死神を追い込むためのゲーム。
その準備がやっと整った。
「彼女はどうだ?」
新しいアジトに行くため、準備をしていると、ボスのロッドがふと俺を見た。
「…まあ…元気にしてる」
「そうか。でもずっと部屋に閉じ込めておく気か?」
「時々外には出してる。それに皆がいると彼女が怖がるだろ」
素っ気なくそう言うとロッドは楽しげに声を上げて笑った。
「まあ確かにそうだな…。人相のいい奴なんて一人もいない。普通の女なら怯えるだろう」
葉巻を吹かしながらロッドは軽く顎を撫でた。
そこへグレンが歩いてきてジロリと睨んでくる。
NO2の座を俺に奪われ恨んでるようだ。
視線を離さずにいると、グレンは忌々しげに舌打ちした後、ボスと言葉を交わして部屋を出て行く。
こんな男のいる場所から、一刻も早くを連れ出したかった。
「あらーメロ」
グレンと入れ違いで組織の女が顔を見せた。
名前は確かアネットと言ったか。
前にの服を頼んだ女だ。
「最近、部屋に来てくれないじゃない」
「…俺じゃなくても他にいるだろう」
そう言ってグレンの歩いていった方向を見れば、アネットは少しだけ唇を尖らせた。
厚化粧に肌を露出する服。
外見は立派に娼婦だが、やはり幼さがそう言うところに出る。
「私はメロがいいのよー。アイツみたいにムチャな事させないし」
「くっつくな」
絡めてきた腕を振り払うと、アネットは頬まで膨らませ、スネて見せる。
「いいじゃん、少しくらい。それにグレンに聞いたよ?」
「…何を」
「メロが探し回って見つけてきた女、別に恋人でも何でもないんだって?」
「だったら何だ」
手を休めることなく聞けば、アネットは顔を覗き込んできた。
「私に服や下着なんて買わせるから、てっきりそうかと思ってたけど…違うなら遠慮しなくてもいいでしょ?」
妖しく微笑む彼女は歳こそ若いし幼いが娼婦独特の艶がある。
軽く唇の端をあげ、俺の首に自分の腕を回すと、ピッタリ体を寄せてきた。
「また抱いてよ。そして私をメロの女にして」
「ごめんだな。それにお前は今、グレンの女なんだろう」
「…あんな奴!無理やりレイプされたようなもんだよ…私が娼婦だからってナメてんだ」
「組織のために働いてるのは確かだろ?」
「仕事ならいくらでも我慢できる。でもあんな男に好きなようにされるのは嫌…。メロ、私を守ってよ」
甘えるように上目遣いで見上げてくるアネットの言葉に鼻で笑った。
「俺は一人守るだけで手がいっぱいだ。他の奴に頼めよ。いくらでも色仕掛けが効くだろう?」
「私はメロがいいのよ!他の男なんてどうでもいい…どうせグレンにビビって逃げ出すよ…でもメロは違う。あんな奴にビビったりしない、でしょ?」
アネットはそう言ってゆっくり顔を近づけてきた。
傍でウイスキーを煽りながら見ているロッドも苦笑している。
「おい、メロ。モテるな、お前」
「勘弁してくれ。俺は――――――」
「メロ…?」
「―――ッ」
近づけてくるアネットの唇を交わそうと顔を背けた時、後ろから聞き慣れた声がしてドキっとした。
「な…っ?!何して…」
振り返ればが少し驚いたように俺を見ていて、慌ててアネットの腕を振り払う。
「何で出てきた?用事があるなら携帯に―――――」
そう言いかけた時、が俺の携帯を差し出した。
「これ部屋においてったでしょ?それで…何度か電話が鳴ってたから…急用だったら困るだろうと思って持ってきたの…」
「あ、ああ…悪い…」
戸惑うような顔で俺とアネットを見ているから携帯を受け取り、そのまま彼女を部屋へ連れて行こうと腕を掴む。
が、そこへロッドが歩いてきた。
「やあ、初めまして、かな。お嬢さん」
「…は、初めまして…」
人相の悪いロッドに明らかに怯えているを見て内心、苦笑したが「彼は大丈夫だ」と言って紹介した。
運良くグレンといった他の連中はいないし、ロッドだけなら大丈夫だろう。
「メロにはいつも助けられてる。その礼は今度するし楽しみにしててくれ」
ロッドはそう言って笑うと、俺の肩をポンと叩いて部屋を出て行った。
「え?お礼って…」
「いや…気にしなくていい」
ふと、この前ロッドが言っていた家の話を思い出したが訝しげな顔をしたにそう言って微笑む。
今はまだノンビリしてる暇もないし、彼女がどういう反応をするか分からない。
キラとの決着がハッキリついてから言う方がいいかもしれないと思った。
「ねー私にも紹介してよ〜!」
そこへ待ちきれないといった顔でアネットが大きな声を出した。
「何でお前に紹介なんてしなくちゃいけない?」
「ちょ、ちょっとメロ…お世話になってるんでしょ?」
は困ったように俺の腕を引っ張ってくる。
お世話なんてガキじゃあるまいし、と溜息交じりで口を開きかけたその時、アネットが、その言葉に笑い出した。
「まあ、確かにお世話はしてたかな?色々と♪」
