太陽の熱が姿を隠し、冷たい風が吹く。
季節は巡り、秋の香りが漂う。
Lを失くした季節が、またやって来る――――
メロは最近、忙しいのか、昼間は殆どいない。
それでも夜はちゃんと帰ってきて、私の傍にいてくれる。
必要なものは全て揃えてくれるから、何も不自由はなかった。
ただ一人で静かな部屋にいると、嫌でも悪い事ばかり考えてしまって、得体の知れない恐怖が私を襲った。
この季節は嫌いだ。
あの悪夢を思い出すから。
Lがいなくなって5度目の秋が訪れようとしていた。
「さん?美味しいケーキ買ってきたの。一緒に食べない?」
そう言って部屋に入って来たのはアネットという少女だ。
最近、彼女はメロのいない時によく顔を見せるようになった。
彼女と交流を持つ事をメロはあまりいい顔はしないが、私も昼間は一人が多いし、やっぱり誰かと話すと気が紛れる。
だからメロには内緒で、時々彼女を部屋に入れていた。
「どうぞ?」
ドアを開けて中へ促すと、アネットは嬉しそうに微笑んで部屋の中に入って来た。
「これね、近所で有名な店のケーキなの。さん、ケーキ好き?」
キッチンでお皿を用意してると、無邪気に聞いてくる。
そんな彼女に微笑み、
「…ええ、大好きよ?」
「ホント?良かった!あ、これ!このショートケーキが美味しいの!」
箱を開けて早速ケーキを取り出す彼女を見て、私は淹れたての紅茶をカップに注いだ。
ケーキ独特の甘い香りが部屋に漂い、その香りと共に今も胸を痛くする記憶が鮮明に蘇ってくる。
"甘いものは脳を活発にしてくれますから"
そんな事を言いながら彼、Lも、ケーキを好んで、よく食べていた。
(その中でもLは、苺のショートケーキが好きだったっけ…)
ケーキをお皿に乗せながら、ふと、大好きな苺を最後に食べていたLを思い出し笑みが零れる。
「あー何笑ってるの?思い出し笑い?」
アネットはそう言って私の顔を覗き込んできた。
「そんなもの、かな?」
「ふーん♪あ、もしかして夕べのこと思い出して笑ってたとか?」
「え?夕べって…?」
いきなり怪しい笑みを浮かべるアネットに首をかしげると、彼女はニヤリと笑って私の腰を肘で突付いた。
「だから、夕べ、メロが激しかったんじゃないの?」
「…え?」
一体、何の事かと目を丸くすれば、アネットは楽しそうに笑い出した。
「まーたトボケちゃってぇ〜!セックスよ、セックス!」
「…は?!な、何言って…!わ、私とメロはそんな関係じゃないもの!」
彼女の言葉にビックリしたのと同時に顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
すると彼女は口を開けて、驚いたように私を見ている。
「え、嘘でしょ…。やっぱ何もないってわけ…?あのメロと…?」
「な、ないも何も…元々私とメロは家族同然って言うか…弟みたいな感じで――――」
「…そう…なんだ。まあ…恋人じゃないってのは聞いてたけど…メロの事だから、もうヤっちゃったのかと思ってた」
「ま、まさか…!」(って言うか、メロの事だから…って何?!)
