軽く身震いした。

かくして、高専に入学したは、この日から本格的に呪術師として、任務を請け負う事になった―――。




 
 

 


現代と過去を行ったり来たり(*'ω'*)
なかなかテキトーですが吸血鬼の色んな映画を観てるので、いいとこどりの能力を集めてみた笑