「お、おい―――――」
の前でそんな言い方をされ、ガラにもなく顔が赤くなりそうになった。
だがはアネットの言った意味までは分からなかったのか、苦笑しながら、「やっぱり」と言って俺を見上げてくる。
何となく気まずくて視線を反らせば、焦っている俺を見てアネットが笑いを噛み殺していた。
とことんムカつく女だ。
「私、と言います。メロとは昔からの知り合いで」
「私はアネット。前はボスに言われてメロのお世話係やってたの。まあ貴女が来たから私はお役ごめんになっちゃったけど」
「え…?」
「おい、アネット!」
何を言い出す気かと慌てて怒鳴った。
が、アネットは、「あ、そうだ」と言っていきなりの胸元に指を入れた。
そして服をグイっと引っ張るとそこを覗き込んで、
「あ、これこれ♪私が買ってきたのよ?メロってばこういうのが好みみたい。私が選んだのはダメだって文句言うからさぁ」
「あ、あの―――――」
「アネット!いい加減にしろ!」
胸を覗かれ赤くなっているをアネットから奪い返す。
その際に彼女の白い胸元が視界に入り、ドキっとして視線を反らした。
「何よーそんな怒らなくてもいいじゃない…」
「うるさい。彼女に構うな」
「メ、メロ、私ならいいから―――――」
はちょっと笑いながら俺の腕を引っ張ってくる。
アネットはアネットで訝しげな顔のまま、「ムキになるなんてメロらしくないー」と唇を尖らせた。
確かにこんな事くらいでムキになるなんてらしくないと自分でも思う。
でも彼女に知られたくない事だってあるんだ。
「部屋に戻ろう…」
「え、あ…うん…」
の手を取り、その場を後にする。
その後ろでアネットが冷めた目で俺達を見ていたことに気付かなかった――――――
「どうした?メロの奴に振られたか?」
「…グレン…」
その声に振り返り、アネットは顔を顰めた。
「関係ないでしょ?」
馴れ馴れしく肩に腕を回すグレンから顔を反らし、部屋を出て行こうとする。
が、グレンはアネットの腕をグイっと引っ張った。
「やめてよ、今日はそんな気分じゃ――――――」
「そうじゃない。お前…メロに惚れてるんだろう?」
「…そ、そんなんじゃなぃ―――――」
「嘘つくな。見てれば分かる。メロが入ってからお前は客を取る回数がめっきり減ってるからな…」
「………ッ」
グレンの言葉にアネットは青ざめた。
「心配するな…ボスにはまだバレてない」
「…お願い…言わないで。これからはちゃんとするから…」
この組織で生きていくなら客を取って稼ぐしかない。
それすら拒めば薬漬けにされて一生、飼われるか、役に立たなくなれば殺されてしまう。
好きな男が出来たからと言って、体を売るのを止める事は許されない。
「…黙っててやってもいい」
「ホント?」
「ああ」
グレンはニヤリと笑いながらアネットの頬を撫でた。
「俺の言う事をきちんと聞けば、な」
「…な、何でもするから…っ」
仕事以外でこんな男に抱かれるのは死ぬほど嫌だったが、本当に殺されるのはもっと嫌だ。
アネットは必死にグレンにしがみついた。
が、グレンは意外にもその腕を振り解き、「そうじゃない」と言って怪しい笑みを浮かべる。
「どういう意味…?」
アネットが顔を上げると、グレンはメロの出て行った方向へと視線を向けた。
「さっきの女が…メロの連れてきた女だろ」
「え…?ああ…」
「へぇ…。アイツがここへ連れてきた時は意識もなかったし、まともに見てなかったが…なかなかイイ女だったな」
「グレン…アンタ、何考えて―――――」
「分かるだろう?それくらい」
グレンはニヤリと笑いながら、アネットの腰を抱き寄せた。
「お前は18になったばかりだったな。なら、もう少し長生きしたいだろう?それにメロを独り占め出来るかもしれない」
「グレン…でもそれは―――――」
「何だ。お前はメロが欲しくないのか?あの女は邪魔だろう」
「そ、そうだけど…あのメロがあんなに大事にしてる人だよ…?」
「だからいいんだ。アイツの一番、大事なものを俺が奪ってやるさ。そうなった時、アイツはどんな顔をするかな」
グレンはそう言うとニヤリと笑って、アネットに無理やりキスをした。
「…次のアジトに移動した時、隙を伺う」
「で、でもメロの計画が…」
「だからだ。アイツはキラを追い詰める事に必死になっている。そこを突けば隙くらい、いくらでも出来るさ」
グレンの言葉に、アネットは何を言う事も出来ず、ただ黙って頷くしか出来なかった―――――
「ね、メロ…手…痛いってば…」
足早に廊下を行く俺に、が立ち止まる。
その声にハっとして手を離せば、は軽く息をついて先に部屋へと入っていった。
「悪い…」
そう言ってドアを閉めると、は苦笑交じりで振り返った。
