STORY.24 どうかきみに、この世界のすべての幸せが集まりますように 










冷たい風が吹き付け、髪をさらっていく。
車のボンネットに座り、空の向こうに飛んで行く飛行機を見上げながら、小さく息をついた。


「本当に…これで良かったの?」


その声に振り向くと、ハルが心配そうな顔で車から降りてきた。
彼女には全て、自分の気持ちは話してある。
だからこそ、協力してくれた。


「ああ…別にこれが永遠の別れって事でもない」
「でも…危険なのには変わりないわ」
「分かってる。でもあのニアが本気を出してるんだ。奴と張り合ってたオレとしては最後まで見届けたい。それに―――」
「…それに?」
「…Lの為にも…の為にも、オレは結末を見届けなくちゃならないんだ」
「彼女に嘘をついても?」
「ああ…」


もう一度、空を見上げた時には、すでに飛行機は見えなくなっていた。
今頃、ロンドンに向かって飛んでいるんだろう。
眠ってしまった、彼女を乗せて―――


飛行機を降りる際に、マットに睡眠薬を渡しておいた。
オレが戻らない事に気づき、が追いかけて来ないよう、マットに頼んだのだ。
ロンドンにつく頃には、きっと目が覚めるだろう。


「…行こうか」
「ええ…」


冷たい風に顔をしかめながら、車に乗り込むと、ハルはすぐにエンジンをかけた。


「ホテルを用意してあるの。28日まで、そこに隠れていて」
「ああ…分かった。何から何まで…悪かったな」
「いいのよ」


ハルは軽く苦笑すると、少しづつ車のスピードを上げていく。
それ以上、何もいう事なく、窓の外に顔を向けると、どんよりとした空を見上げた。
あと二日で、この世界の未来を救えるかどうかが決まるのだ。


…ごめんな…全てが終わったら…すぐに会いに行くから。


不意に彼女の笑顔を思い出し、心の中でそう呟いた。
正直、と再び離れる事はしたくなかった。
そして彼女にもキラの最後を見せてやりたかった。
でも…少しでも危険な場所から彼女を遠ざけたい。
顔も名前も知られている彼女を、あいつに会わせるわけにはいかない。
オレ達と行動を共にしているとバレれば、キラも黙ってはいないだろう。
ノートの存在を知る彼女は、キラにとって邪魔な存在だ。
だけは、オレが守らなければならない。
Lの為にも―――















部屋の空気はどんよりとしていた。
と言っても、その重たい空気の原因は私で、目の前にいるマットはさっきから困ったように俯いている。
でも、だけど。
いつの間にか眠らされていて、目覚めた時にはメロはいない、なんて、どう考えてもひどい話だ。


「な、なあ…そろそろ機嫌直してくれよ…メロだって仕方なくした事なんだし―――」
「だからって一言の相談もないのよ?!マットもグルになって!」
「グ、グルって……でも言えばだって残るって言うだろ…?」
「当たり前じゃないっ。メロだけキラの元へなんか行かせない」
「ほら見ろ。だからメロだって―――」


そこでマットは言葉を切った。
私の頬に、ポロポロと零れていく涙を見て、申し訳なさそうに頭をかいている。


「騙したのは…悪かったよ…。だけど…メロの気持ちも分かってやれよ…の事が大切だからこそ―――」
「分かってる…!」
…」
「分かってるわよ…メロの気持ちくらい…。でも…じゃあ私の気持ちは…?大切な人の事を心配する気持ちは同じよ…」


そう言いながら顔を両手で覆う私を、マットは優しく抱き寄せた。
少し華奢な胸に顔を埋めると、かすかに煙草の香りがする。
こんな時なのに、大人になったんだ、なんて実感して、マットの背中を軽く叩いた。


「…ごめん。マットに文句言っても仕方ないわね…」
「いいよ…。オレは二人の気持ち、どっちも分かるしさ」
「……ホント、大人になっちゃって」
「え?」
「何でもない」


私の気持ちが落ち着くように、背中を擦ってくれるマットに苦笑しながら、ゆっくりと身体を離した。
二人で生きてイギリスに戻ってこれた事だけでも、よしとしなければ。
マットだって、あれ以上日本にいれば、高田アナ誘拐犯として捕まってしまう恐れもある。


「…ここに…いればいいの?」
…」
「ここにいれば…メロは迎えに来てくれる?」


ここはロンドンのホテル。
着いてすぐ状況を理解した私は、すぐ日本に引き返そうとした。
そんな私を必死で宥め、マットがここへ連れてきてくれたのだ。


「いや…ここで一泊して…明日にはハウスへ戻ろう」
「…え?」
「明日は…キラとの対決が待ってる。オレ達がハウスへ戻る頃には…全てが終わってるよ」


マットは優しく微笑むと、私の頭にポンと手を乗せた。
ハウスへ戻る…
それは私にとっても、特別なものだ。


「メロがそう言ったの…?」
「ああ。皆にもの無事な姿を見せてやれって」
「……そう…」


メロのその優しさに、胸が痛くなった。
Lが死んでから、私はハウスへ戻る事もなく、アメリカ各地を転々としていた。
ハウスの皆は、きっと私がどこかで死んだと思ってるかもしれない。
でも、辛かったのだ。
Lとの思い出、全てが、あの場所にある―――




「…大丈夫?」


マットが静かに口を開いた。
きっと私の気持ちを分かってるんだろう。
ハウスへ、帰りたくても帰れなかった、私の思いを…


「大丈夫…私も、ハウスに…帰りたい」


いつも笑顔でいっぱいだった、あの場所へ。
私の、故郷へ。


「帰ろう……それで…皆と一緒にメロを待とうぜ」


僅かに俯いたマットの目には、かすかに涙が光って見えた。
私の中の思い出と、彼らの思い出は同じだから。
Lを失った痛みさえも。


メロ…どうか無事に帰ってきて。
私は、あの場所で、あなたを待ってるから…


そう思いながら、目の前で俯いているマットの頭を、昔のようにそっと撫でた―――




















2010年1月28日、午後1時――大黒埠頭YB倉庫。
そこでキラとの最後の決着をつける。


バイクのエンジンを切り、倉庫の裏へ止めると、目の前の海を眺めた。
良く晴れた冬の午後。
それでも海から吹き付ける風は相変わらず冷たい。


(イギリスもかなり寒いが…日本の冬は更に寒いな…)


