「――――あっちぃ〜!サッサとこんな島から出ようぜ!」
「ちょっと待ってよ!サガロも助けなくちゃ―――――」
…暗い洞窟に響いていた賑やかな声が遠ざかって行く中、小さな影と大きな影が静かに奥から姿を現した。
その人物達は、侵入者が戻らぬ事を確認すると、封印結界の前へと立つ。
「――――上手く分析出来たか?」
小さな影がシッカリとした口調で尋ねれば、大きな影が慌てたように地面へと跪いた。
その手には何かを計測するような機械が握られている。
「――――はっはい!か、完璧で御座います!全て取り込めたかと」
その言葉に小さな影は満足げに頷き、「…凄まじいエネルギーだった」と一言、呟いた。
「あれが書物にあった"炎帝カーロ"の忘れ形見か…。さすが悪魔の血を引くだけの事はある」
「は、はい。し、し、しかしあれは我らの手助けがあっての覚醒…。まさに貴方の読み通りに」
「ふふふ…あのバカな悪魔が上手く乗ってくれたおかげだ。アイツは主を解放する事が出来ると信じ、あの娘が覚醒するよう挑発し続けた」
「そ、それが自らの命取りになるとも知らずに…。バ、バババカな…悪魔だ…。我々が欲しかったのは娘が覚醒した時の魔力だけだったとも、し、知らず…!」
大きな影がいかにも愉快だと言わんばかりに体を揺らす。興奮すると、どもるのが男のクセらしい。
「あ…あの圧倒的パワーさえ我らのものに出来れば、そう遠くない未来、あ、あ、貴方様の夢が叶うかと――――」
「この土地に悪魔の娘が生まれていた事は我々にとって幸福な事だった。スパーダに関係する者達を調べつくした甲斐があるというものだ」
「は、は、はい。その通りにて」
「いいか、アグナス。急ぐのだ。"地獄門"を開く力の源さえ分かれば容易いはず。その為にこんな回りくどい方法をとったのだからな」
「…はっ。出来うる限り、貴方の仰せのままに―――――教皇様」
大きな影は跪いたまま、小さな影の手を取り、そこへ祝福するかのように口づけをした――――――
深い深い悪夢から目覚めるように、意識がゆっくりと戻るのを感じながら、同時に独特の匂いが鼻をつき、サガロは僅かに目を開く。
その瞬間、すぐ近くで自分の名を呼ぶ声が聞こえて、サガロは視線を動かした。
「…サガロ騎士長?!私、です。分かりますか?」
「…お…前…は………?」
ボヤけた視界の中、自分の顔を覗く人物に焦点を合わせ、掠れた声で呟くと、強く手を握られたのが分かった。
「良かった…!意識が戻って…!」
大げさに声を上げ、喜んでいるらしい元部下に、サガロは自分の身に何が起きたのかという事を思い返していた。
記憶を辿り、あの呪われた島へ向かった事、そして大量の悪魔に次々と襲われ、仲間を失っていった事…
それらを全て思い出した時、サガロは完全に覚醒し、慌てたように体を起こそうとした。
しかし全身に激痛が走り、サガロは低く呻いて倒れ込む。そこで初めて柔らかいスプリングを体に感じ、自分の寝ている場所がベッドだと気付いた。
「ダメですよ、動いちゃ。大怪我してるんですから」
「…こ、ここはどこだ…」
少しづつ視界もハッキリしてきて、辺りを見渡す。だが壁や天井を見れば、そこがどこなのかすぐに分かった。
「病院…か…」
「そう。ここはフォルトゥナの病院。戻って来たんですよ」
「……何…?では俺の…部下も一緒なのか?」
「………」
その問いにはも言葉を詰まらせ、無言のまま首を振った。
いや、答えを聞く前からサガロにも分かっていたのだ。あの状況で倒れて行く部下達を己の目で見ていたのだから。
「…ふ…部下も守れない騎士長とはな…」
「…そんな風に言わないで下さい…」
「いや…ミハエル騎士長がいたら…合わせる顔がないところだ…」
「…あの状況じゃ仕方なかったんです…。数が多すぎた」
「仕方ないでは済まされん…っ。俺は…俺だけが生き残り、のこのこと帰還するなど…っ!」
「興奮しないで。傷に触ります…」
悔しげに拳を固めるサガロの手を、はそっと握りしめた。
もちろんも多くの騎士が犠牲になったのは辛い。そもそも自分が巻き込んでしまった事でもあるのだ。
「…そうだ…ミハエル騎士長…は…?無事なのか…?」
「……それは…」
サガロは思い出したようにを見る。元々サガロ達はミハエルの目撃情報を受け、あの島へと赴いたのだ。
真実は何だったのかを、まだ知らないのだから心配して当然だろう。
はどう説明しようか、と思案するよう視線を彷徨わせながら、小さく息を吐いてサガロを見つめた。
「ミハエルは…いませんでした」
「…何…?だがあの時――――」
「ええ…あの時、ミハエルの姿をした者はいた。でもアレは…」
言葉を詰まらせるを見て察したのだろう。サガロは軽く目を瞑った。
「……悪魔、か…」
「ええ…奴らの目的はミハエルの姿に化け、私をおびき寄せる事…」
その説明にサガロが目を見開く。彼にすれば辛い現実だろうと思ったが、はあの島で起きた事をサガロに話して聞かせた。
と言っても、全てを話すわけにもいかず、封印を解くカギとなるアミュレットもスパーダの残した物とし、それを母、イリーナが何らかのルートで入手していた、という事にしておいた。
の話に黙って耳を傾けていたサガロは、全てを聞き終わった後、深い息を吐いて天井を見上げた。
「…そうか…。ではその悪魔をお前が葬ったのだな…」
「…はい。本体を消滅させたので、もう復活は出来ないと…。封印も無事です」
「封じられた悪魔を解放する為に、か…。クソ…!!そんな事の為にミハエル騎士長も部下も失ったとは…」
真実を聞き、サガロは怒りのままベッドを殴りつけた。傷の痛みよりも、今は胸の方が痛い。
そんなサガロの痛みが分かるだけにも軽く目を伏せ、「ごめんなさい…」と呟く。
自分の事情で巻き込んだ事実はにとっても辛い事だった。
だがサガロは「お前が謝る事ではない…」と首を振る。
「悪いのは全て…悪魔だ」
「…………」
「イリーナ…ミハエル騎士長、俺の部下達…失ったものは大きい…。だが…お前は見事に仇を討った。――――良くやったな、」
サガロはふと息をつき、元上司らしくそう労うと優しい目でを見た。これでもう終わったのだ、と思っているような表情だ。
しかしは、これで全てが終わった、とは考えていなかった。
確かにノデッロという悪魔は倒した。だがあまりに簡単すぎた事がどうにも腑に落ちないのだ。
あの島では父、カーロの魔力に包まれ、それに同調したの魔力が一時ではあるが爆発的に上がったのは確かだ。
しかし、それを差し引いても、はどこか釈然としないままだった。
(封印場所に残された石碑に刻まれた名…。少し調べてみよう…)
ノデッロを圧倒的なパワーで葬った後、はある石碑を見つけていた。そこには封印されている悪魔らしき名が刻まれていたのだ。
"nevato"――[ネヴァート]――
その名を頭に叩き込み、はダンテ、レディと共に、サガロを連れてあの島を脱出した。
―――その際もちょっとした戦闘があったが、迎えの船が来る前に、達は殆どの悪魔を消滅させてしまった―――
「…ところで…お前のお仲間とやらは無事だったのか」
暫く亡き戦友達の事を思い、祈りを捧げていたサガロが、ふと思い出したように口を開いた。
「仲間って…ダンテの事ですか?そう言えばサガロ騎士長、会ったんですよね」
「…ああ。意識は朦朧としていたが…彼のおかげで何とか自分をしっかり保つ事が出来た…。無事なのか?」
「ダンテならピンピンしてますよ」
が苦笑気味に肩を竦めると、サガロはホッとしたように微笑んだ。
「そうか…。なら良かった…。――――彼なんだろう?前にお前が話してたのは」
「え?あ、ああ…アレは…まあ…半分当たってるというか…半分違うと言うか…」
「ん?どういう事だ?彼じゃないのか、探していたのは」
ハッキリしないの様子にサガロも首を傾げる。だがダンテとの事をどう説明すればいいのか良く分からない。
「え、えっと…彼…ダンテは私が探してた人の弟で…」
「…弟…?」
「そ、そうなんです。その…本人には会えなくて…で、代わりに弟に会ったっていうか…」
「そうなのか…?じゃあ、その本人は…」
「今はちょっと遠くに行ってるみたいで…」
遠くへ行っている、というのも、あながち嘘ではない。はそう説明し、上手く誤魔化しておいた。
