Unbalanced kiss.03

 
 
吸血鬼、ヴァンパイアというのは"死した存在"であるという。
だが普通、死者は動かない。
一説によると、吸血鬼は赤い膜に包まれて生まれてくるという。
ならばヴァンパイアは死んではいない、れっきとした、生きた何かと考える事も出来る。

ニンニク、お香、薔薇、塩、銀、十字架、油、聖水、日光。
彼らが恐れる、とされるものも沢山あるが、にそれはあまり当てはまらない。
元が人間であり、中身のヴァンパイアがそれを恐れようと、の肉体にさほど影響はなく、触れられないのだから致命傷にもなり得ない。
は他のヴァンパイアを殺す事は出来るが、他のヴァンパイアは彼女を殺せない。
それは純血とそうではない者の違いであり、単に量産しただけのヴァンパイアは通過自在という高度な力は使えない。
なので普通に物理攻撃が可能であり、再生能力こそあるが、再生が追いつかない程の強烈な攻撃を加えれば、普通に消滅する。
だがいくらがそんな彼らと一線を画す存在とはいえ、触れる以前に自然に流れて来る匂いだったり、勝手に目に入るものや降り注ぐ太陽光は、やはり多少の影響は、あったりする。

「…という事だからそろそろ…その臭いヤツと十字架、どうにかしてくれない?”ダイアナ”がキレてる」

ヴァンパイア講座よろしく簡単に説明しながらも、はウンザリした様子で頬杖をつき、目の前の男を睨みつけた。
首から十字架のネックレスを10個、手にはニンニクの束、そしてもう片方の手には聖水入りのスプレー容器。
最初は面白がって放置していたものの、移動中の飛行機の中、そしてホテルのラウンジでランチを取っている今もその状態なのは、としても困ってしまう。
そして、それらを身に着けた七海建人は、無表情のまま溜息をついた。

「……騙しましたね?五条さん」

隣で笑い転げている己の先輩をジロリと睨みつけ、七海はジャラジャラと邪魔そうな十字架のネックレスを外し、手にしたものを全て袋へ入れてトランクにしまう。
そして目の前で不機嫌そうにコーヒーを飲んでいるに、「すみません。知識不足で」と謝罪した。
一見、不愛想な七海が素直に謝って来たのを見て、は小さく息を吐くと、少しだけ身を乗り出した。

「そう言うアイテムってダイアナでも確かに嫌がるけど、それ以上の効果があるわけじゃない。むしろ余計な怒りを買う」
「怒り、ですか」
「映画みたいに十字架を突きつけて逃げていくヴァンパイアなんていないの。例えばソレを彼らに向ければ、単にイラっとされて襲われるってこと」
「はあ、なるほど」

七海は素直にその話を聞き、納得した。
そしてやはり隣で肩を震わせながら笑っている五条へ、その冷たい視線を向ける。
七海のその様子を見て、これが五条の仕組んだイタズラであり、七海がそれを鵜呑みにした上で、あの状態だったんだろう、とは気づく。
会ったばかりでも、この五条悟という特級術師が人をイラつかせる天才なんだな、という事は分かって来た。

「後輩に変な嘘つかないでよね、五条悟」
「いや、だって今回ヴァンパイア退治に行くって言ったら、七海の方から必要な物は何ですかって聞いて来たからさー」

五条はサングラスを外すと、その蒼い眼に浮かんだ涙を指で拭い、隣で黒いオーラを出している後輩を見る。
七海は一生の不覚、とでも言いたそうな顔ではあるが、黙って運ばれて来たケバプチェ(ひき肉を固めて焼いた小さなハンバーグ)にヨーグルトソースをかけて食べ始めた。
ブルガリアのポピュラーな料理の一つだ。
今回、は五条、そして七海の三人で、ここブルガリアへやって来た。
も高専に来て数か月。
呪いについてはある程度の知識も出来てきているが、のルーツであるヴァンパイアの事を彼らは知らない。
なので一度、本物が見たい、という五条の我がままで、今回のこの出張が決まった。
ヴァンパイアは増えるので、も定期的に故郷付近を見回っては数を減らさなければならず、今回の出張はちょうど良いものだった。

「んで、まずはどこ行きゃいいの?」

食事を終え、店を後にした三人は、首都ソフィアの街中を歩いていた。
カラフルな屋根の美術館や博物館といった建物を眺めながら、五条は殆ど観光気分だ。
だが真面目な七海はいつでも戦えるよう、心の準備はしていた。

「まずは車を借りてリラ、明日はプロヴディフとコプリフシティッツァを回る」
「車?」
「うん。私こっちの免許持ってるし」

はニヤっと笑うとお目当てのレンタカー店に入っていく。
そして車を借りると二人を乗せてリラという小さな街へ向かった。
ソフィアから車で三時間ほど行くと、リラ山脈が見えて来る。
そして着いた頃には、すでに太陽が沈み始めていた。