顔を隠す為のヘルメットも、この寒さならちょうどいい。
携帯の時計を確認すると、まだ時間まで少しある。
ニア達はすでにこっちへ向かっていると、先ほどハルからも連絡があった。


後ろに聳える倉庫を見上げる。
これからキラとの対決を迎える場所にしては、少し殺風景な場所だ。
でも、それでいいのかもしれない。
この世界をあっと言う間に支配した"キラ"という殺人鬼。
最後は、こんな外れの埠頭で静かに幕を引けばいい。


その時、手の中の携帯が僅かに震えた。
みればメールを伝える着信が入っている。
メッセージはマットからで、"無事に到着。朝一で故郷に帰る"というものだった。
という事は、とマットも無事にロンドンへ着いたらしい。
日本とは9時間ほどの時差があるから、向こうはこれから28日の朝を迎えるはずだ。


は…怒っていただろうか。
マットにはなるべく短く要点だけを送れと言ってあるから、このメールからじゃ彼女の様子は伝わってこない。
でも、もし怒っていたとしても、きっとマットが説得してくれたんだろう、とひとまずホっとした。
今日、全てが終われば、オレもあの場所へ帰れる。
その時は、を二度と一人にはしない。


「L…そこで見てろよ…?」


冬の、雲一つない空を見上げ、そう呟く。
この空のはるか頭上で、Lが見守ってくれている。
そんな気がした。


「―――」


その時、車のエンジン音が聞こえ、ハッと息を呑んだ。
ゆっくりと音のする方へ歩いて行き、相手からはバレないよう覗いてみれば、黒塗りの車が静かに停車し、中からハル、そしてSPKの仲間達が降り立った。
その中には日本警察の模木もいる。(ニアが弥と一緒に拉致したという事だった)
そして最後にゆっくりと下りて来たのは……


「ニア…」


いつものように背中を丸め、皆の先頭を歩いていくと、何の躊躇もせず倉庫の中へと姿を消す。
その後からついていく奴らを見ていると、一番後方を歩いていたハルが僅かに視線をこっちへ向けた。
そして小さく頷いてみせると、皆に続き中へと入っていく。
それを確認したオレは、再び時計を見た。


午前12時54分――


もうすぐ、夜神ライト……キラがやってくるはずだ。


そう思った時、白い車が埠頭へと入ってくるのが見えた。


「…キラ…」


冷静なはずが、その姿を見た時、鼓動が早まるのを抑えられなかった。
倉庫から少し離れた場所に止まった車から、見知った顔が次々に降りてくる。
偵察に行くのか、まず相沢と松田という男が倉庫へと歩いていく。
そしてすぐ戻ってくると、車の中にいる人物に何かを伝えているようだ。


「慎重な奴だ…早く…出て来い、夜神ライト…」


少しイライラしながら待っていると、少ししてドアが開いた。
相沢、伊出、松田が再び下りてくる。
そして最後に降り立ったスーツ姿のスラリとした男……


「……夜神…ライト…」


この男が"二代目L" そして本物のキラ―――!


強く唇を噛み締める。
あの男が、Lを殺し、を苦しめ続けた"死神"…
その姿を目の当たりにした時、心の奥に燻っていた感情が、どろどろと流れ出してくるのが分かった。
当の本人はこっちに気づきもせず、颯爽とした足取りで捜査官達の後から歩いていく。


(夜神…そうしていられるのも今のうちだ…)


4人は連れ立って歩いて行くと、ドアの前で一言二言、言葉を交わした後、倉庫の中へと入って行った。


(これで全員、中へと入った…)


時計を見ればジャスト午後1時。
ここからは本当に引き返せない。


「残るは…あと一人、か…」


空を見上げると、青空の合間から薄っすらと白い月が、こちらを見ている気がした―――




















倉庫の中は騒然としていた。
皆が揃った後、30分待ち、ニアがつけていた面を外してからは彼の声だけが響く。
この後から来る人物を待つというニアの説明に、日本警察の人間も驚いているようだ。


「ワケが分からない…何を言ってるんだ?ここにその第三者がノートを持ってのこのこやって来て、我々を殺すというのか?」
「そしてそれを黙って見ていろ、と?」


松田、伊出が反論するかのように凄むと、ニアは冷静な声で、「そうです」と告げた。


「バ、バカげてる!それじゃキラの思う壺…どちらにしろ我々は負けじゃないか…!」


伊出が声を荒げた。
それでもニアは動じる事もなく、自分に似せた指人形を摘んで指にはめている。


「いいえ――勝ちます。私の言うとおりにして頂ければ、必ず勝ちます」


その確信にも似た一言に、皆が互いに顔を見合わせる。
だがハルだけは入り口に視線を向け、もうすぐ到着するであろう人物の気配がないか、探った。
そして外で同じように、その人物を待っているメロの事を考え、ニアに視線を戻す。


ニアとキラとの最終対決。
これを見届ける為に、敢えて大切な人から離れ、日本に残ったメロの気持ちを、ハルは理解していた。
だからこそ、ニアには内緒で、この場所の事も伝えたのだ。
本来なら、メロは彼女と一緒に、イギリスへ帰すという計画だった。
でもメロの気持ちを聞いた時、どうしても断る事が出来なかったのだ。
ニアの計画はきっと上手く行く。
傍で見ていたハルには、その成功が見えていた。
きっとメロもそれを見て満足してくれるはず…
そう信じていた。


