カチカチカチ…
静かな空間に時計の音だけが聞こえる。
こんな日はどうしても眠れない。
私はゆっくりと体を起こして小さく息を吐き出した。
ふと視線を上げればソファで眠るメロが見える。
(私にベッドで寝ろと言って、自分はあんなとこで眠ってる…)
メロの優しさに、ふと笑みが零れた。
まさか、彼が私を探してくれてるなんて思いもしなかった―――――
あの日…メロが私を見つけた時、それは幻かと思った。
しっかりと瞳に捉えているはずなのに、彼の顔は何故か滲んで見えなかった。
そうか…目の前に現れた彼はメロじゃなくて、ただの幻影…
Lを失ったあの日から、私は夢と現実の区別がつかないようになっていた。
夢の中で彼はいつものように微笑んでいるのに、私の隣で微笑んでいるのに。
幸せな夢から目が覚めると悪夢のような現実を思い知らされ、何度も自殺未遂を起こした。
それでも死ねなくて、どうしてもLの笑顔が浮かんで最後の一線を越せなかった。
痛くて、痛くて、体中が切り裂かれるような気がするくらい痛いのに、何故私は生きてるの?
それからはLを探す日々が続いた。
あれは夢だったのだ、と。
悪い夢を見たのだ、と思いたかったのかもしれない。
Lを失った現実は、私自身が死んだのと同じ事だったのだ。
あの時、私はゆっくりと倒れていくLを見ていた。
また何かの冗談かと、そう思ったから、皆が叫んで大騒ぎをしてるのが凄く不思議だった。
何言ってるの?大丈夫だよ。
Lはきっと、いつものように照れくさそうに笑いながら、"すみません"なんて頭をかきながら、起きてくるんだから…
なのに、どうしてそんなに騒いでるの――――――?
それから数時間が過ぎてもLは起き上がらなかった。
"さん…残念ですがLは…亡くなったようです"
そう言ったのは誰だったっけ。
もう覚えてない。
あの場にいた人達の顔すら滲んでハッキリとした形を作らない。
ただ…
一人だけを残して―――――
夜神月―――――いやキラ。
彼がLを……殺した。
「」
「L?どうしたの?」
皆がいる部屋とは別の部屋で本を読んでいると、そこにLがやってきた。
もちろん彼の手と手錠で繋がれている夜神月も一緒だ。
「少し休憩しようかと思いまして」
Lはそう言って私の頬にちゅっとキスをした。
「ははは…相変わらず熱いな、竜崎」
「そりゃそうですよ。私とは愛し合ってるんですから」
「ちょ…L…」
「ほんと竜崎はストレートだな。ね、さん」
夜神月はそう言って人当たりのいい笑顔を見せながら私の事を見た。
私は曖昧に返事をして後はずっと彼から視線を反らしていた。
私は…どうしても夜神月の事を好きにはなれなかったのだ。
Lが一番にキラだと疑った人物。
私はそれだけで彼がキラなんじゃないかと確信していた。
証拠などどうでもいい。
Lが彼に何かを感じたのなら、それが答えなのだ。
けどLは必ず証拠を集めるはず。
それまでは自分の傍で泳がせておくんだろう。
色々な謎がある事件だけど、夜神月がキラ。
私は何の根拠もなく、そう信じていた。
そんな男が私の大切な人と24時間、ずっと手錠で繋がれている現状に、私が不安にならないはずなどない。
殺人鬼と恋人が常に行動を共にしてる事が心の底から怖かった。
「…?どうしました?そんな難しい顔をして」
その声にハっと顔を上げればLの優しい笑顔。
その顔を見るだけで、私の心の中の霧が晴れていくようだ。
「何でもないよ?ただ…ずっとLと一緒にいたいなと思って…」
「いるじゃないですか」
「そうだけど…もっと傍にいっていい?」
私はそう言ってLに腕を伸ばした。
「嬉しい事を言ってくれますね」
Lも私に向かって手を差し伸べる。
彼に触れてないと不安だった。
でも、もう少しで触れ合えそうになった時、一瞬、Lの体が光に包まれた。
「L…?」
「どうしました?」
Lはやっぱり優しい顔で微笑んでいる。
なのに、どんどん光に解けて影が薄くなっていく。
「やだ…L?!どこに行くの?」
「何を言ってるんですか…。私はここにいますよ?」