「もうすぐ日が暮れるし、その辺歩いてたら現れるよ」
「…マジ?つーか、そんな普通に人間と混じってんの?」

五条は車から降りると座りっぱなしで固まった体を解すのに両腕を伸ばして、新鮮な空気を吸い込む。
山が近いだけに気持ちのいい風が吹いて来る。
三人が来たのはリラ村の中心部で、観光客らしき団体が多く歩いている広場だった。

「あ、アイスクリーム」

がめざとくアイスクリーム店を見つけ、すぐさま走っていく。
その姿を見て、五条は呆れたように笑った。

「アイツ、食ってばっかだな。ここ来る道中も寄り道しては何かしら買ってたし」
「血を吸わない分、食事で栄養を摂る為なのか、大食いになったと言ってましたよね」
「あーそう言えば言ってたな。エネルギー消費量が多いからフツーの食事だと間に合わなくて常にお腹空くし、おかげで太らないとか」

この前聞いた話を思い出し、嬉しそうにアイスを買っているを見た。
どの味にしようか迷ったあげく、最終的には四段積み重ねてもらっているようだ。

「まさかの四段かよ。ウケる」

子供みたいに迷いながらも、結果大人の力でソレを実現させているを見て、五条は小さく吹き出した。
初めて会った時にも思ったが、はどこか無邪気で、あどけない10歳くらいの少女に見えて来るから不思議だ。
まあ、そのくらいの歳で天涯孤独になったというから、その影響もあるのかもしれない。
多感な歳にいきなり一人になったのだ。だからこそ、死ぬ方法なんてものを探しに、国を飛び出したのかもしれない。
一人、置いて逝かれる恐怖を感じて。

「彼女、ヴァンパイアっぽくないですよね。まあ混ざってる、と言った方が正しいんでしょうけど」

同じくを眺めながら七海が呟く。

「本当に五条さんに触れたんですか?彼女」
「ああ。彼女の力は僕の術式を一瞬乱す効果があってさ。まあ、触れたっつーか、キスされたんだけど」
「……は?」

あっけらかん、と応える五条に、七海は今日一驚いた顔をした。

「キス、とは、あのキスですか?」
「他にどんなキスがあるのか教えて欲しい」
「………」
「何だよ、その目。別に僕からしたわけじゃないって」

ジトっとした目で見て来る七海に、五条は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

「ま、それはじゃなくダイアナの方だけどね。彼女のキスは人を操る効果がある」
「操る…」
「実際、僕もちょっとヤバかった。反転術式が効いて助かったけど」
「それは…良かったですね」
「七海も気を付けて。ダイアナに代わりそうになったら逃げた方がいい」
「はあ、そうさせて頂きます」

七海はそう頷きながら、それが本当なら恐ろしい、と軽く身震いした。
だがは交代するのも自分の意思で出来ると話していたし、そこまで心配する事もないのかもしれないが。

「僕もアイス食べようかなー」

が戻って来るのを見ながら、五条が呟く。
だが、アイスクリーム店の前を横切った人物を見て、ハッと息を呑む。

「気が付いた?」

二人の元へ歩いて来たが訊く。

「ああ…オマエと似たような色してる」

その人物は普通の人間に見える。
だが六眼で捉えている呪力のような負のエネルギーは、人間のものではなかった。

「ほんと便利だね、その眼」

は笑いつつも美味しそうにアイスを舐めながら、五条が捉えたという人物の方へゆっくりと歩いて行く。
当然、相手もたちには気づいているようで、足早に人混みをかき分けながら逃げている。
この街は世界遺産であるリラの僧院がある為、世界中から観光客がやってくる。
特に大きくもないこの街に人が大勢来るとなれば、ヴァンパイアにとっては格好の餌場だ。
少し進むと人気のない場所へ出た。
山への入り口が近いその場所は少し寂しい雰囲気で、近所で飼われている山羊が数匹、草を食べている。
逃げていた男の姿はその辺りで消えていたが、五条は男の残穢を追い、山の中へと足を踏み入れた。

「五条さん」
「ああ」

七海がふと足を止める。
五条とも同様に立ち止まると、自分達を囲んでいる数十人の男女を見渡した。

「Well, well, well...calm down.」

は軽く肩を竦めて見せると、殺気だった彼らの赤い瞳をサングラス越しに見つめる。
どうやら逃げてた男が一人じゃ手に負えないと思ったのか、ヴァンパイア仲間を呼んだようだ。
彼らは赤い目を光らせ、鋭い爪は人間のものとは思えないほど長く、尖っている。
そして何より口から見える二本の牙は、さっきまでの風貌とは大きく異なっていた。

「手間が省けたわね」
「なるほど。本当にヴァンパイアなんてものがいるんですね。確かに呪いとは違い実体がある。そして…さんと同じ禍々しいオーラ」

七海は少々驚きながらも、自分の武器を手に身構える。
逆に五条はどこか楽しげな笑みを浮かべると、サングラスをズラして自分達を囲む化け物を見渡した後、の方へ振り返った。