「…で、ダンテ…だったか。彼は今どこに…?」
「ああ、外で待ってます。病院は嫌いみたいで…」
「そうか…しかし…お前達…あの島へ行って怪我一つしてないのか…?一応、検査してもらった方が――――」
「だ、大丈夫!怪我ならしてませんし、私もダンテも!」
検査、と聞いて慌てて首を振る。体をあちこち調べられるなんて冗談じゃない。
確かに多少の怪我はしていたのだが、とっくに治っている。もちろん半分流れている悪魔の血のおかげだ。
検査をされれば、そういった事がバレてしまうのではないか、という理由で、ダンテも病院は苦手らしい。
「じゃあ、そろそろ行きます。ダンテが腹減ったとか文句言いそうだし」
「…そうか。悪かったな、俺についててくれたんだろう?」
「当然です。元部下ですし」
「…いつも反抗ばかりしてた部下だったがな」
「それは言いっこなしですよー」
サガロの指摘にも笑う。確かに騎士団にいた頃の自分は誰にも心を開こうとせず、反抗ばかりしていた気がする。
母を殺した悪魔への復讐心が強すぎて、周りが見えていなかったのだろう。
でも今はダンテという自分と同じ存在に出逢え、母やミハエルを手にかけた悪魔をも消滅させる事が出来た。
二人を失った悲しみは癒える事もなく、気になる事も残っているのだが、これで一つの区切りがついた気がする。
「ところで…今夜お前達はどこに泊るんだ?まさか、すぐ帰るわけじゃないだろう」
「はい。もう少し調べたい事もあるし、数日は滞在する予定です。でもシェスタに電話したらホテルに泊まるなんてもったいないって言うので孤児院に泊る事にしました」
「そうか…。それが一番いいだろう…。子供達も久しぶりにに会いたいだろうからな」
「そんなに久しぶりってほどでもないですけどね」
そう言って笑うと、は「また来ますね」と言って病室を出た。
そのまま受付に行き、サガロが意識を取り戻した事を伝えると、ダンテの待つ車へと戻る。
フォルトゥナに着いてすぐ、レンタカーを借りたのだ。―――レディは次の仕事があるとの事で、ボルゴで別れた―――
「お待たせ」
そう声をかけると、助手席のシートを倒し、寝転がっていたダンテは、薄っすらと目を開け、盛大に欠伸をかました。
「おせぇ…いつまで待たせんだよ…って、もう夕方じゃねえかっ」
「仕方ないでしょ?サガロ騎士長の入院手続きやら、医者への説明やらでアレコレ大変だったんだから!」
「なら時間かかるって言いに来いよ。どっかでメシ食えただろ。だいたい、いつ戻るか分からねえ奴、待つほど苦痛なもんはねえ」
「だから、そんな暇すらなかったのよ。そんなに文句言うなら勝手に食べに行けば良かったでしょ」
「金持ってんのだろ?」
「…それもそうね。じゃあ…せっかく父親が治めていたこの街に来たんだからフォルトゥナ城や遺跡を見て歩くとか?バージルみたいに」
「今更親父が残したもん見たってしょうがねえだろ。ったく…。で?騎士長さんは大丈夫だったのかよ」
ダンテは倒していたシートを元に戻すと、軽く病院の方へ視線を向けた。
「ええ。さっき意識が戻ったわ。医者が言うには全治一カ月ほどだって」
「さすが騎士長さんだけあって体力あるな。まあなら良かったじゃねえか。俺達もサッサとホテル探しに行こうぜ。空腹&寝不足で死にそうだ…」
「…はいはい。着いたら起こしてあげるから寝てたら?」
「言われなくてもそうする」
言いながらシートを再び倒したダンテは、すぐに寝息を立て始めた。
その寝つきの良さに呆れつつエンジンをかけると、は軽く笑みを漏らし、携帯を手にする。
そして、とある番号を押すと、
「あ、シェスタ?私よ。うん…サガロ騎士長は大丈夫。意識が戻ったわ。だから今からそっちに向かうつもり。うん。あ、でね。一匹、飢え死にしそうな野良犬が一緒なんだけど――――」
ダンテが起きていたら苦情が来そうな事を言いつつ、は軽やかに車を発車させた。
「――――って、ここ、どこだよ?!」
目を開けて、開口一番そう叫ぶダンテを尻目に、はサッサと車を下りて建物へと歩いて行く。
それを見てダンテも慌てて車を降りた。
「おい、!こりゃどう見たってホテルにゃ見えねえぞっ」
「うるさいなあ。ホテルなんか泊ってる余裕、ないでしょ?"オーナー"」
呆れたように肩を竦め、振り返るに、ダンテも図星とばかりに口を閉じた。
確かに今は事務所の修理代をに立て替えてもらっている上に、今回の報酬はまだレディから受け取っていない。
贅沢をしている余裕がない事はダンテにも痛いくらい分かっている。
「ここは私が育った孤児院よ。前に話したでしょ」
「…ああ。つーか何で俺までお前の里帰りに付き合わなきゃなんねえんだ?」
「別に付き合えなんて言ってないわよ?嫌ならダンテは来なくていいし。でも代わりに今夜はそこの車で寝てもらう事になるけど――――」
ふっくらとした唇を楽しげに歪めるに、ダンテは「ジーザス…」と思い切り天を仰ぐ。
何だかんだで二日近くも寝ていないのだ。さすがのダンテも今夜くらい、まともな寝床で眠りたかった。
「…チッ…分かったよ!」
「あらそう?じゃあ私の荷物、宜しく〜」
「ああ?!荷物くらい自分で――――」
「孤児院内での五カ条の一つを教えてあげる。"働かざる者、食うべからず"。大好きなピザが食べたかったらシッカリ働いてね」
は魅力的とも癒える笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら建物の中へと入って行く。
その後ろ姿に、「Shit!」と毒づきながらも、"ピザ"という言葉で少しだけイライラも解消された。
睡眠もさることながら、食事もまともに摂っていないところへ、大好物の名前を出されれば僅かなプライドなど簡単にしぼんでいく。
「…ったく。帰ったら今までの倍、コキ使ってやる」
職権乱用とも取れる言葉をボヤきながら、ダンテは言われた通り、のカバンを持つと、自らのギターケースも担ぎ、孤児院へと入る。
そこはダンテにとって、少しだけ懐かしい匂いがした。
「…こういう場所はどこも似たような匂いがしやがる」
花や絵画で飾られた、どこか温かみのあるエントランスを見渡していると、が顔を出した。
「ダンテ?何してるのよ。早くこっちに来て。みんなに紹介するから」
「…紹介ぃ?つーか俺、ガキは苦手なんだよっ」
「いーから!お世話になるんだし挨拶くらいしてよ」
早く早く、と手招きするに、ダンテは何とも気まずそうに項垂れると、重たい足取りでリビングへと向かった。
「こっちよ」
の案内で足を踏み入れたダンテを出迎えたのは、ヨーロッパ調の家具が置かれた、かなり広いリビングと、数名の子供、そしてシスターの格好をした二人の女性だった。
「あなたがダンテね」
年配のシスターが優しい笑みを浮かべダンテの方に歩いてくる。ダンテはとりあえず荷物を下ろし、「初めまして」とだけ挨拶をした。
「初めまして、ダンテ。私はシェスタ。ここの院長をしてるの。前に一度だけ電話で話をしたのよ。覚えてるかしら」
「ああ…まあ」
言いながら、ほんの数日前を振り返る。事の発端はあの電話からでもあった。
シェスタは声の印象通り、優しい空気を持っている人だ、とダンテは思った。
「オーナーの方が、まさかこんな若い方だなんて思わなかったわ!が本当にお世話になって――――」
「ちょっとシェスタ。世話してるのは私の方だってば。今は事務所の修理で開業どころか生活スペースもないのよ?あげく朝から晩までコキ使われて」
反論するようには徐に目を細めたが、シェスタは怖い顔でを睨んだ。
「何言ってるの。これから働かせて頂くんだもの。彼に協力するのは当然でしょう?」
シェスタはそう窘めると、にこやかな顔でダンテに微笑んだ。(当然ダンテは得意顔)
「それよりダンテ。あなたに子供達を紹介するわね。まだ学校から帰ってない子もいるんだけど…」
そう言いながらシェスタは一通り、子供達をダンテに紹介し、とりあえず疲れたでしょう、とシャワーを勧めた。
「私達は食事の準備をしてるから、ゆっくり入って来てちょうだい」
「…ああ、悪いな」
「いいのよ。今夜はお客様なんだから。――――ほら。彼をバスルームへ案内して。あとタオルと着替えを持ってきてあげてね」
「何で私が――――」
