再会と再開

結局、わたしがキルアと再会できたのは、試験最終日だった。
幼い頃から叩き込まれた追跡術は、こんな場所でも何かと役に立つはずなのに、これがなかなか見つからず。延々と森の中を彷徨い、時には戦い、ついでに妖しい気配がしたら逃げて逃げて、気づけば試験終了を告げるアナウンス。
仕方ないとばかりにスタート地点に戻ってくると、近くの木陰で呑気に寝ていたキルアを発見。その頃にはわたしもクタクタだった。

もターゲットからプレート奪えたんだな。オレもたまたま襲ってきた連中の中にターゲットがいて無事にもらうことができたんだよねー」
「…(もらう?)」

どういう経緯でもらえたのかと首を傾げたものの。離れていた間、わたしに何があったのかを知らないキルアは、随分と呑気に笑ってる。森に入ってからはキルアもずっと単独行動だったらしく、聞けばゴンくん達とは一度も会えなかったらしい。
そして今は最終試験場へと向かう飛行船の中。試験に残ったのは、わたしを入れて10人で、当然のことながらイルミとヒソカも入っていた。

「じゃあキルは早々に合格してたわけか」
「うん。その後は暇だし襲ってくる雑魚キャラ適当に倒しながら移動してたってわけ」

キルアは手にしていたスケボーをくるくる回しながら愉しげに言った。
なるほど。それで見つけにくかったのか、と納得した。途中でキルアの微量な痕跡を見つけ、その地点から追いかけてはみたけど、その間も移動し続けてたなら会える確率は低かっただろう。あの鬱蒼とした森の中、人ひとり探し出すのは地味に大変なのだ。

「で、の方は?どうしてたの?」

通路に置かれたベンチに腰をかけながら、無邪気な笑顔を向けてくるキルアの問いに、即答するわけにもいかず。わたしは無言のまま引きつった笑みを浮かべた。
わたしがヒソカと前から知り合いだという事実も、イルミがこの試験を受けに来てるという最悪な状況も、キルアは知らないからだ。
話した方がいい気もしたけど、もしイルミがいると知ったらキルアは確実にこの島から逃げ出すだろう。試験なんて放り出してしまうに違いない。そうなれば、せっかく出来た友達との時間が消えてしまうし、そんなことはさせたくないと思ってしまった。
こんなにも楽しそうなキルアは初めて見るから。
返事を待つように、可愛い弟は大きな瞳でわたしを見上げていた。
もう少しだけ、キルアには自由な時間を過ごして欲しい――。
この思いが、後々仇になるなんて、この時は微塵も思っていなかった。

「まあ…わたしも適当に襲ってくるヤツと戦いながらキルを探してたし…似たようなもん」
「そっか。でも…危ない目に合わなかった?」
「うん…大丈夫だよ」

ふと心配そうに尋ねてくるキルアは、姉思いの優しい弟だ。お互い歪んだ世界で育てられたはずなのに、家族の中で唯一、自分の意志を強く保っていられる強い子だと思う。
イルミに流されて生きてきたわたしには、それが少し羨ましくさえあった。

「まぁ戦闘方面は大丈夫だと思ってるけどさ。危ない目ってのはそっちじゃなくて変な男から口説かれなかった?って意味」

安心したように立ち上がったキルアは、意味ありげな視線をわたしに向けてくる。その一言に心臓が変な音を立てた。キルアは変に勘のいい子だから、何か気づかれてないか心配になった。

「ま、まさか。大事な試験の最中に女を口説こうなんてバカはいないってば」

なんて…笑って誤魔化してはみたけれど。わたしの脳裏に、赤い髪の"バカ"が笑顔で手を振ってる映像が流れていく。ハンター試験の最中、あんな言動をするのはヒソカくらいかもしれない。
わたしが逃げた後、イルミやヒソカはどうしてたんだろう。試験後に集まった時、イルミはまたギタラクルに変装してたから、わたしと会っても声をかけてくることはなかった。ヒソカとも顔を合わせたものの、キルアと一緒だったせいか、特に話しかけてくることもなく。ひとまずキルアにバレずに済んでホっとしていた。

「そう言えばゴンくん達、何があったの?ギリギリで到着してたけど、三人ともボロボロだったよね」
「ああ。何か毒蛇の罠にハマって洞窟から出られなくなってたんだってさ。まあ、レオリオってオッサンが自ら囮になって脱出したらしいけど」

キルアは言いながら、遠くで話す三人に視線を向けた。なるほど。あっちはあっちで色々とあったようだ。でも無事に三人全員が合格したのは凄いと思う。特に驚いたのはゴンくんだ。あのヒソカからどうやってプレートを奪ったのか聞いてみたい。見た感じ大きな怪我をしてるわけでもなく、ヒソカを相手にして生きて戻って来た事実は驚嘆に値する。

(プレート取られても殺さなかったのは意外…。ゴンくんのこと気に入ってたみたいだし、ヒソカにも何か別の思惑があるとか…?)