「ねえ、コイツラ、僕と七海でやっちゃっていーの?」
「どーぞ、どーぞ。そういう約束だし」

彼らにとって未知なる化け物退治をしに行く、と決まった時、五条が「出会ったヴァンパイア全部祓っていい?」」と言ってきた。
それは自分の力がその化け物にどこまで通用するのか試してみたい、という五条の好奇心に他ならない。
別ににとったら人に危害を加えるものが消えてくれればいいのだから、誰が祓おうと構わないのだ。

「Hang in there!」

は少し後ろへ下がって近くにある山羊の餌箱に腰を下ろし、アイスを舐めながら二人へ声援を送る。
七海の力は知らないが、今回五条が同行させたいと連れて来たのだから、それなりに実力があるんだろう。

「んじゃー七海は左半分、頼むわ」
「分かりました」

指を鳴らしながら五条が七海へ声をかけた、と思った瞬間、ヴァンパイアの一人が跳躍して二人の頭上から拳を振り下ろす。
五条と七海はそれぞれ左右に飛んで回避すると、二人が立っていた場所が一瞬で崩れ落ち、大きな穴が空く。
怪力、とは聞いていたが、なるほど凄まじいパワーだ、と七海は思った。
それを合図に、他のヴァンパイアたちも次々に襲い掛かってくる。
すばしっこく動き回り合間に攻撃を仕掛けて来るのを何とか交わし、一人を武器で殴りつけ、もう一人を蹴り飛ばした。

「硬いですね…」

殴った感触が鉄のような硬さで、七海は苦笑した。
だが武器で殴りつけたヴァンパイアの両腕が吹っ飛んでいて、千切れて落ちた肉体はすぐに塵と化す。
それでも再生能力のあるヴァンパイアの致命傷にならないのはから聞いて分かっている。

「ふう…異国の地の呪われた肉体、ね」

再生していく腕を見て、七海は苦笑を零す。
だが武器での攻撃は可能、ならば―――全身を一瞬で粉々にすればいい。

「十劃呪法―――」

《――――ッ》

視界に入る全ての肉体を線分にし弱点となった箇所を的確に攻撃する。
跳躍してきた数体のヴァンパイアが木っ端みじんになり、細切れになった肉片を更に切り刻めば、再生も追いつかずに塵となった。
その時、反対側から三体のヴァンパイアが吹っ飛んで来た。
五条に蹴られたのか、地面に叩きつけられた男女のヴァンパイア達は、その衝撃で手足と頭部が吹っ飛んだ。
次の瞬間、メリメリっと嫌な音を立て、五条の無限を収束させた力がその肉体を捻り潰し、それらもまた塵となって風に流された。

「悪い、七海。だいじょーぶ?」

声のした方を見上げると、宙に浮かんでいる五条の顏はニヤけていて、どう見ても悪いと思っているようには見えない。

「…わざとですか」
「まっさか。そんな器用じゃないでしょ、僕」
「……どーだか。ま、五条さんの方も終わったようですね」
「Good job!」

あっという間に数十体ほどのヴァンパイアを片付けた二人に、はそう声をかけて立ち上がった。

「報告受けてた15体、討伐完了~!この調子で次行こ!Let's go!」

ハイテンションで片手をあげながら、まるでステップを踏むように軽やかな足取りでが歩いて行く。

「オイ、行くってどこに」
「ん-と次はヒサリャに向かいながら途中の街でヴァンパイア退治してく」
「オマエ、どんだけ依頼受けてんの?」

五条が呆れたように尋ねる。
ヴァンパイアハンターとして活動していた彼女は、被害のある国から直々に依頼を受けるようだ。
は小首を傾げながら、「今回は…10件だけだよ」と言った。

「10件?明日には帰国すんのに残り9件もやんの?」
「だーから今日中に半分は終わらせたいの。早く行こ? Come on!」

指をチョイチョイしつつ、アイスを舐めながらシレっと言ったに、五条の口元が引きつる。

「つーか疲れたからアイス、食わせろ」
「え、やだよ!」
「いーから寄こせ。オマエは何もしてないだろーが」
「あ!勝手に舐めないでよー!」
「うまっ!甘さが沁みる~」
「ちょっと、悟!そんな沢山食べないでよ!」
「………」

二人はアイスの取り合いでギャーギャー騒ぎながら車の方へ歩いて行く。
そんな二人を半目で眺めながら、七海はもはや諦め顔でに着いて行った。
その後、の言った通り本当に移動しながら途中の街でヴァンパイアを祓いに祓って、最後の目的地ヒサリャに着いた時にはすでに夜中だった。
は車を大きなホテルの駐車場へと滑り込ませ、停車した。

「あー着いたぁ!もー腹減って無理」
「私も~」
「だからは何もしてねーだろ」

五条は呆れ顔での額を指で小突いた。
結局、全てのヴァンパイアを五条と七海で消滅させ、は遠目で見学していただけだ。

「む。運転はしてあげたじゃない。それに悟が言ったんでしょ。自分達が全部やっていいかって。だから手を出さなかっただけ」
「……ぐ…あんなに大量だとは思わなかったんだよっ」
「でも二人には余裕だったじゃない」