寛ぎかけたところへ言いつけられ、文句を言いかけたが、シェスタに睨まれ仕方なくは「OK…」と肩を竦めて見せた。
「バスルームはこっちよ。ついてきて」
そうダンテに声をかけ、は一階廊下の奥へと歩いて行く。この先にはバスルーム。そして更に奥にはゲストルームが完備されている。
ダンテは苦笑いを噛み殺しながらも、シェスタに礼を言うと、素直にの後をついて行った。
「ったく…。私だって早くシャワー浴びたいのに」
「ま、これも客の特権ってやつだ」
「誰が客よ」
散々蒸し暑い森の中を歩き回り、ベタついた肌が気持ち悪いのか、は不機嫌そうだ。
「はい。ここがバスルーム。タオルはこの棚にあるのを使って。着替えは…何でもいいでしょ?」
「…Hey…子供服とかはやめろよ?」
そのまま出て行こうとするに、ダンテは慌てて言った。
子供服を着たダンテを一瞬想像したのか、は軽く吹き出すと、
「それも面白そうだけど…大丈夫よ。多分…ミハエルが泊りに来た時用の着替えがまだ残ってると思うから。とりあえず出たらコレ使ってて」
は苦笑交じりで言うと、棚の奥からバスローブを出してダンテに放り投げた。
それも以前、ミハエルが使っていたものだ。
「着替えはそこに置いておくから」
「サンキュ」
ダンテの声を背中に聞きながら、はドアを閉めた。
そのまま着替えを捜しにゲストルームへと向かう。そこはミハエルが泊る時、使っていた部屋だ。
彼は時々土産を手に、孤児院のみんなに―――主にの様子を見に―――会いに来ていて、遅くなれば泊って行く事もあった。
「えっと確か…ここに入ってたような…」
クローゼットを開けると、そこには数枚の衣服がかかっていた。
それらは全てミハエルが置いて行ったものだ。
はその中からダンテに合いそうな物を手にし、小さく息を吐いた。
何もかも、ミハエルがいた頃のまま、服はそこにあるのに、本人だけがいない。
久しぶりに戻って来た事で、はその悲しい現実を痛いくらいに感じていた。
「アイツを消滅させたって…あの頃には戻れないのよね…」
ふと寂しくなり、手にしていたシャツを抱きしめる。まだかすかに残った、ミハエルの香りを抱きしめるように。
「いけない…。感傷に浸ってる場合じゃないわ…」
瞳に浮かんだ涙を拭い、ダンテの着替えをバスルームへ持っていくと、は夕飯の手伝いをする為、キッチンへと向かった。
もうそろそろ帰ってくるであろうネロの為に、約束のピザを焼こうと決めていたのだ。
「ああ、。ダンテに着替え、用意してあげた?」
キッチンへ顔を出すと、シェスタは夕飯用のチキンをオーブンに入れるところだった。
「ちゃんと出したわ。ミハエルのが残ってたから」
「…そう」
シェスタものほんの僅かな変化に気付いたが、知らぬふりをして微笑んだ。
思うところはみんな同じなのだ。
「じゃあピザの生地の用意をしてからシャワーでも入ってきなさい。私の部屋のバス、使っていいから」
「え、いいの?前はあんなにダメだって言ってたのに」
「それは、みんな順番を決めて入ってるのに、あなただけ特別扱いには出来ないからよ。でも今日は特別。もう一人立ちしたんですものね」
「…ありがとう。シェスタ」
まるで母親みたいな事を言うシェスタに、は照れ臭いながらもお礼を言った。
「いいのよ。それに…その格好じゃみんなにも会いづらいでしょ」
「え、そんなにひどい?」
苦笑気味に言われ、は思わず己の格好を改めて見下ろす。
そして自分でも、つい苦笑いが漏れた。
「…Oh My God…。これじゃ野良猫と変わらないわね…」
シェスタの言うとおり、シャツはところどころ破れ、あちこちに土がついている。
森の中を歩きまわり、何体もの悪魔と戦った事で、服はもちろん、普段は手入れを欠かさない長い髪もバサバサになっていた。
「仕方ないわ。あんな場所で悪魔と戦ってきたんだもの」
シェスタは笑いながら、今度はスープの準備を始めた。それを横目にも軽く手を洗うと、ピザの生地を作り始める。
こうして料理をする事じたい、久しぶりだった。
「ところでシェスタ…ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
「なぁに?改まって」
互いに手は休めず、作業を進めて行く。これもにとったら懐かしい光景だ。
「実は…ここに来た時、私の家から運んだ物があるでしょ?ママやパパの私物とか…」
「ええ。それがどうかした?」
「まだ屋根裏部屋にあるかしら。何も捨ててない?」
「捨てるわけないじゃないの。あなたのご両親の形見ですもの。でも…どうして?」
「うん…ちょっと探したいものがあって。後で屋根裏部屋に行って探してきてもいいかな」
「ええ、それはもちろん。あなたの物だもの」
「…ありがとう。じゃあ夕飯の後で」
「分かったわ」
シェスタは何も聞かず、ただ笑顔で頷くと、スープの鍋に火をつける。
その時、エントランスの方から、「ただいま!」という、ネロの元気な声が聞こえて来た。
「はあ…スッキリしたぁ〜」
バスルームを出ると、はホッと息をつき、シェスタの寝室を出た。
彼女の部屋は二階奥にあり、建物の中でも一番広く、バスルームも完備されている。
が以前ここへ住んでいた頃は、よく勝手にバスルームを使って怒られたものだった。
子供達用のバスルームはその日その日で入る順番を決めていた為、入りたくても、すぐに入れない事も多い。
はそれが待ち切れず、シェスタのバスをコッソリ使っていたのだ。
そんな事ですら今ではいい思い出だった。
と、そこへ――――
「おい」
「…わっ!」
突然声をかけられ、が慌てて顔を上げると、そこにはダンテが壁に寄りかかるようにして立っている。
予期していなかった人物がいた事に驚いたは、「ビックリするでしょっ」と、頭に被っていたバスタオルを投げつけた。
「大げさなんだよ。俺はフツーに声かけたつもりだぜ?」
と、ダンテは床に落ちたタオルを拾い苦笑する。
だがは改めてダンテの格好を見ると、軽く吹きだした。
「…ぷっ!っていうか、ソレ似合ってないわね〜」
「お前が選んだんだろが…。つーか何だ?こりゃ。フツーにパジャマじゃねぇか」
ダンテは苦笑交じりに言うと、情けない顔で両手を広げる。
ミハエルの服の中で、一番ダンテが着れそうな物が、真っ白な無地のパジャマだったのだ。
その爽やかな雰囲気が、ダンテには似合っておらず、は笑いを噛み殺した。
といって、きちんと着ているわけでもなく。ダンテは前のボタンを全て外し、羽織っているだけの状態だ。
「ボタンくらいとめなさいよ、だらしない」
「…窮屈なんだよ。出来れば上半身、裸でいたいくらいだ」
「ダメよ。子供達の前で行儀悪いでしょ。それに今から夕飯だし。シェスタに怒られるわよ?」
「…チッ。分かったよ…」
ダンテは不満げに下から何個かボタンを留めると、大げさに息をつく。
窮屈だが、あの子供達の前でシェスタに注意されるのも何となく情けない気がしたのだ。
ダンテのその駄々っ子のような態度に呆れつつ、はふと顔を上げた。
「で?何してんのよ、こんなとこで。リビングで寛いでればいいじゃない」
「…言ったろ。ガキは苦手だ」
「はあ?」
「シェスタとシエラの大人組はキッチンにこもりきりだし、俺一人でガキ共と、どのツラ下げて向かい合ってろって言うんだ?」
「…普通にテレビでも見てればいいじゃないの。そんな事を言いに、わざわざ私を探しに来たの?」
「うるせぇな。ガキの相手するより、お前と話してた方が気楽なんだよ。―――つーかこの孤児院は広すぎだ。迷っちまったぜ」
「迷ってまで探しに来なくていいわよ。全く…自分だってガキじゃないの」
は呆れながらダンテを押しやると、以前、自分が使っていた部屋へ戻り、明かりをつけベッドにダイヴした。
出来ればこのまま眠ってしまいたいが、これからピザを焼かなければいけない。
「ちょっと…あまりジロジロ見ないでよ。リビングでテレビでも見てれば?」
の後からついて来ていたダンテは物珍しそうに部屋の入口で室内を見渡していたが、ウンザリしたように息を吐きだすと、「テレビ見てる暇なんかねえよ」と肩を竦めた。
「何よ。どういう事?」
「ガキどもが寄って来てはアレコレ聞いてくるんだぜ?やれ"お兄ちゃんはの何?"だの、"ホントにデビルハンターしてるの?"だの」
「へえ。人気者でいいじゃない」