ズバズバとハッキリものを言うアネットに、年上の私の方がドキドキしてしまう。
特に最近、メロを一人の男として見るようになってからは、一緒の部屋で寝るのも意識してる自分がいるから。
でもメロは当たり前のように何もしてはこないし、私だけが変に意識をしているようで恥ずかしいんだけど…
なんて思いながらも、すぐに話題を変えようと軽く咳払いをした。
「そ、それより…アネットの恋人はどの人なの?」
「え…?」
「最初はメロの恋人かと思ったんだけど、メロが違うって言うし…この組織にいるなら誰かの恋人なんでしょ?」
前から気になっていた事を尋ねると、途端にアネットの顔から笑みが消えて困ったように俯いてしまった。
「アネット…?」
「…そっか…さん聞いてないんだね、私のこと」
「え…?」
心配になり、顔を覗き込むと、アネットは思い切ったように顔を上げて私に微笑んだ。
「あのね、私は誰の女でもないの」
「…どういう…意味?」
笑ってるのに、どこか悲しげに見えるアネットは、軽く息をついて肩を竦めた。
「私は組織に雇われてる売春婦よ、さん」
「……っ?」
アッサリとそう告げたアネットに、私は言葉を失った。
まさか…だって彼女はまだ17、18歳だってメロが言ってたのに…
「私は…子供の頃からスラム街で暮らしてて…今のボスに15の時に買われたの。
それで気に入られて組織で雇ってもらったんだ。毎日2人以上は客をとって、それで稼いだ金は半分以上、組織に回る。
時々は組織の男達にお小遣いをもらって相手をする事もあるし、無理やりヤラれる事もあるけど、生きていくには組織に属してた方が楽なのよ」
もう諦めているのか、アネットはやけにサバサバした顔でツライ事を話している。
それを黙って聞いていたが、輝きを失った彼女の瞳が潤んでいる事に気付いて、私はハっと息を呑んだ。
「だから誰の女でもない…。そうねぇ…。言ってみれば私は…皆のものってとこかな?」
それでも明るく言葉を続けるアネットに胸が痛み、彼女を強く抱きしめた。
「え、…さん…?」
私が抱きしめると、アネットはかすかに声を震わせた。
抱きしめる腕に力を入れて、彼女のふわふわの髪をそっと撫でると、ピクリと体が動くのを感じた。
「…もういいよ。ごめんね?そんな話させちゃって…」
「…さん…」
彼女が生きていくには、こうするしかなかったんだろう。
誰も救ってくれる人なんていなかったんだろう。
そう思ったら堪らなく胸が痛んだ。
まだ十代という若さで、生きるために体を売らなきゃいけなかったアネットは、どれだけ汚いものを見てきたのか。
私が彼女の歳の頃には、両親はいなかったけど、それなりに守られてたはずだ。
私はキルシュに拾われ救ってもらった。
手を差し伸べる相手が違うだけで、こうも違ってしまうものなのか、と涙が零れた。
「な、泣かないでよ、さん…私なら平気だよ…?」
「…ん、ごめん…」
何故か彼女の方に慰められ、私は抱きしめる腕を放すと、涙を指で拭った。
するとアネットも涙を浮かべた顔で微笑み、「優しいんだね…」と私の手を握る。
「さすが、メロが大切にしてる人なだけあるな…」
「…え?」
「こんな風に…私を優しく抱きしめてくれた人は…初めてよ?」
アネットはそう言って、やっぱり泣きそうな顔でニッコリ微笑む。
「男なんてヤルだけヤったら後は金を払うだけ。抱きしめてもくれないからさ」
「…アネット…もういいわ…?」
つらくなって首を振ると、彼女はそれでも嬉しそうな笑顔を見せた。
「あ、でもね。メロは違ったの」
「…え?」
その言葉にドキっとして顔を上げると、アネットは頬を赤くしながら目を伏せた。
「メロは…入って来た頃から皆と違う雰囲気持ってて…気になってたんだ。で、誘われてもいないのに無理やり私から押し倒しちゃったの」
明るくそう話すアネットの言葉に、何故かズキンと胸が痛んだ。
「じゃあ…メロとも…?」
「うん。あ、でもメロは他の男と違ってヤった後も凄く優しいんだよ?言葉とか素っ気ないんだけど…必ず最後にキスをしてくれるの」
「……そう、なんだ…」
自分でも顔が強張るのを感じた。
メロが彼女と、と思うだけで何だか胸の奥が焼け付くような痛みが走る。
「だから…気付けばメロのこと…好きになってた」
「………っ?」
「でも、いつも誘うのは私の方からだったし、メロにはずっと忘れられない人がいるって分かってたから…」
アネットはそう言って顔を上げると、寂しそうな笑顔を見せた。
「まあ元々娼婦の私が人を好きになる事じたい間違ってるんだけどね!メロに好かれるはずないって分かってるのに…」
「アネット…」
キュっと唇を噛み締めるアネットを見て、ああ、彼女は本当にメロの事が好きなんだ、と思った。
言葉は強がってるのに、今にも泣きそうな顔をするアネットを見て、私はもう一度、彼女を抱きしめた。
メロは好きでもない女の子を抱いたりするはずがない。
きっと少しは彼女に気持ちがあったはずだ。