唇を尖らせる五条に吹き出し、が後部座席にいる七海の方を振り返る。
七海はすでに何も言う気になれないほど疲れていた。あまり長時間の任務は好まない方なのだ。
が、一つだけ気になっていた事を尋ねてみる。

「でも今日遭遇したのは呪霊でいう所の二級くらいの奴らなんですよね?」
「うん、そう」
「では、まだ上はいる、と?」
「いるよ」

七海の問いにはアッサリ頷き、「純血種ではないけど、近いヴァンパイアはね」と言った。

「それは階級で言うと、どのくらいの強さですか?」
「んー。アイツら何級なのかな。コッチではS級相当だけど…呪霊で言うと特級くらい?」
「……っそれをさんは倒せるんですか」
「うん」

更にアッサリ頷くに、七海が小さく息を呑む。
特級クラスのヴァンパイア、というのはどれくらいのパワーがあるんだろう、と先ほど戦ったヴァンパイアを思いだしながら考える。
アイツらだけでも屈強な肉体を持ち、スピードもあった。
あれ以上、となると、もはや自分には荷が重い、と七海は思った。
が、そこで五条が「どーせなら、そいつらとやらせろよ」と不満げに言う。

「強い方が楽しいじゃん」
「いーけど、S級は滅多に姿を現さない。特級呪霊と同じよ。奴らはその辺のヴァンパイアより狡猾だから」
「へえ。ますます楽しそう」

の説明に五条がニヤリと笑う。
その姿を見て、七海は溜息をついた。
五条は相手が強ければ強いほど、その戦いを楽しむところがある。
自分みたいな凡人には到底理解できない、強者との戦いへの渇望。
五条のような最強と言われる人間は、心のどこかで常に戦いへの渇きがあるのではないか、と七海は思う。

「んで、今夜はここ泊まんの?」

ふと五条は思い出したように窓の外に見えるホテルを見る。
宿泊先は依頼者である国の人間が用意してくれてるとの事だった。

「そーだよ。しかもスパホテルだから温泉もあるの」
「マジ?」
「この街は温泉街だから」

そう言ってエンジンを切ると、は車を降りた。
二人もそれに続き、ホテルのロビーへ歩いて行くに着いて行った。
フロントに名前を言うだけで人数分のカードキーが出てきて、それぞれが受け取ると、エレベーターへ案内される。

「つーか温泉もいいけど、まずは何か食わない?」
「この時間だからルームサービスしかないけどね」
「何でもいい…」

昼から何も口にしていない五条はお腹を押さえながら壁に凭れ掛かる。
七海も同様に腹は空いていたが、まずは汗を流したい、と言って、一人先にスパのある階で降りて行ってしまった。

「あ、私はこっちの部屋だ」

部屋のある階に着くとは部屋番号を確かめながら廊下を歩いて行く。
五条も自分の部屋を見つけると、カードを挿してドアを開けた。

「おぉ~綺麗じゃん」

洋風のこの国らしい明るめに装飾された部屋を見て、五条は満足げに呟くと荷物とサングラスを放り投げ、まずは大きなベッドへ体を投げ出した。

「あぁぁ…生き返る…」

時差ボケもある中で連続して戦った事で、若干疲れがあった。
とは言え、初めて戦う化け物という事もあり、七海が想像した通り、五条は心底それを楽しんでいた。
出来ればが話していたS級とも戦ってみたい、と思うくらいに。

「ああ、何だ。部屋のシャワーでもいーじゃん」

ふとバスルームが目に入り、体を起こす。
七海じゃないが、やはり先に汗を流したい。
五条はすぐにバスルームへ入ると、シャワーを浴びる事にした。

「んあー気持ちいいー」

顏からシャワーを浴び、ボディシャンプーで泡まみれになりながら、汗を流していく。
最後に泡を流してからシャワーブースを出ると、用意されているバスローブを羽織って、五条はバスルームを出た。

「Hi!」
「うぉ!!」

出た途端、目の前にがいて、その場で飛び上がりそうになった。
同時に鍵をかけ忘れたか?とドアの方を見たが、すぐにオートロックだった事を思い出す。

「な…オ、オマエ、どうやって入ったんだよ?オートロックだろ、このドア!」
「うん。でも言ったでしょ?私の能力は通過自在だって」
「は?でもそれは攻撃に対して、だろっ」
「だから、ドアを攻撃対象にして通り抜けたの」

あっけらかんと言いながら、ニッコリ微笑むに、さすがの五条も言葉を失った。
ドアを攻撃対象とは、いったいどういう意味だ、と言いたげにを見る。

「あーだから、子供の頃にドアに攻撃されるーって思いながら試しに飛び込んでみたらホントに通り抜けられたの」
「……だからオマエ、ほんと何でもアリだな…」

ニコニコしながら応えるを呆れ顔で見つつ、五条はベッドに腰を下ろした。
は部屋の中を見渡しながら、「私の部屋と少し違うー」と言って、五条の隣へと座る。

「で、何しに来たんだよ。ルームサービス頼むんじゃなかったの?」
「ああ、だからそれ!一人で食べるの寂しいから、悟と食べようと思ってきたの。でも何回ノックしても出ないから寝ちゃったのかと思って―――」
「通り抜けたってわけか」
「そうそう」

