灰色の世界⑴

※軽めの性的描写あり




…」

恵に名前を呼ばれて、唇を塞がれる。舌を絡められると、それだけで全身が熱くなってしまう。恵のキスは、いつも優しくて、柔らかくて、甘い。
厳しい特訓の後、お風呂に入ってご飯を食べて、ふたりで寛いでいたら自然とそういう空気なった。

「ん…」

恵の唇や指で施される愛撫にすっかり蕩けてしまった頃、恥ずかしいくらい濡れた場所に彼の指が沈んでいく。凄く気持ち良くて思わず声が洩れそうになったのを必死で堪えていると、唇にちゅっとキスをされる。そっと目を開けたら、恵が欲の孕んだ男の顔でわたしを見下ろしていて、それが凄く色っぽいと思った。

「…めぐ…み」
「ん?気持ちいい?」
「…ん…っ」

中でゆっくりと抽送を繰り返してる指が、いきなり奥に届いて思わず声が出る。もどかしい動きに焦らされて、お腹の奥が疼いて仕方ないのに、恵はまたゆったりとした動きで中を解し始めた。

「…い、意地悪…」
「我慢してる時の、可愛いから」

肩越しに顔を埋め、耳たぶにもちゅっと口付けながら、恵が笑う。普段は素っ気ない恵も、こういう時は凄く優しい。それだけでまた疼きがいっそう強くなって恵の指を締め付けてしまった。

「ヤバ…、エロ過ぎ」
「ん、だ、だって恵が…」
「ん?オレが…何?」

唇にもキスを落として意地悪な笑みを浮かべる恵に、またキュンと胸が鳴ってしまう。好きすぎて苦しい、なんておかしいのかな。そんなことを考えてたら恵が「もう限界」と余裕のない声で呟いた。これは次に進みたいってことだから、わたしは小さく頷いた。なのに――。

「あ…」
「え?」
「アレ…ないかも」

恵が思い出したように呟いた。アレ、とはアレ。避妊具のことだと思う。恵はいつもちゃんとそういうこと気にしてくれてるから、わたしはすっかり任せきりだった。自分の体のことなのに良くないなって思うけど、オマエにあんなもん買いに行かせられるかって怒られるし、いつもは恵が用意してくれていた。けど――。

「悪い、…今日はしないで寝――」
「わたし、コンビニ行って買って来る!」
「は?」

ガバっと体を起こした私を見て、恵は目が点になっている。でもたまには自分で用意しなくちゃと思ってしまった。

「ちょうど飲み物も切らしてて買いに行きたいなって思ってたし、ついでにアレも買うよ。今から急いでコンビニ行って来るね」
「いや、ちょっと待て!」

ベッドから下りようとしたら腕を掴まれた。ついでに裸のわたしにTシャツを着せてくれる。こういう優しいところも好きだなって思う。でも恵はちょっと呆れてるような顔でわたしを見下ろした。

「行かせるわきゃねえだろ…」
「え、だってアレ、ないんでしょ?」
「いや…別にそこまでして……」

と言いかけて、恵は視線を反らした。そのまま視線を泳がせているのは照れ臭いということだ。でも恵はそこまでしてエッチをしたいわけじゃないのか、と少し寂しくなった。散々その気にさせられたわたしは中途半端な状態で凄くムズムズしてるのに。

「恵はわたしとそんなにエッチしたくないんだ…」
「…は?い、いや、そーいうことじゃ…ねぇよ…」

しゅんとなると、恵はギョっとしたように目を丸くした。でも何となく薄っすら頬が赤い。

「じゃあ……したい?」
「…っ…聞くなよ、そーいうことっ」

はぁぁっと深い溜息をついた恵は、自分もTシャツを着てベッドから抜け出した。

「…オレが行くから」
「えっ?」
「もう暗いし…はここで待ってろ」
「わたしも一緒に行きたい」
「……ダメ。アレ買う時にオマエもいたら、オマエがそーいう目で見られんのオレが嫌なの。この時間帯、男しかいねーだろ、あのコンビニ」
「…恵」

恵はジトっとした目で不機嫌そうに顔をしかめた。そういうことまで気遣ってくれてるんだと思うと素直に嬉しい。でもそうか。レジが男の人なら確かにわたしが買うのは恥ずかしい。