「メロは…昔から優しい子だったの…。だからアネットのことだって軽い気持ちじゃ――――」
「ううん…メロの気持ちは…知ってるんだ、私」
「…え?」
その言葉にドキっとして体を離すと、アネットはニッコリと微笑んだ。
「メロの気持ちは…最初から一つしかないの。その人にしか向かってない。何度メロが私を抱いたって、私は彼女に絶対に敵わないの…」
「…アネット…?」
(どういう、意味…?メロの気持ちって…メロに好きな人がいるとでも言いたいんだろうか…でもそんな話は―――――)
真っ直ぐに見つめてくる彼女に、何かが頭の中で弾けた気がした。
そんな私を見て、アネットはふっと笑みをこぼす。
「メロってば大切な人に大事な事は何も言ってないみたいね」
「…何の…話…?」
「メロの…好きな人の話よ?ずっと…前から好きだった人の話…もう随分と前からの…ね」
アネットの言葉は私の頭の中でぐるぐると回って、ある一つの答えを導き出した。
「じゃあ…メロの好きな人って…」
私がそう呟くと、アネットはやっぱり悲しげに微笑んで、「…さんだよ…」と小さく呟いた――――
静かにドアを閉めて、アネットは廊下に出た。
そして出た瞬間、大きく息を吐き出す。
結局あの後はも考え込む事が多くなって、それほど話も出来なかった。
「ごめんね…さん…」
本来なら他人が言うべき事じゃない事を伝えてしまい、アネットは少しだけ後悔していた。
でもメロの事を弟としか見ていない彼女がメロの気持ちを知ったら…。
もしかしたらメロの傍からいなくなってくれるかと、僅かな期待を持ったのだ。
そうすれば、あの蛇のように執念深い男も諦めるだろう、と。
だが、ふと先ほどに抱きしめてもらった時の温もりを思い出し、アネットはギュっと唇を噛み締めた。
「…ごめんなさい…」
もう一度そう呟くと、アネットはある部屋へ行くのに、ゆっくりと歩き出した。
「おう、どうだった?」
部屋に入るなりグレンはニヤニヤしながらアネットをベッドに押し倒した。
アネットもそれに抵抗するでもなく、無表情でグレンを見上げる。
「別に…今日も普通に話してきただけ」
「そうか…。まあ今のうちに仲良くなっておけ。お前にはやってもらわないといけない仕事があるからな」
アネットは獣のように舌なめずりをするグレンを見て、の優しい笑顔を思い出し胸が痛んだ。
このままグレンに協力すれば、きっとは傷つけられ、殺されてしまうだろう。
そして、その時、嘆き悲しむメロを、グレンは陰で笑うつもりなのだ。
「メロの奴、ボスに頼んで、自分の部屋に男は近づけさせないようにしてやがるからな…女のお前に手伝ってもらわねえと。
メロの女に心を開かせて、部屋から連れ出せるようにしとけよ?いいな?」
グレンはアネットの首すじを舐めながら、厭らしい手つきで胸の膨らみを弄った。
それに何の反応も示さず、アネットは黙って天井を見つめている。
「…おい…声、出せよ」
「…ねぇ、グレン…」
「…あ?」
不意に口を開いたアネットに、グレンは手を止め顔を上げた。
「どうしても…やらなくちゃダメ…?」
「何だと?まさかお前…今更やめたいって言うんじゃねえだろうな…」
アネットの言葉にグレンの目つきが変わった。
その凶器に満ちた目に、アネットはビクっとして慌てて首を振る。
「そ、そうじゃないけど…彼女を…どうする気…?」
恐る恐る尋ねると、グレンは口端を上げてニヤリと笑った。
「そりゃもちろん腰が立たなくなるまで思う存分犯して…その後は…」
「…その後…は…?」
「…そうされた事が分かるように殺して、メロの前に捨ててやるさ」
「……っ」
その時の事を想像し、興奮してきたのか、グレンはアネットの服をいきなり引き裂き、その滑らかな肌にしゃぶりついた。
「…ぁ…っ」
「ククク…その前にまずお前を可愛がってやるよ」
「………っ」
怖いくらいの不気味な笑みを浮かべるグレンに、アネットは抵抗する気も失せ、思い切り目を瞑る。
体を好き勝手に弄られながら、ただ頭に浮かぶのは、暖かいの腕の温もりと、メロのたまに見せる優しい笑顔だった――――
夜になって、やっとアジトに戻りロッドと話していると、後ろからドタドタと走る音がして、俺はチョコをかじりながら視線を向けた。
「ボ、ボス!!」
「何だ?静かにしろ」
いつものようにソファで女と寛いでいたロッドは、走りこんできた部下に思い切り顔を顰めた。
が、その男は慌てたようにロッドの前に来ると、
「すみません!ついエディと二人でウトウトしちまって、その隙に…タキムラがネクタイで自殺を…」
「…ああ?バカヤロウ!人質が死んじまったら何にもならんだろーが!」
部下の言葉にロッドは腹立たしげに怒鳴った。
が、俺はニヤリと笑い、「いや…それでいい…」と呟く。
「…あ?」
俺の言葉にロッドが顔を上げる。
ヒグチ…キラの能力を持っていた男…
そしてヨツバグループの躍進に伴う、様々な不自然な死…
もしキラがタキムラを殺ったんだとしたら…キラは顔も名前も分からぬ我々には手出しできず、タキムラの方を…?