楽しげに笑いながら、はサングラスを外すと、バスローブ姿の五条を見て、

「シャワー入ってたのか」
「あ~汗流したくて。って、オマエも入ってんじゃん」

の髪が濡れてるのを見て苦笑する。
よく見れば服も制服から私服のロングTシャツに着がえていて、そこから綺麗な脚が出ているのに気づき、少なからずドキっとした。
そしての赤い瞳も惑わし効果があると言っていた事を思い出す。

「悟、何食べる?」

は相変わらず隣に座り、ルームサービスのメニューを眺めている。
風呂上がりだからか、やたらといい匂いがした。

「悟?」
「え?あ、ああ…」

ついの顔をボケっと眺めていた五条は我に返り、その瞳から視線を反らした。
の目を見ていると、どこかふわふわした気持ちになるのだ。
それがヴァンパイアのフェロモンと呼ばれるものだというのは頭で分かっていても、どうしても変な気分になってしまう。

「私、トロヤン風オムレツとパンにしよ。悟は?」

メニューを渡され、五条はそれを受け取る。
だが、メニューに書かれている文字は何やら記号のような字で全く読めない。
昼間のホテルとは違い、英語での説明はないようだった。

「これじゃ何書いてるかわかんねー。これ何語?」
「ああ、ブルガリア語。えっとね。上から前菜で、次がパン類でー」

隣にいたがメニューを覗き込んで何が書いてあるかを教えてくれている。
そうする事で先ほどより互いの身体が密着した。
ついでに甘い香りが五条の鼻腔を刺激する。

「で、これがお肉類…って、悟、聞いてる?」

不意にが顔を上げ、至近距離で目が合ってしまった。

「悟…?」

驚いたような顔で自分を見ている五条に、は首を傾げた。
目の前には綺麗な瞳と、艶やかで薄っすらと開いたの唇がある。
それを見ていると、先日ダイアナにキスをされた時のような高揚感が五条を襲った。
頭の奥ではダメだ、と分かっている。
なのにこの愛欲的な衝動から逃れられず、吸い込まれるようにの唇へ自分のそれを寄せると、押し付けるようにして彼女の唇を塞ぐ。

「ん…っ」

の瞳が驚いたように見開かれる。
だが、五条は啄むようなキスをしながら、をベッドへと押し倒した。

「さ…さと……ん、」

名を呼ぶのに開きかけた口の隙間へ舌を忍ばせ、逃げ惑うのそれにやんわりと絡めると、くぐもった声が耳を刺激した。
の柔らかい舌を絡めとるだけで全身が熱くなっていくのが分かる。
何度も舌を絡めながら、口内を愛撫すると、厭らしい水音が静かな部屋に響き、それがまた五条を煽ってくるようで止まらなくなった。

「…ぁっ」

胸の膨らみへ手を滑らせれば、の体が僅かに跳ねた。
だが、不意にその手を掴まれ、ハッと我に返る。
慌てて唇を解放してを見下ろすと、彼女の頬が真っ赤に染まっていた。

「わ…悪い…マジでごめん!」

自分が自分じゃなくなったような感覚だった。
五条はの腕を引っ張って起こすと、もう一度「ごめん」と謝った。
五条悟がこんなストレートに、誰かに本気で謝罪した事は、これまで一度も、なかった。
だが、は真っ赤な顔のまま首を振ると、「私こそごめん…」と言ってきて、少なからず五条も驚いた。

「な…んでが謝んだよ…」
「だって…私のせいだから。悟がそうなったの」

恥ずかしそうに俯きながらそんな事を言うに、五条は呆気に取られた。
確かにには人を惑わす、というフェロモンがあるんだろう。
だからと言って、五条がした行為が全てのせい、とは言えなかった。

「いや…知ってたのに止められなかった僕が悪いでしょ。がそんな事で謝る事ないって」
「でも…私も悟に近づいちゃったから。これまでも似たような事あったのにうっかりしてた」
「………(これまでも?似たようなことがあった?)」

それを聞いた瞬間、何故かモヤっとした。
が色んな国を転々とし、時には同じ場所に滞在している中、ボーイフレンドが出来る事もあった、とは話していた。
でも結局は不老不死のせいで深く付き合う事もなく、付き合っては別れるの繰り返しだったと。
だからの今言った事が他の誰かとあったとしても不思議じゃない。
そもそもとこんな風に二人きり、しかも身体を密着させた状態で話していると、自分の意思に反してそういう気持ちになってくるわけで、他の奴だって同じだったろう事は五条でも分かる。
けど、そう思っても何となく、嫌な気持ちになった。

「と、とにかく私が悪いから悟は気にしないで。これから仲間として過ごしていく相手に配慮が足りなかった」
「いや、それはコッチも同じだって。オマエのソレ、抗えないもんみたいだから、もうやらない、とは約束できねーけど…なるべく二人きりの時は近づかないようにする」