「いいですか?あのドアからその者が入ってきたら、そのまま迎え入れ、ドアが開くだけなら気づかぬフリをして下さい」
「バ、バカな……そんな事…」
「…………」
「…二ア…これでは、まるであなたがキラ…ノートの存在を知る者、全てが集まろうと言ったのはあなた、そして皆の名前を書かせようと言っている。そう思われても…」


ニアの提案にたまらず相沢が口を挟んだ。
が、その後、軽く生唾を飲むと、


「しかし……私はあなたの言うとおりにしよう…」
「ちょ、相沢さん、意味が…っ」


相沢の言葉で松田は驚いたが、それに続くように「私も…」と模木までが相沢の意見に賛同した。


「模木…」


その言葉に伊出も呆気に取られる。
が、その瞬間、ニアが顔を上げた。




「―――もう、来てます」


「えっ?」


「――――ッ?!」




その一言に、皆の顔色が変わった。
それまで暗かった倉庫内に、一筋の光が伸びている。
それはドアが僅かに開いている証拠だ。


「…………」


誰も、一言も話さない。
そんな中、ドアの外から、男の声が僅かに聞こえてきた。




「―――削除」



「―――ッ!」




その瞬間、松田が胸元から銃を抜いた。


「ダ、ダメだ…!もし本当にノートに名前を書かれていたら…みすみす―――」
「動かないで下さい!」
「…な…何をバカな…ッ」


松田の行動に、SPKの3人も銃を抜き、それを松田に向けた。


「大丈夫です。死にません。そのままでお願いします」


そこへニアの静かな声が響く。
彼の表情は普段と変わりなく、顔色もいつものままだ。


「大丈夫です。名前を書かれても死にません。そしてこれで誰がキラか、ハッキリします」
「し、死なないと何故…言い切れるんだ…?」


相沢の問いに、ニアはノートの形をした小さな駒を摘み、「ノートに細工しました」と言った。


「直接ノートに接触し、ページをさしかえました。今、外にいる…キラの裁きをしていた者はきっかり1日1ページ書き込んでいる。なので書き込まれても死なないよう、今日の分からページをさしかえたんです」
「さ、細工?!」
「直接、接触…そんな事を?!」


松田と相沢は信じられないといった表情で声を上げた。
それでもニアは表情を崩す事なく、頷いてみせる。


「今、外でノートに名前を書き込んでいる者は、私達が死んだかどうかを伺う為に、もう一度中を覗きます。捕まえるのはその時でいい。そこで押収したノートに名前がない者がキラです」
「……た、確かに…名前を書かれていない者がキラとなるが…」
「し、しかし…」


どうも納得のいかない二人は冷や汗をたらしつつ、顔を見合わせる。
それでも一人だけ、普段と同じように冷静に状況判断をしている者がいた。
夜神ライトは誰にも気づかれないよう、静かにほくそえむ。


思い通り―――!
ノートに細工…僕は知っていた。
ニア……お前の完全な負けだ。
お前の敗因は、キラ事件の収拾ではなく、僕に勝つ事―――
確たる証拠を僕に突きつける事に、拘った事…


夜神ライトは笑い出したいのを何とか堪え、銃を突きつけあっている両者を見た。


外では今頃、魅上が名前を書き終わっている頃だろう。
が…お前が細工したのは魅上に用意させた偽物!
そして今、魅上が名前を書き込んでいるのは、今日まで隠させていた本物なんだ…!


ライトは心の中で勝利を確信していた。


魅上には偽物を作らせ、毎日のようにチェックさせていた。
ページのさしかえをすれば、優秀な魅上は当然気づく。
魅上から"それ"を「確認した」という連絡を、高田を通し受けた時点で勝負はついていた。
お前が言ってきた"28日午後1時"。
これはもう動かせない。
ノートが本物だと思っているお前からすれば、日が延び、細工したページに裁きの名前が書き込まれたら書き込まれた者が死なず、細工がバレるからだ。
…メロが高田を浚った時、一瞬、事の意味を考えたがすぐにメロの単独行動と分かった。
メロのあの行動はお前にとって何の有利にも働かない。
いや、迷惑極まりなかっただろう。
あれはメロの大失態でしかない。
ただニア……お前にも勝つチャンス…いや、ここで負けない方法があった。
お前は甘い…… Lより、はるかに劣る…
Lなら必ずノートが偽の可能性に気づき、試していただろう。
その機会はあった。
ノートに細工する時、ページを切り取る前に、そのページに誰かの名前を書き込む…
それだけでいいんだ。
そうすれば、お前はノートが偽と気づき、違う策をとれた…
人の命…悪人でいいじゃないか。
一人や二人、犠牲にして確かめるべきなんだ。
全くお前にはガッカリだ…張り合いがなさ過ぎる。
お前は美しく勝とうとしすぎた。
……まあいい。
お前のせいで、皆が死ぬ。
そして、僕の、キラの、完全なる勝利―――


ライトは僅かに笑みを浮かべると、ゆっくりと顔を上げた。そして―――




「外にいる者―――」
「―――ッ?」
「ノートに名前を書いたんですか?」


ライトの一言に、松田達は驚いたように顔を上げた。
それを気にもしないように、外にいる人物に話しかけるライトを、ニアは黙って見ている。
その時、ドアの外から、弱々しい声が返ってきた。


「…はい…書きました…」
「………ッ?」


その返答に松田と伊出が息を呑む。
が、逆にライトは口元が緩むのを必死で堪えていた。


「おかしいですね」
「―――ッ?!」


それまで黙っていたニアが、ボソっと呟き、ゆっくりと顔を上げた。


「何故、あなたの"書いたんですか?"に、素直に"書きました"と答えるんでしょう」
「…さあ?正直者…いや何か余裕があるのか?もしかしてあなたの策が見抜かれていて…」
「えっそれじゃ僕達ヤバイっすよっ?」


ライトの言葉に松田が青くなる。
その時ニアはドアの方に顔を向け、「魅上照。もし良かったら中に入ってきてくれませんか?」と声をかけた。


「魅上照。あなたがキラの今の裁きをしているのは分かっています。名前を書いたのなら、もう怖くはないでしょう。どうぞ中へ。それともキラに入るなと?」
「魅上照?そうだ。隠れてないで中へ入って来い」