ならばキラはこの誘拐を知ってた者…。
しかし…もちろん本当の自殺の可能性もあるが……
「おい、メロ…いいってどういう事だ?」
考え込んでいると、ロッドが訝しげな顔で俺を見上げている。
俺はパキッとチョコを噛み砕き、
「次は夜神総一郎の娘、夜神粧裕をさらえ」
と言って立ち上がった。
「しかし…キラも殺せなかったマフィアのボスの首を土産に入って来たほどの奴が、何故そこまでノートに拘るんだ?」
部下の一人がそう言うと、ソファで拳銃の手入れをしていたグレンが、ふっと笑みを浮かべた。
それを無視して、チョコを噛み砕くと、「ノートだけじゃない」とだけ応える。
「どういう意味だ?」
「…キラの首…そしてキラに関わらず邪魔な者は殺し、一番になる」
その言葉にロッドが楽しげに笑うと、ウイスキーをグイっと一気に飲み干した。
「ああ、メロの言うとおりだ。キラは邪魔だ。たとえ我々が組織として一番だろうと、キラがいる限り二番でしかない。
キラを殺るにはキラを知る…。キラの殺しの道具と同じ物があるなら、まずそこからだ」
ロッドの言葉に、グレンは面白くないといった顔で俺を睨む。
それに気付いたロッドは、鼻で笑うと、部下の顔を見渡した。
「メロの言うとおりにやっていれば間違いはないんだ。メロが来てから一度でも間違った事があるか?」
ボスの言葉に皆は急に押し黙り、互いの顔を見合わせている。
そんな奴らに苦笑すると、俺はもう一度、「夜神の娘をさらえ」とだけ告げ、そのまま自分の部屋へと向かった。
「はぁ…」
ここ最近は自ら動いているため、とあまり話せていない。
そう思って今日は早めに戻ってきたが、すでに夜中の12時をまわろうとしている。
もう寝てしまったかもしれない、と思いながら、静かに部屋のドアを開けた。
「あ、おかえりなさい…」
中へ入ると意外にも明かりがついていてがソファから立ち上がった。
パジャマは着ているが、本を読んでいたらしく、読みかけのそれをソファに置いて俺の方に歩いてくる。
「…遅かったね…」
「え、ああ…悪い…。ちょっと遠出してたから」
そう言いながらジャケットを脱ぐと、がそれを受け取りクローゼットへしまってくれる。
その様子を見ながら、何となくいつもと違う雰囲気を感じて首をかしげた。
「あ、そうだ…メロ、ご飯食べた?」
「…ああ…外で食ってきたけど…」
「そ、そう…じゃあ…紅茶でも淹れるね?」
「あ、おい…」
はそう言うと俺の横をせわしなく通り過ぎ、キッチンへと向かった。
やっぱり少し変だ、と思ったが、昼間はずっと一人なんだし、俺という話し相手が出来てテンションが上がってるだけなのかもしれない、と思い直した。
「あのさ…俺、もう少ししたら…って、これ…どうした?」
「え?」
冷蔵庫を開けると、買った覚えのないケーキの箱を見つけてに尋ねた。
が、はそれを見てハっと息を呑むと慌てたように視線を反らす。
その様子に嫌な予感がして、ゆっくりとの方に歩いていった。
「……部屋から出て外に行ったのか…?」
には危ないから部屋から出るなと言ってある。
が、は俺の言葉に首を振ると、「い、行ってない…」とだけ応えた。
「じゃあ…これは?」