「嘘…じゃあ早く抱きしめてよ…!ここへ来てよ!」
「が来てください。私は手錠で繋がれてるんですから」
「でも…体が動かないの…!」
「私も動けません。ほら、これで繋がれてますから」
すでに光に包まれ顔すら見えなくなったLがゆっくりと腕を持ち上げた。
その手首には冷たい手錠が繋がれている。
そしてその手錠の先には―――――
死神のような顔をした男―――夜神月が笑っていた。
「…Lは…僕から離れられないんだよ。死んでからもね―――――」
「いやぁぁぁ…っ!!」
「…?!」
私はあの日の恐怖を体中で感じ、ベッドに起き上がった。
「おい、?どうした?」
「……L…Lが…」
「…?!」
「Lが連れて行かれる…あの死神に!!」
「おい、!しっかりしろ!」
パンっという音と共に頬に痛みが走って私はハっと我に返った。
曇っている瞳をゆっくり動かすと、目の前に誰かが見える。
暖かいものが私の涙を拭ってくれて、それが人の体温だと分かった時、私の瞳はハッキリとメロを捉えていた。
「メロ…」
「…?大丈夫か?」
メロは酷く心配そうな顔で私の頬を両手で包んだ。
その感触を少しづつ肌に感じ、やっと手足の感覚も戻って来る。
「どうした…?怖い夢でも見たか…?」
「メロ…」
一気に涙が溢れた。
傍に誰かがいてくれる。
そう思ったら体中の力が抜けそうになった。
「わ、おい、…っ」
グッタリとした私をメロは慌てて抱きとめてくれた。
そして、そっとベッドに寝かせてくれる。
「おい…どこか具合悪いのか?酷い汗だ…」
「メロ…」
優しく頭を撫でてくれるメロに、力の入らない手をそっと差し伸べる。
彼はその手に気付いて少し驚いた顔をしたけど、そっと壊れ物を扱うように優しく握ってくれた。
これは夢…?それとも現実…?
メロは消えていなくなったりしないの…?
怖い…怖いよ…
「傍にいて…」
「…いるだろ?俺はここにいる」
「…もっと…傍に来て…」
「…え?」
「もっと…」
「…ど、どうしたんだよ…。変だぞ?」
「いいから…ギュって抱きしめて…」
「な?何言ってんだよ…っ」
「お願い、メロ……。――――――これが夢なのか現実なのか私に教えてよ…っ!!」
哀願するように手を握ると、メロは一瞬ビクっとして私を見つめた。
そしてベッドの端にそっと座ると私の方に腕を伸ばしてくれる。
吸い寄せられるように私もメロの腕に手を伸ばすと、暖かい体温に包まれた。
「もっと…強く抱きしめて…」
「……どうしたんだよ…」
「お願いだから」
あの恐怖を振り払いたい。
もう少しでLの手が掴めそうだったのに、あの腕にこうして抱かれるはずだったのに。
その思いだけが私を突き動かす。
あの出来事がつい、この間のことのように思い出され、体がガタガタと震えてきた。
「…?」
躊躇っているメロに、私は自分から彼の首に腕を回し、思い切り抱きついた。
「お、おい…」
「怖いの…」
「……え?」
「怖くて、怖くて…どうしようもないの…」
「…何が怖いんだ…?」
そこでメロもギュっと私の体を抱きしめた。
そのままメロの肩に顔を埋めると、首に回した腕に力を入れる。
「……あの死神が…まだ生きてる事が」
その時、夜神月の顔が浮かんだ。
白々しい涙を見せていた、あの男の顔が。
「おい……死神って…誰の事だ…?」
メロが訝しげな声で尋ねてくる。
私が死神の正体を教えたらメロは彼を殺してくれるだろうか。
私たちの敵、殺人鬼キラを―――――
今、二代目Lとして動いているのは夜神月。
Lがまだ指揮をしていると風の噂で聞いた時はメロか二アの、どちらかだと思っていたが、この前違うと聞いてハッキリした。
許せなかった。
私からLを奪ったあの男が、"L"の名を継いでいることが。
例えばLがキラを捕まえて、世界が平和になるなら一番望ましい方法だったのだ。
でも、そのせいでLの命を犠牲にした。
そんな世界なら壊れてしまえばいい。
そう思ったこともある。
私はいつから、こんな残酷な人間になったんだろう?
