出逢う
彼女は出会った時から鮮やかだった。
真っすぐで、飾らない、純粋な心を持っていた。
鋭く研ぎ澄まされた言葉の刃は、大切な人を慈しむ優しさをもって。
相手の心に打ち込まれる。
『男がどうとか、女がどうとか、知ったこっちゃねーんだよ!!テメェらだけで勝手にやってろ!!私は綺麗にお洒落している私が大好きだ!!強くあろうとする私が大好きだ!!私は―――"釘崎野薔薇"なんだよ!!』
なんて、カッコいい人なんだろうと、思った。
「なーんだ、紅一点じゃなかったか」
私と会った時の野薔薇ちゃんの第一声がこれだった。
面白くもないといった表情で、だけど少し照れ臭そうに視線を反らした彼女は、とても不器用そうな人に思えた。
新しい仲間が合流するという大事な日。
私は熱を出して野薔薇ちゃんを迎えに行けなかった。
その二日前の呪術実習の帰り道、急な雨に降られてずぶ濡れになったせいで次の日の夜に高熱が出てしまったからだ。
「やだやだ!私も行くのー!」
熱でフラフラしながらも行こうとする私を見て、恵も五条先生も「ダメだ。寝てろ」の一点張りで。
結局押し切られてお留守番をする事になってしまった。
一緒に濡れたはずの恵や、引率の五条先生はピンピンしてるのに、何で私だけって落ち込んだ。
だから野薔薇ちゃんに会ったのは皆が迎えに行った日から三日も経っていた。
一年生は私と恵だけだったけど、最近になって虎杖悠仁という男の子がここ高専に入学してきて男の子が二人になった。
でもその後に五条先生が「次に来るのは女の子だよ」と教えてくれて。
女の子が入学すると聞いたその日から、ずっと楽しみにしてた。
恵がいるし寂しくないと思ってたけど、やっぱり同性の子となると話は別なのだ。
中学では叶わなかったから高校では女友達と一緒に買い物に行ったり、流行りのスイーツを食べに行ったりするのが夢だった。
恵はそんなの付き合ってくれないだろうし、そういう事を共有できる女友達はやっぱり憧れる。
今日は皆で呪術実習に行くから、やっと会えると思ってウキウキしてたのに…
「私、釘崎野薔薇。アンタは?」
「あ、わ、私はえっと…」
「何よ、自己紹介も出来ないのぉ?」
「う…ご、ごめんなさい…(こ、怖い)」
初対面の人と話すのは少し怖い。
嫌われたらどうしようって思うと、どんな人か分かるまでは凄く緊張してしまう。
だけど野薔薇ちゃんは可愛いのに意外とハッキリ物を言うタイプの女の子だった。
どんくさい私とはまるで対照的だけど、堂々としてる野薔薇ちゃんがカッコ良くて羨ましいと思った。
「そんな怖い顔で凄んでちゃビビるよなあ?」
「うるさいわね、虎杖!―――で、?なんてーの?」
「あ、…って言うの。皆は名前で呼んでるしって呼んでね。あ、虎杖くんも!」
「OK!んじゃー、俺の事も悠仁って呼んでよ」
最初から人懐っこい笑顔を見せてくれた虎杖くんは、緊張しいの私でもすぐ打ち解けられるくらい気さくな人だった。
名前で呼んでいいと言ってもらえて、つい笑顔になる。
でも野薔薇ちゃんが、またすぐに突っ込み始めた。
「ちゃっかり何言ってんの、虎杖。が可愛いからって口説く気じゃないでしょーね」
「はあ?んなわけねーだろ!コミュニケーションだろーが!」
「はいはい…。ま、数少ない女子同士、仲良くしましょ、」
最初こそ怖かった野薔薇ちゃんは意外にも明るい笑顔を私に向けてくれた。
その時の笑顔が眩しくて、笑いかけてもらえた事が凄く嬉しくて。
少しだけホっとしながら私も笑顔で頷く事が出来たんだ。
「お、みんな揃ってるね~。えらいえらい」
そこに私達の担任の五条先生が笑顔で歩いて来た。
また今日も7分の遅刻だ。
相変わらず緩いな。そして今日も胡散臭い目隠し姿。