ニアに続き、ライトも澄ました顔で言葉を続ける。
すると、僅かに開いたままのドアが、重そうな音を響かせながら、少しづつ開いて、外の光が一気に中へと差し込んだ。
その光を背に浮かび上がったのは、ノートを大事そうに抱えた一人の男だった。




「神……仰せの通りに―――」




男は、夜神ライトの方へ、そう言葉をかけた―――
















その男が歩いてくるのが見えた時、オレは奴こそが、ニアの言う"Xキラ"だと確信した。
全身、黒づくめの男はドアの前に立ち、中を伺うようにしている。
その腕には見覚えのある黒のノートを大事そうに抱えていた。
ここからなら十分に射程距離に入る。


(…いや…まだダメだ…)


かまえた銃を下ろし、軽く息をつく。
ハルから聞いたニアの計画は、あの男に"全員の名前を書かせる事"だ。
あの殺人ノートが上手くすりかえられていればいいが、とにかく今は邪魔できない。
が、危険だと分かれば、すぐに援護出来るよう、心の準備だけはしておいた。
それに……あの男は"死神の目"を持っているという。
迂闊に近づけば、こっちも危ない。


「―――ッ?」


ドアの前にいた男が、突然その場にしゃがんだと思えば、徐にノートを開き、何かを書き込み始めた。
思わず銃を構えなおしたが、引き金を行くわけにはいかない。


「クソ…本当に大丈夫なんだろうな…」


ハルからこの計画の事を詳しく聞いたのは夕べだった。
最初のすりかえは上手くいったようだったが、夜神ライトもバカではない。
ニアの考えを見透かすように同じ手を打っていたらしい。
そこで振り出しに戻り、再準備を余儀なくされたようだが、それが上手く行っていれば、もしくは―――


(書き終わったか…)


一心不乱に書き続けていた男、魅上がふらふらと立ち上がったのを見て、オレは銃を下ろし、軽く息をついた。
中ではどんな会話が繰り広げられているのか。
そう思った瞬間、魅上がドアを開けようとしているのが見えて、ギクッっとした。


「アイツ…中へ入る気か…?」


ノートを抱え、ゆっくりとドアを開けながら、魅上は笑みすら浮かべている。
それを見て、中の様子が気になった。


(ニア……)


魅上が中へ入ったのを確認し、オレはそっとドアの方へ歩き出した。
奴が中へ入ったという事は、夜神が本性を現したという事かもしれない。
鼓動が次第に早くなっていくのを感じながら、らしくない、と失笑が漏れた。
一歩、また一歩、近づく。
もう少しで、キラとの戦いが終焉を迎えるのだ。


L………もうすぐ…全てが終わる―――


二人の笑顔が浮かんでは消える。


オレは、逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりとドアに近づいて行った―――















「一番は―――この状況を生み出した、メロのおかげです」



中から聞こえてきたのは、オレがガキの頃から追い続けていた、憎たらしいくらいに冷静な、ニアの声―――
その言葉を聞いた時、ハッと息を呑み、足を止めた。


「もしかしたら…メロは分かっていたのかもしれない…」
「―――ッ?」
「ニアが"近々決着をつけると言っている"と私は…メロに伝えましたが…ずいぶん長く黙ったまま。その後に一言だけ…"オレがやるしかないか"と…」


ハルが小さな声で言葉を続ける。
そうだ、あの時、オレは確信がもてなくて…高田を浚う事を決めた。
そうする事で、何らかの動きがあれば、と、ただ漠然とそう思っただけ。
が、夕べ聞いた話だと、少しは役に立ったらしい。


「我々がノートに細工し、それが偽物である可能性…そこまで考えが及んでいたかは分かりません。ただ…」


ニアはそこで言葉を切り、小さく息をついた。


「自分が動き、私の先を行く事を常に考えていたのは確かでしょう……しかしメロの行動はそれだけじゃない…もし私を越せなくとも……越せなくとも…」
「………っ?」


ニアの言葉が僅かにつまる。
かすかに声が震えたようだった。


「メロはいつも一番になる、私を超え、Lを越す…そう言ってましたが…分かっていたんです。私はLを越せない事を…
もしかしたら私は行動力にかけ、メロは冷静さにかける…。つまり互いが互いの目標とする者を越せなくとも……」


言葉が途切れ、かすかに鼓動が早くなる。





「二人ならLに並べる。二人ならLを越せる」



「――――ッ」



「そして今――"私達"はLが証拠を挙げられなかったキラに…Lが敗れたキラに…確たる証拠を突きつけている!」





ニアの、確信を持った言葉が、胸に響いた。




「言い逃れられるのなら、言い逃れてみせてください」



「――くっ」




ゆっくりと中を覗けば、中央にニアが座っているのが見えた。
魅上はすでに拘束されていて、夜神はドアの近くで、青い顔をしながら拳を震わせている。
そして突然その場にうずくまると、身体を小刻みに震わせた。


「ふ…ふふ…ふふふ…ふははははは…っ!!」
「―――ッ!」


夜神の高笑いが倉庫内に響き渡り、その場にいた日本警察の人間達は、驚愕の表情で唖然としている。
それを見ながら、夜神がフラリと立ち上がった。




「……そうだ―――僕が、キラだ」


「――――ッ」




その静かすぎる自供に、日本警察の者は真っ青な顔になり、ニアは確信を得た笑みを浮かべた。


「ならば、どうする。ここで殺すか?」


開き直ったのか、夜神は笑みさえ浮かべながら、全員を見渡した。


「いいか。僕はキラ…そして―――新世界の"神"だ」


得意げに言い放った言葉に、さすがのオレも寒気が走る。
この男、まともじゃないと思っていたが、ここまでとは…


夜神は理想の世界を淡々と話し出し、自分のやっている事は全て正義だと訴えた。


「ニア…ここでキラを捕まえてどうなる?お前が嬉しいだけじゃないのか?それはお前のエゴでしかないんじゃないか?」
「……………」
「Lの仇というならば――それこそ最も愚かな行為だ」
「―――ッ」