両手を上げてホールドアップしながら、正直な気持ちを伝える。
五条のその言葉に、は少し驚いたような顔をした。
今までは同じような事が起きて、が相手を拒むと、だいたいが怒りだし、キレられる事ばかりだったから。
こんな風に理解を示してくれた相手はいなかった。
まあ、これまでの相手はがヴァンパイアの力を持っている、とは知らないで付き合っていて、それに気づいてないのが殆どだ。
だからこそ拒むたびに怒り出すのだが、それでもは五条の気持ちが嬉しかった。
男なんて結局、みんな同じ、と諦めていたから余計だ。

「悟…!」
「うぉ…っ」

嬉しさのあまり、は五条に思い切り抱きついた。

「Satoru is kind....」
「…は?優しいなんて生まれて初めて言われたけど…」

耳元で呟かれたの言葉に、五条は一瞬驚き、苦笑いを浮かべながら彼女の背中をポンポンと叩いた。
これ以上、くっつかれてると、また同じ事をしてしまう。

「つーか、今、我慢してる状態だから、そろそろ離れてくれる?」
「Opps!」

五条の言葉にが慌てて体を離す。
ついでにベッドからも飛び下りると、そのまま下がって入口の前に立つ。
二人の間には一気に距離が出来た。

「いや、そこまであからさまに離れなくても…」
「…ん?」
「いや、何でもない」

五条のボヤきは遠くて聞こえなかったのか、が不思議そうに首を傾げる。
でもすぐに、「じゃあ…部屋に戻るね」と少し寂しそうな顔でドアノブへ手をかけた。

「え、戻るの?」
「え、だって…」

はここにいていいのか分からないと言った顔をしている。
その表情に五条は苦笑すると、改めてルームサービスのメニューを手に取り、

「ご飯、一緒に食べるんだろ?」
「……いいの?」
「いいも何もがいないと、僕、この変な記号みたいな文字、読めないから」

メニューを振って見せると、の顏に笑顔が戻った。
それはごく自然なもので、最初に会った時よりも少し、あどけない笑顔。
家族を失って、幼い頃から一人で考え、一人で生きて来たは、他の子よりも一気に大人にならなければいけなかったんだろう。
だけど、その中にはまだ、無邪気な少女の顔を残してる。そんな風に見えた。
腕も強いが、気も強い。
やたらと色気があるくせに、人一倍寂しがり屋な少女の一面もあるの、そういうアンバランスなところが、人を惹きつけるのかもしれない。
ヴァンパイアのソレとは、また違うものだ。ふと、そう思った。







2018年、6月―――東京、原宿。


「あ、あの子じゃない?高専の制服着てる」

はソフトクリームを舐めながら、今まさにオジサンに絡んでいる少女を指さした。
茶髪を顎まで伸ばした少し気の強そうな眼差しの少女は、何やらスーツ姿の男性に話しかけている。
漏れ聞こえて来る会話からすると、彼女はスカウトマンに自分はどう?と猛烈アピールしてるようだ。

「俺達、今からアレに話しかけんの?恥ずかしいなぁ」
「オメェもだよ…(イラッ)」

おのぼりさん宜しく”2018”の型を模した眼鏡をかけ、片手にクレープ、もう片方にはポップコーンを握り締めている虎杖に、伏黒が突っ込む。
が、その隣にいたが、「私、声かけてくるねー」と皆よりも一足早く少女の方へ走っていった。
それを見送っていた五条は「何か嫌な予感」と苦笑いを浮かべる。

「嫌な予感?」
「あー」

首を傾げた虎杖に対し、伏黒は五条の言葉の意味を理解したのか、同じように苦笑している。
そんな二人の様子を見て、虎杖はの方へ視線を戻した。
すると、少女に捕まっていたスカウトマンのオジサンが、近づいて来たを見て目の色を変えた。

「き、君!その美貌を生かしてモデルやってみない?!」
「え?!あ、いや、私、この子に用事が―――」
「ちょーっとオジサン!私が先に話してたでしょーが!」
「はい?いや、君はちょっと…」
「ちょっとって何だよ?私じゃ不服だとでも?」

スカウトマンが後から来たに声をかけたのが気に入らないのか、その少女は目を吊り上げて怒り出した。
だが少女はふとを見てジロジロ眺めると、「その制服…」と、驚いたように呟く。
その隙にスカウトマンのオジサンはこれ幸いと言わんばかりにスタコラ逃げて行った。

「あ!アイツ、逃げた!」
「モデル、したかったの?呪術師じゃなく」

未だ怒っている少女に、は不思議そうに首を傾げた。
すると少女は「そりゃモデルになってくれって言われたら私も少し考えてたわよ」と肩を竦め、改めてを見上げる。

「ってか、オネーさん、何者―――」
「おーい、コッチコッチ」

そこで五条が声をかけた。

「あ…やっぱりオネーさん、高専の人?」

五条の方を見てから、少女は再びに尋ねる。

「うん、まあ。えっとー釘崎野薔薇ちゃんよね」
「そうよ。あの怪しげな三人も一緒?」
「ああ、そうなの。紹介するね」

は釘崎を三人のところへ連れて行く。
そこで釘崎が荷物を置きたいというので近くのコインロッカーまで移動した。
荷物を入れ終わった事で、五条が「そんじゃ改めて」と、釘崎に自己紹介を促す。
釘崎は身軽になった両手を腰に当て、どや顔で振り向くと、

