カリスマの弱点(オマケ)



目の前には豪華なコース料理がずらりと並んでいる。はもの落とし 梅肉ジュレ、とろり湯葉玉地蒸しふかひれ餡、海ぶどう フルーツトマト、銘柄豚、ずわい蟹、季節の野菜盛り合わせ等々を眺めながら、三ツ谷とペーやんは少々呆気に取られていた。
ここは渋谷駅から徒歩1分。伝統の出汁をふんだんに使って作る「つけ出汁」で、極上のしゃぶしゃぶを食べさせてくれる大人の食事処。そこの個室に三ツ谷とペーやんは連れて来られた。しかも相手は敵対していたチームの幹部でもあった灰谷兄弟。その二人が三ツ谷とペーやんにご馳走すると言いだしたのだ。

「えーと…これってどういう趣旨の…」
「あ?趣旨~?そりゃがお礼したいっつーからだよ」

恐る恐る尋ねたペーやんに、蘭は不本意といった表情を隠そうともせず、隣に座るの頭へポンと手を置いた。その張本人はお腹が空いたと言っていた通り、小皿に分けられたしゃぶしゃぶの肉をパクパク食べている。さっきハンバーガーを食べていたにも関わらず、まだまだお腹の余裕はあるようだ。

「まあオレもオマエらに借りは作りたくねえからなー。ここで返しとくわ」
「好きなもん食えよ」

竜胆からも促され、ペーやんは素直に「じゃあ…頂きます!」と料理を取って食べ始めた。いくら敵対していた相手でも、あれは過去の話。今は特に揉める理由もない。しかもこんな高級店でしゃぶしゃぶのコース料理を奢ってもらえるなら食べておかないと損だと言わんばかりに料理へ箸を伸ばす。しかし三ツ谷は「そこまでしてもらわなくても…」と言いかけた。その時、がふと三ツ谷を見てニッコリ微笑む。

「みっちゃん、これ美味しいよ。食べないの?」
「え?あー…うん…じゃあ…」

キラキラとした目で見つめられると、三ツ谷も無下には断れない。場の空気を壊すのも良くない気がした。仕方なく箸をとり「お言葉に甘えて」と料理を食べ始めた。

「んま」
「なー?美味いよなあ?え、やっぱカリスマ兄弟はいっつもこんな飯食ってんの」

ペーやんはすでに前菜などをペロリと平らげ、今はズワイガニと格闘している。蘭と竜胆はのんびり酒を飲みながら、「別に毎日しゃぶしゃぶ食わねえけど」と苦笑した。

「今日はが肉の気分だったらしいわ。ウチはファーストだから食事はだいたいが食べたがってるやつになんの」
「え…そーなの?」

竜胆の説明にペーやんと三ツ谷が驚く。でも目の前の蘭とを見て、何となく灰谷家の日常が垣間見えた。

「ほら、…ここついてんぞー」
「え、嘘…」
「もっとゆっくり食えよ。肉は逃げねえから」
「う、うん…ありがと、蘭ちゃん」
「どーいたしまして♡」

「「…………」」

今ではすっかり二人の世界で、見ている方が赤面してしまうほど仲がいい。の口まわりについたポン酢を丁寧に拭いてやる姿は、ブロックで三ツ谷の頭をカチ割った男と同一人物とは思えないほどに優しい。

「え、あの二人っていっつもあんな感じ?」
「ああ、まーなぁ…」
「え、竜胆くんって二人と一緒に住んでんの?」
「そーだよ。だから見慣れてるっちゃー見慣れてる」

ペーやんの質問に竜胆が苦笑交じりで応えるのを聞いて、三ツ谷は何となく竜胆の気持ちを察した。

(2人は本当に夫婦なんだな…意外だ)

三ツ谷は仲良く食事をしている蘭とを眺めた。と会った時はちょっといいなと惚れかけたものの、あの蘭の奥さんだと知っては本気になるわけにもいかない。少々ガッカリしながら、このおかしな食事会を楽しむことにした。未だに蘭には思うこともあれど、美味しい料理に罪はない。

「そーいやオマエら酒は?飲まねえの」

ふと蘭が顔を上げて三ツ谷とペーやんの飲んでいるソフトドリンクを見た。

「いやオレら未成年だし…さすがに外で飲むのは…なあ?三ツ谷」
「そうそう。ってか二人もだろ?」
「は~?そんなのオレら関係ねーし。なあ?竜胆」
「まあ普段から家でも外でも飲んでるしなー」

シレっとした顔で応えつつ、二人は平然とビールを煽っている。その堂々たる法律違反に三ツ谷もペーも苦笑するしかない。

「……さすが六本木のカリスマ」
「変なとこ感心すんなよ、ペー」
「何だよ、ガキだな、三ツ谷」
「あ?こんなことにガキとかねえだろ」
「まあまあ…ケンカすんなって、三ツ谷…」

蘭と言い合いをする三ツ谷に、ペーやんが間に入る。出来れば灰谷兄弟との揉め事は避けたい。するとそれまで黙って食べていたがふと不満げな顔で蘭を見上げた。

「みっちゃんイジメちゃダメだよ、蘭ちゃん」
「…………」

一瞬で蘭の口元が引きつる。でもすぐの前のテーブルがカニだらけになっていることに気づいて、すぐにおしぼりで拭き出した。

「……いや…イジメてねーだろ?ってか、こぼしてんじゃん。カニはオレが出してやっから、それ食えよ」
「あ、ごめんね、蘭ちゃん」

テーブルに零したものを片付ける蘭に、が恥ずかしそうに謝っている。その光景を見せつけられ、三ツ谷も今のイライラが自然と消えていくのを感じた。蘭も今ではの為にカニの身を解して小皿に出してあげている。あまりにいい旦那様ぶりに溜息しか出ない。