でもアレの下には恐ろしいくらいに綺麗な瞳が隠れてるのを私は知っている。
生まれてこの方、五条先生ほどの眉目秀麗な男の人を、私は見た事がない。
ただ性格は軽薄を絵に描いたような人だと、よく五条先生の後輩の七海さんがボヤいているくらいに、軽い。
「お、も復帰したか!体の方は大丈夫?」
「大丈夫。熱も下がったし」
「そりゃ良かった。が元気ないと僕も悲しいし。今日もちっこくて可愛いねー♡」
五条先生は私の頭を容赦なくワシャワシャと撫でるから、せっかく朝から頑張ってブローした髪をぐしゃぐしゃにされた。
抗議の意味も込めて「もーやめてよ」と口を尖らせても、この先生には通用しない。
こっちが怒ろうが無視しようがグイグイ来る。私達生徒との距離感はかなり近い。
五条先生とは私の同級生で現在交際中の伏黒恵を通じて中学時代に知り合った。
恵は子供の頃にスカウトされたようで、中学を卒業したら高専に入学する事が決められていたのは付き合い始めた時に聞かされた。
でも私は同じ高校に行くと決めていたから、恵が普通の高校に進学せず、呪術師になる為の高専に行くと知った時は凄くショックで。
だから五条先生に「何でもするから」と頼み込み、術式のない私は最初から補助監督を目指して勉強する事になり、晴れて高専への入学許可が下りたのだ。
「いやあ、恵の傍にいたいなんての健気な想いに絆されちゃったなー。補助監督も万年人手不足だから助かるしねー♡」
なんて言ってたけど、今思えばあの時も相当軽いノリで入学手続きを進めてくれた。
でもそれは本当に感謝してる。だって私には恵しかいないから。
「五条先生、あんまり強くやったらの頭がもげるからやめて」
「何だよ、恵~!ジェラシー?」
「……チッ(うぜぇ)」
「あ、今、舌打ちしたでしょ。よくないよ~。そういう態度は。ねー?♡」
またしても五条先生が私の頭をぐりぐり撫でるもんだから、恵は心底呆れたように先生を見ては溜息をついている。
中学の頃は不良にも怖がられてたくらい恵は愛想がない。
でも私の乱れた髪を何気なく直してくれる辺り、地味に優しい。
私は彼のそういう隠れた優しさに惹かれた。
「ホラ、直ったからそんな顔すんな」
「ありがとう、恵…。大好き♡」
「……そういうのいいから」
照れ臭そうにプイっと顔を反らすのはいつものことだ。
でもその言葉を聞きつけた悠仁と野薔薇ちゃんが驚愕したように私と恵を見ている。
「え、何…オマエらその空気…もしかして付き合ってんの?」
「はあ?そーなの?伏黒!アンタ、と付き合ってんの?!」
「……うざ」
恵は相変わらずの態度でそっぽを向いたけど、代わりに五条先生が応えてしまった。
「そーだよー。と恵は中学の頃からラブラブなんだよねー♡」
「…余計なこと言うなよ。ってか何だ、それ」
「は恵を追いかけて高専に来たんだからラブラブじゃん」
「え、マジで?伏黒の為にここに来たの?」
「げー!、アンタ男見る目ないわよー」
「…ぐ…うるせぇな!ほっとけ!」
五条先生、悠仁、野薔薇ちゃんにアレコレ攻められ、恵は真っ赤になって怒っている。
でも本当の事だから私は特に気にならない。
恵はシャイだからからかわれるのは嫌みたいだけど。
「はぁ~にも彼氏いるなんてショック―。ってか、どこがいいの?こんな偉そうで不愛想な男」
「え?あ、あの…」
野薔薇ちゃんは未だに信じられないといった顔で私の顔を覗き込んで来る。
確かに恵は不愛想で最初は怖かった。でも…
「…おい、釘崎…オマエ、ケンカ売ってんの?」
「何よ、本当の事じゃない。え、何、アンタもしかして自分で愛想いいとか思ってるわけ?ないからね?」
「………(殴りてぇ)」
