静かな部屋に時計の音だけが響いてる。
俺はかすかに覚醒して、その音を漠然と聞いてきた。
何か予感があったのか。
その静寂な空気を彼女の悲痛な叫びが切り裂いた。
「いやぁぁぁ…っ!!」
「っ?…?!」
その声で飛び起きると、ベッドで眠っていたが何か恐ろしいものを見たような顔で起き上がっている。
その尋常じゃない姿に俺は驚いて彼女の方に歩いていった。
「おい、?どうした?」
「……L…Lが…」
「…?!」
「Lが連れて行かれる…あの死神に!!」
――死神?
「おい、!しっかりしろ!」
(…ダメだ。混乱してる)
の瞳は何も見てはいなかった。
目の前の俺でさえ。
少し乱暴だとも思ったが、彼女の頬を軽く叩く。
パンっという音と共に彼女はハっと我に返ったように視線を彷徨わせた。
が、ゆっくりと瞳を動かし、俺の方を見るの頬に涙が伝っていくのを見て、そっと指で拭ってあげる。
その時、彼女の瞳は生気を取り戻したように見えた。
「メロ…」
「…?大丈夫か?」
酷く心配で、俺は彼女の頬を両手で包んだ。
そうする事でも少しは落ち着いたのか、ホっとしたような顔で俺を見つめている。
「どうした…?怖い夢でも見たか…?」
「メロ…」
彼女の瞳に一気に涙が溢れた。
それと同時に力が抜けたのか、俺の腕の中に崩れ落ちた。
「わ、おい、…っ」
グッタリとしたを慌てて抱きとめ、そっとベッドに寝かせた。
「おい…どこか具合悪いのか?酷い汗だ…」
「メロ…」
優しく頭を撫でると、は縋るように力のない手をそっと差し伸べてくる。
その仕草に少し驚いたが、その細い頼りなげな手を壊れ物を扱うように優しく包んだ。
そうする事で落ち着くかと思ったが、彼女は酷く怯えたような目で俺を見た。
「傍にいて…」
「…いるだろ?俺はここにいる」
きちんとの目を見て伝えると、彼女は子供のように首を振った。
「…もっと…傍に来て…」
「…え?」
「もっと…」
「…ど、どうしたんだよ…。変だぞ?」
彼女の言葉に一瞬、鼓動が跳ね上がる。
「いいから…ギュって抱きしめて…」
「な?何言ってんだよ…っ」
安易に触れられない俺の気持ちなんか気付かず、はポロポロと涙を零しながら、とんでもない事を言ってくる。
だが哀願するように彼女は泣きじゃくりながら俺の手をギュっと握り締めた。
「お願い、メロ…これが夢なのか現実なのか私に教えてよ…っ」
その言葉に一瞬ビクっとしてを見つめた。
何の夢を見たのか想像がつき、俺は静かにベッドの端に座ると、彼女の方に"おいで"というように腕を伸ばした。
その瞬間、吸い込まれるように彼女の体が腕の中へと収まる。
そうするだけで体が一気に熱を持ち、どうしていいのか分からなくなった。
それでも壊さないように包み込むように華奢な体を抱きしめれば、彼女はまた困るような事を口にした。
「もっと…強く抱きしめて…」
「……どうしたんだよ…」
「お願いだから」
は俺の気持ちを揺さぶる事ばかり言ってくる。
こうしてるだけで心臓が壊れそうなほど早くなっていくというのに。
これ以上、抱きしめていたら自分の気持ちを抑えられるか分からず、躊躇していると、彼女の体が震えだしハっとした。
「…?」
心配で顔を覗き込もうとした時、不意に彼女の腕が俺の首に巻きついてドクンと鼓動が跳ね上がった。
「お、おい…」
「怖いの…」
「……え?」
「怖くて、怖くて…どうしようもないの…」
「…何が怖いんだ…?」
彼女の恐怖が伝わってきて思わず抱きしめる腕に力が入った。
も俺の肩越しに顔を埋め、首に回した腕に力が入る。
その時、信じられない言葉が彼女の口から零れ落ちた。
「……あの死神が…まだ生きてる事が」
――死神…だって?