「よくねぇよ!コッチは疲れてんのに周りでギャーギャーされてみろ。いい加減ウンザリだぜ」
「ダンテだっていつもうるさいじゃない?似たようなもんよ」
「俺をガキと一緒にすんなっ」
がからかうと、ダンテは不満げに目を細め、小さく舌打ちをした。
だがすぐに指を鳴らすと、ベッドまで歩いて行き、腰をかける。
「似てるって言えばよ。あのガキ…えーと何つったっけ?」
「…何、誰よ。っていうか勝手に人のベッドに座らないでよ」
体を起こし、文句を言ったところで、ダンテが聞くわけもなく。
何かを思いだすように人差し指を額に当てている。
「ホラ…さっきに飛びついて泣いてたガキだよ。俺と同じ髪色した…」
「ああ、ネロの事?」
「そうそう、そんな名前だった」
「…あのね…」
起き上がり、もダンテの隣に座ると、「さっき紹介したばかりなのに忘れないでよ」と苦笑した。
「ネロはねえ。私が一番可愛がってた子なの。なかなか可愛いでしょ?誰かさんと違って」
「けっ。泣き虫坊主が可愛いかよ」
「あれには事情があるの!普段は滅多に涙なんか見せない子なんだから」
先刻、一番最後に帰って来たネロは、を見るなり勢い良く抱きつき、急に泣き出したのだ。
がここを出て行く時に見送らなかった事を、ずっと後悔していたらしい。
その時ちょうどダンテもバスルームから出て来て、その光景を目撃していたのだ。
「で、ネロがどうかした?」
「ああ、いや…何となく気になってな…」
「気になる?何が?」
珍しく真面目な顔で言い淀むダンテに、は首を傾げた。
「…何がって言うんじゃねぇが…あの髪の色と目の色…」
「ああ…ダンテと同じなのよね。まあ珍しくはあるけど…。って、まさかダンテ…。あんたネロが自分と関係してるとか思ってる?」
「………」
ダンテはの問いには答えず、無言のまま天井を見上げた。
その様子にもダンテの考えている事が分かり、「あの子は正真正銘の人間だわ」と肩を竦める。
「私も初めて見た時はスパーダの血縁なんじゃないかって思ったけど――――」
「フン。俺も別に親父が外に隠し子を作ったとかは思っちゃいねえ。けど何か気になるっつーか…。ってか、あのガキはどういった経緯でこの孤児院に?」
「確か…孤児院の前に捨てられてたのよ。こういう場所では良くある事なの。悲しい事だけど…」
「…だろうな。俺も一時、こういう場所に世話になった事があるから分かるぜ」
「え…?」
ダンテの言葉に、は思わず顔を上げた。
「俺もガキの時に母親を殺されたんだ。その時は親父もいなかったしな。ま、身寄りがなきゃ孤児院行きは当然だろ」
「…他に身内がいなかったって事?」
「…母さんの親戚はいたし、しばらくはそこに世話になってた。でも居づらくて何度も家出を繰り返したあげく…面倒みきれねえって事で孤児院に入れられたんだ」
「そう…。じゃあバージルも一緒に?」
「いや…兄貴は母さんと一緒に殺されたんだと、ずっと思ってた…。あの事件後から姿を消したし死んだとか思えなかった」
「…そうなの?じゃあ…」
「生きてるって分かったのは、一年前、あの街で俺の前に姿を現した時さ」
ダンテは失笑すると、そのままベッドに寝転んだ。
だがそれを見て勝手に寝るな、とは怒れる空気でもなく、は黙ってダンテの話に耳を傾けた。
「変な奴らを引きつれて、散々俺の周りを引っかきまわしたあげく、魔界への扉を開く、なんて言いだした時は、俺がこの手で殺してやろうかと思ったけどな…」
「…………」
「ま、兄貴とはガキの頃から相性が悪かった。同じ顔なのに性格はまるで正反対。例え一緒にいたとしても、いつか殺し合いってのをやったかもしれねえ」
自嘲気味に笑うダンテに、はかすかに胸が痛んだ。
たった一人の肉親なのだ。出来る事なら分かり合いたいと思う事もあっただろう。
でもそれが出来なかったという苦い思いは、今もダンテの心に深く残っているように見えた。
「…あのガキ…」
「え?」
ダンテがふと思い出したように呟き、は彼に視線を向けた。
しかしダンテは苦笑いを浮かべると、「いや、何でもねえ」と首を振り、勢いよく起き上がる。
「俺の気のせいだ」
「ネロの事?」
「…ああ」
「あの子は人間よ。もし何らかの理由でスパーダの血を引いてるなら私達と同じはずでしょ。でもネロはやんちゃで良く怪我をしてたけど、一日やそこらで傷が治った事は一度もなかった」
色々と思いだしてみても、にはネロが悪魔の血を引いている、と思う要素は何一つ見当たらない。
スポーツ万能ではあるが、それも他の子に比べたら程度のもので、際立っているわけではなかった。
容姿は特異かもしれないが、それでも広い世界に銀髪に青い目の人間くらい存在するだろう。
からすれば、ネロはごくごく普通の少年に見えた。
ダンテも、「なら違うんだろ」と言うだけで、それ以上、ネロの話題をする事はなかった。
「それより腹減った!メシ、まだか?」
「え?あ…!いけない!ピザ焼かなくちゃ!」
ダンテの訴えに、もピザが途中だった事を思い出す。ちょうどその時、シエラが二人を呼びに来た。
「さん?ここですか?シェスタが呼んでるんですけど――――」
「ごめん、今行くわ」
ひょっこり顔を出したシエラにそれだけ言うともすぐに立ちあがり、リビングへと向かう。
ダンテもやっと食事が出来る、とホッとしつつも、あのうるさいガキどもと、また顔を合わせるのかとウンザリしながら着いて行った。
「おせぇよ、!早くピザ焼いてよ!」
リビングに戻ると、ネロが早速苦情を言って来て、は「OK!もう少し待ってて」と急いでキッチンへ行く。
そこには夕飯の準備を終えたシェスタが怖い顔で待っていた。
「全くもう…何してたの?みんな待ちくたびれてるわよ」
「ごめん、シェスタ!ちょっとダンテと話しこんじゃって…」
言いながらはピザの生地に具材をトッピングしていく。
その慣れた手つきを見ながら、シェスタはチラリとリビングへ視線を向けた。
その先には、またしても子供たちに囲まれ、ウンザリ顔をしているダンテの姿がある。
ここの子供達は皆、悪魔と戦う騎士に憧れて育った子達ばかりだ。
だからなのか、デビルハンターをしているというダンテにも興味津々のようで、懲りもせずにアレコレと質問攻めにしている。
シェスタはそんな光景を眺めながらも、火のついた石釜にピザをセットしているを再び見つめた。
「さて、と。これで15分後には美味しいピザが焼きあがるわ。焼くの久しぶりだから、ちょっと心配だけど――――」
「ねえ、」
「…え?」
オーブンミットを脱ぎながら振り向くに、シェスタは至って真面目な顔で問いかけた。
「あなた…彼と何かあるの?」
「…彼?彼って…ダンテの事?」
シェスタの視線を追い、リビングで子供たちの質問攻めに辟易しているダンテを見る。
間にシエラも入り、注意をしているようだが、子供達は一向に言う事を聞いていないようだ。
「ええ、ダンテの事よ」
「…何か…って何?ダンテは一応、私の雇い主で――――」
「ええ、それは前にも聞いたわ。私が聞いてるのは、そういう事じゃなくて…」
普段から物事はハッキリと口にするシェスタには珍しく、言葉を濁している。
それがには引っ掛かり、軽く首を傾げた。
「何よ…。何が言いたいの?」
「だ、だからホラ。彼はあなたの雇い主だけど…あんなに若くて見た目もハンサムでしょう?だからその…個人的に親しいのかしら、と思って…」
その言い方でシェスタが何を聞きたがっているのか、にもピンと来た。そして大げさに息を吐きだすと、ウンザリしたように首を振る。
「…シェスタ…もしかして…私とアイツが…付き合ってるのかどうか…聞いてるわけ?」
「え?え、ええ、まあ…」
「ありえない!そして笑えない!さっきの"ハンサム"っていうくだりで、すでに突っ込みたかったくらいよ!アイツのどこがハンサム?しかも死語だしっ」
ダンテと恋仲なのかと疑われた事で、は思い切り顔をしかめ否定する。
その徹底した否定ぶりに、シェスタも心外な、というように目を丸くした。
「あのね…私も笑わそうと思って言ったわけではないのよ。ジョークに聞こえた?」
「いやソレは分かってる…っていうか、シェスタがジョークを言ったとか思ってないし真剣に答えないでよ。そういう意味じゃないから」
「じゃあ、どういう意味なの?」
