初詣に行こう | 後編



3.


神社につき、自分達の番を待つ間もどんどん人が後ろに並んでいくのを見ていたは不思議そうに蘭を見上げた。

「神社で何をするの?」

初詣の意味を知らないからそう訊かれた蘭は、自分も昔、親に同じようなことを聞いたなぁと懐かしく思いながら、その時に母親から教えられたことをそのまま伝えた。

「そうだなぁ…昔はさ、神仏や死者に祈るためとか言われてたみてぇだけど、本来は仏教の教えを説いてもらうのが目的なんだって。でも今は願い事や幸せの祈願、日々の感謝を伝えるために手を合わせんのが一般的だから、も何か願い事をしてみろよ」
「感謝と…願い事…この鈴は?」
「ああ、これは鈴の清らかな澄んだ音色に悪いものを祓う力があるって信じられてんだと。鳴らすことで祓い清める意味がある」
「へえ、兄貴よく知ってんなァ、そんなこと」

感心したように言う竜胆に、蘭は僅かに目を細めると「オマエも昔、お袋に教わっただろ」と呆れたように笑った。

「まあオマエは早く鈴を鳴らしたくて騒いでたから覚えてねぇか」
「…そ、そうだっけ」

子供の頃のことを言われ、竜胆の顏がわずかに赤くなる。その時、三人の番が回って来た。は蘭に教えられた通りお賽銭箱に小銭を投げ入れ、鈴緒を掴んで左右に揺らした。ガラガラと本坪鈴ほんつぼすずが音を立てる。そして何をお願いしようと悩んだが、の"お願い"はもう叶えてもらった。それを叶えてくれたのは今、隣にいる蘭と竜胆だ。は幸せな日々への感謝と、家族になってくれたふたりに感謝をしながら、真剣な顔で手を合わせた。

蘭も目を瞑り、が高校に合格しますように、と祈りながら手を合わせた。
数秒後、目を開けてふと隣を見ると、は未だに熱心に手を合わせていた。
目を瞑り、口元には力が入っているのか、きゅっと唇を引き結びながら、眉間まで寄せている。何やら真剣にお願い事をしているように見えるその姿が可愛くて、蘭は思わず吹き出しそうになった。しかしいくら蘭でも神様の前で笑うわけにはいかない。普段はそんな礼節など考えて生きているわけじゃないが、神社という神聖な場所だと自然とそんな気持ちが湧いて来るのが不思議だ。グっと笑いを堪えて待っていると、がやっと目を開けて蘭を見上げた。

「終わった?」
「うん」
「なーに必死にお願いしてたんだよ」
「え…」

とっくに終わってを待っていた竜胆が突っ込むと、はほんのりと頬を赤らめた。その顔を見れば絶対に蘭のことだろうと竜胆は思ったのだが、は「お願いじゃないもん」と首を振った。

「嘘つけー。どうせ兄貴にいっぱい甘えられますようにってお願いだろ?」

人の流れに逆らい、出口に向かって歩きながら竜胆がからかうと、は再び首を左右に振った。

「じゃあ何だよ。あー合格祈願とか?」
「…内緒」
「ハァ?いいじゃん、教えろよ」
「おい、竜胆。願い事は人に言っちゃ意味ねえだろー?」

をからかう弟を睨みつつ、蘭が呆れ顔で溜息をつく。しかしはもう一度「お願いはしてないもん」と言い出した。そこまで言われると、あんなに真剣な顔で何を拝んでいたのか、ますます気になって来る。蘭も同じことを思ったのか、の目線まで屈むと「じゃあ何をあんなに一生懸命拝んでたんだよ」と尋ねた。最初は言いにくそうにしていただったが、蘭に「教えて」と可愛く言われたことで、そこは素直に頷いた。

「ふたりに感謝してたの」
「え?」
「私を…家族にしてくれてありがとうって感謝してたの」

照れ臭そうに言いながらモジモジしているを見て、蘭と竜胆が顔を見合わせた。お互い同じことを思ったようだ。蘭は頬を一気に緩ませ、竜胆に至っては目が潤んでいる(!)

「オマエ、何泣いてんだよ。いやオレも泣きそうだけど…泣くの早くね?」
「な…泣いてねーし!」
「え、竜ちゃん泣いてるの?何で?」
「だから泣いてねーって!」

キョトンとした顔で見上げて来るの視線が痛くて、竜胆はそっぽを向いた。けれどその頬は赤い。これまで感じたことのない幸福感だった。の気持ちが素直に嬉しい。心が暖かくなるという初めての感覚が竜胆の胸に広がっていく。
蘭にしか懐いていないと思っていたが、自分のことも家族と認めてくれてたことが、竜胆は一番嬉しかった。

「おーし、んじゃー今夜は鶴蝶も呼んでパーっと飲むか。どーせアイツ、正月関係なくトレーニングしかしてねえだろ」
「…だろうな。可哀そうだからオレらの幸せ分けてやっか」

蘭の言葉に竜胆も賛同し、を連れて出口へと向かう。鶴蝶、と聞いても笑顔になると「カクチョーにお雑煮食べてもらおう」と言い出した。

「お花の野菜、可愛いからカクチョーも喜ぶよ、きっと」
「……いやぁ、どうかな」
「アイツがあれ食べてる姿は笑えそうだけど」

無邪気なをよそに、蘭と竜胆は苦笑いしか出ない。

「とりあえずの着物姿は見せてやっか。アイツ、真っ赤になってすっ飛んで来るぞ、きっと」

蘭が笑いながら先ほどホテルで写したの晴れ着姿の写真をケータイで送る。鶴蝶は蘭と竜胆にとって、すっかり孫を可愛がるお爺ちゃん扱いだ。

「送信っと。これで横浜からバイクでかっ飛ばしてくんだろ」
「バイクって…この寒い中?」
「寒くてもの着物姿見たさにバイクで来る方に一万円」
「え、賭けんの?!ずりー!ぜってーアイツバイクで来るじゃん!」