少しだけ目を細めてケーキの箱を持ち上げてみせると、は観念したように口を開いた。
「それ…アネットがくれたの…」
「――はっ?」
思いがけない名前が飛び出し、ドキっとした。
出来れば男以外でになるべく関わって欲しくない相手だ。
「…アネットって…アイツ、ここに来たのか…?」
「…うん…」
は叱られた子供のように上目遣いで俺を見て頷いた。
その可愛い表情にドキリと胸が鳴り、ホントに年上なのか?と言いたくなる。
が、その前にアネットが何の用でに会いに来たのかが気になった。
「で…部屋に入れたのか?」
「…だ、だって…」
「誰が来てもドア開けるなって言ってあっただろ」
溜息交じりでそう言うと、は僅かに唇を尖らせ顔を上げた。
その顔も確かに可愛いけど、何だか地雷を踏んだようで怖くなり、一歩後ろに後ずさる。
「な、何だよ、その顔…」
「メロはいいわよ…好きに出かけてくんだから…」
「…え?」
「で、でも私は昼間はずっと一人で凄く暇なんだから…。だからアネットが来て話し相手になってくれてるのっ」
はそう言って怖い顔をすると、今度は頬まで膨らませて俺を睨んでいる。
そんな顔で怒られてもハッキリ言って可愛いだけで怖くも何ともない…が、に怒られるのは昔から苦手だった。
「…それは分かるけど…さ。だいたい…アイツと何を話す事がある?とアイツじゃ話なんて合わないだろ?」
「何それ…。それって私が彼女よりオバサンだからって言いたいわけ…?」
「は?ち、違うって!そんな意味じゃ…」
ますます目を細めて唇を尖らせるに、俺はガラにもなく焦ってきた。
他の女なら怒鳴って終わりだが、にだけはそんなこと出来ない。
「俺が言ってるのは、そう言うことじゃない。そんな怒るなよ…」
「怒ってないもん…」
「怒ってるだろ?もういいよ…」
そう言って溜息をつくと、ケーキの箱を冷蔵庫に戻そうとドアを開けた。
「で、アイツと何話した?」
に背中を向けたまま何気なく問いかけた。
が、一瞬の沈黙の後、ポツリと「彼女の生い立ちや仕事のこと…」と呟くのを聞いて、ウッカリ手を離してしまった。
ドサッ
「ああ!」
「あ…」
ビクっとしてケーキの箱が床に落ち、嫌な音を立てたのを見て、が悲しげな顔で俺を見た。
「ま、まだ3つも残ってたのに…っ」
「わ、悪いっ」
そう言って慌てて箱を拾うと、すぐに中身を確認してみた。
すると案の定、ケーキは傾き、無残にも形が崩れてしまっている。
「あぁ…」
「わ、悪い…」
の悲しそうな顔を見て頭をかくと、は俺の手から箱を奪い、「私の苺のケーキが…」と呟いている。
その表情があの人と重なり、つい噴出しそうになったが、ここで笑えばまた怒られると、グっと我慢した。
「あ、明日また俺が買って来てやるよ…」
何だか瞳をウルウルさせながら俺を見上げるに、そう言って謝った。
そこで、ふとはケーキが大好きだった事を思い出す。
そう…は何から何までLと似通っていた。
「もういい…アネットにはメロが謝ってよね…」
「え、何で俺がアイツに――――」
「…何?」
「い、いや…分かった…」
ジロっと振り返るに「う、」と言葉がつまり、素直に頷く。
何だ…?今日はちょっと機嫌が悪いな…
部屋にこもっているから、そろそろストレスが溜まってきたか?