強く、唇を噛み締めた。


「お前が今、目にしているのはキラだが……新世界の神だ」


この男は、もうダメだ。
自分のしてきた事を正当化し、それを正義だと勘違いしている。
でも夜神……お前は―――




「いいえ。あなたは―――ただの人殺しです」


「――――?!」


「そしてこのノートは、史上最悪の殺人兵器です」




ニアの静かな言葉が、夜神を一喝した。
それはオレと同じ思い……Lと同じ―――"正義"だった。


夜神がどれだけ能書きを垂れようと、オレ達は決して、キラを認めたりしない。


「私もあなたと同じです。自分が正しいと思う事を信じ、正義とする」


ニアの言葉に、夜神は不意に黙り込んだ。
ひどく冷めた目で、目の前に揃う捜査官達を見ている。
嫌な、予感がした。
こういう人間は自分の事しか信じない。
そして、追い込まれた時、必ず悪あがきをするものだ、と、オレは知ってしまっている。
オレ自身、自分の正義を貫く為、裏の世界へ足を踏み入れた事もあったからだ。
そして、そこで知ったのは、全てがニアのいう"勝利"で決着をつけられないという事。
いつも冷静な人間は、時として驚くほどの行動、そして凶悪な顔も見せる―――


夜神は何か気をそらせるように再び話し出した。
それにはニアも訝しげな顔で眺めている。
夜神の様子に、オレは胸騒ぎを感じていた。


「―――まあ、本物であれ、偽物であれ、ノートを観てみるだけでも損はないんじゃないか?」


静かな倉庫内に、コツ、コツ、と夜神の靴音が響く。
奴はニア達に背を向けながら、奥へと歩いて行った。
その動きに不自然さを感じ、頭の奥で危険だと警鐘が鳴る。


「ノートが本物か――偽物か…」


その夜神の言葉と同時に、カチカチ…っという変な音が聞こえた気がした…






「仕込んだノートだ!!」






そう叫びながら、オレは銃口を夜神に向け、引き金を引いた―――







ガァァァァン…ッ!!





「…うぅっ」







銃声が響き、同時に夜神のうめき声が聞こえた。
それと同時にカラン、と音がして、足元にペンが転がってくる。



「お、お前は…?!」


夜神が驚いたように叫び、二アもまたオレを見て目を見開いた。
オレは銃を夜神に向けながら、ゆっくりと倉庫の中へ、足を踏み入れた。


「メロ……あなた、どうして―――」
「…悪かったな。でもどうしても…結末をこの目で見届けたかったんだ…」


二アは僅かに眉を上げたが、小さく息をついた。


「…まあいいでしょう。おかげで助かりました」
「…メ、メロ…だと…?お前が…?」


腕を押さえながら、夜神はフラフラと立ち上がった。
そして鋭い視線をオレに向けると、「高田と一緒に死んだはずじゃ…」と驚いている。


「あの場所で死んだのは高田だけだ。残念だったな」
「…く…っ何故ここに―――」
「お前の最後を見るためだ」


そう言って、ゆっくりとヘルメットを取った。


「お前のような勘違い野郎は……"神"になれるはずもない」
「―――ッ」
「お前はオレと…そして二アに負けたんだ。そしてそれはLの意志にも負けたという事だ」
「違う――!僕はまだ負けてなどいないっ」


傷口からポタポタと血を流しながらも、夜神は最後の抵抗を見せた。


「やめろ!逃げても無駄だ!」


倉庫の奥へ必死に歩いて行く夜神にそう叫ぶ。
Lの仇と思えば、このまま撃ち殺してやりたい。
けど……


過ぎったLの顔。
その事で一瞬、躊躇した時、僅かな隙が出来た。


「お前は危険だ……お前さえいなければ僕は…逃れる術くらい、いくらでも…」


不意に、夜神はニヤリと笑いながら、拘束され、項垂れている魅上を見た。


「魅上!メロの本名を言え!僕が必ず助けてやるっ」
「―――ッ?!」


その言葉にハッとした瞬間、今まで呆然としていた魅上がゆっくりと顔を上げた。


「か…神…」
「そうだ!僕が神だ!これから新世界の神になる!だから今すぐ僕に銃を向けるこの男の名前を―――」
「ミ……ミハエル……ケール……つ、綴りは…M・I・H・A……」
「クソ…!」


自分の名を読み上げていく魅上に、オレは銃を向けた。


「メロ!!」


その時、二アが叫び、オレは反射的に夜神の方へ視線を戻した。


「血……自分の血で―――!」


相沢がそう声を上げた。
夜神は自らの血で、デスノートの切れ端にオレの名前を書こうとしている。




「やめるんだ、ライトくん!!!!」




松田の声が耳に響いた瞬間、オレは夜神に向かって引き金を引いた―――





いや…引いた、つもりだった―――























ガシャン…!





「あーあ…」


手から滑り落ちた写真たてが足元で砕け、私は慌ててそれに手を伸ばした。


「あ〜危ないって!オレがやるから」
「あ、ありがと、マット」


ガラスの破片を一つ一つ拾ってくれているマットにそう言うと、私は飾ろうとしていた写真に視線を戻した。
まだ私がここにいた頃、皆で撮ったものだ。
私の隣にはLが寄り添うように映っていて、その反対側にはメロが少し照れ臭そうに映っている。
写真嫌いなメロを、私が無理やり引っ張って来た時に撮った写真だ。


(何か…あったわけじゃないよね…メロ…)


割れた写真立てに嫌な予感がして、ふと不安になる。
そんな私に気づいたのか、ガラスを片付けてくれていたマットが苦笑交じりで立ち上がった。


「なーに不安そうな顔してんの」
「…うん…」
「メロなら今頃、二アと一緒にキラを捕まえて、こっちに向かってる途中だよ」
「…そう…だね」
「心配なのはメロがキラと対面した時に気が変わって撃ち殺さないかって事だけだろ」
「マットったらまたそんなこと言って…」