正月早々賭け事を、それも神聖なる神社で始める不届き者の兄に、竜胆が抗議の声を上げる。すると意味の分かっていないが不思議そうに首を傾げながら「じゃあカクチョー来るまで着物姿ってこと?」と訊いてきた。

「いや、これレンタルだから返しに行かないと。も慣れない着物で歩き回って疲れただろ。ま、生で見れないかわいそーな鶴蝶に酒でも買ってってやろうぜ」

そう言って笑いながら、の手を繋ぎ直した。その時、鶴蝶からの返信が届いたのか、蘭のケータイがぴろんと鳴る。

「なになにー。"今すぐ行く!"だって」

蘭が画面を見せてニヤリと笑うと、竜胆もその簡潔なメッセージに軽く吹き出した。この分だと蘭の言ったようにバイクをかっ飛ばしてくるであろうことは容易に想像出来る。

「アイツ、着く頃には風邪引いてんじゃねえの」
「まあ鼻水は間違いなく垂らしてるだろうなー。オレ、垂らしてる方に五千円」
「ハァ?じゃあ、さっきの一万はきっちり払えよ?竜胆」
「まだバイクで来るか分かんねーじゃん」
「その理屈でいくと鼻水だって垂らしてっかわかんねぇだろ」

結局のところ、鶴蝶が灰谷兄弟にいじられるのは年が明けても変わらないようだ。ふたりが楽しそうに話してるのを見ながら、はふと笑みを浮かべた。去年のお正月は暗闇にいたはずが、今はこんなにも日の当たる場所にいる。その暖かで甘い幸せをくれたふたりに、はまた一つ感謝をする。

「カクチョーは私の初めての友達だからイジメちゃダメ」

ふたりのおかげで、優しい友達が出来たから。

「鶴蝶が友達かよ」

の可愛い抗議を聞いて、蘭と竜胆は徐に顔をしかめたが、確かにふたりが不在の時はきっちりを守っていてくれた鶴蝶には、言葉には出さずとも感謝している。蘭はふとの前に屈むと、少し膨らんでいる頬へ「んー♡」と口付けた。

「イジメっつーより、これもある意味、愛だから」
「愛…?」
「ま、オレらも友達っつー友達いねぇから鶴蝶は数少ない友達枠じゃね?」

竜胆が苦笑気味に応えると、蘭も「だな」と言いながらも「すっげー不本意だけど」と付け加えた。

「どーでもいいけどさみーから早く帰って飲もうぜ」
「そうすっか。んじゃーには別の飲み物でも買ってこう。何がいい?」
「クリスマスに飲んだ炭酸のジュース」

即答するに蘭は笑いながら、クリスマスと聞いてすぐに思い当たった。

「あー…シャンパンジュースね。じゃあコンビニ寄ってこうか」

クリスマス、お酒の飲めないの為に蘭が子供用のシャンパン――要は炭酸ジュース――を買って来たのだが、かなり気に入っていたのだ。の可愛いリクエストを受けて、蘭の顏が思い切り緩んでいく。着物の着付けをしてもらった時に軽くメイクもしてもらった為、今まで触れるのを我慢していた蘭も、ついの真っ赤な唇にキスを落とす。ちょうどおみくじやお守りを売っている辺りの人が多い場所なだけに、が恥ずかしそうに固まった。少し冷えた唇を軽く啄むと互いの唇にかすかな熱が生まれる。

「…ら、蘭ちゃんの唇、冷たい」
「いや…の唇も冷たいじゃん。寒い?」
「う、ううん…」

今のキスで少しだけ火照ってしまったようだ。の頬がほんのりと赤くなっていく。その体温が上がった頬にもちゅっと口付けると、竜胆から抗議の声が上がった。

「いや、人が大勢いるとこでイチャつくなよ!ったくバカップルか」

参拝客が行きかう場所でいつものようにスキンシップを始めた兄に対し、竜胆が呆れ顔で溜息をつく。兄貴の威厳がどうたら言ってた頃の蘭はすっかり消えてしまったらしい。

「妬くな、妬くな」
「妬いてねぇっ」
「竜胆ものスベスベホッペにちゅーしてぇんだろ?してやりゃいーじゃん」
「……は?」

蘭の挑発とも取れる言葉にギョっとして竜胆が振り返る。そのまま視線をへ移せば、ほんのり頬を赤くした状態で竜胆を見上げていた。一瞬、その誘惑にかられた竜胆の額に、いきなりべちんという音と共に衝撃が襲う。

「…ってぇ!」
「何、マジでしようかなーみたいな顔してんだよ。させるわきゃねぇだろ」
「…つーか、するわきゃねぇじゃんっ!いちいちオデコ殴んなよ」
、最後におみくじ引いて帰る?」
「いや、聞いて?兄ちゃんっ」

と手を繋ぎ、サッサとおみくじの方へ歩いて行く蘭の後を、文句を言いながら竜胆も慌てて追いかけて行く。そこでやはりと言うべきの質問が待っていた。

「蘭ちゃん…おみくじ…って何?」
「んー今年はいいか悪いか、運勢を見る…占いみたいなもんだな」
「いや、ちげーだろ」

蘭の適当な答え――説明が面倒になった――に竜胆が突っ込む。新年早々兄夫婦に翻弄される弟の今年の運勢は、吉と出るか凶と出るか――?
わざわざおみくじを引かなくても、竜胆には自分の運勢が分かった気がした。




㊗2023。一発目は蘭ちゃんです。
本年もどうぞNelo Angeloを宜しくお願い致します🎍🥰