私が応える前に恵がムっとした顔で野薔薇ちゃんに文句を言ったが、倍になって返されている。
恵は口下手だから野薔薇ちゃんに口では勝てないと思う、うん。
「あ、あのね。中学の時、不良に絡まれてた私を恵が助けてくれたの。それで…」
不機嫌になっていく恵を見て心配になった私は、そこで簡単にキッカケを話す事にした。
あの頃の私はいつも独りぼっちで、だから恵が気にかけてくれた事が本当に嬉しかったのだ。
「へえ、そうなんだ」
野薔薇ちゃんは意外といった顔で恵を見ているが、当然恵はそっぽを向いたまま。
勝手に話してしまったから、またからかわれるのが嫌で怒ってるのかもしれない。
案の定、野薔薇ちゃんはニヤリとした笑みを浮かべながら、恵の顔を覗き込んだ。
「意外といいとこあんじゃない」
「…あ?」
「女の子が困ってるのを見捨てるようなクズじゃないって事は認めるよ」
「……偉そうに」
驚いた。てっきりまたからかうのかと思っていた。
恵も少し驚いた顔をしてたけど、最後は照れ臭いのか野薔薇ちゃんから視線を外して唇を尖らせている。
野薔薇ちゃんは口も態度も悪いけど、ちゃんと他人を認める事が出来る人なんだと思うと嬉しくなった。
「ほーら、いつまでだべってんのー。行くよ~!」
「オマエら、置いてくぞ~!」
その時、五条先生と悠仁が待ちくたびれたと言うように声を上げた。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
それを野薔薇ちゃんが慌てて追いかけて行って「置いてくなんて生意気!」と悠仁のお尻を蹴とばしている。
とても会ったばかりとは思えない二人のやり取りを見て笑っていると、恵がそっと私の頭へ手を置いた。
ふと隣を歩いている彼を仰ぎ見れば、どこか心配そうな顔で私を見下ろしている。
「…ほんとにもう体調は大丈夫なのか?また無理してるんじゃ―――」
「大丈夫だってば!無理なんてしてないよ?」
「なら…いいけど」
最後に軽く頭をひと撫でした恵は、ポケットに手を突っ込んで歩いて行く。
前にも無理してぶっ倒れた前科があるから心配してくれてるのかもしれない。
そう思うと嬉しくなって恵を追いかけた。
「わ、何だよ…っ」
「ありがとう、恵」
「ちょ、いいから放せって…皆に気づかれる…」
私が腕を組んだ事で恵は焦ったのか、前を歩く皆を見ながら必死に腕を外そうとしている。
別に見られたって私は気にしないのに、と思いながら渋々腕を放すと、恵がジトっとした目で見下ろして来た。
無言の抗議といったところか。昔から人前でベタベタするなと散々言ってるのに、と言いたいんだろう。
でも私は好きな相手には好きだと言いたいし、態度にだって出てしまう。
ただシャイな恵にしたら私のこういった性格はウザいんだろうなと思う。
でもそういう恵も、私は好きなのだ。
「恵…大好き」
「…はあ」
せっかく愛の告白をしてるというのに盛大な溜息で返されてしまった。
この後は絶対「ウザい」か「好き好きうるさい」か、最悪スルーされるんだろうなと悲しくなる。
でも次の瞬間、強い力と共に私の視界が斜めになった。
恵の腕が私の頭を抱き寄せたのだと分かった時には、すでにそれは離れていて。
恥ずかしそうに頭をかきながら前を歩く恵の背中が見えた。
「…手、繋ぐ?」
「ウザい」
恵を追いかけて言った一言に、いつもの言葉が返って来た。
だけど、もうそれを寂しいとは思わない。
恵も、私を必要としてくれてる。そう信じてるから。
私の事を必要としてくれる人が居たら、私はその人のために唯一 そういう存在になりたくて。
私は ただ一人 そういう存在が欲しいのです。
伏黒くんと野薔薇のお話(*'ω'*)
ほぼ原作沿わない日常などのんびり気が向いたら🥰