「じゃあ…待ってる」
「うん。飲み物は?」
「えっとね…ミルクティー!」
「了解。――ああ、でも眠かったら寝てていいからな」

ドアを開けて恵が振り返る。でもそんなのは寂しいから「眠くない」と言った。

「…帰って来たら…続きしてね」
「……っ?だから言うな、そーいうことはっ!」

ギョっとしたように怒鳴る恵の頬はやっぱり真っ赤になった。




+ + +



夕食後、お風呂上りにアイスが食べたくなった私は、涼みがてら近所のコンビニへ向かった。近所と言っても高専の寮から10分は歩く。徒歩での10分は結構遠い。生徒用の自転車が寮には数台あることにはあるけど、この辺は坂道が多いので、行きは楽だけど帰りがツラい。この前五条先生に「電動自転車にしてよ」と頼んだら鼻で笑われた。相変わらずムカつく教師だ。そして夜道を女ひとりで歩くのもなんだし、と暇そうな虎杖を付き合わせようと思ったら「オマエ、痴漢にあっても逆に半殺しにしそうじゃん」と笑われたから軽くぶん殴っておいた。とことんイラつかせる男だ。

「ほんっと高専の男って、何であんなのばっかなの?軽くて緩~い教師に、不愛想丸出しと、バカ丸出しの同級生とかやってらんないわー」

夜道を歩きつつ、周りの人間の愚痴をボヤキながら、見えて来たコンビニの明かりにホっと息をつく。
私は都会のコンビニが好きだ。私が住んでいたド田舎には10分歩いたって気軽に行けるような店すらなく、東京に出て来て初めてコンビニに行った時はテンション爆上がりだった。まず深夜でも開いているのが凄い。それに生活に必要なちょっとした商品がオールジャンルだいたい揃ってる。わざわざスーパーに行かなくてもコンビニで揃えられるのが最高だ。その代わり値段はスーパーより高め設定だけど今の私にとっては微々たるものだ。本気でコンビニに住みたいと言ったら、虎杖に爆笑された。あのバカには私のロマンは一生分からないだろうな。

憎たらしい顔を思い出しながらコンビニの入り口に歩いて行くと、自動ドアが開く。「いらっしゃいませー」というやる気のない声がカウンター内の店員から聞こえたと思った瞬間、ちょうど出てこようとしていた客と思い切りぶつかった。ドンっという反動と共に私の体が後ろへよろめき、足元に何かが落ちる音。当然の如く、イラっとした。

「ちょっと!どこ見て…って、伏黒…?」
「……釘崎…」

目の前のひょろっとした人物を見上げた瞬間、見慣れた不愛想な顔と目が合う。伏黒は私に気づいてギョっとしたように身を引いた。口元が引きつってるのは会いたくなかったという気持ちの表れかもしれない。

「何よ…アンタもこんな時間に買い物?」
「……まあ」
「ひとり?」

隣や後ろを見てもがいない。プライベートな時間なのにが伏黒の傍にいないなんて珍しいこともあるもんだと思った。

「見りゃわかんだろ…」
「あっそ。あーもしかしてにジュース強請られたとか?」

伏黒の手にある袋にはの好きなミルクティーの缶が数本入っているのが見えた。は五条先生と同類でとことん甘い物が好きらしい。いつもミルクティーやアップルティーなどを好んで飲んでいるのは知っている。伏黒は可愛い彼女の為に飲み物を買いに来たようだ。愛想のないこの男も可愛い恋人にメロメロなのだから笑ってしまう。普段はそんな素振りも見せない絵に描いたようなツンデレだけど、端々にを大切にしているのが伝わって来る。どうせ今夜もせがまれて飲み物を買いに来たんだろう、とそう思っていた。
その時、ふと足元に何か箱のようなものが落ちていることに気づく。さっきぶつかった時に落ちたのはコレか、と思い、何の気なしにそれを拾った。

「これ落としたの伏黒――」

と言い終わる前に、私の手の中にあったカラフルな箱を、伏黒が凄い勢いで奪っていく。驚いて顔を上げると、愛想のない顔が何故か真っ赤になっていた。それには私もギョッとする。伏黒のこんな顔は見たことがない。

「…な、何よ」
「別に…!」

ぷいっと顔を反らし、伏黒はサッサと店を出て行く。その後ろ姿を見ながら思わず首を傾げた。自分のことをあまり話さない男だから元々よく分からない奴だけど、今の態度も本気で分からない。

「情緒不安定か?アイツ」

苦笑交じりで独り言ちながら、カゴを手に店内をブラつく。目的はアイスだけど他の商品も見たくなるのがコンビニの怖いところだ。食堂で夕飯を済ませたからお腹は満たされているのに何故か弁当コーナーを覗いてしまう。買うわけじゃないけど今時のコンビニは意外と豪華な商品が揃っているし美味しいので見てるだけでも楽しい。その次に外せないのがスイーツコーナー。私もほどじゃないけど甘い物は結構好きな方だ。そこで新商品が出ていればすぐに手が出てしまう。でも今夜は目ぼしいものはなさそうだ。その後に飲み物コーナーでお気に入りのジュースをカゴに入れ、そのまま雑誌コーナーへと向かう。コンビニの良いところは愛読しているファッション雑誌も買えるところだ。