シェスタの天然に、も溜息交じりで天井を仰ぐと、仕方なく話題を元に戻した。
「ソレはいいとして…何をどう見て私とアイツが親しいなんて思ったわけ?そんな雰囲気じゃないのは見て分かるでしょ」
「そうなの?でもさっき彼と話しこんでたって言ってたじゃないの」
「それが何?話くらいするわよ」
「でもね、お風呂上がりの女の子が自分の部屋に男の人を連れ込んで、二人きりの状態で話しこむなんて聞けば…普通そう思うでしょう?」
「いや思わないし連れ込んだわけでもないわ。っていうか何で部屋で話してたって知ってるの?」
「さっきシエラが二人を呼びに行ったでしょう?その時、何やら親密そうに二人で話しこんでたっていうし…」
「別に親密なんかじゃ――――」
「でもベッドに座ってたって言うじゃないの。女の子が何もない男性とベッドの上で話しこむものなの?」
「…ったくシエラったら余計な事を…」
先ほど、ベッドに二人で座っているところをシエラに見られた事を思い出し、内心舌打ちをする。
シェスタは言ってみれば古い考えを持つ女性だ。そんな話を聞けば、変な誤解をしてもおかしくはない。
「ねえ。本当の事を言ってちょうだい。別に私は頭ごなしに反対する気はないのよ。ただ節度を持ったお付き合いを――――」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ホントにアイツとは何でもないんだったら!だいたい、あんな能天気男、好みじゃないもの」
真剣に話しだすシェスタに、も必死で否定する。ここで誤解を解いておかなければ、真面目なシェスタの事だ。
ダンテに何を言い出すか分かったものじゃない。
「本当に?」
「ええ。ダンテとは何でもない。ただの仕事上のパートナー。それだけよ」
きっぱり言い切ると、シェスタも納得したのか、ホッとしたように息を吐きだした。
「…そう。違うと言うなら信じるわ。でも…それなら、あなたも軽々しく彼を部屋に入れて、ましてベッドの上に座るものじゃないわ」
「…あのね…今時そんな事は大したことじゃないわよ」
「何言ってるの。もし彼が変な気持ちを起こしたらどうするの?」
「…その時はぶん殴れば済む事でしょ」
「相手は男性よ?腕力では――――」
「あーもう、分かったから。今度から気をつけるわ。だからシェスタもダイニングに子供達を集めておいて。ピザだってもうすぐ焼きあがるし」
いつもの説教が始まり、は慌ててシェスタの背中を押し、キッチンから追い出した。
彼女の説教が始まれば、軽く一時間はかかると、過去の苦い経験から充分に分かっている。
古き良き時代に生まれ育ったシェスタには、最近の若者のフランクなノリが理解出来ないのだろう。
「はあ…全く…。相変わらずね、シェスタは…」
この数分でグッタリしつつ、ピザが焼きあがったかを確認する。
そこへシエラがウキウキした様子でやって来た。
「あ、さん。ピザ、焼き上がりました?」
「……残り5分」
余計な報告をしたシエラを軽く睨みつつ残り時間を伝える。しかしシエラはの不機嫌な様子もおかまいなしに、
「それより彼、素敵ですねー。さんいいなあ。彼と一緒に仕事をしてるなんて」
「……は?誰が素敵ですって?」
あまりに聞き捨てならない単語を口にしたシエラに、は半目状態で振り向いた。
シエラはいつもの倍、瞳をキラキラさせ、「ダンテさんに決まってるじゃないですか」との背中を叩く。
その力に顔をしかめつつ、は真剣な顔でシエラの顔を覗き込んだ。
「シエラ…あなた視力は大丈夫?」
「えー?私、両方、凄くいいですよ」
「あ、そう…。じゃあ男の見る目、がないのね」
「どうしてですかぁ?」
「ダンテが素敵に見えるなんて…どう考えてもそうとしか思えない」
軽く首を振りながら、はピザ用の大きなお皿を出し、深い溜息をつく。
それにはシエラも心外な、という顔で唇を尖らせた。
「彼、素敵じゃないですか。口は悪いけど子供達のしつこい質問にも答えてあげてたし。何かツンデレっぽいとこがいいっていうか…何より美形ですっ」
「…美形…ねえ。まあ確かに顔だけはそうかもしれないけど……」
言いながら、普段のダンテを思い出す。
まず朝が弱いと言い訳しつつ昼まで寝る。
起きて来たかと思えば、ピザやらストロベリーサンデーを無駄に注文し、午後はそれらを食べながら読書(主に漫画やエロ雑誌)
そして夕方やっと行動するかと思えば、ロックをガンガンにかけつつ、銃や剣の手入れ。
その後に昼寝ならぬ夕寝をし、その後に「腹減ったぁ」と起き出して、いつものバーへ食事に向かう。
そして朝までダーツやビリヤードを楽しみ、夜が明ける寸前に帰宅。
次の日も昼まで爆睡し、後は同じことの繰り返し。これがあの事務所へが住み始めてから見て来たダンテの生活だ。
本人いわく、「"合言葉アリ"の電話が鳴らないんだから仕方ねえだろ」との事。
その言い訳に、何度キレたか分からない。故に何も知らないシエラが、ダンテの事を"素敵"と称するのが納得いかないのだ。
「あのねシエラ…顔だけ良くても男はダメよ。大事なのは中身だと私は思うわ」
「だからダンテさんは中身も素敵ですってば。デビルハンターをされるくらい強くて、何気に子供にも優しくて、しかも美形!言う事なしですよ」
「…ダメだ、こりゃ」
すっかりダンテの外面の良さに洗脳されてるシエラに、は白旗を上げた。
「シエラはダンテのダラけきった生活を見てないんだもの。何を言っても無駄よね」
「でも今回だってお仕事しに来てるじゃないですか。普段はダラダラしてても、やる時はやる男って感じだし、そのギャップがたまらないですよね〜」
「………」
シエラのハマりように、女の思いこみの怖さを知り、は無言のまま、焼きあがったピザを皿に乗せた。
(…ギャップ、か。そう言えば…バージルに会った時、私もそんな事、思ったっけ…)
ふと、あの夜の事を思い出し、かすかに胸が痛んだ。
冷たい印象のバージルが、ほんの一瞬だけ見せてくれた笑顔。
あの笑顔を見た時、も同じ事を思った。
たった数カ月前の事なのに、今では大昔に思えて来る。
「顔は同じなのに…性格はまるで正反対、か…」
「…え?何か言いました?」
「ううん。何でもない。それより…コレ運んで食事にしましょ。みんなも待ちくたびれてると思うし」
はそう言うと、バージルの面影を振り払うようシエラに微笑んだ。
「あ〜やっと、まともなベッドで寝れるぜ」
食事の後、ダンテは客室に案内され、そこのベッドに重たい体を投げ出すようにして寝転がった。
当然、煩わしいと言っていたパジャマのシャツは早々に脱ぎ棄てる。だいたい普段から上半身は裸で寝ているのだ。
「はあ〜生き返った…」
一息ついて天井を仰ぎ、ふと先ほどの賑やかな食事を思い出したダンテは苦笑いを零した。
「しっかしアイツら良く食うぜ…ったく。久々のピザも結局三枚しか食えなかったっつーの」
そういった意味で大勢での食事は煩わしいが、久しくなかった賑やかな食卓はそれなりに楽しかったと言える。
子供達の質問攻めには辟易させられはしたが、これまでの武勇伝を話して聞かす分にはダンテにとっても、いい気晴らしになった。
(俺がガキだった頃は、あんなに明るい顔なんかしてなかったけどな…。今のガキは親がいなくても強いっつーか何つーか)
ふと孤児院にいた頃を思い出し、ダンテはゆっくりと目を閉じた。
ここへ来た時は思い出したくもない幼少時代が鮮明に蘇る気がして嫌だったが、子供達の明るい笑顔を見ていると、自分の過去もそれほど苦い思い出だったというわけでもない気がしてくる。
「ふん…単純だな、俺も…」
自嘲気味に呟きつつ、寝返りを打つ。久しぶりのベッドはこの二日で疲れ果てた体をすぐにでも夢の中へと連れて行ってくれそうだ。
だが体はどんなに疲れていようと、頭が冴えているらしい。目を瞑ってみても色んな光景が脳内を駆け巡り、なかなか寝付けなかった。
「チッ…久しぶりに静かな夜だと思えば…。俺もつくづく騒がしい場所に慣れてんだな…」
昼夜問わず、何かしら騒音が聞こえて来る都会。
そこでの生活に慣れきっているダンテにとって、静か過ぎる事は逆に落ちつかないらしい。
「親父の奴も何でこの街の城主なんかしてたんだ?」
溜息交じりで起き上がると、ダンテは頭をガシガシ掻きつつ、大きな欠伸をした。