そんな事を思いながら、悲しそうにケーキの箱を冷蔵庫に戻しているを見た。
心配しすぎだとは分かっているが、やっぱり一人で残すのが心配で、つい大げさなほどに彼女を皆から遠ざけている。
確かにアネットみたいな同姓なら部屋で話すくらい許してもいいが…
何せアネットに色々と世話になってるから、その辺はにバレたくない、とも思う。
だから必要以上にアネットはから遠ざけたい存在でもあった。
でもアイツの仕事の話を聞いたなら、もうバレてる可能性も――――
「ねぇ…メロ…」
「…ん?」
少し動揺して頭の中であれこれ考えていると、が不意に立ち上がり俺を見上げた。
彼女の瞳は何となく真剣で、少しドキっとする。
「…メロはアネットのこと…どう思ってる?」
「…あ?どうって…別に…」
「ホントに?可愛いなぁ…とかくらいは思ってるんでしょ?」
「…はあ?何言ってんだよ…。そんな風に思った事なんかない」
の様子に鼓動が早まる。
何でこんな質問をしてくるのか、よく分からなかったが、やっぱりアイツに俺との事を聞いたのかもしれない、と不安になった。
「…何でだよ…。アイツに…何か言われたのか?」
そう言ってチョコを咥えながらソファに座ると、は何か言いたげな顔で隣に座った。
「だから…ほら…アネットとメロはその…」
「……何だよ…」
一気に鼓動が早まる。
やはり、この顔は聞いたのかもしれない。
はなかなか言い出せないのか、かすかに視線を泳がせてモゴモゴと口の中で呟くだけだ。
「…?」
そっと顔を覗き込むと、至近距離で目が合った。
一瞬、ドキっとしたが、の方も同じような顔をして、慌てて体を離す。
「何だよ…」
「だ、だから…メロはアネットと…そういう…関係…なんでしょ…?」
「………」
今度は俺が視線を泳がせる番だった。
内心、舌打ちをしながら、そんな事をペラペラとしゃべったアネットに多少なりとも苛立ってくる。
勝手かもしれないが、やっぱりには、俺が遊びで女と寝るような男だなんて思われたくない。
いや実際には彼女に会う前の俺はそうだったが。
「…好き…とか思ったりしないの?」
はまだそんな事を聞いてくる。
いったいアネットから何を聞いたんだろう、と不安になってきた。
「なるかよ…。アイツの仕事聞いたんだろ?その一環でそうなっただけで俺は別に…」
いつもより口数が多いのが自分でもよく分かる。
ペラペラと口が回るのは、やっぱり動揺してる証拠だろう。
そんな俺をは少しだけ怖い顔で見上げた。
「…お金で…ってこと…?」
「…ああ」
「少しも好きとか思ったりは…?」
「一度もないね」
少し素っ気ない言葉になるのは、早くこの話題から逃げたかったからだ。
それにが何故、そんな事を気にするのかが、良く分からない。
好きで抱くのと、金で抱くのとじゃ、かなり違うし、は俺に金で女を抱くような男になって欲しくなかった、と責めているんだろうか。
「アネットに何を聞いたか知らないが…俺に特別な感情はなかったよ」
「…メロ…」
「軽蔑…したか?」
スッパリ認めたくせに、嫌われるのが怖くて、ついそう問いかけていた。
でもは目を伏せて小さく首を振る。
それを見て、心の底からホッとした。
「でも…何でそんなにアネットの事を気にするんだ…?」
ホっとしたのと同時に、そんな疑問も浮かんでくる。
俺が誰と寝ようが、にとっては関係のない話だろうし、まして嫉妬とかするはずもない。
でも…少しは妬いて欲しい、なんて、俺の我がままなんだろうな。
「…アネットは…メロのこと好きだって…」
「……え?」
いきなり呟くにドキっとした。
そう言えば、この前そんな事をアネットが言ってたな、と思い出す。
「だから…もしメロもそうならって思っただけ!」
「あ、おい――――」
はそう言うとソファから立ち上がってキッチンへと歩いていく。
その様子が少しイライラしてるように見えて、俺も立ち上がった。
「おい…?」
「…何?」
「…怒ってんのか?」
「べ、別に怒る理由ないわ?」
「でもさ…声が怒ってる気がするんだけど…」
そう言っての隣に立ち、顔を覗き込む。
でもは視線を合わせてもくれず、黙々と紅茶葉にお湯を落としている。
そんな彼女を見て、
「ああ、もしかしてヤキモチ妬いてんのか?」
なんて、おどけてみた。
もちろん本気でそう思ってたわけじゃない。
少しでも空気が和めばと思っただけだ。
それなのに俺の一言での頬がかすかに赤くなった。
「そ、そんなはずないでしょ?はい、紅茶!」
「え、ああ…」
熱いカップを胸に押し付けられ、慌ててそれを受け取ると、は俺に背を向けて黙って紅茶を飲んでいる。
その後ろ姿が何となく照れているような気がして、声をかけられなかった。
"メロも男なんだなって実感しただけ"
ふと、この前、に言われた事を思い出し、胸の奥がかすかに鳴った。
もし…少しでもが俺のことを意識してくれるんだったら…それほど嬉しい事はないのに。
もし、君をこの腕に抱く事が出来るなら――――
空が怖くても花が枯れても、僕は歩き続けるだろう
今回はちょっと軽めでお届けです。
いやメロがいつにも増して似非キャラに…
ちょいと焦るメロとか描いてみたかったのですが…(撃沈)
この作品にも嬉しいコメントを頂いております。ありがとう御座いますー<(_
_)>
:::::::::::::::RES::::::::::::::::
●ヒロインの気持ちすごいわかります・・・!!でも私自身メロの方が好きになっちゃいました!!