「あー新しいの出てる」

毎月買っている雑誌を見つけ、それもカゴへ入れる。ついでに本コーナーの向かい側の棚に並んでいるボディシャンプーや、もう少しでなくなりそうな洗顔クリームもカゴへ放り込んだ。

「あとは…」

他に必要なものがないか棚の商品を見渡す。その時、視界に見覚えのあるカラフルな箱が飛び込んで来た。

「あ…これさっき伏黒が拾ってたやつ?」

それは健康食品などを置いている場所に並んで置いてあった。

「健康食品なのかな」

何の気なしにその箱を手に取り、裏面を見る。そして自然と眉間が寄った。裏の詳細を見るより前に、おかしな絵柄が載っていたからだ。

「こっ、これコン…っうわ」

慌てて箱を棚に戻し、つい周りを確認する。私の他に客は二人ほどいたからだ。でも近くには誰もいなくてホっと息を吐き出す。女が一人、しゃがみこんで手にコンドームの箱を持っていたら、どんな目で見られるか分かったものじゃない。気づけば心臓がバクバク鳴っていて顔がひたすら熱い。

「伏黒のヤツ…!」

妙にイラっとして舌打ちが出た。別に伏黒が悪いわけでもない。彼女がいるんだし年頃の男なんだし、それこそ避妊は大切だ。むしろあの男がきちんとそういうことを考えているのは偉いと思う。それくらいが大切なんだろうなとも。でもだからといって、二人のそういうエッチ事情を垣間見てしまった気まずさは残るのだ。彼氏いない歴=年齢の私にしたら刺激が強すぎた。

「う…鼻血でそう…」

一気に頭へ血が巡ったせいか、少しクラクラしつつレジへ向かう。この時の私はすっかり一番の目的であるアイスを忘れていた。

「ってか…やっぱそーいう関係なのか、あの二人…」

コンビニからの帰り道、脳内では伏黒との○○なシーンがぐるぐる回っていた。そもそもあの不機嫌を絵に描いたような男がどういう顔でそういうことをしているのかが、まず想像できない。

「まあでも…あんなに可愛くてエロい体の彼女がそばにいれば男なら誰でも我慢できないか…」

何故かそこは納得してしまった。というか、どんなエッチをするんだ、あの男は。

「はっ…まさか……ベッドの上でもオレ様…?」

不意に伏黒がを縛り上げ、エロいことを強要している光景が浮かび、本気でイラっとしてしまった。※何故かSM

「あんな可愛いに……許せん…っ」

ぐぐっと拳を握り締め、足早に寮へと戻る。そのおかげなのか帰りは来る時の半分の時間で寮へ着いてしまった。私の部屋は建物の一番奥にある。その手前に虎杖や伏黒、の部屋があった。当然、自分の部屋に戻るには伏黒の部屋の前を通らないといけない。さすがにそこは走り抜けてしまった。さっきアレを買っていたということは今まさに真っ最中かもしれない。間違えて何か聞こえてしまっては余計に気まずいからだ。

「……クソっ!アイツ、何であんなもん落っことすんだっつーの!」

自分の部屋に飛び込み、ドアを背にそのまましゃがみ込む。私の部屋が二人の部屋から離れているのは不幸中の幸いだったかもしれない。

「はあ…疲れた…てか私、アイス忘れてんじゃん!ムカつく、伏黒のヤツ!」

完全なる八つ当たりだとは思ったけど、言わずにはいられなかった。その後は気持ちを静めようと買って来た雑誌を手にベッドへ寝転がった。でも最悪なことに雑誌の特集が"今年の夏は彼氏と○○"的な内容で、どっちにしろ脳内がピンクに染まっていく。いったい誰の陰謀なんだと思った。

「あー…彼氏が欲しい……」

他人のアレコレを見せつけられると、やっぱり年頃の私としてもそんな思いが湧いて来る。かと言って素敵な出逢いなんてものはこの高専にありはしない。

「やっぱ…街に出て探すしかないか…」

幸い明後日は休みだし、買い物がてら久しぶりに出かけてみようかな、という気持ちになって来た。

「そうだ…誘ってみよ」

前に約束をしたまま、まだ一度も二人で出かけたことがない。伏黒とデートかもしれないけど、そんなものはいつでも出来るはずだ。現に今も部屋でイチャついてんだろうし。たまには女同士で買い物ってのも気分転換になるだろう。それに恋愛真っ最中のには色々と訊いてみたいこともある。

「よし、そうしよ。どこ行こうかなー」

まだの答えも聞かないうちに、私はすっかり出かける気満々で、他の雑誌を手に取った。


伏黒の過去の話で少し続きます。
※あと少しだけ説明変更しました。