Lが傍にいた時は、とても優しい気持ちで心が満たされてたというのに。
"人間なんて脆いものです。たった一つ、本当に大切なものを失うと、途端に弱い心に支配されてしまう。
それが愛する者だったり、地位だったり、お金だったり…対象はさまざまですが"
昔、Lがそう話してくれたことがあった。
本当に、その通りだ。
L…貴方は何一つ…間違ってなんかない―――――
「…苦しいよ…」
メロが苦笑気味にそう呟いた。
それでもギュっと抱きついてメロの首筋に顔を埋めた。
「おい、くすぐったいって…」
「甘い匂い…」
「え…?」
「Lと同じ匂いがする…」
「……」
Lにこうして抱きつくと、いつも甘い香りがした。
普段からケーキやチョコといった甘いお菓子を食べているから、それも仕方ない事だけど。
私はそんな彼の香りが大好きだった。
「…おい、…」
「ん?」
「そろそろ離れろよ…落ち着いたんだろ?」
「…ん。もう少し…」
「…甘えるな」
「どうして?昔は私が甘えさせてあげたでしょ?」
「…あのな。いちいち子供扱いすんな」
メロは少し不機嫌そうな声を出して、私の体をグイっと放した。
ふとメロの顔を見れば、薄っすらと頬が赤くなってるような気がする。
けど私と目が合うとメロはパっと顔を反らしてしまった。
「メロ…?」
「うるさい。まだ明け方だし寝ろ」
「…寝るのは嫌…怖いもの」
「は?何、子供みたいなこと…」
「だって…」
さっき見た夢の恐怖がまだほんとは残ってる。
出来ればメロに傍にいて欲しかった。
「メロ、一緒に寝てくれない?」
「はぁ?!」
私の一言でメロが急に立ち上がり、ビックリした。
「な、何言ってんだよっ」
「何、そんなに驚いてるの?昔はよく一緒にお昼寝したじゃない」
「だから昔の事はもういい!」
メロは何だか顔を真っ赤にして怒っている。
彼はあまり昔の事を言われるのが好きじゃないみたいだ。
「お願い…横にいてギュってしてくれるだけでいいの。そしたら安心するから…」
ずっと一人で怖かった。
どこに行っても、あの恐怖はついて回る。
だから、こうしてメロが私の傍にいてくれる事がどんなに安心するか、メロには分かってないんだ。
「お願い…もう一人は嫌なの…」
そう言ってメロの服を掴んで見上げると、メロは困ったような照れくさそうな顔で視線を反らしている。
そんな彼を見て、ああ、もう昔とは違うんだな、と漠然と思った。
「お前…何言ってるか分かってる?」
「…え?」
「俺は男で…お前は女なんだよ」
「…当たり前じゃない…」
「……っ!」
私の言葉にメロは逆の意味で顔を赤くした。
大人になったメロは少し怒りっぽくなったようだ。
そして、そんなメロを見て改めて"大人になったんだな"と実感した。
だってメロは私と寝る事を意識してるようだから。
あの頃はそんな事はなかったのに、と思うと少し変な気がした。
「メロ…怒ってるならいいよ…」
「別に怒ってないよ…」
「だって…顔、怖いもの…」
「もともと、こういう顔だ」
「…ぷっ」
「笑うなよっ」
「ごめん…」
「はぁ…調子狂う…」
メロはガシガシと頭をかくと再びベッドの端に座ってくれた。
そこで安心して私もメロの服から手を放す。
するとメロは真剣な瞳で私を見た。
「…は…もう一人じゃない。俺がいるだろ?」
「…うん…」
「だから何も怖がる必要はない」
「……うん」
「死神なんか俺が殺してやるよ」
「…え?」
メロはその言葉をアッサリと口にした。
そこで私は、メロが今までどんな風に生きてきたのかを悟った。
メロは…私とはまた別の恐怖と悲しみを味わい、そして醜いものを見て今日まで生きてきたんだと。
「死神を殺してLが戻るなら、俺がのために死神を殺してやる…何度だって…」
そう言って私を見つめるメロは、もう私の知ってる"少年"ではなかった。
いつの間にか、大人の男へと成長し、痛い思いを知って…それでもなお、私と同じ傷を持って、ここにいる。
そして…私たちは同じ奇跡を今もまだ、バカみたいに願ってるんだ――――――
この時の私たちは――
失くしたものが
戻ってくると信じなければ、
生きていけなかったのだろう
今回はヒロイン視点で描いております。
メロの連載ではありますが、彼女の思いも大事なキーワードになりますゆえ。
あと万が一ライトファンの方がいましたら、あんな憎まれキャラにしてしまってすみません;;ひぃー石を投げないでー;;
Lの恋人だったら、あんな風に思うだろうな、という二次創作ネタですので。o(
_ _ )o
さて、またすぐに続きを書き始めます。
次はいつものようにメロ視点ですかね。
ヒロイン視点からだと少し違ったメロになりました。
TITLE:
群青三メートル手前