「釘崎野薔薇。喜べ、男子。紅一点よ」
「……(ウザ)」(伏)

釘崎の発言に伏黒の目が僅かに細くなる。
だがその空気に気づかない男、虎杖が懐っこい笑顔で自己紹介した。

「俺、虎杖悠仁。仙台から」
「…伏黒恵」

とりあえず礼儀として伏黒も名乗る。

「………」

名乗った二人を釘崎はジトッとした目で眺めた。
まず虎杖の印象。
(見るからに芋臭い…絶対ガキの頃、鼻くそ食ってたタイプね)
次に伏黒の印象。
(名前だけって…私、偉そうな男って無理…。きっと重油まみれのカモメに火をつけたりするんだわ)

自分が一番偉そうだと気づかない釘崎は、思いきり項垂れながら溜息をつく。

「私ってつくづく環境に恵まれないのね…」
「……(人の顔見て溜息ついてる…)」(虎)

最初から空気を悪くする釘崎の態度に、虎杖も思わず目を細める。
そこへが声をかけた。

「私は。一応副担任で、コッチが五条悟。三人の担任になる人」
「え、二人は先生だったの?見えない…」

釘崎は並んでる派手な二人をマジマジと見て言った。
高身長な上に二人してアッシュ、いや白髪に近い髪色で、一人は大きなサングラス、もう一人に至っては目隠しをしている怪しい風貌。
この二人が教師?と釘崎は疑問に思う。
まあ普通の学校でない事は百も承知で来たのだが、この周りの視線独り占めしている二人は、とても呪術師には見えない。

「これからどっか行くんですか」

訝し気な顔の釘崎をスルーして、伏黒が五条に尋ねる。
すると五条は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「フッフッフ…。せっかく一年が三人揃ったんだ。しかもその内二人はおのぼりさんときてる」
「え、って事は?」

と、そこで何故かがワクワクしたように振り向いた。
そんな彼女へキメ顔を見せながら、五条が言った。

「行くでしょ、東京観光」
「やったぁぁー!」
「「ぱあぁぁぁあ ♡」」(虎&釘)
「…え゛」(伏)

生徒よりも早く、何故かが喜び、当然おのぼりさん二人も瞳を輝かせて五条を見ている。
そして伏黒だけが半目状態で不満げな声を出した。

「TDL行きたい!TDL行きたい!」(釘)
「バッカ!TDLは千葉だろ?中華街にしよ、先生!」(虎)
「中華街だって横浜だろ!」(釘)
「横浜は東京だろ!」(虎)
「はいはい!はーい!私、浅草行きたい!I Love Jpann!」
「何、混じってんだよ、…」(伏)

両手を上げ、生徒と一緒になって騒いでるに、伏黒も思わず突っ込む。
その様子を満足げに眺めていた五条は「静まれ」と手で静止した。
と、次の瞬間、、釘崎、虎杖の三人は、何故かホストのように片膝をついて五条へ跪く。
初対面の釘崎が入っているとは思えないコンビネーションだ、と伏黒は口元が引きつった。

「では行き先を発表しまっす」

と五条は再びどや顔になると、ニヤリと笑みを浮かべ、

「六本木!!」
「「六本木?」」
「えー悟ー私、浅草がいいー!人力車乗りたーいっ」
「それはまた今度、二人で行こう」

ガッカリするに、五条はそう言いながら彼女の頬にキスをする。
それまで六本木に想いを馳せていた釘崎だったが、自分の担任が副担任の頬へキス、というあるまじきその光景を見て、ギョっとしたようにフリーズした。

「じゃあ行こうか」

釘崎のその視線に気づかず、五条はいつものようにの手を繋ぐと仲良く駅の方へ歩きだした。
その後から伏黒と虎杖も続く。
だが釘崎は青い顔で追いかけて行くと、「ななな何であの二人、手ぇ繋いでんの?しかも何気に指絡めてるし!」と虎杖に訊いた。

「っていうか今…五条っていうあの先生、彼女のほっぺにキ、キス…してたよね?」
「ああ、あの二人は恋人同士らしいぜ。俺も初日にその洗礼受けてるし。ってかあの時は口だったからマジビックリしたっつーの」
「は?」

虎杖が苦笑気味に言うと、釘崎は更に驚愕の表情を浮かべた。
釘崎の故郷である田舎では、あんなに堂々とイチャつくカップルなど皆無に等しい。
故に男女のそういう行為を直に見る、という事に関しては、あまり免疫のない釘崎だった。

「口って…マジ?」
「マジ」
「先生同士でデキてんの?公私混同してるわけ?」
「いや、まあ…普通の学校でもないし周りも気にしてなかったけど…慣れてるって感じで」
「な、何ソレ…(羨ましい)」(!)