何かとても嫌な予感がして溜息を吐く。だいたい、ヒソカが気に入ったというのは単に"獲物"として――。

「…ぁ、
「………」
ってばっ」
「えっ?」

ゴンくんが心配になって考えこんでいると、キルアに腕を引っ張られて我に返った。

「どうしたんだよ。ボーっとして。そんな疲れてんの?」

慌てて視線を下げると、キルアが心配そうな顔をしている。

「あ、ご、ごめん。大丈夫だから。ちょっと考えごとしてた」
「ほんとかよ?面接に呼ばれるまで部屋で少し休んでたら?」
「大げさだよ。ほんと大丈夫。まあシャワー浴びには戻るけど」

長いこと森の中を散々歩き回って戦闘までしたおかげで、髪も服も悲惨な状態になっていた。この後は最終試験前の面接があると言われたから、そこはきちんと身なりを整えたい。
そう言ったら、キルアは少しホっとしたように「そっか。ああ、母さんが良く言う女の身だしなみってやつ?」と笑った。
確かに母はわたしによくそんなことを言っていた。ゾルディック家の長女として相応しい服装をしなさい、と。
わたしとしては、どんな服装をしても殺し屋なのには変わりないし、人並み程度でいいと思うんだけど。前にそう言ったら大泣きされて大変だったっけ。
感情の起伏が激しい母を思い出し、苦笑いが零れる。

「じゃあオレ、ゴンと話してくるよ」

久しぶりに親の顔を思い出していると、不意にキルアが言った。

「そう?じゃあ、また後でね」
「うん」

わたしが手を振ると、キルアは軽い足取りでゴンくん達の方へ走っていく。今は初めて出来た友達に夢中のようだ。

「あんな顔も出来るんだな、キルは」

家ではあんな笑顔、殆ど見られない。ゴンくん達の輪に笑顔で入っていくキルアは、どう見ても歳相応の少年だ。この光景を見たら、あの母はどういう反応をするんだろう。息子に友達が出来た、と喜ぶような人じゃないから、もしかしたら発狂するかもしれない。イルミだってきっと――。

「また弟くんのお守りをしてるのかい?」
「……っヒソカ…」

背後から聞こえたねっとりとまとわりつくような声に、心臓がピンポン玉の如く飛び跳ねた気がした。"絶"のまま近づくなんて悪趣味すぎる。

「気配殺して近づかないで」

ヒソカじゃなければ攻撃してたかもしれない。小さく息を吐いて睨みつけると、ヒソカは「ごめんごめん」と何の反省もしてないような態度で微笑んだ。まあ、今のわたしにコイツは殺せないし、ヒソカもそれを分かってるからだろうけど、でも。だからこそ癪に障る。

「やっと弟くんが離れたからと話したくて」
「…もしかして…ずっと"絶"で隠れてたの?」

呆れたように見上げると、ヒソカは「だって弟くんに見つかったらが困るだろ」と肩を竦めてみせた。確かにそうだけど、そこまでしてつきまとわないで欲しい。そもそも…わたしの何が、彼をそんなに刺激するんだろう。イルミとの関係を知られてしまった相手とは、あまり顔を合わせていたくないのに。

「で…久しぶりだね。。随分と探したんだよ、森で」
「…あっそ」

ここにいればキルアに見られる可能性もある。わたしはヒソカを追い越して客室のある方へ歩き出した。当然ヒソカも後ろからついてくる。

「どうして逃げたんだい?ボクらはパートナーだろ」
「…別にいいでしょ。わたしがいなくてもヒソカならプレート余裕で集められたはず。現に試験突破したんだし」
「それはそれ。一度協定を結んだからには、最後まで付き合ってくれないと」
「でも試験はもう終わったし。最終試験はどうせ個人戦――」

言い終わらないうちに腕を引かれ、気づけばヒソカと向かい合っていた。視線だけ上に向けると、彼の薄い唇が弧を描き、赤い舌がチラリと覗く。あっと思った時には客室のドアに押し付けられていた。

「ちょっと…っ」

まさか通路でこんなに密着されるとは思わなかった。両手で押しのけようとしても、硬い胸板はビクともしない。力で負けてると思うと無性に悔しくなるから不思議だ。ゾルディックの血が騒ぐせいかもしれない。力で屈服させられるのは、イルミだけで十分だ。

「そんなに暴れなくても」

抵抗したところで、ヒソカは相変わらず余裕の笑みを浮かべている。いったい、どういうつもりだと睨みつけても、ヒソカを悦ばせるだけだった。

はボクをその気にさせる天才かい?」
「させてないし、こんな場所でくっつかないでよ…っ」

よりにもよって客室スペース。いつ誰が戻ってきてもおかしくない。こんなとこを見られたら何を噂されるか分からないし、イルミの耳に入りでもしたら、この飛行船の安全が危うい、かも。
イルミの重力に反するような重苦しい殺気を思い出して、心の底からゾっとした。
なのにヒソカは全く放す気がないらしい。身を屈めてわたしの顔を覗き込んでくる。

「う~ん…この前は中途半端に煽られたまま逃げられちゃったし…ずっと会えなかったからボクも限界なんだよねぇ」
「は…?煽ってないから…って、ちょ、ちょっとっ?」

背を預けていたドアが部屋側へ開き、慌てて足を踏ん張った。何で開くんだと驚いていると、ヒソカはわたしを見下ろしながら、ニッコリと微笑む。

「ああ…ここ、ボクの部屋なんだ」
「……なっ」

抗議する間もなく。わたしはヒソカの手で、部屋の中へと引きずり込まれてしまった。




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