(あーあ。蘭のヤツ、デレデレしやがって。完全に旦那モードじゃん)

に笑顔を向けながらカニを食べさせてあげている姿は、特攻服を着て暴れていた男とは随分とかけ離れている。弟の竜胆すら呆れ顔で「甘やかしすぎだって」と突っ込んでいるのを見る限り、普段から奥さんをベタベタに甘やかしてるんだろうと思った。

「なーんかマジで意外だよな、灰谷兄」
「ああ。あの蘭にも弱点があったとはなー。しかもそれが可愛い奥さんとか」
「あれ、三ツ谷、妬んでんの」
「あ?別に!」
「いやでもオマエ、ちょっとはちゃんのこといいなーとか思ってたろ」
「うるせーな…」

ペーやんのクセにこういうところは鋭くて嫌になる。そう思っていると、二人の会話を聞いていた蘭が徐に顔をしかめた。

「は?オマエ、に気があんの?やんねーよ?」
「あ?別にそんなんじゃねーから!」
「どーだか。はオレんだし」
「嫌ってほど理解したっつーの」
「ふ~ん♡」
「……(ムカつくっ)」

途端にニヤニヤしだした蘭に、三ツ谷の口元も徐々に引きつっていく。その苛立ちを全て料理にぶつけて、三ツ谷はやけ食いの如く肉を平らげた。
それから一時間後、結局、あまり盛り上がらなかった食事会はお開きとなり、喜んでいたペーやんはさておき、乗り気じゃなかった三ツ谷も店を出た後で「ごっそーさん」と一応お礼を言っておく。蘭は蘭で「二度とオマエらと会わないことを祈るわ」と苦笑した。奢る方と奢られる方、互いが不本意な変な食事会はこうして終わりを告げた。

「じゃあ、またね。みっちゃん!」
「お、おう…(またね…?)」

男達の微妙な空気には全く気づいていない無邪気なの言葉に三ツ谷の口元が引きつる。多分二度と会わないだろうと思っていると、の隣にいた蘭も「。もう二度と"みっちゃん"には会わないから」と諭すように言っていた。実際そうなのだが、蘭に言われると何となくムカつくのは何でなんだろうと三ツ谷は首を捻る。だがそこでが驚いたように蘭を見上げた。

「え、みっちゃんに会いに来ちゃダメなの…?」
「あ?ダメに決まってんじゃん。それ浮気だからな?」
「えっ!じゃ、じゃあ…浮気はしない…」
「そー?オレもしないからもすんなよ?」
「う、うん…分かった」
「……また始まった」

と竜胆が溜息をつく。蘭の溺愛モードスイッチが時と場所を全く考えずに入るのはいつものことだが、まさか敵対してた相手の前でも変わらないとは思わなかった。三ツ谷も同じ気持ちだったらしい。苦笑いを浮かべつつ、

「アンタも苦労してんだな」
「いや三ツ谷に同情されたくねーわ」

肩にポンと手を置く三ツ谷に、竜胆も笑いつつ思わず言い返す。

「んじゃ―ほんとにこれで貸し借りなしなー?」
「ああ。出来ればオレもアンタら兄弟にはもう会いたくねえよ」
「そこだけは気が合うな」

蘭も笑いながら返すと、通りかかったタクシーを止めて先にを車へ乗せる。

「じゃあみっちゃん、ほんとにありがとう。元気でね」
「おう。ちゃんももう知らない男について行かないようにな」
「う、うん…気を付ける」

意外にも真顔で頷き、可愛い笑顔で手を振るに、やはり三ツ谷の顔も若干緩む。しかし冷え切った空気を出して「オレのにデレデレすんじゃねえよ」と蘭に突っ込まれ、慌てて顔を元に戻した。

「じゃーなー。元東卍の弐番隊隊長さん」
「うっせぇ。とっとと六本木に帰れ」
「言われなくても~」

竜胆がそう返しながら最後に車へ乗り込むと、タクシーは静かに走りだした。それを見送りながら、三ツ谷とペーやんも駅の方へ歩き出す。

「元東卍、か…」

ふと三ツ谷が呟くと、ペーやんが溜息を吐きながら夜空を見上げた。都会の空は濁っていて、星の一つも見えやしない。

「なーんか寂しいよなァ、響きが」
「特攻服作ってたのが懐かしいわ」
「おー。たまに着たくなんだよなあ、あれ」

ペーやんがシミジミしながら呟く。三ツ谷も当然同じ気持ちではあったが、総長のマイキーが決めたことなら従うしかない。
まさかこの数年後、東卍を再結成し、今まさに二度と会いたくないと思っている灰谷兄弟と再び戦うはめになることを、この時の三ツ谷はまだ知らない。

「あーあ。それにしても"カリスマの弱点"、マジで可愛かったなー」
「あ、やっぱ三ツ谷、ちゃん気に入ってんじゃん。ダメだぞ?不倫だ、不倫になる」
「バーカ。思うだけなら自由だろ?」