「おい……死神って…誰の事だ…?」
それが誰をさしているのか分からず、問いかけた。
だがは何も答えず、それでもギュっと抱きついてくる。
たったそれだけで体中が心臓になったみたいだ。
そのまま暫く彼女の事を抱きしめていた。
の長い髪から甘い香りがして俺の鼻腔を擽る。
昔から知ってる、どんな女よりも甘く優しい、俺の心を揺さぶる匂い。
(このままじゃマズイな…)
の体温が俺の腕に馴染んできて胸の奥が疼いてきた。
「…苦しいよ…」
苦笑気味にそう呟くも、は更に強く抱きついてきて俺の首筋に顔を埋めてくる。
首筋に彼女の吐息を感じて、背中がゾクリとした。
それでも何とか理性を保ちながら、なるべく優しく声をかける。
「おい、くすぐったいって…」
「甘い匂い…」
「え…?」
「Lと同じ匂いがする…」
「……」
の言葉にズキンと痛みが走った。
それでも体に走る甘い疼きは止まらず、仕方なく今度は強い口調で声をかける。
「…おい、…」
「ん?」
「そろそろ離れろよ…落ち着いたんだろ?」
「…ん。もう少し…」
「…甘えるな」
「どうして?昔は私が甘えさせてあげたでしょ?」
「…あのな。いちいち子供扱いすんな」
昔の事を持ち出す彼女に小さく息をついて体を放した。
いくら何でも今、子供扱いされるのはごめんだ。
そんな思いと交差して火照った頬を冷まそうと彼女から離れようとした。
が、不意に顔を覗かれ、ドキっとしたからか、慌てて顔を反らしてしまった。
「メロ…?」
「うるさい。まだ明け方だし寝ろ」
照れくさくて冷たい言い方しか出来ない。
だが彼女は軽く目を伏せると、「…寝るのは嫌…怖いもの」と呟いた。
「は?何、子供みたいなこと…」
「だって…」
先ほど見た夢がよほど怖かったのだろう。
縋るように俺を見つめてくる。
その瞳に再び顔が熱くなり、立ち上がろうとしたその時。
またしても、が俺の心を揺さぶった。
「メロ、一緒に寝てくれない?」
「はぁ?!」
あまりに驚いて慌ててベッドから立ち上がると、は驚いた顔で俺を見上げた。
「な、何言ってんだよっ」
「何、そんなに驚いてるの?昔はよく一緒にお昼寝したじゃない」
「だから昔の事はもういい!」
昔の事を言われると子供としてしか見られてないようで、ついムキになってしまった。
それでもは悲しそうな顔をする。
「お願い…横にいてギュってしてくれるだけでいいの。そしたら安心するから…」
そんなこと言うな…俺は…これ以上、お前を抱きしめる事なんて出来ないよ…
「お願い…もう一人は嫌なの…」
俺の心を知らないはそう言って腕を掴んでくる。
その仕草ですら、鼓動が早くなり、俺は視線を反らした。
(ったく…俺が男だって分かってんのか?こいつ…)
そう思いながら、今の気持ちをそのまま口にした。
昔と同じだと思われたら、これからが大変だ。
「お前…何言ってるか分かってる?」
「…え?」
「俺は男で…お前は女なんだよ」
「…当たり前じゃない…」
「……っ!」
アッサリと認める彼女に違う意味で顔が赤くなった。
この口調は絶対に分かってない。
の中で俺はいつまで経ってもガキの頃のままだ。
何だか腹立たしくて、もどかしくて、暫く黙っていると、は小さく息をついた。
そして泣きそうな顔で目を伏せると、
「メロ…怒ってるならいいよ…」
「………」
そんな風にスネられると、俺としても困ってしまう。
「別に怒ってないよ…」
「だって…顔、怖いもの…」
「もともと、こういう顔だ」
「…ぷっ」
「笑うなよっ」
「ごめん…」
「はぁ…調子狂う…」
ちっとも分かってくれない彼女に困り果て、俺はガシガシと頭をかくと再びベッドの端に座った。
はホっとしたように俺の腕を放したが、彼女の中の不安を取り除いてあげたくて真剣な顔で見つめた。
「…は…もう一人じゃない。俺がいるだろ?」
「…うん…」
「だから何も怖がる必要はない」
「……うん」
「死神なんか俺が殺してやるよ」
「…え?」
俺の言葉には驚いたように顔を上げた。
彼女が恐れる存在なんて俺が殺してやる。
本気でそう思った。
「死神を殺してLが戻るなら、俺がのために死神を殺してやる…何度だって…」
そう言ってを見つめると、その瞳がかすかに揺れた。
この時の俺は本気で、そう思ってたんだ。
たとえ、彼女が俺の事を愛してくれなくても―――――
俺はいつから笑う事をやめたんだろう。
と再会するまでは、そんな事すら忘れていた。
昔の俺はよく笑う子供だったと思う。
知らない事を覚えるのが大好きで、人よりも勉強し、一番になろうと頑張った。
それも全てLの存在のおかげだ。
でも、その世界を、ある日突然、壊されたら――