かすかに耳鳴りがするのは、普段あまり接する事のない子供達に囲まれ、甲高い声を聞きすぎたせいだろう。
(…そういや…あのガキだけは俺に近寄っても来なかったな…)
ふと自分と同じ髪色をした少年を思い出す。
他の子供達がアレコレ話しかけて来る中、ネロだけは遠巻きにダンテを見ているだけだったのだ。
最初、同じ髪色をしている自分に対し何らかの警戒をしているのかと思ったが、そういった感じでもなかった気がして、ダンテは首を傾げた。
「…何か気になるんだよな…あのガキの目つき…」
二度目の欠伸をしながらダンテは時計を見た。時刻は午後11時。
いつものダンテなら昼下がりといった時間であり、楽しく酒を呑んでいる時間でもある。
「そうだ…酒か」
何か足りないと思えばソレだ、と言わんばかりに、ダンテは立ちあがった。
疲れているのだから眠りたいが眠れない。こういう時は寝酒に限る。
と言って、ここは孤児院だ。はたして酒があるものか?と思いながらも、とりあえずに聞くだけ聞いてみようと部屋を出た。
「アイツの部屋は確か…二階だったな」
客室は建物の一階にあり、の部屋へ行くにはエントランス前にある階段を上がらなければいけない。
ダンテは暗い廊下を静かに歩きながら、先ほどの記憶を頼りにの部屋へと向かった。
さすがに孤児院なだけあって、この時間は全員が就寝する決まりらしい。
建物全ての電気が消され、非常灯の薄暗い明かりだけがぼんやりと浮かんでいる。
「…ったく。この手の場所はどこも同じだな。夜更かし好きの俺にとっちゃ地獄だぜ」
以前、自分がいた孤児院を思い出し苦笑交じりで呟きながら、ダンテは迷うことなく真っ暗な階段を上がって行く。
普通の人間なら足元が見えず不安だろうが、ダンテにとっては昼間と同じように見える目を持っている。
おかげで、躓く事もなく二階へと上がった。
「さて、と…アイツの部屋は確か…奥の方だったよな」
二階にもかなりの部屋数があり、それぞれに子供達が二人一部屋づつ使っているらしい。
間違えて子供達の部屋を開けないよう、ダンテは慎重に一つ一つ、部屋のドアにかけられているネームプレートを確認していった。
と、その時、ガタ…カタンっとかすかな物音が聞こえて、ダンテは足を止めた。
見れば僅かに開いているドアがあり、、その部屋から暗い廊下に明かりが洩れている。
ついでに廊下の奥の先には梯子が下りていて、上へ続いているようだった。今の物音はそこから聞こえて来たものだろう。
「誰だ?夜中に屋根裏でごそごそと…」
そう言いつつ、シェスタだったら面倒だ、とダンテは思ったが、それがすぐに違う事に気付いた。
明かりが洩れているのはの部屋だったからだ。
ダンテは足音を忍ばせ、開いているドアへゆっくりと近づく。
「…いねえ」
念のため、明かりがつけっぱなしの部屋を覗いてみたが、案の定ベッドの上に彼女の姿はなく、眠った形跡もない。
そこで屋根裏にいるのはだ、と確信し、ダンテはそっと梯子を上がって行った。
上まで上がって行き、顔だけ出すと、かなり広いスペースの部屋が視界に入る。
そこには大量の家具や書物が所せましと置かれてあり、ダンテは軽く首を傾げた。
「倉庫にしちゃ、えらい数の荷物だな」
の姿が見えないのは沢山並んでいる家具のせいだろう。現にひときわ大きい本棚の奥から、ガサゴソと物音が聞こえて来る。
ダンテは梯子を登り切ると、しゃがんだ状態で出来るだけ小さく彼女の名を呼んだ。
「…おい、…いるんだろ?」
そう声をかけた瞬間、ガタ!っという音と、「痛っ」という聞き覚えのある声が屋根裏に響き、ダンテは慌てて扉代わりの床を閉めた。
下で眠るシェスタ達に起きてこられても敵わない。
「…ダンテ?!あんた何しに来たのよ」
そこへ頭をさすりながら顔を出したのは、やはりだった。
察するに、驚いて棚か何かに頭をぶつけたのだろう。思い切りしかめっ面をしている。
ダンテは笑いを噛み殺しつつ、立ちあがると思い切り背筋を伸ばした。
「そりゃ俺のセリフだ。なーに夜中にコソコソしてんだよ。しかも、こんな屋根裏部屋で」
「…ちょっと探し物があって」
「探し物?つーか、ここ何なんだ?かなり広いし荷物も多いが…誰か住んでんのか?」
立ちあがって見て分かったが、この屋根裏部屋は広い上に天井も高いらしい。
高身長のダンテが余裕で歩き回れるほどのスペースがある。
少し片づければ人が普通に寝起き出来るくらいだ。
「ここは私の家族の荷物を置かせてもらってるの。母が亡くなった後、ここへ住む事になったんだけど…どうしても捨てられなくて」
はパジャマの上からショールを羽織ると、部屋に置かれている形見の品を見渡した。
どれもこれも捨てられず、あの屋敷から運んで来たものだ。
「ああ…そういう事か」
「シェスタが屋根裏を改造してくれてね。おかげで殆どの荷物を持ってこれたわ」
「ま、確かにちょっと窮屈なリビングか書斎って感じだな。これ全部本だろ」
「それは父の書斎にあった書物たちよ。過去のフォルトゥナについて記載されてるものや…。ああ、スパーダに関する本もいっぱいあるわ」
「…興味ねぇな、俺は」
棚から一冊の本を出し、ペラペラと捲っていたダンテだったが、僅かに顔をしかめ元に戻した。
「で…探し物って?ママが恋しくて写真でも探してるのか?」
「…あのね。ここの子供達と一緒にしないで」
からかうダンテを軽く睨み、は溜息をついた。
そして奥に積んである本の中から一冊だけ、手に取る。
「何だ?そりゃ。日記じゃねえか」
「うん。これはママの日記よ。悪魔の事もだけど…大半はパパと出逢ってからの事が色々と書かれてる」
「へえ。で、それが探し物なのか?」
「…違うわ。私が探してるのは…パパが書いた日記…というよりは伝記ね」
「…カーロの?」
「前にね、ママが話してたの。パパは何でも記録するのが好きで、尊敬するスパーダに関しても色々と書き残してた。でも自分に関するものも執筆してたって…」
「へえ。カーロも案外、人間臭いとこあったんだな。物書きする悪魔なんざ聞いた事がねえ」
ダンテは苦笑気味に肩を竦める。
元々読むのは雑誌か漫画くらいのダンテにとって、文字だらけの本すら興味の対象外であり、ましてや自分で執筆をするなど、考えられない事だ。
「…で? "パパ"の書いてた伝記を読みたくなったのか?」
「読んだものもあるわ。子供の頃からパパの書斎に入り浸ってたし」
は棚の一つから数冊の書物を取り出し、ダンテに見せた。
「…これは?」
「こっちがスパーダに関するもので、こっちはパパが対峙してきた悪魔に関する事が書かれてる」
「へえ…戦った悪魔の事まで書いてたのか?カーロも案外、暇だったんだな」
「あのね…あんたの思考と一緒にしないでくれる?これを書いたのはママや私の為でもあったんだから」
「あん?どういう意味だ?」
ダンテは首を傾げつつ、壁際に腰を下ろすとを見上げた。
「対峙した悪魔との戦い方や弱点、その他もろもろ残しておけば、似たような奴らと戦う時に役立つでしょ?ママは騎士だったわけだし」
「なるほどね…。ま、真面目なカーロらしいな」
「多分パパは自分に何かあった時の為にこれらのも物を残そうと考えた…。自分の知っている知識を私達に伝える為にね」
黙っての言葉に耳を傾けていたダンテだったが、不意に笑みを漏らすと頭を振った。
「…いや。多分お前に、だろう」
「え…?」
きっぱりと言い切るダンテに、は眉をひそめ振り返る。
そんな彼女を見据え、ダンテは自分の感じた事をそのまま口にした。
「母親は騎士として、ある程度の悪魔は知っていたんだろ?ならカーロにとっちゃ生まれたばかりのお前の事が一番心配だったはずだ」
「…どうして?」
「母親は人間だが…お前は違う。カーロにとっちゃ唯一、血の繋がった家族だ。そのお前が自分と同じように悪魔に狙われるのは容易に想像できたはずだ」
「……あ…」
「妻は人間だ。いつ何があるか分かったもんじゃねえ。だからこそお前が一人ぼっちになった時に自分の身を守れるよう、何かを残しておきたかったんだろ」
「…パパが…私の為に…?」
手の中にある数冊の書物を見下ろし、は軽く唇を噛みしめた。
父カーロは、スパーダと同じく魔界を裏切った存在だ。その為に数々の悪魔から命を狙われ、その度に激しい戦闘を強いられてきた。
我が子が自分と同じ運命を辿る事になる、と心配するのも当然のように思えた。