釘崎はそんな事を思いながら前を歩く二人を見る。
楽しげに話しながら、時折五条がの方へ顔を寄せ、何やら囁いたりしていて、の方は少し恥ずかしそうにしながら笑っている。
その間もしっかり手は繋がれていて、こうしてみると幸せそうなバカップルだ。

「何かフツーにデートしてない?あの二人」
「あーまあ、二人はいつもあんな感じ」

そこで伏黒が口を挟む。
虎杖や釘崎よりは二人との付き合いも長い伏黒は、こういった光景を子供の頃から何度も見せられてきた。
だが初めて見るやつは驚くだろうな、と内心苦笑する。
人目を気にする、といったデリカシーなど、あの五条にはないのだ。

「仲いいんだよ、二人は。っていうか五条先生がべた惚れって感じ」
「……へえ」
「お、釘崎、羨ましいんだろ」
「はあ?鼻くそ食ってた奴に言われたくないわ」(!)
「……鼻くそ?」

釘崎の言っている意味が分からず、虎杖が首を傾げる。
そんな後ろの三人をコッソリ振り返りながら、五条が楽しげに笑った。

「ま、上手くやれそうじゃない?あの三人」
「そうだね。悟がしっかり指導しないと」
「任せなさい。ま、まずはお手並み拝見」
「あ、やっぱ六本木ってそういう事か」
には朝、話したろ」
「そうだっけ」

苦笑気味に言われ、は首を捻る。
そもそもも五条に負けず劣らず適当なところがあるのだ。
だが、五条は意味深な笑みを浮かべると、

「あー朝は僕の話を聞く余裕、なかったか」
「……な、何が?」

ドキっとしたが、それを悟られないようは顔をこっそり反らす。
夕べは五条の部屋で一緒に映画を観て、そのまま寝てしまったせいで、いつもは自分の部屋に戻るようにしているも結果泊る事になってしまった。
そして目が覚めた朝、慌てて部屋へ戻ろうとする彼女を、五条がそのまま帰すはずもなく…。

「僕がその後でを襲っちゃったしね」

ニヤケながら顔を覗き込んでくる五条に、の頬がかすかに赤くなる。

「……べ、別にアレのせいで忘れたとかじゃないもん」
「そう?じゃあ今夜はもっと濃いのを――――」
「きょ、今日は自分の部屋で寝るからっ」
「えっ!何で?」

慌てるの言葉に驚き、五条はショックを受けたような顔をする。
その顔を見てるとの心も挫けそうになるが、二日続けて五条の部屋に泊まるなんて教師的立場として良くない気がした。
二人とも高専の敷地にある寮に住んでいるが、一応部屋は別々で互いが互いの部屋を行き来している状態。
同じ建物ではないが隣の建物には生徒達が住んでいるし、そんな中で五条の部屋に泊まるのはとしても気が引ける。
とはいえ、当の五条が生徒の前だろうが、学長の前だろうが、お構いなしだから今更感でもあるが。

「えっと悟…?」

電車に乗ってもなお、項垂れている様子の五条へ声をかける。
だいたい何で部屋に泊まる事に拘るんだ、と思う。
部屋は別でも同じ建物だし、寝る時は部屋に戻るってだけなのに。
そんな事を思いながら隣にいる五条を見上げると、不意に目が合った。
いや五条は目隠しをしているし、もサングラスでその瞳を隠しているから目が合った気がしただけだ。
でもやはり五条はを見ていたようで、「ってさー何で泊まるの、そんなに嫌がるわけ」と若干、唇を尖らせている。
その表情が子供のそれで、は軽く吹き出した。

「嫌がってるわけじゃなくて…やっぱり学生の頃と違うし、生徒の手前、教師が同棲みたいなマネはどうかな、と…」
「別に良くない?同じ建物じゃないし僕の部屋の両隣は空き部屋だし、何も気兼ねする事ないと思うけど」
「そ、れも…そうだけど…っていうか、じゃあ悟は何で泊まる事に拘るわけ?部屋に戻って寝るってだけなのに」

も疑問に思った事を訊いてみた。
すると五条は少し驚いたように、「え、と一緒に寝たいから?」と、さも当然だろ、みたいにサラリと言う。
の頬が、じんわりと赤くなった。

「一緒に寝て、朝と目覚めたい。それだけだよ」

そう言いながら大きな手で、の頭をぐりぐりと撫でる。
五条の目隠しで隠れた顔は優しい笑みを浮かべているはずだ。
今の言葉と合わさりの胸がキュンと鳴った。
五条が素直に自分の気持ちを口にするようになったのはいつからだったろう。

「ずるい。そんな風に言われたら…私もそうしたいって…思っちゃうじゃない」

俯いてポツリと呟くに、五条は優しく微笑んで、繋いでいる手に少しだけ力を入れる。

生き溺れても、何年経っても、僕らはこの宇宙の暇人だろ―――。

「いつか来る"その日"まで、呆れるくらい、一緒にいたらいいんだよ」



 


過去には七海、現代では野薔薇が参戦。