(ヲヲ☆メロの方が好きになっちゃいましたか!そう言って頂けると嬉しいです(*・∀・`)ノ)
●メロにこんなに大事にされるなんて夢みたいですvv
(ああ、メロに大事にされたり守られたりしたいですねー(* ̄m ̄))
●こんなに切なくなったのは初めてです
(せ、切なくなっちゃいましたか;何だか初めては何でも嬉しいです!(オイ))
●メロの一途さに心臓もっていかれそうなくらい(笑)、切なくなります><w
(うほぅ♪心臓もってかれそうだなんて!それは感激ですよー(*・∀・`)ノ)
●メロの雰囲気が原作そっくりですごく嬉しいです!夢を読んで泣いたのは久しぶりでした。
(げ、原作にそっくりですか?!似非だと思って描いてたんですが、そう言って頂けて嬉しいです!)
●夢小説を読んで泣いたのは初めてです。
(ヲヲ…泣いたのは初めてだなんて、また「初めて」というお言葉を頂いちゃいまして最高です(>д<)/)
●此処の小説でメロがもっと好きになりました!ありがとうございます!
(当サイトのメロ夢でもっと好きになっただなんて凄く嬉しいです!)
●メロの優しさが好きで、何よりヒロインの気持ちにすごい感情移入できたので。
(ヒロインの気持ちに感情移入して頂けて嬉しいです!)
●すごく面白いです。いつも楽しく読ませていただいてます。
(お、面白いだなんて嬉しいお言葉ありがとう御座います〜(*・∀・`)ノ)
●『眠れない日に見る時計』とってもおもしろいです!ストーリーとかスゴイいいと思います!!
(ひょー;;ストーリーいいですか?ちょっと暗めかなぁと心配しつつ始めたのですが、そう言って頂けると嬉しいですw)
●メロにこれでもかというくらい想われてるかんじが好き!
(私は愛されヒロインしか描けない体質なので(笑)どっぷり愛されちゃって下さい♪)
●これぞ求めていたメロだったんで(笑)
(おぉー!そんな求めてただなんて(●ノ∀`)照照(違))
●切なくて甘い・・・そんなストーリーで、大好きですv
(大好きなんて嬉しいです〜v今後も切ない甘めでがんばりますね!)
●いつも楽しく読んでいます。切なく、胸がしめつけられるようでした・・・・
(そんな風に言って頂けて嬉しいです!今後も頑張りますねw)
●メロとLの2人とも大好きなので、あの2人に愛されてる感が堪らなくイイです!!!特にメロがカッコ良すぎ!
(二人から愛されたいと言う願望で描いております(え)カッコいいなんて言ってもらえると励みになります!)
●小説すごく面白いですっ(^д^)。と、言うか、心に響きます、メロカッコイイしヒロインも良い性格だと思います。
今までいろんなサイトを読みまわっていましたが、ヒロインの印象がこんなによかったのゎココが初めてですっ。
長く続きますようお祈りいたしますっ。
(心に響くだなんて嬉しいです!しかもヒロインをお褒め頂けて感激!今後も頑張りますね(*・∀・`)ノ)
TITLE:群青三メートル手前