今日までの道のりを後悔した事がないと言えば嘘になる。
それでも俺は逃げるわけにはいかない。
色々なものを犠牲にしてきた。
人の命も、楽しかった美しい思い出も、そしてこの自分自身さえも。
全ては、この最悪のゲームを終わらせるため。
全ては4年前から始まった、死神の殺人ゲームを――――――
「うわぁ、海だ」
無邪気な顔で喜ぶ彼女を見ながら、俺はふと笑みを零した。
車に寄りかかりながら、いつものようにチョコを噛み砕く。
寄せては引く波に足をつけて、彼女は楽しそうにはしゃいでる。
そんな光景を見てると、何もかもが夢なんじゃないかと、つい思ってしまう俺がいた。
でも現実にキラは存在し、Lはいなくなった。
"怖いの…"
夕べ、が呟いた言葉が頭に響く。
酷く怯えた顔をした彼女をこの腕に抱きながら、俺は改めて計画していた事を実行しようと決心した。
の言う、"死神"を追い込むために。
「メロー。メロもおいでよ」
名前を呼ばれ、ハっと顔を上げると、がスカートの裾を掴みながら笑顔で手招きしている。
夕べの事があったから心配で外に連れ出したが、来て正解だったと思った。
「俺はいいよ。濡れるのは好きじゃない」
「えぇ〜?せっかく来たのに…」
は不満げに唇を尖らせ、こっちに歩いてくる。
その姿は昔とちっとも変わらない。よくLを困らせていた、あの顔だ。
「メロってば大人になったら、ちょっと捻くれたんじゃない?」
「…は相変わらず子供だな」
「何よ!私のどこが子供なの?」
「そういうとこ」
そう言って尖っている唇を指差せば、は手でパっと口元を隠した。
「そうやってスネるとこ変わらないよな」
「そ、そうだっけ…?」
「そうだよ。いっつも小さな事でスネてLを困らせてただろ?Lが焦るのっての事以外でなかったしな」
「…そ、そうだった…?」
彼の名を口にするとは一瞬、目を伏せた。それでも俺は話を続ける。
「ほら、前に一度、Lを尋ねて綺麗な女が来た事があっただろ?」
「…え?」
「それでが勘違いして凄ーく怒っちゃってさ。あの時のLはそれまでで最高に慌ててたよな」
「…あ…私が自分の部屋に閉じこもっちゃった時…」
「そうそう。その女は次に仕事をするために色々と準備をしてたキルシュの知り合いだったのにさ」
俺がそう言っての顔を覗き込むと、彼女の頬が薄っすらと染まり、優しい微笑を浮かべた。
「そうだったね。なのに私は"Lが浮気した"って怒って閉じこもっちゃったんだっけ…」
「あの時は俺も二アもビックリしたよ。Lがの部屋の前で謝りまくってるからさ」
「そうそう。何も自分は悪くないのに何だかLってばずっと謝ってたわ。だから私も余計に誤解しちゃって…」
そう言ってクスクス笑う彼女の横顔はとても綺麗だ。
Lの事を話してる時のは誰よりも幸せそうな顔をする。
「俺としてはあんなL、見た事なかったから何だか新鮮だったかな」
「ふふ…そうなんだ。でも私が怒ると、Lはいつもあんな感じで、こう言うの」
"、すみません、すみません…まだ怒ってますか?許してくれませんか?…私はに嫌われたら生きていけません…"
「あー。そう言えば、あの時もそんなこと言ってたなぁ…」
「でしょ?それでね、私が無視してるとLはだんだんシュンとなっちゃって膝抱えて凄くへコんじゃうの」
「そりゃあ…好きな人に無視されればへコむだろ」
「だから、そんなLが可愛くて、とっくに許してるのに、わざと無視しちゃってたのよ」
「うわ、酷いな、それ…」
「だって普段のLは賢くて皆の憧れの的だったでしょ?でも私の前では私だけが知ってる彼に戻ってくれるから…」
はそう言って風に浚われて行く髪を指で押さえた。
あの日の事を、その日の彼を、一つ一つ思い出しているのか。
かすかに目を細め優しい表情を浮かべる彼女は、とても幸せそうだ。
「…子供のに振り回されてたLに同情するよ」
「あ、また子供って言ったー。、何よ、メロの方が年下のクセに」
「精神年齢では俺が勝ってるだろ」
「うわ、感じ悪い。未だにチョコが好きなクセに」
「……チョコが好きで何か問題が?」
「あはは、メロもスネるんだね」
「………」
彼女の言葉に思わず目を細めると、楽しげに笑い出す。
今まではLの話をすることを躊躇っていたけど、それは間違いだったのかもしれない。
Lの話をして、少しでもそんな笑顔を見せてくれるなら、もっと話そう。
楽しかった頃の、あの懐かしい日々をいっぱい話そう。
あなたが笑ってくれるなら
何だか久しぶりのアップでした;;
前回の話を、今度はメロ視点で描いてみた(笑)
いやーメロの照れる姿、見たくないですか?うふふ(危)
TITLE:群青三メートル手前