大げさに溜息をつくマットに、今度は私が苦笑する番だ。
でも確かに、メロはキラを殺すために、自分の人生を犠牲にしてきた。
実際、あの男を目の前にしたら、どう感じるかは、私にだって分からない。
以前の私も、あの男の死を望んだ事もある。
でもそれを、メロに託すのは嫌だと思った。


これ以上、メロに自分自身を傷つけて欲しくない…


心からそう思った。


きっと大丈夫…メロは絶対に帰ってくる。
もう一度、ここから始めるの。
幸せだった頃の思い出がいっぱいつまった、私達の故郷ホームから。


「あれ、どこ行くの」
「ちょっと散歩してくる。夕飯の支度までには戻るわ」
「OK。ああ、外、寒くなってきたしあったかい格好してけよ?」


マットはそう言うと、笑顔で片手を上げ、廊下を歩いて行った。
それを見送ると、言われたとおり、ショールを羽織って裏口から庭先へと出る。
空を見上げれば、すでに太陽が傾き始めていた。
少し風も出てきたのを感じながら、ゆっくりと歩いていけば、ハウスの子達が戻ってくるのが見えて手を振った。


「お帰りなさい」
「ただいま!はどこ行くの?」
「ちょっと散歩。もうすぐ夕飯だから、手を洗って宿題しちゃいなさい」
「はーい」


素直に返事をすると、子供達は元気に走っていく。
その後姿を見ていると、不意に昔のメロとだぶって見えて、笑みが零れた。
昔もこんな風に、メロやマットに接していたんだと思うと、少し変な気持ちになる。
あの頃はLに恋をして、毎日が輝いて見えてた。
Lに愛された事、ケンカをした事、仲直りをした事、いっぱい笑った事…
その周りにはいつもメロたちがいて、私とLを見守ってくれていた。
今でも心から言える。
私は…本当に幸せだったと…そして今も、幸せだと。


歩くたびカサっと音を立てる枯葉が、風に吹かれて舞う。
遠くで教会の鐘が鳴り響く。
セピア色に染まった小道をゆっくり歩いていると、懐かしい香りが故郷へ帰ってきたのだと、実感させてくれた。


マットと共にハウスへと戻ってきた時、ロジャーは昔と同じように、優しい笑顔で出迎えてくれた。
少しだけ白髪の増えたロジャーの「お帰り、」という言葉を聞いた時、それまで堪えていた涙が一気に溢れて。
私は子供に戻ったように、ロジャーにしがみついて泣いた。
優しくあやすように黙って泣かせてくれたロジャーの目にも、涙が光っていたと、後でマットがコッソリ教えてくれたっけ。


「久しぶりに、の焼いたアップルパイが食べたいね。昔、Lと最後の一つを奪い合って、私が負けてしまったからね」


そう言って微笑むロジャーは昔と変わらずに、再び私に居場所を与えてくれた。


「ちっとも変わってない…」


懐かしい風景を見ながら、少し歩くと、白い塀が見えてきた。
その奥には、枯葉に包まれた、墓標が見える。
それを見た瞬間、少しだけ足が震えた。
一歩、一歩、ゆっくりと、でも確実に近づいていく。
戻ってきてから、初めてここへ来た。


「………ただいま、L…」


そっと膝をついて枯葉を避けると、そこに彼の名が刻まれた墓標が現れた。
そして隣のキルシュにも、「ただいま」と告げ、手で枯葉を払う。


「L……遅くなって…ごめんね…」


Lの名が刻まれた場所に口付けると、自然と涙が頬をつたっていった。
二つのお墓に飾られているのは、ハウスの庭先に植えてある花で、毎朝子供達が、ここへ供えにくるという。
その中に、柊もあった。
寒い季節の中、凛と咲く白い小さな花…
Lが捜査に出かける前に、必ず私にくれた、私の守り神。
私も、大好きだった花だ。


「…今はLが…皆に守られてるのね…」


零れ落ちる涙を拭いながら、ふと笑みが零れる。


その時、Lが微笑んでくれたような気がした―――





















「どうした?マット…それは…」
「ああ、ロジャー。あ、これちょっと割っちゃって」


そう言いながら割れたガラスを新聞紙にくるむと、それを更に紙袋へと入れてから捨てた。
ロジャーは訝しげな顔をしながらも、ふと窓の方へ視線を向ける。


は部屋かな?」
「ああ…ならちょっと散歩だって」
「そうか…」
「もしかしたら…Lとキルシュに会いに行ったのかもな」


マットがそう呟くと、ロジャーは目を細めて、微笑んだ。


「二人とも、首を長くして待ってたからね」


ロジャーはそう言うと、壁にかけてある柱時計に目を向けた。


「そろそろ夕飯の用意をしないと……を呼んで来てくれるか?」
「了解」


咥えた煙草に火をつけながら、マットは玄関へと急ぐ。
が、その瞬間、廊下にあった電話がけたたましい音で鳴り出し、ビクっとなった。


「ったく…ビックリさせんなよ……」


普通の電話機よりも、かなりアンティークなその電話は、見た目の良さとは比例して、心臓に悪い音を出す。
ヨーロッパ調のそのデザインを気に入ったキルシュが、仕事で出かけた先でコレを見つけて買ってきたのだが、マットはこの音が苦手だった。


「つか、レトロなのもいいけど、そろそろプッシュフォンに買い換えろっつーの…。オレはやっぱ可愛くプルルルとか鳴る電話がいいな〜」


ブツブツ文句を言いながら、それでもそのダイヤル式電話のレトロな受話器を持ち上げる。


「Hello〜?こちら"ワイミーズハウス"ですけど、どちら様〜?」


電話への不満がついふざけた口調で現れる。
だが、次の瞬間、マットの顔から笑みが消えた。


「―――え?」


予期せぬ、その連絡に目を見開くと、マットは受話器をたたきつけ、勢い良く、外へと飛び出して行った―――





















どれくらい、そうしていたのか。
気づけばオレンジ色に染まった太陽が、半分だけ姿を隠していた。


「…いけない…帰って夕飯の支度しなくちゃ…」


Lやキルシュに報告する事がありすぎて、時間の経つのを忘れてしまっていた。
最後にもう一度だけ、Lに触れると、「また来るね」と言って、その名をなぞる。
もう、涙は出てこなかった。