「…確かに私…騎士になって悪魔と戦う時、パパの書いた物を知らないうちに参考にしてた…。悪魔に関する知識だけは他の騎士仲間に負けなかったくらいよ」
「大したもんだ。ま、そんな書物があったって、自分の物にするか、ただの紙クズにするかは本人次第だからな。カーロもそこまでは分からなかっただろう」
「そっか…私、気付かないうちにパパに助けられてたのね…」
改めて書物を捲り、文字一つ一つを指でなぞる。そこには父カーロの、娘への愛情が溢れていたという事を、は初めて実感した。
「…で、お前の探し物ってのは何なんだ?そこらのもんは全て読んだんだろ?」
「うん。でも…足りないの」
「足りない?何が」
考え込むように本棚を見上げるに、ダンテは僅かに眉を顰めた。
は一呼吸置くと、手にしていた書物を棚へと戻し、傍にある木製の椅子へと腰を下ろす。
そして銀色の瞳をダンテに向けた。
「パパが私の為にこれらの書物を…対峙した悪魔の事を残してくれたんだとしたら…あるはずなのよ」
「…だから何が」
「…インチェ島に封印した悪魔の書が、よ」
その一言で、ダンテは僅かに息を呑み、再び棚へと視線を向けた。
「"nevato"――[ネヴァート]――」
「あ?」
「そう書かれてた石碑があったでしょ?あの封印結界があった部屋に」
は言いながらベッドへと腰をかけ、ダンテも隣に座った。先ほど屋根裏部屋からの部屋に移動してきたのだ。
―――ついでに、ダンテの「酒はねえのか?」というリクエストで、シエラの手作りであるラム酒と、摘まみにドーナツをキッチンからくすねて来た―――
二人は、ラム酒を呑みながら屋根裏から持ち出した数冊の書物を前に、顔を見合わせる。
「そういや…あったような…」
「何よ。見てないの?」
「知るか。こっちは暑くてそれどころじゃなかったぜ…」
あの島での暑さを思い出したのか、ダンテは徐に顔をしかめた。
注意力散漫な男だ、とは内心呆れながら、続きを話そうと軽く咳払いをする。
「ネヴァート…それは多分あそこに封印されてた悪魔の名よ」
「…へえ。だから何だよ。封印は解けなかったんだしいいじゃねえか」
「それよ」
「あん?」
ドーナツを口に放り込んだダンテは、それをラム酒で流しながら軽く首を捻ってみせた。
「…おかしいと思わなかった?あのノデッロって悪魔」
「おかしい?まあ…確かにあの分身能力はウザいくらいだったな」
「あのね…そういう事じゃなくて!あまりにアッサリ消えたと思わない?あんなに主である悪魔の封印を解きたがってたのに」
「そうか?あの時のお前の力は完全に覚醒してた。あの悪魔よりも圧倒的に強かったんだ。別にアッサリでもおかしくはねえだろ」
「…そうだけど…」
納得いかないような表情で口ごもるに、ダンテは溜息交じりでラム酒を煽った。
自分の力に自信が持てないのだろうが、あの時のは確かに悪魔として覚醒してたのだ。
ダンテのように魔人化まではしなかったが、圧倒的な強さだったのは間違いない。
「何が心配なんだ?あの島を出てから力が半減したからか?そりゃ仕方がねえこった。あの島にはカーロのパワーが溢れてたからこそ―――」
「言われなくても分かってるわ。私がパパの魔力と同化したからって言いたいんでしょ?」
「ああ。でも一度覚醒したんだ。今後、何がキッカケで完全覚醒するかは分からねえだろ」
「そうね…。でも…私が気になってるのはその事じゃないわ。あのノデッロって悪魔…ダンテ達が来る前にペラペラと主である悪魔の事を話してた。暑さが弱点だって事まで」
「ま、おしゃべりな野郎だったしな。どうせ話したところで、封印を解いた後にお前を殺せばいい、くらいに考えてたんじゃねえのか?」
「そうかもしれないけど…何か引っかかるの。あの悪魔は…何ていうか…捨て駒だったように思えて」
「捨て駒?」
「うん…私をあの場所におびき寄せる為だけに存在してたような…」
これまでの事を思い返し、は溜息をついた。
襲撃された夜の事。森の中で対峙した夜の事。そして今度の自分への罠。
どれもこれもの神経を逆なでするような、そう大切な人を徐々に奪い、憎しみを増幅させようとしているかのように思えて来たのだ。
そして現実にこれまでの怒りが増幅したは、あの場で覚醒しノデッロを葬り去った。
封印結界も守られ、一見、何の問題もないように思えるが、それでもは何故か不安だった。
「事実、そうじゃねえの?現にお前はあの島へ足を踏み入れたわけだしな。でもの覚醒と共に狼野郎の思惑は外れ、主の救出は出来ないまま消滅したってとこだろ」
ダンテの言う事も分かる。しかしの中で何かが違うと訴えかけて来るような、嫌な感触が残るのだ。
「そうね…。でも一応、あの封印されてる悪魔の事を知りたくて」
「…ああ、それで親父の遺品の中から、そのネバ?なんちゃらって悪魔の事を書いた書物を探そうと思ったのか」
「…ネヴァートよ。これまで色々な悪魔の事を書いてたんだから、あの島に関するものもてっきり残してるのかと思ったの。だって封印したほどの悪魔なのよ?」
「確かにあってもおかしくねえ。つーかない方が不自然ですらあるな。でも、それがないって事か?」
「分からない。パパの残した物はまだ沢山あるし、どこかに紛れ込んでるのかも…」
は一口ラム酒を呑むと、盛大に息を吐いてベッドへと倒れ込んだ。
「ノデッロが単に捨て駒だったとしたら…それを操ってたのは誰なのか…」
「主である悪魔は封印結界の中で身動きすら取れねえ…。とすれば、まだ他にその悪魔を助け出そうとしてる悪魔がいるって事か?」
「そう。いてもおかしくない。だから万が一の事も考えて、そのネヴァートって悪魔がどんな奴なのか知りたいの」
「騎士団は何か知らねえのか?人間だとはいえ一応、悪魔としょっちゅう戦ってるんだろ」
「…騎士団か。まあ今じゃインチェ島の領土を所有してるのは、そこの教皇さまだし何か知ってるかもしれないけど…」
「教皇…?何だそりゃ」
「騎士団のトップにいる人よ。まあ、かなりの高齢なんだけど…スパーダ信者にとっては彼も崇める対象みたい。私にはただのヨボヨボなじいさんにしか見えないけど」
「ヨボヨボじいさんを崇めるたぁ、この街の人間も相当な暇人だな」
「まあね。でもそれをシェスタ達の前では言わないでよ?長ーーい説教されるだけだから」
ケラケラと笑うダンテを軽く睨みつつ、も苦笑気味に言う。
彼女も元騎士でありながら、教皇など特に崇める対象とは思っていなかったクチなのだ。
もちろん信者の前では口が裂けても言えないが。
「…で、どうするんだ?」
「え?」
笑い終えたダンテが、ふと真顔で尋ねる。
「仇討ちはしたし、あの島での事は一応、解決した。帰ろうと思えば明日にでも帰れるぜ?」
「ああ、それなんだけど…あと二〜三日はいようと思うの。まだパパの遺品を調べたいし」
「…言うと思ったぜ」
ダンテがガックリと項垂れる。
出来れば、こんな退屈な街からは早々に退散したかったが、はまだカーロの残したと思われる書物を諦めきれないらしい。
=ダンテも当然ここへ残る、という選択肢しか残らない。
「何よ。嫌なら先に戻っててもいいけど?」
不満げなダンテの態度に、は目を細めた。
「…帰りの交通費用、全額支払ってくれるならそうするぜ」
「ダメに決まってるでしょ?ダンテに現金なんか持たせたら何に使うか分かったものじゃない」
「…チッ!だったら言うな」
フォルトゥナに残るしかないと分かり、ダンテは不貞腐れたようにラム酒を煽る。
そしてそのままベッドへと寝転がった。
「ちょっと!寝るなら自分の部屋に戻りなさいよ」
「あ?寝るわきゃねえだろ。まだ飲むんだよ」
「…さっき寝酒って言ってなかったっけ?」
「こんな量じゃ仮眠も出来ねえよ。――――酒」
ダンテは寝転がったまま、空のグラスをに向ける。
その横柄な態度に目を細めながらも、とっとと酔わせて部屋へ返そうと、は渋々グラスに酒を注いだ。
「しっかし無駄に立派な孤児院だな…。フツー孤児院つったら、もっと質素だろ。何か悪い事でもしてんのか?」
「してるわけないでしょ!ここは街の信者達から寄付を受けて運営してるの。信者には今で言うセレブってのも多くいるのよ」
「…へえ。寄付ねえ…何もしねえで大金もらえるなんざ、羨ましい限りだな」