「どうしたの?あんなにムキになって…。あの子、かわいそうじゃない。怒鳴ったりしちゃ…」
はいつでも優しい。
会ったばかりの女の事も、こうして心配したりする。
そんな彼女の優しさが俺は好きだった。
「…悪かったよ…。ただアイツが変なこと言うから―――――」
「あ〜あの子だったのね。色々と買ってきてくれた子って」
「ああ、まあ…」
「確かに若かったなぁ。可愛かったし」
はそう言いながらベッドに腰をかけると、意味深な笑みを浮かべて俺を見上げた。
「可愛いか?」
「可愛かったじゃない。あれで化粧を落としたら、きっともっと可愛いと思うな。なるほど、メロも好きになるわけだ」
「な!誰が好きになったんだよ!好きじゃない、あんな女―――――」
の言葉にギョっとして言い返せば、彼女は目を丸くしている。
「ど、どうしたの?またムキになって…」
「が変なこと言うからだろ…。だいたい俺はアイツなんか趣味じゃない」
「そうなの?だってさっき抱き合ってるから―――――」
「だから抱き合ってないって…!あれはアイツが勝手に抱きついてただけだろ?よく見たのかよ…」
「何よ、そんな言い方しなくたって…」
は少し唇を尖らせ、スネたように俺を睨んでくる。
その表情が可愛くて、少しだけ視線を反らした。
「と、とにかく…俺は誰も好きじゃないし、アネットとも関係ない」
「ふーん」
俺の言葉に目を細めるに、もう一度「好きじゃないって」と言うと、彼女はやっと笑顔を見せた。
「なら、そう言う事にしとこう」
「おい、…」
「それより…ロッドって人がボス、なの?」
「…え、ああ…まあな」
「そっかー。何だか一瞬、怖そうな人だしビックリしちゃった」
はそう言いながら軽く笑って舌を出す。
こんな組織と縁もなかったには確かにそう映るだろう。
「で、彼らとずっと…一緒にいたの?」
「ああ…キラを探すのに利用しただけだ」
「そう…」
キラの名を出すと、は僅かに目を伏せ、ベランダに出た。
その後を追うようにして外へ出ると、空には綺麗な星がたくさん光っている。
「…いつ、ここを出るの?」
「…明後日には」
「そう…」
は小さく俯くと、軽く息をついた。
「…私も…行っていいの?」
「何言ってんだよ…何度もそう言ってる」
「でも…足手まといじゃない?」
不安げに俺を見上げるの瞳はかすかに揺れていた。
きっと、また一人になることを恐れている。
その恐怖が伝わり、つい自然に彼女の髪を撫でていた。
「…メロ?」
「絶対に連れて行く。俺の傍にいろよ」
「………」
その言葉を言うだけで抑えきれない感情が溢れそうになっている。
本当なら、このままずっと俺の傍にいて、俺だけを見てて欲しい、と願いながら、口には出せず、また僅かに視線を反らした。
「…Lと同じ…」
「え…?」
小さな声で呟かれた言葉にドキっとして彼女を見れば、は優しい笑みを浮かべていた。
「Lもね…日本に行くと決まった時、そんな風に言ってくれたの…」
「…………」
懐かしそうに目を細める彼女の横顔が月明かりに照らされて凄く綺麗だ、と思いながら、俺は黙って話を聞いていた。
「…あの時も私…Lについて来て欲しいって言われて…いいの?って聞いたの。そしたらLってば少しスネた顔で、
"嫌だと言っても絶対に連れて行きます。私の傍にいて下さい"って言ってくれて…凄く嬉しかった」
優しく響く彼女の音色に久しぶりに心が穏やかな気分だった。
施設を出てからの俺は、こんな優しい気持ちになることすらなくて、常に走り続けてきたから。
を探しながら、キラの捜査を一人でやって、汚いことにも手を染めた。
「何だよ…惚気?」
そう言って笑えば、は少しだけ顔を赤くして俺を睨む。
「だ、だってメロがLのこと話そうって…」
「嘘だよ。もっと話せよ。俺も聞きたい」
「…そう?」
俺の言葉には嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女に優しく微笑み返す。
らしくない自分に驚きながらも、今のこの優しい時間を少しでも感じていたくて。
そう、聞きたいんだ。
Lがどんな風にを愛していたのか、またが、Lをどんな風に愛していたのか。
彼女があまりに幸せそうに笑うから、俺もつられて笑う。
こんな風に少しづつ、昔の彼女に戻ってくれたらいい、と願いながら。
あの頃の君に会えるなら、俺はどんな事でもするだろう。
俺に出来る事があるなら―――――
君が未来へいけるように、今を手伝わせて下さい
やっとデスノ最終巻を読んで、結末も分かったので方向性が決まったような…(今まで決めてなかったのかぃ!)
しかしながらですね…メロはいったい何の為に、という気持ちは消えませんが。
そして更にクローズアップすらしてもらえなかったマットー!君はいったい何者だったのだー!
TITLE:群青三メートル手前