ゆっくりと立ち上がり、スカートについた枯葉を払うと、ショールを羽織りなおし軽く息を吐く。
日本にいる時も寒かったが、イギリスの冬もそれなりに寒い。
かすかに白い息が漏れて、空を見上げた。


「今夜は…冷えそうね…」


オレンジ色の夕焼けを見ながら、そう呟く。
そして夕飯の献立は何にしようかと考えた。
その時、カサ…っと枯葉を踏む音がした気がして、ハッと息を呑む。
ここはキルシュが所有してる私有地だ。
関係者以外、立ち入る事もない。


「マット…?」


遅くなったからマットが迎えに来たのかと、私はゆっくり振り向いた―――














「―――ただいま、



笑顔のまま振り向いた彼女に、優しく微笑みかければ、彼女の大きな瞳が更に大きくなっていく。
そんな彼女に、つい苦笑が漏れた。


「…メ…ロ……?」


幽霊でも見るような、そんな顔の彼女に、ゆっくりと近づいて、目の前に来た時には思い切り抱きしめていた。


「ただいま」


ぎゅっと抱きしめながら、もう一度そう告げると、彼女は涙を溜めた瞳で、オレを見上げてくる。


「お…お帰りなさい…」
「マットに聞いたら、多分ここだろうって言うから迎えに来た。それに―――」


そう言って視線の先にある二つの墓を見る。


「…二人にも報告したかったしな」
「…え?」


俺の言葉に、はドキっとしたように目を見開いた。


「…もう…終わったよ」
「………ッ」
「何もかも。全て……終わった」


それだけ言うと、の瞳に一気に涙が溢れ、頬をつたっていく。
オレのこの言葉を、きっと待っていたんだろう。
言葉を失った彼女の手を引いて、オレはLとキルシュの墓の前に座った。


「やっと……来れた…」


二人の前に座ると、何故か感傷的な気分になる。
ガキの頃、ここを飛び出してからは、キラを殺すまで戻らないと決めた。
ここへ来ると、あの雨の日の思いが蘇り、じゃないけど涙が溢れそうだ。


あの時――夜神ライトが自分の血でオレの名前を書こうとしたその時。
オレはあいつを撃てなかった。
殺したって構わないと思っていたはずなのに、いざ、銃を構えてみれば、やLの顔が過ぎって引き金を引けなかったのだ。
を探し出すまでは、自分の手を血で汚そうと構わない。
そう思ってたはずなのに…あの時、オレは確かに、あの男を殺すことを躊躇したのだ。


「やめるんだ、ライトくん!!!!」


松田という刑事の叫び声だけは覚えてる。
でも、気づけば、夜神ライト…いや、キラは血にまみれ、床の上に倒れていた。
そしてオレの視線の先には、涙を流しながら銃を構える、松田の姿があった。


「魅上…お前が…書け…!」


キラは最後まであがいていた。
数発もの銃弾をその身体に受け、血まみれになりながらも、必死で叫んでいた。
だが、唯一、彼を慕っていた魅上も、その姿を見て、「あんたなんか神じゃないっ」と最後の最後で、見捨てたのだ。
キラは錯乱状態で、弥や高田の事を呼んでいた。
そして最後には、死神に手を伸ばし、「お前のノートにこいつらの名前を書け!」と言い出した。
一瞬ヒヤリとしたが、二アは表情一つ動かさず、その様子を見守っていた。


「ああ…書こう」


状況が分からず、オレもノートに触れ、キラを見れば、その前には恐ろしい姿をした死神の姿があった。
だがその死神が書いた名は……








「……そう…夜神ライトは…最後、デスノートで死んだの…」
「ああ…死神は夜神ライトをアッサリ見限った。死神に殺されるなんて、キラの最後にふさわしい」
「そうね…それに…」


はそこで言葉を切ると、そっとLの墓標に触れた。
愛しむように、彼の名を撫でる彼女を見ていると、かすかに胸が痛む。


「Lと同じ苦しみを与える事が出来た……」


そう呟いた横顔は、Lを愛してた頃の彼女の面影と重なって見える。
だがは不意にオレを見ると、涙に濡れた瞳で見上げてきた。


「…ありがとう…メロ…」
「…オレは何もしてない」
「してくれたわ?二アを…守ってくれた」
「あれは…」
「メロが撃ってくれなかったら…きっと二アは名前を書かれてたと思う…」
「ああ…オレも…間一髪だったしな」


そう言って苦笑すると、が心配そうな顔をした。
そんな彼女を強く抱きしめる。


あの時、松田が撃ってくれなければ、オレは確実に殺されていた。
後で床に落ちていたデスノートの切れ端には、最後の文字を残した、オレの本名が書かれていたのだ。


「危ないところでしたね」


それを見て、さすがの二アも苦笑いを零していたが、隣にはあいつの名前も半分、書かれていて、もう少しで同じ運命だったという事だ。


「二アは?」
「一度アメリカに帰ると言ってた。ここに来るのは…もう少ししてからだろう」
「そう…でも…二人とも無事で良かった…さっき写真立て割っちゃったから…少し不安だったの…」


オレの胸に顔を埋めながらそう呟くの額に、そっとキスをする。


「さっきマットにも同じこと言われた」
「え…?」
「いや、さっき駅まで迎えに来いって電話したら慌てたように車ですっ飛んできて…そんなようなこと言ってたから」
「あ、そうだったんだ…」
「早くに無事な顔、見せてやれって、怒られたよ」