「あのね…。シェスタはボランティアで孤児を引き取って育ててるのよ?この街は悪魔に親を殺された子供が後を絶たないの。自営でやっていくには限界があるわ」
自分のグラスにも酒を注ぎながら、は呑気なダンテを睨む。
てっきりまた憎まれ口が返ってくるのかと身構えていたが、予想に反してダンテは無言のまま酒を煽った。
「…何よ。急に黙っちゃって」
「…別に。ただ…悪魔の存在が当たり前の街って…住んでる人間にとっちゃ地獄だな、と思っただけだ」
「……ダンテ…?」
「ま、その為に騎士団ってもんをカーロは作ったんだろうが…」
「そうね…。でもその基盤を作ったのはスパーダよ」
「…そりゃ崇められてるわけだ」
急に父親の話をされたからか、ダンテはちゃかすように笑ったが、には彼がどこか照れているように見えて笑いを噛み殺した。
そして、ある事を思い出すと、
「そうだ…!明日、バージルに会った森に連れて行ってあげる」
「あ?別にいーよ、めんどくせえ。起きられるか自信もねえしな」
「いいじゃない。それに、ここじゃ悠長に寝坊なんて出来ないわよ?」
「…どういう意味だよ」
含み笑いをするに、ダンテは顔だけ起こして尋ねた。
「ここの起床は朝6時と決まってるの。もちろん全員。いくらゲストでもそれは同じよ」
「…はあ?!6時って…俺が普段、寝る時間じゃねえか」
あまりの早さにダンテは目を剥いて上半身を起こした。
そして同時に時計を確認すると、時刻は午前1時をすでに回っている。
計算して残り5時間も寝れない事を知ると、ダンテは急に酔いが回って来た気がした。
「ありえねえ…絶対に起きれねえだろ…」
溜息交じりで再びベッドに倒れ込むダンテの顔を、は苦笑交じりで覗きこむ。
「起きないとシェスタに叱られるわよ?ちなみにお寝坊さんには朝食抜きっていう罰があるの」
「マジかよ…?朝メシ抜きはひでぇ…。まさに悪魔の所業だぜ…」
「あのね…。ルールを守らなければ、それなりに罰があるのは当たり前の事でしょ。ダンテも孤児院にいた事があるなら分かるんじゃない?」
「分からねえ。俺は一度もルールを守った事ないからな」
しれっと言いのけたダンテに、は思い切り目を細めた。まあ確かにダンテならありえる。
「ホント自由人ね、あんたって」
「それだけは譲れねえな」
「威張んないでよ」
苦笑しながら自分を見下ろすを、ダンテも見上げる。
寝転がっているのだから当然だが、その姿勢になってダンテはある事に気付いた。
はベッドの端に腰をかけている為、身を乗り出しダンテを見下ろしているのだが、そのせいで胸元が無防備な状態でダンテの視界にさらされているのだ。
当然パジャマだから下着もつけておらず、それがハッキリと分かるくらいに首筋から胸の谷間辺りの綺麗なラインがダンテの青い瞳に映り込んでいる。
そしてその事実をは気付いていない。故にダンテも敢えて黙っている事にした(!)
こんな何もない街に明日から何日か滞在するのを―――しかも早寝早起きときている―――付き合ってやるのだ。(ダンテの中ではあくまで付き合ってやる、という姿勢)
どんなに見たって減るものじゃなし。少しくらい目を楽しませてもらってもいいだろう、というのはダンテの勝手な考えだ。(単にエロいだけ)
「…ま、仕方ねえし、どうせ起こされるなら森でも何でも付き合ってやるよ」
「ホント?」
「ああ…」
更に身を乗り出して来たに、ダンテは素っ気ない返事をしながらも僅かに頭を持ちあげた。
そうする事でパジャマの中身(!)がもう少しで見えそうなのだ。
(…あとちょっとで全貌が見えんだけどな)(!)
年頃の男子よろしく、ダンテが無防備にさらされた胸元を覗こうとしている事など、は全く気付く様子もなく、楽しげに森の話をしている。
「そこは昼間でも悪魔が出る場所なの。ダンテも退屈しのぎになるかもね」
「…へえ。そりゃ楽しみだ…。つーか、この部屋、暑くねえか?」
一度、その気になった欲望は抑えられず。
どうにかしての胸を見る方法はないか(!)と考えた結果、ダンテはいい事を思いついた。(しょーもない)
「え?そう?涼しいと思うけど」
「…いや暑いって。わりいけど、そこの窓、開けてくれよ」
言いながら目で合図をする。窓はダンテの頭の上にあるのだ。
当然、が開けようとすればダンテに覆いかぶさる格好となり、そうする事で更に下からも覗ける気がする。
それを期待してダンテは「少しでいいから」とを急かした(!)
「もう…フォルトゥナの夜は冷えるのよ?」
ダンテの思惑になど気付かず、は唇を尖らせ、睨んでくる。
いつもなら憎たらしいと思える表情ではあるが、この状況で見ると何故か可愛く見えて来るから不思議だ。
もっと言えば、尖らせている唇はふっくらと柔らかそうで、どこか挑発的ですらある。
(…まあも黙ってりゃ、かなり美人だしな…スタイルだってグラマーとまではいかねえが、出てるとこは出てるし―――)
そう考えると余計に興味が沸いて、ダンテは身を乗り出し窓を開けようと手を伸ばすを見上げた。
四つん這いの体制から窓の方へ手を伸ばす事によって、パジャマが上に引っ張られていく。そうなると当然のようにダンテの期待するものが視界に飛び込んできた。
上に引っ張られた事で、の白い腹部が見え始め、ダンテはそこから奥をコッソリ覗きこんだ。
先ほどはかすかな谷間だけだったのが、下から覗く事によって僅かに下胸の膨らみが見えて来る。ダンテは更に上を見ようと僅かにパジャマの裾を摘まんだ(!)
気付かれないよう、ゆっくりと捲り上げ、そして後もう少しでの形のいい胸の全貌が、ダンテの視界にさらされる――――と、思ったその時。
バチンッ
「――――ってえ!」
「何してんのよ、このスケベ!!」
思い切り額をひっぱたかれ、ダンテは目の前がチカチカ光った気がした。
「お腹の辺りが何かモソモソすると思えば…覗こうとしてたのねっ?」
「…チッ、いいじゃねえか。見るくらい…」
バレてしまったものは仕方ないとばかりに、ダンテは口を尖らせた。
その口調には後もう少しだったのに、という悔しさが滲んでいる。
「いいわけないでしょ!このエロ悪魔!」
「…誰がエロ悪魔だよっ」
「あんたしかいないでしょうが!もう、最悪!――――まさか…見てないでしょうね…?」
自分の体を抱きしめるように胸元を隠し、はジロリとダンテを睨む。
まるで痴漢でもみるような目つきだ。いや、実際ダンテがした事は痴漢行為と言っていいかもしれない。
「見てねえよ!もう少しってとこでお前が殴って来たんだろうが」
「殴るわよ。当たり前でしょ?っていうか私の胸見てムラムラしてたとか?!押し倒そうとしてたんじゃないでしょうね?」
「押し倒すか!俺にも選ぶ権利っつーもんがあんだぜ?」
「それはコッチのセリフよ。そもそも人の胸を覗こうとしてたクセに選ぶもくそもないでしょっ」
「仕方ねえだろ。男なんて目の前に胸がありゃ誰のであろうが見ちまうもんなんだよっ。グラビア見るのと同じ心理だろ?」
「…最低…こんなのが相棒なんて最悪…」
「ああ?悪かったな!んじゃあ、お前は男の裸見てムラムラした事ねえのかよ」
「あるわけないでしょー?グロリアじゃあるまいし!だいたいダンテなんか、いっつも上半身裸じゃない。見慣れたわよ」
そう言って思い切りそっぽを向くに、ダンテは己の格好を見下ろした。
の言うとおり、今も上半身は裸である。
寝ようと思っていたのだから当然と言えば当然だ。ダンテはの言い草に苦笑しつつ肩を竦めた。
「悪かったな、オカマにしか興味を持たれないような裸で」
「別にそんな意味じゃな――――」
言い返そうとした瞬間、不意にコンコン!とドアがノックされ、二人は同時に固まった。
「?何を騒いでるの?」
「「――――シェスタ?」」
その声に二人は慌てて顔を見合わせる。
そして先ほどシェスタが変な心配をしていた事を思い出した。
あんなに否定した後で部屋にダンテがいるとバレたら、また何を言われるか分かったものじゃない、とは青くなった。
慌ててダンテをクローゼットへ押し込もうと、彼の腕を引っ張る。
が、突然の動きにダンテの足がよろけ、の方に体が傾いた。それと同時にドアが開き――――
「?返事くらい……って、な、な、な、何をしてるんですか、あなた達!!」
静かな夜に、シェスタの悲鳴にも似た叫び声が響き渡った…