その言葉に、はクスクス笑い出し、「私も怒ってたのよ」と言った。


「悪い…あの時はああするしか―――」
「もういいの。こうして…無事に戻ってきてくれたから」


はそう言って再び俺の胸に顔を埋めた。
そんな彼女を抱きしめながら、Lの墓へと視線を向ける。
ここに戻ってきたら、最初に来ようと思っていた場所だ。


ただいま、L…
やっと帰ってこれた。


"お帰りなさい。メロ"


そう言われた気がして軽く微笑む。
そして腕の中にいる彼女を見ると、そっと目を瞑った。


彼女は…必ず幸せにするから―――だから許してくれよな。


やっと手に入れた大切な存在の事を、Lに報告したかった。
彼女を探しながら、色んな国を歩き回った事も、どんな思いで探し当てたのかも、全てLに報告したかった。


諦めていた初恋が、今、本当に叶ったのだ、と。


たぶん、これが永久の恋だった―――




「そろそろ、戻ろうか…皆が心配する」
「…うん」


そう言っての手を繋ぎ、ゆっくりと立ち上がる。
また来るね、と二人に告げている彼女の肩を抱き寄せ、沈んでいく夕日を見上げた。


「ハウスがオレンジ色に染まってる…」
「ああ……綺麗だな…」


ハウスの向こうへ姿を消そうとしている太陽に、思わず微笑む。
隣にいる愛しい存在と、懐かしい故郷の風景に、本当の意味で、帰ってきた、と実感する事が出来た。


今日からオレは、彼女とこの地で生きていく。



「ね、メロは夕飯、何がいい?」
「…何でもいーよ。の作るもんなら」


そう言って彼女の頬にキスを落とせば、恥ずかしそうに微笑んでくれる。
その笑顔が、今も昔も、大好きだった。


君と出会えてなかったら、こんな想いを知らずに、生きていた。


「……愛してる」


夕日に向かって歩き出しながら、切ないくらいの想いを、言葉に乗せた。
彼女はやっぱり照れ臭そうに目を伏せて、それでも幸せそうに微笑んでくれる。


「…今度…アネットに会いに行こうね…」
「ああ」
「あ、マットが紹介しろしろってうるさいの」
「へぇ。まあお似合いなんじゃないか」


照れ臭いのか、話題を変える彼女に、内心苦笑しながらも、その話に付き合った。


「もう、人事みたいに…」
「人事だろ。マットの事なんて」
「またそんなこと言って。ホントにメロは―――」




昔を思い出させるような小言を聞きながら、こんな他愛もない話も、呆れるくらいに幸せと感じる。





こんな風に、もまた、幸せと感じてくれてるといい…





眠れない日は、もう二度と来ないから―――














どうかきみに、この世界のすべての




幸せが集まりますように
























Fin...





か、完結しちゃいましたよ(え)
もう1話くらい、と思っていたのですが、何とか終わる事が出来ました(;^_^A
(対決の所は大幅に原作とは変えて描かせて頂きました。)
この連載もかなり長い期間、書いてた気がします(なのに全24話って…;;)
「眠れない日に見る時計」を最後まで読んで下さった皆様には、本当に感謝しております!
いつも励みになるコメントを頂きましたし、スランプで挫けそうになっている時は、
いつもそれを読んで、パワーをもらってました!
この場を借りて、本当にありがとう御座いました。
そのうちメロの話も書くと思いますが、その時はまた宜しくお願い致します<(_ _)>



2007:12/23…Nelo Angelo...管理人HANAZO


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■どの小説もキューンときて、とっーーても大好きです!!少し早いですが来年も頑張って下さい♪  葵(高校生)
(キューンなんて、ありがとう御座います!来年もよりいっそう頑張りますので宜しくお願い致します(´¬`*)〜*


■メロの優しさが現れていて、素晴らしい作品だと思います。(高校生)
(す、素晴らしいだなんて、もったいないお言葉です!そう言って頂けて、ホント嬉しいで限りです(*TェT*)


■ここのメロが大好きです!更新されるたびにすごく嬉しいです。(高校生)
(当サイトのメロが大好きだなんて感激です!これからも頑張りますねー!)


■メロにすっかり惚れてしまいました。メロの魅力に気づかせて頂きました、本当にありがとうございます。(社会人)
(メロに惚れてもらえて嬉しいです!メロは凄く純粋なんだと思います。そんな彼を表現できてたらいいな(^^)


■日々、子育ての合間に自分の時間が取れると、時が経つのも忘れ読みふけてます。映画のデスノートしか知らない私には、新鮮さもあるし、シリアスな部分に体を強張らせながら拝見してます。
本当に終盤に差し掛かっているようですので楽しみに他の作品も見せていただきます。体調など、壊さない程度にがんばってください♪(その他)
(ヲヲ、子育ての合間に!息抜きになっていれば嬉しいです!映画ではメロやマットは登場しないんですよね;原作の二人はもっとストイックなんですよー(笑)
これからも頑張りますので、今後とも宜しくお願いします(´¬`*)〜*


■終盤に近づいてきてて寂しかったり楽しみだったりです。メロがいちいちツボですvv(大学生)
(今回でラストでした;ツボだなんて嬉しい限りです!今後も頑張りたいです(^^)


■マット好きだったのですが、メロも大好きでとてもこの小説は大好きです!(中学生)
(マトメロコンビはいいですよね(笑)何気に好きです!この作品を大好きと言って頂けて、ホントに励みになりますよ〜!)


■Lが大好きなので彼の死後のお話は基本的に受け付けなかったのですが、此方のメロ夢はボロ泣きしながらも読めました!メロ頑張れ!(その他)
(私もLが大好きで原作7巻途中で本を投げ捨てた奴です(オイ)でも後半を読んでLの後継者たちに拍手☆泣いてもらえてホントに嬉しいです!)


■切なくて、メロがかっこよすぎていつもドキドキしながらみてます★(その他)
(ドキドキしながら読んで頂けて嬉しい限りです!やっと完結する事が出来ました(*TェT*))










TITLE:群青三メートル手前